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コールセンターの恋人 その9

 ついに登場しました。本来、かたぎの人には迷惑を掛けないのが筋というべきご職業の方からのクレームが。かような仕事をする限り行き着くところこういう処理をせにゃならぬ訳でとかくこの世も住みにくい。まあ実際どんな職種であっても起こり得る諸業無情でありましてマナーというかその筋なりの掟を守って欲しいと願うしかないことですが。

それをどう捌くのかに興味が湧くわけでありますが、センター長のヘナチョコ振りは私には嗤えない痛みでありました。もちろん私は偉いさんになったことなぞなく実体験としてあのような仕打ちに遭ったことがある訳ではないのですがそういう現場を野次馬社員として目撃した事は何度かあります。とにかくねちっこく延々と粘っこくすかしと威嚇が長々で陽なんかあっという間に暮れてしまいますわ。

クレーマーってひとまとめに言ってもいちゃもん屋と難癖屋とぷっつん激昂屋とか色々あって同じ対応したとしても場合によっては相手の思う壺にはまることだってありまして。

それに無理をごり押し通して出来ないことをやれと強要する方式と過去(済んだ事)を突いて誠意という名の金銭や詫び状を要求する方式というのもあって。

それらの中でもまた屁理屈に理屈が通る場合と通らない場合があったり問題の趣旨がどんどん変化してとにかく感情的に土下座要求になったりと。まさにマニュアルなんぞじゃ追いつかない千差万別さでありまして。

今回は誠意を示せの一点張りで理屈が通らない揚げ足取りの難癖屋という事でありました。誠意では犯罪にならず具体的に金銭を要求しなくては犯罪にならないというのは本当のことでやられる方にとっては言葉の綾を利用されて威嚇されるのは堪ったもんじゃありません。

とにもかくにも囮となって誠意とは金と言わせしめたことにより解決した訳でありますが、観ていて南極アイス(名取さん)の知恵をもってして公開クレームとして世論を味方にする手法なのかなと思ったりもしたのですが。平たく言えばどっちの言い分が正しいのか視聴者に裁判員になって判断して貰うと言う今が旬の擬似もどきでクレームを世論を背景として退けるって算段なのかなと思ったってことですが。

ドラマではそういう展開という感じには解釈できず録音のお返しして証拠と為せば別に生放送中に受け答えしなくても良かったんじゃないのかしらむとつい思ってしまいました。

いづれにしてもこういうのは一件落着したかに見えて後々お礼参りとかもありそうで観ていて気持ちのいいものではなかったです。そう思わせる程あちゃらさんの誠意を見せろが迫真だったということでお芝居上手いなということでありますが。

 ところで肝心のドラマの流れとしましては、青響(ミムラさん)の過去が明かされるという平穏な日常からはみだし始めた訳ですが来週最終回。

とりあえずはコールセンターの存続が気になるところでありまして。どうなるんでしょうねえ。タイトルに恋人と掲げられてますんで一応二人はどうなるのかというのも気にすべき点か。

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*たあ

「とは」の変化したもの。ただし「いっしょくたあ」が「一色とは」という訳ではないようにすべて「たあ」=「とは」であるとは限らない。

「ゆわんかったたあいわしゃへんでねえ」(言わなかったとはいわせないからね)

といった使い方をする。すべてがこのように変化する訳ではなく

「とはいっても」を「たあゆっても」とは言わない。

例文

早い者勝ちの喧騒に包まれた限定品売り場にて

「あんたねえちったあ気い利かすなりして遠慮しない。いやったい。ないと困るもんじゃないだら?」

  (あのねえ、ちょっとは気を利かすとかして遠慮しなよ。えげつないんだから。ないと困るものじゃないんでしょ?)

「あんた欲しくないもんでそんなこんゆうだけど、んなことゆったって限定だもんで遠慮なんかしてたら手に入らんかもしれんじゃん。」

  (あなたは欲しくないからそんな事いえるんだろうけど、そんなこと言っても限定なんだから遠慮なんかしてたら手に入らないかもしれないじゃないの。)

「ほんとに必要なもんはなくなりゃせんよ。数限るっちゅうこたあなくてもとんじゃかないもんだらあ。」

  (本当に必要な物はなくなったりなんかしないよ。数を限るってことはなくても不自由しない物なんでしょうに。)

「しょんないじゃん。欲しいだでえ。」

  (しょうがないでしょ欲しいんだから。)

「まあせいぜい踊んない。」

  (まあせいぜい踊らされてきなよ。)

「そんなあきれかあらんでもいいじゃん。」

  (そんな呆れなくてもいいじゃないの。)

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猿ロック エピソード3-2

 「ボイラーは大切に」なんのこっちゃ。隣の部室は「棒倒し部」どんな部だ。エピソード1の悪党共が再び登場してパンツ泥棒と濡れ衣着せられるのもご愛嬌。水道水がラベルひとつであら不思議見事健康水に化けるというのは超皮肉か。それを製造してるとこが超不健康な場所と人間ってのもなあ。ありがたやと飲んでる客のアホ面をちょっと見てみたくなりました。せっかくだから飲んでけよというセリフもなんかにやけてしまいました。

とは申せ全体的にはミステリアスな展開でありもした。さっぱり犯人の目星がつかない上に怪談話しまで持ち出してもうしっちゃかめっちゃかですわいな。

これが33分探偵を作り上げたのと同じ人が本当に脚本書いてるのかと疑いたくなるくらい込み入ってますわな。

胡散臭い容疑者ばかりで誰が犯人でも納得できそうで、たとえ動機は不明ながらも自作自演の事件でも納得しそうなくらいでしたが、此処へ来て七不思議に絡んで2001年にも同様な出来事が起こったという展開に発展して余計犯人の動機がなんなのか気になるようになりました。

2001年の時と同一犯であるなら生徒は容疑者から除外されることになるだろうし。いかがわしい美術の先生はただのフェチ変態ということですから。以上を真に受ければ大分絞れて来てそうですがどうだかなあ。

七不思議にしたって展開に影響しそうな+したのは

1・音楽室に現れる淫乱女教師の霊

2・体育館の置き去り女

3・理科室の大食い男

4・プールの第4レーンの赤ん坊

5・保健室の鏡の呪い

6・えじぷとのぴらみっど

7・プレスリーはアイダホで生きている

1はもう起きてなんとなく決着ついた。2は今起きようとして次週に続いてく。3は起きたがだからなんだという疑問あり。4と5はまだ起きていない。6と7は学校規模の不思議じゃないだろ。

となると4と5がまだ起きるのかな今後。それが起きないと全容が見えてこないんだろうか。

しっかしなんですな全員びびらないものでちっとも怪談っぽく映らないんですけどいいのかしらむ。

まあとにかくまともな推理ドラマなどでは決してないでしょうから容疑者消去法で消していってもポコンといきなり真犯人現るなんて肩透かしもあるやもなんでまあ能天気に観る事にしますです。

とにかく解決して提示をして欲しいのは犯人は誰?目的は何?鍵はどうやって開けていた?七不思議との関連性は?これを無視されるとちょっと消化不良に陥りますな。

どうせ脱道程をイクというのは無理な話しでしょうからこの事件だけはせめて解決して目的を見事達成して欲しいところであります。

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*あ~どうだいやあ

「あ~どうかなあ・どうだろう」と言っている。多分に気乗りしてないというか親身度に乏しい言い回しである。

「さ~どうだいやあ」となるともっと聞いてないというかどうでもいい感じになる。

これが「あ~どうだかいやあ」となると「あ~どういう具合なんだろ」と少しは気にしてくれてるというか考えてくれてる感じになる。

もっとも冷たい言い方は「さあなあ・さあねえ」・「知らんやあ・知らんよを」とかであろうか。

逆に親身な場合には「どうだったかやあ」・「どうだやあ」辺りか。

いづれも男女兼用の言葉である。

例文

「ここんさあにあった小物入れ知らん?」

  (ここら辺に置いといた小物入れ見なかった?)

「あ~どうだいやあ。見た覚えないけど。」

  (え~どうだろ。見た覚えないけど。)

「免許証入ってるもんで、あれんないと困るだよねえ。ホントに知らんだけえ。」

  (免許証が入ってるんであれなくなると困るんだよね。本当に知らない?)

「さ~どうだいやあ。見ちゃいん筈だにい。」

  (さあねえ。見てないよ多分。)

探したあげく

「あれえなによを。あんた尻ん敷いてるじゃん。随分じゃん。」

  (うわ何よぉ。あんたの尻の下にあるじゃないの。ひどいなあ。)

「気づかんかったやあ。だでしょんないじゃん。でもやあ、見ちゃいんこたあ確かだにい?」

  (気がつかなかったなあ。しょうがないでしょ。でもねえ見てなかった事は間違いないからね。)

「屁理屈ぁええでどけ!」

  (いい訳はいいからどいて。)

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赤鼻のセンセイ その9

 此処へ来て石原(大泉さん)の失言がなくなったことによりなのか、和田(須賀さん)と八重樫((神木さん)の本領がより一層発揮され始めたのかとても引き締まったドラマになって参りました。

和田の「明日」があるのか分からないから今やっておかなければという発言に対し大人達は感心するばかりでありましたが。八重樫はこの世の終わりみたいなことを言うな諦めるんじゃないと和田に憤りをぶつける。

厭な事は明日に回してしまう自分を反省し今日を精一杯生きようとする姿勢に感心するという想いは正しいよなと思って観てました。

そしたら、八重樫が和田に「お前に文句がある」と言うのでなにを言うんだろうと全く想像がつかなかったんですが言われてみれば確かにその通りだよなあと。

いやあ和田と八重樫の会話は本当見応えがありました。言葉に起こしてもこのシーンの良さは伝わるものでなく観た人にしか分からないという正しく役者パワー炸裂でありまして観れてよかったです。

儚い命の重みは誰が決めるのか。自分なのか他人がその人を想う心なのか距離(年月)なのか跳躍の高さ(瞬間)なのか。周りの人が如何に一所懸命に救おうとしているのを分かっているのに肝心の自分が諦めていいのか。それが甘えていることだと。

健康な状態であったなら即説教もんだけど、心のどこかでこいつもう駄目なんじゃないのかと思ってしまった自分への怒りも混ざって正論と感情論がごちゃ混ぜにされたものを和田にぶつける八重樫というのも中学生らしい粗野な部分があって言葉の下手くそ加減が魅力的でした。

正しいけれど言うには勇気のいることでそんじょそこらの大人ならそう想っても飲み込んでしまうものでしょうけどそれを口に出来るってことは素晴らしいことだよなあと思いましたです。

そんな和田はどうなるんでしょうか。今は晩節の時期なのか克服の前の迷走なのか。どっちなんでしょうね。

 来週はいよいよ最終回。どういう奇跡が起きるのか起きぬのか。

院内学級は閉鎖。教え子は病気との闘いが熾烈をきわめ始めている。

といった風に流れとしてはよろしからぬ方向に向かっていくばかりでありまして。

明るい未来を想像させる終わり方というものを想像すればきりがないくらい閉塞したここまでの状況をどうやって終わりに導くんでしょうか。

それにしても悲愴な印象を受けないのは大泉さんのキャラクターによるものなのでしょうか。

まあとにかく最終回が楽しみです。

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めっさ・むっさ はまだ遠州弁じゃなかろうて

滅茶をめっちゃ→めっさと読んで無茶をむっちゃ→むっさとでも読むようになったということなのであろうか。

発祥の地や何でどうやって広まったのかは知らないが、色々なブログを徘徊してて若い衆の中にこれは遠州弁ですよ~とか謳っていて批判する訳じゃあないんですが、個人的な意見として「そりゃ違うらあ」と思わず突っ込みをいれたついでに記事としました。

滅茶苦茶・無茶苦茶とか物凄くとかやたらととか言う意味なんだろな多分。若い衆は使っているらしいが大人衆は使わない。これは今のところ遠州弁ではなく流行の若者言葉であろう。

これが遠州弁になるには「づら・づらに」が衰退して「だら・だに」に変わったように世代交代が不可欠であろう。その為には他の地域が死語として使わなくなり、じじばばから子供まであらゆる世代が遠州だけで使い続けることが必要であろう。今の若い衆がじじばばになるためにはあと50年くらいはかかるだろうから現在では流行の言葉でしかないであろうて。

比較的広い地域に広まっている表現らしいが私ではニュアンスを含め使いどころが分からない。

例えば「物凄い」というのを遠州弁では「どすごい」・「ばかすごい」・「がんこすごい」・「もんのすごい」とか表現してる訳であるが個人差はあれど凄さの度合いがそれぞれ異なるので凄さの程度に応じて使い分けしている。では「めっさすごい」・「むっさすごい」というのはどのくらいすごいのかというのが分からないということである。

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救命病棟24時 エピソード4

 進藤先生(江口さん)ピーマン駄目なんだ。だからなんだといったそれにて見る目が変わる訳ではないのですが。少なくとも完全無欠なスーパーマンではないという事は窺い知れる出来事でありました。きゅうりが嫌いならば私も同じですのでとても親近感が湧いたのですがピーマンだったのでちょっと他人事ではありますが。

それを又面白がっている医局の空気感が和みを与えていてちょっと愉快だったであります。

認知症のおばあちゃんはどうなるんだどうすりゃいいんだとかいう嗚呼無情はともかくとして。この回の主食は研修医工藤(石田さん)の成長期というものでありまして。それについては観たまんまでとやかく言うことのない展開でありました。無論詰まんないとかいうのではなく精神論という名の「気は心」の有り難さを謳ったものでケチのつけようのないものだったということであります。それと共に「病気を診るのではなく患者を看よ」ということも謳われていたんでしょうか。

いづれにしてもチームとしての不協和音は澤井医局長(ユースケさん)を残すのみという勢いで結束が徐々に固まりつつあるという流れのようであります。

いつもと違って簡潔な感想でありますが、私みたいなひねた目線で観ていても隙がない流れだったので面白くなかった訳ではありません。二人の若手の成長記ということでこれから大きな波が来ても大丈夫なようにの基礎作りの図でありましょうから、ある意味嵐の前の休題緩和ともとれるのでありますが。かといって弛んでる訳ではない真剣具合が心地よかったです。

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*あつぼったい

「ぼったい」表現のひとつ「あつぼったい」。共通語でも「やぼったい」という表現があるので必ずしも方言ということではないのだろうが「くらぼったい」(薄暗い)・「しめぼったい」(湿り気がある)とかは方言扱いされてるので一応記載。

「暑ぼったい」と書けば

意味は「やや暑苦しく見える」。自分が暑ければこういうことは言わず「あちい」で済むので自分で自分の事をいう表現ではない。あくまで他人から見てそう見えるということである。

「厚ぼったい」と書けば

意味は「着膨れして見える」・「過度に塗り重ねられて厚くなっている」・「なんか知らんが厚くなってる(膨らんでる)」とか。こちらは人に対してだけではなく物とかにも使われる。「むくんでる」状態を「あつぼったい」というかは微妙。

「熱ぼったい」というのはあるのかもしれないが聞いたことがない。なんとなく熱いという表現であろうがそういう場合は「熱いっちゃあ熱い」・「ちいと熱い」もしくは「ぬくとい」を使うのでなさそうな気がする。

熱い表現の場合は「熱そう」・「熱(ねつ)んある」などと普通は言い「ぼったい」は使わないと思われる。

「ぼったい」はなんとなくそう見えるというニュアンスなので曖昧・微妙を表現するものである。

例文

「山行く準備でけたけえ。」

  (山行く準備は出来た?)

「おお、いちおー みとくりょ 忘れもんあっちゃ堪らんで。」

  (うん。忘れ物あったりなんかしたら大変だから一応チェックして見て。)

「がんこ着るもんすけないなあやあ。最初っからがんこ着てくだ?」

  (随分と着るものが少ないねえ。始めから沢山着てくの?)

「着てきゃせんよを。そんなことしたら暑くてしょんないじゃん。」

  (着てかないよ。そんなことしたら暑くて堪らないじゃないか。)

「ほんじゃこれっぱかで大丈夫けえ?山あ冷えるにい。」

  (それだったら山は冷えるんだからこれっぽっちじゃ不安だなあ。)

「夏だにいとんじゃかないらあ。厚ぼったくしたじゃぶしょったいじゃん。それに荷ぃも軽くしたいしやあ。」

  (夏だよ構わないだろう。着太りじゃ見た目が悪いし荷物も軽くしたいしね。)

「かっこ気にして山の天気なめとるとえらい目に逢うにい。」

  (格好ばかり気にして山の天候なめると痛い目に遭うよ。)

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2009年8月のコマーシャル

 今月はなんといっても別記事でも書いたけどTOTOのCmがインパクト大だったなあ。15秒と30秒のバージョンがあるけれど雰囲気が異なっていて30秒バージョンの方が私は好きです。

 他には「コレストン」という薬のCm。小日向さんが出ておられるんだけど。即、「あしたの喜多善男」を彷彿とさせる世界感でありました。ドラマ自体は去年の1~3月に放映されたという一年前だけど。今再びそのインパクトが甦ってきてなんかいいなあと。

 子供店長が席巻してるけど、今やってる「コールセンターの恋人」の中でしかやっていない南極アイスのポジションと場所を子供店長が場所取りして車の宣伝してるのが愉しい。ドラマとリンクした独自のコマーシャルはそれほど珍しい企画じゃないけれど多分に雰囲気壊すとまではいかずとも興ざめになってしまう部分もあることがしばしばなんですが、このCmは休題緩和的な感じで違和感が感じられないからいいですわ。胡散臭いアイスの世界(テレフォンショッピング)の中で真っ当な車の宣伝して大丈夫なんか?と思ったりもしますがそこはご愛嬌というか太っ腹なんで問題ないんでしょうねきっと。

 AC JAPANのモラルを問うCmもインパクトあったというか考えさせられたというか。110番や119番をタクシー代わりに呼ぼうとしたり子供やペットを預かって欲しいとかゴキブリが出たって電話するとか。まさに事実は小説より奇なりというやつですな。これをドラマでやったら絶対嘘にも程があるといわれかねないことですわなあ。

怒るとか注意するとかいう風習が絶えてモラルが低下したということもあるんでしょうけど自分で何とかするということが出来ない自分の身は他人が守るという能天気な人間が増えたってことなんでしょうかねえ。「恥」という意識も失せていることも一因なんでしょうね。

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2009年7月のコマーシャル

 無条件で印象に残った作品は今月記憶にありませんでした。つまりさりげなくまとまった圭作が揃っていたってことなんでしょうね。なのでどうでもいいことが印象に残ったものを。

 広末さんがジャングルジムに腰掛けて遠くの彼を想ってる新キャべジンコーワのCmは、私それなりに長いこと生きてきてますがあんな夕景?の空の色を見たことがありません。絵に描くとなるとビリジャンを基礎としてホワイトで薄くして表現することになるのかな。海にはよく使うけど空にこの色は普通ないよなあと想うのですが。とは申せこれがお初の斬新ということではなく映画やドラマに於いては時たま見かけてまして、以前から違和感を感じていたのですがついにCmにもこういう色味のものが出てるんだぁという感想です。

私には寒色に映るのであのような装いで風邪引かないか寒さを我慢してないのかと気になってしまいました。まあ自分が広い世界を知らない無知なせいで実際にこういう色が場所によっては存在するのかもしれませんがセリフから伝わる労わりの温もりと背景の色から来る冷めた感覚が入り混じって不可思議な感覚に陥るCmであります。

 ツタヤのレンタル宅配便のCmにおける市川海老蔵さんの手の所作がピシッと決まっていて綺麗だなあと。普段は大抵顔に視線が集中して手の様とかは見落としがちなんですがこのCmでは手の動きばかり追ってた感じさえしてます。歌舞伎の底力というか全身くまなく気を遣う表現方法なんだなというのが計り知れて興味深かったです。

 西友のお弁当298円というCm。つい喋ってしまいたくなる安さとかいう内容のナレーションが効いてるなあ。それでないと差額202円返しなさいよという奥さん悪魔にしか映りませんから。「つい」という言葉で鬼でとどまったみたいな救いを感じました。

 缶コーヒールーツのCmは、仲村さんのやるせなさがよく伝わってきて印象に残りました。香水編よりもカレー編が特に。スタッフの態度の激変が面白いんですが仲村さんの居辛い空気感。さぞかし味わうどころじゃなかったんでしょうね。ホントああいった気の遣われ方は厳しいよなあと。私は遣われる側では決して無いのでああいった目に遭うことはないので安心ですが、当然という態度だったら何様だよとなるし固辞して遠慮すればめんどくさい人と取られるだろうし。そんななにしてもどうしようもない痛い事を引き摺らないでどうやって気を落ち着かせるのかということで「救いのアロマ」。ほ~と呆けた感じがいいですわ。単に忘れるんじゃなくて次頑張ろうという空気感が明日を感じさせてくれます。

 朝日生命のCmでの菅野さんの無邪気さが素に見えてホントこの方は自然な演技がお上手なお方だなあと。猫の動きに驚いたりガキと一緒に大声張り上げたりと三十路の大人の女性らしからぬ年齢不肖な行動の数々でありながらこんな人なんだと納得させる無理してない感が魅力的です。もちろん菅野美穂さんという実在の人物もこういうお人なのかとかいったイメージを持つものではありません。

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ブザー・ビート その8

 劇的な告白シーンからいきなりの間男化する展開というのはありうる光景だけれど、なんかしっくりこない感じがするのはなんででしょ。もっとオープンでもいいんじゃないかという想いがあるからなんでしょうか。その後(翌朝)をナレーションで直輝(山下さん)が心情を語るというのはこのドラマにしては珍しい表現だよなあと。

もちろん隠れた以上は見つかりはしないかとハラハラして見てた訳でありますが、別に麻衣(しほりん)や秀治(溝端さん)になら発見されても無問題なんじゃないのかと思ったのは私だけなんでしょうか。言い訳するにしたってバスケやってたから声掛けて上がって貰ったとか言えば日常から逸脱する言い訳じゃないでしょうし。もっとも隠れてしまってはどう言い訳しても後の祭りで知られないようにするしかありませんでしたが。

ま、とにもかくにもあまりにも本気過ぎててそれを他人に知られるのはこっ恥ずかしい事で気が動顚してたということなんでありましょうか。

それにしても二人が寝てるうちにはよ部屋出ろよとハラハラからドキドキした感覚になったと共にこんな積極的ならなんで菜月(相武さん)には消極的だったんだろ直輝はという気にもなって参りました。

で、さっきまで熟睡してた筈の麻衣と秀治がいきなり話しが飛んだのか今度は手を繋いで外を歩いてる。それで覗き見で直輝と莉子(北川さん)の様子を目撃する。これってまったく別の日?

ところ変わって菜月の図。「今のすいませんってどういう意味?」と問う菜月の迫力が怖かったですたい。それでいて練習中の直輝を見つめる目が穏やかで。

一方の見つめられてる練習での直輝の方はというと怪我の雰囲気を微塵も見せず好調とな。まさしく「愛してるの響きだけで生きていける気がしたよ」というフレーズそのままの気分なんでしょうなあ。

かように絶頂な直輝と比べ莉子の方はバイトでの不手際に心落ち込み絶頂も束の間という有様。恋のパワーは直輝が受けたほどのものではなかったようでありました。男ほど女は単純な生き物ではないということなんでしょうか。

この時点での障害は川崎(伊藤さん)の存在。それと菜月の直輝奪還作戦。地雷として直輝の足の具合。莉子の夢への挫折。って感じでしょうか。

麻衣の菜月に対する表情は視聴者を代表するものだったんでしょうか。印象的でありました。に、しては菜月に悪意はなくただひたすらに直輝を思う感情というものをこうして表現されるとあそこまで白い目でみなくてもという気にはなりますな。直輝以外の人間にはしたたかなあざとさはそりゃ確かに感じますけど。

ある意味麻衣は誰に対しても中立みたいな立ち位置のようだと勝手に思っているので例え同居してる友人であろうとも是々非々で物事を見るキャラというイメージを持っているのであの軽い嫌悪感というのはちょっと気になりました。自分のことになると理屈では間違った判断してるとわかっていても感情に流される甘いとこがあってもそれをばねにして自分がこうなんだからあなたにはこうならないためにもこうしたほうが言いといえる人だと想像してる部分もありますな。

 ま、とにかく今回は菜月の直輝奪還作戦が行われたというのが異様に印象が深かった回でありまして直輝の有頂天が多少色褪せた感じでありました。もちろん最大の難関である川崎の存在が重くのしかかっていて喜び全開って程ではないにしても。

これで元の鞘に収まる筈もなかろうて。来週はこれを潜り抜けて次の試練をクリアするに向かうのかそれとも菜月に引導渡すくらい決着をつけるのか。

でもなんとなくブザー・ビートとやらは莉子獲得の為に川崎に向けて放つような気がしてきました。彼女取られたからって逆恨みするようなけつの穴の小さい男には川崎は見えませんから正々堂々という決着なんでしょうかね。

ところでリーグ戦いつ始まるんでしょうか。もう8話ですよ。

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*のぼせかある

のぼせかえるが訛ったもの。単純にそれだけかと思っていたけれど辞書に「のぼせかえる」は載っていなかった。ネットで調べると「東海道中膝栗毛」の一節しか検索されてこない。

つまりこれは古語か?それが遠州では現役で使われているということか?でも「むせる」で「むせかえる」という表現は生きてる訳だから「のぼせる」で「のぼせかえる」という言葉が普段使われていない筈はないような気がするのだけれど。

近い言葉で「のぼせあがる」という言葉があるが、いい気になる・思い上がるみたいな意味が強くなるので微妙に異なる。

お風呂でのぼせたような時に「長湯し過ぎてのぼせかあった。」とかいう使い方をする頭に血が上るというかくらくらめまいがするような場合に使われるのが「のぼせかある」である。

もちろん「のぼせあがる」と同じような使い方もするので全く別物という訳ではなさそうではあるが。直訳すると勝手な想像だが「のぼせ果てる」という言い方になるのかもしれない。その理由は「疲れ果てる・あきれ果てる」を「つかれかある・あきれかある」というから。もちろん遠州弁でのお話し。

例文

「やあそろそろ飯ぃ行きまい。」

  (お~いそろそろ食事しに行こうよ。)

「もうちょっと後にしまいや。」

  (もうちょい後にしないか。)

「なんでえわし腹減っただけど。旅行の一番の楽しみじゃん。」

「露天風呂せっかくだではしごしとったらのぼせかあっただか知らんがくらっくらするだよ。」

  (せっかく来たんだからって露天風呂はしごしてたらのぼせたのか分からないけど頭がくらくらしてるんだ。)

「知らんわあ。死んでろ。わしだけ先喰い行くでねえ。」

  (もう何やってんだよ。気分よくなるまで横になってな。俺は先に行くからね。)

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何に懐く(なつく)んだ?

犬は人に懐き

猫は家に懐くそうで

亭主は料理に懐くとな

では女房は何に懐くのか

全てを支配できるところとかに懐くんだろうか

だから主導権争いで姑と揉めるのかな

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*こ

遠州弁では「来い・来な」という意味で使われている。

古語辞典では「こ(来)」、「く(来)の命令形」と記されているので古語の生き残りとして遠州ではまだ使われているということか。というか「一緒にいこ」という言い方が「いこう」の略でなくこの「こ」の使い方であるならば遠州だけに残ってるという訳でもないがまあ頻度が多いというのは特徴ではあろうか。

ただし遠州では命令口調の一歩手前みたいな強力な依頼という感じで使われることもある。

「こう」・「ごう」という言い方もあるが、こちらは「来て」といった要請的な感じになる。「乞う・請う」とかいったものではないと思われるが定かではない。

それと「こう・ごう」という言い方はなんとなくではあるが遠州弁ではないような気がする。というのも「ごう」とか言われるとなんか違和感を感じるのであるがこれは自分だけなのかもしれないので強く言い切れない。

ちなみに「来るでね」(来るからね)というのは遠州弁では「くっでね」となる。

例文

「なんかもこうの方でえらい音したけど。なんだいや。」

  (なんか向こうの方で大きな音がしたけど。どうかしたのかなあ。)

「やあおんしゃちょっと行って様子見てこ。」

  (おいちょっと行って様子見てきてくれよ。)

「なんでわしん行かんとかんよを。自分行きゃあいいじゃん。」

  (どうして俺が行かなくちゃいけないの。自分が行けばいいじゃないか。)

「ぎゃあつくこくなやあ、ちっとばかのこんでひゃあひゃあゆっちゃかん。」

  (つべこべ言うんじゃないよ。ちょっとのことで文句言うじゃない。)

「なにこいとるよを。こういう時きゃあ率先してほいじゃわし行って見てこすかぐらいのことはゆうもんだにい。」

  (何言ってるんだ。こういう時は率先してそれじゃあ俺が見に行くかぐらいののことを言うべきだぞ。)

「なんでそんなこんせにゃかんだあ。」

  (なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。)

「あんた管理責任者じゃんかあ。怖いだ?」

  (自分管理責任者だろ。怖いのか?)

「ふんだだこたああらすかや。」

  (そんなことあるわけないだろ。)

「ほいじゃ見てきい。」

  (それじゃ見てきなよ。)

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身を立て名をあげやよ励めよ

 こう唄って学校を追い出された。随分昔の話しだが今でも卒業式で唄われているんだろうか。

今といえば出世なぞよりマイライフ。個人情報がどうたらこうたらとかまびすしい限りの秘匿社会であり、過労で死ぬ間際でも励みが足らぬ(それが当然だ)と評価されるご時勢。

その昔、学校では社会に出れば歯車のひとつとしてよりよい社会を築くため努力せよと教えられ、一家の長ともなれば家に表札を掲げ電話帳に住所氏名が記載されと「大人」になるためには名を明かし多くの圧力を押しのけることを要求された。大昔の合戦じゃないけどきちんと名乗りをあげて様々な出来事に対処するのが「大人」の証ということであろう。会社に入れば労働組合家にあれば町内会。今も在るけどその費やす労力の比重は今とは比べ物にならないくらい重いものだった。もっとも昔の世間は今ほど機械化されてはなく人が動いて助け合わなければ社会が動いていけない人力の時代ではあったが。

今はその点、自分らしくをモットーにナンバーワンよりオンリィワンの自己の幸福の追求に勤しみ、匿名・ハンドルネーム&ヴァーチャルの世界とかで名無しの人生で痛み(責任)が伴わない能天気さで世渡りしていけれる。

そんな今も消費は美徳とエコとの狭間で宙ぶらりん。

今唄うとしたら「身を伏せ名も伏せやあよ励むは」がリアルだなあと思えるのは気のせいか。

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*おぽんぽん

以前「ぽんぽん」は遠州ではオートバイのことを指すと書いたが、世間一般の「ぽんぽん」といえば幼児言葉の「お腹」か「ぽんぽん船」を指す。その一般使いを遠州ではするかといえばもちろんする。

例文

母「あんたそんなアイスばっか二個も三個も食ってたらおポンポン痛くするにい。」

  (あのねえそんなアイスばかり何個も食べてたらお腹壊すよ。)

父「はあ喰うじゃねえよ。」

  (もういい加減にしなさい。)

子「いいじゃん別にい。ポンポン痛かなあもん。」

  (いいでしょ別にお腹痛くなってないもん。)

じいじ「ええらあ好きにさしない。もしおぽんぽん痛くなったら。お医者さん行ってどんぶとい注射してもらやあいいだで。」

  (いいじゃないか好きにさせれば。お腹痛くなったらお医者さんに行って太い注射打ってもらえばいいんだから。)

子「・・・いいもん別にい。」

母「ついでに歯医者もいかすかね。右でばっか噛んでるみたいだで左は沁みるてるだらあ。」

  (ついでに歯医者も行かせようかな。右の方ばかりで噛んでるみたいだから左側は沁みてるんでしょう。)

子「はあいい。やんぴにすりゃいいだら。」

  (もう分かったやめにすればいいんでしょ。)

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