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夏の映画館はきついぞえ

 私は基本エアコンが嫌いな人種なのでそういう少数派としての穿った意見になるのですがと前置きした上での感想です。夏の映画館は子供広場化するのでそう足繁く通うことはないのですけれど。そうはいっても中にはアニメ作品花盛りの間隙を縫って観たい作品が掛かったりもするので全く行かないという訳ではないのです。

でも正直気が重いのです。それは寒いから。街中を歩くだけで顔にタオルを押し当てて額の汗を拭う仕草頻繁という状態から効いたエアコンの世界に飛び込むのですから。最初は生き返ったような気分になるのはエアコン嫌いの私でも爽快です。しかしながら2時間近く座してその場にいると後半部分にはもう冷えてから寒くてにどんどん変わっていって堪りません。映画を観終わって外のどよよんとした空気にあたると生き返った気になる私です。

エコは美徳というご時勢ですので、上映時間に合わせて徐々に冷房温度の調整をして欲しいよなと。そうすれば電気代の節約にもなるだろうし。

願ったり叶ったりじゃないのかと思うのは私だけだろうか。

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コールセンターの恋人 その5

 タイムリミット地獄の図。そりゃ確かに謳った方が無責任というそしりは免れぬ訳でありますが、「そんなに急いでどこへ往く」という奴でありましてなんでそんなに待てないのだろう。楽しみにしているものは一刻も早く手に入れたいという風潮は最近特に顕著で、待つ楽しみなんてえものは遠くの彼方に消えし悦ということか。

電化製品とかでも買うまでの選ぶのが楽しいのにねえ。恋文とかいうまどろっこしい世界も忘却の彼方って時代ですから致し方なしかあ。

まあドラマの話しに多少戻るとするならば、台風という天災なんだからしょうがねえだろ。ある種の災害なんだから約束違えても仕方ねえべや。文句言う奴の平和ボケの方はこりゃ会社にしてみりゃまごうことなき人災だあね。それでもなお天気予報とかできちんと調べてからタイムリミットの告知しろとか言わっしゃるんでしょうかねえ。

でまあドラマの話しにより戻るんですけど、流れとしましては今日も元気で(アイスは不機嫌そうでしたけど)勢いよく売ったはいいが台風で48時間以内の配送は困難と運送業者が言う。そこでコールセンターは嘘をつけないということで苦情覚悟で至極真っ当な遅れる旨の説明をする。

しっかし局長(柴さん)は万難を排してでも48時間配送を死守せよと命令をする。さすがは日本男児玉砕を平気で命じる心意気は今も息づいているみたいでした。

おいおいという展開ですが脱線して別なとこおいおいとつっこむならば、なんでコールセンターで配送の手配りをせにゃならぬのだ普通は配送センターとか配送担当部門だろうという疑問。まそれはおいといて。

で、戻ってこの展開は完全なる下請けイジメの構図でありまして日本の社会の構図そのままの悲哀にしか映りませんことよ。無理して運転手の身になんぞや起こるのではと嫌な展開が頭をよぎったのですが。それはまあボトルがひしゃげた程度ですんでまあ良かった良かった。しかしながらこれで落着することもなくすんげえクレーマーのところにその配送品がいってしまったという惨事が発生。

まさしく一難さって又一難。それをどうさばく青響(ミムラさん)。いきなりの正論でクレーマーたじろぐも品物買った売ったの世界でなく言い分勝った負けたの世界に話しがすり替わって「おぼえてらっしゃい」と決別状態。しかも相手が悪いときたもんだ。

クレーマーの行動は商品そのものに問題があるからじゃなくてクレーマー本人が問題を抱えているケースが多いんだとのこと。要は八つ当たりじゃねえか。なんでそんなのに頭さげてへつらわなくちゃいけないんだ?どこに仕事としての誇りというのがあるんだ?最後の方はもう身分制度まで持ち出して一介の契約社員如きがなにを言うというところまで行き着いて。

こりゃあ久し振りに見た悪党中の悪党というキャラクターでありますな。観てる側としては改心するんじゃ納得はいかず成敗こそが溜飲を下げるのでありますがどうなるんでしょ。

そうこうしてる内に謝罪の修羅場を迎えトラックの運ちゃんを守ってあげると軽口を叩いた都倉(小泉さん)は修羅場の迫力に押され守ることが出来なかったという駄目駄目振りを発揮してしまう。一応自己嫌悪に陥る上にダメ押しで彼女に乗り換えられてる様を知る駄目加減倍増施策が発動されてた。

で、結局そんなこんなの物語の締めは苦汁を飲み込む術を青響より教わる都倉という図で明日へ踏み出すぞということでありました。おいおいクレーマーは野放しかよ。これじゃ現実のまんまじゃん。ドラマだからすっきりしたいのに悪が栄えるためしありってな具合じゃ納得いきませんですわ。こういう展開ならここまで強大なクレーマー生み出さなくとも良かったんじゃないのか。中レベルのクレーマーに留め置いといて局長の勝手な過剰過敏な反応とかにしておけば成敗こそが溜飲を下げる術しかないってことにならなかったんじゃないのかと。局長だったらまたかよこの人っていう愛嬌で済みますから。

観終わって現実と一緒でなんか虚しい勢いが消えませんです。弱者なりの生きる知恵の取得というのは分かりますけど。こんだけ盛り上げといてという割にはといった消化不良な感じでした。いつかこのクレーマーに鉄槌でも食らわす回が描かれるんでしょうか。南極アイス(名取さん)ですら手が出せないらしいですから無理なんでしょうねきっと。

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*はしくりまわる

「走り回る」という意味。男女兼用の言葉。遠州弁特有かどうかは定かではない。

ちなみに「はしくりまわす」という表現はなく走らせると言いたい場合には「はしくりまわさす」という言い方になる

人に向けて言うと迷惑・うっとおしいというニュアンスがこもることが多く、自分の事を言うと無駄骨・結果無意味とかいうニュアンスを含むことが多い。

「はしくりまわってこれかよ。」ってな具合で。

こういう表現の一例は「いじくりまわす」・「つれくれまわす」とかがあり結構多様でありニュアンスもそれぞれ異なり奥が深い表現である。

例文

「やあ。家ん中はしくりまわってんで外行って遊んできい。」

  (もう。家の中ではしゃいでないで外に出て遊んできなよ。)

「やあだよ。暑くて死ぬわ。」

  (厭だよ。暑くて死んじゃう。)

「ホント最近の子はやごいだかしらんがエアコンないとかんだなあやあ。」

  (本当に最近の子供は軟弱というかエアコンがないと暮らしていけないんだなあ。)

「ふんなこんゆったって外出て倒れたらどうしてくれるよを。」

  (そんなこと言ったって外に出て倒れたらどうしてくれるよ。)

「死にゃせんでええよっつえれんのがありそうで怖いなあやあ。」

  (死ぬようなことはないよって言えれないことが本当にありえそうで怖いよな。)

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猿ロック 2-1

 無駄に熱く盛り上げといてあにはからんやあっけなくゲームセット。

こいつらホントに馬鹿だ。全てにおいて取らぬ狸の皮算用でかつ一点の曇りもない見事な馬鹿だ。今回はひたすらそれに尽きる展開でした。でもシンプルイズベストというか徹し具合が面白かったです。

少し醒めて見ればこんな上手い話がそう簡単に落ちてる訳がない。何か裏がある。・・・筈。そんな危険予知よりもひと夏のアヴァンチュールに思考の全てを懸ける青春。やっぱ馬鹿です。笑えますな。

一体どんな思惑をもって彼女達は臨んでいるのだろうか。別の3人組も含めてそのからくりが今後の展開の興味なのか。と、思ったらなんか肩透かしを喰らったリツコ(芦名さん)に貞操の危機が訪れそうな予感もあり。

はたしてはめられてるのはどっちなんだろう。両方共になのか。リツコの方だけだったらば、なんのかんんの言っても最後は誘惑を振り払ってリツコを選ぶというよくあるパターンで目新しさは感じられない。けど猿(市原さん)の照れの言い訳を観てみたい気もする。

猿達の方だったとしたらこれは美人局被害という顛末か?ほうほうの体で逃げ帰る猿達の苦いひと夏のアヴァンチュールであったって展開だとしたら逃げ方が興味になる訳ですが。まあこのパターンは楽しくはないな。それでも懲りない猿たちであったとかいうオチでも不思議じゃないけど。

両方共にだったらどうなるのかな。こういうパターンはあまり見たこと無いのでどうまとめるのか観てみたい気が一番してきます。

それにしても黒川智花さん。魅せてくれます。最近の女性の役者さんって水着姿とかだと作中の演技の中でということではなく写真集とかいった有料のサービスに限定される方が多いのですが、きちんと作品の中でも提示してくれるというのはある意味感謝の気持ちすら湧いてきます。

まあ欲を申せば男除けのきつめのケバイ化粧っぽく映ったのが残念でもう少し清楚っぽい化粧であって欲しかったなあという気がしますがそれは役柄上ゆうてもせんなきことでしょうが、そんなこんなを差し引いてもやっぱこの回は市原さんより黒川さんの水着姿の方に目がいってしまいました。

まあつまりそういうことで私も猿達を馬鹿だと言えた義理じゃない同類という事なんですけどね。

円陣組んで気合いを入れるシーンでニコ学のギャグかます辺りは流石市原さんと高岡さん。やるだろうなと判っていても待ってましたで笑えました。

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知らずに使うと痛い目に遭う表現 ぽこぺん

 「ぽこぺん」。響きだけ聞くと受け狙いというか笑いの為の表現に聞こえるかもしれないが。

この言葉の意味は、「話しにならない・とても駄目」とかいう意味だそうな。元々は中国語らしい。

自虐的に使うのならセーフであろうが他人に向けて放てばこれはいい意味にならない。「100姓」と同じで使いどころによっては差別表現となりうる。戦中戦前の人達がよく使った言葉らしく戦争を知らない世代以降はほとんど未使用ではないかと思われる。

意味を知らずに使うと痛い目に遭いそうな言葉である。私は使わないので使いどころが分からないので例文は想像であるのであしからず。

「ひろぽん ぽこぺん。」・「(実際の国名) ぽこぺん」

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赤鼻のセンセイ その5

 毎回安請け合いの権化みたいな石原先生(大泉さん)がやけに浮きまくって異様な空気感を漂わせているのですが、この回はなんか頼りになるというかいい兄貴分に映りまして。しかもなにかと余韻が残る感じで考えされられる部分もあり。

はっきりいって今までの回の中で一番面白かったといっても過言ではない・・・かも。今回は観て得したというか諦めずに観てて良かった。

「大人の嘘」は正しいことなのか逆に子供を傷つけることなのかという命題の提示。それと「最早これまで」と諦めの境地に入ろうとする患者を「生きなくちゃ」と奮い立たせるためになにをしたらいいのかという提示の二本立て。それが上手くかみ合わさっていて尚且つ納得いくような落とし処に決まっていて観ててジーンときました。

 「大人の嘘」

八重樫(神木さん)の繊細すぎる程の感性は大人の嘘を簡単に見破りそれに対して嫌悪感を抱いている。和田(須賀さん)に至っては「嘘」そのものにすら怒りを覚えるくらいの過敏さを備えている。

そんな彼らに和田の病状が芳しくないことを大人達は隠匿しようとする。察知した八重樫は卑怯と言うが、実際自分がその選択を迫られた時八重樫も「大人の嘘」をついてしまう。

これだけであれば忸怩たる想いはあってもそうやって皆大人になっていくんだという「大人の嘘」を正当化するということでよくあるお話しだったんですが。

それを登場人物の中で一番の大人と思われていた太川先生(小林さん)が「嘘は駄目」とばかりに本当のことを伝えるって事でおやおやという展開になりました。想い出として美化されすぎていて本人が言うほど他人の冷静さからしてみればどうってことない景色という手もあろうかと思ったのですが、これを言わせんが為に黄色い海は工場に変わっていたんですね。結構しんどそうに目的地に向かっていたのでもしかしたら画的に苦労の末に辿り着いた綺麗なお花畑でうわ~とさせるってのもありなのかなと思ってたんですが、もっとも甘くない現実が選択された形でありました。

当然周りはその行為を非難する訳ですけど。そりゃそうですわな。事実は残酷なものというか、自分で見つけていかなければ心の準備というものはなかなか整わないものですから。他人から強制的に自分の道が決められてくようで耐え難いものでしょうから。

で、その場は騒然となった訳でありますが、その答えはというとタイムカプセル登場でかき消されたみたいで明確には判定されてませんでした。そりゃそうですよね。賛否両論噴出する話しですから明確にかくあらんとしたら突き上げくらうでしょうからね。どっちも正しいんでしょうね。もちろん身の保全の為の「嘘」は「大人の嘘」には含まれないと言う条件でですけど。

ちなみに私は「嘘」はいつかばれるもの薄々気づかれるもの。だから緩衝材として突然ということをなくす衝撃を和らげるものという考えですので「大人の嘘」は優しさの裏返しとして否定しない派です。まあ普段から「嘘つき」とは言われてまして、冗談と嘘の違いが分かってないだけかもしれませんが。

 「生きなくちゃと奮い立たせる」の図については

体調が悪化してるという自覚がありながら行こうとする。その心は「見納め」。つまりもう自分は長い事ないから最後に見ておきたいという人生の整理の為。しかしながらそれすら許されない状態に陥ると今度は自分が生きた証をみんなの記憶に残そうとする。

ほぼ遺言みたいな流れで切ない勢いでしたが、ホントアホな友達達に救われた感じがしました。150歳って。70歳越えた辺りでやり過ぎ(つまらんギャグだ)と思ったんですが、毒を喰らわば皿までと申しますが100歳越えてまだ出て来た辺りからほのぼのした暖かさを感じてきました。あそまでいけばそりゃあ簡単には死ぬ訳いかないよなあと私でも思いますもの。

それにしても今回の石原先生はいい兄貴分という存在でしたなあ。立ち位置的に大人でもないし当然子供でもないという中間の橋渡し役みたいで落ち着いて観てられました。

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*おんも

遠州で使われる意味としては二通り考えられる。

ひとつは、お外のおんも。ほとんど幼児向けの言葉で大人同士で交わす際の表現ではない。これは共通語か。

もうひとつは、重いのおんも。「重っ」という言い方に近いはしょり系の表現であろう。ちなみに個人差はあるが感覚としては「重っ」よりも「おんも」の方が重さがあるような感じになる。はしょらずに言えば「おんもい」。イントネーションは当然お外のおんもとは異なり「も」を強く言う。別の言い方では「「どぉもい・どんもい」とかがある。

例文

「家ん中ばっかいんとおんもで遊んできない。」

  (家の中にばかりいないで外いって遊んできなさい。)

「だっておんも出たくたって戸がおんもくて出えれやへんもん。」

  (だって外出たくても戸が重くて出れないもん。)

「まあ家ん古いもんだでそこらじゅうやごくてえごえごしてるでの。」

  (まあ家が古いからそこいらじゅうへたって軋んでるからなあ。)

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緊急SP救命病棟24時~救命医者小島楓 その4

 3話を飛ばして4話のお話し。

そういやあそうだった。小島先生(松嶋さん)が未だ独身だった理由は震災で失くされたんだったっけ。失念してましたですなあ。政治家(仲村さん)さんの現場を目の当たりにしての変貌と進藤先生(江口さん)の働きと香川さんの苦悩の様がとても印象的な記憶だったんでつい二の次で忘れてましたわ。

それにしてもあの震災を描いたシリーズ3は固唾を呑んで食い入るように観てた名作だったなあと改めて想い出しましたでございます。次から次へと訪れる出来事が息をするのも忘れる位どうなっちゃうんだろと不安に陥ったり絶望したり。まったく報いられるという未来が描けない過酷な毎日の連続で。あれを乗り切ったらホント強くなれる筈だと得心がいきます。

「死んでいった人達の為にも自分はその分まで一所懸命生きなくちゃ」という想いに至ったり、「同じ被災者同士なんだから」というのは大東亜戦争が終わって生き残った人達の言葉とよく似てたんだと気がつきました。前者はほぼ同じで後者は「同じ日本人なんだから」といって揉め事を丸く治めたり。

負の要素で人々が一丸となるってのは決して望ましいことではありませんが、こういう時こそ人に優しくなれるのが日本人の美徳であることに変わりなく。改めて観て超ダイジェストであってもやはりかくあらんと望む世界が描かれていましたですなあ。

「希望」というテーマをひしひしと感じる「明けない夜は無い」ドラマでありました。長い夜だったけど。

それにしても凄い役者さんここいらそこらに怠りなく配置されてた磐石万全の布陣だったんですなあ。テーマもストーリー展開も役者陣も穴なしで。今観ても色褪せないパワーを感じます。

これをいいドラマの基準にしてたら最近のドラマがぬるめの湯に浸かってる印象になってしまうのも致し方なしか。今朝(8/4)の芸能ニュースでやってたんですが、江口さんが事故って実際救急車に運ばれた時に本物の救急隊の方が救命病棟楽しみにしてますと言われたってのもこれを全編観てれば確かに頷ける話しだなあと思えます。

そんなこんなでついに来週からいざや本編突入。期待せずにはおれませんな。残念ながらリアルタイムにテレビにかじりつくことは叶わない録画視聴なのですがホント愉しみです。

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*ゆっちゃかんにい

「内緒にしてよ」・「誰にも言わないでよ」・「言いふらさないでよ」とかいう意味。言うなと言ってるが内心こいつ言うだろうなという気持ちでいることが多い。絶対言うなというのであれば「ゆっちゃかんでねえ」辺りになるであろうか。

基本男女兼用の表現。

「にい」を抜くと命令口調になる。

「にい」を「て」に替えて「ゆっちゃかんて」となると「言わないものだって」とかいう諭すニュアンスになる。

「にい」を「ら」に替えて「ゆっちゃかんら」となると「言っては駄目だろう」とかいう憶測ニュアンスになる。

同じ口止めの際に使われる「ゆわんでよ」との違いは、時と場合にも依るが「ゆっちゃかんにい」の方が言うなという意識が強めになることが多い。ただし懇願といった要素も増えるので「頼むから」みたいな意味合いが増す。

「ゆわんでよ」と言ったのに喋られたら「ゆっただにい」(言ったのにい)と返すことが多く。

「ゆっちゃかんにい」と言ったのに喋られたら「あんだけゆっただにい」(あんなに頼んだのに)となることが多い。

つまり「あんだけ」というのは言うなと念を押した回数の問題ではなく意識を強く示したのにということを指す。

強めの命令口調であれば「ゆうなやあ」・「ゆったらただじゃおかんでねえ」とかになる。まあ命令というより威嚇に近いが。

例文

「やいやい失敗こいちゃってえ。」

  (参ったなあ失敗しちゃったあ。)

「随分じゃん。まかしょっつうもんでやらいただにい。」

  (なんだよもう。任せろって大口叩くもんで任せたのにい。)

「まあたまにゃああるでえ人間だもんで。」

  (まあなんだ、人間なんだから間違えることもあるさ。)

「こんなこんならあいつに頼みゃよかったやあ。」

  (こんなことならあいつに頼めばよかったなあ。)

「やあ。あいつにゃゆっちゃかんにい。馬鹿にされるで。」

  (おいおい。馬鹿にされちゃうからあいつには言わないでくれよ。)

「どうせすかなあ。」

  (どうしようかなぁ。)

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ブザー・ビート その4

 「バスケを聴く」という表現は斬新だなあ。こういうフレーズをさりげなく繰り出す辺りが月9の特徴か。

観ていて莉子(北川さん)が川崎(伊藤さん)に対して傾いてく感じがなんかしてこないのは、「これでいいのだ」もしくは「まあいいかあ」オーラが莉子から全く放出されない雰囲気が醸し出されているからでありまして、俗に言う脈が無い風に映って見えるからですが。そうはいってもその行動はやはりカップルとしか理解出来ないのは、ひとえに麻衣(しほりん)を始めとする周りの人々がこの二人の行く末を応援してるからでありまして。

期待に応えようという意識が莉子に宿っているからで自分に正直に恋しているんだといった自覚があるのでしょうか。何度か呪文のように自問自答してましたけど比重からいったら直輝命に映って仕方ないんですけど。なんかまるで断る理由のないお見合い相手と付き合ってるみたいだなあと莉子と川崎を見てるとそう思えてきます。とは申せなんとはなしに危機をひとつ乗り越えた図がこの回は描かれていました。でもこのふたりいずれは別離を迎えるとしか映らないんですけど。そうみせといての意外な展開とか用意されてるんでしょうか。容易に納得できる一発逆転円満という用意があるのでしょうか。(無さそうですけど)

 七海(相武さん)の猫かぶりの術はそろそろ化けの皮が剥がれてきたんでしょうか。大分素(地)の部分でいることの方が多くなってきた風に見えてきました。意外だったのはチーム全員の行きつけのお店で堂々と煙草に火を点けてたところ。誰にも知られずと思っていたんですが直輝(山下さん)の知り合いでもある店員さんにはその姿を見せていたというのが意外でした。友達の忠告としてそういった姿を直輝にご注進されたらどう取り繕うつもりなんですかねえ。それとも知らぬは直輝ばかり也ってか。

でも代々木(金子さん)の忘れ物を直輝が問い詰めた時の超機転の利いた反応を見ると賢い人だけにどうとでも言いくるめれそうではありますな。結構太っ腹。

いづれにせよ自ら術を解くというよりも直輝に見破られるという方向に進みそうな気がしてきました。そうなると二人の意思の変化が今後見ものということになりそうです。通常だと双方納得(諦め)の上分かれるというパターンでしょうけどそれじゃあドラマにならないだろうと思え。多少ありかなと思えるのは七海は復縁を願うが直輝が拒絶する・七海は最早これまでと別離を覚悟するも直輝は忍耐で無かったことにするって感じか。意外性でいけば表面上は双方世間体を重んじ平静を保つも直輝の内面では不信の想いが煮えたぎりつつも許すような感じか。自然とフェードアウトというのは流石に考えられないところで早いか遅いかはともかくどこかで直輝の噴火は避けられないところでしょう。

どのパターンになるにせよ今のところ七海が不満を抱きつつも直輝でなければならない理由が私には理解できておらず。単純に初恋かどうかは定かではないですが幼い恋から始まった関係が今まで続いてきている中で七海の方が直輝より先に大人になってしまったバランスの悪さからきたほつれと解釈しているので、雨降って地固まるって展開でもアリかなと思ってしまいます。七海にしてみれば直輝の求めるものに対応しようと自分を偽ってでも直輝に尽くしているという気持ちは当然あるでしょうし。直輝が代々木と同じことをしてくれたらなんの問題もない話しでしょうし。決して悪女ということではないところが微妙なところです。

直輝の側から見たら七海のどこに好意を抱いているのか。猫かぶりの術中のようでけた娘さんの部分のみなのかという疑問もありますが、それ以前に素の七海に薄々でも気づいているのかどうか。まあ気づいてないんでしょうけどね。

 この回はふたつのカップルのうち片方は絆を深め片方は亀裂が表面化してきたとまとめれる訳ですが、最後のシーンを観て表面化するのが案外早かったなあという感想です。もうちっとばれやしないかハラハラとする回が続くのかなと思ってたもので。次週はともかく亀裂は決裂にまで発展するや否やってのが見所ですかねえ。イメージ的には直輝は怒り出すタイプじゃないんですけど。それと変な回想ですけど初回で婚約指輪渡してたらこうはならなかったんでしょうか。渡したとしても尚、代々木の登場で今より酷い状態になっていたんでしょうか。

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*いれこ

共通語では箱や器の中にひとまわり小さい同様な物を順々に入れていくもの。まあマトリューシュカの実用品版みたいなものか。漢字で書くと「入れ子・入れ籠」と書くらしい。

しかしながら遠州弁というかうちらの集落辺りでは「いれこにする」と言えば「入れ替える」、「いれこになってる」だと「入れ違いになってる」などという使い方をすることが多い。つまり逆になってると。

これが同じ言葉でありながら意味使いが変化したものなのか全く別の言葉がたまたま同じ読みで紛らわしくなっているのかは分からない。勝手な推測だが入れたものが交差・交錯してるみたいな対象物が共にはっきりしてる場合に使われるので「入れ交」が変化とかでもしたんだろうか。根拠は全くないけど。

とにかく共通語に訳すと「正しいところに置かない置かれていない・あべこべ」みたいなニュアンスになる「いれこ」という言葉。

こういう言い方をするのがどの程度の範囲なのかは定かではないので「これが遠州弁だ」と胸を張れる訳ではないのだが、少なくとも共通語しか話さない地域に行ったら通用しない(誤解される)表現であることは間違いないだろう。

つまり「いれこになってる」だと共通語では「順次大きさ順に収まっている」ということだろうが遠州弁では「順序がでたらめになってる」という意味になる。

それじゃあ大きいものに順次似たようなものを収めてくという共通語の「いれこ」を遠州弁でどういうかというと・・・特に思いつかない。なんかあるのかな?

それと、よりややこしくすると、「いれこにしていれるだよ」とかだと「互い違いにして入れるんだ」という意味になり共通語での「大きさ順どおりに入れるんだ」とかいう意味と異なるのである。さあどうだややこしいだろう。

言い訳になり申すが、数多ある遠州弁説明紹介HP・ブログに於いてこの「いれこ」という言葉の使い方及び意味説明されてるところは無いのでもしかしたら誤った解釈又はほんの一部地域だけで使われてる表現かもしれないというのを記しときます。

ちなみに「てれこ」という表現は遠州では聞いたことがない。関西弁らしいのだが遠州には波及していないことは確かであろう。

例文1

「なんかあんたの服つんつるてんだなあやあ。」

  (なんかあなたの服サイズ小さくない?)

「そうけえ?そうゆわれりゃあちいとパンパンだかいやあ。」

  (ええ?そう?そう言われればなんとなくきついかな。)

「太っただ?」

  (太ったの?)

「失礼こいちゃかん。・・・ああっ!旦那んのといれこで着てたあ。」

  (冗談言わないでよ。・・・ああしまった。うちの亭主のを間違って着てた。)

「なによを。お揃い持ってるだ?」

  (え?なに?ペアルック持ってるの?)

「家用だよ。安かったもんでまとめ買いしただよ。家でならとんじゃかないらあ。」

  (家用よ。安かったからまとめ買いしたの。家の中なら構わないでしょ。)

「つうこたあなに?旦那よりあんたあの方が太いってか。そうはめえんかったけど。ふ~ん。」

  (ということは、旦那さんよりもあなたの方が太いってこと?そうは見えなかったんだけど。ふ~ん。)

「うっさい!」

  (うるさい。)

例文

「うまくはまらんなやあ。」

  (うまく収まらないなあ。)

「おめえ、それとそこんさあのいれこにしてみい。」

  (お前さあ。それとあそこのを入れ替えてみなよ。)

「おおはまったわあ。」

  (おお!ぴたりはまった。)

「だらあ?」

  (そうだろ?)

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官僚たちの夏 その5

 救うとか助けるんじゃなくて守るんですね。つまり一時的なレスキューではなく扶養者として面倒見るんだと。このドラマでの官僚の意識はそういうことなんでしょうか。現実では雇用を守れてないみたいですけど企業さえ守れれば良しということなのか。まあ現実とドラマを一緒にするってのが間違ってはいますけど。

「太平洋ベルトライン」。おお!そういやあ学校の授業でそんな言葉聞いたことあったなあ。ということは片山(高橋さん)の構想は現実に実施されたってことですよね。でもドラマで描かれてる昭和35年の話しじゃなくもっとずうっと後の話しですけど。ところで今その構想は現実になってるんでしょうか。

IDNとの交渉がこの回のヤマ場だったわけですが、結果はともかく根性と気迫は凄かったですね。でも今の視点でみるとよくあんなごり押し通ったよなあと思えて仕方なかったです。まあ某国のミサイル外交よりかは真っ当でしょうけど。あの時代は実質鎖国みたいなもんだったんでしょうかねえ。世界と協調する意識より守る意識の方が遥かに大きかったということでしょうか。

ところでそれぞれに同期もしくはライバルが存在してる訳でして、風越(佐藤さん)には玉木(船越さん)、庭野(堺さん)には片山といったみたいに。官僚だけでなく政治家にも池内(北大路さん)には須藤(長塚さん)が。

じゃあ風越の上司であり丸尾(西村さん)にはライバルいないんですかねえ。というのも片山と庭野の将来は風越・玉木にかかっているわけで。それと同じことは風越・玉木にも言えると思えるのですが丸尾にはそういう熾烈な争いしてる景色が見えなくて。そうなると玉木に出世の勝ち目は見えない。

庭野→鮎川→風越→丸尾というラインはあるけど

片山→玉木で止まって見えるんですが。そうなるととても少数派に映るのは気のせいか。

まあドラマの主題が官僚万歳ということではなく、熱く燃えた男たちの奮闘記ということでありましょうから現実と照らし合わせると詰まんなくなってしまいそうでありますからここはシンプルに男意気を愛でることに徹すべきでしょうが。そうはいってもどうも近すぎてそう見れない部分を感じてしまいます。難しいですねこういう作品ってのは。

シンプルにライバルとの競争・責任の重圧との戦い・先を読む力・仲間集め・信念を貫く・障害物の排除とかいったものを背負った男の生き様を愛でるべきでしょうね。

まったくこの時代を知らずに育ってきた世代であれば作り手の意図通りに観れるのでしょうけど。私はあと何話かしたらリアルな時代に突入しますから益々較べてしまいそうでどうにもですわ。

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*きちきち その2

別の記事に於いて「きつきつ」との比較で書いたが、別の用途があったので追記。

「きちきちやらんと気い済まん」

訳すと「きっちりやらなければ気が済まない」。

つまり意味として「きっちり」・「精一杯」・「きちんと」とかいったニュアンスで使われる場合が遠州弁にはあるということである。推測だが「きちんきちん」の省略された表現かと想像される。

「しゃきしゃき」や「はきはき」というテンポよくとかいうニュアンスではなく「手を緩めない」という意味合いが強い。

似たような表現で「はしはし」というのもあるが、比較すると「はしはし」は要領よくの意味合いが強く「きちきち」はより精確にという趣を感じる。

例文

「あの人と仕事すると疲れるやあ。」

  (あの人と組むと疲れるんだよね。)

「なんで?」

  (どうして?)

「あの人どこかしら手え抜くだいね。わしなんかきちきちやらんと気い済まんたちだもんでやっきりこくだよ。」

  (あの人はどこかしら手を抜くんだよね。私なんかちゃんとやらないと気が済まない性質なんでむっとくるんだよね。)

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嬉しいに決まってるじゃないか!

「嬉しいに決まってるじゃないか!」

ナイスです。情報番組の芸能情報コーナーにてこの発言が流れていたのを見て爽快・痛快な気分になりました。

流石数分のシーンを撮影するために何時間も歩き重い荷物背負って撮影ポイントに向かうというリアル(無茶)に拘ったバンカラ活動写真を撮られた監督さんです。非常に溜飲が下がったというか、普通父親が我が子が生まれて嬉しい以外にどんな感情があるのか?そんな決まりきった事を時と場所をわきまえず聞くという無神経に一喝という勢いで気持ちよかったです。

 状況を少し詳しく説明すると(ってテレビで流れてたのを見ただけでその場に居合わせた訳じゃ無いんですが)、「剱岳 点の記」観客動員数200万人突破の御礼舞台挨拶の中で取材報道用に壇上で記念撮影をしてる最中、横槍で芸能ハイエナレポーターさんが実生活でお子様が誕生した役者さんに向かってお子様が生まれた感想を問うたというこの場の趣旨を無視した発言に対して発せられた正論の言葉でした。

本編(映画)の中においても我が子誕生という一報に遭遇される役を演じておられたので、もしかしたらそれと引っ掛けた質問という言い訳があるやもしれませぬが。作品そのもの及び舞台挨拶の趣旨とは何の関係も無い奇遇を壇上にいる人に向かって問うことに正義はありません。

とは申せ役者さんは人気商売。そんな理不尽な質問されても大人な対応をしなければならない状況で木村監督のこの発言

「嬉しいに決まってるじゃないか!」

その後なおも引き下がらないハイエナ衆は「監督からもお祝いコメントをいただけませんか?」と喰いつこうとする。そこで監督は

「こんな壇上からいうことじゃねえだろ。」

まさしくもってその通り。

芸能を取り巻く世界は野蛮な無秩序地帯なんでしょうか、まあ芸能に関わらず事件の犯人とかに対しても時の人でありさえすれば取材相手の都合なんてお構いなしなんでしょうけどね。

 いずれにせよ普段正しいことだと思ってはいても言えないことのみぞ多かりき世間において公の場で堂々と至極当然な正論を吐いたという名言でありましょう。すっきりしました。もし「余計な事聞くな」とか付け足しで言ってたらただの感情として処理されてしまうところであったでしょう。場をわきまえろという事とくだらない質問をするなという意味合いが表現されていてホント名言だよなあと感じ入る次第でありまして。

個人的には今年の流行語大賞で決まりです。

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オトメン・夏 その1

 観る前に、こういう印象を抱いてドラマを観ようというのは、役者さんへの足枷にしかならないので言うべきことではないのですが、思っちゃったものはしょうがないということで記します。

 夏帆さんと岡田将生さんの組み合わせと言えば山下敦弘監督の映画「天然コケッコー」の右田そよと大沢広海を思い出さずにはおれません。この映画はとにかく良かった。あの作品が2007年。それから2年経っての再びというのはどう変わっているんだろうと。なにせ一番変化の激しいお年頃。希望としてはあまり変わっていて欲しくないなと。

それと話しは飛びますが、最近のドラマって豪華ゲスト華盛りでありますが役者さんばかりでもなくスタッフ(監督さん)をゲストに招いて何話か演出して貰うってのも観てみたいなあとふと思ってしまいました。そういのも贅沢というものですから。まあ今の二人を山下監督が描いたらどう映るんだろうというのを観てみたいということなんですけどね。演出家がころころ変わると芯がなくなるのでしょうけどキャラが確定してさえいれば休題緩和みたいな回とか作って別の視点で見るってのもいいんじゃないのかなと思えますもので。ま、イメージとしては矢口作品に見られるサイドストーリーなんですけどね。

 とかなんとか諸々想いながら第一話を観ましたです。面白かったです。

冒頭のお父さん役の鶴見さんの痩せ具合が気になり申す。なにかの為の減量によるものであってくれれば幸いかと。・・・て思ってたら自転車レースに勤しんでおられるとか。それも半端なく。なにはともあれご病気によるものじゃなくてよかったです。

で、岡田さんと夏帆さん。いい意味で変わってないのが嬉しいなと。もちろんキャラは別者ですからそよと大沢を彷彿とさせることはないのですが、放つオーラというか雰囲気に変わりはなく清々しいのがいいですな。夏帆さんはやはりのんびりしたイメージが似合います。その実武道のたしなみに秀でてるというギャップが面白いキャラクターで愛すべきキャラですな。

物語は飛鳥(岡田さん)目線というか中心点で周っているらしく飛鳥の今に至る経緯と本来の性格がはっきりと示されていている反面一方のりょう(夏帆さん)については不思議な部分が多くその感情が読み取れない未知の領域が興味をそそります。かき混ぜ役の同級生の存在が大きな鍵を握っていくのでしょうか。

やんちゃな他校の生徒が登場してきましたが学園内はおおよそ平穏なようです。転校生(りょう)を紹介する辺りのシーンでいいともネタとリハウスネタをかましてて笑ってしまいましたが校風のよさが一発で分かるシーンでありました。それに花を愛する生徒も居たりして。

とりあえず今回の展開をまとめるとしたら飛鳥とは・りょうとの出遭い・繋がりの芽生えって感じでしょうか。いつ乙女チックが白日に晒されるのか。それは告白なのかチクリなのか気づかれるのか。その範囲は?そしてそれをりょうはどう思い捉えるのかといったとこが興味ですかね。もちろんそんな簡単な話しでは済まないでしょうけど色んな障害イベントは想像できないんで。

まあとにかく面白そうですわ。岡田さんがいいですね見応えがありますその存在感が。防具なしで木村さんとやっとうの丁々発止してる様は気合を感じました。

ただ「天コケ」のイメージ離れ難く最後絶対この二人は上手くいくという根拠の無い確信があるので多少の波乱じゃドキドキしないんじゃないかという怖れはありますです。

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華麗なるスパイ その3

 安心して楽しめるドラマです。死人を出さないとかいう決め事でもあるんでしょうかね。その分明るく能天気で観ることができて爽快です。もちろん隠し味として心の闇という部分を京介は持っていてドラマに深みが感じられますが、バランスとしては笑ってこそのドラマでありましょう。

 私韓国ドラマは観ない人なので、ナベアツさんがバナナ(なんでバナナなんだ?)喰いながら泣けるといってた部分の展開が韓流ドラマのパロディなのか紹介なのか解説なのか判断がつかないんですが韓国の役者さんのレベルの高さが窺い知れる感じでありました(まあ、お一人を見て全体を推測すると言うのは無謀な行為ではありますが)。Araさんという方の感情表現のメリハリが豊かでかつとても判り易いのは韓国の方の特徴なんでしょうかねえ。別人28号かと思えてしまうほど切り替えられていたように感じました。ある意味複雑曖昧さがない直情的雰囲気で。怒る時も笑う時も目一杯妥協なしって勢いで。

と、思ったんですがドラマ観終わってAraさんで検索したら日本でも以前から活躍の場を持たれておられたみたいですね。なので感じた特徴ってのは韓国の役者さんがということではなくAraさんの資質がってことなんでしょうね多分。ホントお人形さんみたいなお人です。でも凄い根性ですね。口紅鉄砲が顔に当たるシーンで、当たる前に眼を閉じずに顔面(頬)にきっちり当たってから眼をつぶられてました。銃を総理夫人に向けてた時も射撃の体勢男勝りな姿勢できっちり決めてらしてたし。

話し若干戻しますが、そんなこんなで韓流との違いを愉しむよりも日テレでかくれんぼの鬼探しって感じが面白かったというか作り手が楽しんでるなと思えました。内輪受けに走りがちで万人受けするかどうかは定かではありませんが、こういった遊び心がなんか好きですわ。

今回は深田さんの活躍の場が若干少なくスッチャーデスのお姿だけが印象に残ったのですが制服と黒髪がマッチして似合ってられてました。

今回は深田さんが控えめな分杏さんが映えてるように感じられました。飄々とした空気感はやや中性的な印象を与えるのですが力み感がなく自然体に映るのは役者さんみたい。確か私の記憶ではご職業モデルさんと認識してるのですが、役者さんとしても十分その才を発揮される可能性をば感じ入りました。

ところでタイトルにある丸にKYってなんなんでしょ。

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