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*そんだけどあんた

「そうは言うけれどあなたねえ」という意味。基本女性言葉。

軽くたしなめる程度の反論の場合に使われる。

「あなたはそういうけれど」とかいう風なモロ反論口調の場合には

「あんたあなにゆってるよを」

とかいった言い方になる。

男言葉で「そんだけどあんた」と同じニュアンスの表現は

「いやあ」・「つうてもなあ」・「ほんでもやあ」とかであろうか。

例文

「どうでえ。今だったら買やあ減税だもんで安いにい。それに付属品もつけるでねえ。」

  (どうですか今お買い求めになると減税ですのでお安いですし付属品もサービスで付けますから。)

「そんだけどあんた。わし車の免許もっちゃいんもん。」

  (そう言われても私車の免許持ってないから。)

「ご亭主は乗らんだ?」

  (ご主人はお乗りになられるでしょう?)

「免許停止とかではあ懲りたっっつってたで。」

  (免停とかでもう懲り懲りだって言ってた。)

「ほんじゃああんたなにせいここ来たよを。」

  (それじゃあなにしにお越しになられたんですか?)

「涼みい。」

  (涼みに。)

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コールセンターの恋人 その4

 季節は夏。ということでお約束の心霊ものをドラマにも取り入れか。でも恐くない。なんでか。それは機械(商品)がぼろいからに決まってるから。何故なら此処はクレーム処理場だから。

えらい根拠の薄い道理ではありますがそう思って観てましたんで背筋がぞくぞくとはきませんでした。まあそれが普通か。

では何故そういう写真が映るんだといったある種の謎解きという展開か?と思ったりしましたが案外親切なヲタクさんのお陰で早めに謎が解かれて。じゃあこの後どういう顛末が起きるんだ?と。先の読めない展開ではありました。最後は「嘘も方便」ではありましたが「嘘から出た真」とかいう展開になれば私の好みだったんですけどね。でもあんな遠景までもがピントきっちりで映ってるなんて結構凄い性能のカメラかも。

欠陥商品(陳腐な商品)売る分には罪の意識は無いけど、お客さまを騙すことは避けねばならないという局長(柴さん)の信念は微妙。良いものを自信を持って売ると言うのが責任というべきものかといった思いがある訳でして。これはそれに反してやしないかと。「物は言い様」ではなく「物は良いよう」でないとね。

 あえてクレームの電話に対して心霊を容認する青響(ミムラさん)。夢(望み)を売るということなんでしょうけど、商品として一縷の望みみたいな夢想を売るのは道義的にどうなんでしょうね。南極アイス(名取さん)みたいに洒落として売ったとしても性能を保障するものじゃないですからおそらく洒落は通じないでしょうが、それでも自信満々で売ってて大丈夫なんかい。と、思ったら悪党にしてみればそれはそれは恐い怖い「公正取引委員会」のお呼び出しがあったとか。背筋が冷えるのは観てるこっちじゃなくてそちらさんの方だったんですね。

ここまでギャグに徹してるならその都度ギャフンとなる東京組の連中のギャフン度をより過激にしてありえないものを売ったりしてなおかつ全く懲りないへこたれない存在であってくれればもっと明るく笑えるのになあと思います。局長も南極アイスもマンガみたいな人で暗さが微塵もなく悪党でもないとこがいい感じですわ。それにこの仕事に全身全霊な感じがするところも。

 ところで願望を増幅させるファンタジーというものを売っていいのは映画やドラマとかの芸術芸能の領域であって機械や情報ではファンタジーを売るのは「駄目だこりゃ次行ってみよう」ってな感じでしょうね。いつかそういう商品というものが発明されて売られる世の中が訪れるんでしょうか。スター○レックに出てくるようなレプリケーターやホログラムのような。

 心霊写真もどきが映るからくりを知っていながら一縷の望みを託して写真を撮り捲る青響というのは何者ぞ。素直にそう思えてきました。超現実主義な夢を見ない人だと思っていたんで現実を越えるものを見たがるとはホント意外というか訳分からなくなってきました。

他のクレームで3点セット買ったのに4点セットなんて出しくさって損したじゃないかというのには嗤えました。心霊写真もどきのからくりを教えてくれたヲタクさんへの聞くだけ聞いたらガチャンと切るけんもほろろな扱いは粘着気質の傾向にある人に対しては有効な手段なんでしょうかねえ。中途半端に怒らせたり恨みを買われたりしたらしつこく報復されそうですがあそこまで素っ気無いとそういう感情に至らせない効果があるんでしょうか。参考になりますです。

 それにしても時間の流れがやはりのんびりこんと映ります。実際にその場で撮っている恩恵があるんだろうなと。ああいう場所に野望は似合わないですから。具体的なアイデアとかは思いつかないんですが忙しない東京との比較がもっと鮮明に感じられればよりいいのになあと。

 ところで番組内で流れていたトヨタのコマーシャル。左上にTOYOTAの文字が映っていなかったら本編と間違えるところでした。でもこうして同じ光景で違うものを観てみると名取さんの存在感の大きさ(派手さ・インパクトの強さ)が改めて感じられる訳でありまして、違った意味で名取さんすげえなと思いました。

結構本筋とは関係ないところが色々と面白くて視聴率的には芳しくないみたいなんですが私は愉しいですこのドラマを観るのが。

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*がんこ

「とんでもない人」・「ついていけない人」という意味で使われることがある。

似たような表現で「ひょんきん」という表現もあるがこの違いは「ひょんきん」が意外性や想定外を感じ「がんこ」は度を越えたという勢いになる。

どちらも常識を外れてるということでは大差ないのだが、「ひょんきんな人」・「がんこな人」と「~な人」とつけると他人行儀な感じになるところは同じである。

似たものをさがすと「えらい」・「ど」・「ばか」という系統が近い。つまり「がんこ何々」というべきところの「何々」(例えばケチとか)をはしょった言い方ということであろう。

共通語の「頑固」とは明らかに意味合いが異なるのでこれは方言かなと。

例文

「あいつがんこだにい。」

  (あいつはとんでもない奴だよ。)

「なにがあ。」

  (どうした?何があった?)

「こないださあ。一回こっきりつかみ取りっつうの一緒にやり行っただけどやあ。根がごうつくだか知らんが気い済むまで何度もやり直すもんだで後ろだあだあに並んじゃって店の人にど渋い顔されて往生こいただよを。一緒にいていづようなかったわあ。」

  (この間ね。チャンスは一度きりというつかみ取りのイベントに一緒に行ったんだけどさあ。性根が強欲らしくて自分が納得いくまで何回も握り直ししてたものだから後ろの列が物凄く並んじゃって。店の人に苦虫噛み潰したような顔されて身の置き場がなかったよ。)

「周り見れんだけだらあ。後ろの迷惑なんざとんじゃかねえだらなあ。」

  (そこしか眼中にないんだろうな。後ろの迷惑なんて考えてもいないんだろうな。)

「に、したってやあ。はあええらあっつう風にさりげなくゆっただに聞く耳もたんだもん。勘弁してくれだよ。」

  (それにしてもそれくらいでもういいだろって感じでさりげなく注意したのに聞く耳持たなくてさ。本当に参ったよ。)

「でどうしたよを。」

  (それでどうしたの?)

「はあついてけんでうっちゃってきた。」

  (もう付き合ってられないんで見捨てて先に帰った。)

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猿ロック エピソード1-2

 タイトル表記をその1その2ではなくエピソード表記に替えます。一話完結ではなくひとつのエピソードを何話かに分けて放送されるみたいですから。こういのは好きです。無理矢理一話に収めようといった無茶を感じるよりも描くエピソードによって納得いくまで描いていけそうな余裕がありそうで。○リックでもそういった手法で表現されていてそういうのをDVDになってから一気に観ると又一興でしたわ。猿ロックも同じように愉しめるんでしょうね。

 ところでこの回は空かない金庫に再チャレンジの巻。タイムレースの模様はハラハラして観てました。多少タイムオーバー気味でリツコに身の危険が迫ってしまいましたが。

金庫開けてから第2ミッション開始以降のチェイスの模様そして最後ビデオ処分の仕方に至るまでの様はまさしくコメディでありまして中途半端にリアルを求めたら白けてしまうよという作り手からの警告なんでしょうか。例えばあんなスケベ命の二人があんだけ大量にあるお宝(Hな映像)群を惜しみも無く燃やしてしまうなんて絶対考えられないですもの。報酬として少しくらいはガメても撥は当たらないだろうと考えが及んだりしますって。煙突で燃える訳ないだろうとかいうくだらぬツッコミとかは致しませんが、本気でスケベの道を極める気があるんでしょうか疑問に思えましたが。正義をしてる時はそういうスイッチは切ってるんでしょうかねえ。やるときはやるって。

おちゃらけばかりでなく鍵と対峙してる時の真剣な表情がいいですな。今回印象に残ったシーンはまたやるぞとリツコの部屋に窓から飛び込んで直ぐに去っていくシーンでした。電話で伝えないところがいいなと。決意の程は直接示さないとね。それととんでもないところから入ってきてもなにも動じないリツコというのもなんか可笑しい。

それにしてもリツコ(芦名さん)は強ええ。とは申せ幼馴染という腐れ縁ではありましょうが、こんなカラッとした爽快などスケベ野郎共と行動を同じくしてる女子ってのはなんか男からしてみれば憧れでありますな。これで好意をもつと無茶出来なくなる(しおらしくなる)ってとこも切なくてなんかいいさね。ってそんな光景まだないけど多分あるでしょう。でもインストラクター覗いてたサル(市原さん)に鉄槌食らわしてました。歪んだ愛情表現なんでしょうか。それもまた悦。なんちゃって。

どのみちこういう関係性って幼い頃から積み重ねていかなければ、相性だけで大人になってから知り合ったのではこういう関係性は築けないでしょうから羨ましい限りですな。これに近いのはタッ○の南・達也・和也でしょうか。あちらが尊敬と憧憬が土台になっているのに対しこちらは粗野と直情が土台になってるという違いが感じられます。

 原作の漫画は私読んでないのですが、この跳ね飛びの具合は多分原作とは空気感が違うと想像されます。そう思わせる程「市原隼人」ワールドに思える勢いです。市原さんの放つオーラがこのドラマを支配していてそのパワーに引き寄せられる様に出演者の皆さんも全開バリバリって感じで。芦名さんも今までに無いイメージの役であらっしゃりまするが決してイメージ全壊ということはなく勢い全開な風で輝いて映りますです。

30分という短い時間にしては中身が濃いのか満腹感があります。

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ぺんらぺら

共通語だと「ぺらっぺら」ということか。遠州弁と言うほどのものではなかろうが一応記載。遠州人は「ぺらっぺら」・「ぺらんぺらん」とかも使い分けているがあまり意味的に大差はなく個人の裁量で使い分けられている。。

「英語がぺらぺら」を「英語んぺんらぺら」ともいう言い方もするが、「わしの給料袋ぺんらぺら」みたいな「薄い」を自虐的・揶揄的に言うような場合に使われる表現。「ほれみろこんな薄い」といった感じか。元々薄いのではなく本来あるべき(あって欲しい)厚さよりも薄いというニュアンスである。

例文

「なんか 停めてる おんしゃ の ぽんぽん がんこ傾いてるなやあ。ひっころんだりしただか?」

  (気のせいか停めてあるお前のバイク随分傾いて見えるぞ。転んだりとかしたのか?)

「こけたこたあねえけど。そうけえそんな傾いてるう?毎日乗っとるもんで慣れっこんなってるで気にもしてんけど。」

  (こけたことは無いけどなあ。そんなに傾いてるかあ?毎日乗ってるから気がつかないのかもしれないけど気にしたことないけどなあ。)

「見してみい。うわあ なによを サイドスタンド。擦れてぺらんぺらんじゃん。」

  (よく見せてみろよ。うわーなんだよこのサイドスタンド。擦れてぺらっぺらになってるじゃないか。)

「おお。そうゆやあそうだの。材質がケチられてるだかいやあ。」

  (ああそう言われればそうだなあ。材質ケチられてたのかな。)

「じゃねえらあ。おんめえ、いっつもスタンド仕舞い忘れて擦りながら走ってるだらあ。そうでなきゃあこんなぺんらぺらになりゃへんにい。」

  (そうじゃないだろう。お前。いつもスタンド戻さず発進するから引き摺って走ってるんだろ。そうじゃなきゃあこんな削れることはないぞ。)

「そをゆやあ仕舞ったこんねえの。いつのまにか畳んであるわなあ。」

  (そういえば戻したこと無いなあ。いつの間にか畳んであるもんなあ。)

「自動のスタンドなんかありゃせんだで。いつか死ぬぞ。」

  (自動のスタンドなんてある訳ないんだから。こんなことしてたらいつか事故起こすぞ。)

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赤鼻のセンセイ その4

 若くして発病しその病気と一生付き合っていかなくてはならない苦悩を背負った人間の屈折せざるを得なくなったその心を正しく導かんと奔走する主人公とよき?理解者の奮闘の物語。にしては過激にひょうきん者。

今回の軋轢は、病気になる前と決別(リセット)し新たに病気と共に付き合って生きていく(過去を捨てる)べきという意見とそれはもったいないという意見。その成否はどっちだという展開のように思えました。

こういうキャラの主人公って最終回掻き回すだけ掻き回しといて最後去っていくってのがほぼお約束というかよく見るパターンなんですけどどうなるんでしょうかねえ。

この回面白かったのは香椎さんの怒る姿とその言葉での追い詰め方。それを受けて恐縮する大泉さんという図式。どちらも様になっていって観ていて不謹慎ながらも面白かったです。

最後請求書を眺めての院長先生(上川さん)の誰か褒めてくれみたいな嘆息ともつかぬ空気の抜けた言い方も悦でしたなあ。

ユニフォームを打ち捨てた光景を目撃してたシーンでの神木さんの目の動きがなんか印象に残りました。

どうでもいい感想としましては田中役の高良さんってヘルメット被った姿は堀○真希さんにどことなく似てるよなあと。

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*ゆわんでもいいだにい

直訳すれば「言わなくてもいいものを」。ニュアンスで訳せば「余計な事言いやがって」。

「言う」だけでなく「やる」・「する」などなど色々につく。

「にい」のアクセントは特別で普通の「そうだにい」とかのとは違う。

例文

「なんでAがここにいるよを。」

  (どうしてAがここに来てるんだ?)

「○○が誘っとったみたいだにい。」

  (○○の奴が誘ったみたいだよ。)

「あんにゃろを。ゆわんでもいいだにい。ホントしょんねえなあやあ。」

  (あいつぅ。余計な事言いやがって。ホントにもう。)

「なんでえなんか都合悪いだけえ。」

  (どうして?なんか都合悪いの?)

「どうもこうもあらすかあ。Aのおっかさに今日がきんちょの誕生日祝うだで、ちゃっとかやいてよって念押されてただよを。おっかさ自分がゆっても聞きゃへんで頼むって。」

  (どうもこうもないよ。Aの女房に今日は子供の誕生日でお祝いするんだから旦那早めに帰宅させてよって頼まれてたんだ。奥さん自分が頼んでも聞いてくれないからって。)

「○○それ知らんかっただらあ。」

  (あいつはそのこと知らなかったんだろうなあ。)

「んなわきゃあらすかあ。一緒に居た時頼まれただで。知らん訳ないじゃん。」

  (そんなことないよ。頼まれた時一緒に居て聞いてたんだから知らない訳ないだろ。)

「忘れただらあなあ。」

  (忘れたんだろうなあ。)

「それか聞いちゃいんかっただか。あんにゃろ。意味も無く頷いてけつかりゃがったな。」

  (もしくは聞いていなかったか。あの野郎意味も無く相槌打ってやがったな。)

「どっちゃみっちゃはあ酒入ったでAみたいな飲兵衛に今からゆっても止まらんな。」

  (どっちみちもう酒が入ったからAのような飲兵衛に今言っても止まらないな。)

「余計なこんしくさってはあ知らんわ。」

  (余計な事しやがって。もう俺は関与しない。)

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なんとなく思った事

 「めざましテレビ」を観ていてなんとはなしに思い浮かんだ事。

様々なコーナーで彩られている番組であらっしゃりますが、その中でも食材の紹介を兼ねた試食のシーンが毎日結構目を惹き付けられる訳であります。で、思うのですがもっとででんとお食べにならればいいのにとふと思ってしまいます。いただきますから始まってご馳走様まで。ワイワイ話しながらまるで観てる方が同じ食卓を囲んでいるかのような錯覚が起きるくらいのアットホームな勢いで。

朝食の重要性はよく言われる事であり、美味しそうに食されてる姿を見たらば自分も食べたくなるってことも有り得るのでは。朝は睡魔と栄養補給との選択の葛藤する時間で睡魔が勝利する人が圧倒的でしょうがそれを覆す一翼を担うようにって書くと大袈裟か。

立食では気忙しないので出来れば座して食していただきたいところであります。

そんな気を起こさせたとある日の皆藤さんの頬張り具合と高嶋さんの喰いっぷりでありました。

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なんだかなあ 酔っ払いの扱い

 もうそろそろ過去に過ぎた話し(ブームが去った)かなと思うので書きますです。とある有名人さんの進退を鑑み此処はひとくさり講釈をなぞというつもりはさらさらなく。お酒の事については以前から想っていた事もあってなんか書こうと。

日本という国は酔っ払いに寛容な風習を持つ国だというのは大分前から言われてました。

我が身に及んだ酔っ払いの迷惑を挙げると

*「オレの酒が呑めないのか」

俗に言う絡まれると言う奴ですな。何度こう言われ続けたことか。酒を健康上の理由で若いうちに辞めた身としてはその都度厭な気分になりました。

*朝出勤途中で見かけるゲロ

朝の爽快感が一発で吹き飛ぶ景色と臭い。犬の糞より厭なもの見た感じでありましてもらいゲロじゃないですけどおえっとよくなりました。

*喧嘩もんかの騒ぎになっても酔った勢いなら後日醒めてから謝れば済む。

さすがにこれはもう無くなりましたけどね。でも言葉の暴力についてはまだまだ無法地帯にも思える時があります。

*夜中に大声で騒ぎ窓とかを割られたり自転車なぎ倒されてたり。

大トラとか呼称されて迷惑がられてそれで終わり。弁償しろとか強硬に出れば大人気ないと言われる。自身の経験では同時期ではありませんが自宅でも職場でも窓ガラス割られたことがあってその都度警察に通報したけれど一通り話しを聞いてそれで終いで再び起きない様当面夜回りをして見回るとかしてくれましたが犯人捜すことはされなかったです。日常的な事過ぎて事件ではないんでしょうね。

社会の憂さを酔って晴らすというのが日本古来のストレス解消方でずうっとあり続けてきた訳でありまして。こういう負の遺産があってこそ普段は礼儀正しく従順な社会人足り得たのでしょう。

「誰のお陰で飯が食えると思ってんだ」というセリフと共に「酒で憂さ晴らさなきゃやってられない」もまた決まり文句として大手を振って闊歩することが許されていたということでありましょうや。たとえ酒に飲まれてもまあ許してやろうという風潮があることは確かでしょう。何故なら赤信号皆で渡れば怖くないと同じで皆そうだから自分のこと棚に上げて人のこと悪くいえないという意識が働いていることもあるのでしょう。

 さて、平々凡々なる人間であればこういう類のものは器物破損の度が過ぎるものや傷害事件にまで発展しない限りはまだうやむやになることが多くそれで可とする社会でありましょう。そうことからすれば有名人であろうとも同じ人間なんだからこれくらい許してやれよという意見が大勢を占めるでしょうし的外れな裁きではないでしょう。

では公人がということであるならばどうなるんでしょうか。政治家さんが酩酊して記者会見に臨んだ結果は辞職でありました。公人であろうとも人間なんだからという理屈は通用しなかった訳ですが。何故ならそれは勤務中?だったからでありましょう。だったら夜中にどこぞの国がいきなりミサイルぶちこんで緊急招集で駆けつけて来た時に酩酊してたら24時間闘えてないからということで糾弾されるんでしょうかねえ。それと同じようなもので芸能人さんもお顔と夢を売る商売である以上それこそ一般人から見れば24時間芸能人されてる訳でありまして。そういう姿を一般人に見せるのは勤務中の酩酊と同じ事と言える訳でありましょうか。

でもひと昔なら芸能人の「武勇伝」とかで片付けられるもしくは語られる話しなのかもしれません。

 まあどうとでとも解釈出来そうな感じでありまして。なんとも微妙な出来事でありますな。私は今回ニュースになられて方については特に声援を送るのでも特に嫌うのでもない立ち位置なので、需要と供給が一致するのなら夜中に騒いだ以外酔っ払いとして他人に直接的な大いなる迷惑をかけたのではないのですから復帰はいいんじゃないでしょうかという想いがありますです。むしろ大層な報道して煽った側がなんだかなあという気分の方が強いですね。麻薬みたいな御禁制の品に手を出したとかならいざ知らず。度を越して酒に呑まれたという事ですから。それをあそこまで大々的に取り上げておいて。もし普通人があそこまで報道されでもしたら風評が雪だるま式に膨らんでしまって職場復帰なんてまず出来なくなるでしょうからね。

つまりはこの一件の加害者は報道する側であって報道された側はむしろ被害者の側面のほうが遥かに大きいように見受けられます。

個人的には復帰された後を報道しまくった側がどういう対応をするのか見物の様な気であります。まあ口を閉ざすか次の獲物を追ってなかったことにせんと欲すんでしょうけど。

報道と言えば「見出し」にしてもインパクトを重視するあまり日本語を破壊することさえ厭わないおつもりなのではと思える文字がしばしば躍ったりと感じられるくらいの表現をよく見かけますが、「真実」を伝えるというよりも「誇大」に膨らませたイベントを報じているんじゃないのかと思えてきます。鵜呑みに信じるは剣呑剣呑ご注意あさあせなんじゃないのかなと。

追記

 復帰記者会見等がテレビに映し出されていました。素直な感想は報道は上げて落とすはお手の物、不問に付すのも尚得意といった感じでした。報道の餌食に遭われたお方は終始一貫して逃げることなく自らの行動で冷静な対応と適切な言葉を選ばれて公人としての礼節を守られたという印象を受けました。芸能の世界に復帰されることに異論が出ることはないだろうなと思いました。

で、私が今回の事で気になっている、酔っ払いに甘い社会への疑問の投げ掛けをするところはあるのかなと思ったのですがチェックしまくるほど暇でもないのでひとつふたつほどしか見てないんですけど、見た限りにおいては酔っ払うという行為に関して社会はどうたらこうたらとかいう趣旨の内容のものは見受けられなく復帰に向けての御注進一色のような印象を持ちました。酔っ払い撲滅の為の殉教者ということに仕立て上げられなくて良かった訳ですが報道する側の凡てにおいて右にならえの勢いはやはりなんだかなあであります。汚い表現でいうなれば「身の危険を感じないところから鵜の目鷹の目で次から次へと標的を探してる」感じでしょうか。

もっともそいう報を待ちわびてる人が沢山いて商売になるからなんでしょうけど。つまるところ情報を送り出す側は需要に応じて世論は自分達が作り上げてるんだという自負が暴走していてそれを供給される方はほぼ鵜呑み若しくは見向きもせずで止める(反論する)人がいないんだろかと。もちろんクレーマーであっては元も子もないえせ正義にしか過ぎないですが。

つまるところ酔っ払いは捨て置けという結論なんでしょうかねえ。「度が過ぎる」の「度合い」の基準がより明確に検証されるんかと思ったんですがご注進で終わりみたいです。最低限希望するのは、麻薬は身分に関わらず社会的制裁を受け罰せられますけど酒の過ちは地位とかでその受ける罰が異なるという不公平だけは無くして欲しいですわ。

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*浜松ついこないだの昔話16

 昭和のお話し。テレビでは「衝撃」といえば「運命」が背景に流れ「軍艦マーチ」といえばパチンコ屋をイメージしたように、「双頭の鷲の旗の下に」といえば朝っぱらからオヤジかぶりつきの静岡放送のテレビ番組?が想い出される。それは本日のオートレース情報。しぞーかでは競輪情報か。

「呑む打つ買う」がいなせなチョイ悪男の条件かもしれないが、うちのオヤジは「呑まれる打ち込む買う甲斐性もない」という駄目オヤジの典型みたいな人だった。

平日はいつも仕事に行く時叩き起こされて不機嫌そうに家を出てく癖に、日曜となると誰に起こされるでもなく元気に起きてこの番組を見てから嬉々としてオートレース場に出発してた。

最強の反面教師だったオヤジの後姿だっただけに、目を輝かせてテレビに食い入る真剣な眼差しがどうにも厭で、見たい番組がある訳じゃあないのにチャンネル変えようとしたりしてぶん殴られたりもされた。これに限らずなんかあると「誰の稼ぎで飯が食えると思ってんだ!」とかぬかして家長面してた。実際はおふくろの内職で食えてたようなもんだったのに。まあこの反面教師のおかげで自分はオートも競艇も興味を持たずに生きてこれたので一応感謝はしてるけど。

「双頭の鷲の旗の下に」。この曲を聴くとそんな一連の出来事が想い出される。多分おおよそ昭和40年代辺りのお話し。

今は毎日め○ましテレビからと○ダネへスイッチする時間辺りにそういったレース情報が15秒程流されたりしてるがあんな短くはなく日曜のみでもうちっと長かった。この楽曲に一番二番とかが在るのか知らないが一番がフルに流れるくらいだったので1分くらいはやってたのかな。中学に入ると夜更かしするようになって朝も早よから用もない情報見ることもなくなり、どれくらいの期間この曲が使われてたのかは知らないがインパクト大な記憶になっている。

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ブザー・ビート その3

 今のところお互い(直輝・莉子・七海)よそいきでなく素の自分と向き合ってくれる人に出逢ったが皆それぞれそれとは別の人と付き合っているという構図でしょうか。好きだという自覚ではなくなにか気になるというレベルの状況。

莉子は直輝にズボラな部分を見られ、七海は直輝に始めて見せたであろう表情を見せる。どれくらいか読めねども引いた直輝。やるせなさが伝わってきました。こういう忸怩たる想いをセリフなしで表現させたらホント山下さんは上手いですわ。夕日が切なかったですなあ。

近年の女性には純潔という概念が無いので、実に簡単に乗り換わりしそうな移ろい感がありまして七海の直輝でなければという理由(心の拠り所)をより一層知りたい気になった今回でありました。でもなんかこの回の最後の方はもうその糸が切れたみたいな感じでしたけど。本音を吐露するだけで壊れる関係というのはやはり無理があるんでしょうか。それを乗り越えてく努力の様といったものも観てみたい気もありますな。

麻衣の秀治を部屋の番犬にすると決意するに至る様があれよあれまであんなのありかいと少し思いましたが、まあ情報収集は必要だからしょうがないかあ。でも情報過多はろくな結果に終わらないというのがよくあるパターンなのでどうなっていくんでしょうかね。まあ何を根掘り葉掘り聞くかでしょうけど。

斬った張ったが好きじゃなく、切れた惚れたも得意としていないというストライクゾーンの極端に狭い私ですがこのドラマは観れそうです。

 日常の他愛無い事や無駄(遠回り)に映る事の中に埋もれ隠されている大切なものを掘り起こし後で気づいてやり直そうともがくとかいった展開で進んでいって欲しいなと思ったりなんかします。衝撃的な外圧によって問答無用で変わらされていく様が描かれるドラマを最近はようけ観てて食傷気味でもあるんで十の無駄を描いてその内の一つが大切(転換)と自ら気づいて展開が転がっていって欲しいかなと。

普通はそういう事を描いていくとかったるい感じになるんですが、これだけキャラが輝いて見えるならだるさは感じずにじっくりと観れそうなので。いい意味でのまったり系のドラマになってくれたら嬉しいのにな。そういう意味では山下さんは「プロポーズ大作戦」とかでも見応えがあった実績がありますし期待をしたいところではあります。

さりながら別世界の生き物のような七海(相武さん)という存在が仲良しこよしの和気逢い愛では済ませないようにも映ってその動向が非常に気になるという、ただ単に出逢った→親しくなった→大切な人だと気づいたとかいう王道のラブストーリーの流れではないやもしれませんですな。まあそれも又悦ではありますが。

 じゃによって考えられる可能性の展開をない知恵で想像すると、

1・直輝(山下さん)と七海は紆余曲折の波風は立ち騒げども元の鞘に収まる。

2・ラブストーリーの王道を歩んで直輝と莉子(北川さん)がステップを踏んで最後結ばれていく。

3・直輝は七海の二面性・莉子のズボラ性を知る等に及んで女性なんてという気になってバスケ命と変貌していく。

4・どちらを取捨すべきかとかの答えが出ず。全てにおいてリセットして一(スタート)から出直し新たな接点を探し始める。もしくは何も進展しないままむなしく時が過ぎ去っていくのみ。

5・莉子は川崎(伊藤さん)と七海は代々木(金子さん)と結ばれて直輝はオイオイ俺は置き去りかいという展開。

6・とにかくありえない展開を模索した結果直輝と麻衣(しほりん)が結ばれる。(まあ有り得ない展開だったなら他には誰かが亡くなって関係性のバランスが崩れるとかもありますが人の不幸の礎にカップルの幸福が成り立つのはしんどい話しになるのでそういうのは観たくなくこれは論外。)

まあこれ以上当たりもしない予測しても意味無いのでよしときますが、これ以外の結末がもし用意されているとしたらおお~!という驚きを持ってさすがプロの脚本家さんは違うと感嘆する次第です。もちろん2でも満足ですけどね。莉子も直輝もいい奴ですから。

 ところでこの2話目の時点での莉子と川崎の関係ってのは「恋人」と川崎は紹介してましたが莉子の側はそう思ってるんでしょうか。麻衣が後押ししてるようなのでこれでまあいいのかあという気になろうとしてるようにも見受けられますが、直輝の事が気にもなっているようで。これは手段(アプローチ)は違えど七海の葛藤としてることと対して違わないじゃんか。と思えないでもなく。しかも猫の被り具合はどっこいどっこいなのにこうも印象が異なるのはあら不思議という勢いであります。

莉子の普段着の姿をみて川崎は直輝みたいに引くんでしょうか。大人だから許容の幅が広いから大丈夫かあ。

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*ばかばっか その2

「馬鹿ばかりで嫌んなっちゃう」という意味の表現。ニュアンス重視で訳せば「使えない奴ばかり」・烏合の衆だ」という訳し方もできる。男女兼用の言葉である。

遠州全域かどうかは定かではないがうちらの集落とか職場では非常によく飛び交う表現である。一例として

「馬鹿ばっかでホントしょんない」(使えない奴ばかりでもうどうしようもない)

という表現は日常茶飯事に使われる。

基本自分以外の連中の無能さを嘆くというものであり、取られようによってはお前何様だよという非難を浴びかねない面があるので知らない人やあまり親しくない人を含めてこう発言するとろくな結果にならない。あくまで身内同士の愚痴として使われる表現であろう。陰口としても使うし直接相手に向けて言う使い方もする。

「ばっか」という表現が味噌であるが、以前の記事では「~ばかり」という訳だけであったが、「ちゃんとできない」という訳し方もあながち遠くないと思って追記とした。

例文

「なんでこれっぱかのこん時間で終われんだあ。」

  (どうしてこれくらいの事が時間内に終わらせられないんだ?)

「なにがあ。マニュアルの想定時間通りじゃんかあ。」

  (なに言うんだ。マニュアルに書いてある時間通りじゃないか。)

「おめえら何年仕事してるだあ。マニュアルなんか初心者のもんだろがあ。」

  (お前ら何年この仕事してるんだ?マニュアルなんざ初心者用だろうが。)

「ふんなことゆったってそれでええことなってるだで。」

  (そんな事言ったってそれでいいことになってるんだから。)

「とろくっさい。ホント馬鹿ばっかでしょんない。」

  (進歩しない奴らだ。もう本当に使えないなあお前らは。)

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官僚たちの夏 その4

 たい焼きは尻尾から食べるという私です。などとCmののほほんした空気感とドラマでの緊迫感のギャップがまた悦だなあと思う私です。こうして気楽でおれるのも官僚さんのお陰です。官僚さんよ有り難う官僚さんよを有り難う・・などと替え歌口ずさんでしまう不謹慎な私でもあります。弱者切り捨ては今も昔も変わりなく。しかしながらそれに抗ってなによりもまず守るという意識で行動している主人公を正しいと思えて観ていました。

 舵取りの結果の是非(個人的感想)はともかく、会議の迫力は見応えありました。多数決というパワーゲームでもあり各個人が背中に背負ってる「代表者」という責任と個人の思惑という「信念」とのせめぎあう心の揺らめきが会議の中に踊っていて、この場にいることこそ男子の本懐らしくて憧れでもありますが。私のような小者には絶対無理。平々凡々でホント良かったと思える次第であります。こういう人達の気力と勇気の原動力が一体どこから生まれているのか知りたいところです。

まあパワーという意味では事業主さんも含めて戦争を生き抜いてきた人達ばかりでありますんでこの時代に生きてる人は皆パワフルだよなあと思います。

個人的には池内(北大路さん)のご活躍の時代は私には歴史上の話しでしかありませんでふ~んそうなのとドラマで描かれた事を真に受けるしかなかったんですが佐藤栄作ならぬ須藤恵作(長塚さん)が総理になられたくらいからは記憶があるのでもう何話か先に進んだら大きな流れについてはその当時息してた体験と照らし合わせて観れるようになりますです。でもそういう目線で観たらいけないんでしょうかねえ。シンプルに男の熱い生き様を愛でるという事に徹した方がいいんでしょうが、時代に忠実そうに映って観えるのでどうしても実際と比較せずにはおれない衝動に駆られたりします。

これが銀河○雄伝説みたいに全てが想像の世界で行われてる出来事であれば男気だけを愉しめるんでしょうけど。

 とにかくこの回で始めて挫折というか思い通りに事が進まなかった様が描かれていましたが今後風越(佐藤さん)は信念だけではなく人間的感情も混ざって動いていくんでしょうか。池内に対して敵対視していくんでしょうか。もしそうだったら人間らしいといえばそうなんでしょうが国の舵取り人の好き嫌いで動かされちゃ堪ったもんじゃ無い事は確かでしょうな。そう思わせるくらいのくやしさを滲ませていたように見えました。

でもまあ最後後光が差したような救世主のような登場の仕方で現れた牧(杉本さん)の出現でそういう感情に走る方向にはいかないんでしょうけど。

「政治家に振り回されるのは御免だ。」というセリフにあったようにこの回は政治力というものがクローズアップされてたようでもありまして、そうなると政治家と官僚の違いってなんだ?という疑問が浮かぶのですが、これぞ政治家不要での官僚の果たすべき仕事ってのが今後描かれていくんでしょうかねえ。

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*なんじっころぉ

共通語にすると「何時頃に?」(なんじごろに?)。ニュアンスで訳すと「いつの話しだよ」みたいな感じか。共通語のニュアンスだと「なんじっころっ?」という言い方になる。

語尾が流れるのと、「っ」があいさ(間)にはさがる(挟まる)のが遠州弁の特徴でそれを両方兼ね備えてる言い方である。言い方のポイントとしては疑いの目を向けてる感じで「ホントかよう」みたいな胡散臭そうに言うのが味噌。ただし疑っている訳では必ずしもなく単純に「教えてくれ」という表現である。

例文

「明日遅れんように来てよを。」

  (頼むから明日遅れないで来てよ。)

「8時だっけか。」

  (8時だったっけ。)

「遅れんらあ。大丈夫だらあ。」

  (遅れないでしょうねえ。大丈夫でしょうねえ。)

「今日早くにちゃっと寝るで大丈夫な筈。」

  (今日は早く寝るから大丈夫だと思う。)

「寝えるって なんじっころぉ。」

  (寝るって、何時頃に寝るつもり?)

「1時かな。」

「いつもわあ。」

  (普段は?)

「3時か4時っころかな。」

「ほんじゃ寝んと きない。そん方絶対だで。」

  (それなら寝ないでそのまま来なよ。その方が絶対だから。)

「死ぬわっ。」

「死んでも来るだあれ。」

  (死んだとしても来るのが大事なの!)

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華麗なるスパイ その2

 しっかしなんですな。展開はもうハチャメチャ過ぎて感想云々という領域を越えていると言うかまともにツッコミいれてたらそれこそ観る人の人格が疑われますな。でも面白い。能天気に面白い。

それはなんでかというと「長瀬智也」と「深田恭子」を愛でてさえいれば十分満足出来ちゃうんですから。不思議なもんです。

私は男ですから長瀬さんについては変貌振りがうめえなあで理由の説明は終わりですが、深田さんにはその着せ替え人形ぶりが見事という外なし。この回は紫の衣装がお綺麗でした。いやあ目の保養目の保養。しかも不思議とエロくならないところがいいですな。設定で元男というのが抑止力になってるのかな。他には酔って男に戻るという辺りのセリフの言い様(特にぶっ殺す!)が面白かったですしどのカツラの色にも違和感を感じない。お声に関してはテンションが上がると甲高い部類に入る勢いで以前はどちらかというとあまり好みではなかったのですが、堂○兄弟の時のような落ち着いた(ぶっ殺すは落ち着いて言うものではありませんが)低めのドス利かせるぞくらいの勢いの声でお芝居されるならばついていけます。というか好きです。

ホントこのお二人観てるだけでドラマが成立してしまうというとんでもない求心力を感じます。後はこのお二人をどう弄られるのか、アドリブではないきっちりしたお遊びを脚本家さんに期待するところです。

とにかく渡さんが出ておられてそこだけ背筋がびしっとなっても全体を見回すとただただ面白い。そもそも悪の枢軸たる役の柄本さんからしてつけちょび髭吹き飛ばすほどぶっ飛んでるくらいの勢いだからして、これをシビアに観ろというほうが無理ですわな。まあ総理までぶっ飛んでたら収拾がつかなくなるでしょうから渡さんの放つ空気感は当然といえば当然重要ですけど。それにしてもこれで日本は安心だと言う日は何時訪れるのでせうか。

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*なんのやぁれ

「ありがとね。」とか「ありがとない。」と礼を言われての返し言葉。つまり「どういたしまして」という意味の言葉。

これはもう完全に遠州弁に於いて死語で、知り合いのばあばに教えて貰った言葉。私も初めて聞いた言い回しである。ばあばのお母さんが言ってたと言っていたのでおそらくは昭和の前半辺りごろまでの表現か。

それとばあばから教わったので女性言葉なのは確かなのだが男言葉もしくは男女共用言葉なのかまでは不明。

どの程度のエリアで使われていたのかも不明。ちなみにこの表現は積志近辺に住んでた頃の話しだそうな。

例文(想像で多分こうであろうと)

「あんた きんのう ありがとね。」

  (奥さん昨日は有り難う。)

「なんのやぁれ。ところでなにが?」

  (どういたしまして。ところでなにが?)

「いやだやあ覚えちゃいんだ?畑に植わとった葱おすそ分けしてくれたじゃん。」

  (もう。覚えてないの?畑で作ってた葱おすそ分けしてくれたじゃないの。)

「作り過ぎてうちじゃ喰いおせんだで腐らいちゃかんもんで貰ってくれてこっちん助かっただよを。」

  (沢山出来て余ったから捨てるのも厭だったから貰ってくれてこっちが助かっただけだよ。)

「またなんかお返しするでねえ。」

  (また近いうちにお礼するからね。)

「気いつかわんといて。ホントにい。」

  (そんな気遣いいらないよ。)

もちろん奥さん同士の会話なのでこれで変に真に受けてお返ししなければ別の意味でのお返しが待ってる事になるのだろう。

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