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コールセンターの恋人 その2

 「なんでも屋」うちの近所にも欲しいぞ。

という訳で、「わけあり」に喰い付く庶民の影で悲哀を舐める人がいるという今回のお話し。このドラマでは故意に「わけあり」化して商売繁盛を成し遂げる反面、より良い商品を提供すると言う生産者のプライドを失うという悲哀でありました。

そんな悲哀をどう処理して行くのかという過程が意外と面白かったところであります。結構けれんに満ちていてある種のお白州での名奉行のお裁きの如き一件落着という体は存外観ていてすっきりするものがありました。

なんか分かって来たのはなんで携帯が圏外になるような地にコールセンターが存在しているのか。まあ受注はいざ知らずクレームに関しては直接的な身の危険を感ぜずに済むからかもと。そんな客に媚びない啖呵も聴けたクレーム処理の現場でありました。最後の青山(ミムラさん)の苦情処理の際の発言が全てを物語っている訳で。至極正論ですっきりしましたです。

クレームはあくまできっかけで本心(本当に伝えたいこと)ではないという下りは確かにとは思いますが、私なんざ窓口で「表でろ!」とか言われたりして直でしたから売り言葉に買い言葉というまず感情が先に走ることばかりでしたので、こういった相手の心の奥までを探るなんてことはなかなか出来なかったですわ。枝葉に捉われず本心を見抜けというのは心に余裕がなくてはまず感情が先に出ますからそれを抑えるにはどうしているのかというのが提示されたら為になるんですけどね。

しかしながら結局悪いのは(悔い改めるべきなのは)誰なんだろう。売れるためなら業者も泣かす南極アイス(名取さん)を象徴とした売る側なのか。流れにただ乗るだけで付和雷同な買う側なのか。テレビという道具を使って買う側を調教して煽動する側なのか。限定と謳っているのに買えないと怒る側なのか。需要を満たす数を確保できなかった側なのか。プライドを守れず打算に走った側なのか。まあいいも悪いもなくただ踊る阿呆に見る阿呆ということなんでしょうけど。

いずれにせよ、人は誰かを犠牲にした上でなければ幸福感が満たされないという象徴みたいともとれなくもなし。あちら立てればこちら立たず。縮図というか現実を描いているということなのでしょうか。ドラマでありますから最後は業者さんもプライドを守り売る側も煽動の手を緩めとなって四方丸く収まってるみたいに見えますけど。ライバルが煽動の手を緩めずこれでもかと「わけあり」を押し通して業績を上げてきたらとても一件落着という訳にはいきますまいに。他がやるならウチもやるってのが常識でしょうからそういとこは少しメルヘンがかかってたかなと思わないでもないところです。

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*あ、そうゆうこんね

ああそういうことねと言う意味。ニュアンス的には「勘違いしてたよ」みたいなことか。男女兼用の表現。

受け狙いではなくリアルにすっとぼけたような発言・行動をに対して諭されたような場合に出てくる返し言葉。あまりこういう発言を繰り返すと鈍臭い奴・しったかぶりな奴と判断されるので使用上の用法用量には注意が必要な言葉である。

多少えらそう目線に聞こえることがあるのでもご用心ではある。

「あ、そうゆうこんね。はいはい」となるとこいつふざけてんのかと思われる確率が飛躍的に上昇する。

こういう表現(言って得しない)がなんで存在するのか不思議ではあるが、プライドとかを守るためには必要なのであろうか。白旗は揚げないぞといった気骨かもしれないが賢い表現ではないような気がする。

似たような表現では「おおそうけえ」というのがあるが、こちらの方が素直にそうなのかと言ってる風に聞こえる。野郎言葉なので女子は使わない。女子だとどうなんだろ「そうなの?しらんかったやあ」とかであろうか。

例文

「あんた何してるよを。」

「みりゃわかるじゃん。タイヤはめ変えてるじゃんかあ。」

「そんな締め方じゃ駄目じゃん。」

「なにがあ。緩まんよう一個っつきちんと締めてるじゃん。どこいかんよを」

「あんた知らんだけえ。締めるときゃ交互に閉めてくもんだにい。時計回りに順番に締めてくじゃないだにい。そうしんときちんとはまらんだに。」

「ああ、はいはいそうゆうこんね。そうゆやあそうだったね。でもいいだよ別にはまってるだで。」

「じゃなくて弛んでくるっつうの。学校でおしわらんかった?おしわったらあ。」

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知るが肝要 知らぬはい寛容 

天知る 地知る 人を知る

天の理を知り 地の利を知り

人の離をば知りたれば

左程不安におののく事ぞなし。

なんかで読んだみたいな文章だけどその出処が思いだせない。

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読めすかや

はま~つの聞かなきゃ読めない地名等の一例

平田・なめだ 神久呂・かくろ 旅籠・はたご 新橋・にっぱし 参野・さんじの

利町・とぎまち 引佐・いなさ 気田・けた 船明・ふなぎら 馬郡・まごおり 水窪・みさくぼ 

正式な地名ではないが

三方原・みかたっぱら  熊・くんま(正式には「くま」らしい)

はま~つで漢字で書けといわれると難しい地名等の一例

ねずみの・鼠野 はたごまち・旅籠町

市町村合併でがんこはま~つは広くなったので全てを網羅してる訳でもないし、これに字(あざ)とかいれたらもっと増えるのだが。まあ気がついたとこをいくつか挙げてみました。

ちなみにはま~つ市民でも平田は読めない人が多い。

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赤鼻のセンセイ その1

 15分拡大で始まりました。結構いけます。どこがというと、役者さんがすげえと。バランスというか対峙・協調・傍観・反発といった主人公に対してそれぞれ位置するキャラがみんな立ってそうだなあと。誰をイジっても一話作れそう。ちなみに多分今回は八重樫(神木さん)が弄られておられたんだろうなと判断してます。

初回の要旨は「病は気から」。直そうと言う医師がいてくれても治ろうという意思が本人になくては治るものも治らないということでありましょう。あながち迷信ではなく本当のことなんだろうなと納得するところです。

主人公は人を笑顔にさせることこそが全てという固い決意を抱いて日夜暮らしているお方のようです。その崇高な理想を掲げる割には周囲(病院内)から笑いを取れない状態に陥っていました。そういう0からのスタートで最終回を迎える頃には皆笑顔になっていくという展開なんでしょうか。

しかしながら大泉さんのギャグに登場人物の誰もが笑わない中、観てる私はゲラゲラ笑ってしまってるのは正しい観方ではないのでしょうか。勝手な想像ですが、本番中でもつい噴出してNGの嵐という現場になってるんじゃないかとさえ思えるくらいであります。その主人公の奇想天外孤独な行動の活力の源はまだ語られておらずよくわかりませんが、言い訳をしない。自分がとった行動が誤った方向に進んでしまったら頭を下げる事にやぶさかでない。それでいてプライドというよりも曲げない信念を強く持つという失敗を怖れない。いそうでいないというより絶対いそうにないキャラクターを主人公に据えている気がします。ある意味なんらかの理想像なんでしょうがそれがなんなのかを回を重ねる毎に推し量っていくという展開なんでしょうか。尊敬というイメージからは程遠い気がするのですがサポーター(応援)の名手ということなんでしょうかね。

それにしても出て来る役者さんみんな凄い方ばかりで台本通りかどうかも疑わしく思えるくらい段取り的な感じがしない自然な空気感が満ちてますです。

まずもって冒頭の上川さんの語りにクラッとなって、おかみさんとしての機能を果たす小林さんの珈琲豆ガリガリしてるとこでふんわりしたりとか。香椎さんの凛々しさもさることながら硝子の心を持った八重樫役の神木さんがこの回では特に映えてた印象でした。発作で苦しむ辺りはホントに息苦しそうでリアルでしたし。喜怒哀楽に留まらない内面の心の揺れ動きが私みたいな鈍な人間にも伝わってきました。

ストーリーがどうのとかいうことより役者さんを愛でるのが愉しいドラマだなと。これは愉しみなドラマです。

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*かまびすしい

やかましいと言う意味の雅語的表現と辞書に書かれている。決して釜(に使う)ビス(は)C(タイプのものと決まってる)とかいう意味ではない。釜火(で焼いた)寿司(は)良いとか言う意味でもない。

漢字で書くと辞書では「囂しい」。パソコンで「かまびすしい」と打って変換キーを押すと「喧しい」とでてくる。昭和の辞書では「喧しい」という字は記載されていないから最近使われるようになったのであろうか。定かではない。

当然方言などではなく古い日本語ということなのであるがなんかしらんが自分は小さい頃に聞き及んだ言葉で今でも使おうと思えば使いどころが分かる言葉である。

覚えたところが学校で聞きかじったのか近所の大人衆が日常会話の中で普通に使っていたのかも定かではないが、最近「五月蝿い」をもっと別な言い方というのがなかったかな?とずうっと引っかかっていてそれで思い出したのがこの言葉。

例文

「そうゆやあこないだアクト行ってクラシック聴いて来ただって?」

「おお行ったよ。」

「どうだった?楽しかった?」

「特別な空間じゃあなかったの。」

「なんでえなにがよを。」

「けっこい服着てる衆ばっかだったけど、ざあますばっか飛び交って。その癖要は近所の団地のおっかさ連中の井戸端会議と変わらんくきゃんきゃんで。ホントもぉ普段と一緒で かまびすしくて かなわんかったわぁ。」

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光陰矢のごとし

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「行員矢の如し」

 意味

銀行員が手のひらを返すようなローンの返済督促やら融資打ち切りやらなどのあからさまな様子。

「工員野へGOとし」

 意味

不景気になると即野に下されるという首切りならぬ尻尾切りの様。

「公園夜の如し」

 意味

昼でも夜の公園並に危なくておちおち子供を遊ばせられないという物騒な世の中のお話し。

「強引家に強盗し」

 意味

押し込み強盗をすること。

本当の「光陰矢の如し」とは

月日は矢が放たれたように瞬く間に過ぎ去ってしまうもの

と言った意味。趣旨は無為に時間を使うなという教え。

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*せんぼ

「栓」という意味。今はどちらかというと廃れつつある表現か。

方言というより「とおせんぼ」の「せんぼ」という言い方がまだ日常会話の中に遠州では残ってたということであろうか。

ちなみに「せんぼ」(栓をする)の他の言い方では「蓋をきせる」という言い方も遠州弁にはある。使い分けに決まりはないが一例として、中に他のものが入らないようにするためのものが「きせる」でせき止めるというか中のものが出ないようにするのが「せんぼ」といった具合。

冗句の語呂遊びとしては「先方の羨望の潜望鏡をせんぼしてどんじかられる」

例文

「かあぬけるだで、飲んだら忘れんとせんぼしときなよ。」

  (炭酸が抜けちゃうから飲んだ後は栓しなさいよ。)

「まるきし飲むでせんぼしんでもいいもん。」

  (全部飲むから栓なんかしなくてもいいもん。)

「やあばかっつら。皆に回すだで自分独りで飲むじゃねえよ。」

  (ちょっとを。皆にも分けるんだから一人で飲むんじゃないの。)

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おっかねえぞい

 けふも車の運転中おそぎゃー目に遭い申した。いかなるおそぎゃー目かと申しますと相も変わらずの携帯しがてら運転でんがな。

左手に携帯耳に押し当てて、右手に煙草をくゆらかし。ハンドルはどこで握ってるんだこいつという車が私の前を走っていましたとさ。

その道は二車線で。左側でちんたら走りならまだしも追い越し車線を我が物顔でスピード出し。まったくもってオイオイ!で。車線踏み踏み走ってる。いつもは行く手を阻む信号群もけふに限ってスイスイで。益々以ってスピードノリノリついでに話しもノリノリか?ついには運転してることさえも忘れるほどに話しに夢中になったのかは知らねども。開けた窓から右手を出して煙草の灰を外にと飛ばしてる。オイオイハンドルわぁ?とツッコムも相手に聞こえる筈もなかろうて。出来る事といったらば、そは車間の距離を置くくらい。案の定にてつひにぞや、対向車線をはみだして、クラクション鳴らすは対向車。

危ねえ危ねえ。もらい事故だけは勘弁してくれ。で、そんなこんなで車間距離がんこ開けたので割り込みしてきた車あり。普段は割り込みされるとむかつくけれどけふはなにやらほっとせん。

さふいへば、けふの事ではなひけれど。カーナビ見とれて前を見ず。あわやガードレールと接吻か。そんな車の助手席におよよと乗ってた自分を思ひ出さん。人間は一度に二つの事は為し難し。いわんや携帯メールをや。

今日のあいつはメールという視覚ではないけれど電話・喫煙・運転と一度に三つを為さんとす。無理に決まっておろうが。車は抜き身の刀ではないけれど、そうなる可能性は運転手の運転ひとつで決まるもの。エアバッグは被害者まで守ってくれるものじゃない。走る凶器にだけはしてはならない筈だけど。

そんなこんなの散々日。ふと辺りが気になって今日は何人出くわすか。10分程のウォッチング。携帯耳当て運転者いるわいるわで数えきれず。中でも特に秀逸は信号黄から赤に変わっても構わず交差点に進入してきた車あり。しかも渋滞で交差点通過出来ず。青で進みたい車から道を塞ぐなとクラクション鳴らされてても平気の平左で窓締め切って携帯しながら笑ってる。

これは信号が変わったことに対する反応が鈍くなってまあ行っちゃえと云う事と、信号ばかりに目が行って耳と口は携帯といつもより視認範囲が狭くなって前が渋滞してる事に気づかなかったと云う事のふたつの軽率さが招いた結果であろうて。

ホント今日はなんて日だ。(今日と書いてますが記事書き終わったら昨日の事になりました。)

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でんぱただと通じない

「田畑」と書いて「でんぱた」と読む風習は遠州にはないらしい。(遠州と言っても広いから全域にわたるかどうかは定かではないが)

「将来でんぱた耕してのんびりこんと暮らしたい。」

と、言っても遠州人には通じないことが多い。

「でんぱたって何?」

と大抵は聞き返される。これ私の実体験。どこの言葉なんでしょうかねえ。

私も生粋の遠州人ではあるが、耳で聞きかじったこの言葉を日常で使ってみると大抵意味が通じなくて往生する。

じゃあどう言えば理解して貰えるかというと「たんぼやはたけ」・「たはた」と言い換えれば通じる。

若干脱線話しになるが「畑」のイントネーションは共通語のアクセントでは「た」が強調される(け)だが遠州では「は」を強く言う(たけ)となる。

例文

「うちのでんぱた荒らしくさる奴いてホント怒れるだよ。」

「でんぱたってなによを。」

「なによをって通じんだけえ。たはたのこんでえ。」

「おめえそんな地所持ちだったけか。」

「田んぼはねえけどベランダで畑作ってるだあよ。」

「家庭菜園かあ。ほんじゃそりゃカラスだら。」

「多分な。」

「ペットボトルに水入れときゃ寄り付かんって聞いたにい。」

「そりゃ猫だらあ。」

「CDつるくいときゃいいとも聞いたやあ。」

「ほんとけえ。」

「よくは知らんが試しにやってみい。」

「をたこいてるじゃないらなあ。」

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官僚たちの夏 その1

 15分拡大で始まりましたこのドラマ。随分と熱いドラマのようであります。苦にならないので観れそうです。ただドラマとしての終着点が見えないのでどの時代まで描くんだろうという疑問はあります。風越(佐藤さん)を棟梁とした一代記なのか世代交替しながら順次描かれていくのか。

 冒頭の活気溢れる様を観ると何故か「クライマーズハイ」を彷彿としてしまう私です。それは勿論役者さんのせいではないではないのですが、ある意味かような役にはまる役者さんが限られてるということなのでせうか。そんなこたあないか。そんな層が薄い筈ありませんもんね。気の迷いでありましょうな多分。斬新なキャスティングをと期待している訳じゃないですけど順当な実績と力量で選ばれたんだろうなと思えたまでの話しであります。

 それはそうと時代は私のリアルではない生まれる以前のお話しではありますが。薄ぼんやりと覚えた知識を捻り出すに、これは史実とはつかず離れずのようであります。もちろん大まかな時代の流れはまるきり同じでしょうが自動車メーカーの名前とかは変えてあるみたいですし、政治家さんも実在の人物に偽名を充ててるみたいだし。

それでいて洗濯機や自動炊飯器には実際のメーカーのロゴがチラリと映し出されていて。まるさら嘘でもなく全てが真実でもなかろうと。このリアルとフィクションの配合の匙加減ひとつでこのドラマが面白いかどうかが決まるのかもしれませんですね。まだその当時を生きてこられた方も大勢いらっしゃるでしょうからドラマ上敵として描かれると大いに迷惑と思われる方もおられるやもしれぬとは申せ、万人が皆善人としてはドラマとしての障害になりかねませんからそこんとこもどういう塩梅にされるんでしょうか。米国にだけ対抗馬としての役を担わせるのでは甘めになりまさあね。ちなみに私原作本読んでません。でも本ではOKでもドラマではちょっとということも多々ありますからその味付けに興味があります。

 少なくとも官僚といえば天下りやらなんやらでいいイメージとは言い難い現在において、これ観て大志を抱いて俺もなりたい国を動かしたいとかいう気に若い衆がなればいいドラマという評価になるんでしょうか。

だとしたら国を背負うと言うことがどういうことなのかというのが模擬体験出来れば面白いと感じるんじゃないかと。一般企業とは違うということをはっきり提示しなければ意味が薄れるんだろうな。ただ目標に向かって強い信念で突き進むだけの熱い話しならもっと自由度の高い民間企業を描いて、まるでプロジェクトなんたらみたいな展開で熱く語ればいいのでしょうから。あえて官僚を選択したというのならその世界独自の障害というものを提示して欲しいなと思います。

この回では出世競争と政治家さんとのお付き合いや他省とのせめぎ合いが描かれていました。出世レースから脱落してったエリートさんは何するんでしょうか。政治家は魑魅魍魎ですが官僚はそうじゃないんですかねえ。

 ちなみにモデルになった自動車会社ってプロジェクトなんたら見ての知識でいうと「スバル」なんでしょうかねえ。360。それとは随分形が違えてて会社の形態も結構異なってるみたいだし美術の方は苦心されたんでしょうかねえ。

 後、この回色々と心に刺さった言葉があったんですが、その中で

「人の暮らしを豊かにするのは物作り。お金よりも物作り」という言葉は今響くよなあと。金に踊ってい過ぎていないかと常日頃思ってるんでセリフのいう世の中になって欲しいよなと。工業に限らず農業とかも。自分が従事してるのが商業なんで余計物作りしてる人に憧れがあるのかな。

「アメリカに出来て日本が出来ない訳はない。」ってのも転用して「あいつに出来て俺に出来ない訳はない。」ってすれば勇気の湧く言葉だなあと。「あいつとオレは違う。ナンバーワンよりオンリーワン。」という競わない美徳が華やかな今にはそぐわない言葉かもしれないけれど自分が頑張る為のお題目としては不可欠だよなと思います。

他にもありますが、このドラマはもしかして背中(足跡)を愛でるのではなくせりふに酔うドラマなんでしょうか。

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とびだせ!空想科学

7/5、テレビしぞーかが全国に向けて発信するという非常に珍しい地方発信のバラエティ番組が日曜の16時から放映されていた。

基本は大の大人が大真面目に本気で挑む(遊ぶ)からこそ面白いのに、テレビの中ではやけに場を必要以上に盛り上げんと奮闘する芸人さんのおちゃらけにかき消されたように映ってなんだかなあという印象を抱いた私です。

ある種タ○リ倶楽部に通じる要素があると思えるのに本気度が希薄なのがどうなのかなという気分は抱いてはいますが、その道の権威をも巻き込んで空想を実現化するという趣旨は私の好物でした。

前回も見てて、あの自動車が天井を走れるか?走れるらあ企画は知っていましたので今回の不成功もどんまいという感じでまだまだ挑戦して欲しいよなと。こうなったらタイヤメーカーも巻き込んで粘着性のあるタイヤにしたらどうなんだろと素人の野次馬判断でついそう思ってしまいました。

ところで番組中さんざっぱらこらしょと流れてたあのテーマ曲。あまりにも耳に残ったのでつい遠州弁に替えてしまいました。漢字の部分は外来語に直せばまあオリジナルになるかと。

「風ん どんぶるえる超曲走路

 怖くあらすけ剛豪轟

 まっちろ車体音速号

 負けすか魂 親譲り

 走りだいたら 後にゃあ退けんて

 ゆかざ勝利の終着まで

 音速号強 音速業強

 音速業強号」

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MR.BRAIN その7

 前半部なのでああたらこうたらゆうことは次回観てからでないとほとんど世迷言になりそうなのであれなんですけど。

とにかく米国風味のテイストが匂い立つ展開でありました。おおまかにいえば犯人と警察の鬼ごっこなんでしょうけど、人情感情お構いなしの出来事の連続という展開は米国っぽいよなあと。その振り回され加減が矢継ぎ早に繰り出されて右往左往という慌しさがこの回の悦なんでせうかね。

 いつも謎解きの壷は綾瀬さんのいじりにその答えが存在してるというのがお約束であるみたいなんですけど、この事件もそうであるならば来週の結末を予測する鍵は「笑顔」にあるのでせうが、皆それぞれなんかにやっと笑ってというシーンが在ってどれがどう繋がるのか皆目見当がつきませんな。

当たり前のことですが犯人役の上川さん&さも怪しいという市川さんが共に何考えてるのか全く掴めなくただ警察側がいいように振り回されてるだけで次週に続くなんで。果たして見直して楽しいか?という疑問を抱きつつだったんですけど見直しして書いてます。

綾瀬さんが面白いですた。役者さんという側面だけでなくタレントさんという側面もお持ちの笑顔のプロたる綾瀬さんでありながら、あえての不器用な七変化的「笑顔」表現の豊富さというのがユニークでした。これは矢口作品を贔屓の引き倒ししてるという私の勝手な意識からかもしれませんが「はっぴいふらいと」に出演されて体得されたものにちまいないと確信しまいた。木村さんの超自然体なお芝居の対比というのもあるんでしょうけれど不思議ちゃんの印象が強く感じられます。

それにしても顔近づけすぎと思うのは私だけなんでしょうか。九十九(木村さん)に皆が影響されてる証と解釈できなくもないんですけど和音(綾瀬さん)も丹原(香川さん)も同じように顔に近づいたりされるのは各人のATフィールドぶち破ってるみたいで落ち着かないところです。人同士が接するにおいての適切な距離というのがどれくらいなのかは知りませんが臨界を越えてることは確かでせう。

上川さんが映えるのは来週なんだろうな。仕事師というかなにかを遂げようとする役はホント画になるお方であります。「スワンの馬鹿」みたいな平々凡々なキャラクターというのももちっと愉しみたいお方なんですが今回のような業を背負った役というのはやはり深みがあります。

それにしても豪華だよなあゲストの役者さん。この勢いは最後まで衰えることなく突き進むみたいです。今回は爆破シーンも気合い入ってられましたし、来週は15分拡大ということから想像すると第1話並に豪華なんでせうか。

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*しゃああんめえ

遠州弁かどうかは定かではないが普通によく使われてることは確かである。(ジオンの)シャアよ甘いなとかいう意味では当然ない。

「しょうがないだろ」とかいった諦めろよといったニュアンスの言葉でこれ以外にも

「しゃあないらあ」・「しょんないじゃん」・「しょうがありもしん」

とかがある。「しゃああんめえ」は基本野郎言葉なので女性が使うことは稀である。

例文

「釣れんねえ。」

「釣れんなあ。」

「どうするう?」

「なにがあ。」

「帰らすかあ。」

「坊主でか?」

「しゃああんめえ?釣れんもんわ。時間も時間だしい。」

「しょんねえの。」

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