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スマイル  その10

 前回の好転続きが一転して動顚模様になって今にも泣き出しそうな雲行きになって参りました。

とは申せ一馬(中井さん)の一席ぶつ姿にはしびれましたです。あれを聴いて心が揺さぶられなかったらネジが飛んでる頭してるとしか思えない迫力と説得力でありました。もちろんその迫力と理路整然としたものは現実を越えたものであり芝居の世界ならではのものでありますが、お芝居でなければ味わえない感動というものを感じました。いやあ堪能致しました。

ところで、判決を待つ間の皆の様子は病院の待合室と違って複雑な心境になりました。医者も含めて立ち会う全員が生を願って結果を待つのと違って、その生き死にが人間の意思に懸かっているというのはなんなんでしょうね。

で、長い時間を経ての結果は「死刑」。こういう弱い立場の人間の裁判ならあれでしょうけど、もしこれが善からぬ輩(一味の一部)の判決であったなら残った連中から逆恨みされそうな勢いになりゃしないかと思ったりなんかして。これは明日は我が身として考えると裁判員に当てられたら、余程強い確固たる確信をもって自分の結論を導き出さなければ夢にうなされそうだなと。たとえ煮え切らない奴だといわれようとも「疑わしきは罰せず」というのは正しく真だなと思いました。

例えで、もしそいつが自分の隣に越して来たら貴方はどう思うかという基準で物を見る事は正しくはないというメッセージは受け取りましたが我が身の事として隣人として付き合うとしたらと考えるというのは駄目なんでしょうかねえ。もちろん感情で判断するのは最低で見苦しいのは理解出来ましたけど自分上手く出来るかな。ちと悩むとこですな。

最後一輪の咲く花を見てビトはなにを花から貰ったんでしょうか。花(新垣さん)からは貰えなかったようでしたけど。生きる尊さ?可憐さ?儚さ?こういう曖昧さって最近あまり見ない象徴的シーンですけど視聴者の思うが儘にというのは色々妄想が働きますですな。手を伸ばして掴んだ時にはおいおい摘み取るつもりなんかよとドキっとしてしまいました。

死を受け入れるみたいな発言でこの回終わりましたけどどうなっちゃうんでしょうかねえ。死した後に事実が判明して嗚呼無情なのか、間一髪真実が届いて新たな形で罪を償うのか、事実が明白になったところで運命は変わらないのか。なんか悲惨な結末になりそうな要素の方が遥かに多いような気がしてきます。果たしてタイトル通りの「スマイル」で終われるんでしょうか。

お気楽を善しとする私にとりましては限りなく無罪放免に近づかない限りは観て損した気分になりますな。まあ中井さんが凄かったから一見の価値はありましたけど。ホントどうなるんでしょうね結末は。

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*あんなあ

遠州弁での意味はふた通りある。ってもちろん全く別の言葉であるが。

*あのねえという意味。というか訛った表現。

用途は呆れてる事を伝える為に使われることが多い。

たまにいいにくい事を切り出す時に使う場合もある。

*あんなのという意味。

特に説明は不要か。

例文1

「なにやってるよを。普通上から順番に取ってくもんだにい。」

「ふんだだこたあねえらあ。わしこうやれっておしわってきただにい。」

「どこでそんなこと教わっただよ。」

「学校でだよ。先ず下位より始めよっつうじゃん。」

「あんなあ。・・・はあええ。好きにして。」

例文2

「おお~おんしゃのやり方○○にそっくり。」

「あんなあと一緒にせるなやあ。気色悪いにい。」

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BOSS CASE10

 なにがなんだかわからない怒涛のようなこんがらがった展開でありました。って最終回にむけての盛り上がりですからこれ位派手に打ち上げとかないとという気分でもありますな。

*最大の謎は野立(竹野内さん)は何者ぞ?

 流れからいけばどうみても反社会組織の一員。かように見せておいて実はそうじゃないという展開にどうもっていくのか。このまんまやっぱ一味だったなんて事じゃ捻りもなにもあったもんじゃなくな~んだになってしまうので脚本家さんの腕の見せ所でしょうな。私的にはなんもそういうアイデア湧きませんので丸投げで次週を楽しみにしますです。

*次には大澤(天海さん)の恋の行方は?

 弟が犯人(連続爆破)と状況的にはそう思える展開ながら兄は無実と信じ大澤もなんとなくそう思うようにしてるみたいな流れなので、今回の一件は無実で過去の一件も冤罪だったというのが分かるという方向にいきそうな予感がしますがどうなんでしょう。

*片桐(玉山さん)が追っている警察内部の裏金にまつわる捜査の行方は?

 辿り着いた果てはここでも野立の名前が挙がっている訳で、こうまでなんでもかんでも野立が仕組んだといった風に向いてるとなると逆に違うなと思えてきますですな。

考え方は二通り。野立が元々組織の一員だったというよりも、裏金係の野立にとって清廉潔白を謳う警視総監は目の上のたんこぶ。過去組織を壊滅させられた復讐を果たしたい相手も警視総監。そこで別個の者同士でありながらお互いの利害が一致して粛清を図った。と考えればまあスムーズではありますな。

もうひとつは、金に汚いのと理想の為なら犠牲も厭わぬという信念を一人の人間が抱くというのはがどうも腑に落ちない。両方掛け持ちで悪さするというのはどういう人格してんだと疑問に映ります。年齢的に順番考えると黒い月に入ったのと警察に就職したのがどっちが先かは不明なれど裏金いじって束ねれる地位に登りつめれたのは最近でしょうから、警察にスパイとして潜入している内に覚え目出度くなって裏金を任されるようになったって流れになるんでしょうか。裏金の運営上黒い月と付き合うようになったというのはメリットも含め考えにくいところであります。

それにしちゃあ闇を隠すため必死こいて目立たず働くというのが忍びの極意という観点からすればチャラ男でど派手なのは得心いかぬ所業の数々。

やはり劇的などんでん返しの演出を謀るために今回はとにかく全部悪いことは野立が仕組んだとしてるとしか思えませんで。ホントそれをどうでんぐり返してあっと驚かせてくれることやら楽しみです。繰り返しますがこれでやっぱ野立悪の一味だったというオチなら、な~んだがっくりという気になりますわいね。

*些細なことですがこのチームは存続するんでしょうか。

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*けえる

「帰る」という意味。遠州弁では基本野郎言葉で女子が使うとはしたない印象を与える。関東風な言い方であろうか。野郎同士の会話でのみ使うことが多く婦女子に向かって放つことは滅多にない。

「けえる」(帰る)「けえった」(帰った)「けえらまい」・「けえるかあ」(帰ろうよ)「けえらんだ?」(帰らないのか?)「けえすわきゃいかん」(帰す訳にはいかぬ)「けえしちゃかんて」(帰しちゃ駄目だって)

まあ色々応用はありますな。

因みに同じ「かえる」でも「返る」は「かある」となり「けえる」と混同することはまずない。

全然話しはかわるが「蛙」(かえる)を「けえる」・「けえろ」と強引に言うことがある。「ちゃっきり節」の一節「きゃあろが啼くんで雨づらよ」の「きゃあろ」に近いのであるが、だからといってしぞーかでは「蛙」のことを駿河では「きゃあろ」遠州人が「けえろ」と言うとは限らないというか普通は言わない。言ってたとしてもそれはおそらく数世代前の方言であろう。推測だけど。

例文

「あれえなによを。はあけえるう?」

  (おや?どうしたのもう帰るのかい。)

「おお。ちゃっとけえらんとおっかさにどんじかられるでやあ。」

  (うん。急いで帰らないと女房に凄く怒られるからさあ。)

「なにょこいとるでえ。はあ十分午前様だにい。」

  (何言ってるんだよ。もうとうに午前様だよ。)

「うっそお!はあそんな時間けえ。やあ参ったなあ。今日こさあ直ぐ帰るでねえって約束しただけえが。」

  (嘘だろ!もうそんな時間かあ。いやあ参ったなあ。今日こそは直ぐに帰るって約束したんだけど。)

「誘っちゃ悪かっただか?」

  (誘わない方が良かったか?)

「もをしょんねえのっ。しょんねえでまあ呑み直しすっか。」

  (もうしょうがないよ。じゃあ呑み直そうか。)

「ええだけ?」

  (いいのか?)

「だってはあ今更家行ったって鍵開けてくれんもん。」

  (だってもう今更家帰っても鍵開けてくれないもの。)

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こんなブログパーツが欲しいぞな

 戦国武将ブームとやらが去ってくれた後でいいのだけれど、「家紋」を貼りたい。

なにしろブームの最中だと六文銭やら葵だの自分の家の家紋に関係なく貼ろうとする輩が有象無象に湧いて出てこないとも限らないから。

日本の家紋こそ最高に洗練されたアートなしるしだと本気で思っている身としては消え去って欲しくない。こういう形で繁栄してくれたらいいのになと思う。

又、自らの証という意味もあり、ブログに貼って「我こそは・・・」とか宣してみたいとも思うし。

とにかく無駄な動く画像とか説明なぞいらず、ただただ家紋をででんと掲げてみたい。買うとなんかしらんが高いから無料ブログパーツとして出現してくれないかな。

もっとも最近の若い世代が自分の家の家紋がなんであるか知ってるかどうかは疑わしいところはあるが。

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*しらんわ

あきれてる・もう勝手にしな・ついていけないとかいった呆れた意思を示す時によく出る言葉。

完全に関西系の表現。遠州でも使うということで。

近い言葉で「しらんにい・しらんでえ」というものがあるが、こちらは呆れたではなく見捨てるという意思を示す。

例文

B・「てんめえ。人のこんより金の方が大事なら金握って地獄に堕ちくされ。」

  (お前なあ。金の方が大事なら金握り締めて地獄に堕ちやがれ。)

A・「ふんだ。地獄にだっていい人いるだもんでとんじゃかないにい。」

  (へへんだ。地獄にだっていい人いるんだからね。)

B・「なにそれ?」

  (なんだよそれ。)

A・「地獄のサンタも金次第っつうじゃん。」

B・「そりゃおめえ間違ってるぞ。それを言うなら地獄のサタンも金次第だらあ。」

C・「おんめえらなあ。二人揃ってボケかましてんじゃねえよ。そりゃなあやあ地獄の沙汰も金次第っつうだあ。」

A・「なによをそれ。」

B・「そうそうそれ。わしのの方が近いらあ。」

C・「しらんわあ。」

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白い春 その2

 最終回前の第10話の感想。

生みの親より育ての親と申しますが、このドラマはその逆を行く流れでございまして。まあなんと申しましょうか、育ての親があんだけ愛情かけてるのに不憫だなという心根が拭い去れませんで、子供は正直な分残酷だよなとついつい思ってしまいます。

でもまあ阿部さんと遠藤さんのお芝居観れるだけで一見の価値あり。という筋書きは納得いかないが役者さんががんこいいという微妙かつ複雑な印象を受けまして。まあなんですわそんなこんなでもついつい惹き込まれてしまう不可思議なドラマであります。

今回は特にその春男(阿部さん)の心の機微が繊細で見応えありましたです。アルバムを見つけて勝手に見てよいものかと躊躇しつつも見ずにはおれない高鳴りからのアルバムをめくるその万感の想いを抱く姿。セリフを要しないで伝わってくるものがずしずしでありました。

その後の一連の行動も納得出来る心情の発露でありました。

作業着の汚れも経験値の証みたいで不潔感とか感ぜず、全身これ春男と化していていいですわ。

遠藤さんも、哀愁が背中に滲み出ていて切ないですなあ。堪える人間村上(遠藤さん)の対比的な存在としての加奈子(白石さん)も利いてますです。加奈子の存在で村上の苦悩が益々浮き彫りになってきて。それでいて苦言の根底に愛情があるからというのがいいですな。

とにかく展開の流れより役者力を愉しむという最近観なくなった傾向のドラマのような気がしますです。

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*よをゆうわ

特に方言ということではないのだろうが、良くそんなことが言えるよねえと言う意味。発言に対して反論的なニュアンスとなるというか呆れてる。反対語は「そーいわすと」(そんなこと言わないで)。

「よをこくわ」・「よをぬかすわ」という言い方もある。

おそらくは関西系の表現なんだろうな。関東系だと「てやんでえ」・「冗談はよせ」とかになるのかな。因みにそういう意味使いでの関東系の遠州弁だと「よくゆうよ」・「馬鹿こいちゃかん」・「嘘こくな」・「しらじらしい」・「いけしゃあしゃあと」とかがある。

例文

壇上での偉いさん「私がここまでこれたのも皆様方のお陰と感謝しております。」

後ろの末席で聞いてる列席者A「よをゆうわ。さんざっぱら人蹴散らかいてあそこまで登りつめた癖してえ。」

同じくB「確かにっ。人の屍乗り越えて来たっつう自画自賛だらあなあ。」

偉いさん「今後より一層の発展をするためにも今まで以上に皆様方のご支援とご協力を・・・・」

A「おいおいまだ人こき使って絞り取ろうってか。こっちゃぁ女房子供にすねかじられっぱなしではあなんも出んにい。ホントよをゆうわな。感心しちゃうわ。」

B「肉食なんだよ多分。人の生き血すすらんと活力出んだらあ。」

A「わしゃ栄養ドリンクすすらんとはあなんも出んっつうになあ。」

B「そうけえ。愚痴はさっきいからバカスカ出てるじゃん。」

A「ガスでえガス。抜かんとのっ。詰まっちゃうで。」

B「身が出んようにのっ。」

そんな彼らの後ろには会場の模様を写そうとビデオカメラが静かに回っていた。まさに知らぬが仏。(って意味使い間違ってるか。)

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なんだかなあ 赤っ恥な思い違い

 言葉を思い違いして覚えてしまってることがよくある。

*「刻まれたもんもんから読み取ると」

これでは刺青から拝察するにと言うことになってしまうのだが、自分が言いたかったのは

「刻まれた文言(もんごん)から読み取ると」

*「じゅんぷうまんぽ」

小学生の頃「順風満帆」をずうっとこう読むものだと思い込んでいた。

最初の最初は耳から覚えた言葉ではないのだが自分の勝手な解釈で「順風に漫歩」トラブルもなく旅行してる様をいうものだと思ってもいた。その後漢字が「順風満帆」というお舟の用語から出たものだと知ったのだがそれでも読み方は変えず「じゅんぷうまんぽ」だった。同級生とかにさりげなく注意されたりもしたが信じなかった。

「歩」が「ほ・ぽ」であるように「帆」も「ほ・ぽ」だろうという屁理屈が揺るぎなかったからであるが、じゃあ「帆船」は?と問われ「ほぶね」と負け惜しみするのに中学の頃で疲れたので以降は一般常識の枠の中に収まった。

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*じええたい

自衛隊。特に説明することは無いが、「学校」を「がっこお」・「東名高速」を「とおめえこおそく」と発音するなどが遠州人の傾向ではある。聞き様によってはぬるい感じになるが普段物言いがキツイ分の反動によるものかは定かではない。

浜松にあるのは航空自衛隊。「こおくうじええたい」と遠州人は発音するのが普通。

話しそのものは膨らまないのでこの辺で。

例文

「とおめえ 入るに じええたいんとこ ぐるりと廻ってじゃえらいと思って近道行かすとしたらやあ。がんこ迷って結局時間馬鹿喰っただよ。懲りちゃうにい。」

  (東名高速入るのに自衛隊の外周廻ってだとしんどいと思って近道いったんだけどね。えらく迷って結局時間余計に掛かって参っちゃったよ。)

「ぼこんぼこん道変わってるでなあ。やっとかぶりに走るじゃ堪らんらあ。」

  (そこらじゅう道が変わってるからなあ。久し振りに走るんじゃ大変だろ。)

「ホントだよを。」

  (本当にそうだよ。)

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ぼくの妹 その9

 この回は手術に立ち向かう勇気を颯が惑う九鬼に与えたというお話しだったんでしょうか。それを見守る盟という構図?

盟(オダギリさん)が九鬼(千原さん)のことを嫌いなのはよく分かりましたが、話しが前後しますがそれでも盟が病気の事を颯(長澤さん)に伝えるに気が引けるというのは二人の関係を承諾してるということなんでしょうかね。もちろん渋々でしょうけれども。本来なら車中での「嫌いだ」という辺りが強烈なインパクトであるべきなんでしょうけどへそ曲がりな私は、公園のベンチ付近で放った「断る」というセリフがなんか突き抜けたようでそっちの方が強く印象に残りました。

ところで、九鬼の方も颯に伝えようとしていなかったのでありますが、九鬼は自分が癌だということを認めていない理由というのがいまいちよく分かりませんでした。颯に心配を掛けさすまいというにしては病気の質が違うような気がします。自分は死ぬんだと覚悟してたとしたら九鬼はカウントダウンをどう迎える腹積もりなんでしょうか。

入院する金なんぞありゃしないとかいうのなら未だ少しは理解出来る要因なんですけどね。盟の900万を突き返してるんだからあの執拗な借金取りにおそらくは今も返済を迫られているでしょうし。でもまあそれだと颯が無理してでも工面しようとするから話しがややこしくなるからしないでしょうけど。

単純に兄の世話になぞなりたくないのなら星の数ほどあるであろう他の大病院に行けばいいじゃないのかとも思ってしまう訳でもありますし。

颯が居なくなって虚しくなったということで、今の状況を壊したくないと言うのが理由だと説明されたんでありましょうが、幸薄い人生を歩んできただけにほんの一瞬の結果となったとしても今の幸せを満喫したいという刹那的な感情だったということなのでしょうか。

助かるのか手遅れなのか盟に問うていた九鬼ですが、そんなこと疑い出したら義理がないのにね。・・・じゃなくてきりがないのにね。きっと心が寂しいんだ。人に期待したいなんてね。

いづれにせよ苦しんでる人には区別なく助けるという医者としての信念と兄として納得してない人間に手を差し伸べる気にはなれないという矛盾を抱えていた訳だったけれど、車中さしで話し合ったことと妹の決意を目の当たりにして矛盾が解けて救うことにわだかまりがなくなったということでしょうから来週は九鬼が助かるかどうかが焦点になるんでしょうね。

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*くそみそ

糞も味噌も混ぜこぜということであり、共通語では二通りの意味使いがあって、価値のある物とない物を区別なく扱うという意味使いと、相手をひどくやりこめる様子というのがあるらしい。共通語では主に「珠玉混合」みたいな意味合いで前者が使われるのだろうか。

しかしながら遠州ではごちゃ混ぜとかいう場合には「いっしょくたあ」という表現を使うので、遠州弁における「くそみそ」は、けちょんけちょん・散々・ぼろくそとかいう意味に普通は解釈される。

「くそみそにするなやあ」だと共通語だと「一緒にするなよ」とかになるのだろうか。個人差はもちろんあるが遠州弁では「酷い扱いするなよ」という意味になる。

「くそみそにやられた」は「けちょんけちょんにやられた」と言う意味であるがこれは共通語でもそうであろうか。遠州弁はこういう使い方が殆どということである。

例文

「どうだった面接わあ。」

  (どうだった?面接の具合は。)

「はあくそみそでえ。」

  (もうぼろくそだよ。)

「なんでえなにがよを。」

  (なんだよ上手くいかなかったのか。)

「舞い上がっちゃってなにしてきたか記憶すらない。」

  (舞い上がっちゃって何をしてきたのか記憶が飛んでる。)

「なんも覚えちゃいんだか?」

  (なにも覚えていないのかい。)

「帰りしなに顔みてたらぶすくれとったで、はあ観念したわ。」

  (帰り際に顔色伺ったら仏頂面してたからもう駄目だ。)

「何ゆっただかいねえ。」

  (何言ったんだろうねえ。)

「こっちん知りたいわあ。」

  (こっちが知りたいよ。)

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MR.BRAIN その4

 全8話とテレビ雑誌に記載されていました。「ゴッドハンド輝」といいおおよそ11話と相場が決まっている連続ドラマの常識を覆すTBSの真意はどこにあるんでせう。

なんていう大人の都合というか配慮は作品が素晴らしければどうでも良い事なんでおいとくとして、犯人が二転三転する様はワクワクしてきました。しかしながらこの描き方から推察するにどうも二人とも犯人のようでなし。それとは別に進行しているしょっぱなに提示された白骨の頭蓋骨とこの事件とがどう繋がるんだろうかという興味もあり。

なんて思ったら次週に続くんですって。なんじゃそれ。でも面白いからいいじゃないかと。

とりあえずの放置プレーにされてるのは

*当たり前ですが、犯人は誰?何の為?

*楽譜に記された音符?の意味は?

*今まで溜め込まれていたメモと楽譜の符合と不符合は何を意味する?

*姉の自供は何の為?

これがBOSSだったら犯人と報道されたにもかかわらず犯人が二転三転するという大失態をどう責任取るんだという話しになるのでしょうがそこは番組が違うので描かれることはないんでしょうけど。

*白骨の頭蓋骨とこの事件の関連性はあるのか

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*ありええへん

重箱の隅をほじくるような非常に些細な事なのではありますが

関西風の「ありえへん」という言い方は遠州弁ではほとんどしない。

こういう場合は「ありえん」・「ありえやせん」・「ありゃへん」などを使うことが多い。

「ありええへん」・「ありええせん」は遠州でも使うということで。「ありえせん」というのはあるが「ありえへん」はほとんどない。

もちろんイントネーションも異なる。

近い言葉で「信じれん」というのがあるが、こちらのニュアンスは「ありええへん」は不可能だみたいな否定のニュアンスであるのに対し、「信じれん」は想像すらつかないといった呆れたニュアンスが強めになる。

例文

「やあ馬鹿っつう、おんしゃなあ なにょえらそうな口たたいてるだあ。そんだだこんはなあ、てめえで稼ぐようになってから物言えっつうの。親のすねかじったか親の威光の傘の下でなまいきこくじゃねえよ。ホントありええへん。」

  直訳は厳しいので別の言い回しで(卒爾ながら申し上げます。貴方様のおっしゃられようは痛く不遜かと思われ斯様な言動におかれましては御自身が自立した上で申されるが妥当かと存じます。扶養の身もしくは親の威を借りての言動では横柄としか言い様がございません。何卒己が身の分をお弁え下さい。)

  もう少し柔らかく訳すと(ボク。ママのミルクはここには無いよ。ボクにはまだ早いからもうおうちにお帰り。)

   もっと端的に言うと(十年早いわ。)

とにかく「ありええへん」に凡てが集約されてるということ。これだけでも十分意味通るがまあそれじゃ味気ないんで。

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