« 2009年5月17日 - 2009年5月23日 | トップページ | 2009年5月31日 - 2009年6月6日 »

レイアウトを変更

 5/29、テンプレートを又又股変更しました。何度目だ飽きっぽいぞという勢いが隠せませんな。しかるになにゆえ変えたかというと。

アルカナ効果で色んなブログにお邪魔させていただけるようになって、殆どのブログの形式というものが3列となっておられまして自分もそれに準じたほうが見てくれが良くなるのではと思い始めたものですから。

記事を項目が左右に挿むとなんか圧迫感があるし頻繁に改行するのはなあという考えがあって右2列を暫く使っていたのですが、3列を見慣れてしまうとなんか抜けたような印象を受けるようになりまして。

いざ変えてみると兎に角普通で落ち着きますなあ。こういうのを「他人の振り見て我が振り直せ」って言うんでしょうかね。って違いますわな明らかに。それじゃ反面教師的意味合いじゃなくなってしまいますから。

他のいいところを参考にしてよりよい方向に自分を変えていくっていうことわざはなんでしょうか。

「過ちを改むるに憚ることなかれ」いや別に間違ってる訳じゃないものな。

「抗うより馴れろ」んな文言ないな。

「郷に入れば郷に従え」こんな感じか。でも自分というものをはっきり持ってる訳でもないし。

「右に倣え」モロ過ぎて面白味に欠けるな。格言でもないし。

「隣の芝生は綺麗に見える」確かに。これかも。でもなんか違うなあ。説明できないけど。

「朱に染まれば紅くなる」個人的に赤い色は好きじゃないんでできれば使いたくない表現だけどこんな感じかなあ。

「赤信号皆で渡ればなんとやら」別に悪いことする訳じゃないから微妙に違うな。

まあ思いついたら追記ででも書きますし、これはというのがありましたならばご教授願えればこれ幸い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

湯けむりスナイパー その8

 殺し屋さんはゴルゴ十三さんみたいにやっぱり細心の注意を怠らない人種なんですね。それも都合のいいほうに物事を捉える楽観主義ということは決してなく恒に最悪の状況を思い浮べる傾向にあるようです。

アーチェリーの矢が旅館の看板に突き刺さる。すわ源さんの元に追っ手がきたかという考えが頭の中によぎる姿はまさしくそんな感じでした。

それにしてもおいたが過ぎる高校教師へのお仕置きは堂に入ったものでありました。

その後に定年退職した刑事さんが訪れ源さんと出遭い、帰り際に元仏の刑事さん曰く「殺気を感じた」と妻にぽつりと漏らすの事。私なんぞは無表情無感情でアーチェリーの矢を放つ姿からは殺気らしきものは感じずむしろ気配を消した冷気みたいなものを感じた訳ですが、どこをどう見れば「殺気」を感じられるんでしょうか。

お風呂場での源さんの懺悔は、「誠実な従業員に映る」と太鼓判を押されてる風に私には聞こえるんですが当の源さんは半信半疑のご様子でありまして。生まれ変わろう・人生をやり直そうとしていても物事の考え方はもう体に染み付いてしまっていて拭えないもののようであります。開き直って生きていくしかないんでしょうけど能天気に言うほど簡単なもんじゃないですからねえこういうことは。

そういう意味では今のところ開き直るところまでには至ってなさそうに見えるので今後源さんがどういう心根でいくのかが興味の湧くところであります。変化があればやっぱ只者じゃないと思うし、変われなければ凡人とそういうところは一緒なんだと思えるし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

名探偵の掟 その4

 第七話の感想です。素直な感想。大和田さんよくこの役引き受けたよなあ。まあそのぉとにかく敬意を表します。でも卑怯な飛び道具だとも思えます。展開や推理がどうのこうのとかじゃなくこれだけで笑っちゃいますもん。

ま、それを言うのなら「香椎由宇」=「凛とした清楚」というイメージを壊すべく、「あ~あそうですかっ」・「も~」・「いや~やめて」とかの連発で愚痴っぽい・怒りっぽい・結構折れるという雰囲気を発散し、先週は訳の分からん踊り踊らされたり。今回はぬいぐるみ着せられたりと奮励努力なさっておいででありまして。大和田さんに負けじ劣らじの香椎さんであります。

そういう意味では最初このふたりを出会わさなかったのは、空気を読まない究極のふたりが出遭った時のインパクトが今回の味噌だったからなんでしょうか。確かにあのシーンはインパクトがあって面白かったです。

面白いといえば天下一(松田さん)になにがあっても平然でいてくれと言われてもいざ逢って見た時の大河原(木村さん)のあの動揺振りも面白かったです。

もっともホントに女形顔負けの役者さんがこの役やってたとしたら本格的謎解きに映るよなあ確かにと思いますけど。

 本当に此処までくるともう役者力を愛でるドラマであって推理のぶっ壊しを愉しむものではないような気がしてきまして。そう考えると愉しくなってくるからあら不思議。

ところであの洋館なんかどこかで見たことあるような洋館でしたけどロケ地としては有名なところなんでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

スマイル その7

 今回は想像通りの展開でありました。とは言ってもビトの刑務所暮らしに至ったのは冤罪ではなく実行犯だったというのはなんと申しましょうかという展開ではありました。

それにしても林(小栗さん)に尽きる訳でありまして、小栗さんがんこ迫力・存在感・つきまとい逃げおおせない空気感ぶんぶんでありました。もうホントこれに尽きます。ある意味ビトのとった行動もやむなしかと思ってしまいました。良い訳ないけど。

なので甚だ簡単ではありますがこれにてこの回の感想とさせて頂きます。

花は花として笑いも出来る

ビトはビトとして涙を流す

それが自然の詩なのか

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*よ その2

これだけだとなんのこっちゃいという話しであるが。

「一時間のよはかかる」となれば「一時間余りは要する」となる。

つまり漢字にすると「余」。

辞書を引くとその意味は、「~とちょっと」という意味となっている。例として「100余人集まった」とか。

ま、つまり方言というレベルではないが、こういう使い方はいまや古い言い回しなのだが遠州ではまだ現役で使われているということであろう。

遠州弁では「~の余」といった言い方をされるのが普通でもあり、この点が特異性といえるかもしれない。

例文

「そこんさあまでどんくらいでつくかいねえ。」

  (そこまではどれくらいの時間で着くのかな。)

「そうさなあ、休みなしで行っても1時間の余は見とかんとかんなあ。」

  (そうだなあ、休まず行っても一時間程度は見ないと駄目だろうな。)

「30分で着かんとかんだよ。ちゃっととんでっても駄目かいねえ。」

  (30分で着かないといけないんだ。急いで行っても駄目かねえ。)

「どんだけ走りながしでも息切れんっつうなら話しゃあ別だがいくらなんでもそりゃ無理だらあ。やっぱそんくらいかかるよ。」

「ぽんぽんで飛んできゃなんとかならんかいねえ。」

  (オートバイで飛ばしていけばどうにかならないかねえ。)

「ぽんぽんで飛んできゃそりゃあっちゅう間だけど。おんしゃ乗れるだけ?」

  (オートバイで走ってけばそりゃあっという間に着くだろうけど君免許持ってるの?)

「いんや。免許持っちゃいんだわ。」

「じゃ駄目じゃん。」

「絶対着かんとかんだよ。後生だで貸して。」

「馬鹿こいちゃかん。」

「けったーわあ。けったーじゃかんだ?」

  (自転車は?自転車じゃ駄目かなあ。)

「坂んがんこ急なのようけにあるで歩きとそう変わらんて。」

「ハイヤーは呼べんかねえ。」

「なんしょ田舎だで呼ぶだけで1時間の余はかかるにい。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

BOSS CASE7

 舞台はテレビ局。芸能人かぶりつきで野立(竹野内さん)の独壇場(ハーレム建設)かと思いきやお天気キャスターさん?一本釣りの様相でありました。

映画「剱岳 点の記」の宣伝が光り輝いてましたねえ。そんなことしなくともヒットするのにと思ってるのは私だけなんでしょうか。今一番公開が愉しみなんで、出来るなら競わず良い席(ベストポジション)で観たいんで私が観れた後に口コミでブワ~っと広がってから大好評になってくれると有り難いんですけど。まああれだけ監督自ら全国行脚されてましたんでそういう訳にもいかず初日から盛況になるんだろうな。

 で、BOSSの本編でありますが、もう安定というか安心というか落ち着いて観れてます。今回のテーマはアリバイ崩しによって犯人を追い詰めるというもの。という割にはそこに至るまでの大澤(天海さん)の孤軍奮闘振りが主に描かれていました。それに鼓舞されて全員が動き出したらあっという間でありまして。優秀な部下というのを直接描かずに証明してみせたような勢いでありました。

方向性としては飛躍して勘繰ればもし大澤が犯人だったら大澤はどう追い詰めるのかという風にも読める訳でありまして。なにしろ木元(戸田さん)に似てると言わしめ本人(犯人)からもそれに近い事を呟かせているのでそういう事になるのかなと思いました。しかしながら私だったらこうやってとかいう推理の構築ではありませんでしたので勘繰り過ぎでしょうけど。

でもまあ弱い心に打ち勝てなかったから私と貴方は違うと言われてたので邪推でしょうけど。もしそうだったら敵に回すとどんだけ恐ろしいのか知らしめてるでしょうし。

ところでそのセリフを言ってる時の天海さんは宝塚みたいと思ってしまいました。あの声の張り方は大澤にしては珍しい勢いでいつもと違った感じに映りました。

まあ同じタイプは反発し合うものですので結構周りから見た方が正しい評価やもしれませぬので本人は認めていないだけでやっぱり似たもの同士かもしれませんが、同じ正義の道を進む同志ではなかったようではあります。

それにしても最後のチェックメイトに至る捜査の模様と後々語っていた番組内で自供したというくだりがはしょられてて画になる見栄を切る部分を見せずに進めると言う一風変わった描き方のように思えました。毎回意外な展開が売りとも思えるドラマですが今回はこう来たかという意外性なんでしょうかねえ。それともニュースキャスターという職業が犯人というのが今回の意外性?そんな安直じゃないか。

見栄を切る部分を犯人と大澤の最後の丁々発止に集約するために他のものはあえてあっさり風味に持っていったんでしょうか。

大澤が24時間闘うファイターであることは今まで見てきて知っていますのであえて笛吹けど部下踊らずも行動してる背中で諭すという展開は改めてこの回においても時間を割かなくてもという感じはしました。とはいっても描かれてた時間は8分程でそうは長くはなかったですけど印象としてはそう思えました。

そういう意味では犯人が最初から分かっていたということもあるんでしょうけど今回は粛々と進んだようにも感じられた回でありました。任意の取調べ中に容疑者が亡くなるという衝撃の出来事も事前に犯人と出会ってるシーンが提示されてましたから口封じなんだろうなと思って観ていましたし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

きもるい

「気持ち悪い」を略した言い方で方言でもなんでもないのであるが、遠州ではいい歳した大人でもうちうちでは使うくらい定着している感がある。これは多分に言い易いからであろう。

他の地域ではどうなのかは知らないが、遠州では「気色悪い」という意味合いで使われることが多く、吐き気を伴うような体調的な「気持ち悪い」とは異なる使い方をしている。

別の省略した表現で「きもい」・「きしょい」というものがあるがさすがにここまでくると人それぞれに言葉から受ける印象が異なるので定着しているという感じにはなっていない。

下記の例文での「きもるい」は「ぶしょったい」という言い方でも成立するがぶしょったいの上を行く様相という風に解釈していただければありがたし。

例文

ガキ「ちょっとでかけてくるでねえ。」

  (ちょっといってくるからね。)

母「なにいその格好。どこいくにしたって馬鹿きもるいにい。やめない。」

  (何?その格好は。どこにいくにしても凄く気色悪い。やめなよ。)

父「いいじゃん本人気にいってるだでやらしときゃあ。」

  (いいじゃないか本人気に入ってるんだからやらせとけば。)

母「なにゆってるよを。この格好で外出るっつってるだにい。」

  (なに言ってるの。このなりで外行こうとしてるんだよ。)

父「いいじゃん別に恥ずかしい思いするの本人だもん。懲りればはあしんくなるらあ。」

  (いいじゃないの恥ずかしい思いするのは本人なんだから。これに懲りてもうしなくなるだろう。)

母「馬鹿こいちゃかん。あの家は親んなにしてるだあっつって馬鹿にされるだでねえ。身が細るわあ。」

  (冗談言わないでよ。あの家の親はどうかしてるぞって思われて肩身が狭くなるんだから。)

父「いいじゃん痩せる思いできすならダイエットんなるらあ。」

  (好都合だろ痩せる思いでるんならダイエットになるだろ。)

母「ぶっ殺す。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

親の心子知らず

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「親の心恥知らず」

意味

見境もなく贔屓の引き倒しとも思えるくらいな過保護の親を他人から見た様。

「親の心こしらわず」

意味

親の心は作って成せるものではなく自然と生まれいでしものである。

「親も子の頃子知らず」

意味

そんなもんだって。後にならなきゃ分かんないんだから今言っても無理だって。

本当の「親の心子知らず」の意味は

親は子供のことを恒に気を使っているけれど気を使われてる子の方は思われていることに気づかず勝手なものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*5分も10分も

方言とかじゃなく、かつ遠州弁かどうかは定かではないが、うちらの近辺では「長々と」とか「いつまでもだらだらやってるような様」を指して「5分も10分も」ということが多い。

「そんな時間が掛かる筈なかろう」というところを「5分も10分もなにやってるよを」とかみたいな。

全国的に使われている表現なのか知りたいところである。

例文

「いつまでやってりゃ気い済むよを。」

「直ぐ終わるで待ってな。」

「なにが直ぐよを。はあ5分も10分もちんたらやってて埒あきもしんに。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

紙一重なもの

自負と自惚れ(うぬぼれ)

責務と抑圧

ジャンバルジャンと頑張るじゃん

目的と目標

理想と幻覚

動機と息切れ 

要領のいい奴(嫌われる)段取りのいい奴(重宝がられる)

運気とうんこ つくとつかないじゃ大違いか

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ばかばっか

大雑把に訳すと「馬鹿ばかり」

使い方は大まかに言うと二種類ある。

「ばかばっか。ほんとしょんない」

  (馬鹿ばかりでどうにもならない)

「ばかばっかやってんではよせよを」

  (馬鹿な事やってないで早くやれよ)

先の「ばか」は使い物にならない・用を為さないとかいう意味の使い方。「ばかばっかし」という表現の省略形と思われる。

後の「ばか」は下らない事・目的以外の事とか言う意味の使い方。「ばかばっかり」という表現の省略形と思われる。

どちらも呆れてる勢いが強く本気でけなすのは痴話喧嘩くらいの場合くらいであろうか。こう言われてむきになって怒り出すのは大人気ないということになる場合が多い。無論言い様によってはどうにでもなるのは当然ではあるが。

例文

「もうねえいい加減にしなさいよ。いつまでゲームやってるよを。早くしんと晩ごはん下げるにい。」

「もうちょっとで終わらすでえ。今やめれんだよ。」

「もをゆうこときかんだで。パパもゆってやってやあ。」

「しょんないじゃんステージ3やりかけだらあ。そりゃやめれんの。」

「も~ホントうちの男共はばかばっか!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ハッピーフライト DVD その2

 映画本編(DISK 1)の感想。

とにかく相変わらず矢口監督のオーディオコメンタリーは面白い。ただし今回は楽しいとかいうのではなくて興味津々裏々という意味の面白さ。各シーンの撮り方とか諸々楽しくそして作り手らしい話しが聞けてホント面白いです。

もう何回も見直してるうちに日が経ってしまいました。見飽きないです。

なんなんでしょうね。観れば観るほどハラハラ感が増してくると言うか。細かい説明抜きでリアルな世界に放り込まれているんで始めのうちはどういうありえないことが起こっているのか理解出来なかったものが観る回数を重ねていく内にそれがえらいことだと分かって来ておい大丈夫なんかいと益々思えるようになってきてるんですかねえ。徐々にスウィングガールズの演奏シーンみたいなラストの盛り上げ(高揚)感が湧いてきました。雲の向こうからジャンボの姿が見えるとこはなんか圧巻に思えるようになってきました。

これが今のテレビドラマやアニメのように説明解説シーンがあったり言葉を普通人にも分かるように翻訳したり、もしこの状況で進んだらとかいう予想シーンとか差し挟まれてたりしてたらこのハラハラ感は初めて観た時に得られたのかも知れません。ですがその代わりにリアル感が失われてしまう訳で痛し痒しではありますな。

リアル感とはどういうことかと言いますと、社会人になれば分かることですがどこに勤めようがそこは最前線であり効率をよくするために言葉や動作が専門化してく訳でそれらを覚えるまで学校じゃないんだから根気よく待ってくれたりレベルを低い方に合わせてくれるとこなんてありません。いきなり放り込まれるものです。そういう空気感をこの映画では味あわせてくれる訳でありまして。監督はこちらを選択されたんでありましょうな。私みたいに何度も観ないと気が納まらないというタイプにとってはこの方が有り難い限りですが商売的には硬派でいいんだろうかと若干心配になってしまったりなんかして。大きなお世話でしょうけど。私としては我が意を得たりという思いです。

で、ひとつ映画館で観た時に大きな勘違いをしてたことを知りました。それはエンディングでの「その後」。私はてっきり一難去って平常に戻ったそれ程時を経ていない「その後」だとばかり思ってました。鈴木(田辺さん)が機長に昇格してたのでまあ数ヶ月は経ているんだろうなとは思っていたんですが描かれていたのは数年後でありました。なにしろ修学旅行の生徒さんがCAさんになってたんですから。でもあれですよねえ、木村(田畑さん)は未来を予感させる出逢いがあったのにその数年後にはまだお客さんをせっついてロビー走り回ってるってことは寿退社とはならなかったってことで淡い期待で終わってしまったんでしょうかねえ。なんかちょっと残念。寿退社は出来なかったとしてもせめて左手に指輪はしてるのかなと思ってチェックしたんですが鞄に隠れて名札見えなかったし指輪もしてそうになかったのでやっぱし残念。

DVDで観たのと映画館で観た印象の違いは飛行機はやっぱ映画館で観た方が迫力とかあってよかったなあですけど、人物が綺麗だなと思えるのはDVDの方かなと。これはやっぱりどデカなサイズで人の顔を観るよりこじんまりしたサイズでの方が私は好きなのかもしれないなと思いました。大きいと粗探す訳じゃないですけどどうしても各パーツ毎に眼が行っちゃって表情全体を見ていないせいなんだろうなきっと。

そういうことで映画館では気にもしてなかった女性の役者さんのお顔でありましたがDVDで観たらこんなお綺麗だったんだあと改めて想い直しました。

 まだ続きますがそれはまた次(その3)の記事にて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

見いれると見いれやせん

より遠州弁っぽくするには「めえれる」・「めえれえせん」とすればだあだあ感が増す。

大雑把に訳すと「見る事が出来る」と「見る事が出来やしない」という意味になる。

「見えなくて」は「見えんくて」・「めえせんくて」・「めえやへんくて」

「見えん」は「みえん」・「めえん」

とかが使われることが多い。

例文

「どうでえ。めえるけえ。」

  (どう?見える?)

「今人居んでチャンスとかゆうとったけど全然だわあ。めえやせん。」

  (今混んでいないからチャンスだよとか言われたけど全然見えないよ。)

「なんでめえれせんよを。人いんじゃんゆったとおりにい。」

  (どうして見えないの。人は言ってた通りいないじゃないか。)

「人いんくたって肝心の動物小屋ん中入っちゃっててめえれやせん。」

  (人がいなくたって肝心の動物が小屋の中に入ってちゃ見れないよ。)

「餌くれりゃ寄ってくるらあ。」

  (餌あげれば世ってくるんじゃないの?)

「餌やっちゃかんって書いてあるにい。」

  (餌はあげないで下さいってかいてあるよ。)

「じゃどうするよを。」

  (それじゃあどうすんのさ。)

「しょんないじゃん。」

  (どうしようもないだろ。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ぼくの妹 その6

 手術は成功し馬券は買わずでよかったよかった。あんなあぶく銭というか一攫千金で得た金でなんとかしようというのは、お金に綺麗も汚いもないですけどなんか人生舐めてるような安直過ぎる感じでなんだかなあでしたんで。その場しのぎでいいんだろうかと。それに躊躇する辺りはそこまで心が汚れてないんだなとほっとしたというか。まあこれ以前に颯は株やら投資話しに手を出してまして私としては馬券は駄目で株や投資はいいとは思ってはいないというかどっちも同じだろと思ってる方なので中途半端な躊躇ではありますが無いよりはいいだろうと。

でも九鬼(千原さん)は此処へ来ていい人に変身して参りました。ドラマの流れとしてそうしないと流石に颯の行動を視聴者として観ていて共感は得られないんでしょうかね。とにかく兄との約束は守ろうとする・颯からはお金を受け取らない・花を大切に櫻井(大滝さん)の代わりを果たそうとするなどなど。前回の盟の迫力ある断固たる決意を聞いて引き下がった訳でもないのでしょうがまさに九鬼豹変すという勢いでありました。今のところ誠実だけが取り柄といった趣でしょうか。

そうは言っても同情から恋愛感情に発展して行く颯(長澤さん)というのはホントアホですなあ。分かっちゃいるけど止まらないという流れが滲み出ていて生き方が下手な女性というのがよく表現されてます。蓼食う虫も好き好きと申しますが借金取りから必死こいて逃げ惑う情けない姿晒してるのにそれでも可とするってえのは。呆れた口が塞がらないとはこういうことを申すのでしょうか。

この回で一番見応えあった兄弟喧嘩のシーンで、颯は過去の駄目な奴ばかり好きになるということが語られていましたが、今度のことも又かよという盟の気持ちはえらく説得力ありましたです。それとも今度だけはいつもと違う特別な何かを感じているのでしょうか。もし自分にこんな妹がいたらと想像すると完全なる反面教師として自身の身を正す最高の教材ではありますが縁を切るとまではいかずとも絶対に放置又は疎遠と決め込みますな。

でも盟(オダギリさん)は馬鹿やってやっぱ駄目だった今度こそって思ったのになあと戻ってくる妹をその都度迎え入れているみたいでありまして。これはもう私とは明らかに人生観の異なるお人のようであります。

でもこの回の最後櫻井さんの容態が急変して次回に続くということで。勝手な予想ではこのままずるずると九鬼と颯の関係が深まっていって盟の方は櫻井さんとのしがらみで九鬼にも邪険に出来ずに救う方向に行くのかなと思っていたんですが、もし櫻井さんがお亡くなりにとかなったらそういうしがらみが無くなるので、今までは九鬼が盟に抱いていた感情が妹を破滅に導く敵として今度は盟が九鬼に抱く感情になってくのかしらむ。

上得意のお坊ちゃまを泣かせて理事長の不興を買った可能性もあり理事長の娘の冷酷さをお花畑で見たことから好きになれないというのが見えてきたこともあり、今の生活が一変しそうな空気感もありそうですな。

妹の方はもう鉄砲玉でしょうからもう止められそうもない雰囲気醸し出してますしなんとなく方向性は想像できますけど兄貴の方はどうなっちゃうんでしょうかねえ。

 先にも書きましたがこの回のお気に入りのシーンはさあ兄弟喧嘩するぞ腹ごしらえしながらというシーンが良かったです。リアルな兄弟みたいな空気感が漂ってました。後は九鬼が借金取りから逃げ惑う時の情けない表情もよかったな。暴行シーンは好きくないけど。なんか普段は本心からではなく仕方なく突っ張って生きてるんだろうなというのが分かるような感じがしてきました。

続きを読む "ぼくの妹 その6"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ちいと

ちょっと・ちょいととかいう意味。関東系というか江戸の時代劇に出てきそうな表現であるが遠州ではまだ普通に使われている。逆に遠州では「ちょいと」はあまり使わない傾向にあると思われる。

「ちっと」という表現も同じ頻度で使われるが意味的には違いが殆どなく使う人の感性の問題であろう。多少「ちいと」という方が間延びした印象を受けるのでのんびりした感じになり「ちっと」の方がそそくさとした気ぜわし感がある。

他にも「ちびっと」・「ちょびっと」という使い方もあるがこれを混ぜて比較するとややこしくなるので省略する。

例文

「ちいと出かけてくるでねえ。」

「どこ行くよを。」

「すぐ帰ってくるで。めしのこいといてよー。」

「待ちゃへんでねえ。」

「待たんくてもええけどのこいといてよを。」

| | コメント (0)
|

名探偵の掟 その3

 第6章(第6回)のお話し。面白かったですねえ。今までの中で一番って感じであります。どこがって推理とは関係ない余分?なおちゃらけの部分が笑えましてハイ。

自分とこ(テレビ局内)の自虐ネタはやっぱり作り手の心がこもってる分面白いです。

まあ犯人も今回はあっと驚く展開でありましたがそれよりも役者さんもそれぞれ役柄と関係性に馴れてこられて自由に謳歌されてる雰囲気が出ているようでその肩の力の抜け具合が悦になって参りました。

でもやはりお約束事に縛られてるのが探偵さんという設定がイマイチ馴染めないところではあります。これはやはり普通に捜査したのでは辿り着けない真相を独特な切り口で真実に辿り着くのが私立探偵というお約束に私が縛られているからでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ハッピーフライト DVD その1

 え~何から書けばいいんでせうかね。

まずは何を買ったかですな。私が購入しましたはビジネスクラス・エディションでありまして、ファーストクラスもやむなしという勢いで両方買うつもりで行ったんですが。店頭でスタンダードクラスとビジネスクラスしか目に入らなかったのでまあいいかあということでこれひとつにしました。

当たり前ですけど同じ物を保存用と観賞用と二つ買うような真似は致しません。何故なら後生大事に持っていたところで永久に観続けれる訳じゃないですから。流石に8ミリフィルムの時代は知りませんがベータ・VHS・レーザーディスクと次から次へと再生システムが変遷していく様を経験してきてますから保存用なんて意味を為しませんから。数年経てば再生する機械がありませんて。

時は移ろい往く諸行無常なものですって。止まれもしなけりゃ戻れもしない。

 で、予約特典のおまけDVDも頂戴致しました。

パッケージの謳い文句で気になったのが「集大成」という文言。イメージとしてなんか矢口監督の凡てを集約したみたいないわゆる総括みたいな印象を受け申した。まだこれからも大いなる飛躍をされて数多くの作品を世に送り出して頂けると信じて疑わぬ身としてはあれれという感覚でありました。

でもまあ辞書で「集大成」引くと「集めることが出来る資料を全部取り入れた上でまとめること」となっており、この映画を作るにおいての取材等数年を費やしたことへの言葉とすれば得心はいきますが。

「矢口監督の目線から航空業界を取材した集大成」というのならスッキリ納得ですが

「矢口監督の集大成」というフレーズはなんだかなあであります。

派手な黄色の外枠パッケージから見慣れた形のDVDケースパッケージを取り出して眺めると、落ち着いた渋いと思わせる写真が新鮮であります。なんかいいですわ。

とりあえず本編はさておき映像特典をばまず先に拝観した次第でありますが、DVD用に新たに作られしといった趣のお初の映像等は記憶にございませんでまあ順当なお出来かと。もちろん田舎者であり不精者であるが故に存在は知っていても実際観てなかったものとかもありますんで聞き耳貧乏が少しでも解消できたのは嬉しい限りでありまして。

 ではでは、本編の方を今から観ることに致します。

続きを読む "ハッピーフライト DVD その1"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

信賞必罰

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「身上逼迫」(しんしょうひっぱく)

意味

破産寸前。

「心象必罰」

意味

見た目の雰囲気が悪いから有罪。

「辛勝必罰」

意味

楽勝で勝てる筈だったのに苦戦したんで後で絶対説教。

「小心必伐」

小心者は乱世では生きながらえない。

「志ん生必爆」

名人志ん生が高座に上がれば必ず爆笑。

本当の「信賞必罰」の意味は

賞罰を厳正確実に行うこと

まあ、飴と鞭みたいなもんなんでしょうかね。とか考えるは大間違い。

泣いて馬しょくを斬ると言う方が近いんでしょうかねえ。正しいことを行うことなんですが温情よりも決まりを優先させるって感じで無慈悲っぽくも感じられる。仕事上とかでのプロらしい厳しさの感のあるところで使うとはまる言葉であるような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*あんめえ

「しゃーあんめえ」は「しょうがあるまい」という意味での「あんめえ」とかもあるが

単純に「あんめえ」となると遠州では

「雨」と「甘い」という二通りの意味に取れる。

「飴」とか「編め」を「あんめえ」とは言わない。

「飴」だったら「あめえ舐めるけえ」みたく「あめえ」とは言うがそれとて実は「飴を」と言ってるだけで「飴」は「あめ」である。

 余談だが「甘い」の「あんめえ」は何とか食べられる許容範囲で「どあまい」・「馬鹿あんまい」とかは許容外で食べられないレベルを指すことが多い。

「あまあ」という言い方もあるがこちらは「甘い」のみを指し「雨」を指すことはない。

例文1

「これどうよ。」

  (味見して。)

「あんめえ。まあちっと塩入れた方がよかあないけえ。」

  (甘いな。もう少し塩入れたほうがいいんじゃない?)

例文2

「外天気どう?」

  (外の天気はどうなってる?)

「あんめえ降ってるで、まだ外出ん方がいいらあ。」

  (雨が降ってるからまだ外に出ない方がいいよ。)

「だあだあけえ。」

  (どしゃ降り?)

「いや、ぼちぼちだけど傘なしじゃかんら。」

  (いや、ぽつぽつだけど傘なしじゃ駄目だろ。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年5月17日 - 2009年5月23日 | トップページ | 2009年5月31日 - 2009年6月6日 »