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湯けむりスナイパー その6

 こういうまったり感も乙です。劇的な事だけがドラマの真髄じゃあないというのが良く分かる感じです。

 最後なんでチップ受け取らなかったんだろうと貧乏根性丸出しでそう思ってしまいました。お客(芸能人)からしたら見て見ぬ振りしてくれたと感謝していて決して馬鹿にしてた(見下してた)訳じゃないのに。受け取らないにしてもああもむかつかなくてもと思いました。「プロ」という言葉に反応してのことなんでしょうけど、従業員の源さんはやはり仮の姿でしかないんでしょうかねえ。プロを舐めんじゃねえこのどさんぴんがあってな勢いで本物のプロはそんなのじゃないという自負心を強く感じました。それとも下衆な芸能人に虫唾が走ったという単純な理由からなんでしょうか。

前半でのこそ泥をそっと逃がす温情との対比ということであれば、一所懸命生きてるかどうかの違いなんでしょうかねえ。なんか違うな。やっぱりおかみさんと番頭さんに迷惑掛けたくないからという一心からの違いなんでしょうかねえ。渡したお金は人情なのか手切れ金なのか。手切れだとしたら金など渡さず脅せば済む話ですからなにがしかの想いがあったんでしょうねえ。ここで逃がして金渡して更正しろと諭してもまたどっかでやるだろうなと源さん独り言でも言ってたから悔い改めるなんてことはないと踏んでるんでしょうけど。それでもお金を握らせた理由が余韻だらけでありました。

 とにかく私だったらどうしたのかなという妄想で言えば、芸能人からのチップは貰う。そうか俺も旅館の従業員のプロとして認められたんだと曲解してでも喜ぶけどな。そして食い逃げ金庫破りのカップルには馬鹿は死ななきゃ直らないってことで哀れみをもたず金なぞ渡さず二度と来るなと脅して因果を含ましてよしにする。って感じでしょうか。もちろんこんなじゃドラマになりませんから源さんは翌日何もおかみさんや番頭さんには告げず、いなくなったと旅館が騒ぐ中番頭さんのオレの目に狂いはない筈ないんだけどおかしいなあとかいってるところでおかみさんがなんか上手い事言って源さんがオイッスと相槌を打つってパターン。でセリフは「世の中には知らぬが仏。仏だからこそ知らないほうがいい事もあるに違いない」なんちゃって。

 それにしても仲居さん役の大野未来さん可愛いですね。お人形さんみたい。掃き溜めに鶴ってのはおかみさんの役回りかと思ってたんですが案外この由美ちゃんなのかもしれないなと思えました。それとも鶴さん2羽もいるってことなんでしょうか。贅沢ですな辺境の地の癖して。

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スマイル その5

 しかしホント悪い予感(予想)が次から次と当たるドラマでありまして。つくづく観るに忍びないドラマであります(観てるけど)。そしたらこの回の最後は温かい我が家の創造者たる社長(前田さん)が万策尽きて旅立たれてしまわれまして。ここまでやるかという展開でありました。数年後のビトは刑務所暮らしだし、このドラマは何を観る側に訴えたいのか益々もって分からなくなりました。

今まで能天気に生温いドラマばかり観てたツケを払えということなんでしょうかね。やむをえない境遇から昔悪さしたけれどそこから更正しようとしている若者の苦悩の末に至る光明が描かれるのかと思ってたんですが、ここまでくると社会がよってたかって弱いものいじめしてるとしか思えないお話しに思えてしまいます。しかもえらくリアルっぽい。

テレビ局が報道の暴力を描いて観ている方が許せないと思えるように映し出しているのはある意味快だけど、そう思っているんなら少しは反省すべきではと藪蛇なことを考えてしまいました。

銀行は所詮金貸し。そんなことは至極当たり前のことですが、普段は皆様の暮らしを支えるとか言って猫被ってるけど普段じゃなければ手のひら返しで豹変すという図式をこうして改めて提示されると現実なだけに嫌なもんですな。

今回の悪の根源は汚染米を撒いた大企業にありということでその寄らば大樹は隠匿なすりつけを図るという闇の部分を描いている訳だし検察も警察も個人的感情で動いてるようだし。

名実共に悪党の林(小栗さん)までをも出現させて、四面楚歌どころかハイエナの群れの中に放り込まれた草食動物みたいな印象さえ受けますです。四面楚歌はまだ人間同士話せば分かる可能性もありますが死に体であろうとも容赦なく喰らいつく肉食獣と肉食獣にとって餌でしかない草食動物とではもうどうしようもないですからね。

この中でマスコミや大企業・銀行・警察・検察は絶対裁かれない葬られない安全地帯にいる側でしょうから観てて撥があたって溜飲が下がるとしたら林の結末ぐらいしかないのでは。それじゃすっきりしませんですね。なんていうんですかねえ憎たらしいとか今に見ていろとかいうレベルではないところからの圧ですからねえ全部。

いづれも現実社会にホントにあることだらけでしかも凡てが連鎖しての結果なんでしょうけれど。蛇に睨まれた蛙みたいなもんでこのうちひとつでもこういった兆候があったら諦めるしかないんでしょうね。そういう波風立たぬように生き抜く為のハウツー物という趣旨なんでしょうか。睨まれたらお終いという。

唯一ドラマ(現実離れ)だよなあと思えるのは近くに弁護士さんが居たってことくらいでしょうか。現実は助けてくれる人なんかどこにもいなくてもっと悲惨なんでしょうね。沈みゆく船に乗るとはこういうことかという疑似体験がこのドラマで出来るというウリなら納得ですけど。ここからどうやってタイトル通りの「スマイル」にもっていくんでしょうか。気がふれて嗤うしかないというオチなんでしょうかねえ。それならそれで観ていけるんですけど、どこかで明るい光りが差すに違いないと思って観てるとそんな兆候がまるで無くしんどいばかりですわ。それにしても訴えてやると意気込むおっかさ、やけにリアルだったなあ。

 もうとことん堕とすというのならこの後はもう花(新垣さん)に不幸(魔の手)が訪れる、一馬(中井さん)がビト(松本さん)達から一時期距離を置くようになる、一家離散とかいことになるんでしょうかねえ。そうなっても明るく正しく生きるビトを描くという方向でいくんでしょうか。今時珍しい我に七難八苦をというお話しなんでしょうかねえ。花が可愛いんで観てれるようなもんなんで社長の後を追うような展開にもしなったら流石にもうついていけないのでそうなったらリタイアいたしますけど。明日はどっちだ。

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*たまさか

「たまさか」漢字で書くと「偶さか」。

意味は古語辞典では、稀や偶然に遭う様・たまたま・まれ・ときどき・もしも・万一。

国語辞典では、思いがけず・まれ。

ネットの辞書にも載ってたのでまだ生きてる表現なんだろうけど普段使いではまあ聞くことはないなあと。時代劇で使われてたような記憶があるけどどうなんでせうね。

「たまたま」とどう違うんだろうと思ったら「たまたま」は「偶」又は「偶々」と書くんだそうな。

今は「たまたま」の方が使われているってことからして意味的に大きな違いはないのかな。

語呂遊びするとなると「~さか」で繋げれそう

「たまさかにこの坂でまさかが起きてもやぶさかにあらず」ぬわんちゃって。

遠州弁とは繋がらないな。「たまたま」はやはり「たまたま」としか言わないから。むりやり近い言葉捜すと「ひょんきん」かな、思いがけず・まれという意味で。

遠州弁にすると幾分強引だが

「ひょんきんな時にこの坂で随分なこん起きたっつってもどうってことないわぁとんじゃかないにい」

みたいになる。

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BOSS CASE5

 前回に引き続きというか前回以上に山田孝之此処に在りという感じでありました。ここまで引っ張られるとその行動が無理からぬことと思ってしまいそうでした。

悪党が平然と今を謳歌して闊歩してる。警察は何もしてくれなかったし満足のいく罰を与えてはくれなかった。虐められていた自分を唯一助けてくれた善人を死に追いやった悪逆非道な輩に対して何の罰も与えられないことへの憤りはやむなしと。俺がやらなきゃ誰がやる。でもそれは違うぞと。

これじゃあ犯人擁護というか現実社会の矛盾を突く虐めは悲劇だという問題提起で終わってしまうじゃないかと。という風に観ていて自分じゃこの行動に対して違うだろうという意識はあってもそりゃこうだろうとかいう反論(つっこみ)できなかったんですけどね。

それをどう打ち消してなるほどそうだよなと思える方向にもっていくんだろうかというのが後半部分の愉しみではありました。一瞬屋上?で自殺しかけたとこでこれはやっぱり「嗚呼無情」というお話しなのかと、そりゃないよなと思えたんですがそうではなくそこはちゃんとけじめをつけられていました。

まず最初に同じ境遇(虐められてた)の過去を持つ木元(戸田さん)が、成長しないほうが悪いと放つ。時間が止まったままの人間は甘ったれているという理屈でありました。てっきり自分もそうだったからアンタの気持ちは分かる。だけどこれはやりすぎだとかいう同情+同じ目線の説得かなと思ってたので意外でありました。監禁されてる状態の精神の病み具合が逐次心配されてただけに一転して上から目線で言える木元というのは想像してなかったんで。でもタメ目線だと同情するなら誠意を見せろとか反論される可能性もあるんでこれで正解なんでしょうね。それか、私にはアンタと違って信頼できる仲間がいるからとかいうお決まりのセリフ言うのかなとも思ったらそれもなかったですね。もし言ったら陳腐になるんでなくてよかったです。

その後追加で大澤(天海さん)が放ったのは、あいつらと同じ事してどうする?というのと、被害者の死を無駄にするなという史観。死んだ人の分までしっかり生きなくてはというのは、今自分が在るのは親をはじめとする先祖が頑張ってきた存在が在ってその礎の基に自分がいるという理屈にも似ているようで。それじゃあその屍を越えて前に進んで行けというのであればこの一連の出来事を世間に知らしめることに意義がありそれによって自分が死んでも社会が変われば犯罪も死も無駄じゃないとも勘繰れてしまうのは私だけなんでせうか。まあ死んだ善人から貰った命なんだから復讐の為にある命などではなく同様に善人でなければ先に逝った人に申し訳が立たないよということなんでしょうけどね。

善人を死に追いやった悪党三人はそそくさとシャバに戻って今を謳歌してたみたいでそこらへんは観ていてもむかつく意識はありましたが、もしこの事件がなかったとしたら、こんな鼻つまみ者の一生なんて長い眼で見たら今だけ謳歌してても明日(未来)なんてないんだからせいぜい後々まで後(のち)の人生後悔(敗北)して生きろよとかいう遠吠えくらいしか言えないのが辛いとこではありますな。

とにもかくにも加害者なのに被害者でもあるという山田さんの存在感がとにかくでかかったです。知的であると共に冷酷で機械的に行動する様と最後のやり遂げて?素に戻った時の所在無げな感じのメリハリが惹き込まれました。強引に転換するんじゃなくそうだよなあと同調できる感じでした。BOSSチームがファイトするに相応しいというか若干凌駕した勢いすら感じた相手でありました。

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*ばかばか

これは共通語だと思っているのだが思い込みなんだろうか。

「馬鹿」を連呼しているのではない。「馬鹿馬鹿しい」の略したものでもない。

意味としては「ばかすか」という共通語に近いニュアンスの言葉である。

「ヒットをばかすか打つ」だと「ヒットばかばか打つ」と言った風になる。

では意味としては「連発する・次々と繰り出す」という意味だけかというとそうでもなく「やけに・いやに」とかいった風などちらかというと好ましくない歓迎してないのにというニュアンスを含むことが多い意味使いもある。

例文

友人「どうでえ調子わ。」

店長「もう最悪だよ。朝からばかばか客ん来て忙しくてしょんない。」

友人「商売繁盛してるだでええこんじゃん。」

店長「ばかゆっちゃかんて、昼飯すらまだとれちゃいんだにい。ひょんきんだらあ。」

友人「ダイエットんなるらあ。ええこんじゃんメタボにゃ効くらあ。」

店長「そうゆう問題じゃありもしんに。」

友人「交替の衆いんだか?」

店長「ど忙しいもんでみんな出てるだよ。堪らんて。」

友人「だいたいが、いつもど暇なのになんで今日に限ってこんな忙しいよを。」

店長「それがさあ。広告出したチラシで表示金額間違えてさあ。今更違ってましたって客に説明してれんもんで、まあしょんねえかっつって赤字覚悟で店開けただよ。ほいたらこうだもんな、いつもは反応ないくせして。ホント売るだけ損こくもんで堪らんだよ。」

友人「誰んぼけかましたよを。」

店長「わし。」

友人「じゃしょんねえの。いっそのことこのまま閉店セールに突入してまるさら売り切っちゃえばあとずうっと休めるじゃん。」

店長「そりゃ随分じゃん。それじゃおめえ休むどころか夜逃げしにゃかんくなるわあ。」

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「馬鹿」と「ど」の使い方 その1

遠州弁において「馬鹿」と「ど」は日常茶飯事に非常に多く使われる表現であるが、この意味するものは「凄い」とか「とても」とか「非常に」とか多種の意味がある。もちろん共通語の「バカ」という意味もあるがこの記事ではそれを省く。

つまり大抵の言葉に「馬鹿」と「ど」がつくのだと言っても過言ではない。

しかしながら全てにつくわけではない。というか使いどころに一応の決まりというか収まり場所が存在する。

例えば「仕事の出来る物凄い課長」というのを「物凄い」=「馬鹿&ど」だからといって「仕事んでける馬鹿課長」とは言わない。こうなると「仕事はできるけど馬鹿な課長」ということになる。こういった場合は「馬鹿仕事んでける課長」と普通は言うことになる。

これで「仕事の出来る物凄いやり手」となると「仕事んでける馬鹿やり手」と言い方は存在する。

そして上記の例は凡て「馬鹿」が使われるのであって「ど仕事できる」とか「どやり手」とかいう使い方はない。

「馬鹿」と「ど」以外にも凄いという意味使いでは「がんこ」という言い方もある。が、「馬鹿がんこ」と「どがんこ」という表現があるので全く同じ使い方ということではない。

ちなみに「ど馬鹿」・「馬鹿ど」という表現はあるかというと、ヒドイを例にすると「ど馬鹿ひどい」はないが「馬鹿どひどい」という表現はある。では三つを組み合わせて「馬鹿どがんこひどい」という最強的表現はあるかというと、ありえそうだがやっぱりある。

例 単語を変換

「だだっぴろい」→「馬鹿広い」・「ど広い」

「冷酷だ・つれない」→「馬鹿冷たい」・「ど冷たい」

「大嘘つき」→「馬鹿嘘こき」・「ど嘘こき」

「くそ真面目」→「ど真面目」この場合「馬鹿真面目」は大層真面目といった褒め言葉になることが多いのでニュアンスがくそ真面目とはならない。

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なんだかなあ23

 少し古い物言いも使えるようになりたいなあと思って練習してみることにしました。練習(冒険)なので使い方がおかしいとこもありますが私の力量はこんなものなので勘弁しておくんなさい。内容に関してはスルーしていただけるよう意味が無く詰まらないものにしております。まあ気合い入れたところでいつも私の文章は意味無い内容ですけどね。

藩閥で軍閥派閥と散る度連

&、昔老害 今世襲 金権かかさず恒に在り

御注進御注進とかしこみて そこらかしこと巡らし探したる 

粗なる物がよくぞ尽きせず出でしもの

勿論粗か垢かは露程知らねども 絶える事なく繰り返さるる綱引きは

さすが天下のまつり場と賑やかし具合が華なれど

勝った負けたの綱引きは綱を引くものにして足を引くものに非ずや 

ましてや境内に入る前にての鳥居もくぐらずとどのまつりの引き合いで

禊を行う暇もなく中に入れじの有様じゃ

入れたところで不浄にて社を汚すのみならば 

まつり行う本懐にあらずして後のまつりと相成りや

場外で騒がず境内で燃えてこそがまつりの真義

名にし負うまことまつりの大望いずこにおわすや

白い猫だろうが黒い猫だろうが粗相をせぬのがいい猫だじゃないですけどね

富を均等に馴らしてくれなぞという負け犬の遠吠えなんぞはしないけど

せめて働いた分だけは身に入る社会にしておくれでないかいおまいさん

晴耕雨読が理想じゃないけれど骨身を惜しむを通り越し

体と心を壊すまで馬車馬じゃないと

ちっとやそっとじゃ食べていけないような

余裕のない人生しか選択肢がないのはなんとかしておくんない

言わなきゃ損を通り越しクレーマーがはびこり殖えるこの渡世

あまつさえ騙して掠める上等と言ったもん勝ちのこの循環

老後の不安が拭いきれないから皆騙される程に幾つになっても金を乞う

老後は金なんぞに頼らぬ生活が出来るようにしてくんない

さういふ社で手を合わせたや

とぞおもひけり

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*誰んの

誰のものという意味。他の言い方では「誰のよ」という表現もある。ま、方言かと言われたら違うだろうけど、一応共通語かどうかは疑わしいので。

憶測であるが「誰のの」の「の」が「ん」に変化した。「誰のもの」が「誰んもん」に変わり省略されて「誰んの」(の=ん・もの=の)となった。

「誰んもん」と言う表現は存在するのであながち間違いではないような気もするがもちろん正しいかどうかは根拠がない。

例文

「手帳誰か忘れてるにい。これ誰のよ。あんたの?」

「しいらんやあ。中見てみい。」

「誰んのか知らんだに、勝手に見ちゃってええだかいやあ。」

「置いとく方どうかしてるだでしょんないじゃん。中見んとわからんらあ。」

「一応声かけとくわ。『お~い。手帳!忘れた人おらん?これ誰んの?・・・返事しんなら中見るにい。』・・・だあれも手え挙げんねえ。」

「何ん書いてあるよぉ。見てみい。」

「ほいじゃ見るでねえ。・・・あとで文句ゆっちゃかんにい。」

「誰にゆってるよを。文句ゆうなら持ちくるって。」

誰だけでなく「私んの」(わたしのもの)「うちんの」(家のもの)「どこんの」(どこのもの)とか他にも色々と使う言い方である。

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アルカナ その3

 レベル100超えの皆様方の経験値のお供としてこの一週間ほどご愛顧いただきましたが、ようやくに115に達しましたので余韻に耽る事も無くとっとと転生して一番楽しい20~40のレベルに戻ることに致しました。

反省点というか感想は続きを読むの中に収めました。もちろん参考になることは一切書いてありません。公開する意味のない航海日誌ならぬ後悔日誌のようなもんです。まあ次にはちゃんと良い方に更改としていこうかい。

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アジる

 「アジる」俗語で「アジテーション」(煽動・運動・議論とかいう意味)を略語としたものに「る」をつけた表現。

意味としては煽動するとかいう意味。労働組合活動や学生運動華やかなりし頃には盛んに使われていた表現。「アジった」となれば「煽動した」とかいう意味に普通は解釈される。

それがこの間何気に色んなブログにお邪魔させていただいてた中で

「いやあ。アジってしまいましたあ。」

とか書かれていたところがありました。お~今時珍しいと思ったんですが「あせってしまった・慌ててしまった」を茶化した表現でした。汗かいて「あぢい」(暑い)と「あせった」とを掛け合わせた表現みたいです。

そうか、もうアジる光景なんか見かけないからこういう表現しても誤解を招くことすらないのかあと。誤解の無いように書いときますけど別に批判しているわけではありません。言葉は時代と共に動くもの。ましてや元は俗語ですから。面白味が滲めばそれが勝ちですから。

同じ状況で使われてた「シュプレヒコール」とかも死語化してるんだろうか。

一応パソコンの辞書(俗語辞書)とかでは死語とかにはなっていないようだけどはたしてどの世代まで理解出来る言葉なんだろか。いまなら「がなる」とか「煽る」とか「演説ぶつ」とかになるのかな。

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でで

「でで」これだけだとなんのこっちゃいということですが。使用例を挙げれば

「行くででねえ」(行くからねえ)

「買うででねえ」(買うからねえ)

という風に共通語に訳すと「~するから」とかいうような意味使いになることもあれば

「よっちゃんのででいいらあ」(よっちゃんのものでいいだろう)

といった「もので」を略した意味使いもあり結構幅広い。話しをややこしくするが

「のでで」を「のので」と替えて「よっちゃんののでいいらあ」としても意味は同じになる。

元に戻すが、「ででねえ」でひとつの言葉とした方が分かり易いのかもしれないが「ねえ」以外にも「さあ」とか「やあ」が付くので「でで」で記事とした。

単純に話しの頭で「ででねえ」とか「ででさあ」という使い方だと「それでねえ」・「それでさあ」とかいう意味になる。

似たような表現で「だでねえ」というものがあるがニュアンスが微妙に異なる。では「買うだでねえ」(買うんだからねえ)とはどう違うかというと「だでねえ」は買うという事が主になる勢いがあるが「ででねえ」だと何らかの事由があってそうなったという感じになる。一概にこうだと決め付け出来ないけれども「だで」は「から」・「でで」だと「ので」って感じであろうか。

例文

「今日ちょっと買い物してくで帰り遅れるででねえ。」

「何買い行くよを。」

「いいじゃん別に。人が何買おうがいらんこんじゃん。」

「スーパー行くならついでに買ってきて欲しいもんあるだよ。」

「んなとこ寄りゃせんよ。自分が行きゃあいいじゃん。」

「こうみえても忙しいだでねえ。あんたと違って。」

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ぼくの妹 その4

 事故(事件?)の当日の回想シーンで颯が乗り込んでいたエレベーターの室内に備え付けられていた防犯カメラがででんと映し出されていたのがやけに気になるところでありました。画として提示したのにはどういう意図があったのでしょうかと。

妹(長澤さん)が正直に言ったというのであればあれは殺人ではなく事故だったということらしい。

でもそれは時を失した遅い告白で逆に疑惑を掛けられる要素でしかなく他言無用という事に兄(オダギリさん)はする腹積もりらしい。つまり当日妹は事故現場には行っていないという事で押し通す覚悟を決めたということ。その矛盾点を防犯カメラが暴きゃしないかとついついいぶかってしまうのでありますが。はてさて警察へ行った兄はどうなることやら。嘘や隠し事は転がり始めるともう誰にも止められなくなっていきますからやばいような気がしてきますです。

こういう真綿で首を絞められるようなじわじわ感が精神的に一番しんどくきついですよね。いつまでもじくじく続くのも滅入り方としてはボディブローばかり攻められてる感じで。なんでもそうですが長期戦は大変です。日本人はマラソン好きな人種ですから海外の映画ドラマのように矢継ぎ早に次々と一難去って又一難という展開よりもこういうひとつのことに葛藤や躊躇しながらも逃げることなく対峙しそれから抜け出しての爽快感といったものが悦なんでしょうかねえ。

いづれにせよこれでサスペンスではなく誤解から生じた歪んだ現実を如何に直していくかというヒューマンドラマという方向に向かうみたいに感じられます。妹が本当のことを言っていたらの話ですけど。

 展開につきましてはまあそんなところで後はどうでもいい感想をば。

今回は大滝さんが決まってたなあと。役者さんって放出系のお方が多い中で聞く耳がしっかりとあり、かつきちんと噛み含めてという包容・受容系といった感じで受け手の粋(すい)を観れたようでよかったですわ。

オダギリさんのシーンでは妹の告白の際の驚愕したような眼の見開き方が印象に残りました。それと「人間って残酷ですよね」というシーンもグサリな割にはあっさり遠くに向かって言ってるようで印象深かったです。正しい(正大な)ことと後悔しないことは必ずしも一致しないという永遠に続く矛盾。言わんとしてることも深かったです。その割には世間話みたいに気負いが無くて。まあ熱く語られたら引きますけどね。塩梅が好きだなということです。

長澤さんのシーンでは酔って帰って来て「世にも愚かなピエロです」といった決めポーズが印象に残りました。確証はないのですが酔っ払ったお芝居はこれが初めてかと思われるのですが酔っ払いっぽく映りまして、十分大人じゃんと。家に帰ってすぐ水飲まず調理の心配してたくらいですからまだまだいけそう(呑めそう)な感じの酔い加減ということでしょうか。もっともその後一発で酔いが醒めるような事を兄に告げなくちゃならないんですからいくら呑んでても酔える心理状態じゃなくただ酔ってる振りだったのかもしれませんが。それくらい勢いをつけないと言えなかった内容ですから納得ではありました。

とにかくこのドラマどちらかといえば役者さんを愛でる作品であってあまり展開とかにこだわらないほうが愉しめるような気がしてきました。そういう目線で観てくと見所たくさんありますです。

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*ほい・ほれ

掘れとか言ってるわけではない。遠州弁の特徴といわれる「だらだにだもんでほいほれやあ」の中の「ほい」・「ほれ」という表現のこと。

共通語で使われる「なんじゃらほい」や「ほほいのほい」とかいうのとは違うような気がする。同じかもしれないが。

「ほれみっせー」(それみたことか・いわんこっちゃない)

「そりゃあほいあれだにい」(そりゃあ、うん、あれだよ)(それは、そう、あれだよ)

男女共用の表現であるが基本女性言葉の比率が高く特に「ほい」はその傾向にあるような気がする。

「ほい」は以前にも記事にしたので「ほれ」を主に述べると

よく出る使い場所は、単語がでてこないとか適切な言葉がみつからない時などに無意識にでてくる意味のない言葉であることが多い。名前とか言葉が出てこないけど言わなくても分かるでしょみたいなニュアンスもある。

例文

「そりゃあほれあれだって。」

  (それはさああれよあれ。)

「なによをあれって。」

  (あれってなに?)

「あれなんつうだったっけやあ。度忘れしちゃったやあ。」

  (なんて言うんだったっけ。度忘れしちゃった。)

「あれじゃ分からんて。」

  (あれじゃあ分からないって。)

「ほれ。こないだ一緒にスーパー行った時のを。」

  (ほらあこの間一緒にスーパー行った時の事。)

「人違うにい。最近わしあんたと行ってもしんにスーパーなんか。」

  (私じゃないよ。最近連れ添ってスーパーなんか行ってないじゃない。)

「んなんことないよを。ついこないだ行ったじゃん洗剤とか安いでって。」

  (そんなことないって。行ったでしょついこの間洗剤とかが安いからって。)

「がんこ前ん話しじゃん。いつの話ししてるよを。」

  (随分前の事じゃない。古いよ。)

「そんな前だったけか。どうりで覚えちゃいんだあ。よかったやあ自分ボケたかと思って心配んなっちゃった。」

  (そんな前だったっけ。どうりで覚えて無い訳だ。ボケが始まったのかと心配になっちゃった。ほっとした。)

「で、なによをあれって。他に言い様ないだけ?」

「だもんでね・・・」以下「はあええ」(もういい)というまで延々と続く

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*わしけえ?

俺かい!って勢いで意外性を感じたと表現する言葉。「わしけ?」と短く切ると俺かよっ!という感じになる。

「わしけえ?わしんゆうだけえ」だと、「俺かよっ!俺が言うのかよ。」という感じになる。アクセントの強調部分は「わ」と「けえ」になる。「わ」と「け」で「え」が下がると「(やっぱり)俺なんだ」といった意外性はがなく予想されたというニュアンスに変わる。

「わしかあ?」というのもよく使われたりもする。「わしかえ?」とかだと江戸風味が増すけれど殆ど遠州で使う表現ではない。

注意点として遠州人の基本が自分のことを普段「わし」と言ってるわけではなく、共通語的表現の「俺」・「自分」・「僕」などが普段使いとしては多く使われているのでそこんとこはあしからず。ただし「わし」は使うとなれば男女兼用で女子でも遠州人は使う。

例文

「明日のさあ、用事。どうも駄目んなりそうっぽいやあ。」

  (明日の用事なんだけどどうも駄目になりそうなんだ。)

「あっそお。でも○○さんどがんこ楽しみにしとったにい。」

  (ああそうなの。でも○○さん物凄く楽しみにしてたよ。)

「だでいいづらいだよ。まだどっち転ぶか分からんもんで。だけどいきなし明日んなって『今日やんぴね。』なんていわれやせんじゃん。」

  (だから言いずらいんだよね。まだ確定じゃないんだけどだからと言って当日急に「中止になった」なんて言えないよね。)

「ほうだいねえ。一応先言っといた方が無難かもしれんねえ。」

  (そうだよねえ。とりあえず先に一言言っておいた方がいいかもね。)

「ほうだらぁ。だもんでさあ、あんた頼まれてくれんかねえ。」

  (でしょう。だからねえ、あなたから伝えといてくれないかな。)

「わしけえ?わしんゆうだけえ?んーまあええけど。」

  (私?私が言うの?うーんまあいいけど。)

「悪いやあ。恩にきるで。ごめんホント頼むにぃ。」

  (悪いねえ。恩に着るよ。申し訳ないけどお願いします。)

「はいね。まかしょお。」

  (いいよ分かった。)

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