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ゴッドハンド輝 その2

 雑誌によると全6回と記されていました。なんじゃそれ?ホントだとしたならばえらい短いなと。

ひらっちの主役はまだ試験的な見習い段階だということなのかと勘繰ってしまいそうな短さでありますな。

 でもドラマそのものは安心して観ていられてなおかつ面白いです。ボケかまさしゃひらっちはお手の物ですし、元々イケメンコンテストの出身ですからキリリとすればかっこよくもなる。術中の表情は真面目に写るんでおそらく眼力はイケメンで口元がコメディアンの要素を兼ね備えてるんでしょうかね。安心して「このぼんくら」と言われても気にならない感じで観てられます。

で、テル先生の変身は2段階あるみたいですねえ。て言うか発見する動物的胸騒ぎという部分と万事休すとなれば父親の魂降臨という二つの天運を持っているようです。その天分を駆使してどんな困難に苦しむ患者でも必ず助けるのは爽快感はありますですな。変身か変心なのか。気は持ちようで技術まで変わることはないでしょうから憑依なのかもしれないですな。

こういうのを強調するためには周りの人の驚く様が必要不可欠なんですがまずまずでしょうか。院長先生ほどの切迫感と緊迫感がみんなにあればよりいいだろうなとは思えますが、まあ手術室での役者さんは「不可能」・「絶望」それと「諦め」を表現するのが役割でしょうからそこまでは注文する方が無謀なんでしょうかね。それのそれらを見事覆すテルに「驚く」という役割もありますからね。

ところで、自分だったらこの人の患者さんになってもいいかなとは不思議と思わないのでテルを認めない人の考え方の方に共感してるんでしょうね多分私は。あいつはしょうがないといった猛獣使いか俺はといった想いが北見先生(別所さん)には求められるんでしょうかねえ。今のところ冗談じゃねえぞという想いの方が強そうですけどどの時点でなんとかとハサミは使いようと達観されるんでしょうか。院長先生(渡部さん)はそれを要求してるようですけど。

 もうひとつは本人自体医者として成長して変身していなくとも信頼される医者になるって展開も考えられますがその歩みは亀の如くでしょうか。でないとドジを愛でるからこそ成り立つドラマという側面の魅力がなくなってしまいますから。

まあドジテルに負けず劣らず私もこの回録画失敗したドジ視聴者でありましてドジで何が悪いと今開き直っているせいもあるんですが、とにかくギャップを愛でているのは確かです。めずらしく直ぐ感想書いてるのはそういうことでありまして。見直ししてないので細かなとこはこの回書けませんが、バランスがいいドラマです。

スピード感・愛すべきキャラ・凡ての人が味方ではないが敵でもない・必ず人を助ける爽快感。マンガのほうは多少かじってますがそれと比べるような野暮なまねは致しませんしきちんと別物として観れてますから。

でもCmへの繋がりがなんか本編ぶった切ってCmが入るような突然感が湧きます。その理由は見直しできてないんで確かなことはいえないんですけど多分音楽が途中で途切れてるみたいな感覚があったせいではと。

そういえば変身する際のCG世界なんかハチワンダイバーの潜ったとことイメージが被るのは私だけなんでしょう・・・ね多分。

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名探偵の掟 その1

 第一回は密室のトリックの解明。空気的には犬がミケのパロディっぽかったです。事件とは違うところでのどんでん返しで最後は収まりがつきましたが肝心の事件と捜査についてはぐでぐでな印象でした。

 ところであの反省(説教)部屋は新機軸なんでしょうが間延びした感じがしてモサモサ感を感じました。そのせいなのかどうかは分かりませんがサクサク進む印象はありませんでした。期待してたのと少し趣が異なりました。役どころを達観しすぎてる感が否めなかったです。

自分だったら都合が悪くなったら(お約束を破ったら)コマを巻き戻すみたいにするか将棋の待ったで戻るみたいな天の声で正しい推理の掟が紆余曲折の末導かれるみたいなルールの方が好みです。

もしくはパターンをいくつか提示してさて正解はどういう展開にとかいうバリエーションの提示というのでもいいかしらむ。

 馴れてくれば楽しくなってくるのかもしれないなと思わせるキャラクター陣ですのでもう少し見ようかと思ってます。

キャラ的には通訳の婦警さんがいい味出てたなあと思いました。多分掟をぶっ潰す役どころが香椎さんでしょうから香椎さんの輝きに期待したいところです。

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湯けむりスナイパー その3

 今週も運よく愛知県からの電波の入りがよく観ることができまして感謝です。

 観てみたかった初対面(面接)のシーンが観れてよかったです。番頭さんの沢山の人を見てきた目利きも想像通りでしたしそれに対して嘘だったと直に言う源さん。それを引き止めたのがおかみさんという構図はホント想像してた光景でした。おかみさんが採用を決めたのは女の勘なんでしょうかね。芸者さんのセリフじゃないけど惹かれるものがあったんでしょうねおそらく。

でもこの回の主題は正体暴かれあわや居場所を失う源さんの運命や如何にでしょうね。

腕のいい整体師が源さんの体に触れ染み付いたこりから過去(殺し屋)を見抜いてしまう。口止め料として500万を要求してくる。さてどうする源さん。その決断は?

タイトルにありましたが「見えざる決闘」。正に!でしたな。

おどしでもなんでもなくマジで放った「殺すぞ!」というセリフは迫力ありましたです。それで決着がついたんだと納得しましたです。お互い深追いしないとこがその道のプロ同士の丁々発止なところでしょうか。や○ざ屋稼業はなめられたらお終いでねちっこくそれこそ地獄の果てまで執拗に追いかけるのがご商売でしょうがそういう気配は全く感じなかった真のプロ同士という感じでした。ま、こういった人が実際にごろごろいたら私みたいなへらず口しか叩けないへたれは絶対そういう人(男らしい男)に好かれるタイプじゃないですから居場所がなくなりますけどね。でもやはりもし源さんが身近にいて自分を容認してくれるんなら源さんとはお近づきになりたいなと思わせるお人です。

 基本暴力を題材にしたテーマは好きではない私ですが何故かこれは愉しく観れてしまいます。それはやはり源さんという人間が嘘や誤魔化しで取り繕うとかしない誠実さと、心の底から人生をやり直したいという想いが伝わってくるから応援したくなるからでしょうか。ところで最前線を行くプロはブランクを作るとその技術が落ちるとかよくいわれますけど源さんの腕はなまるとかいうものとは別に消えたり衰えたりするものではなく一生拭い去れないものなのでしょうか。

 同類(ご同業)からの横槍にも屈しない源さんでありました。今のところ一番の気苦労は対女性関係の正常な構築でありましょうか。なんかとてももててるんですが女性には潔癖?にも映る源さんです。どうしてそういう境地に至ったのかその経緯とかを知りたくなってきましたです。

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スマイル 第1話

 15分拡大で始まりました。がんこリアルな作りのお話しですね。最初に笑顔が描かれていたから、これは相当どよよんとした内容につき進むんだろうなと思えたのですが。予測通りに進んでおられました。夢を持つのはいいことですがその挫折というか障害へ至る経緯が「いじめ」に近いものでまるでくもの巣に絡められたかのような避け得られない悪夢のようでした。自らの過失からならあれでしょうけどはめられるのはどうもという想いです。

勝手な憶測ですけど、あんだけはめる側が悪党らしいと天罰当たれとか思っちゃう勢いなんですけど多分そういうことはなくのうのうと生きていくんでしょうね。それが現実としてリアルだし主人公に対する試練を演出する為の撒き餌みたいなもんでいつのまにかフェードアウトしていくんでしょうかね。仕方のない事は現実いくらでもあることですし、いちいち潰していったら体力と時間がいくらあっても足らなくなるでしょうし第一物語としてそれじゃあエンディングに突き進めないでしょうから。それにしても観ていてホントげんなりするくらいの設定とよくない状況に転げ落ちてく様の空気感の演出が上手かったですなあ。

それにしてもあれですよねこの主人公の危険回避能力には疑問を覚えますです。ドラマではいつか自分の料理店を開くためその店のデミグラスソースの味を覚えるためという動機でしたが。虐げられた者故の悲哀という部分でああいうところでなければ稼げれないという境遇によるものとも思えます。昨日今日虐げられることが始まったとかいう生い立ちではないのでしょうから。そういう経験を重ねてる筈ならば危ない輩には近づかない方が無難という感が働くのではと。

そう考えてしまう私は甘ちゃんなのでしょうかねえ。まあ過去になにがしかのおいたしてたみたいですから普通じゃないんでしょうけどねビトという人物は。ただいま更生中ということなんでしょうか。まとにかく更正しようとしてる人間がまた誤った道に誤解や偏見から追い返されるという冤罪的展開が延々と続いたら多分観るの挫折しそうですけどどうなるんでしょうねえ。

 昼はめちゃくちゃ平穏で善い人達に囲まれてるのに夜は危ない場所にいるというギャップがなんやかんやですな。役者さんのイメージから鑑みて前田さんもいしださんも決して裏切ったり嘘ついたり翻ったりしない誠実さを受けますからこのドラマに於いても何があっても主人公の側に立つ人達なんだろうなという安心感はありますが。これでもし手のひら返しとかしたらドラマ観てる人誰もついていけないような救いのない展開に思えてきます。まあそこまではいかないでしょうからそこらあたりが唯一の安心して観れる拠り所でありましょうや。

それにビト(松本さん)はこういう境遇の中においても浮かべているその笑顔が決して作り笑いというか無理して明るくとかいった奮い立たせるものではなくて心底嬉しいという感情の笑顔に映ります。ともすれば闇に引き込まれそうなドラマの展開を明るい方向へ引き戻してる勢いがあります。極端な弱者であり自分とは明らかに異なる生き様ながら同じ目線になって観てしまう感じすらしてきます。おののきや絶望といった感情が我が身に降りかかってくるように思えてきてしまうすごい惹き込む表現力のある役者さんなんですね。

 観たかないけど観てしまいそうといったところでしょうか。楽しくはないですけど吸引力はあるドラマみたいです。ただ暴力と恫喝(裏や闇社会の住人)が描かれるのは好きじゃないので微妙なところです。

 まだトライアングルのうちの一角しか描かれていないのにどう展開してくんでしょうかねえ。お気楽主義の私には不得手なお話しなんですがつい見入ってしまうやもしれないなという第一話の感想です。

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*ほしたらやあ

それじゃさあと云う意味。「ほいたらやあ」という表現もある。他には「そいじゃさあ」・「そんじゃさあ」・「そんでねえ」・「そんじゃねえ」とかがある。「そん」の部分を「ん」と省略する言い方もある。

決して「干したらさあ」とかいう意味ではない。

「そうしたらねえ」が「そしたらやあ」になって「ほしたらやあ」と変化した経緯と予想される。「そ」が「ほ」に変わるのは関西でも行われているので別に珍しいことではないので、関西風の遠州弁ということになる。

江戸弁の原型が三河弁という説もあるので、当然遠州も関東風である筈なのだが実際は関西と関東がちゃんぽんに入り混じった方言なのである。

にも拘らず遠州弁そのものは異臭を放つ言葉で関東人にも関西人にも馴染まないらしい。

例文

「やあ、ど重くていごかんにい。どうせすかやあ。」

  (ねえ物凄く重くて動かないよお。どうしようかねえ。)

「ほしたらやあ、悪いだけどちゃっと倉庫まで飛んでってまあちっと軽いの持って来てくれんかいやあ。」

  (そうしたらねえ、手数掛けて申し訳ないけど急いで倉庫まで行って軽い方(の部品)を持ってきてくれないかなあ。)

「そりゃええだけど。このどんもいのどうせるだあ。ほっぱかいといてええだ?」

  (それはいいんだけどね。このくそ重いのはどうするの。放置しといていいの?)

「とりあえずやっちまわい。先やる事終えんとおえんら。」

  (とりあえず終わらせようぜ。先にやるべきこと終わらせないと。)

「今の洒落?よをこんな時に言えるなあやあ。」

「ばかっつら。んな訳ぁあらすかや。ちゃっと持ってこいやあ。」

  (馬鹿言ってんじゃないよ。そんな訳ないだろ。直ぐ持って来いよ。)

「はいね。」

  (あいよ。)

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BOSS CASE1

 製作スタッフさんが「離婚弁護士」の時と同じスタッフさんだと昼の番宣で言われてました。「離婚弁護士」もなかなかな作品という印象を抱いているのでこれはテンポ感と空気感が良い方に想像できるなと。小気味いい感じだろうなと。

15分拡大で始まりました。それにしても設定はぶっとんでますですなあ。原作マンガじゃないのかと思えるくらいの濃いキャラクター群像です。能ある鷹は謙虚を隠す。謙虚はないが検挙はする。なんちゃって。組織で上手く立ち振る舞うには謙虚(っぽく)はマナーでしょうからそりゃ確かに浮くわな。

一言で言えば「痛快」なドラマですな。粋な会話も悦でした。面白いです。そして安心して観ていられるなと。期待を裏切らないドラマのようです。

地道と努力はするけど汗と涙が似合わない(被害者さんの汗は凄かったですけど)、一芸(ひとりゲイ)の達人の集団がその得意分野をもって事件の解決に向かうということなんでしょうか。その個性集団をを束ねるのが米国帰りでエリートの座を捨てた女性のやり手さん。もちろんここに至るまでに背負ってきた負の部分というものが存在しているらしく、それ故ここへ厄介払いで飛ばされてきたという背景を皆持っていて人間らしさは感じます。でもやはり全知全能を振り絞ってって事件解決に向け努力するといった風な匂いはせず、もてる力の一部を仕事にちょちょいみたいな底知らずの凄さが魅力に映ります。ってまだ1話見ただけで決め付けるのはあれですけど。人物紹介を兼ねての回でありましたでしょうからこれから徐々に味付けが濃くなってくるのかな。私的にはこのままでいいんですけど。

いずれにせよ「能ある鷹は検挙を隠さず」なんでしょうね。

予想以上にスピーディーでサクサク感がありました。今回の味噌は取調べ室でのやりとりでありましょう。一同うち揃いて見事たばかられておられましたが自分も騙されました。

日本という枠から考えれば非常に西洋的な関係性をもつチームでありますが、米国のこういう類は深夜で観てたりもしてるんで特に違和感を感ぜずに観れました。

それにしても建物の空撮の画づらは刑事ものでは必需なんでしょうかどのドラマでも必ず挿入されてるように感じます。嫌いじゃないけど食傷気味ではあります。

落ちこぼれの集積地という設定ならあんな米国風の新しさの雰囲気より「ショムニ」並みのボロは着ててもなんとやらの部屋の方が似合ってそうですけどそれじゃ流石に一緒じゃねえかと設定の使いまわしと思われるのでお止めになられたんでしょうか。

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遠州弁かるた 思案14 全編だあだあ下の句いろは順

*い 「座らしゃあ 尻ん下んが みしみしと 

             いみりん入って 視線がど痛や」

*ろ 「おっとさの まねしてばっかじゃ あんたねえ

             ろくな大人に なりゃせんにい」

*は 「参観日 うちのがきんちょ きぜわしい

             はしはしいごけ ちゃんと前向け」

*に 「あんたねえ ちゃんとやんない ゆわれたら

             にしゃにしゃしてて ばっかおこれる」

*ほ 「本やらや ほかし投げては ほうらかし

             ほっぽらかいてで ホントしょんない」 

*へ 「普通はや 所構わず 出しゃへんに

             へこきむしだか おんめえわよを」 

*と 「構わすけえ どんぶるかろぉが これんいい

             とんじゃかないだで 気にしんといて」 

*ち 「ちんたらと 歩くっとったら ひっころび

             血いが死んだだ あおたんこさう」

*り 「話しはや 通ぜはせるだぁ なんか妙

             りんとゆうだは 湖西か三河」

*ぬ 「わししっか わしにやりゃしゃあ あっちゅう間 

              ぬしゃあゆうほど 出来もしもへん」

*る 「るが出んで 語呂をいぜくり 茶あ濁す

             類は友呼ぶ ルイ鳩も呼ぶ」

*を 「間違えた ああゆやあこおゆで つくろすも

             をたをこくほど 度壷にはまる」

*わ 「やたらくしゃ 噛むのをやめぬ うちの犬

             わしんゆうても 聞きゃあせんくて」

*か 「本日は お日柄も良く おめでとな

             かがぬけるだで はよ飲みまいか」

*よ 「通り雨 洗濯もんを ちゃっと寄す

             呼ばりもせん猫 寄せたもん乗る」

*た 「恐縮し 世間話しで 歳い聞く

             ためだと分かりゃあ なめた物言い」

*れ 「当番だで どぶんさらいに 行ってやぁ

             レース行くだで 今日も勘弁」

*そ 「おんしゃやあ なにょう寝言 こいとるだ

             そんだだこたあ あらすかやなあ」

*つ 「運動会 頼むで明日はと 願い事

             つるくいとくは 逆さてるてる」

*ね 「残業で 不規則続き 寝不足で

             ねぶつんでけたと ひゃあひゃあぶーたれ」

*な 「なまかあは あの手この手で いごきなし

             なんしょかんしょで やりゃあせんだよ」

*ら 「時間だに 人が来んくて 練りでけん 

             らっぱふかしゃあ すぐ集まるらあ」

*む 「むっすーに なんでなんでと 物聞かれ

             むつからしいんで いいとこまんじゅう」

*う 「さっきいは あっただけえがあ どこいった

             うわっかあとか ひっついてんかな」

*ゐ 「締め切りん 明日ん期限が きいくさる

             ゐざりでやらすも 出来おおせんがぁ」

*の 「そんなんで 褒めすもんだで 調子こく 

             のぼせかあって ブタが木登り」

*お 「あれにこれ それにそっちで どれはどれ

             おぼわらんくて ついてけんだわ」

*く 「庭ん花  はあ咲いたらと 眼え凝らしゃ

             くさるけにある 雑草でめえんや」

*や 「囲炉裏火に 当たるスルメの 香ばしさ

             やあこくしたで 喰うてみよやあ」

*ま 「あれなによを なんでこれっぱか しか持ってこん

             まるさら全部  持ってくるだよ」 

*け 「朝起きて 時計を見れば あれやばし

             けったーこいで ちゃっと飛んでく」

*ふ 「あんたねえ 早起きせるにと ゆったじゃん

             ふかしこいただ? 早よ起きよやあ」

*こ 「夏休み 宿題残り こりゃおえん 

             こらしょとあるで ねえてんだってやあ」

*え 「床えがみ まっつぐ歩くる ことでけん

             えごえごやごい 家の廊下わ」

*て 「いや別に 気にもしてんと 嘘こくな 

             手えをにぎらす ことすらでけん」   

*あ 「髪伸びて うっとおしいんで 床屋いく

             あたま切りいく パーマもあてすか」

*さ 「当番を なんのかんので 逃げくさる

             さっつけさすまね さしゃあせんにい」

*き 「信号は あおは進めで あか止まれ

             きいなくなったら 進んじゃかんだか」

*ゆ 「温泉に ちゃっとひたろと ドボンのさ

             ゆうちんちんで あたあたあちょを」

*め 「ちっこい字 はならかいても 寄らすとも

             めえよをめえんで やっきりこくだよ」

*み 「通信簿 親ん見しひん いい訳は

             みいひんくても こまりゃせんらあ」

*し 「これ何よ これはなによって 聞いてるじゃん

             しいらんやあとか いわしゃへんでね」

*ゑ 「Oh!YEAHと 同じ感じで のういゑ

             馬鹿いやゑも おんなしだいね」

*ひ 「今日着たは 年に数度の 勝負服

             ひんしょったかあ ありゃあせんらあ」

*も 「ぞんざいに ほかいたもんで かたいたが

             燃しはしてんで ある筈だあれ」 

*せ 「あのなあが 熱がこもって 馬鹿っつら

             せんひき持って ちゃんちゃんばらばら」

*す 「まかしょうと 言ったあええけど でけんくて

             すけんならんく なによを駄目じゃん」

*ん 「上げるでな せえのの声出し 持ち上げす

             んともすんとも いごきゃせんがね」

一応この手はこれで完成形ということにして、後はちろちろ修正してくことにしよう。間違いなく子供向けじゃない。全部とは言わないが殆ど野郎言葉なので中年以上の男的表現になった。レベル的には日常会話に色つけた感じ。

なお、イントネーションは遠州人でなければ発せられないよう工夫したつもりなので和歌風に詠うとよかあない。

訳はあえてつけないので近くの遠州弁の使い手かコメントで質問してつかあされ。

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でら

正真正銘の名古屋の言葉であろうて遠州でこれを使う人はまずいない。

「どえらい→どえらあ→でえらあ→でえりゃあ→でりゃあ→でりゃ→でら」

と変化してきたのかな。勝手な想像だけど。

でかいの「でか」にも掛かってそうに聞こえるし「テラ」(単位として1兆を表す語)と掛けて物凄いとも聞こえそうだし。

どっちみち「めちゃ」なら許容範囲であるが「でら」を使われると遠州人としては意味は分かるが引く。「たあけ」と同じくらいの遠州人には意にそぐわない表現であるかもしれない。個人差はあるだろうけど。浜松では「馬鹿」と「ど」と「がんこ」があれば事足りるので「でら」の使い道はないだろう。

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*のびゆく浜松

この間浜松駅のところにあるモニュメントをあれじゃあ「さびゆく浜松」だと評された文書を読みましてなるほどなと。

置かれた当初から鉄製ですから錆び始めていてそれについては「それもアート」ととかいう説明を聞いたことがあったようなないような。でも「さびゆく浜松」の象徴という比喩は言いえて妙だなと変に感心してしまいました。シンボルともいえた松菱は潰れ、どこぞのデパートの独り勝ちで他も撤退していったり、住宅は区画整理で住民は遠方に転居しと街の中心部はなんだかなあ状態でまさにモニュメントの様さながらと思えなくも無いですから。

(追記、今現在モニュメントはなにがしかの塗装がなされていてその錆び往く姿をとどめておりません。)

そういやあ昔、「のびゆく浜松」って教科書?社会の授業かなんかで使った冊子があったっけなあと想い出しました。そこらじゅう探してももう家のどこにも残ってないでしょうから記憶を辿っての話で勘違いがあったらごめんなさいですけど。

私の記憶の中の「のびゆく浜松」では染色とか衣料に関係する産業が浜松は楽器と共に盛んであると書いてあったような。書いてはないけどリアルな話し身近なとこでは馬込川沿いには染色工場とかがたくさんあって川は泡吹いてたり日替わりで茶色だったり青かったり混ざってぐんじょ色だったりと川に流れる水の色が変わるという景色がイメージとして残っています。板屋町や旭町付近にも衣料の卸し問屋街が軒を連ねていたっけ。今はどうなんでしょうかねえ「のびゆく」してるんでしょうかねえ。

江戸の頃は浜松は「出世城」とかいわれここの領主になれば江戸幕府で出世の証とかいうことが書いてあったようなないような。

地域の歴史(産業)ということでは三方原台地に用水路を自費で作った金原明善。浜松に楽器産業の礎を築いた山葉寅楠(和歌山市出身)。いわずと知れたホンダの創始者本田宗一郎(天竜出身)。湖西で織物の自動織機を開発した豊田佐吉。とかのお名前が郷土の偉人として記されてた記憶が浮かびます。

今も「のびゆく浜松」有るのかとネットで調べたらまだあるそうな。

でも、世界の「トヨタ」は愛知物であって声高に湖西が発祥の地なんぞと今でも謳ってるのかしらむ。まあそんな事言ったら生まれが浜松の方なんて金原明善翁しかおられないんでしょうけど。どちらかというと浜松の人がということより浜松での成果を謳われてるんでしょうね。

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狂歌明日か浅ってか その2

 「平成の 眠りを覚ます 大不興

             たらぬ支配で 夜も眠れず」

最近よく入れ替わるよなあと。支配より差配のほうがスケールが小さい感じになってよかったかな。手配じゃ変だよなあ。位牌じゃご臨終で小物の私が随分な言い方でなんだかなあだし。

 「大抵の 眠り邪魔する 大不況

             たたぬ将来 夜も眠れZzz」

落ち着いて眠れないけど寝るしかすることがないと言ったつもりだけど、なんかいまいち。

 「大体の 寝た子を起こす 大風評

             煽るにせわしく 夜も寝られず」

最近こんな類のトラックバック(ブログ)が多いような(絶対載せないけど)。世間に名が出た人とかを陥れてなにが楽しいんだろ。その煽りに乗っかるのはもっとどうなんだろ。揚げ足を取るな対峙するなら正々堂々とと教わってきたけど匿名という隠れ蓑をまとった忍者が増殖してるのかな。

 ときどき意識的にではなく俳句や川柳を発表されてる方のブログに辿り着くことがあって。正直己の世界であって興味のない人間にはその乙加減が理解出来なかったんだけど。「遠州弁かるた」なるものを道楽で作り始めたら必然的に思考表現回路がなんとか五・七・五調にと向いていた自分がいる。なるほどそういうことかと分かったけれど。自分が思っているほど人は面白くないものだ。

早いとこ脱出しなくちゃと思ってはいるけれど「かるた」やっつけないと暫く抜け出せないな多分。

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*どっさぶい・どさぶい

滅茶苦茶寒いと言っている。

「ど」ではなく「馬鹿」を使うと

「馬鹿さんぶい」・「馬鹿さっぶい」とかになる。

「寒い」と言う言い方は「さぶい・さっぶい」の他に「さんむい・さむ」というのもある。「ちゃぶい」・「ちゃっぷい」もあるが「ちゃむい」はあまり聞いた事がないし「ちゃっむい」あどは聞いた事がない。

「くっちゃぶい」という「くそさぶい」の変形バージョンもある。

体感の度合いを大雑把に表すと(遠州でも地域差はあろうが)

死ぬ<殺す気か<ちんちん<熱い<うだる<だりい<あったかい<ぬくい<ぬくとい<中略(普通)<ひんやりする<ちべた<寒い<さぶい<さんぶい<どさぶい=馬鹿さぶい<くっちゃぶい=くそさぶい<死にそう<死ぬ

例文

「やあどさぶいなあ。」

  (今日は冷えるねえ。)

「きんのうぬくとかっただに今日がんこだらあ。」

  (昨日は温かかったのに今日は冷えるねえ。)

「三寒四温たあゆうけどひょうんきんだの。」

  (三寒四温とはいうけれど差が凄いね。)

「なにその山間紫苑って。そんなの植わってったっけか。」

「ゆうてる意味が分からんぞ。なんで植わるだあ。」

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魔法のおばあちゃんになりたい

資生堂「アクアレーベル」のコマーシャル。

セリフを要約すれば「陽の光に負けずいつまでも綺麗でいられる魔法のおばあちゃんになりたい」

久し振りに「言葉」で振り向いてしまうインパクトのあるコマーシャルでした。

望みは最果てを知らず。辿り着くこと能ずとも。ただ黙々と日々努力するのみ。それをこの化粧品が手助けいたさんとといった趣がありますな。

これを使えばそうなるとは一言も言ってないんだから決して商品を誇大に謳ってる訳ではないし、それに無茶ゆうなと誰でも分かるという程度のよさもいいですね。もっとも、なれる訳ない願望だっていう誰も信じない法螺のサイズはかなりデカイですけど。久し振りな「大きい事はいい事だ」でしょうかね。明るい感じが広がっている勢いです。

可愛い嘘というよりも壮大な野望といった感じでしょうかね。無理な相談でも「宮澤りえ」がおちゃめに言うと洒落になるって感じでしょうか。もし野望抱いてそうなお方だと魔女みたいに見えちゃいますから。

当たり前ですが私男なんでコマーシャルが気に入ったからと言って売り上げに貢献出来るわけではないんですけどね。久し振りに「物は言い様」ナイスなフレーズでありました。

追記

コマーシャルをよく聞くと

「魔法のおばあちゃん」ではなく「魔法なおばあちゃん」

とおっしゃられておられました。でもなんでしょうよくよく考えると「魔法な」ってどういう意味なんだろう。魔法=奇跡で奇跡というところを魔法に置き換えたのかなと思ってたんですが「奇跡のおばあちゃん」なら分かるんですけど「奇跡なおばあちゃん」はどうなんでしょね。「奇跡的なおばあちゃん」だと分かるんですけどね。

もちろんこんなんでコマーシャルメッセージの質が下がるとかいうことはないですけど。

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*うそこけ

うそつけ・嘘つくんじゃないよと言う意味。他の言い方だと「うっそを」というのもあるがニュアンスは大分違う。「おいおいホントかよ」といった感じであろうかあまり問い詰める感はしない。

結構頻繁に日常会話の中に出てくる言い回しである。

「嘘をつく」だと「嘘こく」となる。

「嘘をついちゃいかん」だと「嘘こいちゃかん」

ニュアンス的には糾弾するにしても和気あいあい風味で言える効能を有する。もちろん「こく」というコクのある遠州弁でなく「嘘をゆう」・「嘘ゆっちゃかん」というあっさり風味の表現も一般的に使われている。

敵対してでも糾弾するような場合には「なにょうこいとるだあ」・「なにゆってるよを」・「ど嘘つきい」などなどがある。

嘘より大人しめの冗談めいた場合には

「馬鹿こいちゃかん」・「よをゆうわ」ってことになる。

例文

「きんのうはがんこパチンコうはうはでやあ。今馬鹿景気いいでえ。だけどおごりはせんでね。」

「うそこけえ。確かにパチンコ屋に入り浸ってたってのはホントらしいけど出ん出んつってやっきりこいとったらしいじゃん。」

「誰んゆったよをそんなことぉ。」

「おんしゃてめえで○○に電話してあだけまくったっつう話しじゃん。そお聞いたにい。」

「あれから出たでえ。大逆転してえ。」

「赤字がだら。出たのは。」

「信じちゃいんだ?嘘じゃないってえ。」

「じゃおめえ奢らんでええで金貸しょうやあ。そしたら信じちゃるでえ。」

「ほんだったらええわ信じてくれんでも。」

「じゃふかしばっかこいとってしょんない奴だっつって言い回ってくれるう。」

「勘弁してやあ。」

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レッドクリフパート1

 邦画以外は殆ど観ない私でありますが前にも書きましたが「三国志」は別腹なので観てますが。いやあしかしどんばえ~地上波初登場ですなあ。おかげでDVD買う前に見直せましたけど。

もちろんこれはパート2に向けての抜群の宣伝効果を狙うという宣伝上の曹操の戦ぶりにも匹敵せんとする大戦略によるものでありまして、新しくは出素納戸。ちっと以前だと何度目だ奈牛か!みたいな故事(成功例)に則った策でありましょうな。

別にこれを打ち破る方策を練る必要もなく大人しく波に乗っかればいいことなので素直にテレビ桟敷で楽しんでました。

三国志を知らない人はついてけないのではとかいった意見もあったように記憶してますがとても噛み砕いて咀嚼しやすく提示されてるのになんでこれで分かんないのという気持ちです。自転車乗れる人が自転車乗れない人の気持ちが汲み取れないのと同じ感じでしょうかね。私的にはエンターテイメント寄りであって「レッドクリフ」=「三国演議」だと思われたらしんどいなという感じです。むしろもっとついてけない人は置いてくくらいの突き放しがあった方が好みでした。劇中の初めにあった劉備に付き従う民のように頑張って(知っていて)こそ明日があると。

ところでこの映画を観る魅力はなんといっても実際に人が蠢いている様が見えることでしょう。ともすれば俯瞰的な何様だ視線で登場人物を見てしまうのですがこうして地に足ついてしっかり息してる人としてみると横並び目線まで下がれるとこがいいですわ。私的に自分の立ち位置はやはり劉備や曹操ははるか天上の人みたいで関羽や孔明の末席部下的な目線になります。

それになんでしょうね豪傑がいるといないで大きく戦局が左右されるということはどういうことなのかというのを目の当たりにしてみたいというのもありました。万の単位の兵士が槍突き合わせてしのぎを削る戦において個人の統率力とか作戦とかではなく武術の技量でどう戦局が左右されるのか。それを見て確認してみたかったですね。

みなさん凄いんですがやはり趙雲が最高でした。関羽にもビリビリ来ましたし。合戦シーンは迫力ありましたです。

三国志がこれでブームになって講釈師ががんこ増えたとしても別に何かが減ったりなくなったり奪い合いになる訳じゃなしいいんじゃないでしょうか。そういう気にさせる映画でありよく出来てるよなあと思います。

Ⅱが今映画館で封切られていますがそれについてはDVDとかで見直してからにしますが、陰と陽なんでしょうか昼と夜のコントラストの使い分けがⅠとⅡ合わさると見事だよなあとは思いました。

そうそうそういえばテレビでは当然吹き替えでありますが、なんか役職の言い方が「じょぅこん」・「かむしゃあ」・「たあとをと」とかで馴染んでるんでちと違和感ありますな。吹き替えも乙だけど字幕の方が慣れ親しんでたんで微妙ではありました。

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ゆとり

ゆとりある老後を夢見る人達が

自分だけじゃと物足らず

我が子らまでもゆとりをと

したはいいけどどうやらあれで

ゆとりは人の為ならずして

この先何を求むやらかし

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*~たない・~たあない

「したない」だと「したくない」と言う意味になる。大分関西寄りの言葉であろうか。

使い分けは「したない」だと「したくない」で「したあない」だと「したくはない」であろうか。

「する」だけでなく「やる」だと「やりたない・やりたあない」・「持つ」だと「持ちたあない」という風に使われる言い回しであるが「持ちたない」という言い方は遠州ではあまり使わない。

なので「~たない」よりも「~たあない」の方が遠州弁っぽくなるのであろうと推測される。「したくない」で言えば「したない」だと「しんもん」と言い切る言い回しの方が多いのかもしれない。「したあない」だと「したくないんだよねえ」という願望が混ざった感じにも取れる。

例文

「わし近所付き合いしたあない。」

「そんなんじゃかんって。」

「別にしんくたって困りゃせんもん。」

「男衆はそれでええかもしれんけど女衆はそんなじゃやってけれんだにい。色んな付き合いせにゃかんだし持ち回りの当番だってなにかとあるだもんで。」

「ええよどこぞのアパートに住むで。」

「あんた嫁いってから苦労するにいそんなじゃあ。近所の衆らあなんのかんのうっとをしい時も多いけど旦那よりか頼りんなることだって結構あるだで。」

女性はおちおちひきこもりもやってられないみたいだ。

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アルカナ その2

 レベル100で頭打ちになって暫し放置しておいたけれどここへきて転生できることになったそうな。やり直しできることはいいことだよなと再度奮起するも。

しっかし100万貯めろって「高!」

奮起も萎えそう。

だいたいやねえ。1回のファイトマネーは平均すると100ちょっと。つうことは単純に1万回ファイトしろってことかいな。

こりゃ萎えるというよりもげるぞなもし。

こんなことなら強化なんぞとかで無駄金使うんじゃなかったと。でもそれが人生なんだよなあ「早くいってよー」って。

まあこの勢いなら「早く逝き(挫折)」そうだけど

今まで生きてきて

「早く(どっか)行ってよ」と邪険にされたり、「早く言ってよ」とうすのろ扱いされたり、「早く1手を」と将棋指してて言われたり、「早く往って」と言われたり(説明略)。駄洒落になるけど「早食いってよ」とかも言われたなあ。

言われたことないのは料理はしないから「早く炒って」くらいだろうか。

まさに「早くいってよー」と言ったり言われたりの往復といった感の人生であろうか。にしても現世から離脱せんが為のゲームなのに浮世の習いを味わうとは。実際の生活において日夜金策に走る光景はまさに虚しい。判っちゃいるけどやめられないってか。つい楽して儲けたくなる図式に心がなびいてしまう。

愚痴を言ってもせんないが、「高!」

追記

4/14・ぶつくさこいてたが結局ぐちぐち言っても晴れて2日後に「転生」をした。もちろん全うに1万回ファイトした成果ではない。もともと20万は手元にあったわけでして。では残りはどうしたかと言うと要は宝箱ゲット即売っ払いと身上(しんしょう)切り潰して(売っ払って)文字通りの裸一貫になって100万貢いだ。もうすっからかんですわ。でもまあこれでこれからは経験値無駄にならなくて済むからいいか。だけどそれなりにこの2日間ファイトして無駄になった(レベル100でファイトしてた頃)経験値を考えるともったなかったなあ。でもあれですわめげると思ったんですが出来るもんですな。ほんとド高価なお宝何個か拾えて運がよかったですわ。1ヶで数万で売れたのが結構ありましたから。でなきゃ無理でしょう。

で、転生してとりあえずやってることは買わない。お宝だけで進める。箱の中身はなんだろなということだけで勝とうが負けっぱなしだろうが勝負は二の次と。レベルアップは魔力と体力だけ上げてとも考えたけどそれは次のお楽しみ実験にまわすとして魔法攻撃に劇的に弱かったので命中度をそう上げないでその分魔力を上げてみようかしらむ。とにもかくにも疑問なのは転生する前は必死こいて命中度上げたのにスカスカと空を切ってばかりだった。上げなくてもいいのかとさえ思えるくらい見事に空を切ってた。いったい幾つあれば十分なんだろうか。

4/19、やはりレベル30~40位は面白いな。色んなところに飛んで行けて楽しい。100近くなると殆ど同じところを徘徊するだけでこなし作業してるだけ状態だったから改めてこのレベルが楽しいと感じてくる。

ところで負けてもいいから経験値って勢いになっていてこれでいいんだろうかという勝負に対しての真剣味というものの足らなさがあるなと。負けたら経験値やGOLDが減るってことになれば真剣になるかもなと思ったりなんかして。

それにしても拾い物だけで通す道を突き進んでるけどなんとかなるもんだな。強かあ決してないけど。

4/21、相変わらず拾い物だけでレベルアップに勤しんでいる。こうなると鍛冶屋での強化は益々疎遠になってくる。ここを足繁く使うとしたら武器は使い込んでいくうちにへたってくるようにして刃を研いだりとかのメンテナンスをしなければ攻撃力とかのレベルが下がってしまうってことになれば嫌でも通わざるを得なくなるかな。

4/25、土日でしっかりレベル上げようと励んでいるのでありますが、しかしこれをやってて気が滅入るのはmissが連発すること。転生する前のステータスの振り分けはDexをとにかく上げ続けたけれどそれでも連発多発で気が滅入った。あげても意味無いじゃんと思って今回は0で行こうかとも思ったが流石になあと思い直してちびちび上げてはいる。空振りじゃなくて当たりはするけど上手く当たらなくてちょっとしかダメージ与えられないとかならまだイラっとこないんだけど。ホント双方MP使い切って通常攻撃しか道がない時にふたりとも空振りばかりしてるとええ~いはっきりしろって言いたくなってしまう。そんな私は短気なんでしょうか。せめて避けるんなら避けるで見てて面白く相手が避けて欲しいですな。

4/26、土日の休みでレベル上げの勤しんで70に手が届くところまで進んだ。で、このレベルになるとお邪魔するブログがお馴染みさん(自分にとって)ばかりを往来するようになってきた。こうなってくると目新しさがなくなってきて苦行の域にはいってくるぞな。しんどくなってくるな。ところで次の転生では魔法使いに徹底してやろうと考えているのでどうしてもお宝得た魔法をキープしたくなる衝動に駆られそろそろ持ち物があふれる危険性が出てきた。ケチ根性の欲望との闘いだなこりゃ。整理下手というせいもあるけど。こうなると合言葉は「ご所有は計画的に」だな。できるかしらむ。

4/27、説教じみた要望なのだけれども、よりよい道具を求めて渡り歩くという探究心を養うというのもいいけれど、モノを大切にするというかひとつのものを大切に使って維持し鍛えていくということがあってもいいんじゃないのかと。武器も成長する(強くなる)と言うシステムは鍛冶屋でも行なわれているけれど幾分投機的な匂いが漂う。具体的にどういう形でというアイデアは浮かばないけれど手入れやらなんやら大変だけど一生こいつと付き合ってくという相棒が欲しいかな。錬金術じゃないけどなんかとなんかを掛け合わせて機能を上げていくとか。

それとクエスト。設定されたモンスターばかりじゃなくそれぞれの参加者が作ったキャラを登場させる道場みたいなゾーンがあればいいのにな。レベルごとに潜む場所が違うとかすればそこに入り浸れるんだけど。

4/29、祝日。お前は休め(いらん)ということで仕事は休みと相成り候。朝、近所の人が操る草刈機のエンジン音にて叩き起こされる。こなし作業みたいにレベルアップに励むも、はあ飽いた。それでもなんとか踏ん張ろうと無い知恵凝らし何連勝できるかに挑戦し目先を変えてみようかと。もちろん相手を選別しない。逃げない。数えなくてもギルドに行けば回数教えてくれるから楽だし。相手に恵まれるかどうかにかかっているのだけれどとりあえずレベル一桁相手でも嬉しいぞ状態で気分一新中。堪えてやってみるか。で、勝ってくるぞと勇ましく誓ってマンダリンを出たからにゃ連勝せずにはおらりょうか。のつもりだったんだけどアルカナの世界も甘くない。13連勝が最高であとは一進一退の繰り返し。これはこれでストレス溜まるなと。だからとてクエストに出ていたいけなモンスターを相手にして憂さを晴らすいけない私。

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駅路

 いやあ兎にも角にも惹き込まれました。しょっぱなの線路の上歩くってるだけでも画になっていてこりゃあとすげえと。これが2時間弱満喫できるのかと思うとワクワクしてきました。すべてにおいてネームバリューという看板に偽りなしの一級品を観たという感じです。決して高嶺の花の高級品ではないとこが味噌でしょうか。

「質」という表現が即座に思いつく勢いでした。役者力・展開力・人間の切り取り方・映像とそれに音楽も。決してこれみよがしな物はなくひとつの静かな塊となって粛々と転がっていく様の中で深い人間の情というものが浮かび上がってくるようで。映画みたいなきめ細かさを感じました。映画として興行ぶつには控えめ過ぎて個人的にはん~どうでしょうでありましてテレビドラマで正解と思ってますけど。

お話しそのものは決して世間を騒がすけれんみに満ちた大事件というものではなく行方不明者の捜索から端を発した地道な捜査を追うものでありまして劇的なひねりとかそういったものはなく。痴情のもつれと金銭の誘惑というオーソドックスなものでありますが刑事さんと共に事件を追っている同調感があってどうなってんだ?という臨場感を持って観ていました。単に犯人誰だ?とかいうゲームではなくこれに関わる人物の心の揺れ動きがきっちり描かれていて、人間模様の曇り空の日を観てる感じの方が強かったです。

やっぱり出てくる人みんなきちんと人生背負って生きていると映っているからなんだろうな適度な重みがあってリアルだったですな。殆ど映っていない筈の小塚貞一(石坂さん)ですらその歩んできた生き様が想い浮かんでくるくらいですから役者力だけでなく構成力と映像の見せ方もすごいんだろうな。決して重過ぎず軽過ぎず。曇り空な今にも泣き出しそうな雲行きの中で本格的に降り出しもせず晴れもせずでぐずついた陰鬱模様ではありましたが不思議と心地いいもや具合でした。

それにしても刑事は人のプライバシーにまで踏み込むものなんだという感じがよく出てたなあと。警察のお世話になると言うことは自身の生活を開示すること及び開示させられることというのが滲んでいました。

最後列車の中で酔っ払いながらついついであろう本音がポロリでありましたが、私も被害者の気持ちは理解できますな。子供に養分吸われその子供もまた今度は自分の子供に養分吸われの連鎖が続く。そこから抜け出してこそ芸術やらなにやらが生まれてくるというのは納得ですわ。そういう意味じゃあリセットせんと欲した被害者はいい生き様したんじゃないかなと。未来が繋がればよりそう思えてきます。できれば廣島での二人の出会いというか始まりを見たかったかな。まあ事件にはなんの関係もないことでしょうけど。そこからが凡ての始まりで出会いによってただの憧憬であったことが現実的にと思い至るようになったのかそれ以前から待ち望んでいたことが実行するきっかけ(チャンス)だったのか。

公園で子供らが遊ぶ姿の光景はさすがに平成に見えましたがそれ以外は昭和の香りが漂っていてリアルにタイムスリップできたかな。私の昭和の終わりの記憶はテレビで陛下のご容態ばかりを報道されていたのが強く印象として残っています。社会全体が華やかさを自粛する空気感を感じてました。それとよく似てたなあと。

印象に残ったシーンとか役者さんではこのシーンがとかいうものではなく全体で一塊のような感じで一部をああたらこうたら(御託を並べて)言えるような誰かが浮いてたとかスカスカ感(メリハリ感)があったみたいな感じはしないでのでとにかくどのシーン観ても良かったなあ。作り手も演じる側も作品に殉じるというのはこういうことを言うのかなと。

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帰ってこさせられた33分探偵 その3

 珍しく犯人を捜し当てました鞍馬六郎。捜査しようの動機が早く終わってしまったら次の番組の準備が出来てないだろうというのはなるほどで笑えました。

この回は関西のお笑い芸人の世界での殺人事件の解明。テーマは芸人さんのお笑いと役者さんのコメディとのしのぎあいなのかと勝手に想像してしまいました。

元々どう違うという疑問はあったのですがこの回でそれがはっきりするのかしらむという興味はありました。もっとも芸人を演じられてるのは多分役者さんなんでしょうから正解ということではなくヒントくらいの答えだろうかなとは思いましたが。でもまあ役者さんからみたお笑いの方ってどういうのかが読み取れるのかなと。

で、その答えはというとなんやかんやでした。板の上の芸というのがおそらくの基本でありましょうから本領発揮とはいかなかったのかそもそもそんなに違いはないのか。反応(アドリブ)でというのならそれはご本人の資質の問題でありましょうからそういう合戦になったとしてもそれは個人戦であって芸の質の違いまでは判別できませんし、何度演っても笑わせるのが腕というのであってもそれはどちらにも言えること。なんなんでしょうかねえ。おんなじと言うのなら両刀使いの手だれがごろごろ両方の世界を行き来しててもおかしくないのに役者の世界からお笑いの舞台でも活躍する人は見たことない。逆はあるんですけどね。なんででしょう。

ところで今回の重要な情報の聞き込みのシーンはどこを楽しめばよいのかよく分かりませんでした。ま、私がどらえもん世界に郷愁がないせいでしょうけど。そういえばこのシーンでどういうシチュエーションのものを観てみたいか考えてみたんですが事前の打ち合わせなしで本番で「~のように」とお題を提示して即興でこなすってのは?って考えたんですけど。それは鑑識のシーンでものまね券を使うといって即興で対応されてたみたいなんで使われちゃったって感じです。で、どうだったかというと何のモノマネなのかさっぱりでついていけなかったです。もちろん野波さんのお芝居がということではなくモノマネの対象を知らないからということですので役者さんの意欲は買ってますです。

もう少しじっくり見直した方が細かいとこが発見できていいんでしょうけど今日はその前の「駅路」ががんこ良かったのでそれを見直したいのでこんくらいで。

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遠州弁に変形歌詞 「猫になりたい」

灯かりも点けんと しゃんべえこいてたら

ガラスのもこう側で星ん一ヶけえた

わちゃわちゃしがつら通りぃちゃっと飛んでかぁし

砕けすそんときゃあ君ん名前だけ呼ぶでねえ

だだ広な霊園の近所のこのアパートあ薄曇り

ぬくとめの幻を見とった

猫になりたぁあ君の腕ん中

さんびしぃ夜の終いまでここにいたいわあ

猫になりたぁあ言葉は儚い

消ええんように傷つけてくれすに

眼えつむって浮かべす ええとこまんじゅうな とかぁ

中田島の砂丘の絵葉書となんしょよを似とるしい

砂埃にまるけて歩く町は季節がおとましい

こさえあげた優しいの うっちゃらかいて

 繰り返し

スピッツは好きな楽曲を数多く作り出してくれるから大好きなバンドです。しょっちゅう聴いてるからどうしても自分好みの表現に変えたくなるんですわいな。「君」という表現は遠州弁の感覚だとよそよそしいというかあまり親しい表現と映らないのですが「あんたぁ」や「ほぉいい」・「やあ」とかだと白けそうなのでいじくるの止めました。

どうしてこんないい曲をA面としなかったのか不思議な限りでありますが、憶測するに「傷つけてあげる」という表現が一般的に宜しからざるやと判断されたのかなあと。それじゃあ他の言い回しで「爪たててあげる」とかだったらどうなんだろう。とふと思ってしまう次第。

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