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ゴーストタウンの花

 遠州弁やら似非(えせ)古い言葉使いにて御免そうらえ。静岡県では3月27日に放映されただよ。だもんで東京よりか1週間遅れでの放送っちゅうこんだいね。面白かったです。

まずはなんしょ、やたらくしゃ心持ちがぬくとくなる気持ちのいいラブストーリーでおました。決して絵空事ではないきちんと地に足が着いた現実を観ているみたいでとても生っぽい(息遣いが聞こえてくる)創りでおました。

エンディングもさることながら出会いから段階を踏む様が決して時間掛けてじっくりこんと描かれてる訳ではない(なにせ1時間番組ですから)のに余すことなく描かれている様で密度を感じました。お互い相手の気持ちを探り合ってる部分と求め合ってる葛藤がよを出てたしい。ほんで、それと共に危うさがよく表現されていたもんだから大人の階段昇る成長記として破局まで描かれちゃうんだろうかと途中ハラハラしながら観てました。無事いいとこで終わってよかったです。こういう終わり方は好物ですわいな。それに二人ともお馬鹿じゃないから例え別離が訪れようともこの瞬間は「永遠」に続いていくものなんだろうなと。

というのは「永遠」って未来永劫続くものだけじゃなくて生を終える瞬間まで忘れないものを「永遠」と呼ぶんじゃないのかと思っているので例えほんの数分数秒の出来事であっても忘れさえしなければその人にとって「永遠が続く(思い起せる)時間」であろうと。

だから二人にとって今後どういう結末を迎えようとも忘れることのないであろう永遠の幸福の瞬間を視聴者も共有させてもらったみたいな気分になりました。もっともこういう考え方って「男は恋愛ごとにファイルを作って保存するけど女は恒に上書きをして過去の恋愛を消し去る」という話しをなんかで聞いたことあるので男の発想かもしれないですけど。

最大の見せ場であろう電車のホームでの啓(永山さん)の一連のセリフですが、普通のシチュエーションであったならば間違いなく歯が浮くこっぱずかしいド直球でありますが無理なくストレートに心に響きましたです。それはもちろんお母さんの「大丈夫?」というシーンが効いてるからでありますがさりげなさが魅力の役者力による部分も大きいのかなと思わせる感じでした。

しおり役の桜庭さんもそうですが、その年代でしか絶対表現できない空気感であり。役者さんとしてお上手なのかどうかは分かりませんがリアルに映りました。まあ永山さんは御歳20歳であらっしゃりますのでリアルな年代とは言えないのでお芝居がお上手というべきかもしれませんが。妄想空想シーンでのわざとらしさと実際に起こっている姿との対比もあって単に感性だけで演じておられる訳ではないのでしょうね多分。

恋の手ほどきを指南せんと気張った三人組とのその後の関係の変化が気になるところではありましたが、それを除けばくど過ぎず薄味過ぎずの丁度いい塩梅で練りに練られた時間配分とイベントのインパクトだったなあ。話しずれますけどヲタク三人組のひとり、確かパズルに出ておられた方でしたなあ。お名前が分からないんですけどとてもインパクトがあってあの方が出ると場の空気感が変わる感じがする程印象深いです。

親友のリナ(波瑠さん)の最後の10年後(将来)の未来予想図を語る辺りもよかったです。転落の螺旋階段を思い描く訳ですがなんかがんこ説得力ありました。分かっちゃいるけど止められないって奴ですかねえ。10年後も友達でいられるかどうか微妙に思えました。リナの方が我が身を恥じてって感じで。

奇想ということでは、その家庭環境。「掃き溜めに鶴」という言葉がありますが死滅した種族を復活させたにしては無理なく現代人に映りましたです。

でもやっぱ携帯は絶対な必需品なんだ。色んなコスチュームに変身して最後は化粧でパワーアップまでされてサービス感を感じました。それといい事か悪い事なのか分からないですが正直な感想としましては桜庭さんから受ける印象は北乃きいさんと夏帆さんを足して2で割ったような印象でした。

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つぶしがきかない

 「つぶしがきかない」。よく耳にしてた使われ方だと

「あんた今辞めたってつぶしきかないんだからもう少し頑張って続けなさいよ。」

とかいうものであった。つまり他の仕事に就いてもそれまでの経験が意味を成さなくなる。もしくは他の仕事じゃ一から出直し(ペーペーに戻る)で損するとかいう意味で使われてた。

1・年功序列じゃないけれど経験値や実績が物を言う

2・徒弟制度じゃないけれど0から積み上げて時間をかけて一人前に育っていく

1においての「つぶし」を「応用」と解釈すれば、つぶしがきかないとは次の仕事に応用できないという事になるのかな。そういう意味では「天下り」とやらは今までの経験が活かせて「つぶしがきく」ということになる。

別の解釈で「ごくつぶし」といったただ飯喰らいみたいな蓄財を消費するという意味(無駄に減る一方)での「つぶし」とも取れるとして「天下り」が税金の無駄金喰らいであるならば「つぶし」は「ごくつぶし」の「つぶし」と同じ意味になるような気もしてくるし。ビミョー。まあ普通は前者の応用という解釈なんだろうな。

2においては金の卵と言われ就職するなら中卒は企業の宝という頃の育てる時間と吸収力が抜群の相性だったころのお話し。ぺーぺーに戻るということは年下でも先輩と呼ばなくちゃいけなくなるということ。

こういった積み上げてなんぼの社会で的を得ていた表現も、急激な変革で技術・経験の蓄積が無意味になったこととか能力重視や即戦力重視とかで育てるのではなく使う(活かす)を重要視するようになって死語になりつつあるのかなと思えてくる。

各人のスキルが上がって職場を変えてもつぶしがきく時代になったのか熟練を要しない社会になったのかは分からない。どちらにしてもちょっとしたことで職を変える事が多くなった今では「つぶし」もへったくれもない時代になっているような気がするからこの言葉は死語になってるんじゃないかと。

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*あほんだら

「阿呆んだら」は共通語であり、これの遠州弁での同義語は「馬鹿っつら」であろう。実際のところ遠州では「あほんだら」は使われていない部類に属する。

使うとしたら「あほだら」。

辞書等で引くと「あほんだら」は「アホの語意を強くした言葉『あほだら』を崩してより強くした表現」とかになっているのであるが、遠州弁の「あほだら」はそれとニュアンスが異なる別の表現になる。「あほ」+だら」であるからして別物というべきだろうかな。

遠州弁での「あほだら」だと「ばっかじゃないの」といったニュアンスであり「あほんだら」の「てめえこのやろう」とかいうニュアンスではない。

面白いのは「あほだら」を崩した表現って共通語でも「だら」という表現があるのかということ。もっとも「阿呆陀羅経」(あほだらきょう・意味はお経を真似て作った時事風刺の滑稽な俗謡)という俗語があるので遠州弁の「だら」と同じものではないのかもしれないが。ってんなわきゃないわな。

とにかく度合いでいくと共通語では「あほ<あほだら<あほんだら」であるらしいが、遠州弁では、「あほだら(もしかして馬鹿じゃないの)<あほ(馬鹿)<あほんだら(馬鹿っつら)」となる。

例文

「あいつあほだら。どぶ川に竿差してるにい。釣れる訳ないじゃんねえ。」

  (あいつばっかじゃないの。どぶ川に竿差してるよ。釣れる訳無いのにねえ。)

「あほんだらあ。よく見てみい。川ん方向いて木刀振ってるだけじゃんかあ。」

  (馬鹿かお前よく見てみろよ。川の方を向いて木刀振ってるだけだろ。)

「おお!どうりできぜわしくいごかいてると思ったわ。」

  (成程。どうりで忙しなく動かしてると思ったよ。)

「おんめえ頭だけじゃなく眼も悪いだ?」

  (お前は頭だけじゃなく眼も悪いのか。)

「失礼しちゃうやあ。間違えただけじゃん。」

  (失礼な。見間違えただけじゃないか。)

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どびんちゃびんはげちゃびん

 要はハゲオヤジを小馬鹿にする言い回しなんだろうけれど、これっていつごろ発生した言葉(語呂遊び)なんでしょうかねえ。

漢字で書くとしたら「土瓶茶瓶禿茶瓶」ってなるんでしょうか。「禿茶瓶」で辞書に載っている(ただし俗語扱い)くらいだから相当受けたんだろうなと想像される。チョンマゲとかを整える際に使われる鬢付け油とかの「鬢」と「瓶」を掛けた語呂遊びなんだろうかなと想像出来なくも無い。因みに「鬢」は「頭の左右の耳よりの前の髪」。髷(まげ)の時代の語呂遊びというのなら江戸時代なのかしらむ。(江戸が発祥ではなく関西という説があるようですが)。それが未だに生き残ってそこはかとなく受けてるというのはホント語呂がいいんでしょうね。3・3・5でびんびんびんと尻に「ん」って心地よいのかな。

当の昔に死語になってる言葉かと思っていたんですが検索してみると結構ヒットするのでその使用頻度は死語とは呼べないかもしれない。

 しかし、日常会話で使う言葉なのか?ということを考えるといくらなんでも使ってる人いないだろうと思えてくる。

昔の人は意味や使い場所は違うけど「このすっとこどっこい」や「このうすらとんかち」みたいな調子で直に「このどびんちゃびんはげちゃびん」とか言ってたんでしょうかねえ。それとも陰で「あのどびんちゃびんはげちゃびん」とか言ってたんでしょうかねえ。いまいち使いどころが分からない言葉であります。

 ちなみに私らは普通は「つるっぱげ」たまに「どはげ」という表現をよく使うので「はげちゃびん」は左程使わない種族でありました。

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*ゆやせん

言いやしない・言わないとか云う意味。「ゆやあせん」と「あ」が入る言い方もある。

「ゆわん」だと「言わない・言わぬ」となり「ゆやせん」とは受ける印象が異なる。

決してお風呂屋さんの風呂の栓「湯屋栓」とか風呂付の船「湯屋船」とかではない。

ニュアンス的には「あ」が入ると言う勇気が無いとか根性が無いというニュアンスが追加される感じになる。したがって「ゆやせん」と「ゆやあせん」は受け取るニュアンスが異なってくる。

「せん」の代わりに「へん」を使うこともあるが印象として「変」(不思議)と被るので「ゆやへん・ゆやあへん」となると「なんで言わないのか不思議」というニュアンスが強くなる感じがする。

他にも「しん」(ゆやしん・ゆやあしん)を使う人もいるがこちらはあまり対して「せん」と違いは感じられないがより遠州弁っぽくはなる。

例文

「あいつええようにパシリでこき使われてるだに先生とかにゆやせんもんで相手んつけあがってしょんないだよ。今に壊れるにい。」

  (あいつ良い様にこき使われてるのに先生とかに言わないもんだから相手がつけあがっちゃって始末に負えなくなってる。今に壊れちゃうよ。)

「なんでゆやあせんよを。なんかあるだけ?」

  (どうして言おうとしないんだ?なんかあるのかい。)

「知らんだあ。溜めてからどっかんせるつもりだかいねえ。」

  (分からない。堪えて溜めて爆発するつもりかもしれないけど。)

「しいらんぞそうなったら。なんしょ小さい頃から武道やってるだら?段持ちで。」

  (そうなったらやばくねえ?なにしろ小さい頃から武道やってて段持ちだろ?)

「ほんたあがんこ怒らすと怖いって知らんみたいだね。」

  (ほんとは滅茶苦茶怒らせると怖い奴ってこと知らないみたいだね。)

「ふんとそう。相手も馬鹿だなあやあ。」

  (本当にそうだよ。相手も馬鹿だよなあ。)

「ゆったった方がええだかいねえ。」

  (忠告してあげた方がいいのかなあ。)

「誰にい。」

  (誰に?)

「相手え。」

  (相手に。)

「知り合いけえ。」

  (知り合いなの。)

「ちったあの。」

  (少しね。)

「やめときい。自業自得じゃん。」

  (やめときなよ自業自得なんだから。)

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娯楽仮面コンケルド シーズンⅡ ③・④・⑤・⑦

 この春近し風ぶんぶんの時期、とある時間近辺にコンコルドのコマーシャルは何故か先行して1度だけ1日1話づつのペースでシリーズ全話流される。この傾向はコンコルド夫人の頃に気づいた訳だけれど今年もどうも一気に流されるみたい。惜しむらくは時間表示がされているので録画してもあまり有り難味がないとこであろうか。去年のシーズンⅠの最終話もこの時間でやっていたので観れた。でも今年も⑥見逃した。なんてこったい。ところで⑦まで見れたけどいくつまであるんだろ今年は。

 でも楽しみにしてる人にネタバレ書いてげんなりされてもあれなんで極力訳わからん文章を心掛けます。見てのお楽しみということで。全体的な印象としてはマンガに例えると哀愁を笑いに変える赤塚系というよりも普通を哀愁に映す石森系の感じが漂ってくる。

 それにしても明るい未来を作るためいつかコンコルドになるために日夜励んでいるコンケルドお兄ちゃんであるけれど、③・⑤と社会との適合という葛藤と対峙せねばならない状況が描かれていた。決して能天気(こんけるどー)で済むことじゃないという図式はシーズンⅠでも語られていたけれど決してご陽気なものではなく一体全体なんなんでしょうねえ。バカボンのママとパパのような関係なのかなこの二人はと思えなくもないけれど「これでいいのだ」という訳にはいかないのだ。みたい。個人的嗜好としては⑤は得意分野ではないな・・・です。

 個人的には④が面白いな。兄を訪ねて三千里。手がかりを元に辿り着いた公園での有象無象の絵柄をひとつづつ細かくチェックして見たい感じです。リアルな景色だったらすげえ退く阿鼻叫喚。もちろん私の阿鼻叫喚の使い方間違ってますけど異様ということで。大昔のテレビで流れていた湧いて出てきたかのような竹の子族見てるみたいな感覚に近いかも。悪意はない人畜無害であるにしても追随する愚かさになんだかなあという気になる感じです。でも面白いんだなあなんか。眼鏡のサラリーマンさんてエネゴリ君に「紛らわしいから云々」って言わしゃってたお方でしょうか。仕事でも道を歩いていても印象深き連中に出会うというのはある意味ついてる人なんだろうな。

⑦は誰なんだこのお方は?よお分からんしい。ホントの能力者かしらむ。凄いな。なにがっていわれても困るけど。コンコルドなんだあ。ってコンコルドのCmなんだからコンコルドだというのは当たり前の感想だけど。

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遠州弁かるた 思案8 とりあえず埋めたりいや

2009/03/25 とにかく五・七・五は埋めた。方向性は頭になし。訳と意味(言い訳)もつけとこうか。作者名も書いとこ。あくまでおちゃらけです全てにおいて。この次はいまのところ中身が空なので身をいれてこうかなと。札絵まではまだ頭が回らん。

あたまやる   「頭やり 行きないぶしょく 伸びてるにい

             そんなじゃなにかと よかあないだに」

 (床屋さんに行きなさい、だらしなく伸びてるよ。そんなんじゃなにかと不都合が出るから。)作者 小瀬津海

あたまきる    「頭切る それん仕事だ 床屋さん

             耳ん切らずに 髪を切るだよ」

 (頭切るそれが床屋さんのお仕事。耳は切らないで髪を切るのだ。*ただの説明文)作者 香釈悠蔵

いづようない  「いづよぅない いまいちここは 浮きまくり

             お先にご無礼 ささいてくりや」

 (いづらいなあ。どうもここは居心地悪い。途中退席させて欲しい。*ひねりがないなあ。)作者 真望太倫

いいじゃんか  「 いいじゃんか なんしょとにかく やらまいか

             なんとかなるだで のうやらざあやあ」

 (いいじゃないかとにかくやろうよなんとかなるからさ。だからやろう。*なんか浜松の回し者みたいな方言宣伝的になってしまった。)作者 埜宇典紀

うわっかあ    「うわっかあ 下の方だと したっかあ

             ひっくりかえしゃあ うらっかあだあ」

 (上の側。下の方は下の側。裏返せば裏側だ。*共通語にすると面白くもなんともない。まあなんというかただの方言説明文)作者 香釈悠蔵

えがんでる   「えがんでる 家計簿つけてく その顔は

えごえごで    「えごえごで 歩くたんびに 床軋む

           えごえごで えらいやごくて 床軋む

             あぶなっかしいだで 物置けれやせん」

 (板がうねっていて凄くもろいのか床が軋んでる。これじゃ危なくて物が置けれないよ。*「えごえご」の説明文。厳密にはぐらぐらとかぎしぎしという訳の方が適切な訳かも。)作者 古家居充

おぼわらん   「おぼわらん いちいち人の 名前まで

             やあにおんしゃじゃ かんだかいやあ」 

 (いちいち名前まで覚えられないよ。「あのう」とか「君ねえ」とかじゃ駄目かなあ。)作者 面堂空斎

かっさらい    「かっさらい 物はさらわず 草を刈る

             鎌と呼ぶじゃあ 物騒でかんて」

 (「かっさらい」とは物をさらうんじゃなくて草を刈る道具のこと。「鎌」と呼ぶと物騒に聞こえるだろ。*「かっさらい」の説明文。)作者 香釈悠蔵

がとうでえ    「がとうでえ なんでわしがと ぶーたれる

             こいたところで どうもならんが」

 (随分だなあ。なんで自分がって文句言う。言ったところでどうしようもないけど。*こういうのをぶちぶち言うというのだといった見本。)作者 人琴飯鯛

きもるい     「きもるいに めしにサイダー ぶっかけて

             箸でうまそに かっくらうなんてや」

 (気持ち悪いよ。ご飯にサイダーぶっ掛けてお箸で美味そうにかっ喰らうなんて。)作者 望兼新造 

きっちし       「きっちしと 今日は受かるぞ 限定解除

             時間よ止まれえ 一本橋の上」

ぎちぎち     「 ぎちぎちに 詰めたところで 腹はみで

             脱がんとすれど はあ肉に食い込み」

 (無理やりに詰めたところで腹がはみ出る。脱ごうとしたけど膨張して脱げない。*もったないと昔のズボンを引っ張り出すけど体型が変わってはけなかったという悲哀。)作者 洋 源了

ぎゃーつく    「ぎゃーつくと あだけてみたって 駄目だでねえ

             道理んへっこむ 訳ゃあないだで」

 (感情で押し通そうとしても駄目だからね。それで道理が引っ込む訳ないんだから。*クレーマーに言ってみたいセリフ。)作者 清論伯三    

くさるけに        「くさるけに あるでこらしょと 持ってって

             遠慮しんでも 後ゆったりしんで」

 (たくさんあるから遠慮しないで一杯持っていって。後でずうずうしいとか陰口言ったりしないから。*こう言われると逆に陰で絶対言われるなと思えるというお話し。)作者 戸成野場芭阿

ぐでぐで     「ぐでぐでと 同じ話しを せるじゃない

              うだうだぐちぐち ひゃあひゃあうっさい」

 (いつまでもくどい話しをするんじゃない。ぶつぶつあれこれとにかくうるせえ。*遠州弁の特徴でもある反復語の多用を表現。)

けったりい     「けったりい 今日は早くに けえるだよ

             だもんであたあ まかいた頼む」

 (かったるいから今日は早めに帰るわ。後まかしたからよろしくね。)作者 南田与素礼

けったーで     「けったーで ちゃっと飛んでく 風を切る

             切りすぎこけて 頭まで切る」

 (自転車で勢いよく駆けてく風を切るスピード出し過ぎで転んで頭も切った。)作者 若下野板利

げえ       「げえげろを お好み焼きと ゆうど馬鹿

             見ると必ず ゆってけつかる

 (ゲロを見つけると「お好み焼きだあ」と言うアホがいる。見たら絶対そう言うもんだから厭になっちゃう。*本人は洒落のつもりだが悪趣味でしかない。)作者 津井手謙

こどんでる    「こどんでる 下の方にぞ こどんでる

ごっつを     「ごっつをと 思って喰ったら サンプル品

             ぺっぺでちゃいして 元戻すガキ」

 (ごちそうだと思って口にしたらサンプル品だった。ペッと吐き出しさりげなく戻すガキ。)作者 北禰絵奈

さっつける    「さっつけて 身支度けっこく どこいくだ 

             在所寄るにゃあ ど派手なお顔」

 (人に押し付けて自分は身奇麗にしてどこに行くんだ。実家に行くにしては化粧が濃いぞ。*「さっつける」は私実際使わない表現なので自信がない。あと何を押し付けてるのか説明がないのが痛いとこ。)作者 楊両演可 

さしゃへんにい 「さしゃへんにい 勝ち逃げなんか 絶対に

             言われてみたいな 雀荘とかでえ」

ざいしょ      「ざいしょにも たまにゃあ寄らんと かんだけが

             みやげやなんやら きぜわしないらあ」

  (実家にたまには帰省しないといけないんだけどおみやげやら色々と気を使うめんどくさいことが多いからさ。なかなかね。)作者 面堂空斎 

しいらんやあ  「 しいらんやあ あんたなんかの 忘れ物

             どこぞでほかいて きただらあねえ」

しゃびしゃび    「しゃびしゃびの ソースに合うは ハムカツか

             串カツなんかも 捨てがたいだよ」

 (まんま訳しようながい。)作者 清論伯三

じゅるい     「 じゅるい道 雨だあだあの 田んぼ道

             くろによけても すそぬれ放題」

 (ぬかるんだ道。どしゃぶりの雨の田んぼ道。端に避けても裾がびしょびしょ。*味噌は放題のアクセント。「ほうだい」じゃなくてほーだあい」で「あ」を強く。遠州弁じゃないけど。そうすると「ほうだわい」と掛けて聞こえるかなと。)

すけはいる   「すけはいる 後で絶対 恩きさる

             頼んじゃいんだに これで貸しいちな」

 (応援が入る。後で絶対に恩きせられるんだろうな。頼んでないんだけど「これで貸しいちな」って。)作者 余軽尚世和

ずっこい     「ずっこいらあ 合図の前の フライング

             そうでなくとも よそ見さしたり」

 (汚ねえの。合図の前のフライング。そうじゃなくてもよそ見させたり。) 

せんひき     「せんひきで 線を引いても えがんでる

                 どうせりゃまっつぐ 引けれるだかや」

 (定規使って線を引いても歪んでる。どうすれば真っ直ぐ引けれるんだろ。)作者 武記耀也

ぜにかね     「ぜにかねで 事が済むよな もんじゃない

             あんたなにせい しいきただあよ」  

そらつかう     「そらつかう 粗相の後の うちの猫

             可愛い顔して ないことにせん」

 (すっとぼけ。粗相した後のうちの猫可愛い顔してなかったことにする。*つい許してしまう溺愛飼い主の嘆き。)作者 緒弥芭家

ぞんぐり      「ぞんぐりと しちゃうくらいの 寝起き顔

             ばんげしまには がんこ見違え」

 (思わずぞっとしちゃうくらいの寝起き顔。これが夕方頃には凄い見違えた顔になるんだよなあ。不思議。)

ため         「ためと知り いきなしなめた 物言いに

              まとまる話しも これにておじゃん」

 (同年代と知って急に態度がぞんざいになってまとまる話しも台無しに。)

だらあ        「だらあなあ ほれみいやっぱ そうじゃんか

             わしのゆうこん きかんもんでえ」

 (そうだと思ったよ。やっぱりそれみたことか。オレの言うこときかないからそうなるんだよ。)作者 佐喜斐永代

ちみくる      「ちみくった 加減を知らず 血い死んだ

             この馬鹿ちんが あかちんきかんら 

ぢべた       「ぢべたにも 蟻んこらしょと いごいてる

つるくる      「つるくいて 干いときゃなんとか 乾くらあ

              ちゃっとやらんと 臭くなるだで

づら         「づらと言う 今じゃそんなの おりゃせんにい

              今はだらだに 普通だもんでえ」

 (づらなんて言う奴今時いないよ。今はだらだにが普通だから。*リアルなお話し。本当にもう居ない。)   

てんこちょ     「てんこちょを 目指すつうても 高くなく

              野望というより 野暮用済ます?

 (頂上目指すと言っても「てんこちょ」じゃあなあ。なんか野望達成目指すというよりも野暮用済ませる程度の感じだよ。)作者 文宋翁

でなによを    「でなによを なにをやらすだぁ 今時分

              夜も更けたで 明日にせすかや」

 (それで何?何をしたいんだこんな時間に。夜も更けてるんだから明日にしようよ。)作者 世深志新造

とんじゃかない   「とんじゃかない 後先知らんわ かまわすかあ

とんでった     「 とんでった 上にじゃなくて 水平に

              そんなに急いで どこいくだいね

                           「とんでった そんな急いで どこいくだあ

              のんびりこんと いきゃあいいじゃん」 

           「とんでかす ちゃっととんできゃ 間に合うら

              のんびりこんと 支度せるだで」

どひどいらあ   「どひどいらあ おめえ特上 自分並

              たまには食わしょ ええもん喰わしょ」 

なまかあ      「なまかあは なんしょかんしょで やりゃしなし

              いきなししなし あとでもしなし」

 (なまけもの言い訳言ってやりゃしない。いきなりしなけりゃ後でもしない。*しなしの3連発が味噌のつもり。)

なんしょ       「なんしょやあ 人の話は 聞くもんだ

              聞かんとあとで 往生こくにい」

にしゃにしゃ     「にしゃにしゃと しとるとぶっさぐ られちゃうにい

              ちゃっとやらんと どんじかられるで」

ぬしゃあ        「ぬしゃあやあ どっからここに 来た人よを

              わしん言葉あ 通ぜんだかや」

ねぐさる        「ねぐさるで 水はくれん 方がいい

のえ           「そうだのえ おっしゃるとおりよ そうでえの

              だけえが頼むで 聞き返さんでよ」

 (そうだよねおっしゃる通りだようんそうだ。だけどお願いだから聞き返さないでね。*相槌打ってるだけで聞いてない。)

はぜつ        「はぜつさす 風船尻に 置けりゃせん

              びびりここまで および腰たあ」

 (破裂させる風船を尻に置けれない。ビビリもここまで及び腰とは。) 

ばかっつら     「ばかっつら ふんだだこたあ あらすかや

              ふかしこくのも ええ加減にせろや」

 (馬鹿野郎そんなことある訳ないだろ。嘘をつくのも大概にしろよ。話し言葉のまんま。) 

ぱあぷう       「ぱあぷうか なんで迷うだ この道で

              まっつぐ進みゃあ 済むこんじゃんかあ

 (アホかお前は。なんでこの道で迷うんだ?まっすぐ進めばいいだけだろ。)

ひづるしい;     「ひづるしい 夏の日差しは 肌おやす

びけ          「びけこいて ちゃっと帰りゃあ 定休日

ぴんぴん       「ぴんぴんで 今日も元気に 病院へ

              老人会の 集会所かな」      

ふかしこく       「ふかしこく 早起きせるにと  おおそうけ

              でけるもんなら 起きてみさらせ」

ぶしょい        「ぶしょいだで 恒に三歩の 距離を置く

ぷんすか        「ぷんすかと なんかしらんが ぶすくれる

              あだけまくりで はすとんがらす」

へこきむし     「へこきむし ところかまわず への河童

              喰うてる先から 実だかガスだか」

(訳はいらんだろうとて。*そもそもどこに方言があるかというのが苦しい。)作者 原許史 

べんべ        「べんべをば 気張った今日のは 勝負服

              着たはええだが 遅刻でちょんちょん」 

ぺったん       「ぺったんを 戦闘重視と 蝋で塗り

              油ひたすも 腕へたれなば」

 (メンコをさ、強化しようとロウを塗ったりミシン油につけてみたりして知恵絞ったんだけど。肝心の腕の方がね。)作者 翔和之垣

ほれみっせー    「ほれみっせー 人のゆうこた 聞くもんだ

              黙っちゃおれんで いわしてもらうが」

 (それみたことか人の話し聞かないからだろうに。黙ってられないから言わせてもらうけど。*後の祭り的先そんなら言えよという気になる日和見主義の人間が放つ常套句。)作者 何緒小金治

ぼっこい        「ぼっこいの 見た目だけだで とんじゃかない

              こんでええだで 気にしんといて

 (ぼろいのは見た目だけだから気にしない。これでいいから気にしないで。)作者 牟頓知役

ぽんぽん      「ぽんぽんに 乗ってはみたが 足つかん              

まるさら        「 まるさらと 頼んで来たは 丸い皿

              なにょうしとるだ みなきし寄こせ」

 (まるさらと頼んで来たのが丸い皿。なにをしてるんだ全部寄こせ。*お約束のまるさらネタ。)

みなきし       「みなきしに こらしょと持って どこ行かす

              夜逃げとかでも ついにせるだか」 

むっすー        「 むっすーに 舎っ弟こんぞう すねかじる

              わしはじ~じの すねかじらすわ」

めんめえ       「 めんめえで 大魚が釣れりゃあ 世話いらぬ

              誤解招かず ゴカイで招け」

もちっこ       「もちっこと きんのうゆうたに はあ失くす

              つぅらいやあとか 言われかねんで

 (おそろいだよと昨日言ったのにもう失くしてしまった。知られたら悲しいとか言われそうで。)作者 和素礼物磨

やっきり       「やっきりと こいたあげくの 勘違い

              けむんまいても いづようないに」

 (あだけたあげくに勘違いと気づく。上手く誤魔化しても肩身が狭い。)作者 丹木羽孫記

やたらくしゃ     「やたらくしゃ 買やあ金ん 貯まらすか

              なにょう根拠に 溜め息こかす」

ゆうちんちん     「ゆうちんちん 熱くて入れた もんじゃない

               頼むでちゃっと うめてくんさい」

よせる         「よせとくりょ 干しもんちゃっと 雨来たで

               ふんでえたたみゃあ より善い人だぁ

 (雨が降って来たから洗濯物仕舞ってよ。仕舞いついでにたたんでくれたらもっといいのになあ。)

            「よせとくりょ 洗濯もんを あげといて

              よせてあげるは 乳ばっかじゃなし」

よをゆうわ       「よをゆうわ どの面さげて ものゆうよを

               あつかましいにも ほどがあるらあ」

らんごかねえ     「らんごかねえ 人が寄れえせん わしの部屋

               整理せるにも どこ手えつけす

りんという       「りんと言う おんしゃあ湖西か 豊橋か

               通じはせるだが なんか変だに

る           「るが出んぞ ひねくりだそうも からっきし

               やっきしこいても 出んもんは出ん」

れーす         「 レースの日 ぽんぽん飛ぶ飛ぶ 予想飛ぶ

               艇水しぶき 舟券渋き」

ろ            「ろうらろと 言われてどうだろ 蝋だろか

              どっちんこいてる? どうなんしゃろね

 (「ろうらろ」?「どうだろ」なのか「蝋だろ」なのか一体どっちの意味で言ってるんだろうね。*苦し紛れの語呂遊び。)

わし         「わしわしと 和紙に噛み付く わしの犬

              やめよをゆうても 聞きゃあせんだよ」

 (ガブガブと和紙に噛み付くうちの犬。やめなさいって言っても全然聞かないんだよ。)作者 呑紀奈藤三 

をた         「をたこくな どこぞの理屈で えらそゆう

              みなして分かる 物言いにせよ

 (屁理屈を言うな。どういう根拠で偉そうに言うのだ。誰でも分かる事を言え。)作者 碇乃乙三

んとこしょ      「んとこしょ みなで持たすと 声上げる

                ゆってる割りには いごきゃせんくて

 (よいしょっと皆で持ち上げようと掛け声上げる。威勢の割には動いてないけど。)作者 手緒貫太郎

しかし全体的にみるとぶっきらぼうだなあ。それにどうにも上手くつながらんものもある。

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運の使い道

「ついてんやあ。馬鹿おこれるう。」

「いいじゃんか。そんでええだよを。仕事で運使い切るよかずっかましだらあ。」

「ほうかねえ。」

「だよー。これで家帰ったらいいことあるにぃ。」

「だとええだけどやあ。」

「だで、次いかまい。」

仕事こそ全てという人には効能はないが、普通の人にはけっこう効く慰めの気分切り替えの表現ではある。仕事で運使い切るとプライベートにまで運が残らないんだから愉しいことで運を使うべきであってしょうもない事に運使い切っちゃわなくてよかったじゃないかということ。仕事で厭な事に出くわすことは避けようがない。そんなもんだって割り切る方法だろうなと。

別にこういう考えが遠州独特でもなんでもないが、会話全てに遠州弁らしい表現の文章が出来たなと自画自賛したくて記載。

ポイントは「あるにぃ」の発音。「あるにい」(あるよ)ではなく「あるにい」(あるから)。

ちなみに共通語だと以下の文章になる。

「ついてないなあ。ホントむかつく。」

「いいじゃないの。それで正解だって。仕事で運使い切っちゃうよりよっぽどいいって。」

「そんなもんかねえ。」

「そうさあ。今日家帰ったらきっといい事あるから。」

「そうだといいんだけどね。」

「だからさ、次やろうよ。」

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とてもとても2009・1月~3月

 全体的に視聴率という魔物に愛されたドラマはいつもより少なかったのかなと視聴率データを載せておられるブログとか見てると思えてくる1~3月期でありました。「定番」の作品は相変わらず安定していてそれが全体的な数字を引っ張り上げてるような感じでしょうか。それにしてもいつもより野次馬(視聴者)が盛り上がる感じがしてこなかったです。去年はこのブログのような末端のところにも流れ着く方が多かったほどドラマへの関心が高い作品が各クールに一作品はあったのですがこのクールは文字通りクールな反応だったような気が。

この要因の中に画面右上にででんと鎮座まします「アナログ」表示又は「テレビ局名」表示がうっとおしくて気が散るってこともあるんでしょうか。まあ3月は新しい季節で生活が変わる準備やらなんやらでテレビ見てる暇が視聴者にはない時期ということでしょうけど。

そうはいっても送り手側が指をくわえてこの時期過ぎるまで耐え忍ぶとしてた訳でもなく初回は15分拡大とかして盛り上げんと欲されておられましたが。終わってみれば最終回も15分拡大のご褒美がついたのは「キイナ」と「ヴォイス」だけ。私的には観るぞと宣言した作品は全て完食出来たのでいい1~3月期であったんですけどね。やはり世間と私の感覚はずれてんだなと改めて思う次第で。

「本日も晴れ。異常なし」

少人数の悲哀が色々と映し出された風に思えたドラマという印象です。過疎として死に往く島というお話しの中での少人数もそうですが、なにかことあるごとに右往左往しながらも皆で集って前に進んで助け合っていこうとする人々がお馴染みの10人いるかどうかという超少数精鋭な光景。

お話しは地域に根付いた警察の在り方を提案したとも読み取れるくらい「民事不介入」という言葉がちょこちょこと浮かんできて観てました。うらら先生と駐在さんの恋物語は唐突過ぎていくら選択の余人がいないからとは申せはしょり過ぎではと思いました。それに男子がクールで女子が熱するという行動パターンは今の風潮なんでしょうか。色々と勉強になります。参考にはならないけど。

役者さんでいったら青木崇高さんが良かったな。

好きなセリフは「異常なしを積み重ねるためにどれだけ苦労していくか・・」みたいな起きてから動くのではなく起きないために動くという地道な努力という正義のあり方を述べた言葉。

「メイちゃんの執事」

朝の番組で今巷ではこのドラマの影響か若い女性を中心に子供までもが執事ブームになっているとか。執事に夢を乗せているということなんでしょうが私的には夢が被らないので「ふ~ん」で以上です。ということは観てる側の多くはお嬢様ではなく執事に視線を送って観ていたということで、私は「榮倉奈々」を観るドラマと思って観てた訳でありまして。随分ずれた視点だったんだなと気づきました。でも結局女子に好かれる(好感度が低くはない)榮倉さんがお嬢様を演じているから榮倉さんならいいよということで観てる人が多かったんだろうかなと。これが我が地元の勇たるとあるお方でしたら何様よとか言われて不評に陥ったりしちゃったりなんかしちゃうんでしょうか。私にはいい意味で違いが分からないんですけどね。

まあいづれにせよ、執事という設定にする理由がイマイチ理解できなくて執事とお嬢様じゃなくてタレントとマネージャーにすればよかったんじゃないかと言った私の感覚ではこれほどの支持は得られなかったんだろうなと感じた「執事」ブームを巻き起こした要因のドラマだそうな。そういう意味では女子の憧憬を具現化してみせたドラマなんだろうなと思えます。

「トライアングル」

犠牲というか失ったものが多すぎて最後が虚しく儚い印象が強くてどうだろ?という想いが残る感じでした。真実を知ることの代償にしては高くついたよなあと。作り手の方で手心を加えれば明るい未来が予測できた終わり方になれただろうに何でしなかったのかなと能天気なお気楽主義の私には思えました。それはサチ(広末さん)が一命を取りとめていさえすれば叶う可能性があったということでありまして。終わりよければ全て善しという展開とは真逆の印象です。まあ警察官が犯人というのは好みじゃないせいもあるんですが。

途中(中国行く前)までは面白く観れたんですけど。不幸のまま死んでく人が多すぎた印象で侘しかったです。

「キイナ」

役者力で魅せてくれたドラマという印象です。菅野さんはもちろんのことひらっちや小池さん・沢村さんも良かったなあ。最終回15分拡大のご褒美がついたドラマでありますが何故か私がブログで感想書いてるこのクールのドラマの中で一番反応が少なかったです。楽しめる作品だけど余韻があまり残らないのかそれともシンプルイズベストで非常に分かりやすく他の人の感想とかで意見を比べる必要がなかったのか。視聴率とブログのアクセス数が連動してこない作品でした。不可解の解明を楽しむというより役者パワーを愛でる作品だったような気がしてます。一番安心して楽しく観れたのと続編が出たら絶対観るなと思えるドラマでした。

禁句なのかもしれませんが多分に○畑○三郎やコロン○を意識した作りになっている嫌いが見受けられますのでそういう呪縛から放たれて独自な捜査が提示されればもっと面白くなるよな気がします。

「ありふれた奇跡」

一番観るのによいしょと気を引き締めないと観れない感じのドラマでした。「奇跡」ってのがなにかを毎回ずっと追っかけしてたんですが一話一奇跡ということではなかったようです。タイトルの意味も分からず仕舞いでありましてなにがありふれてたんだろうという想いがありますです。

役者さんの年代の違いを特に感じたドラマでもあり井川さんや八千草さんといった海千山千の方のよどみないセリフ回しと加瀬さんと仲間さんのつまづき加減なセリフの発し方との格差を非常に感じました。もちろんそういう演出意図の下にセリフを言っておられたのでしょうから役者さんの技量として上手い下手ということではありませんが。

「ラブシャッフル」

昔チラリと観たトレンディドラマみたいな生活感の漂わない粋な貴族風味という印象が強かったです。真面目に遊んでるというか切迫感がないというか。もちろん人間ですから色んな葛藤や苦悩を抱えてそれを乗り越えていくわけでありますが。キャラが輝いてナンボの世界なので、それを具現化させる役者さん命でありましょう。そういう意味では満足できたんですが、主人公の愛の終着点に違和感を感じるので物語性の結末はあっそうでした。

殆ど役者力で成り立ってたような印象を持ちました。

「ヴォイス」

若者が馬鹿者化する青春らしい瞬間の部分と法医学に取り組む真摯さが上手く混ぜ合わさって愉しいドラマでした。遺体から全てを読み取るのかと観る前は思っていたんですが、主人公達は自らの足で物事の道理を積み上げていく刑事的要素が多めというのがイメージと違っていました。どちらかというと泣かせる話しに方向性が向いているのですがきちんと観れました。続編が出たら観たいなとその空気感が気に入りましたでございます。

月9というのが意外な感じの異色な勢いを感じました。とてもチームワークを感じてみんなして作り上げてたドラマなんだろうなと思いました。

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*やわこい

柔らかいと言う意味。

以前「やあこい」という記事を書いたのだが意味はほぼ同じで言い方の違いだけじゃないのかという事もありうるのだがなんとなくニュアンスが異なるので別記事で記載。

「やわ」には「柔」・「軟」・「和(らぐ)」という漢字が使われそれぞれ意味が異なる。

そして使い方としては共通語だと「やわな奴」とかいう軟弱的意味の使い方が普通であろう。

しかし個人的印象としての遠州弁ではむしろ「やあこい」の方が軟弱な印象を受ける。そして「やわこい」には「和こい」的な感じに受け取れる。したがって期待に反して柔らかい場合には「やあこい」を歓迎的な思ってた以上に柔らかい場合には「やわこい」といった使い分けをしているように思われる。あくまで個人的見解であるが。

ちなみに「やわかい」・「やあかい」という言い方がありうるが「やわかい」という言い方はしないように思われあまり聞いた事がない。

例文1(やあこいの使い方例)

「だいぶ道んじゅるくなってるけど長靴にせるだ?貸しちゃるにい。」

  (大分道がぬかるんで来てるから長靴履いてく?貸したげるよ。)

「そうしたいとこだけえが、後ん気張ったとこ寄らにゃかんもんでえ。」

  (そうしたいのはやまやまなんだけどこの後きちんとしたとこに出なくちゃいけないからいいや。)

「ふんだだこんこいたってはあ下がんこにやあこくなってるだでそれじゃこきたなくなってかえって入れんくなるらあ。」

  (そんな事言ったってもう足元物凄く柔らかくなってるんだからその靴のままだと汚れてかえって入りづらくなるじゃないの?)

例文2(やわこいの使い方例)

「やあなんか腹ん減ったでなんかない?」

  (ねえお腹空いたなんかない?)

「晩餉のご飯の残りならあるけど、はあ飯んこわくなってるかも。」

  (夕食のご飯の残りならあるけどもうご飯硬くなってるかも。)

「茶漬けで喰やあやわこくなるらあ。」

  (お茶漬けにして食べれば柔らかくなるだろ。)

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ヴォイス・命なき者の声 その11

 強引な解釈ですけど「それでも地球は動いている」みたいな「都合」の下に学問が位置する有様が描かれていたのかなと。これでへこんだら自殺で保険金貰えなかったいたいけなか弱い家族に対しての酷としか言い様のない真実の認定とはなんぞなんぞやということになってしまいますです。例えて云えば警察は悪い奴を逮捕するのではなく社会を運営していく上での障害を排除する組織であろうという正論と正義の違いみたいなものが、この法医学という学問の世界でもありうるのか。ってな感じでしょうか。

15分拡大で有終の美を飾る。それぞれの別離が描かれていました。

法医学嘘突かない。インディアンが如き真実の追究と認定の食い違いでありました。結果「真実」が「都合」に勝った訳ですがそれでも言葉汚いですが大学でのお裁きは江戸追放の刑は免れぬ仕儀と相成り候。その理由は大己(瑛太さん)を筆頭とするその行いが学生にあらずしての行動への管理不行き届きであったとさ。飛ばす名目が変更(すり替え)になっただけのような理由のような気もしますがそういうことで流れは変わらない組織の掟でありました。

確かに大己見てると刑事もしくは探偵さんって感じがずうっとしてましたからその行動が宜しからずという越権みたいだという学校側の見解は納得ではありますが地位を駆使しての権力のパワーゲームに見えたことは確かですな。

全5ヶ月の物語だったんですね。そう考えると波乱万丈な生き方だよなあと。

最終回は全体的に流れゆく儚さがいとをかしといった風情でありました。すべて余韻残しで。最後は悪党の声をついに聞くのかなと思ったんですがそうではなく全話通して善人の声でありました。テーマというか言いたかったことは昔の事故現場の回想シーンで語られてたことに尽きるんでしょうね。

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*ほっぽなげる

放り投げると言う意味。軽度の遠州弁だと「ほっぽりなげる」。ただし広範囲の地域で使われている表現で遠州独特ではない。

「ほっぽる」は以前記事にもしたが「放る」という意味。

「ほうらかす」・「ほかしなげる」も「放り投げる」という意味で、この使い分けについては「ほっぽる」という表現の方が「ほうる」よりぞんざいに聞こえるので雑の度合いの違いであろうか。「ほかす」は打ち捨てるというイメージが強くなる。ただし放り投げる自体丁寧な扱いではないので五十歩百歩ではあるが。

「ほうる」だと上や遠くにに放り投げるイメージで「ほっぽる」だと下や近くに投げ出すイメージが湧く。それに「投げる」がつくと慌ててとかいやんなってみたいななにがしかの感情がこもる感じになるような気がする。

直接的な物を投げる行為以外にも仕事とか作業とかを放り投げるとかいう場合には「ほうらかす」ではなく「ほっぽりなげる」を使うことが多い。この場合同じ意味で「うっちゃる」・「うっちゃらかす」というのがある。

強度の遠州弁の場合は「ほっぽなげる」・「ほっぽらかす」・「ほっぽかす」と表現する。ただし「らかす」・「かす」は放るというより放置というニュアンスが強くなることがる。

合ってるかどうか自信が無いが、名古屋的だと「ほっぽらす」がらしい感じになる。遠州ではほとんどこの表現は使われない。

例文

「あんたあ仕事ほっぽなげてどこ行ってたよを。」

  (あんた仕事そっちのけでどこ行ってたのよ。)

「なんか表どんちゃんしてたもんで見い行っただよを。」

  (なにやら表が賑やかしいもんだから何事かと思って。)

「なにやってんだか。」

  (なにしてんだか。)

「それがわからんだよを。人ん一杯でよを見えんくてやあ。なんしょ音だけなんかどんちゃんやってた。」

  (それがさ。人が一杯でよく見えなくてねわかんないんだ。とにかく音だけは賑やかだった。)

「そんなねえ仕事うっちゃってまで見いいって何ん楽しいよを。」

  (あのねえ仕事放り投げてまで見に行って何が楽しいの?)

「だで、見ちゃいんだで分からんだよを。」

  (だから見えなかったから何楽しんでるのか分からないんだ。)

こういう仕事しろよと言ってる人と行った出来事を説明しようとやっきになってる人との噛み合わない会話は第三者としては面白く聞き入ってしまって結構楽しい。

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ドラマ 黒部の太陽 後編

 本当に誰が主役と言い切れないほどの群像劇でありました。エンドクレジットの表示が五十音順というのも非常に頷けます。

とにかく画が綺麗でしたね。山の画が好きです。四季の移ろいがどうのこうのじゃあなく私、山の空撮は好きくなくてこのドラマのように山は地に足着いて息を感じ仰ぎ見るか分け入るものと思っていまして。そして目線から低い山でも山は見下ろすものであって見下す(みくだす)ものではないと。そうしないと山に流れる悠久の時間の流れというものが感じられないもんですから。そういうものがきちんと画になっているようで好きですわこのドラマの画は。見てくれが雄大でも空撮では映らないものが多すぎると思っています。

後編になってより現場の緊迫感の臨場感がびしびし伝わってきて、仮想体験(想像キャラ)として自分がドラマの中の登場人物として潜り込もうにも自分の居場所が見つからないというか役回りがないというか。主人公の気持ちになってとかいうレベルじゃなくて、漢と書いて「おとこ」と読む世界はなまちょろな私ではホント身の置き場がない感じでした。しいて探せば音を上げて「ハハ キトク スグカヘレ」の電報握り締めてそれっきり戻って来ない作業員くらいでしょうけどそれじゃあドラマについて行けなくなるんで苦労しました。でも置き去りにされた感じはしなくて前編同様あっという間の勢いでした。

観終わっていい訳を考えるなら、お邪魔虫で都合のいい時だけ出没する報道記者のアシスタントみたいな気になって観てたのかなと。

当たり前の事だろうけど、大事を為すにおいてすべての人がベストを尽くす事が必須の条件でありこの事業が成し遂げられたのはこの条件を満たしていたということなんでしょうね。そう思える程上から下までかっこいい仕事人の集合体でありました。でも時代が大人達が夢の実現に向かって馬鹿やれた(無謀かもしれない挑戦が出来た)風潮が存在してたんだろうなと羨ましい感じがします。意気に感じるとか使命に燃えるとかが先行していい時代で結果を怖れないところが成果を追求する今と違うのかなと小物の私としてはそう思ったりなんかして。

前門の破砕帯後門の後顧の憂い。先の見当がつかなく虚しさが募る作業と順調に行かない不安から家族の心配や自身の迷いから諦めたくなる気持ち。こういう時こそ支え合わなくちゃならない同じ釜の飯を食う仲間が脱落しかける様は停滞の時期で観ていてしんどかったです。不屈というには随分と迷いが見受けられましてやはり生身の人間がやってるんだなあという思いになります。この停滞を乗り越えてこそのエンディングに向かう感動というものだと言い聞かせてチャンネル浮気しないで堪えて観てました。

親方(香取さん)「それこそ山勘だ」とかギャグかましてましたけどジョーク言うんですかね。他にも言ってられてたみたいですけど大雑把に見直しした時見つけられなかったのですが、へらず口も含めて苦しい時こそ笑えという前向きなお人なんでしょうねきっと。そんな親方でも幸江(綾瀬さん)との恋は実らず歯痒かったですねえ観ていて。結婚するんですといった時に「行くな」と言えば済むことなのにその一言が言えないってのは分かっちゃいるけど言えないんですよね。女性の方にしてみてもあれが精一杯の「私の事どう思ってますか?」という求愛でしょうからあの当時は。つくづくもったいないことをする親方だなあと思いました。今の世なら平気の平左で「行かないで」と哀願してでも意地もなく言えるんでしょうけどあの当時じゃあやっぱ無理なんだろうな。女性にゃからっきしだけど男相手にゃ惚れさせるって感じでまさに親方と呼ぶに相応しい勢いでした。それに親方を演ずる香取さんに違和感なぞまったく感じませんでしたし。

社長さん(中村さん)もエエ人やあ。親方との対面に至るまでの行動理由が心打ちました。その後の踏ん張りもかっこよかったし、確かにこの人にならついていこうと言う気になりますです。料亭の席でのみなさんかっこよかったです。上に立つ者の鏡みたいでした。ああいう形式(格式)ばった中での腹を割った劇みたいなことでも現実に行なわれているんだろうなというリアル感がありました。

滝山(小林さん)もこれぞ仕事師という泣いて堪るかの生き様がかっこよかったなあ。親方の仕事人とは違ったプロ(専門職)の凄さが迫力ありました。使命の為なら家族も泣かす。泣かすは芸人ばかりにあらずの美学?悲学?。尊敬と敬服に尽きる感じです。

女性陣では、親方のお母さん役の泉ピン子さんが印象深かったです。シーンとしてはお盆で迎え火焚いてるシーンが良かったなあ。女性は髪の毛のごわごわ感や化粧の違いに対応できず時代が遡れないお方が多いのですが泉さん風吹ジュンさんと浅野ゆう子さんは流石です。きっちり時代を感じました。これは年齢の若い若くないの違いというものではないような意識の問題かと。仕方ないのかもしれないですけどね。

背景はとにかく車や家の景色とかよくぞという勢いでありました。黄色いトロッコ列車?みたいなのはCGだろなと思える作りに思えましたがそれ以外はほんと物凄く細かいところまで時代考証されてたんでしょうね凄い凝り様に映りました。

ホント各人それぞれ画になっていてみんな主役だからそれぞれ書いてたらキリがないのでありますがとにかく印象深いです。すべてにおいて万々歳と諸手を挙げてこのドラマを礼賛するつもりはございませんが、とにかくいいもん観させていただいて感謝しますです。

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*くさる(で、早口言葉)

「~やがる」という訳でいいのか微妙だが。

「しくさる」なら「しやがる」。

「やりくさる」なら「やりやがる」。

言葉遊びみたいだが「くさりくさる」(腐りやがる)という表現もあり得る。

もっと図に乗って「くさりくさりくさる」(鎖が腐りやがる)。

より調子こいて「くさいくさりくさりくさる」(臭い鎖腐りくさる)。もっともこういう場合は「どんぐさい鎖ん腐ってけつかる」・「どぐさあ鎖い腐りくさる」などという言い方をする方が多いので机上の表現だが。

机上の空論を飛躍させて早口言葉化すると

「くさやのくさやでくさくくさりくさりくさるでくさびでとめくされ」(草屋のくさやで臭く鎖腐りくさるで楔で止めくされ)

意味は「草ぶきの家にあるくさやの匂いが臭くて鎖が腐りやがるんで楔(くさび)して止めやがれ。」

もちろん臭いで鎖が腐る訳はないし楔で止まるかよという意味不明の部分があるのだがあくまで語呂遊びということで勘弁してくんなまし。

というかこれ(くさる)が遠州弁かどうかは非常に疑わしいのではあるが。早口言葉のアイデアが出たし実際使われる表現なので方言として記載。

「けつかる」と「くさる」の使い分けはいまいち不明。ニュアンス的には五十歩百歩のような気がしてるがどうでしょう。「けつかる」は関西風で「くさる」が関東風という感じもあるか。遠州ではどっちも使う。

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帰ってくるのか!?33分探偵 

初回?(もしかしたら別物?)は幼少期の鞍馬六郎の活躍が描かれていました。当然なんでもありな世界感を前のシリーズで構築済みですから堂本さんも水川さんも高橋さんも出てこないという手もありなんでしょうけど。下衆な勘繰りするならばある意味ネタで勝負で役者さんはうっとおしさと厭味さえ感じられなければ別に堂本さんでなくてもいいのではという挑戦というか試作かみたいにも映る感じでした。もちろん作り手にそんな思惑はないでしょうけど。

やっぱこのキャラは「堂本剛」=「鞍馬六郎」であって他に替えは存在しないんだなというのが確認できたみたいな。子役にそれを求めるのは無理だということもあるでしょうけど一所懸命に演じていてはあの脱力系は表現出来ないなと。堂本さんの力の抜け方が独特で心地いいんでしょうね多分。

それとリカコ(水川さん)の異様なはしゃぎとの兼ね合いがなんやかやでいい塩梅でありまして。明確なツッコミが存在しないこの全員ボケの部類に属するメンバーでこそという刷り込みがもう定着してます私の想いの中には。今時珍しい、パターンの繰り返しがお約束として楽しいというのもいいです。恒になにか目新しいものを繰り出し続けて消耗戦になっていくよりも決まったパターンをあの手この手で育てていくというか知恵を巡らして変化をつけてく感じがいいですな。作るほうはどっちも大変なんでしょうけど。

それにしても33分持たせる探偵さんが今度はドラマとドラマの間の4週間を持たせてやるというフレーズには笑えました。テレビ局の都合のまんまじゃんか洒落になってねえぞと。こういうとこがリアルに「堂本剛」=「鞍馬六郎」だなあと思えてきます。嫌いじゃないです。

ここは「じっちゃんの名に懸けて」見事持たせて欲しいところです。

いづれにせよ又観れるのは嬉しいです。何が愉しいのか理解しきれてないんですがドラマ観てにやけてる自分が許せることは確かです。

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ドラマ 黒部の太陽 前編

 映画の方の話しではございません。テレビドラマの方の話しです。凄くいいです。久方振りにドキドキしながら観てました。

かたや命賭けてもの「使命」、こなた命張る「意気地」の美学。ぶつかり合いながらも成し遂げるために突き進む。迫力ありましたなあ。胆の据わった組織人と胆の据わった野性人の合作。それを送り出す人達。凄く惹き込まれてあっという間でありました。画もすごく綺麗かつ丁寧で、そして波乱万丈で。もう早く後編観たいですわ。

全編は「出陣」の前の「みそぎ」と俗世との断ち切りが主に描かれていた風に思えました。まるで戦地に向かう前のような(自分経験ありませんけど)。そもそも私生まれてませんから戦中派の日本人は先人であって実際一緒に仕事した経験は戦争を知らない子供たちの人々としかしたことないんでかく提示されればふ~んそうなんだと思うしかないのですが。かっこいいですな。こういう大人の下で働いてみたいと思いましたわ。

なんかあれば直ぐ横槍が入って頭下げ捲くって後退してしまう今のご時勢からすれば信念を貫ける環境があったってことなんでしょうか。負の要素として弱者には泣き寝入りをしなければならない世間とか色々ありましょうが仕事に対する意欲・信念を持つという意味では今よりずっと前を向いて取り組めそうな気がします。我を抑えての空気読みショーもしくは言った者勝ちの現代よりかはっきり言い合える相手に媚びないのがいいなあと。今との違いで象徴的だったのが現場で死傷者が出た時の死を悼む責任者に喝を入れるシーンでしょうか。今の管理責任者だったら間違いなく死にうろたえ萎縮する(起きてしまったことを悔やむ)のが普通の思考でありましょうがそんなんでどうすると諭す姿は今じゃ考えられないことかもしれません。でも私は納得です。

 もう出て来る人皆それぞれ人生背中にしょってて誰がどうのといちいち挙げていられないほど生き様が映っていました。ホント誰をチョイスしてもドラマの主人公になり得そうです。でも親方の香取さんと滝山役の小林さんは特に説得力ありましたです。倉松班の面々も一癖ありそうな人ばかりでそれを統べる親方の男としての力量を表わしているような相乗効果もありました。火野さんが効いてました。

ここに描かれている人達は戦争に行って命の切り貼りを経験してきて復員してからも仕事場で命のやりとりと恒に戦さ場におられたという感じがしてきて。これって達成感や充実感と共に生きてるという実感は半端なく満ち満ちているだろうけど今の感覚でみたら幸せを感じておられたのかなという気になりますです。家族を省みなかったり自分のやりたいことを蓋したりとか。我慢や辛抱が当たり前の資質だった時代なんでしょうか。それにしては豪快に会議とかでやりあってた開放する部分もあって。今の人種とはやっぱ違うなあと。でも比べたら今より昔の方がいいような気がしますです。たとえ状況が似通っていたとしてもはっきり戦争と違うのは「俺たちは大義名分で命を張ってるんじゃない」というセリフで述べられていた何のために全力を尽くすのかという目的意識の違いでしょうか。

まあホント心の沁みるセリフがあらゆるところに配置されていてきちんと見直さないと挙げきれない勢いでした。

 とんちんかんな感想ですけどコマーシャルが流れるとなんかほっとしました。現代に帰って来れたみたいで。そう思える程昭和31年にタイムスリップしたみたいな気がしてました(もちろん生まれてませんけど)。それと共に現代に一時戻ると現代の物の豊かさとドラマの世界での違いが見比べられるような気もしました。いざや豊かさを享受せんと謳うコマーシャルと仕事を成し遂げて豊かさを導かんと欲した時代との対比が出来たみたいで。ホントそう思えてくるほど世界感に染まって観てました。

いよいよ本当の困難が訪れるところで後編へ。いいとこで切られますなあ。後編への期待感抜群です。

 長丁場のドラマですのでリアルタイムで観ただけで見直しせずに感想書いてますんで役名を含め曖昧な部分や勘違いもあるやもしれませぬがご勘弁願います。

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*馬鹿こいちゃかんて

馬鹿を言うなという意味。

ニュアンスとしては無茶なことを言うなといったところであろうか。「冗談はよせ」という意味でも使われるし「冗談じゃないよ」といった真剣否定の場合にも使われる。

他には「馬鹿いっちゃかんて」・「馬鹿ゆわんで」とかがある。

例文

「今度出た新型見た?」

「本物見ちゃいんけどカタログは見た。」

「馬鹿いいと思わん?」

  (すんげえいいと思わない?)

「いいよを。」

  (勿論いいよなあ。)

「欲しいけど どたけえ よなあ がんこ。」

  (欲しいけど高くて手が届かんよなあ。)

「ローン必死こきゃあなんとかなるらあ。」

  (ローン組んで切り詰めればなんとかなるんじゃないの?)

「ええよなあおんしゃあ余裕あるでえ。」

  (いいよなあお前は生活に余裕があって。)

「馬鹿こいちゃかんて。どこにそんな余裕あるでえ。」

  (冗談言うなよ。どこにそんな余裕があるっていうのさ。)

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