« *浜松弁なんていう言い方は知らんにい | トップページ | *うそにきまってるじゃん »

JIN・仁 その11

 最終回。素直な感想を述べれば、こりゃ絶対続編あるな。もちろん歓迎ですけど。全くもってとても終わった気がしないのは私だけでせうか。それとも原作がまだ終わっていないのでこうせざるを得なかったのか。

最近死亡フラグなる余分な豆知識を覚えてしまったせいで、ひたすら野風(中谷さん)に死亡フラグ立ちまくってるなあと興ざめな事思いながら観ていたんですが、ここまで林立すると逆に助かるもんだという確信になってくるという気になるのはあら不思議。

なにごともほどほどが肝要ということでせうか。

それにしても仁先生(大沢さん)と咲(綾瀬さん)は以心伝心。どんなに離れていても心の声が伝わるというのは決して一方通行の想いなどではないんでしょうな。橘の家には戻れそうにはなさそうなので、ここまできたら仁先生に責任とって貰うしかないところでしょうな咲の未来は。

野風の顛末は結局ハッピーエンドの部類に入るものなんでしょうか。終わりごろに西洋の建物の前でチラシ配ってる姿が映し出されていましたが。篭の鳥から抜け出れて自由に羽ばたけるようになったということでは大いなる解放ということになりますが、けっこいおべべ着てそれなりに一目置かれる存在でありんしたのにねと思うと無一文で放り出されて世間の荒波に辟易してる風にも受け取られ。自立した女性の魁(さきがけ)という構図であるとも勘繰れも出来。なんか微妙でありんした。一瞬なんで明治の世になってるんだ?と勘違いしてしまいましたしイマイチ分からないところでありんした。まあ明治の御世になればお武家さまは没落の憂き目に遭うんでお妾さんで生涯裕福に暮らしましたとさという訳には行かなかっただろうから上々ということなんでしょうな。

写真の消失は解放の証。つまりこれにて現代に戻るという意識は棄てて江戸の今を生きることに専念するってことなんでせうかね。輝いて見えるということでは介護に明け暮れる現代より江戸で懸命な仁先生の方が格段に輝いて見えましたしね。

前回のモヤモヤ(それぞれの人物の想い)はこの回全てクリアになった勢いを感じたのでありますが、全体としての大きな謎(仁は戻れるのか・現代で手術を受けたのは誰・あの不気味な赤子は何・偏頭痛は何故・時計の針を早めた因果はどうなる)の諸々の答えはスルーされたみたいに感じられました。

恋人未来の方は元気に講義してたみたいなんで仁のやったことは本望(正解)だったんでしょうけど。

したがって以上のことから受けるドラマの印象としましては、人間はちっぽけなものでありただ翻弄されるのみ。だからといって悲嘆に暮れて未来を描き憂いてばかりでは駄目で、ただ毎日を懸命に生きるのみ。それによってこそ充足した人生を送ることが出来るんだというドラマのメッセージと受け取れましてでございます。まあ家に引き篭もっていないで外に出なさいということなんでせうか。

 ところで言ってはならぬことやもしれませぬが、静岡県では番組中選挙速報が流れて、不遜ではありますが正直興ざめでありんした。流石にこれでもかといった連呼はなく一度で治まりましたが、やっぱね。

もちろん地震とかの災害の速報はその重要性を考えればいかなる番組中においても速報を流すのは当然必要なことでありますが。でも選挙にそんな緊急性があるのかなと、それも当確って。当選(確定)しての速報なら分かるけどと思えてしまいますわ。

 今後続編があるとしたらば観たいシーンはですなあ、日本人を未開人と小馬鹿するみたいな西洋人に仁が医術でギャフンと言わせるところを見て見たいですな。

次ぎ観る時はドアップの連続じゃなくて全身でその佇まいを愛でたいな。例えば咲と野風が対峙して座してるシーンとかで武家のおひいさまの凛とした姿と花魁の幾分しなだれたような艶っぽい姿の対比とかじっくり観たかったきに。

|
|

« *浜松弁なんていう言い方は知らんにい | トップページ | *うそにきまってるじゃん »

2・2009年のテレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/47070297

この記事へのトラックバック一覧です: JIN・仁 その11:

« *浜松弁なんていう言い方は知らんにい | トップページ | *うそにきまってるじゃん »