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ギネ・産婦人科のおんなたち その5

 反抗期の意義。なるほど。己の無能を知るって事。確かに。

でも今の人達ってお金さえ出せば「お客」という名の「神様」に崇め奉られてるんだから、親に反抗しきったところで無能を知るには至らないような気がするのは気のせいか?

いづれにせよ柊先生(藤原さん)は救えなかった命の存在を認めたくなく、忘れ去ろうとしているところにあれまでありました。

まあ私もいい歳こいてガキみたいな真似してたりもするんで人の事をああだこうだ言う立場じゃないんですけどね。むしろ柊先生はお仲間というか出来れば逃避して過ぎ去ってくれれば万々歳なタイプということでは共感する部分も無きにしも非ずや。

それにしても喫茶店での旦那さんに対する対応は衝撃的でありましたな。周りがあれだけ大人の対応に苦心してるのにそれをものの見事にぶち壊しておられました。私なんかでも最低限でも自己弁護に勤しんでなにはともあれ心証だけは良くしようとしますけど、柊先生は初志貫徹で誰に対しても「立ち止まっていられない。もう忘れることにした。」と言い張っておられました。その不退転な意思は尊敬に値しますけどいくらなんでもそりゃないだろうと思いましたですよ。

ゴングを鳴らす方(訴訟を起こす側)は全てがクレーマーではなく、ガードを固めつつファイティングポーズを取られたからこっちも構えることだってあるんだという事を表わすという設定であるならば、まあなるほど確かにそうだよなあと思えなくもないところですが。

こうなったら嫌だなという展開に転んで行きそうで、どうも観るに忍びない感じになって参りました。現代の産婦人科医療を取り巻く様々な問題点を取り上げるドラマという謳い文句とは少し離れて柊先生という特殊な人物を描くドラマへと変貌しつつあるように見受けられてきました。

他の科の3倍の訴訟率という「訴訟の高リスク」ということで訴訟の問題をドラマとしても取り上げて訴訟を描くという必然性は理解できるんですけど事の発端が不誠実な態度によるものというのはどうなんでしょという感じを抱くところです。

 どのみち今回は後始末というか前向きな生産性の光りが見えない状況が主に描かれてましたんで観ていてしんどいものでありました。この先光明がどうすれば見えてくるのか皆目見当もつかない感じで。柊先生にはお辞め頂き玉木先生(上地さん)は患者さんの死にまつわる暗いイメージと三角関係のダブルパンチに嫌気が差して辞めちゃいそうにしか思えないのですが、これがどう明るい希望へと進むというのでありましょうか。

 勝手な想像ですが、なんか和解の糸口は徳本さんの娘(吉田さん)が握っていそうですな。後もちろん柊先生の変化でしょうけど。糸口が読めませんですわ。

 それと話し飛びますが、病院長の娘先生(ユイカ)の玉木先生への恋心の芽生えがいつ発芽したのかよく分からぬまま進行していってますなあ。いきなしチューですよ。不思議。

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