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東京DOGS その2

 日の本で拳銃ぶっ放して画になるのは、バカボンに出てくる「ホンカン」か両さん。古くは西部警察くらいなもんかと思ってたけど。

高倉奏(小栗さん)というキャラはその輪の中に追加してもいいと思えるくらいの爽快なぶっ放し様だ。背広を愛用するのもマスターキートンみたいで実践を潜り抜けてきたプロっぽいし。それと家庭環境のギャップ(まあお母さんが理由だけど)があって。なんかアリに思えてしまうというかこんな奴いたら面白いよなあと思えますです。

で、第2話。冒頭の会話があまりにもくだらなくて緊張感の欠けらもないとこがなんと申しましょうか。好きです。

親父を嫌う男の子の心境は、自分も最強の反面教師だった父親は嫌いでしたから理解できるところです。もっともこのドラマのような仕事の為なら家族も泣かすが社会的には成功者という部類の人ではなく呑まれる打ち込む買う度胸もないという下から数えた方が早い部類の親父ですから比較すること自体間違ってはいますけど。

でもまあこの弁護士様も「悪徳」という言葉が頭に付くみたいで自慢の親という訳ではなさそうですな。

子供がゲームがどうたらこうたらとごねる様観てなんだよこいつも今はやりの唯我独走の予備軍かあと思ったんですが、高倉(小栗さん)の説得で変化したとこはよかったなあ。子供だからという甘えを許さず一人の男として道理を説くという説法は自分に責任を持てと諭してるようですっきりした部分大でありました。父親が一人前として扱うのと他人が扱うのとでは全然その伝わる意味が異なるんだよなあ。怒るにしてもそうで誰彼構わず是々非々で怒る頑固じじいの存在価値と同じなんでしょうかねえ。経験値から言うとうざい限りなんですが必要なんでしょうねきっと。そういうことを高倉が行ったという図なんでしょうか。

ところで松永由岐(吉高さん)は敵か味方か見方が判らなくて微妙ですわいな。今のところ仲良くやってるけど記憶取り戻したら追ってる組織の一味だったなんてパターンだったらいやったい話しなんでどこまでその愛嬌を愉しんでいいのか判らないって感じです。存分に愛でるならその揺るがない立場がなんなのかというのを早めに提示して欲しいところですけど。先週自決した一味の人間は知り合いみたいな口ぶりでしたから一概に被害者という訳ではなさそうなので気を許して観ない方がいいのかな。

でも精一杯守った挙句が敵だったなんてのは観たくはない光景ですからねえ。そうならないことを願うところです。

舞島(大塚さん)の不退転な決意のイエスガールぶりもなんら悪びれるところがなく明快で。ここまでくるとホント笑うしかないところがまさに毒を喰らわば皿までという勢いか。この突き抜け具合が魅力です。ここまでくると厭味が失せるというか。

話しを戻して不協和音の親子。親の心子知らずというけれど、自分が親と同じ歳になれば理解するという後の祭りを謳った格言だろうけど、それは自分の事を精一杯生きて家庭を省みない親には当てはまらない格言だと思うのです。

このドラマでは最後子供を想う気持ちが勝って(目覚めて)良き父親に変身しましたけど、仕事上のトラブルでもう仕事が嫌になったくらいでなきゃなかなか目覚めて殊勝にはなれないでしょうに。とにかく雨降って地固まるでよかったよかった。

追っている組織の解明については大きな進展がなかったように見受けられましたが私が見落とししたんでしょうか。ちょっと気になります。

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