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官僚たちの夏 その9

 見応えがありましたです。炭鉱を背景にした時いつもなんやかやで悲哀がつきまとうものなのですが、ここでもやはり悲哀なんてものではなくまさしく血涙を流し悲嘆に暮れる状況でホント観てて切なくなってきました。

誰も得をしない惨状の中で人はなにを為すべきかえらく考えさせられるものでありました。

 ところで話し変わり頓珍漢な内容になりますが、ようやく私の記憶の中にある時代に差し掛かってきました。私の記憶にある限りでの最初の内閣総理大臣といったら「佐藤栄作」でありましてずうっと総理というのは「佐藤栄作」がするものだと思ってました(子供ですから)。それだけに辞めるという際のテレビでの会見模様を見た時には終わりのないものなぞこの世にないのだということを子供心に知ったぐらいの驚き感を抱いたのを覚えています。

あの頃の記憶を遡ってみれば、日本という国が豊かになったというのは体裁若しくは一部の話しで、若干ドラマの中でも描かれていましたが川や用水路の水の色は濁りなんてものではなく臭い立ちこめるドブの流れでしたし商品はバッタもんと呼ばれるニセモノやパクリが当たり前に存在していて、食べ物にしても消費期限なぞ銘打ってなく、防衛の為の賢い消費者にならなければ健康すら守れない世の中だったような気がします。母親がよく食材を調理する前とか匂いを嗅いでいたのを想い出します。八百屋にしても魚屋にしても大抵のお店での商品の包み紙は新聞紙だった。それだけにデパートの包装紙は信頼の証しだった。

駅の前の広場とかでは傷痍軍人の方が常時乞いておられましたし、週休二日制なんぞあろう筈も無く工場勤めでも休みは日曜だけ(まあ半ドンとかもあるとこはあったみたいですけど)。ガキが公園や空き地で遊ぶとなれば糞や唾を避けながらだし大雨が降れば道はすぐに川に早代わりしたし、停電なんて当たり前。食べ物にしたって給食に出て来るはあの脱脂粉乳の白髭が生える奴。便所は汲み取りぽっちゃん式で、家に風呂なぞ無く銭湯でなければ湯に浸かれなかった。

テレビに映る素人参加番組では、たとえばのど自慢とかではアガリまくりで気の毒になるくらいの上の空な人ばかりだったし。

そんな大人達は戦時中に較べたらこんなもんじゃなかったと言って我慢こそ美徳で平然としてた。というか我慢してる自覚すらなかったのかもしれない。

あの頃絶対になくならないと思えた商売、銭湯や町の電気屋さんとかは今はもうない(無くなりつつある)。それとおんなじで炭鉱も無くなるなんて思ってもいなかったんだろうな。ドラマではその救済にむけて奔走している様が描かれていたけど官僚の人達も無くなるなんて思ってもいなかったのかな。

 でもなんだろうな、平民なら誰しもが働くというのが人として当たり前な事で真面目に生きるとはどういうことか誰しもが知っていたような時代だったのかもしれない。それだけに鮎川(高橋克美さん)が注水する旨の説明をした時土下座した理由も分かる気がする。みんな日々の生活が懸命で単に感情でものを言ってる訳ではない説得力が涙やつっかかりに現れてくるのであろうから。真剣同士の競り合いは覚悟が要るものだと。もし片山(高橋克典さん)がもし行ってたらどうなってたんでしょうかねえ。

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