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救命病棟24時 エピソード5

 冒頭の患者は今はやりの車中置き去りの子供の熱中症とな。それに対してどう鉄槌を食らわすのかと思いきや逆切れされて困り果てる小島先生(松嶋さん)という図。みんなの目は育児ノイローゼという診断?らしいんですがそれが正当化されるはずもなく、入院に掛かる時間と費用と心労を考えたら馬鹿を見てるのは母親自身じゃないかと。後悔するくらいのしおらしさがないとなんか同情する気にはどうもなれないところでありました。運の良い悪いだけで、あまりこういう事してはいけないよという抑止力には映りませんでした。

不幸に見舞われるのは医者と看護師ばかりなりという物語は「お客様第一」という観点から患者周りに負わすことが出来ず致し方ないのでありましょうがなんかねえ。病気や事故を未然に防ぐ知恵というのも織り交ぜて展開すれば多少なりとも患者数の減少に繋がるのではと思えるくらいこのドラマは影響力あると思うんですがね。そのためにはなんちゅう奴だと思えるような患者も登場すべきなんじゃないのかなと思えたりもします。仕方ないでしょで転がっていく世界の将来には明るい展望が開けないのではと思わないでもないところでもありますな。そういう風に転がって今まで生きてきたへたれの私が言うんだから間違いないでしょう。

 そういった不幸の現象が今回は山城さん(木村さん)に訪れた訳ですが。その解決の仕方は母親の懸命に働く姿を見て自分が見捨てられた(優先順位が病気の人より低い)と思い込んでた考えが間違ってたと気づくとかいう展開なのかなと踏んで観ていたんですが、親の後姿見て子は育つという流れではなく澤井医局長(ユースケさんの説得によるもので何がどう心に響いたのかいまいち分からぬまま得心してたって勢いでありました。

 もうひとつの柏木?さん。その生き様は美しい限りでありましたな。その末路は天涯孤独で淋しいものと他人には映るけど、その実態は精一杯職務を全うし老いては静かに退き死したる後は全ての報いが教え子たちから与えられる。こういう逝き方が出来たらいいよなあと。どれにもあてはまらない私には叶えられない生き様なだけに憧れでしかありませんでひたすら羨ましがるのみですが、小島先生なら同じ生き方が出来るんでしょうね。

観てて心が温む感動シーンでありました。それにしても大家さん善い人でしたなあ。ああいう人を大切にしなきゃ罰が当たるよなあと本気で思えました。

 ところで最後の「進藤先生の処遇」ってなんかしでかしてたんでしたっけ進藤先生は。記憶にございませんが。はてさて。

 松嶋さんは上手いなあ。医師という立場の時と母親の娘という時とのメリハリが気の許し加減と張り具合が分かりやすくて。カツ丼大盛りを沢山頬張って食べる仕草の無邪気さはとても自然でえげつさがなく。このお方コメディでもまかしょという気がしてくるほどでした。

とある曲の一節をふと思い出してしまいました。

左の頬を君はぷくんと膨らませて

欲張って頬張ると

ほらほら 離せなくなっちまうだろ

意図したものでなく観る側の勝手な思い込み(奇遇)なんでしょうけど、露骨なプロモ映像とかじゃなくさりげなく歌の光景をこういうとこで表現するってえのはなんか新鮮でいいな。もっとも知ってる曲じゃないとついていけないから殆ど気づかずに通り過ぎてしまうことの方が多いんだろうけど。

ところでなんか髪が幾分短くなったように感じるんですけど、髪切られたんでしょうか。

 子供に因果を含ませる役は進藤先生ではなく澤井医局長でありました。進藤先生だと子供相手に人の道人生などを説く男化しそうではありますな。即効性のあるものではなく大きくなってから言葉の有り難味に気づくパターンでしょうから適役ではなかったんでしょうかね。澤井医局長はともだち(お兄さん)目線でしたから通じたんでしょうか。

勝手な想像ですけど、先週のピーマン程ではないけれど子供も進藤先生もしかしたら苦手ではないにせよ得意ではないのかもしれませんですな。

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