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赤鼻のセンセイ その8

 院内学級存続や否やという交渉の展開で、何故生徒(患者)と教師ばかりで保護者が出てこないのか不可思議とは思いましたがそんなこんなでモンスターペアレントがいないだけましな世界なのかも。しかしながら子供を託す親はどう思ってるかぐらいは観たい気が致しました。

これで決着がついたとも思えない子供たちの健気さの勝ちという様相で大人のそれぞれの都合が吹き飛んだ勢いでありましたが流れ的にはやはり廃止という方向に進んでいるんでしょうか。いまいち残尿感が残る流れで、廃止までの残りを精一杯想い出とするために頑張ろうという展開なのか最後の最後で廃止が免れるのを信じその行動が描かれていくのかという今後の展開が読めないところであります。

そもそも私の無知によるものですが実体験として院内学級というもの自体見聞きしたこともない初耳の空間でありまして、その必要度というものがいまいち掴めていないままこのドラマを観続けてきたのでありまして。

そんな視点であるからしてここまで存続に熱意を注ぐ意気の源がよく分からない部分がありまして。ついついここは冷静にという気で観てしまいました。石原(大泉さん)の性格からして無理な事ではありましょうが。

もちろん病気の為に学校に通えない彼らに教育をという崇高な目的を否定するものではありませんで、あるに越したことはないという想いはありますが。

実際のお話しではなくあくまでこのドラマにおけるということでありますが、院内学級とは心のケアという部分が大きいのでありましょうか。だから石原のようなおふざけじみた授業でも意義があるんでしょうね。勉強の遅れをカバーし復帰を援けるということならば快方に向かっている八重樫((神木さん)が進学先に病気を理由に学校側が難色を示されるみたいな苦悩をすることもないのでしょうから必ずしも学校側が一枚岩でサポートしてる訳でもなさそうですし。存在意義は「気は心」で気を丈夫にする効能を期待する病院側にとっての益によるものなんでしょうかね。

そうはいってもなんでこんな時期にという刻一刻と和田(須賀さん)の病状が重くなっていくという状況でこの騒ぎ(大人の都合)は大変だよなあと思いながら観てました。

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