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赤鼻のセンセイ その2

 人の恋路をいじくる奴は馬に蹴られてなんとやら。そう言われるくらいの余計なお節介でありまして観ていてちょいとキビシー!限りでありました。この正義の欠けらもない行為をどう正当化していくのかというのがこの回の味噌だったんでしょうか。

まあ確かに他人にあそこまで踏み込んでいく心意気と思い遣りという精神が大事な事ではありますが。それに自分が病気だからという引け目を抱いてる消極性を打ち破らんとする心持ちを持つことは大切だと説いている風にも解釈できなくもないのでありますが。

それにしても二人を引き逢わせる為の時間稼ぎの展開と石原(大泉さん)の悪戦苦闘の様は遮二無二過ぎて、これって視聴者ターゲット何歳に設定しておられるんだろうという疑問が沸いて来ます。もしかしたら私みたいなおっさんは想定外なのかなと。

仄かな恋心を人に悟られるほど恥ずかしいものはなく、それを指でも指されて図星だろなんて囃されでもしたらもう深いトラウマになって一生ものの汚点になってしまいますわ私だったら。たまたま女子の方も多少なりとも受け入れてくれてるから結果オーライで決着がいい方向を向いたけど世の中そんな甘くないんで、夢見るような最善の展開という気がしないでもないところです。

人生飲み込む事の方ぞ多かりきとせっかく自己完結で納得しようと構築してたのにそれを余計なお世話で想定外のゾーンに飛び込ませるのはやはりどうかと思いました。

とりあえずは立ち向かう勇気を持てという教えでありましたが。

 まあ見所はそういった展開の妙ではなく、やっぱ役者力だよなこのドラマはと。そういう面で観ればこれは見応えありますわ。

今回の主役は和田(須貝さん)でありましたが、言葉を何も発せずともその考えてることが読み取れる神木さんがやっぱよかったなあ。須貝さんの表にダイレクトに飛び出る感情表現に対して神木さんの滲み出てくるというか染み出てくるような感情表現という写真と水墨画の違いみたいな異なる表現力を眺めれるのはこれは愉しいです。

もちろん悪びれずひたすら陽気(空元気)な石原というキャラも大泉さんだから許せるみたいな感じで、飄々の太川(小林さん)といい、なりきりというより役者さんのイメージに合わせたかのような役柄で安定感を感じます。ご両人共に私が普段抱いてる「大泉洋」・「小林聡美」像のままで安心感がありますです。

普通こういうぶっとびキャラが主人公の場合大抵は理解者としての大人の人を配置するのが恒だと思うんですが、その役割を上川さんが演じてられるというのは意外ではありますが。悪くはないなと。

いつもプリプリしてる七瀬役の香椎さんですが、正論をバシッとで取り付く島がなさそうに見えて、「ごめんなさい」とか謝れば許してくれそうな許容性がありそうなところがいいですね。もう引導を渡すくらいの逃げ場のない追い込み方されたら渡る世間は鬼ばっかみたいで局が違うぞと突っ込むところでした。

とにかくそんなこんなで役者さんを観るにはホント悦なドラマです。これで光石さんと平岩さんが本格参戦してきたら益々以って見応えが増すなあと思えます。

 冒頭の子供漫才。これからの展開を予見させる役割を担っているようでありますがどうにも私の好みではないのが辛いところです。芸は感性のみにあらず技術の蓄積が必要でその技術は場数を踏むだけでなく人生経験を積み重ねることも重要だと改めて思い知ることが出来るのでありますが。

個人的な判断でありますが、物語(展開)は面白いとは思えないのですが、役者さんを愉しむには見応えがあるという微妙な評価になりそうなドラマです。

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