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駅路

 いやあ兎にも角にも惹き込まれました。しょっぱなの線路の上歩くってるだけでも画になっていてこりゃあとすげえと。これが2時間弱満喫できるのかと思うとワクワクしてきました。すべてにおいてネームバリューという看板に偽りなしの一級品を観たという感じです。決して高嶺の花の高級品ではないとこが味噌でしょうか。

「質」という表現が即座に思いつく勢いでした。役者力・展開力・人間の切り取り方・映像とそれに音楽も。決してこれみよがしな物はなくひとつの静かな塊となって粛々と転がっていく様の中で深い人間の情というものが浮かび上がってくるようで。映画みたいなきめ細かさを感じました。映画として興行ぶつには控えめ過ぎて個人的にはん~どうでしょうでありましてテレビドラマで正解と思ってますけど。

お話しそのものは決して世間を騒がすけれんみに満ちた大事件というものではなく行方不明者の捜索から端を発した地道な捜査を追うものでありまして劇的なひねりとかそういったものはなく。痴情のもつれと金銭の誘惑というオーソドックスなものでありますが刑事さんと共に事件を追っている同調感があってどうなってんだ?という臨場感を持って観ていました。単に犯人誰だ?とかいうゲームではなくこれに関わる人物の心の揺れ動きがきっちり描かれていて、人間模様の曇り空の日を観てる感じの方が強かったです。

やっぱり出てくる人みんなきちんと人生背負って生きていると映っているからなんだろうな適度な重みがあってリアルだったですな。殆ど映っていない筈の小塚貞一(石坂さん)ですらその歩んできた生き様が想い浮かんでくるくらいですから役者力だけでなく構成力と映像の見せ方もすごいんだろうな。決して重過ぎず軽過ぎず。曇り空な今にも泣き出しそうな雲行きの中で本格的に降り出しもせず晴れもせずでぐずついた陰鬱模様ではありましたが不思議と心地いいもや具合でした。

それにしても刑事は人のプライバシーにまで踏み込むものなんだという感じがよく出てたなあと。警察のお世話になると言うことは自身の生活を開示すること及び開示させられることというのが滲んでいました。

最後列車の中で酔っ払いながらついついであろう本音がポロリでありましたが、私も被害者の気持ちは理解できますな。子供に養分吸われその子供もまた今度は自分の子供に養分吸われの連鎖が続く。そこから抜け出してこそ芸術やらなにやらが生まれてくるというのは納得ですわ。そういう意味じゃあリセットせんと欲した被害者はいい生き様したんじゃないかなと。未来が繋がればよりそう思えてきます。できれば廣島での二人の出会いというか始まりを見たかったかな。まあ事件にはなんの関係もないことでしょうけど。そこからが凡ての始まりで出会いによってただの憧憬であったことが現実的にと思い至るようになったのかそれ以前から待ち望んでいたことが実行するきっかけ(チャンス)だったのか。

公園で子供らが遊ぶ姿の光景はさすがに平成に見えましたがそれ以外は昭和の香りが漂っていてリアルにタイムスリップできたかな。私の昭和の終わりの記憶はテレビで陛下のご容態ばかりを報道されていたのが強く印象として残っています。社会全体が華やかさを自粛する空気感を感じてました。それとよく似てたなあと。

印象に残ったシーンとか役者さんではこのシーンがとかいうものではなく全体で一塊のような感じで一部をああたらこうたら(御託を並べて)言えるような誰かが浮いてたとかスカスカ感(メリハリ感)があったみたいな感じはしないでのでとにかくどのシーン観ても良かったなあ。作り手も演じる側も作品に殉じるというのはこういうことを言うのかなと。

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