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祭りが近い

 もうすぐ五月。夜に仕事帰りの道すがら法被来た連中が歩くってるのを見かけた。準備とかしてるんだろうな。祭りが近くなってきた。今年もまたいつもの如く法被着てさえいれば傍若無人が許されると思い込んでる輩が有象無象に湧いて出てくるんだろうな。私は引越しして今住んでるとこにきた新参者なので今居る所も前居た所でも町内での付き合いは希薄でもう祭りに参加することはなくなった。なので昔燃えたぎり今醒めた目という両面で見ることが出来る境遇にいる。粛々と進むのも変ではあるので仕方がないのではあるがとにかく騒々しい。遠州弁的に言うと「こうるさい」又は「馬鹿うるさい」もしくは「耳おやす」(これは言い過ぎか)。

中でも五月蝿いのは練りである。初練りに向かう集団が家の前を練り歩かれるとテレビの音すら聞き取れなくなる。しかも最近は練りをするのに太鼓を持ち出してドンドン叩くようになった。ラッパと警笛だけでやってきた身としてはどうも拍子抜けしてしまうのであるが。窓を閉めた家の中に居ても太鼓は結構遠くからでも聞こえてきて通り過ぎた後も暫く聞こえてくるので始末に負えないというのもある。もちろん安普請な家に住んでる方が悪いんだという理屈はごもっともではありますが。

たとえ雨が降ったとしても凧と屋台は中止になるうるが初練りだけは槍が降ろうがやる。だからあの気の抜けるドンドンをまた今年も聞かなければならないんだなこれが。

 そういえば話し随分と飛ぶけど、ドラマとかで仏壇で太鼓叩いてお経を上げる光景最近見ないなあと。なんか都合が悪いと仏壇に向かって告げ口するように遠目から非難したり誤魔化すかのように一心不乱に太鼓叩いてお経読んですっ呆けたりとかいう光景。自分の家はそういう宗派ではなかったらしいのでリアルな体験としては経験したことがないけどテレビとかでよく見た光景。そうなるとお隣さんから「うるさいよ!」と声が上がったり言わないまでも根にもたれたりとかいう色んなことに派生してく日常のひと悶着って感じで。

もちろん太鼓の種類は別物なので始まりは家にある仏壇用の太鼓を持ち出して景気づけに祭りで使ったのが起源とかいう罰当たりなものではない。ただ近所迷惑な道具としての効能は一緒だということは一致してるなと思っただけの話しで。

 今は地下足袋が当然の祭りの装束であるが私がガキの時分には練りの時いきがりたいあんちゃんとかがセッタ履いてちゃらちゃら音出しながら闊歩してたこともあった。凧でそんな格好されたんじゃ邪魔なだけだし踏んづけられて爪をやっちゃうしすぐ脱げて滑る転ぶ要因にもなるので今は影を潜めてるみたい。男女の役割もはっきり分かれていていたけど今はその境界線が曖昧だ。

そんなこんなで時代と共に変わっていることが多い祭りの様相ではあるので拍子抜けしてしまう太鼓もいつか廃れていくんだろうけど、被害者意識がある訳じゃなくもっとかっこよく(テンポいい響きで)出来ないのかと思えて仕方ないので出来れば一刻も早く廃れて欲しいなと切に願う次第で。

じゃあ他になにがあるんだよという話しになると、「そりゃあおめえ楽器の街とかこいてるだでえ、なんしょ頭働かいてやるだあれ。」としか言い様(知恵)がない。

カスタネットだったら嗤えるよなとかいうくだらない冗談は浮かぶけど。

 それにしてもさっきから前を走るクラウン様。裕福な方は平民のルールに従う義務はないのか暗い室内の中で明るく浮かび上がって映ってる携帯画面を見ながら運転されておられるご様子。後ろにも前にもつきたくないのでどっかでとっとと曲がってくれないものかとやきもき。ホントもうじきいつにも増して何様の皆様が闊歩するという危なくて仕方ない季節がやってくるから気をつけないと。平民はひたすら嵐(人生の勝利者の横柄さと祭り馬鹿)が通り過ぎるのを堪えて待つしかないんでね。

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