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*のびゆく浜松

この間浜松駅のところにあるモニュメントをあれじゃあ「さびゆく浜松」だと評された文書を読みましてなるほどなと。

置かれた当初から鉄製ですから錆び始めていてそれについては「それもアート」ととかいう説明を聞いたことがあったようなないような。でも「さびゆく浜松」の象徴という比喩は言いえて妙だなと変に感心してしまいました。シンボルともいえた松菱は潰れ、どこぞのデパートの独り勝ちで他も撤退していったり、住宅は区画整理で住民は遠方に転居しと街の中心部はなんだかなあ状態でまさにモニュメントの様さながらと思えなくも無いですから。

(追記、今現在モニュメントはなにがしかの塗装がなされていてその錆び往く姿をとどめておりません。)

そういやあ昔、「のびゆく浜松」って教科書?社会の授業かなんかで使った冊子があったっけなあと想い出しました。そこらじゅう探してももう家のどこにも残ってないでしょうから記憶を辿っての話で勘違いがあったらごめんなさいですけど。

私の記憶の中の「のびゆく浜松」では染色とか衣料に関係する産業が浜松は楽器と共に盛んであると書いてあったような。書いてはないけどリアルな話し身近なとこでは馬込川沿いには染色工場とかがたくさんあって川は泡吹いてたり日替わりで茶色だったり青かったり混ざってぐんじょ色だったりと川に流れる水の色が変わるという景色がイメージとして残っています。板屋町や旭町付近にも衣料の卸し問屋街が軒を連ねていたっけ。今はどうなんでしょうかねえ「のびゆく」してるんでしょうかねえ。

江戸の頃は浜松は「出世城」とかいわれここの領主になれば江戸幕府で出世の証とかいうことが書いてあったようなないような。

地域の歴史(産業)ということでは三方原台地に用水路を自費で作った金原明善。浜松に楽器産業の礎を築いた山葉寅楠(和歌山市出身)。いわずと知れたホンダの創始者本田宗一郎(天竜出身)。湖西で織物の自動織機を開発した豊田佐吉。とかのお名前が郷土の偉人として記されてた記憶が浮かびます。

今も「のびゆく浜松」有るのかとネットで調べたらまだあるそうな。

でも、世界の「トヨタ」は愛知物であって声高に湖西が発祥の地なんぞと今でも謳ってるのかしらむ。まあそんな事言ったら生まれが浜松の方なんて金原明善翁しかおられないんでしょうけど。どちらかというと浜松の人がということより浜松での成果を謳われてるんでしょうね。

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