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ありふれた奇跡 その10

 いつ頃からだろう、同世代以降の年代の人達が制作したドラマとか仕事を見るのが当たり前になったのは。テレビの箱の中の世界ではなくリアルな現実体験としては病院にいって診て貰う先生が年上というのはそれまで当たり前だったのに、初めて明らかに自分よりも若い医師に診察してもらったのは結構インパクトがあったので憶えています。「先生」と呼称するのにざらつきを感じて「医者」という表現が一瞬しっくりきたような記憶が残っています。もっともその後には自分より能力ある人間を年齢が下というだけで「先生」と(敬語で)呼べないのはアホかと気づいて普通に「先生」と呼べるようになりましたが。

これが同じ職場(職業)で地位とかじゃなく仕事をこなす上で後輩に抜かれるとなるとプライドズタズタにされるので絶対認めないですけど。ま、それはどうでもいい話しでありますが。とにかく上についていくことがなくなりつつあるということを感じてるということでありまして。

間接的(テレビの箱の中の世界)なものについては、アイドルや歌手の方は随分早いうちから年下だし、政治家はまだ年上だし。

映画とかでも役者さんや特に監督さんはどうなのかなと思い始めたのは最近のことでありますな。上の世代が作られしものはなんか無条件でおっしゃる通りですってへへーとなるんですが、表現方法とかにツッコミ入れるようになったのは最近ですから。全て大人が創造してた物を受け取っていた若造の頃にはへって感じを持ちつつもそれを完璧(こういうもんだ)と思って享受するのみであとは好きか嫌いか性に合うかどうかだったのですが。それがいつの間にか大人(年上・先輩)じゃない人達が創り上げる時代にさしかかって鵜呑み的に享受するのみができなくなってきてるんだろうかなと。自分は何もしていないのでそういう奴が言う様なセリフじゃないですけれどそんな感じがしてますです。ドラマとかに限らず何事にも。

そんな思惑の中で最近珍しい部類に入る確実に年上のお方の作りあげしドラマ。やっぱ鵜呑み的にへへーとなって観てしまう部分が自分の中にあるんでしょうかね。違和感を感じても違うよなとつっこむ気には至らない。

 なのでありますが、10話の「ありふれた奇跡」は私の見方がおかしいんでしょうかどうもよく分かりませんでした。愛のキューピットたらんと欲した藤本さんのドンキホーテ的奮闘記と過去を振り切ったぞ報告昼食会という趣以外は印象に残りませんでした。

一度見直したくらいじゃ理解出来ない深いなにかが映っていたんでしょうか。もちろん赤ん坊の登場は劇的でしたけど。

間をおく(一呼吸)という時間なんでしょうか。確かにうわっと燃え上がって一気に勢いで結ばれるんじゃ一時の感情に支配されたみたいで後で後悔が押し寄せても不思議じゃあないわけではありますが。ハンデを抱えたもの同士これでおあいこということで安寧を得る事はないようです。別に隠してるわけじゃないんだからいいんじゃないのと思ったりもするんですけど。例えですけどオレ口が臭いんだ、大丈夫私は足が臭いからおあいこねと言う様なもんでそれはそれこれはこれなんでしょうねえやっぱ。

わかった感じな事といえば、藤本という活動家がいなければ翔太(加瀬さん)と加奈(仲間さん)は惹かれあっても別離の道を歩んだのかどうかという反芻と、おじいちゃん(井川さん)のえぐいところが提示されたことでしょうか。それと脱線話しになりますですけど子供預けられてしまったデートの場所。あそこってなんか「スワンの馬鹿」で見た会社の玄関の景色とよく似てたよなあという印象を持ったことでしょうか。

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