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本日も晴れ。異常なし その5(第6話)

 駐在さん(坂口さん)は東京から離脱してきたのか戦士の休息しにきたのか心機一転しにきたのか。デカ長(遠藤さん)は何度も帰京を促していて必要とされてて決していらん子じゃないみたいです。

なんとなく東京に返事のないラブレター送り続けてる相手の和美さんがこの島に関わっていそうな予感がしないでもないなと。だからわざわざこの地を選んだんじゃないのかなと。

 で、すごい短絡思考で一郎次郎のおとうちゃんってのがその和美さんなんかなと思ってたんですけど、そうではなかったみたいです。でも駐在さんはこの島の唄を便りにこの島に赴任してきたみたいでどこでもいいと言うことではなさそうです。

その唄(多分同じ唄)をもしかしたらの学校お別れ会で合奏しようとうらら先生。その準備する姿を見た元校長先生(前田さん)が幾分怪訝そうな顔をしたみたいでありまして、もしかしたらあの唄共通語に直したら子供が合奏するのに相応しくない歌詞なんでしょうか。

 今回は子供のおいたが激しく過ぎた回でありまして、ホント憎たらしく思えるくらい子供らしい人騒がせな顛末でありました。これを許したり謝りに奔走したり毎回つきあわされたりしなくちゃならない親という職業は本当に大変な労力と心労を伴うものだなと改めて思い起されました。

まあこの回のテーマは島の和を乱すもの又は乱す要素のある者は排除する方向に向かう意識とどう向き合って和の方向に人々を駐在さんは向かせるのかということでありましょうか。直接的な犯罪者本人でなくともその家族でいることは危険予知の思いから疎遠にする。ましてやその家族の下に本人がやってきたら益々持って警戒しなくてはならなくなる。だから「出てって」という結論に至ると言うのは至極普通の考えではあります。

これが島で生まれ育った者が馬鹿やれば話しも違うんでしょうけど他で村八分にされて流れてここへ辿り着いたとなれば輪の中にいれるのは努力が必要なんでしょうねえ。それはなにも島という環境に限ったことではない話しではありますが。

駐在さんは自身も東京で誤認逮捕をしてしまいその人の人生を滅茶苦茶にしてしまったという経緯を抱えているからこそ、しょうがないと流れに任すしかないという諦めの境地になる訳もいかず必死こいて庇おうと励むという展開でありました。

最後どう決着ついたかというと「子はかすがい」と申しましょうか母親同士同調するものがあったんでしょうか輪の中に無事収まることが出来たみたいです。でもあのガキ鎹(かすがい)というよりも「子はカスがいい」と言ったほうが適切なくらい利かん坊でしたけど。やはり島にいられるかどうかは逞しきおっかさ連中にかかっているようです。でももし子供がいなくて妻一人で旦那待ってたとしたらこうはなってなさそうでしたけどそういう時はどうしたんでしょうかねえ駐在さんは。

 ところでこの島全部で何人住んでるんだろうと時々疑問に思ってしまうほどいつも同じ面子で事が進んでいきますですな。診療所の回でぎょうさん見た以外ほぼ寄り合いでもなんでもこの面子であるのが不思議と言えば不思議です。

元校長先生は何事にも駐在さんのやることなすこと無駄だともののあはれを諭してますですが、おそらく自身若かりし頃は駐在さんと同じような信念に燃えていたけど挫折して今に至ってるんでしょうか。

駐在さんがやろうとしてることは理解出来るんですが警官という職業を考えるとここまで人々の生活の中に立ち入っていいのかしらむと思えてしまうところがこのドラマの弱点なんでしょうか。「民事不介入」という言葉が最近では怠慢を覆い隠す口実ではないかという意見も存在している現代において警察官のあるべき姿のひとつとしてドラマで提言しているのだとしたらえらい大きなテーマを扱ったドラマだなあとなるのですけど、まさかそこまでねえという勢いでそんな大層な感じはしませんです。駐在さんを真似しろとなったら24時間警官(勤務中)でいろと言ってるようなもんですから。

今のところ駐在さんのゴールがなんなのかまだ計り知れません。

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