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メイちゃんの執事 その4

  前回までのあらすじ懇切丁寧に述べられてましたけど、ここまで丁寧にする必要あるんでしょうか。遅れてきた視聴者に対する配慮でしょうけど、始めから見てる者からしてみたら今から始まる決闘をより煽るという構成の方が納得ではありました。

 勝負の行方は大切なるものを見つけ出す宝探し。そそる内容ですけど突如現れメイ(榮倉さん)を襲いし暴漢。監視画面にて勝負の行方を一部始終を見届け人及び観客注視していた筈なのに何故監視の網をば潜り抜け妨害工作行なえたのかこれ不思議。見えてたけど試練だとみなして容認してたんでしょうか。

で、決着は想う気持ちを知るものの勝ち。物の価値は人によって解釈が異なるもの。当の本人には当たり前すぎて通り過ぎてしまう事こそが実は宝という趣旨。そこはかとなしにありふれた奇跡を彷彿とさせる勢いで、同じ局故のコラボかと勘繰れる程よくでけた話しでありました。なんちゃって。

 勝負の行方はかくなる仕儀にて決着つきしも、肝心の勝負せざるを得ぬ立場に追い込まれたる竜造寺(岩佐さん)に如何なる愛の手を差し延べるのか。

って強気の相手の弱みを掴み鼻をくじくという策にてギャフンという展開でした。あそこまで不遜に徹していたまま母様がいきなりしおれてへなへなになるのは流石漫画です。こういうメリハリのつき方は見慣れていないのでなんと申しましょうか口があんぐりです。

金のある所に人は群がる。これ摂理でしょう。まさにこのまま母はそういう典型ともいえる後妻でお家乗っ取り全て総取り手中に収めんという輩(やから)そのもの。そういう輩を許す人がいるというのは美談とすべきことでしょうが人がいいにも程があるという能天気過ぎないかいと思えないでもないです。獅子身中の虫を追い出す覚悟がなければ総帥の道は険しいのではといらぬお世話な気分になりました。学校卒業したら世間の荒波に立ち向かえるのか心配になってしまうくらい巧過ぎる美談でありました。漫画なら登場人物がその後出てこずフェードアウトしていけば済むことですが、生身の人間が演じるとビフォアとアフターが気になってくるものです。

 その後の庶民の家族団らんの席で一同ぶったまげた同居?というお話し。確かにでありまして、恒に一緒ってことはプライベートなんて存在しない訳ですな。便利やもしれねど息が詰まることで。どっちの立場にでも憧れる気にはなれないとこです。大変だなと。「亭主元気で留守がいい」の方が納得です。

 どうでもいい感想ですけど、個人的な感覚だけで言わせて貰うなら、妖艶じみた生徒とホストみたいな執事の姿は見たくない。執事の質を落としてるようでどうも好きではないです。尽くす=執事=ホストみたいなのは解せないです。もちろん役者さんの問題ではなく設定上の問題でありましょうし原作にも存在するからでありましょうが。主と執事は似たもの同士という方向性は判るのですが、漫画ならセーフだけど人が演じるにはアウトという一例なんでしょうかねえ。丸写しは必ずしも成功するものではないということなんでしょうか。ドラマ化するには匙加減が大事なんだなとふと思いました。

 ゲームというか悪意を持たない明るい確執なら陽気に観れるんでしょうけど金の切れ目は縁の切れ目みたいな執拗さが垣間見られたりもします。もう少しカラッといって欲しいところです。

 知世やっとめっけました。おまけで最後なんかのプレゼントの告知されてましたがアニメ声全開に聞こえました。

 

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2・2009年のテレビドラマ」カテゴリの記事

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