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劇場版HERO

いつもの私のパターンだと映画館で観てDVD買って見直しを兼ねてじっくり観てから感想残すんですけど、この作品に関してはDVDは絶対テレビでやるだろうと確信してたので買いませんでした。で、今日しめしめとばかりにでで~んとテレビ登場でありましたのでこれもエコ?

なんて洒落にならない冗句はおいといて、こうして改めて観ても重大かつ大事(おおごと)な事件であっても飄々とした雰囲気とか小さなことからコツコツと核心に迫る勢いが色褪せていなくてよく出来たお話だなあと思いました。ただし映画は130分でテレビは大体120分。いつも映画館では漠然と観るのでどこがテレビではカットされてるのか思い出せませんので結果的に以下の感想はテレビ観ての感想ということにさせてつかあさい。

ドラマの方をきちんと観ていないと繋がんない人間関係とか事件(政治家にまつわるエピソード)とかがちんぷんかんぷんじゃないのかと心配してしまうほどドラマと一体化した作りでありました。まあ視聴率がお化け並みだったらしいのでそんな心配は無用なんでしょうけど。でも私は全話観てた訳じゃなかったのでついてけるかなと心配になったんですよ観る前は。でもスペシャルは観れていたのでラッキーにもセーフでした。この映画テレビで放送するにおいて昨日から一気にドラマを再放送するという理由もそういうところにあったんでしょうか。

それにしてものこんな奴絶対いねえよというキャラクター。服装といい言動といい行動といい私物(通販グッズ)の山の執務室といい。そういえば経歴というかそういうのもありえない設定でしたっけ。よくぞみんな目をつぶってるよなあと思えてくるのですが。そういう強引なありえないキャラを木村さんがいかにも実際存在していそうな説得力のあるお芝居パワーで人物としてリアルに息づかせているんでしょうか。皆背広でびしっとしてる中でのあの格好でも問答無用にさせてるのはなんか役者さんという領域じゃないような気がしてきます。使い古された言葉ではありますがこういうのを「スター」と呼ぶのでしょうか。

虎穴にいらずんば虎児を得ずだけど郷に入りては郷に従えという考えは持たない久利生という人は単純にいえば頑固一徹なんでしょうか。憶測するに座右の銘は「ぶれない」なんでしょうかねえ。今回のような強気をくじき弱きを助ける展開がよく似合いますです。

それにしてもこんだけドラマを上回る豪華ですんげえ役者さんそこかしこに配置されてて超贅沢だよなあと感嘆せざるを得ないのですが、タモリさんには申し訳ないのですがやはりここは役者さんが棲む領域であってタモリさんには違和感を感じました。タモリさんの放つオーラのイメージの中から巨悪というものを抽出して発せよというのは無理なんじゃないのかと素直にいうとそう思えました。だってそんなもの微塵も普段のタモリさんから感じられませんもの。

個人的には眞島秀和さんが出てらしたのがGOO!多少融通の利かない切れ者に見えました。裁判で無罪を主張した時の怪訝そうな顔が印象的でした。てっきり弁護側の手先かと思ってしまってその後の「あんた誰?」という次に検事と判明という展開は意外性があって面白かったです。

笑える部分もたくさんあるんですけど映画的なものでテレビで見かける笑いの見せ方じゃなかったですね。車探しで偶然話していたヤバイ電話を聞かれしまってあちゃ~と固まる辺りとかがそう思えます。テレビをそのまま映画に移植したのではなくてきちんと組み直して映画として練り上げられてるなあと思えます。

裁判についての描き方ですけれど、裁判劇じゃあないんだから事件は現場で解決するもんだという意気込みを買うべきで、やり手弁護士と丁々発止のやりとりを繰り広げ勝ちをおさめる必要はないと考えるとしたなら、映画の通りこの勝負みんなが足で稼いだ証拠写真提出の時点で勝負ありでいいんでしょうね。

裁判劇だとして観てしまうとどうも言い負かされてる劣性を感ぜずにはおれない雰囲気に映りましたから映画の評価としての疑問符がつくのでしょうか。正直映画館ではそう言う目で観てたんでなんだかなあという感想でしたけど、こうして改めて観ると趣旨は裁判での成果ではなく力を合わせての努力の積み重ねこそが正義のへの方程式という趣旨だと思えてきてこれでいいんだろうなと。ただ小声で政治家脅すのはルール違反だろうという想いは変わらないですけどね。

で、今観てもそう思えるのは滝田(中井さん)の存在。てっきりこの事件に花岡代議士が関わっている以上滝田の登場は久利生の対花岡の助っ人として出てきたのではと錯覚してしまうのです。もちろんどうやって花岡の鼻を明かすのかとかいうのは考え付きませんけど滝田からしてみれば人生の最後にしがらみから抜け出している今こそ聖人となるのかと。でも結局はこの事件に関しては裁判の間の久利生にとってのインターミッション(途中休息)でありました。

もちろん滝田との再会で久利生が正義に対する想いを強く奮い立たせることが出来たという精神的助力は大きなものではあり決して憩いの場ではありませんですが。でもそう見えてしまったのでしょうがないす。

画としては韓国の風景。特に階段上の家並みが新鮮でなんか休暇とかでひなびた温泉に泊まるみたくまったり逗留してみたいなあと思えるような景色でした。

音楽も印象的にはドラマの延長のようなイメージがあってドラマで培ってきた世界観を崩さない配慮を感じました。

ひとつの映画として考えるとテレビからのお約束事が多くてどうなんだろうと思ってしまうのですが、高視聴率の勢いを映画にも持っていったという一連のイベントという風に考えれば映画だけ割って評価するのは間違っているようにも思えてきます。私はドラマはそこそこしか観ていないのでこのイベントの輪に入る資格があるかどうか怪しいのですがそんな私でも面白かったのですから正解な映画なんでしょうねきっと。

ところで花岡との暗示はしてましたが具体的に決着ついていないし、韓国で逮捕されそうになった出来事の顛末も関わっていそうですし、滝田はもうこれで会えないといってましたがまだ生きてられるしと色々と完全決着したとも言い切れない余韻が見え隠れするんですけど続編とかの色気がおありなんでしょうか。

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