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ありふれた奇跡 その3

この二人の光景は誠(陣内さん)やお父さん(風間さん)じゃなくともそう思うよなあ。こういうのをデートとは呼べないにしてもお付き合いと呼ばずしてなんというのだろうか。そうだと認めないのは心のどこかでブレーキがかかっていて認めたくないという理由があるのでしょうか。そしてそれは加奈(仲間さん)の自殺しようとした理由なんでしょうかねえ。

翔太(加瀬さん)の方はというと、営業の悪夢。これはホント切実で他人事の話し(苦悩)ではありませんです。営業成績の為に人格否定をも迫るのが正しいことなのか。発破をかけるという言葉の取り違えをしていないか。

様々な職種で専門化や特化していくには道具や環境に人の方が合わせるとかみたいに人間の方が変化していかなければならないものでありますが、営業の世界については行き過ぎてないかという疑問がありますです。営業成績というものに対して。

上手くいってない時、本当に必要としてもいない人にさえもその気にさせてといった営業をかけてでもとにかく実績伸ばそうとする強迫観念に追いまくられることは正しいのかということが疑問です。そこからはやはり爽快感や達成感は得にくいのでは。そりゃもちろんありもしないもので金を掠め取る詐欺や恐喝なんぞよりは至極全うな行いでありましょう。後ろ指差されることでもないでしょう。

武家商法という古い表現みたいな客は来るもので売ってやらんかなみたいな横柄がいいとはもちろん言いませんけど、合法の範囲内で押し売りするようなところまで今の営業って追い込まれていなくはないか。そう思える程のノルマという名の重圧に潰されて相手を思い遣る余裕すらもなくただ売ろうとしてはいないか。真心とか誠意ってなんなんですかねえ。買ってくれるまで諦めないというのが誠意なんでしょうか。優遇措置を講じるのが真心なんでしょうか。

普段から営業にはそういう思いはあるのですが、それ以外にも人の能力には得手不得手というものがありそういう能力を引き出し適材適所で使うのが会社の発展に繋がる筈なのにそういう見極めをしないでとにかく部署に配属させて見極めることなく改造に着手するという会社側の手抜きという人を育てる気がないという側面もあるのではと思います。せっかく育てても転職しくさるから即戦力を求めて何が悪いという両者共の泥仕合なんでしょうけど。

そんな風に普段からなにかと矛盾感を抱いていることに加え、翔太の自分が情けなくてという思いに駆られる気持ちが理解できてホント我が事の様に身につまされます。上手く転嫁というか、自分がまだ可愛く相手が憎く思えてそれをなんか全うな手段で鬱積した気持ちを晴らせていければいいのでしょうけど自分自身に直接全て被ってしまうと確かになかなか絶望とかから抜け出せないものであります。居場所がないから切なくて負の方向に全てが転がっていく気分になるのも分かるような気がします。

それに輪をかけて加瀬さんのお芝居がまた切実でえらくリアルでホントに自分にもその想いが乗り移ってきたようでどよよんな気分です。前回自殺を試みた人達ばかりでどこが「ありふれた」なんだとツッコミいれましたが翔太に関しては確かに普通の人が抱える苦悩を経験したんだという誰にでも起こり得そうな「ありふれた」切実さを感じました。でも加奈にあそこまで自分をさらけ出す勇気ってのはどこから湧いてきたんでしょうかねえ。やっぱ「愛」ですか?深くにも。

そもそものこの回の前半部分で、陣内さんの狂気じみた演技が迫真過ぎたので観ていてチャンネル変えたくなりましたです。直視することなくやり過ごそうかと。

でもまあなんとかその難関をかろうじてクリアしたと思ったら翔太の訳ですもん。今日はなんか観てるこちらも救われない気分になりました。翔太はいいですよ加奈がいますもん。翔太はこれで心が晴れたんでしょうか。というかふっきれたのかどうか。お母ちゃんとは明るくしてましたから一面クリアなんでしょうかねえ。

私が以前勤めてた職場でも「鬱」と診断された人がいました。暫く休んだ後復帰してきたんですが、誰に言われたかはっきり記憶してないんですが「大丈夫?」と声をかけてはいけないと。ふ~ん分かったって返事だけしてどうして?って聞かなかったので正解の理由は知らないんですが。そう言われた事がプレッシャーになって自分は大丈夫じゃないと思われてるのかと不安になるからなのかなと勝手に解釈しました。

翔太を見てるとそういやあそうだったなあ「鬱」を患った人と接するのには配慮という気を使ったなあと思い出しました。そういえばのそういえばで、翔太のじいちゃんもお父ちゃんも翔太に対する気遣いの仕方にそれに近いものがあったっけと。種を明かしてくれてなかった前回まではよそよそしい家族だなと感じてたんですがそうじゃなくて家族としての気遣いから労わりではなく励ます配慮をしてたんだなと気づきました。深いです。あったかいです。

しっかり見直せばいくらでもそういった深さを見つけることが出来そうですがなんかこの回は私どよよん感から抜け出せてないのでどうも見る気が湧いてこずでありました。なので大分とんちんかんな感想になってるやもしれませんが勘弁してつかあされ。

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