« 2008年11月30日 - 2008年12月6日 | トップページ | 2008年12月14日 - 2008年12月20日 »

ブラッディ・マンデイその10

「J」ってジョーカーで「k」はキングじゃないの?神崎潤の潤だから「J」なんですかねえ。そうすっと九条音弥は「O」でないとおかしいし。やっぱジョーカーとキングなんじゃないのこれって。そう勝手に解釈していたんですけど。

ぬわんとまあ!「K」は音弥じゃあなかったんですね。びつくりな展開で驚き桃の木残暑の期でありんした。見事にたばかられてしまいました。ホントこないだいきなしさぶくなった(この間急に寒くなった)と思いきや、きんのう今日とぬくとくて(昨日今日と暖かくて)、体調維持するのにえんやこらなのに頭の中まで「ちょっと待て」状態になりました。

とりあえず整理をばいたすと、音弥が怪しいと「J」(成宮さん)がファルコン(三浦さん)に鎌かける。それに追い討ちを掛けるように歩調を合わせてマヤがサードアイに殴り込みを掛けて「K」は音弥(佐藤さん)だといわんばかりのブラフをかます。もう示し合わせてるかのような絶妙な連係プレーのようでさえあるみたいでした。

ほいじゃ調べすかってな勢いで音弥をサードアイに呼び出して尋問する。愕然とする音弥はなにも話せない。サードアイの調べたところによると教団との関連性が浮かび上がってくる。そのことについておじいちゃんの法務大臣は口を閉ざす。取引を持ちかけたマヤは組織に戻り「K」が監禁されてると「J」に伝える。(まあサードアイにとは言ってないから嘘じゃないけど)

ここまでの展開はどうみても音弥しかいないだろうと。

でもそうじゃなくて「K」は安斎(徳永さん)だったんですねえ。過去(前回まで)を遡って辻褄が合うのか確かめたいところですけど、とりあえずこの回を見直してみた限りでは「J」もマヤもサードアイと藤丸をはめた(撹乱した)という悪意があったことは間違いないところでしょうか。

その肝心の本物「K」はお父さん(田中さん)に拉致されていたんですけど。ということはお父さんは「K」の存在を知った上で抹殺せんと欲し、結果返り討ちに遭ってしまったということなんでしょうかねえ。まあ、そんな決意があったならなんでとっとと処理しないで色んなとこに連れまわすんだという疑問はありますが。そこは溜め作らないと個の人間の葛藤を描くというけれん味が足らなくなって殺伐としたドラマになってしまうから避けたんでしょうかねえ。疑問というのなら始めっから藤丸にきちんと情報を与えときゃもっとどうにかなっただろうにというのもありますですですが。「ブラッディマンデイ」だけじゃ無理でしょういくらなんでも。

今のところわかんないのは、奥の手の宝石箱が何か。ロシアでの映像の中に真実が隠されているという真実って何?「K」は何したい人?ところで安斎真子ってイニシャルにKなんてないじゃん。やっぱキングのKなのかしらむ。

来週いよいよ最終回。15分延長とかいうご褒美はついてなかったですけど愉しく観れましたです。他人の心配するならば、緻密過ぎるから一話でも見逃してしまうとついてこれないだろうなとも思えるので噂を聞いて途中から観ようと思っても出来なかったんでしょうか。

とりあえずは明日は暇なんで一気に見直してみようかなと。結構こういうのって謎が失せてからもう一度観ると新鮮に見えるもんですから。

| | コメント (0)
|

なるほどな

「いつまでも 変わらぬ 日本の心」

○戸○門のドラマ番宣Cmのフレーズ。

なるほどな。

だから

「いつ見ても 同じに映る 視聴者の心」

いつもおんなじなら毎週見なくても困らないよな。

って思ってしまうから見ないのかな私。

こういうことだけに限らずいつもはそっぽ向いてる癖に、いざ終わるとなるとなくなるのは淋しいとかいってお祭りするのに参加する。そういう駆け込み乗車みたいな資格を私は有してるけど、見苦しいからそういうことはしないよう誓う訳ですが。

水○黄○は終わることはないんだろうなきっと。

下手に革新しようといじるといけないんだろうなきっと。

演ずる人の入れ替わりがあろうとも。

だからいつもおんなじなんだろうなきっと。

何分頃にはこういう展開で何分頃には印籠が出る時間というとこまでおんなじなんだろか。

さすがに見てないのでそんな伝説信じてしまうけど。

なるほどなと思うのであります。

同じ長寿でもゴルゴは恒に時代の中に存在があるけれど

印籠見せる相手は私利私欲に溺れるものばかり?

危機の回避と平和の慢心という違いはあれど

よくぞ続けるネタがあるものよ。

継続は力なり。

なるほどな。

| | コメント (0)
|

流星の絆その8(第9話)

ここへ来ての意外な展開がふたつ。

ひとつは行成(要さん)に計画がばれて八方塞りで万策尽きたかと思いきや、行成が「真実を知りたい。」と協力を申し出たこと。もちろん父の無実を晴らしたいという兄弟とは異なる理由によるものですが。

もうひとつは柏原(三浦さん)に下駄を預けたこと。ということは犯人を自分たちが裁く(ぶっ殺す)のではなく警察の手で裁かれる道を選択したということ。

この展開ではさすがに緊張感の連続で弛緩の部分はありませんでした。

行成には兄弟であることを話し、なにもせず闇に葬られることを阻止せんとした訳ですが、兄弟に協力すると言い出したのは計算の内ということはまさかなかったですよねえ。予定ではどうするつもりだったんでしょうか。でもこの展開で進んでいくと行成と静奈が本当に相思相愛ならば多くのギクシャクを乗り越えて結ばれても可笑しくはないなと思えてきました。まあ行成が何事もなかったように全てを水に流す太っ腹ならばの話しでしょうけど。

その前に柏原の協力(助け)を求めたわけですが、柏原の方は功一の読み通りの太っ腹でした。詐欺行為まで話すのは最初そこまで言うか?偶然泰輔(錦戸さん)があの日見た奴を見つけたので悪いことだとは知っていたけど静奈を使って情報を得ようとして詐欺まがいなことをして近づいてハヤシライスの味に気づいて確信に至った。だけどその先に進めないんですとか言うのかと思ったんですけど。きちんと罪の始まりから話し始めたのは意外でした。でもこれですっきり懺悔したような心持ちには見てるこっちまで思えてきましたんでこれが正解だったんだろうなと考え直しました。

でも、そりゃいかんねえちょっと署まで来なさいとかくそ真面目に言われたらどうしてたんでしょう。あとは任せましたになっちゃうんですかねえ。まあ時効が迫ってるからあとでお仕置きってことになっていくんでしょうけど。そこまで追い詰められていたってことだったんでしょうか。

それと行成が協力しなかったらどういうシナリオで遺留品が傘だと政行(柄本さん)に言わしめるつもりだったんでしょうか。こっちの方は(予定では)計画案を兄弟で詰めてるシーンとかで提示してくれたら有難かったなあと想像力のない私は思いました。自分たちだけでやるとしたら警察の振りしてまずDNAを採取したいと伺って、またその後再び警察の振りして以下ドラマの通りって展開になるんでしょうか。でも功一(二宮さん)も泰輔も行成には顔知られてるんだから警察を装ってってのは無理っぽいし。ん~謎です私の頭では。

まあ柏原も行成も大人で良かったでしたな。

で、肝心の殺人の犯人についてですが、政行は否定しました。アリアケのレシピをとがみ亭が使用した事、事件当日現場に居合わせた事は認めたけれど殺人は否定していました。私は政行が殺人犯だとはその人間性からみても違うだろうと思っているので嘘はついてないと思いましたです。だとしたら犯人は誰?

来週の予告をチラ見する限りじゃ今まで一回も登場しなかったまったく新しい登場人物という風には見えなかったので意外な人ということになるんでしょうかねえ。

犯人探しも佳境に入ってきて面白いんですが、兄弟が試練とかあってもここへ来てしっかり今まで通り結束しているってのがなんかいいですね。今までにも色んな事あっても助け合って生きてきたんだろうなと想像されます。

犯人ぶっ殺すというお題が成し遂げられて兄弟は罰を受ける結末なのか、それとも時効直前に逮捕というハッピーエンドに向かう道筋が用意されるのか。ぶっ殺すなら時効なんて束縛関係ないですけど幸せにはどうみても向かわない結末ですから兄弟には幸せが訪れて欲しいなと見てて思える三人ですからいい方向に向かって欲しいものです。

ところで最終回は15分延長というご褒美付き。このクールでは第一号の延長付きドラマということになりますな。そういう称号に相応しい愉しいドラマでありました。まだ決着に及んでないのですけれど兄弟三人を見てるだけでも一見の価値あるというか重大な事件なぞなくても普段の彼らを見てるだけでもドラマが成立しそうな印象があります。

| | コメント (0)
|

*うしょうしょ

「うはうは」まではいかない濡れ手に粟状態を示す表現。と言い切れるかいまいち自信がないところであるが。

感情を表わすとしたら「うきうき」よりは鼻の下が伸びてそうな貧粗なニュアンスがある。

結構日常無意識に使っていたり聞いてる側としても相手の意思は理解出来るのだけれども。いざ共通語に訳せといわれるとはたと困る言葉。

どなたか説明出来るのなら是非ともご教授願いたい言葉である。なのでこの記事は未完と言うことになります。

ちなみに「うじょうじょ」とは異なる。

「岩の裏見たらむかでやらなんやらがうじょうじょ居た。」

という決して歓迎的なものでないものが湧いて出てくるような意味とは違うのである。

例文作ろうとしてもいざ改まって考えると出て来ない。でも確かに使ってるという言葉「うしょうしょ」。

平坦に発音するのが基本であるが、「う」を強めにして言うと「うじょうじょ」に近いイントネーションになる人もいる。

| | コメント (0)
|

しもた!チェックし忘れた

しもた!見過ごした。金城武さんがしずおか○ごとワイドに映画「K20」の宣伝で来静されて出とらした。監督さんと珍しいことにプロデューサーさんまでおいでになられとって。いやあ見逃したのは痛い!

とはいってもこうして書いているのだからまるまる見てなかった訳ではなく途中から見たと言う表現が正しいのであるけれど。あっ!しまったという気分は見逃したに近い。

途中からでしかも録画せず片手間にテレビ覗き見が如き視聴だったので大分エエ頃加減での記憶辿っての感想ですけんど。

監督さんは女性のお方だったけど映画館で流れてた予告編見る限りだと壮大で骨太に見えたのだけどもしかしたらきめ細かい作品なんでせうか。特撮も凄いけどそれよりも出演されてる役者さん方のほうがもっと凄くて色んな予告編流れてたけど一番印象に深く残った「K20」。

プロデューサーさんの構想20年。随分と熟成されたんですねえと言う類で振られてましたけど、その答えを小粋に役者さん(金城さん)と監督さんが今のお歳になるまで待ってたんですよと洒落効かされてましたけど。決して思い立ったが吉日という流行追うためのスピード命ではない普遍的な作品なんだろうなと読める勢いでした。

時代設定が特殊で奇抜なのでそれが時代劇のようななんでもありに思える世界なのかリアルに見えないと違和感を感じる世界なのか観てみないとなんともいえませんが大胆であることは確かなようです。失われた日本人の倫理観とかが映画の中に繁栄されてたらいいのになと考えてますけどどうなんでしょうか。

この番組では何故かいつも「どこが見所ですか」と聞かれてというか聞いてるけど、どの監督さんも必ず「全部なんですけど・・・」とおっしゃられる。当然でしょうな。愚問とまではいいませんが決まりきった返答を聞き出す意義ってどこにあるんでしょうかねえ。

それにしても金城さんはしゃいでる位にご陽気であられて、相当この映画に対する想い入れがおありなんだろうなと思えてきます。間違いなく雇われ的立場ではなく自分も参加して作りあげた作品という自負(愛着)があるようにも見えてきて好感度高いすわ。他にもアクションのシーンとかのお話しとか楽しい作品にするためにアイデアを絞ったこととか楽しそうに話されていて、とにかく観て下さいといった宣伝第一ではなくこんだけ楽しい映画なんだということを伝えたい雰囲気に溢れていて。つくづくきちんと録画チェックしとけばよかったと後悔しきり。

映画館で予告編を観る限りこれは是非観ないとなと思っていたのですけど、これは楽しいんだろうなと確信が増してきましたです。宣伝に協力するつもりはないんですけどそう思えた番組内容でした。

| | コメント (0)
|

劇場マナーCm

12/12のめざましテレビで小栗旬さんが総合演出されて作られたという「劇場マナーCm」の制作の模様とCmの一部が放送されていました。

面白かったです。テンポというかリズミカルに立ち回る流れは見事だなあと。とても自然でリアルな奴らという感じでした。登場人物はクローズZEROの仲間達ということもあって気心が知れておられるのか付け焼刃の作りモノ感はなかったです。周りの一般ピーポが書き割りのように無反応ってのも私のツボでもありました。リアルな注意喚起だけでなく普通しねえぞというような注意喚起の項目もギャグとして取り込まれていて動きだけでなく文字の中でも楽しめました。細かく神経の行き届いたきちんとした作品として成立している感じです。映画ではシビアなシーンが多くこういう仲間内の馬鹿やってることが楽しいって光景はそうは見れなかったので作品に対する想いが壊れることなく空気感が新鮮でありながら、そうそうこういうの観たかったよなという思いを実現してくれたみたいにも思えます。

実物は43秒ということでテレビで見れたのはほんの一部なんですけどそれでも面白かったです。映画館でフル観るのが楽しみになってきました。

ところでこういう劇場マナーCm。「鷹の爪」の面々でよくお見かけするんですがハッピーフライトでも作られてましたっけ。他にも色んな映画のアナザーストーリーとして彩っておられるんでしょうね。

最近東宝シネコン行くとここでしか売っていないとかいう書籍などが売店に置かれていますが、ある程度貯まったらこういう劇場マナーCmを集めたDVD出してくれないかなあと密かに願う私です。結構豪華になっちゃうので実現不可能かもしれないですけど。

| | コメント (0)
|

*歳いく

歳とってとか言う意味。

「歳いってから目覚めた」(年取ってから目覚めた)

とか言う風に使う。方言ではないのだろうが辞書とかでは出てこないので共通語ではないやもと言うことで記載。

遅咲き・今頃になってという意味合いで使われることが多く、別に年老いてからの限定と言うわけではない。

「歳いった」だと「老けた」という意味になる。

いづれも「いった・いって」の漢字は何がはまるのかは不明。

例文

「なんでえけったーなんぞ乗り回いてえ。」

  (おやあ自転車なんか乗り回してどうしたの?)

「おー。最近風切るの気持ちいいの知っただよ。」

  (うん、最近風切るのが気持ちいいってことを知ったんだ。)

「高校時分バス通じゃなかったっけか。全然乗っちゃいんかったらあ。」

  (高校の時はバス通学じゃなかったっけ?全然乗ってなかっただろ?)

「だもんで新鮮でやあ。」

  (だから新鮮でね。)

「歳いってから目覚めただけえ?」

  (今更ながら目覚めたってこと?)

「そうでえの。」

  (そうだね。)

| | コメント (0)
|

2008年の印象(役者さん)その1

今年を何気に振り返ってということで。尚、全て個人的な感覚でもの書いてますんでたとえ不同意であらっしゃってもそこんとこはご承知おきの程を。

とりあえず今年のメインは矢口作品を観れたこと。これが一番だったかな。「ハッピーフライト」面白かったです。役者さんとはあまり関係ないことでしたな。皆さんはまっていて特に秀逸と言うことで飛び出た感はないのですが。しいてひねくり出せば田畑智子さんが良かったっすね。一番仕事に恋にハッピーフライトな役回りだったからでしょうか。

次に広い意味での同郷ということで応援(具体的には何もしてないけど)注視してる長澤まさみさんでありますが、結局映画1本のみ。なんか淋しい勢いでした。その分テレビにお出になられてたけど役どころ的にしんどい役をこなされて大変だったようです。なにせ女性が嫌う女性のタイプって男に媚びるへつらうのがランク上位に位置しますので「ラストフレンズ」のあの役はまさにそういう役でしたから。

まあその伏線じゃないですけど去年の「ハタチの恋人」・「プロポーズ大作戦」においてもそういう芽がなくもない役でありましたのでそういうものが積み重なった結果どこぞのアンケート(世間を代表したものか一部の意見かは知りませんが)で男子の好感度上位女子の好感度悪しということになるんでしょうかね。

ある意味役者さんとしてはそういう風にきちんと役=役者といった風に感情移入が出来てるってことなんですから本望というかそれだけ上手く表現出来た証とも言える訳でありまして。イメージなんて作品で違う面を魅せればいくらでも変えられる筈ですのでこれはこれでしてやったりの年ともいえなくもないでしょう。

只なんでしょう、役柄に合わせて髪形とかを変えるイメージキャラクターとしての容姿に固執しない柔軟性が役者根性のあるところを見せてくれるのですが。

最近の茶髪傾向はどうかなとつい思ってしまいます。えらく遠目でみれば日本人の髪は黒であり茶髪は時代の流行の中においてほんの一時期のものでしかないでしょう。流行の最先端を走る芸能人という視点からすれば別にとやかく言われる筋合いのものではありませんが、時代を跨いで残る映画という世界においてはむしろ邪魔なだけではないのでしょうか。映画でなくとも絶大な認知効果を誇るテレビドラマにしてもこれだけ録画され長く残るものに進化している以上ただの流行にしか過ぎないと言う訳にはいきません。

それになんか物凄くチャラチャラした感じに映ります。「長澤まさみ」は役が身体に乗り移る憑依する表現型の役者さんではなく演じていてもどこかしら「長澤まさみ」を見せる存在型だと判断しているので、まだ20代前半ゆえの未完成さがあるうちは仕方のないことなのかもしれませんが個人的には茶髪にしてから女性からの支持が下がったのではと思ってますです。

もちろん歳相応のいろんなことに挑戦する怖いもの知らずの失敗すら実になる年齢ですからなにやっても批判するつもりはありませんけど。いづれにせよ来年は今年とは違う一面を提示して欲しいところであります。要は何言ってるんだというと、仕事量は変わんない筈なのに例年のペースと比べると中休みしたみたいな年に思える印象でした。あくまで映画の人であって欲しい私としては。

SG関係でいきますと、やっぱ樹里ちゃんが目立った年ですかねえ。もう「上野樹里」でじゅりっぺという呼び名には完全躊躇してしまう勢いでした。Cmでは大和ハウスのCmが印象深いです。テレビでは新春いきなりの「のだめスペシャル」から始まり「ロス:タイム:ライフ」・「ラストフレンズ」と続き映画では「奈緒子」・「グーグーだって猫である」とかがあったですなあ。特にのだめとラストフレンズでのキャラクターのギャップをまざまざと見せ付けて世間が持つイメージを覆したのは大きかったようですな。Cmよりも映画・ドラマの方が評価が高いのはそれだけ役にのめり込むくらいの憑依の深度が深いからなんでしょうか。じっくりと役と対峙する時間が必要で、ある意味掛け持ちを得意とはされないだろうなと思われますのでそれを考えると量を期待するのは酷だろなと。来年は「のだめ」に集中してくれるだけでもいいんじゃないのかなと。

しほりんにつきしては「しほりん」と未だ呼べる勢いがあるのですけど、「ちりとてちん」・「キミ!犯人じゃないよね」・「あんどーなつ」と安定していて。それ以外にも映画では「パコと魔法の絵本」・「続・三丁目の夕日」で脇を固め、テレビでは「被取締役 新入社員」・「猟奇的な彼女」・「おみやさん」で色を添えというご活躍であらしゃりました。Cmとかにもお出になられてるのですが田舎では放映されてないようで。ちなみに実際観たものだけ列記しているだけなので一年の全活動を記載しているわけではありませんのであしからず。

「しほりん」と呼称していますですが実のところ大分年齢をさば読んで演じられる幅が増した印象を受ける一年でありまして本当のところはガールズの中で一番「さん」づけしなくちゃいけないなと思うのですが、何故かお顔を画面でお見かけすると「しほりん」になる親しみやすさがあるのです。ブログを拝見するとその素顔は恒に何かに漠然とした不安やおののきを感じてしまうのですが私の気のせいなんでしょうかねえ。力量通りに階段を昇っておられるんだから今してるしようとしていることに対してもっと自信を強く持たれた方が宜しいのではと余計なお世話言いたくなる時もありますです。

(追記。貫地谷しほり様。12/12お誕生日おめでとうございます。益々のご発展をお祈り申し上げます。)

ユイカはなんかイメージ的にTBSのユイカという印象を受けた去年でありましたが、今年出演されたのは「薔薇のない花屋」・「ゴンゾウ」・「ありがとうチャンピー!」映画の「相棒・劇場版」とTBS作品はまったくないのでした。ですが、SGのガールズというよりも金八先生の教え子一党というイメージの方がなんとはなしに強く思えたです。多分それはブログを読んで受けるイメージからなんでしょうかねえ。いづれにせよ真面目な役が相変わらず多かった感じです。他にいないのかこういう役できるのはって思える勢いのこういう役ならユイカって印象でした。またそれがはまるから依頼が多いのでしょうけど。別にそれが悪い訳じゃないのでこのまま突っ走って誰も追随できない領域にまで昇華していってもらいたいものです。

ひらっちは今年に限らず作品名上げたらきりがないくらいホント色んな女性の役者さんと共演されてきていて、この勢いだと有名どころ全制覇も夢じゃない感じです。すかした都会のイケメンよりも地方都市とかの少しイケメンで真面目な善人が一番似合い、かつそういうのに違和感のない役者さんはそういないだけに唯我独尊わが道を突き進んで欲しいものです。希望としてはコメディに出て欲しいなと。なぜなら全開でぶっ飛んだ時の樹里ちゃんを捌ける役者さんってそうはいないですから、是非ともいつか再び樹里ちゃんとコンビ組んでもらいたいと願っているのです。

水月蓉さん、水田芙美子さんからお名前が変わって、直接的な作品についてはゲストでのご出演が多くいいも悪いも判断しにくいのですが。ブログで発表されている文章(物書き)においては空恐ろしいほどの可能性を感じましたです。あれできちんとした編集者の人がついてきっちりと売り物としてのものを目指されたら文筆家としての進路という選択肢もアリだろうなと思える勢いでした。さすがに「ベス」とはもう呼べません。「さん」づけです。

罪子は年末浜名湖競艇場にゲストとして来られたようなんですが、私競艇とかはやりませんので行かずじまいでした。ってご尊顔を拝見したところでどうなるものでもないのですが。罪子に限らずどなたに対してもあくまで作品主義であって生身の人間に出会いたいわけではないので残念無念ではなかったですけど。まあそれでも、ご自身のブログを拝見すると、れお先生やなっちゃんとかとの相も変らぬ交流があるようでそういうところは素直に嬉しくなってきますです。グラビアのお方でありますから水着が制服みたいな勢いで流石にその手の道楽は持ち合わせていませんので何も申すことはないのですがとにかく頑張ってもらいたいものです。

他のガールズにつきましてはもうジャンルが私の道楽とするところから離れられておられまして、ブログで近況を推し量るのみという状況であります。願いをこめてそれぞれの道で成功されんことをお祈り申し上げます。そしてどこかで必ず共演して欲しい。

話し変わって、特に応援してるという訳ではないのですが、印象に残ったお方とかはというと。って随分長くなったのでその2へ続くということに。

| | コメント (0)
|

*甲斐性ない

遠州弁だと多少共通語と意味が異なるかもと思って記載。

実力・能力がない。金銭的にと言う意味の含みもあり。

共通語だと辞書(昭和47年発行製)とかによると「甲斐性」は、意気地・積極的にしようとする気力と記載されている。なんか近いようで微妙にニュアンスが遠州弁は変化してる風にも思える。

しかしネットでの最新の辞書で調べると、頼りになる資質とか記載されていて、これなら近いニュアンスである。

因みに甲斐と甲斐性の違いは

「育てる甲斐がない」は育てる張り合いがない。

「育てる甲斐性がない」だと育ててく力量(稼ぎ)が備わっていない。

とか言う風に使われる違いであろうか。性質といった性が付く付かないの違いといっただけではない別のお話しのようである。ってこれは共通語か。

遠州弁での「甲斐性ない」の使い方は他には、生活力(又は経済力)がないという直球的意味で使われることが多くある。

例文

「今度これ買うだよ。」

「なによを そんな甲斐性あるだけえ。」

「ローン組みゃあなんとかなるらあ。」

「そうゆう問題じゃありもしんに。維持でけるだかっつってんの。税金やらなんやらで後々も金ん要るだでねえ。甲斐性ないくせにどうせるよお。」

「そんときゃそんときだあれ。なんとかなるらあ。

「はああんたに物ゆう甲斐ないわ。好きにすりゃいいじゃん、わしもう知らんで。」

「そんなこといわすとお。きつくなったら助けてよ。」

「やなこったい。知らんわあ。」

| | コメント (0)
|

タモリ倶楽部「江東区・水門銀座を行く」

東京に流れる川の水門を舟で周遊するお話し。普段生活する上においてまず巡ることはないツアーでありましょうや。吸いもんと水門を掛けた洒落から始まり水門写真家なる水門をこよなく愛するお方が登場し、いざ舟に乗ってその方から説明を受けながら巡ると言ういつものまったりしたお話しかと思いきや。

面白かったです。「くいつき」と表現されてますが。素直に反応するのがタモリ倶楽部の醍醐味で、今回の童心に返ったかのようなはしゃぎ具合が観ていて愉しかったです。芸人さんもお出になられておられますが、それなりに職業として「見せる」本位ではなく心底楽しそうな空気感が魅力です。「一門一枚」が効いてたんでしょうかマジぶりが爽やかでした。お舟の上独特のまったりたぷたぷ感も味わえたし。

いつも大抵の構成パターンは、専門家おひとり、その手合いが嫌いじゃないゲストがおふたり、司会進行で興味すらないない方がおひとり、それとタモリさんという出演者さんで進んでいくんですが、今回は全員丸はまりで嬉々としてる光景はやはり画になります。専門家さんだけが嬉々としてるのがレベル1とするならば、タモリさん専門家さんの嬉々がレベル2・タモリさん専門家さんゲストさん嬉々がレベル3・全員が嬉々でレベルマックスなんでしょうか。今回は興味のないお方すらはまってるってことは最高レベルということで。

当然作りモノじゃないからレベル1で白い空気感漂う回も存在しますが今回は確実に楽しい回でした。過剰な演出とかやらせなしの醍醐味を感じられるテレビって最近殆ど見れないだけにタモリ倶楽部は貴重です。

だかららといって自分も行ってみたいとは思わない弩マイナーなテーマが面白いと思えるんだから不思議ではあります。それにしても毎週見てて思うことは、色んな道に邁進されてる方がなんと多いことか。報酬とか見返りを求めない邁進具合が心地いいんでしょうかねえ。

我が身を振り返って、ああいう風にタモリ様御一向を迎い入れてもてなせるような道楽自分にあるかというと、ない。だから羨ましいんでしょうかねえ。うんちくなんてものは上には幾らでも上が居るものだと思ってるから粋がらず無理せず自分はうんちく垂れるものはないと思っているだけに。憧れみたいなものもあるんでしょうねおそらくは。

それとは別に会話が高マン(高級マンションの略)だあ閘門(こうもん)だあと下ネタっぽいのに直ぐつなげてしまうのも野郎の会話で楽しかったですな。お行儀のいいテレビさんじゃ滅多に聞けないのでこれもまた愉し。唯一「はんにゃ」とか囃して方言を茶化すのは言い違いのツッコミであっても個人的には好きではないですけど。

なんで今頃ということなかれ。静岡県は2008・12/9に放映されたんだから私にとっては最新のタモリ倶楽部の情報なんですから。私にはオーディオマニア以来の愉しいタモリ倶楽部でした。

| | コメント (0)
|

セレブと貧乏太郎その9

いきなし時間が流れ、突如アリス(上戸さん)と後藤田(柏原さん)との仲が元の鞘に収まりいざ結婚という所にワープして始まる展開でした。素直に祝福できない心境の太郎。そんな太郎の心持ちを知っていながら嫁ぐアリス。突然ありがちなリアルな展開になったもんだと思ったら最後どんでん返しということでまあ波乱万丈な展開でありました。

なんやかやとパロディづくしで結婚前のバタバタ感を出されている印象でした。関係性の決算のようなロヲマの休日が如き展開がメインイベントという回かと。そう思っていたら最後後藤田パワー炸裂であっという展開でした。この窮地を如何に乗り切るかアリスよというところで次週に続く。

未だに訳分からないのが後藤田と真紀子(若村さん)が何考えて最後どうしたいのかという心の内。攻撃一辺倒だった真紀子もここへきて見事足元をすくわれてしまって。このまま失意のうちにしおれてフェードアウトしていくのでしょうか。それとも再び奮起して標的を後藤田に切り替えて攻撃を開始していくんでしょうか。いづれにせよアリスに対してなにをどうしたいのかというのがなんかよくわからんとこです。弩俯瞰で見れば気が強くしかもなついてくれない血の繋がりのない娘にそれでも何とか幸せになって欲しいと縁談話をまとめようとするあまりありとあらゆる手を使う母と見えなくもないですけれど、それなら数年前に強引に別れさせるこたあなかろうにと。婿入りしてから育成してけばこんなはめにならなかっただろうにねえと思ってしまうのは言ってはいけないことなんでせうか。とりあえずは自由奔放なアリスの首に鎖をつけたがっている人という視線で真紀子見てるんですが違うんでしょうかねえ。

それと後藤田。現時点では復讐の鬼と化しているようですが影でこそこそ感傷的になったりしていて、ホントなにしたいんでしょうかねえ。

とにかく行動理由や目的が分からないお二人が大活躍されると翻弄されてるな感は増しますけど庶民の一喜一憂が空振りしてるようで虚しく映って見えるのはしんどいかなと。

正々堂々と結婚式場にて巨大な画面で宣言するけれんは決別に近い宣戦布告なんでしょうけど一度ならずも二度までも。可愛さ余って憎さ百倍となってアリスは立ち向かって行くんでしょうねおそらくは。全11話で残り2話。

たわけた予測ぬかすなら、狭いながらも楽しい我が家でアリスと太郎が幸子(国仲さん)の悲哀の礎の元だ明るく暮らすのか。アリスが修羅となって復権に向けて猛奪取せんとするのを太郎が応援していくのか。金持ちになるのか庶民になるのかの違いはあれど方向性としてはアリスと太郎の仲が接近して終わるみたいな装いになってきたように思えます。後藤田が以前真紀子に受けた試練をこんどは後藤田が太郎に課してさあ立ち上がれアリスにふさわしい男となれという展開で進むんでしょうかねえ。

意外な展開を考えるとすると、やっぱアリスと後藤田、太郎と幸子がなんやかやあっても割れ鍋に綴じ蓋って勢いで丸く収まるってことでしょうか。後藤田が明快な悪党として描かれていないだけにそういう可能性もあるのかしらむ。後藤田と幸子・アリスと太郎という超奇抜な展開もなきにしもあらずや。全員お友達で終わり一件落着後はサヨナラ。もう世界が違うから逢う事もないねというオチが一番強烈か。でもそれじゃドラマとして成立しないよな。

とにかく死人が出ないのがなによりですし迷惑はあっても不幸を生まない作品であることは間違いないようで。こういう展開は嫌いじゃないです。

今「暴れん坊ママ」と見比べると随分大人っぽく演じられてるんだと思える上戸さんです。それでも役を自らに引き寄せるパワーに変わりなく。そういうところが「上戸彩」の真髄なんだろうなと思えてきますです。

| | コメント (0)
|

*ぶんまく

撒き散らすと言う意味。共通語であろうが頻度が高いという事で記載。

ぶちまけると言うほうが適切かというとそういった感情的な発露による行為ではない。勢いよくとかいったニュアンスである。

振り撒くという表現の方が近いか?しかし「振り」がなんで「ぶん」に変わるのか説明が付かないのでこれが正しい訳ではなかろうて。

ちなみに、「ぶちまける」だと「ぶちまく」という使い方の方がしっくりはする。

例文

「庭木に水くれといて。」

  (庭木に水まいといて。)

「どこ撒きゃええよを。めえる範囲ぶんまきゃええだ?」

  (どこに撒けばいいの?見える範囲全部撒き散らせばいいの?)

「加減っちゅうもん知らんだかおんしゃあ。常識の範囲内でやれやあ。」

  (程度ってものがあるだろう。常識の範囲内でやってくれよ。)

| | コメント (0)
|

チーム・バチスタの栄光その9

桐生先生(伊原さん)の思わず珈琲カップを取り違いしてしまうという動揺のシーンで、ああやっぱそうなのかあと。ご丁寧に白鳥(仲村さん)が茶化すシーンまで提示されていて。

ほんじゃ別に殺人じゃあないじゃろと思わんでもなく。でもまあ確かに術死は続くというフレーズは間違ってはいないからアンフェアなたぶらかしではないですけどね。隠匿が罪にあたるなら犯人という表現もあながち嘘でもないかあ。

なんて書いてるのは映画を観てるからそれと一緒の展開に雪崩れ込むのかなと思ったので。

もちろん酒井先生(鈴木さん)の「こんなろー!」という行為ははじめて見た光景でありますがそこはかとなく全体の流れは映画で見た光景のデジャブーに見えてますです。

なんでストーリーの話しをするとネタバレ以外の何者でもない興ざめを誘発しかねないので以下はどうでもいい話を。

垣谷先生(鶴見さん)の裏方に徹する生き様説は心意気に響く逸話でしたなあ。そういう人が出世しないのはどこもおんなじようなもんですけどやっぱ美徳というか共感が湧いてきますです。

それにしても病院に屋上はつきものなんでしょうか。このところの医療関係のドラマで屋上のシーンがないドラマ記憶がございません。最近はどうなのか知りませんが私が入院を経験してた頃は屋上は喫煙者(入院患者・外来・見舞い付き添い)の唯一の憩いの場で先生方の場ではありませんでした。地域や病院それぞれによっても違うのでしょうけど私には見慣れない光景であります。画的に見晴らしがいいし開放感がありますから病院内の閉塞感とのギャップがあってメリハリつける上で必要なんだろうな。

大友看護師(釈さん)の電話に残っている氷室先生(城田さん)のメッセージの内容は今回明かされませんでしたがなに残したんでしょうかねえ。それとあらたな警告のメッセージは誰が送りつけたんだと言う謎。

桐生先生の日本に戻ってきた夢。一時は解散の決意を固めたにも拘らずそれを撤回するという夢の実現に向けてならば見栄もへったくれもかなぐり捨てて前言を翻して再度バチスタ手術に挑もうとする桐生先生。その心境はいかばかりか。医者の不養生といいますが無理は体に毒ですよねやっぱし。

ところでぐっちー(伊藤さん)がここんとこ真面目一辺倒になってきて白鳥一人がマジとおちゃらけ使い分けしていて、なんか重たい空気感が漂ってきています。できればオンオフの使い分けはぐっちーにもして欲しかったなあという感想です。

| | コメント (0)
|

*ちらける

全国的に使われてるであろう言葉であっても辞書などには載っていない言葉。

したがって各地域によってもしかしたら意味合いが異なるやもしれぬということで記載。(まあそんなことはないだろうが。)共通語だと「散らかす」になるのかしらむ。「散らかる」だと少し離れる気がする。「ちらけっぱなし」はそうなると「ちらかしっぱなし」になるのかな。

意識をもって散らかしていることを表現する言い方。つまり片づける気がない、もしくは片づけられないというニュアンスが籠もる感じである。

「風ん舞って散らかった。」風を擬人化すれば「風んちらけた。」と表現できなくもないが自然とそうなった場合とかには使わない言葉である。つまり散らかす犯人が存在するということ。誰が悪い(原因)とかじゃない場合には「ちらかる」という言い方をしている。

例文

「なんだやあ。えらいちらけたなあやあ。」

「そうじゃないだよ。○○があだけてちらけてっただよ。」

「え?なにせいきたよお。」

「わからんだよ。なんしょ来て直ぐだもん。」

「で、どうなったよお。」

「知らん。警備ん衆来て連れてった。」

「じゃまた来るだかいやあ。決着つかんとどうしようもないじゃん。」

「そんなこんよりかとりあえずちらけっぱなしじゃかんでかたしまい。てんだってやあ。」

  (そんなことよりとりあえず散らかりっぱなしじゃあダメだから片付けようよ。手伝って。)

「はいね。」

  (あいよ。)

| | コメント (0)
|

*こぐらかあった

具体的にどこを指すのかは知らないが

「こぐらかあった」(足がつった)・「こぐらがえり」(足の痙攣)

という使い方をする。

したがっておそらくは「足の筋」を意味するものと想像される。

共通語だと辞書で「こむら」(腓)・ふくらはぎの意、老人語と記載されている。

おそらくは「こむら」が「こぐら」に変形したものであろう。だとすると厳密にはふくらはぎの痙攣を指すことになる。しかしながら誤った使い方になるのであろうが、場合によっては足の指とか腿(もも)辺りがつっても「こぐらかあった」と言う場合もごく稀ではあるがある。

「こぐらがえり」足がつったというひとつの言葉として使われていて、ふくらはぎのことを「こぐら」と呼んでる使い方はさすがにしていない。

例文

「なにぃ?あいつえらいへこんでるけどなにんあったよお。」

  (どうしたんだ?あいつとてもへこんでるけど何かあったの?)

「きんのうあいつ水泳大会でいいとこまでいっただにな。決勝でええとこでこぐらかあってどべんなっただよ。」

  (あいつ昨日さあ。水泳大会でいいところまでいってたんだけどね。決勝でここからって時に足がつってそれでビリになったんだ。)

「そりゃまあたついてんねえ。」

  (それはまたついてないねえ。)

「大会自体は本番じゃないようなもんだで別にとんじゃかないだけど。彼女にかっこええとこみせすかと意気込んでた分落ち込んでるだよ。」

  (大会自体は本番じゃあないようなもんだから特にどうのこうのじゃないんだけど。彼女に格好いいとこ見せようと意気込んでた分落ち込んでるんだ。)

「なんだやぁ、同情して損こいた。」

  (なんだよそれ。同情して損した。)

| | コメント (0)
|

252 生存者あり episode.ZERO

いやあ面白かったですねえ。ついつい惹き込まれてしまいました。ストーリー展開については先達の「海猿」とかぶる部分もあるんであれなんですけど。市原隼人さんを愛でる作品として愉しかったであります。伊藤英明さんとかはモロ体育会系に映るんですけど市原さんは文科(アーティスト)系要素を含んだ体育会系というアンバランスさ(そこがいいんですけどね)を私は感じるんですがこの作品ではモロ体育会系に徹せられたようにも見えました。

暴力を伴わない野郎の野蛮(本能)性の発露みたいなものを表現させたらこのお方は凄いなあと改めて思いましたです。決していいところだけ提示するのではなく原始からの人間本来が持つあくの強さからくるピリ辛さ(群れない協調性のなさ)も含んでいてリアル感がありますな。そう言うリアルさがありますんで人としての好みについては分かれるんでしょうけど、まあそこは実際自分の傍にはいないんだからという観点でみていればセーフでしょう多分。それを補う意味でも子供たちには好かれるという設定が効いているようでもあります。

器の大きさからくる組織の中に収まりきれない大きさを感じましたし、それをなんとか成長と言う名で輪の中に取り込もうとする周りの勢いも熱かったですなあ。現場も訓練所もそこいらじゅう火だらけで地も人も熱かったです。冬だと言うのも忘れて観れてた感じでした。

その周りのメンバーもそれぞれ葛藤を抱えていて決して真一文字に突き進むのではなくて迷い彷徨いながら育っていく様が2時間という長丁場を飽きさせないで魅せた要因でもあるのでしょうか。連ドラとかになっちゃうと耐え忍ぶ我慢大会の装いになっちゃいそうでやっぱ2時間一気というのは正解でしょうな。

人命救助のためには自分の命を顧みないという信念は決してプロが持つべき信念ではない。それを気づかせる為に周囲が気遣うと言う展開なんですけど。私なんざ一回で懲りる根性なしなんですけど、彼は幾度の経験を積み重ねて(堰を切らないと)でないと自分を振り返らない訳でありまして。悪く言えば頑固よく言えば強い不屈の信念を有しているということでありまして。迷わず進める生き様には憧れしまいますです。とにかく自分とは真逆の人間を見るのは新鮮であります。人のせいにしない・うじうじしない・信念のためには衝突を怖れない。真似できませんわ。

音楽が映画と共用なんでしょうかねえ?えらく画に迫力が増す感じがありました。

最後の方の子供を助けた後の暫しの苦しみながら耐え忍ぶ辺りは観てるこっちまで息が詰まりそうな勢いを感じました。ホントうめえなあこのお方はと。

とにかく言葉を要しないで人との繋がりや意思の伝達がひしひしと伝わる感じがまるで映画観てるみたいでした。ええもん観たなあと。

映画の番宣とはとても思えない作品でありました。火を使ったシーンとか迫力あって手抜きなしって勢いでしたし。映画の流れからか役者さんも皆豪華でしたし。先にも書きましたけど大まかな流れとかは「海猿」観てるんで物語の妙とかは想像通り進んだ感がありますが。とにかく役者力バリバリで観る前の期待感を越えたとても惹き込まれた作品でありました。これでもかというような同じパターンの予告Cm流し捲くるよりもこういう手法の方がインパクトありますし好感が持てますな。叶うならこの宣伝効果が効果的でこういう宣伝手段が一般的になってくれたら嬉しいです。でもDVDが直ぐ出る(12/24発売)ってのは凄いですな。いくらなんでしょう価格が気になります。

それにしても筋肉隆々だったなあ市原さん。肉体的にも役柄の説得力ありましたです。あとは髪形くらいですかねえまだ役作りできそうなのは。

| | コメント (0)
|

訳んわからん(遠州弁丸出し文)

ゆうとっけどクレームじゃないだでねえ。そこんさあ間違わんでよ。てめえのアホさ加減にやっきりこいてるだけだでねえ。頼むにい。

でえ、さすがにここんとこどっちゃぶくなってきたもんで、はあ蚊も出んくなっただで蚊取り線香しまわまいと思っただよ。

ほいたら上からかぶさるタイプのリキッドの部分引き抜こうとしたら出やせんくて。もう半端なく固くて外れやせんだよ。やっきりこいてだあたあ来てるだけど朝から挑戦しとるだに今もって外れやせん。

はめる時ゃカポって簡単にいくだになんで?熱せられて容器が膨張して蓋の部分につっかかってるとかじゃねえのかとかの理屈はどうでもいいだけど、水性だでほっぽらかいとくと蒸発して使えんくなるだでそういう訳にもいかんだら。

こんなこんしょっちゅうあるだけどなんでかねえ。ひいこらこいて外してまたおんなしもん試しいはめても全然スカスカな癖してやあ。ホント怒れるだよ。物に怒れてもしょんないなあ重々承知してるだけが、なんかなあむかつくわあ。

なんしょあれだいね用んないときゃカパカパ外れる癖して用ある時に限って外れやせんもんで怒れるだいね。なまじいっつも外しにくいほうがずっか諦めんつくもんだらねえ。そう思わん?

この夏も蚊あ退治してくれて「ありがとねえ」とかいう道具に対する感謝の気持ちを忘れるようじゃそこらのクレーマーといっしょくたあになるのは厭なんこんだけど。だでメーカーさんにぶーたれるつもりはさらさらないっちゅうなあ気いだけは持たんとかんだいね。多分自分の使い方がぞんざいでこうなっただろうから。てめえが悪いっつうこんだいね。

にしたってど固えやあ。上から箸突っ込んでなぐりでぶっさぐってみすかな。はあリキッドつんぶれてもしょんなくてもそれでやらすかな。はあここまでくると一日仕事だあなあやあ。

60日間使えるリキッド容器だけどこれってさしっぱなしじゃかんだかいねえ。他の衆らは毎日使う時だけはめるだかいやあ。もちろん電源入れっぱなしっつう意味じゃないにい。こういう生活の知恵がないのはホント用なさんでつらいやあ。なんでもまかしょと言える大人にはどうもなれんかったらしいわあ。

| | コメント (2)
|

*くっちゃぶい

くそ寒いの変形。「くっちゃぶう」という言い方もあり。

これが方言かどうか非常に疑わしい俗語表現であるが、遠州内なら結構通じるので一応記載。

くそをつけるくらいだから寒さに癪が触る勢いの表現である。

似たような表現で「くっちゃべる」(雑談してる)とかがあるがこれが「くそしゃべる」の変形かどうかは疑問ではある。

例文

「う~今朝あ馬鹿くっちゃぶいやあ。」

  (う~今朝はスゲエくそ寒いなあ。)

「ホントだの。きんのう結構ぬくとかっただにねえ。」

  (そうだね。昨日が結構暖かかったのにねえ。)

「こんなだと遊びい行くにもしんどいやあ。」

  (これだけ寒いと遊びに出るのもしんどいよお。)

「とかこいてきちんと来てるじゃんかあ。」

  (そう言ってちゃんと来てるじゃないか。)

「まあの。で、どこ行かす?」

  (まあね。それでどこ行こうか。)

| | コメント (0)
|

« 2008年11月30日 - 2008年12月6日 | トップページ | 2008年12月14日 - 2008年12月20日 »