« 2008年11月16日 - 2008年11月22日 | トップページ | 2008年11月30日 - 2008年12月6日 »

花を待つ若枝(by水月蓉)を読んで

単純に「鎌倉」というフレーズの動因から始まると小津世界が勝手に起動してしまう私です。登場人物は家族。物語は誰しもが通過するであろう日常に起こるイベントの中の世界。益々以って小津世界。

自身のことを照らし合わせてみるならば、オヤジが危ないと言う報を受けた時、自分は冷静でいるつもりでも(心がさざめかない)心ここにあらずで訳の分からない行動をしてたなあと思い出される。

一度目の時はありえないとこに自転車ぶつけたりして心が先に行って体が遅れて離れたみたいに慌てて駆けつけたっけ。

二度目の時はどうやって病院に辿り着いたのか記憶が残ってないや。

こういう時の感情の上限と下限がカットされたかのような心が波立たない経験はあまりしたことがない。そういう感覚の表現はきちんと文章に出てるなあと思いましたです。

合う合わないとか好きとか嫌いとか関係なく身内が死ぬということはその人にとってしか分からない特別な事で、そして残された者に残る想いはあのときこうすればよかったという後悔の念ばかりだろう。たとえ自分にとって好ましい人でなかったとしても。

作品には描かれて無いけれどその死に際は静かだったのか苦しんだのか。罪滅ぼしじゃあないけれど最後くらいは穏やかにと願うものである残された身としては。

火葬場での描写は写生力が凄いなあと。うんうんと頷く感覚の光景でそこは自分と重ね合わせることが出来ましたです。待つ間のなんとも妙な空気感とかプロの仕事をされる火葬場の職員の方のこなれた手つきは多分何度経験しても馴染めないだろうなと。もちろん特殊な仕事をしてくれる方に感謝の念はあります。非難するつもりは毛頭ございません。

そしてこの作品は一人称で語られていてどこをどう捻ってみても彼に憑依するしか読み方がない。彼は和解(納得)したみたいだけど私は今でも後悔はあるけど和解なぞする気は無いままああいう人だったと解釈して終わり。理解はするけど共感までは出来ない自分にとって死を以ってして和を為す彼に感情移入とかは出来得ませんです。無論私がイレギュラーであって作品に描かれているテーマは普遍なんでしょうけど。

したがって今回のテーマはパス。なのでこの作品の判断がつきません。こんな感覚の私ですが作品を重ねる毎に情景がより鮮明に思い浮かびつつあるのは確かでありまして進んでいるんだなと感じますです。

パスした以上ごちゃごちゃ抜かすのは卑怯ではありますが、下が弟でなく妹で良かったなあと。あと、心の内面描写が多くてこれを映像化してイメージして傍観者(観客)として見るのは難しいだろうな。だから我が身に置き換えて読み進んで行ったのだけれど自分との食い違いが出たのは残念でありました。主人公のように出来た人間に成長できなかった我が身を嘆くのみですな。

| | コメント (0)
|

流星の絆その6(第7話)

徐々にシビアな展開になって参りました。そして感情表現の起伏の振幅が益々もって要求される展開にもなって参りました。

「いいのかよ・・・アニキ・・」間髪いれずに「いいわけないだろぉ!」

すげえ迫力でありましたです。どんどん感情的になりつつある兄弟三人と比べての柏原(三浦さん)の淡々とした平静さが逆に不気味に思えてくる感じでもありました。

なんでああいう奴をと観ている傍観者でもそう思える静奈(戸田さん)の恋心ですが確かにそう思える(ほんとに恋し始めてる)ように見えるから不思議です。これ以前の詐欺行為で見せた態度とかとの微妙な違いの演じ分けが対比となってよりそう映るんでしょうか。こちらの恋の行方はどうなるんでしょうかねえ。

ところで今回は戸神政行をはめて警察の介入を促すという行動の一部始終が描かれていた訳でもありますが、相変わらず私的にはどうも戸神が犯人であるという確証があるようには思えないのですけど。それを確定であるかのように罠を張り巡らす様は静奈の恋という誤算だけでなく犯人そのものを間違えてるんじゃないのかと誤算だらけのような気がしますです。

柏原は信用してもいいんじゃないかと兄弟で話し合ってるので警察(柏原)が動くようにしむけるという行動はおかしくはないのですが。証拠があまりにも不十分(目撃と料理の味の一致)故の補足?ということででっち上げるというのはどうなのでしょうね。あっさり全ての情報を話してしまえばいいんじゃないのかと思ってしまいますです。詐欺行為の実行者の妹を守るためというのも分かるんですけど戸神に対しては近づくための嘘なだけでまだ詐欺を働いていないのだからまだ間に合うんじゃないのかと勘繰ってしまうのであります。

もちろん犯人ぶっ殺すことを警察が許してくれる筈もなく。成就した暁には兄が全て被って妹には迷惑を掛けないためにも兄弟の接点は隠匿しておかなければならないことなのでしょうけれど。そう言う覚悟は滲んでますですな確かに。

果たして「犯人ぶっ殺す」という行動が無事?成し得るのか。なんか柏原が見事解決してくれそうに思えるのは甘いんでしょうかねえ。「はいおつかれさん。」って肩叩かれて「なんだよそれ?」で終わりでも別に良いような気がするんですけど。

要は復讐なんですけど、幼い頃の出来事に対してということで、今が幸せならばそう言う想いに駆られるようなことはないのでしょうけれど三人とも苦労をしょって生きてきた空気が漂ってくるので観れるんでしょうかねえ。妹がもしかしたら運命の人と出逢ったのかもしれない今。それを祝福できない兄二人はやはり血の繋がらない故の異性という目線があるからなんでしょうか。兄弟三人の結束の揺らぎとか見えてくるとちょっとしんどくなってきそうでそれは勘弁して欲しいと思う甘ちゃんの私です。

着地点はもちろん犯人と事件の全容でししょうけど三人の明日が明るいものになるのかどうかというとこも観てみたいところであります。全10話ということらしくあと3話。安寧は訪れるのでしょうか。

| | コメント (0)
|

*あんたらねえ

イントネーションの違いで意味が変わる。

1、「んたらねえ」あが強い。

上目線で物申すような感じになる。説教くさい話しが以下に続くことが多い。

訳すと「ちょっと君達」といった感じであろうか。

2、「あんたらねえ」たらが強い。

冷ややかに一線を引いて私はあんたらとは違うという感じになる。見も知らん人に使うことは殆どなく。仲のいいもの同士とかがついてけないとか私を巻き込まないでとかいった他愛のない会話とかで使われることが多い。

訳すと「私は違うからね一緒にしないでよ」といった感じであろうか。別の意味で「ついていけない」みたいなあきれてることを示す表現という使い方もある。

1は関東風2は関西風。これを遠州では都合よく使い分けてるということであろうか。

男女共用の言葉であるがどちらかと言えば女性言葉の度合いが強い感じがする。野郎言葉だと1は「やあばかっつら」2は「おめえらなあ」辺りであろうか。

1の例文

「あんたらねえ。店の前でたむろされてちゃ迷惑だで。どっかよそ行って。人間疑われるにい。」

  (あのねえ。店の前でたむろされてちゃ迷惑。どっかよそ行って。人間性疑われるよ。)

「いらんこんじゃん。買い物しただで一応客だにいうちら。」

  (余計なお世話でしょ。買い物したんだから私達客だよ。)

「ほいじゃそっちのくろによってくりょお。」

  (それならそっちのはじっこに寄って。)

2の例文

「あんたらねえ。よーやるわあ。とてもじゃないけどついてけん。」

  (あのさあホントよくやるわよねあんた達。とてもじゃないけどついていけない。)

「なにゆってるよお。ここまでくりゃあ一蓮托生。次行くに。」

| | コメント (0)
|

うぬら

お前ら・お前達とかいう意味の言葉。

別に方言ということではなくて時代劇とかでよく出る言葉で、それがまだ遠州では残っているということ。といっても滅多に出る言葉ではなく死語に近い最近ではあるが。男言葉で女性が使うことはまずない。筈。

お前と言う意味の「うぬ」はもううちの集落辺りでは使われていない。「うぬはなにしとんじゃい。」(お前は何してるんだ。)という言い方が成り立つが普通は「おんしゃなにしてるだあ。」という言い方を使うことが多い。

遠州弁的ニュアンスとしてはむっとしてるとかプンプンしてる感じとかを含むことになる。見下した言い方かというと少なくとも目上に使うことはないので丁寧な言葉ではないが赤の他人に言い放つと喧嘩に発展するので親しい間での表現かと思われる。

別の言い方では「おんしゃら」・「おめえら」が近いニュアンスであろうか。「あんたら」だと遠くなる感じ。

例文

「うぬらあなにしくさっただあ。」

  (お前達なにしでかしたんだ!)

「なにもやっちゃいんよお。自分勝手にこけただけじゃん。」

  (なにもやってないよ。自分が勝手に転んだだけでしょ。)

| | コメント (0)
|

*言われ方の種類

言われ方の様々なバージョン。共通語も含んでいるがそれぞれニュアンスが異なる。全国的に同じニュアンスであるかどうか分からないので遠州ではこういう感じにとられるということで。あくまで個人的にそう受け取っていると言うことで全ての遠州人が受けるニュアンスとしてこうであるというものではないのであしからず。

「ぎゃーつく言われる」 激しく注意される状態の場合が多い。

「ひゃあひゃあ言われる」 感情的にきつく言われる状態の場合が多い。

「ぎゃんぎゃん言われる」 ぎゃーつくとひゃあひゃあが入り混じった状態の場合が多い。

「ねちねち言われる」 重箱の隅をつつくようにねちっこく言われる状態の場合が多い。

「とやかく言われる」 いちいち意見を言われる状態の場合が多い。

「ぐずぐず言われる」 納得してない奴があわよくば的な時に言われる状態が多い。

「うだうだ言われる」 やり方が納得してないような時に言われる状態の場合が多い。

「なんしょ言われる」 なにやっても言われる状態。

「ぶつくさ言われる」 愚痴を言われてる状態。

「じくじく言われる」 小声で聞こえるか聞こえないかの大きさで愚痴を言われる状態の場合が多い。

「ぶちぶち言われる」 露骨に厭味を言われてる状態の場合が多い。

「きゃんきゃん言われる」 小型犬の泣き声のような五月蝿さで言われる状態。

「馬鹿言われる」 凄く言われる状態。

「えらい言われる」 同上。

「がんこ言われる」 量を多く(膨らませて)言われる状態。「がんこな言われよう・ずいぶんな言われよう」という言い方もある。

「えらく言われる」 同上。

「きっちし言われる」 はっきりと言われる。

「あとで説教」 ひとまず落ち着いたらきつく言う。

「だあだあに言われる」 これでもかといくらい際限なく言われる。

「ばかばか言われる」 同上。

「こらしょと言われる」 ほぼ同上。

「ちくっと言われる」 蜂の一刺しっぽく言われる状態の場合が多い。

「ちいと言われる」 少し(ちょっと)言われる。

「なあなあに言われる」 馴れ合い(どうでもよく)で言われる。

「をたこかれる」 冗談言われる。

「けちょんけちょんに言われた」 立つ瀬が無いくらい言われる状態。

「ふんぞりかあって言われた」 エラそうな態度で言われた。

「とんじゃかなしに言われる」 お構い無しに言われる。

「白目剥いて言われる」 怒って(三白眼で)言われる状態。

「ちゃっと言われた」 直ぐ言われた。

「やいのやいの言われる」 せっつかされて(口うるさく)言われる状態。

「見もせんと言われる」 見もしないで言われる。

「ここぞとばかりに言われる」 チャンス到来と言わんばかりに言われる。

「あじゃあじゃ言ってた」意味(理解)不明なこと言ってた

他にも色々とあろうが思い出したらその都度書き足していくということで。

| | コメント (0)
|

セレブと貧乏太郎その7

ゴルゴのパロディかますとは、遊び心があるというか秘密が漏れたら本物に始末されちゃうぞとその大胆不敵さに心配にもなってくるんですが。でもそれはああ人違い勘違いという顛末しかも違った相手は詐欺師という展開で。

えせ作家さんへの有無をも言わせぬおもてなしの加減はさすが大金持ちと言う勢いで観ていて笑えました。所詮庶民レベルの金の亡者では芥川龍之介の「芋粥」状態に陥ってしまってありがたみもへったくれもなくギャグ以外のなにものでもない感じでした。

でもまあ書けない言い逃れの言い草は結構真実を突いているらしく、皆一同納得してしまうと言う辺りは流石人をたらしこむ才に秀でていて、だからこそニュースにもなるくらいの天職なんだというのは変に説得力ありましたですな。でもこれは結末に至って初めて真実を語れた理由が明らかになって間違った解釈だと気づくトリックであった訳ですが。

でもまあセレブといえども本質を見抜かず権威に弱いと言うか疑うことをしないのは、そんなんで金の匂いに引き寄せられる訳の分かんない連中をあしらう危険回避能力あるんかいと心配にもなってくるような冗句にも思えました。

もうひとつの太郎の破局の理由を求める旅路にも色んなキャラが登場してきて楽しかったですなこれまた。

今回とにかく詐欺師さんが出色でした。とても跳ね具合が面白くていかにも小悪党というただただ笑えました。コントとどう違うんだと言われたらあまりコントについては詳しくないんであれですけど。お笑いの方がドラマの中で演じるものと役者さんがコントまがいの演技をされる違いくらいは私でも分かりますので、とにかくやり過ぎとは特に感ぜずにこのドラマの世界に溶け込んでるキャラクターで面白かったです。役者さんのお名前が難しくて漢字が出ないので書けませんですけど。大分昔のグループサウンズの時代の遺物のようなキャラが印象的でありました。これもなんかのパロディなのかオマージュなのか。

それを言ってはお終いよなのかもしれませんが、日々の生活に困窮してるのにバイト代1万円を受け取らず自費で調査したという展開は健気というか格好いいんですけど一体幾ら費やしたんでしょうかねえ。あの生活レベルを想像すると飲み食い移動費を考えると大層な出費に思えるんですけど大丈夫なんでしょうか家計のやりくりは。

とにもかくにもその終わり方は存外にハッピーエンドで締めてきて意外でありました。ゴーストライターは影の存在からの脱却を果たし人情を描く作家たらんと第1歩を踏み出し、詐欺師と謳われた男は以前夢として作家を目指していたのを人生何の因果か道を踏み外して生きてきていたのではありますが、太郎の生き様に感銘しその感銘を活力にして一世一代の文章を創りあげて去っていくという展開。渡り鳥シリーズにしてはやけにギャグ満載でしたけど画にはなってました。憎めない悪党って感じで。

しかもその本がこれまたばんばん売れてしまうというオチまでついて。

太郎とその仲間たちに出会うと誰しもが幸せになれるという方向性は気持ちいです。なにより暖かくて面白いのがいいですよね。お金が人生の全てじゃないと言うことがきちんと伝わってくる回は観ていて気持ちいいですわ。

| | コメント (0)
|

チーム・バチスタの栄光その7

とりあえず濡れ衣などではなく確かに犯行を氷室先生は犯したということ。自殺ではなく口封じかなにかでひとり消えてチーム・バチスタ。残りは6人。推理ものとしては面白いですけど狭いエリアの中に何人も殺人鬼がいるというのは異常に感じます。

怪しい順で言ったら、具体的な根拠はないのですが映像的に怪しい怪しいと言う風に持って行ってる様な鳴海先生(宮川さん)。で次は嘘ばっかこいてる隠し事の上手な大友(釈さん)という順番でしょうか。この回の鳴海先生の写し方は先々週の氷室先生(城田さん)への映像の追っかけ方によく似ているかのような感じがしましたです。

大友看護師は隠し事のオンパレードで、留守電のメッセージ・氷室先生とは食事を一度もしたことがないと関係性を否定するなど。ここまでくるとホントのことをひとつも言って無いんだろうなとさえ思えてきますです。

よくわかんないのは、氷室先生を突き落とした人間がどうやって氷室先生が居る場所を知りえたのか。

氷室先生は何故殺人をしたのかと言う動機。飼ってたハムスターが死んで心が不安定になったなんて言う理由ではとてもああそうなんだと納得出来るものではありませんです。死人にくちなし。これでこのことは不問に付されるんでしょうか。ちょっと歯になにか挟まった感が残ります。

世間体(病院側)としてはこれにて一件落着として蓋をしようと言う方向に向かっているのですがぐっちー(伊藤さん)・白鳥(仲村さん)のご両人はそうは問屋が卸さないようです。でもどうやって今後調査していくんでしょうか。ぐっちーはその権限を終了させられ強制力はなくなったし、白鳥のほうも殺人事件である限り以降は警察の仕事だと大人の意見で表面取り繕ってましたし。

桐生先生(伊原さん)は最早これまで、これにて解散といたしたきご様子なれどそうはさせじと鳴海先生が食い下がる。桐生先生は世間を騒がせた罪にてそう判断したのかそれとも術死は続くこれからもという事に反応しているのか。

鳴海先生は食い下がると言うよりも咬み付くほどの勢いですらありました。なんで?という思いです。

チームを続けるメリットデメリットというよりもやはり犯行に及ぶ動機が気になるところですな。だってだれも犯行を犯して得する人なんていそうもないですもの。なにせトリックというか犯行の手口はおそらく専門的領域の世界だろうから素人が読める筈も無いので黙ってタネ明かし観るしかないですから。

こういう状況になるとぐっちーの人当たりのよさを武器とした懐柔作戦は功を奏さず全面対決と言う白鳥の得意とする領域に入ってきたという事でしょうか。

仲村トオルさんがいいですなあ。インパクトありますです。海猿の時の筋骨隆々から一転しての痩せ具合は役作りの成果なんでしょうか。肉ばっか喰ってるからこうなるんだという不健康さが滲み出てる勢いなんですけんど、もしそうじゃない理由でのお痩せ具合だとしたらと思うと気にはなります。

段々核心に迫ってくるとオープニングの軽快なテーマ曲が軽すぎる印象になってきました。

| | コメント (0)
|

*かっちん

集落によって言い方は様々だけれど、うちんとこは「ビー玉」を「かっちん」(又はかっちん玉)と呼んでいた。といっても男子での話しで女子がそう言ってたかは定かでは無い。眺めて遊ぶのではなく玉同士ぶつけて遊ぶのが主流で玉同士が当たる音が「カッチン」と聞こえることからその名になったと想像される。ビー玉は眺めてるだけでも愛でれるのだがそういうのはビーズ・おはじきと同様に男らしくないと囃し立てられるのでぺったんと共に収穫を競う道具として使われた。

ビー玉遊び自体がもう行なわれていないのでもう死語であるけれど。

どうやって遊んでいたかと言うのも記憶が定かではなくなっているが、ルールは忘れたが地べたにあるかっちんにかっちんを目の位置まで持ってきて照準合わせしながら上から落としてぶつけるとかいう遊びをしてた記憶がかすかに残っている。

他には学校の机を卓球台のように使って打つのはラケットではなく机のヘリからかっちんを手のひらで弾いてラリーとかしながら机から自分の陣地内で落ちた方が負けとかいうのもやってたなあ。指で弾いてビリヤードまがいなこともしたっけ。ボーリングもどきは消しゴムとか並べるのが面倒なのですぐ廃れたような。

あとは丸(輪)の中にあるかっちんを遠くから自分にかっちんを転がして当てて丸の外に出すみたいなカーリングもどきのようなのもあったっけ。

どこぞのアホが鼻に突っ込んで遊んでいて取れなくなって医者に行ったという逸話も聞いたこともあった。鼻に入れるくらいだからケツの穴にも入れたに違いないと噂し合った記憶もある。

| | コメント (0)
|

*のえとなやの違い

「のえ」は共通語だと「のう」・「ねえ」

「なや」は共通語だと「なあ」

と言う風になるのであろうか。もっともこれらが遠州弁かどうかは疑問ではあるが。

「今日はなんかさぶいのえ。」(今日はなんか寒いねえ。)

「今日はなんかさぶいなや。」(今日はなんか寒いなあ。)

「のえ」を使う場合は相手に問うている勢いになり、「なや」は感想を発してるという勢いになる。

使い方としては「のえ」は高齢者が使う頻度が高く、「なや」は幅広い世代で使われるという違いがある。基本的には遠州弁では男言葉のような気がする。

「なや」を強調した表現が「なあやあ」(なあおい)になるかどうかは定かではないが、「のえ」が「のえやあ」と強調されることは無い。無いのだが「のういぇえ」(のうええ)が簡略化されて「のえ」になったのかもしれない。あくまで想像で根拠は無い。

「なあやあ」も「のういぇえ」も意味としてはそう思うだろ?という同意(意見)を求める表現になる。

「冨士の白雪ゃの~え」とか言う唄の「のーえ」と「のえ」は同じかと思われる。なので遠州弁的解釈で訳すと「冨士の白雪はねえ。」ということになる。

他の表現でいうと

「さぶいしー」・「さぶいわあ」などなど幾らでも出てくる。

さすがに「さぶいのし」・「さぶいづら」とか言う人はここいら辺にはいないが。

| | コメント (0)
|

プライベートライアンその2

なんとはなしにまたDVD観てしまいました。自分はなにやってんだろう能天気にって感覚に陥った時にこれ観ると心を入れ替えて真面目に生きなくちゃと思えてきますです。

登場してくる人達は敵も味方も全て誰一人として幸せになりえずに生を全うしていくのですが、自分に出来る精一杯の事を為す誠実な生き様をまざまざと見せ付けられると、こういう礎の元に今の自分の安穏が在るのだと思い知らされてはしゃぐんじゃねえよと戒められる想いが湧いてきます。そしてそれと比べると自分は何事にも甘えているんじゃないかと。何か不満とか思い通りにならないのは自分のせいじゃないと考える甘えでしょうか。

彼らはたった一人の兵士を国に送り届ける為に自らの命を賭してその任務に励むのですが。そのことに対する葛藤や腹を括った覚悟の後の行動は自身で考え決して流されること無く進んでいく訳で。

なんかこうネジを閉めなおすべきような時にこれ観ると頑張らなくちゃという気になります。疲れ果てて助けを求めたいような時には重量感があり過ぎてとても観れるものじゃないですけど、気力がそれなりにあって、でもその気力がどこに向かおうとしてるのかあやふやになりかけた時にこれ観ると勇気では決してないですけど背筋がピンとしますです。

こういう映画を邦画でも観たいですけんど、未だ巡り会えていないのはなんででしょうかねえ。

| | コメント (0)
|

平気の平左

まったくのおちゃらけかと思いきや、平気の「へい」と人名の平左衛門の「へい」をかけた語呂合わせとして「太鼓判を押す勢いの大丈夫」みたいな意味として書かれていたサイトがあった。

さすがにいつ頃から発生した言葉かまでは記されていなかったが、江戸くらいじゃないかと思えてしまう。盗人の呼び名みたいでなんか時代劇に出てきそうな言葉なので。とあるサイトの解釈だと、平左衛門さんが太鼓誰判押すくらいだからというインパクトなんでしょうけどそもそも平左衛門って誰?っていう疑問が強い。これは説得力と言う点では痛いですな。小原庄助さんくらいの名立たる人でないと印象が薄いのかもしれませぬな。

実際に生活の中で使ってたような記憶がなくテレビとかでしかお耳に入らない言葉であったが、今ではテレビでも使われなくなった言葉。ということはもう死語に属しているんだろうなと。

| | コメント (0)
|

困渇にしか聞こえない私をお許しあれ

少し前のニュースで10代は部活・大学は就活・そして30代は婚活にと勤しむ人が多いというものが報じられていました。男女の別なくということだそうです。

就活とは就職活動。婚活とは結婚活動だそうな。大層真剣なお話しらしくて茶化すつもりは毛頭ないのだけれどこういう言葉はなんかなあと思って心の内に溜め込んでいたのですけど

やっぱどうしてもそう思えて仕方ないので言っちゃえば毒があるようで大変申し訳ないが

「婚活」というよりも「困渇」困窮しての渇望に聞こえてしまう。

だとしたら「求愛」じゃなくて「窮愛」かもと。

何に困窮してるのかは将来の漠然たる不安とか単純に経済面でとか人それぞれであろうし、運命は自らが切り開くものとは申せ出会いは最早見合いの時代からできちゃった婚という決まり手もあるくらいの自由競争に移行してるんじゃないのか。

にも拘らずそういう場に向かわざるを得ない心境と言うのは字で表わしたら「婚活」よりも「困渇」のほうにイメージが湧いて聞こえるのは私だけなんだろうか。

そもそも「婚活」って言葉自分が使う言葉なのか他人が評する言葉なのか。自分が使うなら自虐ネタともいえなくもなさそうだが、他人が使うと言われた方はどういう感情になるんでしょうかねえ。

「あんた今なにやってんの?」・「婚活。」

「あいつ仕事以外ではなにしてるんだ?」・「婚活してるらしいすよ。」

「君。今婚活してるんだって?」

どれをとってもいい響きじゃないような。

私が言いたいことは、こういう行動を批判してる訳ではありません。むしろ必然な行動かもとも思えます。だからこそもう少し美しい表現になったほうがやっぱいいのかと思います。具体案は私の知恵では出ないけど。このままだと定着しない日本語になるだろなと思えました。昔の言葉だと(女子に限りますが)「花嫁修業」・「家事手伝い」とかでしょうか。それに変わるものが「婚活」というのは綺麗な日本語とは思えずなんだかなあです。

ニュースでの括りはお見合いや社内結婚とかの旧来の制度が崩壊して彷徨える日本人の恋愛下手を表わしているのではということでありました。

腹の上のポニョという冗句を聞いた時笑えたけどこれは笑えないことかもしれないけどそう思えたのを腹の内に仕舞うことが出来ませんでした。あくまで言葉に反応しただけで中身がどうのこうのいってるつもりはないんですが、こういうことは言うと失敬にあたるんだろうかな。もしそうだとしたら、ご無礼の段、平にご容赦。

| | コメント (0)
|

テンプレートを変更

11/24シンプルコレクション2ブルーというのに替えてみました。

前のブラックもお気に入りで替える必然性はあまりなかったんですけどブログ名が隠れてしまうというのはやはり如何なものかという思いがありましてとりあえず替えてみました。いつも文章が言い訳がましく長くなるのでサイズ一杯に記事が伸びるのが魅力のテンプレートであります。簡潔明瞭を目指さないのでこれは有り難い。少しは読みやすくなるかなと。

それに伴ってヤマハのブログパーツ等整理してみました。殺風景くらいが丁度いいのかしらむと思い大分削ったんですがそんなに劇的に変わった印象じゃないのでまあいいかですわな。

しいていえば青の深みがウルトラマリン系だったらもっと好みだったんですけど、この青の色は何系なんでしょうかねえ。和の色で言うと「薄はなだ」と「藍色」っぽい感じがしますです。

こうしてみるとこれで何度目だろうテンプレート替えるの。結構飽きっぽい性格なのかしらむ私ってば。1年ちょっとで4度目かあ。四季に応じて衣替えしてる訳じゃないんですけんど。

追記

1/2、色味をグリーンに変更しました。理由は青がどうも好きな色味ではなく馴染めなかったのと日付のところが肌色に染まるのがどうもで。緑は穏やかだし日付の部分も薄緑で統一感ありますしね。

| | コメント (0)
|

*おんない

居りない(おりない)が訛った表現。いなさいよという意味。

「いない」という表現もある。こちらは多少命令・指示度合いが強くなる。

どちらも「無い」という打消し表現ではなく「な」(居な・居りな)+「い」(軽い命令を表す)という組み合わせである。

例文

「雨ん振りそうだで外出んで家ん中におんない。」

  (雨が降り出しそうだから外出しないで家にいたら?)

「雨ん振りそうだで外出んと家んいない。」

  (雨が降り出しそうだから外出しないで家にいなよ。)

| | コメント (0)
|

*だんれもおらん

誰もいないと言う意味。

「おらん」を「いんにい」(いないよ)にした場合「だんれも」という表現よりかは「だあれも」となるのが普通。「だあれもいんにい。」。

この表現の味噌は「誰」を「だんれ」・「だあれ」と撥音便化?・長音化?することにあるのだが、この使い分けについてはほぼ同じだが微妙にことなることもある。

「だんれも」となると言い切り的な印象を受け誇張して訳すと「人っ子一人」。

「だあれも」となると感傷的な印象を受け誇張して訳すと「誰一人」。

例文

「おーい。いるう?」

返事が無い。

「あれ?だんれもおらんだかいやあ。いんだけえ?」

やはり返事が無い。

「だあれもいんなら勝手に上がらしてもらうでねえ。」

誰に言ってるのか不思議。自戒の念によるものか。

部屋が暗いので灯かりを点ける。すると突如

「やあばかっつら。どまぶしいじゃねえかよ。」

真っ暗な部屋の中に人がいた。

「おわ!びっくらこいた。なんだあおめえいただか?いるならいるで返事くらいしろやあ。」

「風邪んひいてそれどころじゃねえわあ。ほんでなにせいきただあ。」

「あれ借りすかと思って。」

| | コメント (0)
|

« 2008年11月16日 - 2008年11月22日 | トップページ | 2008年11月30日 - 2008年12月6日 »