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ブラッディ・マンデイその7

単純にどこで感染したんでしょうかねえお友達さんは。不思議です。来週はそれでやいのやいのありそうな勢いです。

今回は裏切りはなくそう言う意味じゃ落ち着いて観ていられました。せめて友情くらいは不変であって欲しいものですなホント。ところでサードアイに新たに着任したお偉いさん。いかにもあやかしっぽくてえげつなかったですなあ。上が馬鹿なら優秀な組織も用なさぬの典型みたいな感じです。もちろんテロ組織の息がかかってるなら徹底したサボタージュと妨害工作するのも納得ではありますが。

テロの仲間と仮定して、ぐうの音も出ないとこからの偉いさんからの鶴の一声人事によるものだとしたらもう相当国家組織の中にJ(成宮さん)の力が及んでいるとも勘繰れてしまうのですが。そうだとしたらテロなんて言う危ないことしなくてもいいんじゃないのかと思えなくもない展開です。

そうじゃなくて見た目に騙されてるだけでテロ組織とは無関係の存在ならば、なんという人徳のないお方なんでしょう。みんなからうざったくされてリーダーの能力に欠ける風に見えて仕方ないところです。新たな脅威(無能は罪)の誕生ということなんでしょうかそれとも人は見かけによらない救世主の切れ者なんでしょうか。

で、やっとこさ繋がりましたなあ神島(嶋田さん)の存在が。教祖様だったんですね。超能力がおありなのかどうかは定かではありませんが催眠術かなにかで人を操る術は優れておいでのようで。でも誰が一番の偉いさんなんでしょうか。責任者出て来いってあだけたらJが来るのか神島が来るのかそれとも他の誰かが出てくるのか。国家対テロ組織という対決構図ですけどなんか動いてる人数が互角に映るのは気の迷いなんでしょうか。いやむしろミスしたらJに罰与えられちゃいそうな人の方がサードアイの人数よりも多く感じてしまうのは気のせいでしょうか。

全11話ということの第7話までが終わってのこの展開。いまだ計画の全容が見えなくてこれでこんな大きな話し収まるんかいという思いと。闇に表れ闇に消える。マスコミすらこの全ての出来事を知ることなく葬られる些細な出来事で終わるのかどっちなんだろうかという思いが交叉します。なんせすんごい大々的だったのは初回のイベント会場での出来事だけであとはひたすら暗躍しっぱなしですから。

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ハッピーフライトその3

再び行って参りました「ハッピーフライト」。花も嵐もはままつ映画祭も踏み越えて。本日天気晴朗なれど風やや強く止む気配なし。風邪は週の初めに病んだけどもう咳も出ずこれなら止んだ(直った)と判断し、人様にも迷惑かからんだろうと元気に出立。なによりパスポートも保険証もいらんし。いざリピーターと呼ばれに行こうと。

1回目の時は普段目にする大言大仰なパニック映画とかに毒されていたせいか左程そんな凄い事が起きているとは思わずに観てたんですけど。

2回目になると何が起きているのか起きつつあるのかが分かるようになって、おお!よくぞ無事着陸したものだ大変だったんだねえという気になりました。

リアルの追求ということでこれみよがしに煽らないこともあってというのと、矢口作品が持つテンポの良さがかえって切迫感が弱めになってしまって若干損してるのかなあとも思えました。ホント小気味いいくらいサクサク進むんですから。でもあれですよねえ、なんか登場人物の言ってる言葉の内容(専門知識)が全て理解出来たらもっとそれぞれの事の重要性が深まってより愉しめるのかもしれないなと思いました。

客層ですけど、じろじろ見回した訳じゃないんですけど、初日行った時は年齢層が高くてそこかしこで笑い声が聞こえていたんですけんど。今日は若い人が多めであまり笑い声が聞こえてはこなかったです。もちろん反応はされてるようで笑えるシーンとかでは体が動いてる気配をば感じます。なので1回目は自分も声上げて笑えたんですけど2回目は浮くのが怖いんで幾分かみ殺して笑ってました。終わって多少は出ましたけどエンドロールで席立つ人がホント少なくて今日は私搭乗者に恵まれたのかしらむ。映画の余韻噛み締めれました。主題歌合いますねこの映画に。でもまあちっと心置きなく笑いたかったなあ。

寺島さんはやっぱいいですわ。何度観てもそう思えるんだろうなあと思いましたわ。任侠でなくとも心意気を魅せる術はあるもんだと思えましたです。

原田機長(時任さん)改めてみるとその冷静沈着の中にも薄らほのかに見せるおちゃめさが見えてきて発見でした。なんか威圧感ばかりに押されていて1回目は気づきませんでした。鈴木(田辺さん)目線で映画追っていたから気づかなかったんでしょうかねえ。

機長と交信する無線担当の中島(肝井さん)も、オヤジ(岸部さん)や鈴木(田辺さん)へのあしらいが見事で楽しかったです。

ああいう状況でも誰もが(鈴木は除く)動顚することなく任務を遂行する様がプロなんだろうなと確かに思えましたです。あの斉藤(綾瀬さん)ですら凛々しく見えましたですもの。

映画封切り前にあんだけこらしょと関連本が出た意味がなんとなく分かるような気がしてきました。知識があればあるほど愉しめる作品なんだなあと。下手に素人にも分かるように分り易くするよりも飛行機を飛ばすプロフェッショナル達の仕事としての質を落とさない道を選んだんだなあと。それとエンタテイメントとして一般ピーポに伝えるべく道との接点を模索してのせめぎ合いの結果がこの作品なのかと。

グランドスタッフという職種の活躍がこの映画を活き活きとさせてるようです。なんていうんでしょうか他の部署と違って対人という完全なアナログ仕事かつイレギュラーな対応をも担っていてそれが人の温もりをパニック映画なのに感じさせる要因になってるような気がしました。ちゃっかり要領のいい木村(田畑さん)はやっぱりいいですしグランドマネージャー(田山さん)との丁々発止のやりとりもやっぱ面白いです。裏のコンベアーを歩くシーンとかの表の綺麗さとは裏腹なデパートの裏みたいな使い込まれた質実剛健な景色もリアルで印象に残ります。やっぱ至る所で本物使ってる説得力を感じますです。

私は飛行機ヲタクではないのですがそんな人間にも全てではないにしても伝わって来るものはあるのですからやっぱこの作品はええですわ。

もちろんあのがきんちょ何時かっさらえるチャンスがあったんだ?という疑問とかはありますですが、そういうのは言わぬが花なのか見方が足らんかったのかは又再チャレンジする時の宿題ということで。

そうそう私如きのブログにお越しくださる方の検索ワードで「ハッピーフライト パンフ」というのが多いのですが、これ600円ですが中身濃いです。奇抜な表装ですけど中は真面目ですから買える余裕があったなら買っといた方が絶対いいと思いますよ。一番ディープに深く潜れるのは創作ノートですけど2.000円と高いすからねえ、パンフレットはお薦めでんがな。

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流星の絆その5(第6話)

「最悪だよ。」・「ああ最悪だよ。」・・・確かに。

でも役者力はバリバリでしたなあ。迫力ありましたです。見応えありました。

ああ言う展開で血の繋がりの無い事が知れるというのは交通事故に遭う様なものなのでしょうね多分。でも上の二人にとってはきっかけを掴めなかっただけに向こうから来てくれてかえって楽になれたのかなとも思えてくるし。

それにしても妹は強いというか逞しい。薄々は出会いの記憶があってそれは言わぬが花と自覚していたとしても再び会った時にはもうケロッとしていたというのは強いよなあと。もちろん心に葛藤があってそれを引き摺って泣きながら一人になりたいと歩き去っていく光景が描かれていましたが、立ち直っていく過程の光景は描かれていなかったのでそれを観たかったなあという思いはありますです。空元気で無い事を祈るばかりですが。

屋上で三人が夜空眺めてるシーンは印象的でありました。これでわだかまりはなくなったと言う風に見ていいんでしょうね。

で、復讐への道程は戸神亭と父親との接点についてのお話し。それと妄想めいた矢崎夫妻の微妙な行動と発言。単なる引っ掻き回しで本星はやはり戸神政行(柄本さん)なのか。それとも戸神ではなく矢崎信郎(国広さん)かまったくの別人か。

兄弟特に功一(二宮さん)は戸神と確信に近いものを感じて証拠偽造の行動に移っていくのですけれど。なんか違うような気がするのは私だけなんでしょうか。なんか隠したがる要因を持ってはいそうですけど人間的に人殺すようには見えないんすけど。ガラの悪さから言ったらとてもじゃないけどお父ちゃん(寺島さん)に太刀打ち出来る風には見えないですから。

でもお父ちゃんは不思議な人です。料理人としての腕はそのレシピをパクった?とがみ亭のその後の繁栄で証明されてますけど人間としてはばくち漬けで粗暴も荒く褒められたものではない。だけど子供達には優しいという矛盾を抱えていて。お母ちゃん(りょうさん)はこの人のどういうとこに惚れたんでしょうかねえ。なんか興味ありますです。

そのお母ちゃんも奥さんと旦那さんの証言に随分と食い違うキャラでありました。どっちが正しいんでしょうか。なんか気になりますな。

ここまで三人が煌めいているとどうしても三人には晴れやかなエンディングであって欲しいと願ってしまうものでありますがどうなるんでしょうねえ。復讐を捨てなければそういう明るい未来は見込めないのですからここはやはり柏原(三浦さん)と萩村(設楽さん)に頑張っていただくしかないようです。

二宮さんが年長組の役(兄弟の中のリーダー)というのは始まる前どうなんだろうと思ってたんですけどアニキらしいですたい。下の二人の兄に対する絶大な信頼感がそれを補助する感じでいいですなあ。今やってるドラマの中で一番愉しみにしてるドラマであります。

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*いん・えん

出来ないと言う意味。関西風な感じがする言い回しである。遠州でも使うよということで。「ひん」はほとんど使わないかな「へん」は使うけど。

「書きいん」(書けない)・「やりいん」(出来ない)・「着いん」(着れない)

「いん」と「えん」の違いは、そうたいした違いはないのだが、

「着いん」だと、好みとかの理由で着れない(着ない)。

「着えん」だと、着方着こなしサイズとかの理由で着れない。

「行きいん」だと行きたくないという感情的な理由で行けない(行かない)。

「行きえん」だと道を知らないなどの理由で行けない。

例として、「一人じゃ行きいんだら?」(一人だと行きにくいんだろ?)

「一人じゃ行きえんだら。」(一人じゃ行けないんだろ。)

例文

「重たいで一人じゃ持ちいんだらあ。わしも持っちゃろか?」

  (重たいから一人じゃ持てないんだろ?俺も持とうか?)

「馬鹿こいちゃかんこれくらい持てんでどうせるでえ。」

  (冗談言うなよ。これぐらい持てないでどうすんのさ。)

「でも道知らんだらあ?こんな重たいの迷いがつらずうっと持って行けるだか?行きえんらあ。」

  (でも道知らないんだろ?こんな重たいのを迷いながらずうっと持ちながら行けるのかい?無理だろうに。)

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はままつ映画祭2008

そういやあ11/21から始まるんだっけかはままつ映画祭2008。貰って来たチラシをば見てみると。

今年の目玉はなにやと尋ねたら「春色のスープ」で佐津川愛美さんが(決定ではなく予定となってるけど)ゲストで11/23に来らるるのと誰も来られんけど11/22の「百万円と苦虫女」の上映かしらむ。「うた魂」確か四月頃やってたよなあ。なんで又なのかしらむ。夏帆さん目当てでなら「天然コケッコー」の方観たいす。

「春色のスープ」って確か鈴木砂羽さんも出とらしてるもんだで去年に引き続き砂羽さんもやらまいか大使の面目で来りゃあええだにと思うてしまうのは贅沢か。

今年は松菱劇場での上映が多いなあと。静岡文化芸術大学・大講堂という会場設定も有るけどTOHOシネマズは減ったいなあ。

舘山寺の方でも「天まであがれ!!」やるそうで随分遠くでもやるもんだ。

毎年思うんだけど一回こっきりの上映ではなくて期間中ずっと上映しててくれると嬉しいだけどやあ。ほんで自分の都合言うと一人の監督さんの全作品上映して監督ご本人期間中そこらじゅう廻って話しこいてくれるのが理想だやあ。監督さんでのうても役者さんでもええが、ま、無理っぽいかなやっぱし。

でもなんしょ栄えんと話しんならんだで成功してもらいたいもんだいね。そうしんと益々ゴージャスなゲストさん来んくなるだで。

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8の字というお菓子は知らない

家に帰ってたまたまテレビをつけたら県民性の特徴を知らしめるバラエティ番組をやっていた。

その中で出てきたのが静岡県の「8の字」というお菓子の話し。正直言うと知らん。食べたことあるのかもしれないが記憶にございません。

多分駿河のお菓子なんだろうなと思う。遠州人には馴染みがないと思われる。色々あろうかとは思うが、遠州(浜松)人はうなぎパイかあげ潮か源氏パイとかで十分足りてるのかもしれない。

お隣の名古屋の名前忘れたけどおしるこのお菓子ってのは岐阜におった時に食った記憶がある。三重も岐阜も納得してたくらいだから相当ぽぴゅらーらしいのは納得ではある。まあで名古屋出張してのお土産つったら「なごやん」の方が不変ではあるけれど。たまあに白黒抹茶小豆珈琲柚子桜なんて気い利かして買おうものなら分配がめんどっちいといってめんどくさがられるがこの二つが有名である。遠州に居る限りその名古屋のおしるこサンド?というお菓子はあまり縁は無い。

まあとにかくそれと比べると静岡県という表現ではありんしたが「8の字」は駿河でのお話しで静岡県全域で通用するお話しと言うことではないような。「のっぽパン」もそうですが、静岡県でも西部地域は静岡県の常識が通用しない地域であることは確かなようです。

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*ばかどんじかられた

これ以上は無いという最大級のお叱りを受けたと言う意味。とはいっても左程懲りてないか若しくは空元気かで応えてない場合に使うことが多い。

例文

「いやあもう、ばかどんじかられた。」

「誰にい。」

「角のくそおやじい。」

「なにしたでえ。」

「なにもせんよお。歩くってたらいきなし『こらあ!』とかぬかすだもん。」

「子供とみりゃあいっしょくたあだで区別つかんだらあ。」

「かもしれん。なんかこわいたつってひゃあひゃあゆうとったもん。」

「人違いだの。完全に。」

「いい迷惑だよホント。ついてんやあ今日は。」

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処遇に困る波乗りレストラン

全33話からなるミニドラマの集合体。だけど捕獲できたのは20話ちょっと。

物凄い歯抜け状態でなんだかなあ状態で宙ぶらりんでおます。

録れなかったのは情報番組の中のコーナー?として放送された部分となんかの時間延長で放送時間がずれてしまってアウトになったもの。そうなんですよ。つまり始めと終わりがなんのこっちゃい状態で見れていないのですわ。

一話でも欠けたら感想残しはすまいと決めているのでこのドラマをどう思うかは置いときますが。水曜どうでしょうからずうっと大泉ファンしてるつわものでも全話確保できなかったと言ってました。なので貸し借りで観るという手段もなく。彼はDVD発売に期待するとか申しておりましたが出るんですかねえ。

今後DVDとして発売されるんなら録画したものさくっと削除して容量空けたいんですがもし出ないとなれば歯抜け不完全でもハードディスクの肥やしにしといたほうが後悔しないで済むし。

放映の仕方は非常に画期的で局を挙げてのお祭りという空気感が良く出ていましたけど、一日中テレビにかじりつけれる日数じゃなかったし普通仕事してたら観れないだろうそんな時間はというところでの放映でもあり。

私の周りでは怒り心頭と言うよりも諦めの境地になってる人の方が多く、なんとしてでも全話見たいんだという人もいないので話題にすらならない状態なのでありますが。

遠州では新居とかでサザンがライブやって交通が麻痺するくらい印象が強いサザンの楽曲というテーマなんですがそういう楽曲ファンとはこのドラマ綿密にはリンクしてないんですかねえ。なんでもっとみせないとかいうあだけ声もなく粛々と日々が過ぎ去って往くのは見せ方の問題ではなくドラマ自体の質の問題なんでせうか。歯抜けは観ない主義なんで私はドラマの中身知りませんです。

とにかく希望としては日曜日とかで一気に全話放映し直してくれれば有り難い。1話大体7分弱で33話だと4時間ぐらいになるのかしらむ。さすがに長えか。どうりで容量喰う訳だ

ああ、でもトンスラの方が観たいかな。

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*これっぱか

これくらいと言う意味。

少しくらいと言う意味もあり、ほんのちょっとといった些細なことを指す場合に使われる。似たような言葉では「ちっとばか」というのもあるが使い分けがありこの違いの説明については考え中。

逆の大袈裟とかいった場合には「たいそうな」・「ばかがんこ」とかいう言葉を使う。

例文

SG(スウィングガールズ)の台詞より「 」はSGの台詞( )が遠州弁

友子「どうなってんなや!?吹奏楽ばっかりこの待遇!」

  (どうなってるよお随分じゃん!吹奏楽ばっかこの待遇!)

良江「ちょっと頂戴。」

  (ちっとちょうらい。)

中略

直美「ダイエット中だから少しにすっかな。」

  (ダイエット中だでちっとにせすかな。)

一同群がり「あたしも、あたしも。」

良江「あ!ちょっとダメだべした。」

  (あ!ほい!ダメだにいあんたらあ。)

友子「ま、いっこぐらいバレねが?」

  (ま、これっぱかバレんらあ?)

一同笑い

注、「いっこぐらい」を厳密に訳すと「いっこばか」となるのだがそこはまあ強引なご愛嬌と言うことで。

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セレブと貧乏太郎その6

ライバルの登場で流行り廃り栄枯盛衰の世界にいることが分かったアリスの立場でありました。セレブっていうのもそういう世界なんでしょうかねえ。なんせ見たこと無い世界なんでふ~んとしか言い様がありません。貴族みたいに名前だけは保障されてるものではないんですね。

その地位を守る為に努力を怠れないというのは庶民が生活の為に苦労するのと大して違わないとも思えます。

そんな与太話しはともかくとして後ろ盾の喪失・ライバル登場とファイトのゴングが鳴ったアリス(上戸さん)。ライバルの出現を含め後ろで糸引く黒幕のような後藤田(柏原さん)に詰め寄る太郎(上地さん)。なんかタメ口でしたねえ。不快に思わない後藤田の度量の深さに感心すべきか憎めないキャラとしての太郎を尊敬すべきか微妙な印象でありました。

ところでライバルのお方。アリスを困らせるためだけに登場してきたかのようなやることなすこと見ている側に共感を与えないキャラでありました。今時のドラマには珍しい感じです。しかも輪をかけてマスコミ陣の態度の違い。片やちやほやひたすら礼賛こなたまるで犯罪者からコメント引き出そうとするかのような追求。ここまでくるとそれに踊らされている大衆をあざ笑ってるかのようにすら思えてきます。意見はあっても信念がないから見聞きするものに流される一般ピーポが一番アホじゃないのかと言われてるようにも思えてくる感じです。

流れ行くものとかいて流行なんですから留まることはないというのは「確かに」ですが流行の発信者が飼い犬に手を咬まれる図式とみていいんでしょうか。信ずるに足らずとて今後手のひら返して時流に流された連中をアリスはどうするんでしょうか。

で、勝利の鍵は相手の心を思いやる心という事で至極全うな答えでありましたがアリス自身の経験とお客さんの今の立場が似ていると言う共感性が強かったからなんでしょうか。まあキャラがこんだけあくが強いんで結末ははなから読める展開で上戸さんの孤独とかの苦悩を如何に描くかの勝負という趣でありましたが、絶望感とかいう追い詰められた感が滲まないのは上戸さんの持つ天性の見る人を明るくさせる才がおありなんだという事を改めて知る勢いでして。あくまでそう映ると言うことであってご本人が能天気だとは決して申しておりませんので誤解なきよう。

ドラマの展開は貧乏とセレブの有り得ない恋を描く展開ではなく一度こんがらがった恋を太郎の存在で解きほぐすという展開なのかなと思えてきました。アリスもお返しで幼馴染みの恋を応援して両者目出度しかなと。

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*さまさす

冷ますと言う意味。厳密にいうと冷まさせると言う訳が正しいのだが。

「ちゃんとさまささんもんでそうなるだにい。」(きちんと冷まさせないからそうなるんだよ。)

もちろん「さまささん」(冷まさせない)ではなく「さまさん」(冷まさない)を使うことの方が多いのだが。こういう言い方もまだ残っているということで。

例文

「あんたあこれまあちっと置いてさまいたら冷蔵庫入れといて。」

  (ねえこれ暫く置いて冷めたら冷蔵庫に入れておいて。)

「ちゃっとさまさいていれちゃかん?」

  (直ぐ冷ませて入れちゃ駄目?)

「どうやってえ。」

  (どうやってやるの?)

「知らんなんとなく。言いたかっただよお。」

  (いやただなんとなく。言ってみただけ。)

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チーム・バチスタの栄光その6

前回氷室先生(城田さん)が無茶苦茶怪しい展開でこれで犯人だったらヒネリがないと書いたんですが、今回犯人になってました。

逆の意味でなんだよそれと素直につっこんでしまいました。

でもなんか訳のわからんことほざかれて、しかも挙句の果てのとんずらこいてと言う展開でまだまだ迷走は続くという感じです。

とにかく前回の予告編はブラフではなかったのでここは期待もたせでやり過ぎではないかと書いたことをばお詫び申し上げます。ホントだったんですねすいませんでした。

整理すると今回の犯人は氷室先生。それは濡れ衣と言うことではなく相違ないということらしい。でも全ての術死を仕組んだ訳ではないという供述とも最後っ屁ともいえる発言で一件落着と言うことではないらしい。それが本当のことならばじゃあ誰がということなのだけれど。少なくとも氷室先生は知っている(又は気づいてる)。それを警察に連行されて尋問された際に吐いてしまえばちゃんちゃんなのだろうけれど逃亡してしまって新たな手がかりが掴めない。

今後の鬼ごっこの果てが事件解決に繋がるのかそれとも出直して手術室(又は病院内)で白鳥(仲村さん)とぐっちー(伊藤さん)が解明の推理を新たに構築して行くのか。

ところでリアルに考えればこんな不祥事起きてしまったら病院の方の対応は半端なくしんどいものになりそうです。マスコミの餌食になるんでしょうかねえ。だとしたら病院再建(信頼の回復)というテーマも今後織り込まれたりするんでしょうか。

危機管理の適切な対応というのも現代に欠けてるのも確かですが、なにかといえば記者会見の席で頭を下げる絵柄をドラマの中でも見せ付けるとしたら現代を象徴してるお話しとも言えそうです。

キャラクター的に病院長は善い人なので無事この難局を乗り越える図まで描いて欲しいところでもあります。

ミステリーの話に戻りますけど、新たな犯人探しは出直しとなるのか氷室の嘘なのか。おそらくまだおられるんでしょうね犯人さんが。誰なんでしょうね一体。氷室先生の殺害手段は映画とは異なるものでしたから、もうこれ以降はまったく見たこと無い新鮮な展開になるんでしょうか。原作は読んでないので次回からは映画との見比べの呪縛が解けてまっさらで見れるかもしれないと思うと楽しくなって参りました。ただ共犯ではなく数人も犯人が存在するというのはありなのかと言う感覚はありますけど。

白鳥(仲村さん)がマジになると迫力あるなあと普段のすっとぼけキャラとは違っていて。やる時はやるもんだというとこが印象に残った回であると共に、ぐっちーはマジになっても迫力無いなあとぞ思ひけり。ちょっぴり氷室先生のぐっちーに対してむかつく気持ちが理解出来る感覚になりました。

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*ほんとにい

色々と使い方があってのその一部。

相槌の表現。「ああそうなの」・「ふ~ん」とかいった意味使い。

感嘆の表現。「本当なの?」・「え~?」とかいった意味合い。語尾が強くなる。

嘆息の表現。「まったくう」・「も~」とかいう意味合い。

聞き役の相槌の場合、語尾が平坦なアクセントなら「ああそうなの」と素っ気無い返事。語尾の「に」が上がると「うそだろう」と信じていない不同意を表わすことになる。

共通語の「ほんとに」は感嘆使用とほぼ同じであろうが、相槌・嘆息使用は遠州独特やもしれぬ。でも関西弁の「ほんまに」の使い方とよく似てはいるので独特ではないのかもしれぬ。

例文

「明日雨降るだって。」

  (明日雨が降るんだって。)

「ほんとにい。ほいじゃ明日行くのやんぴにせるわ。」

  (ああそうなの。それじゃあ明日行くのやめにするからね。)

「ほんとにい?うそだらあ!絶対行くっつってたじゃん。」

  (えー!嘘でしょ!絶対行くって言ってたじゃない。)

「濡れたら困るっつってのあんたじゃんかあ。」

「そんなこん言ったっけか。」

「確かにゆうた。すっとぼけちゃかんてほんとにい。」

  (確かに言った。とぼけないでよまったくもう。)

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*やくたいもない

漢字で書くと「益体も無い」。やくたいの意味が「役に立つこと」なのでそれが無いということで役に立たない。

つまり「しょーもない」ということになる。

「益体も無い」で辞書引くと「だらしない・たわいない」と書かれてあるが遠州ではあまり「だらしない」と言う意味合いでは使われていないと思われる。

方言ではなく古い日本語が生き残っているということであろう。遠州でも死語化しつつあることは確かでもある。

普通は「しょーもねえ」とか「しょんないこん」とか「馬鹿やってんで」とか「あほくさいこんせるじゃねーよ」とかまあ諸々言い方があるが「やくたいもない」は希少ではある。

ちなみに「やくたい」単独での使用はまず滅多に耳にすることは無い。どういう使い方をしてたのか想像がつかない。

例文

「やくたいもないこんしくさるじゃねえよおんめえ。」

  (しょーもないことするんじゃないよお前。)

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ブラッディ・マンデイその6

なんでもかんでも裏切りの街角状態で抗ウィルス剤唯一の道標と思われてた敷村(神保さん)まで。しかも両天秤にかける第三勢力?という有様。しかもおっ死んでしまうという展開。

まあ天才の領域に踏み込む科学者がマッドサイエンスの闇に取り込まれるのはお約束事ではありますが。通常のお約束なら私モノ作る人あなたそれを使う人ってな勢いで役割分担(欲望の違い)がはっきり分かれて組織が膨張してくパターンなんでしょうけど敷村は余程つるむのがお嫌いなようでこういうパターンにははまらなかったようです。あっけない最後は人類生存の希望を握っていた人とは思えないものでした。

これで物語りは両勢力のお宝(抗ウィルス剤)の奪い合いという展開に雪崩れ込んでいくのでありましょうが。もう国家対少数テロ集団というよりも拮抗した勢力同士の争いのような構図に映りますです。

加納(松重さん)はトカゲの尻尾切りのように末端を追いかけては切られるといういたちごっこに追いまくられて防戦一方のようです。攻めて攻めて攻め捲くってる側が攻め疲れてほころびが生じたら一気に片がつきそうな形なんでしょうね多分。

そのほころびを担うのがお父さん(田中さん)なんでしょうか。

ファルコンの才能と使命の使い分け。才能は個人の物、使命は他人がその才能に期待すること。そうは言うけど使命は才能があろうがなかろうが託されたら全うしなくてはならない訳だし、第一人者としての才能を兼ね備えていようとも必要とされなければ使命は訪れない。それは敷村という才能を必要としなかった国家が象徴として描かれている訳で。

お父さんからは関わるなと忠告されサードアイからも手を出すなと何度も警告されたのに突き進んできたんだから使命云々とかじゃなく自らが飛び込んだことだろうにと思えてくる藤丸(三浦さん)の行動に映ります。状況が変わって必要とされたとたん使命という言葉が飛び交うのは不謹慎ですがちょっと可笑しかったです。ここまできたんだ後には引けないぞという表現にしては変わってるなと。

でまあ、ウィルスを持ち込むよう仕組んだのが敷村で抗ウィルス剤を作ったのも敷村でと自作自演の舞いだったわけですがやっぱお父さんの存在が全ての鍵を握ってそうですな。なんかとても一件落着した後、元の生活に戻って親子が過ごせるエンディングが想像できません。

ドラマは面白いんですが裏切りはもう見てて疲れまして。出来ればそろそろ敵味方がはっきりした形で進んでくれるとありがたいのになと思う根性無しの私です。

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ハッピーフライトその2

そういえばこの作品は大人が主軸となっている映画だったことを書くの忘れてました。

鉄腕バーディの最新アニメ見てそのキャラクターの若年化がえらく気になったし、NHKの番組でも鉄腕アトムが米国でリメイクされるとかで、そのための作業としてアトムの年齢を上げたいと米国側はマーケティング調査した結果を基に希望したのを日本側が納得できない旨を伝えて協議したとかいうくらい日本の傾向は若者を主役に持っていく傾向が強い。若者と言うより少年と呼ぶべきか。

結局あれなんでしょうね、少年時代は夢や希望に満ち溢れてるけど若者になってしまうと現実と理想の違いに疲れ果ててパワーが出にくい状況に陥っちゃってしまっているから明るい未来に向かって苦難する物語を作り上げるには少年へと舵が向いてしまうんだろうなあと。

そういう意味では実際の世の中は若者がぶいぶい言わせてる社会ではなくてきちんと経験を積み重ねてきた大人達が運営してる社会である筈。だからこそ矢口監督がリアルにリアルにと追求していけばいくほど当然の如く登場してくるキャラ達の年齢が上になってくる訳でありまして。

普段は若者のパワーに任せておいて、すわ(いざ)一朝ことある秋はとなったら大人が出張って対処に当たるという構図は組織としての理想形なんだろうなあと思えてきます。

嵐の時に現われて嵐が去れば去っていくってなフレーズが決まるのかしらむ。その役回りの象徴が高橋(岸部さん)であり原田(時任さん)なんだろうなと。

それにこの作品に出てくる若者は様々な苦悩を抱えているけれど逃げない力強さが垣間見られて。それは多分後ろに鎮座まします人達がでんと構えていてくれるからなんだろうなと思えてくる感じがしますです。

そこいら辺が観客動員を押し上げる鍵を握る若い年代にはどう映るんだろうか。私みたいなオヤジには心地いい部分なんですけど。もちろん私は絶対あんなかっこよくはならないんでただの憧憬ではありますが。

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*ちっせえ

小さいということ。別に方言的な特別の意味はない。

ただ共通語の「ちっせえ」は感嘆的な要素が含まれるが、遠州弁では単に「小さい」ことを表わすことが多い。普通は男言葉。

他の言い方では「ちっこい」という言い方もある。こちらは男女兼用。

例文

状況説明、窓際で遊ぶ子、テレビに釘付けの母

「ありんこいるにい。」

「あっそを。」

「ちっせえのが馬鹿がんこうじょうじょいるにい。」

「ふ~んそを。」

「畳みん上列一列で行進してるにい。」

「うっそ~家ん中にいるの!も~かんべんしてやあ。」

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