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ブラッディ・マンデイその1

なんか凄いスケールのドラマのようです。迫力ありましたなあ。一人に的を絞らせないというか個人活劇ではなく群像劇として成立してる分見応えの幅があるようです。TBSドラマは得意じゃないと折々書いてますけど甘い(良い)ものは別腹ということでこれは愉しめそうです。

シンプルに印象に残った順でいけば松重豊さんが一番で次に三浦春馬さんって感じでした。原作は連載中の漫画でまだ続いているということだそうですが、私は読んでいないので素直に展開に従って観てました。おまけで江口のりこさんが最後出たのはうひょっと儲けた感じで。

でもあれですよね暑苦しい野郎の世界感と言う印象受けるんですけど片瀬さんとか星名さんとか混ざることで現代的な印象に早替わりするみたいです。「SP」でもお一人女性がおられましたし、私がブログに貼ってるアルカナコレクションでも女性で登録されてる方が多く。闘いの場に女性を持ち出すことに違和感を感じないというか必然になりつつあるのは時代を感じますです。

吉瀬美智子さんの役はルパンでの峰不二子みたいな役どころなので女性であるのは当然でしょうけど、この作品がもしも映画だったらもっとお色気シーンの濃厚なのが拝めたのかなと邪まな考えが浮かばないでもない感じで良かったっす。

テンポといいスピード感といい丁度いい感じでついていけましたし、なにより分かりやすかったです。裏切りと言うか誰が味方で誰が敵なのかは訳が分からないんで反芻すると頭が爆ぜそうになるのですが、厭になるくらいのくどさでは無い味付け加減が適度な感じがしましたです。

こんだけ面白いのでおそらくあらすじとか本筋の展開への感想とかは他の方のブログとかで詳しく述べられるでしょうから、後は、いつもの通りのどうでもいい感想をば。

オープニングで文字が打ち込まれる時、タイプライターのような音がつけられていて、いいなあ~と思いました。私のパソコンでもそういう効果音欲しいなと。

観る前は「ハッカー」礼賛するようなお話しだとしたらちょっち厭かなと思ったんですわ。たとえそれが正義の為に振り下ろされる鉄槌(ハッキング)であったとしても褒められるようなことだとは思えないので。これに感化されて能もないのに真似したくなる輩がボコボコとメタンガス湧き出てるような混沌としたとこから現実社会に大量発生したら厭だよなあと思ったりもしました。もちろん弱肉強食のネット社会で知識が乏しいという最弱の立場からみた感情であります。

脚本を担当されてる蒔田光治さんといえば私には「トリック」と「パズル」の蒔田さんというイメージがあって、携帯電話を排除して物語を推し進めるアナログチックなお方というイメージでした。それが今回はパソコン・携帯フル活用の展開というのは新鮮と言うか意外と言うかやれば出来るじゃんと言うか(偉そうですいません)。とにかくスムーズで特に気にならなかったことであったのは確かです。原作があっての脚本というのも私の勉強不足によるものか定かではありませんが初めてお目にかかる感じでありまして。そういう意味では原作のデジタルな部分とのコラボが見事にはまってるのかもしれませんですたい。

キャラクターもそれぞれ個性がきちんと描かれていて、すんげえ多い登場人物で、しかも嶋田久作さんの役みたいなマンガの世界でなければありえなさそうな特殊技能を有していそうなキャラから松重さんのキャラのように地に足がついたキャラまで幅広く存在していて。それがとてもスケールの大きさを感じさせます。もちろんこれら全てが収束に向かって一本の線として連なっていったらのお話しですけど。今のところぶっ飛んだ現実社会とは隔絶された特異な世界ではなく現実の中で物語が紡がれていくようなリアル感を感じさせますです。

ハンディというか弁慶の泣き所というか、妹の存在が主人公の弱点として強く描かれていて、あまりそういう部分を強調されるとしんどい印象に映ります。なのでガチンコ勝負じゃないですけど命を狙われるターゲットはリスクを覚悟する主人公に向かって欲しいなとしょぼい事を考えてしまいますです。

展開と言うか空気感はデスノートみたいなものを感じます。もちろん手段とか動機とかなにもかも共通性なぞないのですが一般ピーポの知らぬところでなにかが蠢いている影を強く感じる世界に共通性を感じますです。とにかくこんなおいたをしでかす犯人の目的と意図が分からない限り主人公の側は防御戦に右往左往する訳でそのアタックを知恵と勇気でかわしながら徐々に手がかりを掴み膨らませていって最後攻勢に打って出るのが常道でしょうが。時々尻すぼみというか始めの壮大さに比べて最後あっけない終わり方する作品も見ますので、そこいら辺のバランスに注目したいところであります。三国志でいうなら袁紹・袁術的終焉ではないほうがいいよなあと期待するところです。

初回のお気に入りシーンはやはり細菌ばら撒かれてからの松重さんのセリフ「なにかを守るってのはこういうことだ。」そして運命を悟っても毅然と任務を遂行する様がゾクゾクきました。自分もこうありたいものですわ。無理ですけど。大人がこう言う犠牲を覚悟して生きてるんだから主人公も妹をも犠牲にする覚悟で立ち向かえよと思う私は薄情者なんでしょうか。少なくともこの中にスパイが存在してたら厭ですな。ブラフと知ってたから冷静でおれたんだとしても、もしそうだったら私の感動を返せと言いたくなります。で、群衆の一人だとしたらああいう風に逃げ延びようとのた打ち回りたくはないなと。にしても皆外に出たら一斉に携帯とか掛け捲ってましたけど中にいるときは電話も写メールとかもしてませんでしたねえ。他人事でないと写真バシャバシャしないもんなんですかねえ。

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もう冬なのか?

去年「冬がきたかな」と言う記事書いたんです。冬という季節到来かなと思う根拠をテレビの映り具合で判断してる私ですが、今年もVHF波のSBSとNHKにざらつきが先週辺りから出始めました。俗に言うパルスノイズと言う奴です。

でもまだ10月ですよ。去年は11月の半ばあたりに書いてました。なんか早くね?冬になるのは。

もちろんさぶくもないし風も強い感じではないのですけど。まあ、風邪は引きましたから確実に季節はいごいてるのは間違いないところですが。にしても、秋はどこ?というこれからだろう紅葉もなにもかも秋はという思いは強いです。

しかしながら電波の受信は確実に冬を告げているのです。お蔭様でSBS(全国ネットだとTBS)もNHKも観たい欲にかられるような番組があまりないので助かっていますが、唯一コマーシャルの捕獲ポイントが減るのが残念という冬の時代突入かで冬眠の準備です。

地デジの方はもちろんそんな影響は皆無なのですが、録画はアナログでしかしていないのでもろに影響を受けますです。民放にはともかくタダ見の身でブーたれる筋合いはないとして、ブースターを含めチンケな装備の貧乏人にかまってられるかなんしょ受信料さえ回収できればいいという勢いの某国営放送様には多少苛りとしますが、家(うち)だけでなく世間話の際に何気に各家庭での状況を聞いてみると大抵どこの家でもパルスノイズが冬になると発生するみたいなのでここは貧乏人のひがみ根性を押し殺して冬眠するしかないのが現状であります。どうせ消え行くアナログ放送。あだけたところでせんなき事と諦めておりますです。でも見づらい分受信料安くしてくれと言いたい気分はくすぶって消えませんけど、クレーマーにだけはなりたくないので独り言ぶつくさこいて憂さ晴らしでんがな。過渡期の悲哀を十分堪能いたしますです。

なんてことは去年も書きましたが、今年も同じことが考えとして浮かんできましたので抑制せず素直に重複記事ではありますが書いとくことにしました。

にしてももう冬か。なんか早くね?これってやっぱ地球がおかしくなり始めてる印なんでせうかね。

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恋のから騒ぎドラマスペシャル2008/10/10

連休が始まるというのに職場で頭が痛くなり出して家に帰ってくしゃみが出始めこりゃいかんとそそくさと寝たのですが、結局夜の夜中に目が覚めて。で、鼻水出そうながらも今これを書いているのですが。これが書き上がる頃には朝になってそうですけど一応いつも以上に散漫な文章のいい訳をば先に。

そういえばだいぶ前、萩本欽一さんが風邪を引いた時は徹夜をして治すとか言われた記事を読んでそうか自分もやってみようと思いかえって悲惨な目に逢って、名を成す人と凡人は体の作りからして違うものだと自覚したっけなあ。

私の目がおかしいんでしょうか、やけに相武さんのアラビアンチック(ドラマの設定はインドですけど)が似合って見えます。

そういえばこのドラマとは関係ないんですが、加藤ローサさんはあの日本人とは若干離れたご容姿なのに関わらず逆にとても普通の女性っぽく見える私です。容姿ではなくその人の発する雰囲気によるものなんでしょうか。ある意味相武さんには生活感が見えてこないとこからくる異世界人に思えるせいなんでしょうか。

やけに話しが飛び飛びなのは風邪引いたかものせいとして、このオムニバスドラマ去年だかも確かあったような。そん時は堀北真希さんと石原さとみさんと水川あさみさんだったようなうすらぼんやりとした記憶がありますです。もっともそれ以前から色んな女性の役者さんでミニドラマ作られてたようですが遺憾ながら記憶にございません状態です。このシリーズがいい役者さんを選んでおられるのかステップアップする登竜門となっているのかは定かではありませんがネームバリューは豪華な過去だなあと思います。今回はどうなんでせう。副音声が珍しいのですが何ゆえに?それと、役名覚えるの面倒なので役者さんの名前で通します。

そんなこんなの邪心はらみながら第一話の相武紗希さんのドラマ「金星から来た女」。しょっぱなから変ないちゃもんつけて男を袖にするシーンが始まり、しかもタイトルがこれ。不思議ちゃんのお話しかと一瞬ついてけない領域の話しなのかと思ったのですが心理学の研究をされてるという設定で、そうか先読みしすぎて学問と現実の狭間でバランスが取れていない人のお話しかと。これならついていけそうかなと。

でえ、しかも江口のりこさんが出とりゃーすやおまへんか。こりゃがん見すべえやと。江口さんも何考えてるのか読ませない不思議オーラを発せられることが出来る役者さんなので空気的にはディープになりそうで愉しみになってきました。もうなんでもありでもいいかあと。でもなんでいきなり占いに走るんだ?でもまあなんでもありかあ。にしてもお告げのままに即合コンセッティングとはその行動力恐るべしながら、全然勝負服に着替えるでもなし場に染まるわけでもなしとやっぱ凡人からすると不思議ちゃんに映ります二人とも。

でも凡人は仕事と自分(プライベート)は切り離して考えるもので、彼女さん達のような学問と生活がイコールとして合体して生きるという考えは、堅物と呼ぶものなのか職業病というものなのか。いづれにしても確かにお付き合いは難しそうに思えます。はたしてどんな相手なら務まるのだろうかというのが興味の対象なのでしょうね。全くの同業者なのか全くの真逆(口と思いが一致する)な馬鹿正直者かはたまたもっとひねって嘘しか言わない大嘘つきか。はてさてどういうおのこに巡り合うやら乞うご期待って感じでしょうか。

で、現われし勇者は屋台のおでん屋にして哲学を極めしというのに加えインドの舞踏も舞えるという彼女さん達の上を行くぶっ飛んだお方でした。踊る姿がエキゾチックってこれ頭の中の妄想?酔っての夢?江口さんの「お勘定。」という素っ気無い言い方が相武さんを現実に引き戻す感じで気になりました。で、朝の朝食シーン。それにしても役者さん豪華ですなあ。信じられないとこにえ?と驚く役者さんが出てくるんでびっくりです。

でまあ、その勇者さんは妻子持ち。すいませんでしたとそそくさと立ち去る姿の役は相武さんのよく見る光景のお芝居の印象で堂に入っいて切なさを植え付けられますです。でも哲学志す人ってあざとさがあってはならなくて清廉潔白でなくちゃいけないんですかねえマジで。限りなく精巧に作られた工業製品に溢れながらもいびつな物に詫び寂を求める日本人からしたら矛盾を矛盾と思わない心が不可欠だろうなと考えると、真理を求める哲学は不思議ちゃんの世界なんでしょうか。普通じゃないことはよく分かりました。

不倫か?と思わせといての本物の女房は・・・・という展開は、成就が略奪にならないハッピーエンドの為に必要な展開であると共に突き進むものだけに幸福は訪れるという教訓なんでしょうかねえ。あと、雨に濡れて意識を失い部屋で目が覚めてからの告白シーン観ていて、極端な正直者は裏表が無い分深みが感じられない薄っぺらな人間に映る印象を受けました。変化球も混ぜないとどんな剛速球をなげても打たれるみたいなもんでしょうか。凡人ならああいう風にのたまわれたら引きますわな。最初のどういう相手にという興味の答えはどうも同業者のようでした。

心が通じ合った光景(象徴)としての夢なんでしょうけど、夢の世界感はなんか理解できない(なんで同じ夢をみれるんだ?)のですが、なんなんでしょうねこれって。まあドラマとしては奇想天外度が増して面白味が増したので異論はないですけど。でも、いいかあって勢いです。なんか難しい言葉羅列というか飛び交ってましたけどこの現象をきちんと説明できるんでしょうかねえ。

とかこいても、ドラマの中でやってることは要は不倫であろうとも好きな人につき進む豪腕女性の邁進記であってこれを一途ととるか否かで随分印象が変わるドラマのように思えました。でも現実と妄想(空想)の世界の描き分けとタイミングが心地よくて観てて愉しかったです。エンディングを踊りのシーンで終わらせるとなんかインドの踊るなんたらみたいな感じになってなんかまあいいかあって気にやっぱりなります。おおらかというかなんというか。たまにこういうのも新鮮でいいよなと思えます。

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*きいきかんひとだやあ

気の利かない人だことと言う意味。人を省略して「きいきかんやあ」という言い方も多い。「気の利かない」のと「気が利かない」のとではその意味するところは違うのであるが、遠州弁での「きいきかん」は「気づいてるけどしない」のか「気づかなくてしない」のどちらなのかというと無頓着で気づかないという方ではなかろうか。

しかしながら基本的には例文での訳のような咎める意味が目的で使われるのであまり深い意味を持たない表現の場合が多いのは確かである。つまり「きいきかん」は売り言葉であるのだがそのこと自体に目くじらを立てると余計話しがこじれるので事柄に対して反応することが重要であろうか。

例文

「ホントきいきかんやあアンタ。客ん来ただで茶あくらい出すら普通。」

  (ちょっとあんた。お客さんが来たんだから普通お茶くらい出すでしょ。)

「なにゆってるよー。ちゃっと帰って欲しいもんで茶あ出さんじゃん。そんくらい気づきない。きいきかんひとだやあ。」

  (なに言ってるのよ。直ぐ帰って貰いたいからお茶出さないの。それくらい気づきなさいよ。まったくもー。)

「どっちがよー。みこよくしとかんと後で困るのあんただにい。」

  (こっちのセリフでしょう。覚えよくしておかないと後になって困るのはあなたでしょ。)

「やなもんはやなの。ほうきもたてときゃあ良かったやあ。」

  (厭なものは厭なの。箒も立てておけば良かったかな。)

注、昔は歓迎せざるる来客があるとお内儀はほうきを立てて物言わぬブーイングの意を表わしたそうな。客に見えるようにあからさまにしたのか裏で黒魔術が如き念を込めたのかは定かではない。

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夢をかなえるゾウその4(第2話)

スペシャルで言っていた教え「閉塞感の時こそ運がいいと言え」という奴。試しにこないだ実践してみました。っていうかもともと悪いことが続けばその後はいい事があるという、ついてるついてないは交互に訪れるという考えを持っていたのでそれの変形なんですけどね。

以前は、仕事がしんどい理由は家では幸運でいたいから仕事ごときで運を使い切りたくたく無い。と思い込むようにして仕事は辛いものだと自分に言い聞かせていました。つまり災い転じて福と為すという良い方に解釈するのではなくじっと耐えた後に日は昇るという精神でした。

で、まあ具体的に何したかははしょるとして、要は職場においてイレギュラーの対応に幾つか追われてついてない上に、ミスが重なりどよよんとした空気が支配してたもんで言ってみたんですわ「運がいいわ。」と。

ほんでどうなったかというと、「なんで?」と問われました。当然ですわいな。で、答えられませんでした。ドラマだと機転が効いて新しいアイデアで危機が去ったのでしたが、自分アイデアありませんでした。なので「お気楽でいいよねえ。羨ましいわ。」でちょんでした。

こういうのは機転(アイデア)も無く闇雲にいったところであまり効果はないと思いました。でも気分的にはなにかいいことに変わるかもと考える気には確かになりました。ある意味耐え忍ばなんで嵐が過ぎるのを待たなくてもいい方法が出て職場が楽しくなるかもという期待感が少しですけど湧いてきたようなこないような。ん~びみょー。

とまあ、どうでもいい話しはここまでとして、第2話のお話し。

30分でもなし60分でもなしの40分と、不思議な未体験の時間のような気がしますです。コマーシャルと分けると正味30分弱。これでオープニングとエンディングしっかりついてて。正直どっちかだけでいいんじゃないかと思わなくもないです。

前回「左手を使え」のオチ(効果)が語られるのかと思っていたのですが、それはあっさり「今まで自分が見たことも無い世界を見てみなさい(違う視点で物を見れば視野が広がること)」と種明かし。今回のメインは合コン必勝にむけてのドタバタする様のようでした。もちろん合コンでも課題をこなせと言ってられましたからきちんとしたオチ(効果)は新たに追加された「ボディタッチ」と共に次回以降で提示されるのかもしれませんが。

しかしまあ、あの部屋での出来事はなんか舞台の芝居をみてるかのような錯覚に陥りました。登場人物が突飛でしかも仰々しい。これをギャグと言わずしてマジで観れるかという勢いでありました。

スペシャルで隣から「うるさい!」と注意されてた下宿だけれど、一晩中騒ぎまくって大丈夫なんかとハラハラしましたがそれはクリアーだったようです。気になったのはおみくじの信玄公とシーザーは「あたり」でアントワネットが「はずれ」だったこと。もしかしたら信玄公とシーザーのアドバイスはあすかにとって幸運を呼び込むもアントワネットのアドバイスは不幸を招くんじゃないのかなんて思いながら観てました。なにしろあの洋服のセンスはそりゃ世間様振り向くよなあ笑みがこぼれるよなあでしたもん。後ろ指差さないのは都会人の無関心によるものか。地方都市なんかであんないでたちしてたら暫く都市伝説として語り継がれますよホント。またそういうの売ってる店があるってのも大都会ならではでしょう。普通買い手がいなくて潰れちゃいますよ地方だと。

で、合コンの会場に言っても指令が入ってドタバタが執り行われていくのですが。その場に置いてのアドバイスが「教え」なのかどうか分かりませんが、まあ一応気がついた項目を列記しときます。

「本気で行くことが最大の防御。」byシーザー。周りの空気に目もくれず声高に宣言するあすか。みんな引くわなあ。大丈夫か自分。

「喋るな。」byガネーシャ。

教えはともかくこれじゃまるで空気を読まない女あすかこれにありって感じに映ります。しかも本人の意に反して。でも嫌々ながらもしれっと実行するあすかって太っ腹?

でもこれで合コン上手くいくとはとても思えないんですけど。はたしてどういうオチを見せていただけるんでしょうか。おもしろくやがてはかなき合コンかなといういとをかし的祭りの後の侘しさが待っているんでしょうか。もっともガネーシャが合コンが成功するが如き安っぽい夢がどうたらこうたらのたまわれていたので成功せずともこれもまた良しなんでしょうけど。

それにしてもやることなすこと災いを引き寄せてるように映るんですけどこれって災い転じて福と為すという方向なんですかねえ。

今回はなるほど、自分も実践してみようかしらむと思えるような教えは見受けられませんでした。その代わりキャラクターの飛び跳ねようが面白かったです。古田さんの独壇場のような世界ですけど水川さんも33分探偵の次のこれですから違和感ありませんで丁々発止感がしてます。祭りを観てると思えば楽しいです。オチが見えてこないから愉しいかどうかは不明ですがスペシャル見た限りでは笑ってポンという感じではなさそうです。

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*そんななあなあやあ

多少強引な訳だが、そんなのはなあっておい!ちゃんと聞けよと言う意味。

言いにくいであろうが確かに存在する遠州弁の言い回し。言いにくければ「そんなんなあやあ」でも可。ただし口調の荒さは若干削がれる。

男性言葉で女性言葉の場合

「そんなねえあんたほい」・「そんなねえあんた、聞いてる?」

とか言う風になる。

ポイントは「やあ」であるが「やあ」以外にも「のう・のえ」とかがある。

くれぐれも、そんな・なあなあ・やあと区切らないこと。正しくはそんななあ・なあ・やあである。

例文

「おんしゃなにしょろしょろやっとるだあ。まだでけんだか。」

  (お前はなにとろとろやってるんだ。まだ出来ないのか。)

「ねじ山ばかんなっちゃってて締まらんだよ。」

  (ねじ山がおかしくなっていて締められないんです。)

「そんななあなあやあ。ほかいて先んこっちやれやあ。」

  (そんなのはなあおい!後回しにして先にこっちをやれよ。)

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そういえば最近映画の感想書いて無いなあ

テレビドラマの感想ばかり書いていて映画の感想書いていない今日この頃。理由ははっきりしてるんですけどね。映画は観てるつもりなんですわ一応。でも悪口の為だけに記事を書くことだけはしまいと決めていて。もしあくまでそういう表現をしたとしても、それはもっともっとという欲によるものであって心が揺れたことの形の違いはあれど愉しんだ証でもある訳でして。自分が愉しめたと思った作品だけ記事にしているつもりです。

悪いと言うか金返せと思えたような作品なんかそんなに無かったし展開とか役者さん上手いよなあとも普通に思えるのですわ。でもなんとなく最近どれを観てもなんか書こうという意欲に欠けるというか繰り返し観たいと思わないんで書けないというか。作品のせいでは決して無く飽きた訳でもなく自分の心の持ち様の変化のせいなんですわ。

それというのも「東京オリンピック」観てからなんか考え方というか捉え方が不安定になってきまして。

役者さんの演ずるという領域を越えた登場人物達を随一の映像作家が捉えた作品でありまして、しかも言葉で伝えるのではなくあくまで映像の中に映しこまれている物言わぬなにかが伝えてくるその迫力はドキュメンタリーと創作が合体したような空気感を感じますです。そして伝わってくるのは登場してくる一流の人間(超人)からだけでなく沿道の人々やレンズを向けてる作り手からもそのオーラが伝わって来るかのようなのです。(言うときますが想い出が混ざってる訳ではありません東京オリンピックには。息してはいましたが殆どリアルタイムの記憶はございません。)

全て真実で台本がある訳では無いので、もちろん観ててそうは胸高鳴り高揚するようなものはそうなく結構淡々と時間が経過して行くので面白いかつまんないかと問われたら後者に属するだろうと答えます。不謹慎ですが何度か眠くなったことも否定はしません。

それでも惹き寄せられる引力がこの作品にはあるのです。私の基準はまず楽しいこと楽しくなれることが映画にとって大切な事。だからこそその世界にトリップできるのだと思っていたものが必ずしもそうじゃないと思い知らされたようで。自分の映画に対する基準がぶれ始めているのであります。眠くなるのは自分が思ってる愉しい基準が違っているんじゃないのかと。愉しいってなんだ?と。本物にはなりえない役者さんが目指すべきものってのはなにか。本物にはなれないから徹底的に誇張と省略を繰り返してこの世のものではありえない存在に走るのもええじゃないかなのか?

そんなこんなで迷走状態になっているのですが、惑う前はSG(スウィングガールズ)を観て自分なりの映画に求めるものを固めていたのですが。それが風化して(錆びて)きているせいなのかもしれない。そろそろアンテナを衣替えなり塗り替えとかしなくちゃいけないのかもしれない。幸いなことにもうすぐ「ハッピーフライト」が観れる。期待してますです。愉しいってどういうことなのかを。

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*めっける・めっかった

みつける・みつかった(みつけた)と言う意味。

みつからないは「めっからん」。

見つけられないは「めっけられん・めっけれん」。

「み」がめ」に訛っただけのことではあるが。説明を簡単にした分例文を長めにしてみました。

例文

「めっかったけえ。」

  (見つかったかい。)

「いんやめっからんだよお。」

  (いやあ、それが見つからないんだ。)

「どこいかしただいやあ。」

  (どこにやっちゃったのかなあ。)

「盗られんように仕舞っただかいねえ。」

  (盗られないように仕舞ったのかな。)

「あんの不精がそんな気の利いたこんせる訳ないらあ。」

  (あんな不精者がそこまで気の利いた事する訳ないだろう。)

「確かに。けんどこんだけ探いてもめっからんちゅうこたあ、はあどこぞで使っちゃっただかいやあ。」

  (そうだよね。でもこれだけ探して見つからないって事はもうどこかで使っちゃったのかなあ。)

「なんでよー。あいつん持ってきてっつっただにい?無い訳無いらあ。」

  (なんで?あいつが持ってきてって言ったんだよ。無い筈無いだろう。)

「わからんよお。使ったの忘れかあってるかもしれんじゃん。」

  (どうだか。自分で使っちゃったのすっかり忘れてるのかもしれないだろ。)

「一旦戻って聞いてみまいや。」

  (一旦戻って確認しようよ。)

「そうだの。聞いてみすか。」

  (そうだね。聞いてみようか。)

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*しょろしょろ

共通語だと「とろとろ・もさもさ・ぐずぐず」辺りが近いニュアンスになる。うろちょろというニュアンスもある。「ちょろちょろ」もニュアンスありかもしれないが「ちょこちょこ・ちょこまか」はなし。

ちなみに遠州人は方言だとは露ほどにも思っていない。私もそう思っているこれは全国共通だと。「しょろしょろしとるとぶっさぐるにい」とかになればこれは遠州弁丸出しだというのは自覚してるが。

例文

A「やあ、しょろしょろしとらんでちったあ手え動かせやあ。」

  (おい!うろちょろしてないで手を動かせよ。)

B「なにやってええだかわからんだらあ。」

  (なにしていいのか分からないんじゃないの?)

A「見てりゃなにせりゃいいかぐらい分かるらあ。甘やかいちゃかん。」

  (見てればなにすればいいのかくらい分かるだろう。甘やかしちゃいかん。)

C「いやあわし客だけど一応。」

  (あのう自分一応客なんですけど。)

A「だでなんでえ、ふんぞりかあってちゃかん。てめえのもんてめえでなぶらんで愛着湧くだか?」

  (だからなに?ふんぞり返ってちゃ駄目だよ。自分の物を自分でいじらないで愛着なんか湧くのかい?)

B「わりいね。うちこーゆー店だで。」

  (悪いね、うちはこういう店だから。)

多少誇張はあるが、実際に昔のバイク屋さんでこういう雰囲気のお店に客として世話になったことがある。一理あるが怖かった。でも勉強には確かになった。さすがに「しょろしょろしとるとぶっさぐるぞ。」(とろとろやってたらぶん殴るぞ。)とか言われるようなことはなかったがやっぱびびりはあった。でもやっぱ勉強にはなった。今思うと自分の無知ゆえに周りのレベルについていけなくて自分自身がこの輪の中にいていいのかとびびっていたのかもしれないと思えてくる。

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鉄腕バーディーDECODE

基本私はゆうきまさみファンですべからく諸手を挙げて何事にも礼賛する方なのでありますが、この最新のバーディーは流石に時代を感じますです。今風と言うことで。静岡県では放映されてませんのでDVDでしかのみ観る事が出来ませんので今書いてるのは第一話の印象です。

先に結論書けば、馴れるに大分時間がかかりそうだけれど馴れてしまえばこの世界感を楽しめそうな予感がしますです。映像に関してはアニメをそう観ないのでただ享受するのみです。音に関しては凄いなと思います。

登場人物とかはお初にお目にかかるお方もおられますがまあほぼお見かけしたキャラクターの皆様方がうち揃っておられます。多分原作とは異なるオリジナルストーリーなのでしょうけれど、細かい設定とかを大分変えてありまして。例えば親を転勤といって離す辺りは大人を排除して自分達だけの世界の中で話しを進めようとしているのかしらむとさえ思ってしまいました。つまり展開に関係ない傍観者は極力排除してこうというのかなと勘繰ってしまいそうなんです。

小出しに登場人物を登場させていくのではなく一気に初回から隠し玉以外は出せる限り登場させようとしてるのも違いを感じはしました。だから両親とかあまり展開に関与しないキャラを外したのかなと思ってしまいました。普通に生きてる凡人千川というキャラではなさそうです。親の目周りの目に捉われることなく行動する時間が増えるってことが理由なのかもしれませんが高校生の一人暮らしが普通の生活環境でないことは確かでしょう。

キャラ設定もバーディが若年化した風に映って違和感を感じます。もっとも売れない(売らない)アイドルという仮面から受ける印象のせいでしょうけれど。

バーディーに限らず早宮のイメージは分別ある勘の鋭い子というイメージがあったんですが、いきなり廃墟にて大人に噛み付く辺りはキャラのイメージの差し替えが必要なようで。どうも慣れるのに時間がかかりそうですたい。

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*おさきいね

お先に失礼するねと言う意味。仕事終わって帰る時の挨拶とかである。雰囲気的に関西方面っぽい言葉である。なので「おさきい」だと遠州弁ということではないのだろうが「ね」とかがつくと遠州弁っぽくなるので記載。

パターンとしては

「おさきいね」

「はいね、お疲れねえ」

「ほいじゃねえ」

という流れがスムーズである。

例文

「ほいじゃ、おさきいね。」

  (それじゃあお先に失礼するね。)

「なんでえはあ帰るだけ?」

  (なんだいもう帰るのかい?)

「なによを帰っちゃかんだけ?」

  (え~?帰っちゃダメなの?)

「かんこたあないけどまあちっといない。」

  (ダメなことはないけどもう少しいなよ。)

「いやいやあ。用んないならちゃっと帰るでえ。」

  (御免こうむる。用件がないのならとっとと帰るわ。)

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テレビで聞く「しゃびしゃび」

遠州地域という括りで言えば地元の雄長澤まさみさんが10/6・笑っていいともにテレフォンショッキングでご出演なされておられました。

ラストフレンズ以降暫しそのお姿拝見することなく、10/1HPも閉鎖されてということで情報も少なく一休み的な印象を持ってたんですが、10月に入ってからはダイハツ・ロッテ・NTT西日本のコマーシャルが相次いで放映されるようになって先日はガリレオのご出演と。

それと「いいとも」にお出になられて、色々宣伝なされておられました。映画「つみきのいえ」でナレーションを担当され、インドに行かれた時の想いを綴った本とかWOWOWのドラマとかを告知されておられてなかなかにお忙しい毎日を送られておられるようでありました。

なんて前置きはこれくらいにしといて、タイトルにあります「しゃびしゃび」。

どうもこれは遠州弁(方言)らしい。ま、そう思って私の記事にも以前項目として書きましたが。しかし長澤さん、東京出られてもう随分経つだろうにまだ出るか。地元民としては郷土を忘れない人として好感度高いんですけんど。

タモリさんとの会話の中でカレーの話しになった時、カレーの汁状を表わすのに「しゃびしゃび」を使われておられました。その後つっこまれることなくタモリさんが「しゃばしゃば」と言い換えられておられてました。考えられることは、タモリさんが気を遣われてさりげなく言い換えられた。しゃびしゃびでも一応通用する。このいずれかでありましょうか。聞き流したと言う手もあるか?ないない。

このように遠州弁と共通語の境目が非常に曖昧で遠州人には共通語だと思っていても実は方言で意思が意図した通りに伝わっていかないってことが頻繁に起こるようです。明確に伝わらない方言なら自覚もてるんでしょうけど、笑われつつもそれなりに通用してしまうとこが難儀なところでありましょうか。

カレーの話しをもろ遠州弁で言うと(直訳ではありません)

「インドのカレーはさ~あ。日本のと違ってしゃびしゃびなんだわあ。日本のは固形のルー使ってトロトロじゃんねえ。じゃあなくてえ、顆粒か粉状の奴で水っぽくなった奴っぽくなってるだよおインドんのわ。ふんでねえ聞いてっ、味も違うだよ。」

とか言う風になります。さすがにここまでくるとテレビに出るのは無理でしょうな。関西弁のごとく全国区の方言に遠州弁がなることはまずないでしょう。いくら長澤さんが普及に努めたとしても(努めてはおられませんけど)。でも好きですよ遠州人としてはこういうお国言葉がポロっと出るのは。他のものがポロリとかチラリはいけませんがお国言葉は好感が持てます。でも全国区の人だからそうも言ってられないだろうとは思いますけどね。

まあ現地人だけのドキっとするならいいんですけどぼちぼちっと今日「しゃびしゃび」検索で当ブログにお越しの方が居られましたので反応しておこうかなと。

有名人ついでに言うと、遠州出身の方は結構居られますが役者さんを例にとると(あくまで私個人のヒアリング力による判断ですが)、完璧に遠州弁の気配を消されておられる方は、袴田吉彦さん。特徴的だけど遠州弁の特徴ではない部分が多いお方は筧利夫さん。かすかに見え隠れするのが鈴木砂羽さん。結構出るのが長澤まさみさん。きっちりもろ遠州弁というお方はさすがにおられませんです。一番聞き馴れてるというか近いと感じるのが上戸彩さん。上戸さんは遠州出身のお方ではないのですが何故か言い回しがとても普段耳にする遠州弁の感じに個人的には聞こえますです。もちろん発せられる単語は遠州弁ではありませんが。

ちなみに「しゃびしゃび」は、セメントに水混ぜすぎとかスープカレーとか煮物がきちんと煮詰めてなくて水っぽい状態になってるとかを指す言葉です。くれぐれも「しゃーしゃーのカレー」とかいう使い方を遠州で使うと汚いと思われますのでお間違いなきよう。

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*なけにゃ

ないなら・ないととか言う意味。「なければ」と訳した方が適切か。「にゃ」は方言だろうが「なけ」は方言と言うことではない。

「ない」が「なけ」に変わるわけではなく、「なけなし・なければ」と言う言葉と同じ「なけ」を使っていると思われる。辞書では「ない」と「なけ」は同原とある。

ちなみに単体で「なけ」を使うことは遠州弁でもない。遠州弁でも「なけにゃ・なけんと」とかしか「なけ」を使いそれ以外はあるやも知れぬが記憶にない。

例文

「おっかしいなあ。確かあった筈だけど。どこやっただいやあ。」

「なけにゃないでしょんないらあ。探さんでもええよ。」

  (ないならないで仕方ないだろうから無理に探さなくてもいいよ。)

「いやあ。なけにゃおかしいだで。」

  (いや、ないとおかしいから。ある筈なんだ。)

「なけんとかんだけ?」

  (ないといけないの?)

「いんやあふんだだこたあないけど。」

  (いや、そんなことはないんだけれども。)

「じゃいいじゃん。今探さんでも。」

  (それならいいだろう別に今探さなくても。)

「まあの。」

  (そりゃそうだけど。)

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パズル DVD その4

本編の他に「DVDオリジナルミニドラマ(special piece)」が特典としてあるのですが、これがなかなか面白いのであります。エンディングもあわせると大体11分くらいの作品ですが、なかなか面白いです。手抜きの部分はそこはまあギャグということで受け流しさえすればいけますです。登場人物すらもなんで?って言ってるくらいツッコミどこ満載ですから。

物語の内容を細かく言うつもりは毛頭ございませんが、謎を暴くというのの他に、高校生の年代らしい3人組の悶々さが弾けていて愉しいです。それに付き合う鮎川(石原さん)がそれをどう大人的にいなすかといのも見ものなんでありますがキャラクターが出来てる分安心して能天気に観れる勢いが魅力です。

しょーもないことぐちぐち掘り出すとしたならば(観た人でしか分からない感想です。)

鮎川美沙子。ホントに金に窮してるらしい。しかし英語教師としての評価は世間では評価が高いらしい。だけれどもどうみても信じられないと思えるのは3人組だけでなく私もそう思います。「いやいやいやそんな筈は」と。

3人組のスケベ根性をいなすと書きましたけんど、最後はお宝よりもドスケベ毛嫌いの感情が優先されて思わぬ行動に出る。しかし溜飲を下げて若干平静を取り戻してそのお宝の価値を知るや慌てふためく。

本編でも泊り込みで同じ部屋に襖一枚隔てて寝たりとかもよくしている警戒心の全く無い鮎川でありますが、ドラマのキャラクターはともかくとして「石原さとみ」が演じていてありえないだろうとツッコミ入れたいところではありました。男性関係については海千山千ということではなくむしろ潔癖過ぎて近寄りがたいということなんでしょうか。3人組のHな方Hな方へと思考が傾くのを気づきもせずお宝探しに夢中になる鮎川ってどんな恋愛経験を経た人生送ってきてるんでしょうかねえ。そのあまりの無頓着ぶりがまた面白いんですけど。「先生はこういうことをおやりになったことあるんですか」なんて超ストレートな質問にも気配を察知しない辺りは大丈夫か鮎川と思っちゃいました。

ところでいつのまにか部屋に居ていつのまにか神崎のパン拝借して食してましたけんど、こそこそ入ってくる様とパンをくすねるとこは映像にして欲しかったところであります。桜女の連中に目を奪われてる隙にとかに見え見えのアップじゃなくて画面の見えるか見えないかの端っこくらいに。

3人組 今村(山本裕典さん)・神崎(木村了さん)・塚本(永山絢斗さん)

この物語の主人公は鮎川よりもこの3人組のようでもありました。思考回路が一度エロい方に向いてしまうともう方向修正できなくて正解に辿り着けない様が愉快です。しかも引いちゃうような本能丸出しのような動悸が激しくなるようなものではなくギャグとして成立する範囲内のスケベ度で健全なものです。

勘違いと気づいた時のちょっと恥ずかしい表情もよかったんですけど、個別に言えば今村の暗号を解くぞというガッツポーズと神崎のパン取られたことに気づくとこと塚本の「やっぱり俺か?」というシーンが印象に残りました。

多分こういうアイデアを膨らませて一話にしてくのを、今回はきっちり設定(背景)つけたり道具や場所にこだわったりの部分とかをはしょってアイデア(発想)と役者パワーだけで見せるとこうなるということなんでしょうね。

長大な原作とかを削って削って時間内に収めようとする詰め込む要領の努力よりも基を膨らませ膨らませしていって注ぎ足す努力の方が私は好きなようです。この作品はまさにそんな勢いで愉しかったです。もちろん商品(テレビドラマ)として放送するほどの完熟度はないですけど。DVD買った者への特典としたら大正解のような気がしてます。下手な現場レポートよりもずっと世界感が守られていいですわ。手間は役者さんを再集合かけなければならないから大変でしょうけど無事皆うち揃えば作品に対する愛着が伺えるようでいいんですわ。

尚、これだけカテゴリー「DVD」枠にしました。

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夢をかなえるゾウその3(第1話)

夢のゴール目前にして全てが瓦解してしまいその不幸を嘆いているときにガネーシャと出会いいぶかしがるドタバタを経由して契約を為し夢に向かっての自己啓発のスタートが始まるという展開の第一話。

スペシャル観てからだと、慣れ親しみ度からいってガネーシャ目線でドラマを見てしまうので、あすか(水川さん)への荒探しというかその思い込み(勘違い)に気が行ってしまいがちになります。そういう見せ方が上手いなあと見事に操られてる感があります。私はこちらを先にスペシャルを録画で後から観たのですが、リアルタイムで観た時にはあすか目線で観ていて、スペシャルでも耕平(小栗さん)目線で観てたんですけど、その流れで行くとガネーシャ目線になるのが自然でしょう。

従って、1回目と2回目(スペシャル観てから)で随分と印象が変わる感じを受けていますです。なにしろガネーシャの嘘くさい雰囲気をどう捉えるかどうかですから。1回目は捨て鉢で自暴自棄気味に失うものなどないからという勢いを感じて観ていたんですけど、2回目だとなんでこんな自分の幸福は他人(旦那)に依存しなくては成り立たない夢を抱くある意味自己中心的女性にガネーシャは関わろうとするのかが気になりました。もっとも夢見るってことは自分を中心に世界が回ってるってことではありましょうが。

ま、そんなことはさておいて今回の有難い教えは、の前に。どうやって耕平(小栗さん)ガネーシャの復活知ることができたんだろう?そりゃ実際に教えを受けて成功した実例を提示すれば信用してないあすかを納得させる手立てにはなるだろうけど。まあかなわんなあ自分って感じでスペシャルとの繋がりのアピールとそうでもしなきゃ疑心が晴れないくらいのあすかの性根が窺い知れる訳ではありますが。

さて課題。「つめ切れ。」納得。それにしても切らずに削るって凄い手間。そういうことは惜しまないってのは不思議ではあります。ずぼらではないということなんでしょうか。私はずぼらですが爪は切ります。当たり前か。爪を切った成果は振りやがった彼氏を心置きなく平手打ち出来た事、汚れを厭わず落ちた小銭を拾って感謝された事として表現されてました。ガネーシャの言った手はセンサーという証なのでしょうか、

「自炊せい。」男の胃袋を掴めその為に腕磨けとあすかは判断するもそれを否定して自らを外見だけでなく内面(体内)を美しくするためとのたまうガネーシャ。まあ色々と解釈はありますが食を軽んじて良しとするのは男だけのようであります。家族を持てば母親として全てを依存してくる我が子を育てるのですから食の管理と供給を習慣付けることは確かに大切なことなのでしょう。ガネーシャのこの教えは男女兼用なんでしょうかねえ。

「左手を使う。」なんで?という説明もなくその効能は次週でということになるんでしょうか。

その場での即効性がでなくても伏線のように後で効いてくる教えだとスペシャルみたいに一気ならああそうかと気がつくんですけど週を跨いだりだと忘れがちになることもありますから本編の方はどういう教えの傾向になるんでしょうか。あまり即効性ばかりだと軽い感じになりそうですし。スペシャルみたいな矢継ぎ早に課題出すんじゃなくて一撃必中的な一日一善でいくんでしょうか。

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*やったらあ

特別な使い方と普通の使い方がある。関西よりの言葉か

「やったでしょう。」というのが普通の使い方。

「やってやるわ。」というのが特別な使い方。

当然アクセント位置は異なる。

例文1

「おめえなんかにできゃせんだでのけやあ。」

  (君なんかじゃ無理なんだからどきなよ。)

「ばかこいてんじゃねえよ、でけるわ、やったらあ。」

  (ふざけんじゃないよ、出来るわ。やってやらあ。)

例文2

「あれえ、なんか進んでるにい。あんたやったらあ。」

  (おや?何故か進行してる。君やったでしょう。)

「ばかいっちゃかんてやる訳ないらあ。」

  (冗談じゃないよやる筈ないだろ。)

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ガリレオエピソード0

いやあ、実に面白い。犯人についてはさっぱり判らない、誰が犯人なんだか分からないと言う世界とまでは流石にはなかったですが、とてもガリレオの世界にはまりましたです。映画の方は10/4初日ですが混んでるのが嫌いでまだ観てないんですが大きなスクリーンで観たくなりましたこの世界を。

時間があっという間に過ぎましたです。いい作品の条件ですよね時間を忘れる位その世界にトリップするってのは。どうやって犯行を遂行したのかそのトリックが最後の方まで分からず観てました。すんげえ専門の世界なんで分かる訳なかったですけど。終わってみればなるほどと。

今回は内海刑事(柴咲さん)がまだガリレオ(福山さん)と出会う前の過去に遡ってという設定で、紅一点なのが塩野谷(長澤さん)というところと、草薙(北村さん)とガリレオのコンビというのが新鮮でありました。渡辺いっけいさんとのコンビは不変でしたが、学生時代のエピソードとかもあり2時間がとても早かったです。

お話しは原作の2つの物語を合体させて構成されたもののようですが、昔っから変わんない湯川という変人ぶりが垣間見えて面白かったです。同じ人間なんだから口癖とか当然同じなんですけど、学生時代の三浦春馬さんは雰囲気までガリレオでした。学生の時代はAランチで今もBランチがお昼ご飯。80円アップしたとはいえその行動はほぼ現在と変わらない。この人は将来も一生変わらないんだろうなと思ってしまいました。

それにしても犯行に及ぶ動機は切なかったですねえ。不肖の息子の突然の出現で晩節を汚された訳ですが、自分の自尊心とかではなくて後に残る者に対しての労わりの気持ちからというのが切ないです。しかも湯川先生すら敬意を表する努力家の優れた研究者というばかりでなく一代で会社を築き上げ社員に慕われる人格者。人間模様だけ見るとなんだかなあというはかなさすら感じましたです。殺された人間以外みんな善人というのもなんか殺されて当然みたいな想いにすらなってしまいます不謹慎ですけど。

それだけあの短い出演シーンで悪党三昧見せ付けてる浪岡一喜さんのインパクトが凄かったということにもなるのですけど。

蟹江さんの達観とした飄々さの演技が余計そう思わせますです。あれで目をぎらつかせてなんかされてたらやっぱ欲じゃんか動機はって思っちゃいますもんね。取調室でパイプ椅子に座ろうとしてこけてしまうシーンなんか特にジーンときちゃいました。

長澤さんは跳ねておられましたねえなんか。湯川先生に淡い恋心を抱く恋に奥手の理数系朴念仁っぽい女子大生という役でおましたが、えへへという雰囲気かましてる時はいい味出てますです。しょっぱなの実験で泡まみれになっちゃうシーンと香理奈さんと応接室で向き合って会話するシーンとかが印象に残りましたです。十分めがねっ娘いけますですドラマとは関係ないあくまで個人的に感じた感想ですけどえらく足が細く見えて、モデル体型よりも健康的なスタイルの方がもっと色んな役(庶民的な)がこなせるんじゃないのかと思ってしまいましたです。目を見開くよりも自然に開いてるほうが素直な演技ができるんじゃないかとも。ただでさえ手足が長いんですから顔まで大仰だと大袈裟に見えてしまう危険性を感じます。でも手の動きが表情豊かでいいですよね。あくまで個人的な感想です。

香理奈さんの役がドラマとしては最も重要な役だったような気がしますです。こいつが犯人じゃないのかと観てるものを惑わせる役目とこの人に不幸を背負わせたくないと思わせる人間性を表現しなければならないのですから。理想を言えばガリレオが真相を究明するまでは絶対こいつが犯人だろうと思わせ、解明された後はこんな善い人だったんだと思い直すというパターンなんでしょうけど。車椅子に乗せて犯行は不可能なんじゃないのかと思わせたり事ある毎に恋人になにがしかひそひそ話ししたりと装飾つけられてましたけど、基本香里奈さんって正直者のイメージがあるんであまりたばかられなかったです。別に香理奈さんがどうのこうのじゃないのですが、見た目悪女(悪党)で実は善い人なんて役こなせる人この年代でおられるのかしらむとつい思いを巡らしてしまいました。でも誰がってイメージ湧かなかったですけど。

草薙刑事と内海刑事とのコンビの違いはやっぱ新鮮というか相手をよく知っていてお互いを尊重してる距離があって落ち着いた感じに映ります。感情論を優先する内海刑事と理論のみを追求するガリレオとの水と油みたいなコンビとは違った男同士のコンビもなかなかでした。若干渋めになりがちなとこを渡辺いっけいさんと長澤さんがご陽気に空気を入れ替えてるようでこの二人パワーも強力でバランスよく感じました。そういう役回りを一人でこなす柴咲さんの凄さを再確認した訳でもありますが。

それにしても水着ギャルには反応する湯川って不思議。これこそまさにさっぱり分からない。単純に疑問に思ったんですけどこの人に痛みという感情があるのか知りたくなりました。あのゴルゴ13でさえあるのですからまさかないということはないのでしょうけど。超人喩えに出したついでに言えば、いきなし海に飛び込んでなにするねんと思ったら凶器探しに行ったのですね。あんなちっちゃいの服着てしかも裸眼で見つけるなんてこの人も超人でした。

景色も綺麗だしワクワクしてた観る前の期待感を裏切ることなく愉しめました。

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