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ハッピーフライトのホームページその9/27付

ホームページ開設された以降監督のお仕事の映像が私のパソコンでは見れなかったのですが、今日お伺いしたら見れるようになってました。

相変わらず矢口監督は飄々としていてマイペースそうなお方だことと思ったりなんかするんですけど。

その映像の中で、矢口作品には「WB」から始まり「SG」そして「ハッピーフライト」と連綿と続く映画での登場人物を使ったサイドストーリーが存在するんですけんど。それを製作中という映像がありました。矢口監督が考案というか矢口作品が発祥の地なのかどうかは知りませんが最近色んなとこで(主にドラマのHPとかで)見る類のものです。これはこれで凝っていてしかも演じる側も作る側にもそれぞれに役に対して愛着が滲み出ていて観ていて愉しいものであります。

今まで主役の鈴木さんを監督自らが使ってのサイドストーリーって記憶にないんですけど、映像から推察する限りだとそう見えるのはブラフでしょうか。

因みに「SG」では、「デッド・オア・デリバリー」と言うタイトルで森下能幸さん(映画では弁当屋のおっさん役)主演でせこい動機で危機に遭う小市民のサスペンスを描いた怪作で、「WB」では「チェリーとスイカ」と言うタイトルで女子高生三人が河原で漫才の練習してる光景を「ワンピース」風に監督は描いておられます。前者はカット数が半端なく後者は殆どカメラ固定の長回し。

監督のお仕事の映像では全日空国内線の機内においてのプロモーションとして使われると述べられておられてました。今までの映画の余韻よもう一度という感じの暫く経ってからスタッフや役者さんが再び揃って作る方もそれなりにぶっとんで愉しむという勢いだったのですが、今回はちと異なるようにも思えちゃいますです。

確認したくても飛行機乗ることはないので、DVDが発売された時の映像特典として観ることになるのでしょうけど、過去のサイドストーリーはそれこそ何でもありみたいな展開でしたから。映画本編とは最低限のリンクは残すけど基本はリンクしてないよな?キャラ違わね?と思えるような作品とかもあったんですが今回は映画公開前から流されるということでしたらあまり無茶はしてないのかしらむと心配したりもしてしまいます。

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パズル DVD その2

1話と10話のみにオーディオコメンタリーが付いていて石原さんと3人組&監督さんの会話が聞けるのです。放送終了後暫く経っての再会しての収録ではなさそうで、おそらくは収録は全て済んだけれども最終話がまだテレビ放映される前のまだ余韻覚めやらぬ状態での収録と想像されます。

印象としましては、皆さんほぼタメ口なのが良くも悪くも印象に残りました。というのも役の設定で言えば三十路過ぎの強欲女性と高校生という一回り年齢が違う役周りなので横並びの友達同士のような会話というものに違和感が生じるのです。でも実年齢考えてみればほぼ同年代の皆さん(監督さんは違うけど)なのだから当然と言えば当然でありそれほど石原さんが年齢さば読むお芝居の技術が有ったと言う事でもある訳で。上手く騙されたとも言える訳で。やっぱ「石原さとみ」は上手い役者さんだことと認識した次第であります。

それと役者だけに留まらず芸能人としてみたら、格と箔でいけばタメ口アリ?という実績の差にも思える石原さんと3人の位置関係なんですが、そういう序列気にしない石原さんは偉ぶらないということで好感度上がりますです。だからといって石原さんのファンになったかというとそうことはないんですけど。まあそうは言ってもそれなりに男衆は発言には気を使われていた風にもそこはかとなく感じはしましたけど。

で、まあ横並びの関係の仲の良さが伝わって参りますが、オーディオコメンタリー以外にも4人で討論会?雑談会が各ディスク(全5枚)に映像特典として納められてもいるのですが、その中でキャラクターの設定についてご本人方の言い分だと、三人ほぼ同じ動きをする妙を求めたと。

だけど、三人個性がより尖らせた上で鮎川の前だと怯える子羊のように揃ってしまうって方が観てて面白かったんじゃないのかなと私には思えました。例えば荷物運びや先陣切る行動派突撃隊長・情報収集に長けた諜報員・歩く百科事典であるかのような資料分析参謀、それらを巧みにこき使って目的を果たす鮎川と言う構図の方が私的には好みではありました。

映像的には地デジで観た時とDVDで観た時とどう違うかと言うと。正直なこと言えば録画はアナログ放送で地デジは運よく始まる時間に帰ってこれたら観れただけなので記憶でしか物言えないおぼろげな曖昧さ満点なんですが、地デジの方がクリアだったかなと。(地デジで録画して尚且つDVDも買われた方がいてそんなこたあないと言われたら素直に撤回しますけど。)

それでも音についてはDVDの方がクリアな感じがして、アフレコと同時録音の違いとか効果音との違いが聞こえるような気がしますです。

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*とかしにゃかんもんで

「買いもんとかしにゃかんもんで忙しいだよ。」(買い物とかをしなくてはいけないので忙しいんです。)

厳密いうと「とか」ではなく「とかあ」ではあるが「あ」は省略されることが多い。省略ということでは「忙しいだよ。」もはしょって「買いもんとかあしにゃかんもんでえ。」と言う場合も結構多い。聞き慣れないと「もんでえ」の後にまだ言葉が続くと思って次の言葉を言わないでイライラさせるらしいがこれでも言い切りの表現である。それくらい言わんでも分かるだろう察しろよと言う事である。

上記の文を直訳ではなく普通に共通語に訳すと「買い物やらなんやらで忙しいの。」と言う方が判り易いか。

意味的に特にヒネリがある訳ではない普通の遠州弁ではあるが、頻繁に使われるのでこういう言い回しには注意した方がいいのではと記載。主に言い訳する際の常套句である。

又は、江戸時代の頃みたいな言葉の「せにゃならぬ」の遠州弁バージョンとも言えるか。

例文

「おーい誰かあ、急ぎの仕事入っただで残業してってくれんかねえ。」

「・・・・・・。」

「だんれもいんかあ。君やっちゃくれん?」

「わし?わし駄目でえ。ちゃっと帰ってがきんちょ塾迎えに行かんとかんもんで。」

「おんしゃあどうでえ。」

「一人もんは洗濯とかしにゃかんもんでえ。」

「だで?」

「勘弁してやあ。」

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パズル DVD その1

発売日初日に夜ではありますが、普段出不精ながらもそそくさと仕事帰りに買いに行きました。いそいそと防犯タグ付の展示品(中身はちゃんと入ってるけど)を手に取りカウンターへと進む。それを受け取ってからカウンターの奥の棚にある販売品を探す店員さん。その雰囲気は口に出してはいないけど「あれ?おかしいな。確かあった筈だけど。」というオーラを背中から発している。

余程あった筈という確信があったのかひたすら探し近くにいた別の店員さんにも応援を頼んで探してる。で、結構待たされる。早く見つけて欲しいので私も棚に目をやり探す手助けせんとした。

そしたら興味が脱線してしまい人気の売れ筋チェックしてしまいました。やっぱDVDボックスはアニメが主流だろうと思っていたのだが案外そうでもなく、もちろんアニメは多いし側面だけでなんのDVDボックスか判断できないのも多かったですけどアニメ以外にも最近流行のアメリカのテレビドラマとかやや翳りが見え始めたとはいえまだまだ根強い支持があるらしく韓流の作品が並んでたりもしていました。お笑いはあったけど日本のテレビドラマのDVDはあまり見受けられない。確かに高いもんな2万円越すのは。一度テレビで見てるものにあえて2万円払うのは余程のことなんだろうなと。それに通しで一気観たいとまで思える程の密度が存在してるかという疑問符も打ち消せないしなあと。

後、最近の傾向(流行)なのか基本的にジャンルに関わらず黒のパッケージのものが多く、こりゃ確かに見つけづらいわなとは思いましたです。

ふんで、結局発見できず、渋々というか納得いかないまま店員さんは防犯タグを外し始める。余程不満足だったのか目線がまだ辺りを見回していてハサミを持つ手を見ずに作業している。まさか自分の手を切るまねはしないだろうなと思えてきて注視の目線が店員さんの手元に向く私。幸いにもそういうことはなかったのだが、剥いたと思ったが剥けてなかったのか操作を誤ったのか防犯センサーに反応して「ピーピー」とけたたましく鳴り始めてしまった。さすがに慌てて今度はきちんと手元見て作業し始める店員さん。そんなこんなは大体5分切るほどの間の出来事でありました。まあコンビニで払い込みに手間取って待ってて苛っとする程の時間でみたいな話しです。少し待たされた分普段がん見出来ないとこをしげしげと覗いたのであいこと云う事でしょうか。苛っとは別にきませんでした。

そんなこんなで買えましたなんとか。これが果たしてどういう事を意味するのか?良い方に解釈すれば店員さんが思ってた以上に売れてたという可能性が高いのか。冷えた方に解釈すればそんな売れるとは踏んでいなかったので多くを発注していなかった。でも普段の感覚であると思い込んでいたのか。さてどちらでせう。疑問は湧きましたが店員さんに聞くほどの勇気なし。疑問のままにてまあいいかあ。

個人的にはパート2を観たいと思っているのでバカ売れしててそれじゃあとパート2が出来ることを期待したいところです。

肝心な内容につきましては、2万円をかすかに割るとはいえ毎月のDVD用予算を遥かに越える金額なので、先月は極力耐えに耐えて節約して尚且つ今月分全てつぎ込んでなのでちびちび味わいたいので追々と。ただし無料視聴のテレビと違って私にとって高いおぜぜ出してますから、いい感想も金返せ的感想も書いていくつもりでおりますです。

とにかく買うだけでこんだけ愉しませてくれる「パズル」。とりあえずは第一話(piece 1)。観てますディレクターズカット再生で。

ちなみにパッケージに記されてる「石原さとみ主演 特典映像満載の本格ミステリードラマ」というシールが表に貼られてますが、これには嘘が隠されてますです。「本格ミステリードラマ」と銘打ってますが「本気のはっちゃけドラマ」が正しいかと。もちろん謎解きもされてそれなりに見事ではありますが、くれぐれもテレビシリーズ見てなくてパッケージだけで「ミステリーかあ」と思って買おうとする方がおられましたら注意が必要かと。それほどこのパッケージは鮎川美沙子の猫かぶり並によく出来てるということにもなりますけど。

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*はいね その2

以前に記載した「はいね」だが、最近別な使い方があると思えたので追加とす。

「ありがとう」と感謝・労をねぎらうなどの言葉を言われた際に「どういたしまして」だと照れくさい感じがして「どうってこたあねえよ」みたいなニュアンスで返す言葉。

例文

「ありがとねてんだいきてくれて。助かるやあ。ほんとありがとね。」

「はいね。」

「そんな照れんでもいいじゃん。」

注、「てんだい」(手伝い)

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*けえる・けえた・けやす

順に、「消える」・「消えた」・「消す」と言う意味。「消」と言う文字を「け」と統一して発音するということ。若干「消えるは「きえる」という人の方が多いが。

ちなみに帰るも「けえる」と言うのであるが、イントネーションが異なるので聞き間違うことはまずない。

例文

「やあ!がんこ蚊あに喰われるだけど。なんでだあ?」

  (おーいー。すごい蚊に刺されてるんだけど。どうして?)

「そりゃO型の衆は喰われ易いっつうこんじゃないのけ?」

  (そりゃあO型の人は蚊に刺されやすいって言うしね。)

「をたこいてちゃかんて。ちゃんと蚊取り線香焚いてるだか?」

  (冗談言ってないでちゃんと蚊取り線香焚いてるのか?)

「失礼しちゃうやあ。ケチってるみたいじゃんかあ。ほれ見っせー。」

  (失礼だなあ君は。まるでケチってるみたいじゃないかほら見てみなよ。)

「けえてるじゃんかあ。」

  (消えてるじゃないか。)

「あれま。ふんとだ。」

  (あれ?本当だ。)

「ふんとにじゃねえよ。てんめえわざとけやいたじゃねえらなあ。」

  (本当だじゃないよ。もしかしてわざと消したんじゃないだろうねえ。)

「そんなこすいこんせるかあ。する訳ないじゃん。だけえがどうしちゃっただかいやあ。」

  (そんなせこい事しないよ、する訳ないだろう。でもどうしちゃったんだろう。)

「はあええでちゃっとつけろやあ。」

  (もういいから早く点けてくれ。)

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スピードの復活

今朝の芸能ニュースで取り上げられていました。

歌の上手いグループなので復活は大いに喜ばしい限りですが。

グループ名が「スピード」というのはご再考を願いたいところではあります。

「スピード出し過ぎ。」とか普段使いで「スピード」という言葉は頻繁に使うので、以前華々しくご活躍をされておられた頃よりどうもこのネーミングには紛らわしさを感じており申した。

粋なアイデアがある訳ではないのですが、再結成を機にネオスピードとかグループ名に変化をつけていただければ良いのになと思う次第であります。

ちなみに私はスピードのCDとか一枚も購入してないいわば傍聴者なのでありますから、なんの言う権利もない者ではあります。しかしながら私のような人間でもその名前を聞いたら「ああこのグループのことなんだ」とわかる唯一無二のネーミングであって欲しいしそういう実績があり又明るい未来を想像させるグループなのですからその影響力を考えるならば本格始動される前にご一考願えればと思ってしまうものであります。

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世にも奇妙な物語08秋の特別編

いづれの作品も原作(オリジナル)が存在するショートストーリー群。発想が奇抜なもの勝ちと言う勢い。ショートと言う繋がりでいえば、高校の時分星新一のショートショートにはまったけれど、長さはほぼ同じでもそれとはなんか違う感じ。オチというか必ず最後にヒネリがあって読み手をあっと言わすのが星新一の作品群。それと比べると思い立ったが吉日であとは野となれ山となれじゃないけど勢いで押し捲るイメージをドラマからは感じました。でもこういう閃いたもの勝ちは私の好物です。当たりハズレが出ようとも苦になりません。好き嫌いはもちろん出ますけど。でもいいんです。

ショートショートについては最近NHKで各アーティストの方が独自の切り口でその世界を紡いでおられまするが、NHKの「アナログ」表示には憤怒の感を抱いている私としてはあえてここでは述べずにあくまでも原作においての話しをしているつもりであります。

で、ドラマの方に戻りますけど、よく言えばありえない奇抜な世界なのに流れがスムーズで違和感がない実際にありえそうな錯覚にすら陥る構成に見事仕上げられているドラマ。多少醒めた物言いならば始まりは突飛ながらも馴れてくれば先が予想できる展開のドラマ。そういう感じが大雑把に言うとそう感じました最後の推理タクシーを除いて。着地点が予想がついて、あっけにとられるようなとこに着地してもええんじゃないかとも思えました。

*行列のできる刑事

この作品だけマンガ・小説を原作としていないがリメイク作品

ひらっちの、こういう奴っていそうだよなとありえそうなキャラ作りで能天気さが演出されて可哀想なお話にならずに済んでる感じです。それでも遠藤さんまでも並んでしまった時の頭を掻き毟ってブルータスお前もかと叫ぶかのような悲壮感があって。ああやはりそれなりに悩んで生きてきたんだなあと決して無神経なんじゃなかったんだというのが滲み出ていて人間味を感じました。

遠藤憲一さんの行列に目覚めてしまう時の表情がとても印象的でした。ああやって行列の一員となってもやっぱ役者さんとしての輝きは出るもんだとも思いました。BoBAさんも出とらして、BoBAさんのブログによると、この作品は5年前に同じ監督さんが作られた作品のご自身の手によるリメイクだそうです。

しかもSGファンとしては、キャメラマン(ディレクター)の役が眞島秀和さんだったというオチまでついていて嬉しい限りでありました。エンドテロップ見るまで全然気づきませんでしたけど。

並んでしまうと何故人は無表情になるのかとか便所も自宅にも行列が途絶えないのかなど疑問と言うか無理があるだろうというツッコミがなくはないのですが役者力でがぶり寄りという感じの愉しい作品でした。

映像的には犯人を追う際の手持ちカメラみたいな映像。観ていてその揺れがちょっとリアルに気持ちが悪くなりました。

*推理タクシー

この作品だけなにも突拍子もないキャラクターや出来事が起こらない作品でした。でも最後の逆転というか意外な結末は予想してなかっただけにおお!でした。それはやはり谷原章介さんと佐野史郎さんの放つオーラ感によって見事に騙された結果でもある訳で。特に佐野さんのいかにもこいつが犯人なんだろうと思わせる雰囲気ぶんぶんに怪しく漂わせたことによるものでしょう。どうみても谷原さんが話しに聞き入った視聴者(探偵さん)にしか映りませんでしたし。画的にも雨の情景がやけに映えた印象でした。密室と言うか二人だけの空間という感じがつい話しに聞き入ってしまう雰囲気を醸し出していました。でなきゃ大変なことしでかした直後に話しになんかのめり込まないだろう普通はといういちゃもんでるところでしたが確かに聞き入ってしまう話法に映りました情景も含めて。

もっとも佐野さんの前の職業が嘘で実はやはり犯人そのものだったという考えも捨てきれず、過ちを犯した二人が雨が上がったこの後どうなったかという展開でも面白いなと思っても観れますしね。

この作品はお二人の駆け引きが悦な愉しさでした。ただ谷原さんがコミックマジックの手品師という設定はそのご容姿からして無理がありましたけど。普通に役者さんとかミュージシャンでいいんじゃなかったのかと。

*死後婚

死者同士なら供養であるけれど生者と死者となるとこれはもう供養などではなくいけにえを捧げるようなものであって、それを強要されたがために非業な目に遭う不幸を描いているので。趣旨(見所)は、 もてる女はつらいよということなのだろななんて言ってしまうと、ざけんなよと反論が来るかもしれないが。

生死にかかわらず添い遂げたいと思わせる女性のお話しであることは間違いのないところ。それを深田恭子さんが演じておられる訳で。いくら霊媒師や死後婚とかいうものをらしく描いたところで肝心の取り合いになるほどの魅力ある女性というところに説得力がなければ嘘くさくなる訳で。それを深田さんがどう演じたかと言うのがミソなんでしょうか。じゃあどういう女性なんだそういう女性は。

少なくとも魔性というより誠実という方向性に映りました。放って置けない(守ってあげたい)タイプか構って欲しい(守って欲しい)タイプかといえばどっちなんでしょうねえ。依存タイプには見えなかったんでおそらくはお友達的なお互いの距離を守りたいタイプなんでしょうね。もちろん役柄の話しで深田さんがということではありませんのでお間違いなく。蓼食う虫も好き好きと申しますから女性に求めるものは人それぞれでしょうけれどここに登場するのは誰しもが一緒にいたいと思わせる女性ということなのでそういう意味での理想の女性と言うのは依存するでもされるでもなく友達・同士感覚の横並びの関係ということなんでしょうか。とにもかくにも野郎の目線からして見れば清楚が絶対条件なのは確かなようです。

いづれにせよ一難去って又一難。間一髪のところで絵馬の奉納を阻止するも、別の絵馬が既に奉納されていたという結末でありましたが。最後の表情が運命に観念したのか好きだった人と添い遂げることでまあいいやと思ったのか。無念だったのか。どうとも読めるエンドでした。

*どつきどつかれて・・・・

大変申し訳ないのですが、関西の笑いはどうにも性に合わなくて、最初から最後まで理解できませんでした。

*ボディレンタル

死にたいと思ってるならその体他人が有効利用したって撥は当たるまいて。確かにと言う感じではあります。倫理感なんぞほっぽらかしてのお話しですけど。

で、まあ見所としては内田有紀さんの操られ具合と捨て鉢気味の本心と成功した人間のとる行動とのギャップの違いとか色んな要素を演技として求められているのですけれど、汚ギャルから操り人形・OLまでまあ違和感なく観れるお方ですこと。声のトーンとかも使い分けて女はげにおそろろしきと思っちゃうくらいでありました。

人は絶対服従できるのかという問いかけという側面も窺い知れる訳でありますが、さすがに吉行和子さんの役柄というか行動目的が善意が基で動いているのでそういう問いかけの部分は薄くて、どちらかというと服従と言うよりも導いて諭す感じに映りました。金持ちの善人などではなく金持ちの欲望の塊でもしあったならどういうお話しになったんでしょうか。テレビじゃそういうのは提示することは出来ないけれど今が最悪と思って死のうとしてたが現実はもっと下(最悪)があるんだということを経験して、契約終了後には自分死ぬ程悪い人生じゃないと思い直すという展開でも別バージョンで出来そうな気がしました。

途中体調不良にて本来の人格で仮(宿主)の人格のふりをしなければならなくなった時は観ていて大丈夫かよとつい心配してしまいました。それだけこのおばあさん凄すぎということなんですけんどまあそれだけ引き込まれたと言うことで。

ポジティブとネガティブのせめぎ合いはポジティブの勝ち。大きな幸せ掴むのもアリだけど小さな幸せ見つけたもの勝ちというのも確かにアリだなと思わせる後味でした。下世話な話しですけど報酬で大金貰って生活感がおかしくはならずに済んだんでしょうか。就職活動してたみたいですから大丈夫みたいでしたけど。金で人生おかしくなる人ってホント結構いますから。

それと就職活動してましたけど、せっかく体を捧げたこの機能使ってボランティア(有料だけど)じゃないけれどこう言う境遇にある人の願いを叶えるために次の宿主に仕えるって選択肢もあったような気がしないでもないです。邪道ですけどね。宿主の分だけストーリーがある訳で、連ドラも夢じゃない企画かなとふと思えたまでですたい。

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*つーこんだいね

と言うことだよねと言う意味。使い方は言いたいことを言い切った締め的に「ということだよ」というようなことと、「そうだよねー」といった同意を表わす場合に使われることが多い。

例文

「つーこんだでよろしく。」

  (ということなんでよろしく。)

「なにがつーこんだでだあ。ざけんなよおんめえ。」

  (なにがということなんでだあ。冗談も大概にしろ。)

「やあおこられちってえ。だでそういう訳にゃいかんつーこんだいね。」

  (あーあ怒られちゃったよ。だからそう言う訳にはいかないということで。)

「当たり前じゃんか。どさくさこいて話しまとめようなんざふってえ野郎だ。」

  (当たり前だろう。どさくさ紛れに話しまとめようなんてふざけた野郎だ。)

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太陽と海の教室第10回

学校は戦場であるかのような境遇なんでしょうか。人の死を悼む間もなく次から次へと色んな事が自分に押し寄せてきて。無事生還して暫く経ってからじわじわとくる状況なんでしょうか。

まあ確かにあの頃は先のことしか頭に無かったから過ぎ去ったことを引きずると言う行為の優先順位は低いものだったけれど。それにしてもこの展開は怒涛と表現していいのかどうか微妙。

フェアプレイの精神。

織田さんの諭すような言い回しが良いですたい。醒めてはいてもまだまだ青くさい連中にお仕着せでもなく損得でもなく自らが納得するまで待つという雰囲気で語る説法が見事ですたい。簡単に一人で日本の教育方針を変えれる訳じゃないと言って俺だけでも頑張るみたいな大言壮語を吐くわけでもなく小さなことからこつこつととばかりに自分が出来ることから始めていくと言う姿勢も画になるし。

なによりもドンキホーテ的なスタートから徐々に人が集っていく様はやはり感動するものですわ。それに集う順番が教師が先にというのは納得です。今が正しいなんてありえないと自身が体験してきて分かっているだけに櫻井先生に大人である先生達が共鳴するってのはまさに後悔後を絶たず経験者は語るって奴ですわいな。

もうひとつの変化。生徒達の将来の自分の未来設計図。将来の自分なんて大学入ってから考えればいいとりあえずは自分の能力(学力)の全てを費やしてより偏差値の高い大学を受験し合格するべきだ。いや、まず目標を見つけそれに向かって努力する道を探すべきだ。現実論は「とりあえず」で前者でしょうけど。でもオリンピック選手にしても芸能人にしても早くから自分の道を定めて進んでいくものだけがトップの道へと進むことができるのは耳目の衆知たるところ。

でも生徒達の立ち上がる際の「櫻井先生が言ってた・・・」ってのはこの歳になるとこっぱずかしくて見てられなかったっす。川辺(山本さん)なんてなんと言われようと補習受けないって宣言しといてそんなこと言うか?って感じで。

理事長は必要悪の権化。わかっちゃいるけど止められない。善いも悪いも無いですよねこうなると。

そしてそしての復帰後のホームルームでの櫻井先生の言葉は感心しきりであります。要約できないほど一言一句無駄がなくしかも深く重いという優れもの。このドラマ観た人だけの生きてく上での大切な道しるべの贈り物といったところでしょうか。いいセリフでおました。一言余分なこと言うならば10年後の彼らがあの答えを導き出せるかという予想するなら無理だろうと答えますけど。

でも突っ込みいれれば、なんかあれですよね、こう言うセリフって普通、卒業式済んでからの最後の送る言葉で使われそうな感じなのにここで使うとは。って考えるのは金八先生の見過ぎか?いやいや10回というのが短すぎたせいに違いない。

多少白けたこと言うならば次原雪乃の社会復帰はどうなった。祭りの勢いに乗じて輪の中にというのも分からなくは無いけど祭りの興奮醒めたらどうなるんだろうと。置き去りかいっていうかやっぱ10回じゃ足りないんでしょうね。

15分延長と言う形での最終回でありましたが、やはりはしょり度が激しく。まるで打ち切りであるかのようにとにかく体裁繕ってバイナラと言う感じにも見えました。でもそれを補って余りある櫻井先生の講義でありましたのでチャラになったといえなくもないのですが、実は観てる方も理事長の策にはまっていてどこかで補習を必要としてるのかもしれません。補習するよと言われれば多分受けるでしょう。そうなったら桜井先生声掛けて下さいな頼んます。

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あんどーなつその12

最終話。最後は日常を飛び越えたドラマならではの大事(おおごと)での締めと相成りや。

そもそもコンクールなんざ品評会と書く位の物を選ぶ催し。下町の人情とはなんの縁もゆかりも無いお祭りで、勝った負けたを決めること自体意味があるのかと。どんな無理でもいつもお世話になってるからとかお馴染みさんだからとかといった普段のお付き合いの上で成り立つ商売のような気がしてるだけに、縁(えにし)もなくただ商品の良し悪しだけで採用を決めるなんて言い出してきたのなら。

満月堂の意地にかけてけつ捲くって「てやんでえそんななあこっちから願い下げでえ!」とか言うのかと思ったんですが。存外あっさり「出ましょうよ。」と親方がのたまう。はたして親方の真意はなんぞや。おかみさんは看板(のれん)の大切さから断るつもりではあるが今まで世話になった家元の想いを考えると無碍にも出来ない板ばさみでいて悩んでおられたようですけど。いくらなんでも経営がきついからなんぞと言うつれない理由であって欲しくはないでげすなこれまた。

とまあ、とてもらしくない出来事のように思えますた。まあ確かに一大イベントではあろうかとは思いますが日常ではないですから。このドラマは日常の中の機微を丁寧に拾い上げて紡ぎあげられて出来る作品だと感じていたので最後に非日常を描く意義がなんなのかと。なつの成長記の証として腕と信頼を計る目安を表示するには確かに判り易いんですけど、まだ弟子入りして1年も経過していないんだからそうそう目を張る程のものは提示できないでしょうにねえと。

しかも散歩なんかして名所案内してる場合じゃあないでしょと突っ込みたくもなる訳ですがなつが緊張で手が震えちゃしょうがないかあ。

料理の鉄人じゃあないけれど、競って得することも確かにあって飛躍の為には大きいことなんでしょうけど、早すぎないかえと。

それにしても親方の不動心は大人ですわなあ。揺るぎないということと不安なところを見せないのとでは大きく違うのですが親方には気負いも不安もこれっぽっちも見えないところが格好いいですたい。コンクールなぞという勝手違いなとこでも平常心(いつもどおり)を失わない理由が垣間見えたら嬉しかったのですが私如きの頭では読み取れませんでした。

準決勝での空気感は両親兄妹の4人家族のように映りましたです。脇道に逸れますがしほりんの不安げな演技の印象が強く残りましたです。色んな役に挑戦してるしほりんですがこういう「芯は強いがその他は押しが弱い」キャラは珍しい訳で、にしては破綻なく演じられるものだとその演技の幅の広さというものを改めて見せ付けてくれたようでした。

で、まあ無事決勝に進む訳ですが、決勝のお題(テーマ)が「幸福」。で、表現した結晶たるお菓子が無事優勝を勝ち取り、何故これをと言う問いに「これが私の幸福」と言い切る親方。なつは高揚感を抑えきれず打ち震えるとな。

えげつないかもしれませんけど、最終回でコンクールに出るとなれば展開上余程のことがない限り優勝する筈という気分で観てました。なのでそれに挑む心持ちと勝ち得た後の手にしたものとはなにかということが見所なのだろうかなと思って観ていたのであります。

階段を一歩昇ったけど又明日から次なる階段を昇るということなでしょかねえ要は。修行に終わりはなく毎日が修行ということでちゃんちゃんとお開きってことでせうか。満月堂ここにありを天下に知ら示して良かった良かった。

なつを中心点にして観るとよくわかんないドラマですけど、親方とおかみさんを中心点にして観たら非常に判り易い「のれんを守るとは」というテーマに沿ったドラマでありました。弟子を取るとは技術を継承していくこと。のれんを守るというのはどういう節制を課さなければならないのかとか人間関係を含めた心技体共に維持することの大変さが上手く描かれてたような気がしますです。

風吹ジュンさんと國村隼さんががんこ良かったという印象がひたすら残る作品でした。しほりんはこのお二人に比べたらやっぱまだまだだなと。ま、この若さで肩並んでたら逆にきもいので当然でしょうけど。

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*ばかすけぇ

滅多に言う人はいなくなってきたが、「馬鹿野郎」の変形バージョン。遠州独特の表現ではないが共通語とも思えない。

普通の遠州弁だと「馬鹿っつら」が多く使われることが多い。

「ばかすけぇ」はおそらく馬鹿と介・輔・助のいずれかがくっついて出来たであろうと推測されるもので、遠州弁でよく使う「やらすけえ」(やらんわ)・「貸すけえ」(貸さない)の「すけえ」とは異なるものであろう。

遠州でのニュアンス的には「ばかっつら」が言い切りに近い感じだが「ばかすけぇ」だと馬鹿じゃないのといった感じが含まれる風に聞こえる。まそんな大した違いがある訳ではないのだが一応。

九州辺りの「馬鹿ちんがあ」とかいうのとか全国的でいうところの「馬鹿たれが」が近いニュアンスなのだろうか。

例文

「これどんまい。なあ。喰いたりんだでくりょう。」

  (これ美味いよもの凄く!なあ。もっと食べたいんで君のも頂戴。)

「やあばかすけぇ!なにしてけつかるだあ。」

  (おい馬鹿野郎なにしやがんでえ。)

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赤という色

私は赤い色が嫌いです。血の色に近いと興奮して本性が出てしまうのかもしれないというせいかも知れませんが、特に朱色が駄目です。まあ朱色を赤の一種とするならばの話しですけど。

朱色は魔よけの意味を成すということで神社仏閣等神聖な場所の建物などで多く塗られているのですが、私の前世は魔族だったのかしらむと思ってしまう程朱色は好きになれません。

色の組み合わせで黄色と赤は相性がいいらしく結構商品のパッケージや本とかの表紙で使われたりもしています。もしかしたら黄金(黄色)をより輝かせる為に朱色使ってんじゃないのか。ほんで魔よけというのはそのあと作られた迷信なんじゃないのかとさえひがみ根性で考えたりもします。なにしろ金目のものなんか身の回りには皆無ですから私。

そういうこんなで自分の身の回りの物には落ち着かないんで赤が目立つ物は置かないようにしていますです。

ただ唯一マティスの絵画で使われている赤だけは心が落ち着くのは不思議です。美術館に行って惹き寄せられました。お土産に買うようなポストカードからでもその色は私を吸い寄せる何かを発していますから必ずしも作者の念が籠もっているからと言う理由ではないのでしょう。具体的にどの作品がと言うことではなく漠然とした印象なんですが、マティスの作品でも黄色との組み合わせが存在してるものがあるんですが、普通は黄色が浮き出て赤が下がる(支える)感じになるのですがマティスの絵は赤が映えて黄が下がる印象を受けますです。

私は藍銅鉱(ラスピズリ)で作られた群青(青色)が大好きです。非常に高価なものなので身近な画材ではないのですが、フェルメールとかの作品で見る事が出来る青です。観ていてとても深淵な面持ちすらになる静寂の色です。いつか誰かがマティスの赤とこの群青を組み合わせた素晴らしい絵を作り上げてくれたらなあと。そうしたらどんな気持ちになれるのだろうと。もちろん無知なるがゆえに存在しているけど知らないだけかもしれませんが。

そうすれば少しは赤嫌いが薄れるやもしれぬのにと思ってしまいます。

Photo

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*けっこくしてからに

これを共通語に訳すとなると実はニュアンスを伝えるのにはたと困るのである。

直訳すれば「綺麗にしてるよね・してるじゃないか」であるが、それだけでは足りない。予想に反してとか意外にもといった味付けが加味されることが多い。

無理したなあとか頑張ったなあとかいうニュアンスである。多少の冷やかしが籠もっている場合もある。

ちなみに「けっこく」は綺麗にとか清潔にとか整理されてとかいう意味である。

例文

「車買っただって?みしょうやあ」

  (車買ったんだって?見せてよ。)

「おう!みとくりょを。」

  (おお見てくれや。)

「おお、おーおぉ随分とけっこくしてからに。中わあ。」

  (ふーん。随分と綺麗にしてるねえ。中はどうなってるの。)

「土足厳禁だでねえ。」

  (土足厳禁だからね。)

「おんめえなあそりゃ行き過ぎだっつうの。」

 (お前なあそりゃ行き過ぎだろうに。)

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警察密着と銘打つ番組

最近どのテレビ局がと言う訳でなく、警察密着取材した番組が時期の変わり目とかにおおむねそこかしこでやっているよな気がするのは気のせいでしょうか。そもそもの発祥の地はどこかという元祖探しはともかくとして

内容と言うかそれぞれの事件?とかについては、「人間色々おるがね」ってことで恐怖心を煽って注意喚起したりこんな奴も世の中存在するんだという動物園にいるような面持ちになったりで、とにもかくにも警察のみなさまお仕事ご苦労様ですとしかいいようがないのですが。いずれの番組もそう大きくは違いが見られないと思えるのは私だけなんでしょうか。でも面白いというかつい見入ってしまうのは正に事実は小説よりも奇なりの光景を目にすることともうひとつ愉しみがあるからなんですが。

私がこういう番組見てて一番興味が湧くのがお国柄。特に方言が飛び交うところにとても惹きつけられます。親しみやすい方向性に向かいつつあるとはいえ警察はサービス業ではなく、それがゆえに言葉使いを共通語にとゆがめられずに済んでいて。それと共に地域の密着性が言葉を通して増しているという感じにも受け取られてとても生の方言が聞こえてきて心地よい気分になります。

もしものコーナーじゃないですけど、警察官さんがよそいきの言葉で対応するようになったらどういうことが起きるのかなと。おそらく他所の人だからと俺は客だぞみたいな言い方する奴が増えるかも。地元の言葉を駆使すれば地域に根付いてる感が増すのだからまたなんかやらかしたなんてことなったら「またお前か」と顔を覚えられてるんじゃないかという気にもなる訳で。

よそ者がなんかやらかしても地元の言葉を操る警官にこっぴどい目(正義の鉄槌を浴びせられる)に遭えばたとえ逃げおおせたとしてもあそこはまずいという想いが植えつけられるんじゃないのかと。もちろんその逆もありえますけど。

なんぞと御託を並べてはいますが要は生きてる方言が聞けるからということが気持ちいいんですわ。ドラマとかで役者さんの共通語とのちゃんぽん的な方言回しもそれなりに味があっていいんですけど字幕がつかないとなんのこっちゃいと分からない言葉であろうとも地域性(お国柄)が出ていてプチ旅行気分が味わえるようで好きなんですよ。

方言OKの職業なんてそうは存在出来ないご時勢ですのでこれからも警察の方々には地域密着をアピールする上でもお国言葉を使い続けて欲しいものです。

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33分探偵その7(第8話)

作り手のプロのプライドからするととても容認できるようなものではないのかもしれないけれどNG大賞(がんばった大賞)で使われてたような、豪快なアドリブについ共演者が負けて噴出してしまったシーンとかを繋ぎ合わせてでまるまる一本作ってしまったら笑える度が増すだろうなと思ってしまいました。

もしあまりにもそのままだとそのシーンで伝えるべきことが伝わらなかったらホントはこう言いたかった伝えたかったとか字幕かナレーションで修正してとにかく強引に進めるとかして。そもそもがこのドラマには意外性を追求するみたいな要素も感じられるしなんでもありとも思えるのでこういう観たことも無いNGばかりでドラマ一本作っちゃいましたってのもありかなと。ってゆうかこのドラマでしか出来そうもないでしょう。

とにかくNG大賞で使われてたのは面白かったです。もちろん丁々発止の挙句であって単なる言い間違いとか段取り間違えるとか言うミスのNGをということではありませんですが。

他にはなにがあっても一発録りという縛りで撮影に臨むとか。

まあそんな妄想話しはともかくとして第8話。面白かったです。しょっぱなの訳の分からないセールスの口車から始まって、誘拐犯との交渉で慌てないで落ち着いてといっときながら電話がいざかかってきたらのお約束の慌てようの滑稽さ。これはもう茂木(戸次さん)・大田原(高橋さん)お二人の演技力の賜物の勝利と言う感じでした。そして電話がかかってきた時のお約束ギャグの蕎麦屋の出前という間違い電話でずっこけというオチ。見事逆手にとって本物かいっ!ていう逆転の発想オチ。しかも奥さんが交渉人なのに蕎麦とカツ丼作らないといけないから行けないと言ってどうしようかと悩む能天気さが不謹慎ながらも笑ってしまいました。

で、結局リカコ(水川さん)が代役として母親に成り済まし様々なボケかましてくれるのですが、やはり水川さんが爆ぜると面白いです。高橋さんの「レスカないれすか」というオヤジギャグにも笑えましたが、やはり水川さんでしょう。特にラーメン屋での顛末は無条件で面白かったです。一瞬映画「監督ばんざい」のラーメン屋さんと同じとこで撮ったのかしらんと思ったりもしましたが映画のほうDVDで見直したらそうではなかったんですけどイメージがほんの少し重なりました。

水川さんはここのところほぼ必ずフジテレビの連ドラでお顔を拝見していたイメージがあるフジっ子さんなんですが、正直なんで?という思いはあったのですが、このドラマみて納得しました。この乗りはまごうことなきフジテレビカラーだと。それでいてきちんとシビアなお芝居も出来るのですからホント納得であります。

そんなこんなでもう次週が最終回。やっとこさ慣れて観る方も演られる方も撮られる方もエンジンがかかってきたかと思え始めた矢先のことでした。はえ~。

だらだらのぬるま湯は長く浸かってられるのが特徴なんですから、嵐のように現われてキンキの剛が去っていくってのはその効能が効き始まる前に店閉められちゃう様なもんでしょうにねえ。

ところでそれをいっちゃあお終いよかもしれませんが、なんで犯人子供の世話しながらもリカコが色んなとこに連れまわされてとった行動を見れたんでしょうか。謎です。勝手に解釈するならば、全然見てなくてただ面白がってやれと言っただけだったんでしょう多分。とりあえず捕まってからどうやって私達の動きを見てたんだと問い詰めて「見てねえよ。面白がって言っただけ。」とか言ってそれにプツンと切れたリカコが犯人に襲い掛かるとかいうシーンを盛り込んでくれたら納得できたんですけど。それともそうじゃなくホントにきちんと見つからないように見ていたんですかねえ。子供一緒に連れてか私の計り知れない方法を使って。

あと脱線話しついでにいうと、子供の誘拐事件って必ず電話の逆探知とか電話が重要なアイテムになるのですが、じゃあ電話が普及する以前の誘拐の際の交渉の手段とかどうやってたんだろうなあとふと疑問が湧きました。西洋のは小説で読んだことあるんですが日本の事件だとそういえば記憶に無いよなとふと思ってしまいました。

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*ひやかいとく

冷やしておくと言う意味。誰かを冷やかしておく(冷やかしをしておく)とかいう意味でも使って使えないことはないが基本的には物を冷たくしておくことで使う。

「~かす」(~かせる)という言い方は遠州では多用する傾向にあるが、「ひやかす」という言い方は冗談を言うとか見るだけで買わないという方がまず思い浮かんでくるので「甘やかす」みたいな使い方の「ひやかす」という使い方はしないということであろう。

例文

「家でスイカんなって食いおせんであんたよかったら食べてやあ。」

  (うちの菜園でスイカが生ったんだけど食べきれない程獲れたからよかったら食べて。)

「いつも悪いやあ。ほいじゃちゃっと冷蔵庫入れすかねえ。あっ!そうだ麦茶ひやかいてあったで飲んでってやあ。茶請けもあるで。」

  (いつも申し訳ない。それじゃあ直ぐ冷蔵庫に入れようか。ああそうだ麦茶冷やしてあるから飲んでいってよ。お茶菓子もあるからさ。)

「いいってそんなあ。気い使わんでよおホント。」

  (いいわよそんな。気を使わないでね。)

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