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エアショックバトル1//12 ビームサーベルのPV

コマーシャルと言う部類に入るのか分かりませんが、とりあえず宣伝だろうと言うことで。「ガンダムビームサーベル」という商品のPVのお話しであります。

水月蓉さんが出演なされていると言うのが観ようと思った動機です。SGファンの残党としましてはガールズのご活躍を観れる限りのものは観ようと。

で、PV観ましたです。水月さん中心視点で観てるので視点がずれてはいるのでしょうけれど、一作目と二作目のアシスタント風?と続いての普通のOLさん風の三作目とはそれぞれキャラクターが違うようで、3つの中では3作目が私は好きです。どうでもいいからどいてオーラが漏れてて恋の欠けらも無いけどそれでいて女性らしい雰囲気の発散具合が何故かいいですわ。やはり司会やアシスタントといったいつ何時でも笑顔振りまいているものより感情の出し入れをする役者さんとしての方が見応えがありますです。大の大人が童心に帰って三文芝居みたいなアホやってるところに普通に対応してるとこがミソなんでしょうか。

それにしても私のパソコン画面のせいでしょうかえらく影の多い作風に映りましたけど。そのせいかとてもアナーキー(無秩序)なイメージを受けました。映像の具合以外にも、情景は会社の日常の中。ガンダム世代への商品。実際の遊び方。

などと考えていくと、誰に向けてのPVなんだろうかと。別に悪口書いているつもりではなくてですね、私みたいなガンダム世代ではないおっさんが観てても「アホだこいつら」とにやけて来るってことはターゲットの年齢層を一体幾つ位に設定しているんだろうかとふと不思議に思ったまでの話しでありまして。どうみても実年齢が子供という世代に向けてのものじゃないだろうなと。

アムロもどきの決めのせりふがこのPVのメインなんだと疎い私でも分かるくらいですので作りはツボをついたものなのでしょう多分。いずれにしても摩訶不思議な作品という印象でした。まず作り手が映像作りを楽しもうという勢いが伝わってきます。感性は人それぞれでしょうから良い悪いという話しではないので面白いから試しに見てミソというつもりはありませんが。

私だったらありふれたアイデアですけど時代劇のチャンバラで刀の代わりで使うとか、道路工事現場での交通整理するおっさんに持たせてぶつぶつ独り言言いながら行き交う車を切りつけて憂さ晴らしてるとかの映像を考えてしまいます。

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*めっけ

「見っけ」。共通語だと「みっけ」だが遠州弁だと「めっけ」になる。事が多い。決して遠州独特ではなく西日本の表現としては普通であろうと思われ、東と西のちゃんぽんというか西の果てでもあり東の果てでもあるという境が入り混じった方言ではなかろうかと。「見っけ」だと子供の言葉みたいに思われるかもしれないが、幼児言葉ではなく老若男女に関わらずに使われるので「見っけ」というより「見つけ」と書いたほうが正しいのかもしれない。

「みっけ」だけに限らず、「見」を「め」と発音することが多いので

「見える」は「めえる」・「見えない」は「めえん」・「見えた」は「めえた」となる。

例文

A「めっからんようにしんと。ばれたらどんじかられるにい。」

  (見つからないようにしないと。でないとばれたら物凄く叱られちゃう。)

B「わあってるでええって。心配性だなあやあおんめえ。だんれも言わにゃあばれやへんて。」

  (分かってるって。心配性だなあ。誰も言わなければばれたりなんかしないよ。)

C「そんななあええで。それよか肝心なんはめっかったただか?」

  (そんなことはいいから。それより肝心なものは見つかったのか。)

B「まんだ。めっけれん。」

  (まだ見つからない。)

A「はよしんと。ホントばれるにい。」

B「くらぼったくなってきただで、よおめえんくなってきた。懐中電灯かなんか持っちゃいん?」

  (薄暗くなってきたからよく見えなくなってきた。懐中電灯かなにか持ってないかなあ。)

C「ねえの。」

  (ないね。)

A「めえんだったらめっからんちにやんぴこいてちゃっと帰らまい。」

  (見えないんだったら見つからないうちに止めにして直ぐ帰ろうよ。)

B「いんや。めっけるまで帰れすけえ。」

  (いいや。見つけるまで手ぶらじゃ帰れない。)

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エプソンCmの竹内結子さん

以前から可愛らしい雰囲気を醸し出すお方だなあとは思っていたのですが、このCmを観てその思いが強くなりました。犬の写真を撮っているCmです。

冒頭のアングルにこだわろうと右足を前に左足を後ろに踏ん張って中腰を維持しようとする姿はやんちゃっぽくも映るし。

「背中は嘘つかない」と言う言葉を真に受けてる私としてはどんなに芝居されていても、お上手な役者さんであっても背中越しの画にはその方本人が映っていると思ってしまうのですが。

そういう目線で観ていても最後の壁に貼ったカラリオで作成した写真を眺める後ろ姿はやっぱり可愛く映っているわけでありまして。見事に家でくつろいでいると言う雰囲気を醸し出されておられます。顔が映ってなくとも画として映えているというのがいいなあと。

茶髪が好きくない私としましては諸手を挙げていい画だったとは申しませんが、つい魅入ってしまうコマーシャルです。

ちなみに竹内さんのお芝居で強く印象に残ってるのは、映画「チームバチスタ・・・」の中で、監督さんから北の国からの純君のように言って下さいと指示を受けて発せられたと述べられていたエレベーター内での「なんなんですか?一体。~」という辺りのシーンとビールのコマーシャルで30秒バージョンの方で使われてた「間違えました。」というシーンが最近では印象に残っておりますです。薔薇のない・・・のようなしんどい役とかも違和感は感じないのですがやはり残ってる印象は明朗・小さな幸せ噛み締めるんにゃ(このフレーズは静岡限定か)というイメージが強いです。

脱線しますが、エプソンのCmは今まで地元の勇長澤まさみさんが出演されておられての今回の竹内さんのご登場ということについて。一応「長澤まさみ」を応援してる者としては特になんともというのが正直な感想です。いいCmなら別にいいじゃんという思いです。

あとエプソンという会社はPIAAと共にずうっと中島悟さんを応援し続けてるとこが好きで、最初買ったパソコンも2代目も性能云々とかじゃなくて会社の誠実さが伺えるようでエプソンじゃなきゃと決め買いしてました。今はもうパソコンそのものによりついていけない周回遅れなので販売員さんの勧めるがままに購入していてエプソンではないのですが変わらず企業イメージは好感度高い会社であります。

ホンダもそういう意味では同じなんですが、アンチな気分がありましてバイク・クルマ共に買ったことはないという矛盾した理念の持ち主なのが私ですので説得力は皆無ですが。

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*やっばかっつらとやあばかっつらの違い

「やっ馬鹿っつら」の場合はおいちょっと待てとかいう制止とかの意味合いが多い。多少直ぐやめろ(中断しろ)という緊急性を感じる。

「やあ馬鹿っつら」だとおいなにしてるんだとかいう抑止とかの意味合いが多い。多少なにしてるかの確認の意味も含まれる。

あくまで多いと言うのであって個人差があるので必ずしもこうだと決め付けられる基準ではないのであしからず。

「ばかっつら」を略して「ばかっつう」と言う人もいる。

例文

「やっばかっつら。ちゃっと停めろやあ。損害増えるじゃねえか。」

  (おいなにやってんだすぐ停めろ!損害が増えるじゃないか。)

「やあばかっつらおんめえなにしてけつかるだあ。こんなへぼいもんこさえてぇ。商売んなると思ってるだか?」

  (おーいなにやってんだよ一体。こんな下手なもの作りやがって。これで商売になると思ってんのか?)

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ハッピーフライトのスタッフさん

相変わらず監督のお仕事の動画が何故か見ることの出来ない歯がゆさを味わっていますが、それはともかくハッピーフライトのスタッフさんがHPに記載されてました。そこから抜粋させていただいたのが以下であります。(敬称略)

プロデューサー:関口大輔/佐々木芳野/堀川慎太郎 

脚本協力:矢口純子

撮影:喜久村徳章

照明:長田達也

美術:瀨下幸治

装飾:秋田谷宣博

特撮監督:佛田洋   

録音:甲斐匡

整音:郡弘道

音楽:ミッキー吉野

編集:宮島竜治

記録:松澤一美

キャスティング: 吉川威史

助監督: 山口晃二

製作担当: 荒木正人/齋藤玉恵

「歌謡曲だよ人生は」についてはスタッフさんがひとつの映画として一挙公開されてて矢口作品にどのスタッフさんが関わられたのか分からないので省くこととして

過去の作品を逆順で記載すると

「SG」・「パルコフィクション」・「WB」・「アドレナリンドライブ」などなどと遡りまして

さて、俗に言うところの映画における「組」といわれるチームでありますが、黒澤組・小津組とかが有名なところでありますが、「矢口組」については「ひみつの花園」のDVD特典資料の中で、「映画のスタッフは一本の作品が終わると全員解散し、それぞれまた別の撮影現場へと参加する。このメンバーが全員揃うことは二度とない。」と述べられてます。

そうは言っても矢口カラーというものが存在して欲しいと願う者としては、切り口や筋書きだけでなく映像や光り(影)・音に至るまで「らしい」写真であって欲しい訳です。ですので、まあまあなあなあがあったらそれは良くないにしても、気心の知れたスタッフの方々とああでもないこうでもないといいながら独自の世界を築き上げていくのが近道なんじゃないかと素人は思っちゃう訳ですわ。

で、今回のスタッフさんの顔ぶれを拝見させていただきますと

矢口純子さんは奥様であらっしゃりますんで毎作品必ずということですが

「SG」・「WB」そして今作の連続参加となるとプロデューサーさんは除くとして

長田達也さん・郡弘道さん・宮島竜治さん・(堀川さんは「WB」では助監督・「SG」と今作ではプロデューサー)

「SG」そして今作ということでは

松澤一美さん・ミッキー吉野さん

「WB」そして今作では

山口晃二さん

スタイリストの佐藤久美さんとヘアメイクの宮内三千代さんは「WB」・「SG」共にさんかされておられますが今回発表された資料には記載されてませんので分かりません。

監督ご自身はあまり「組」の構築には興味がおありではないのかもしれませんが徐々にいつものスタッフさんが増していくのは私としては嬉しいところであります。

キャメラは個人的に柴主高秀さんの画が好15きなので正直今回不参加は残念です。でも喜久村徳章さんの仕事でいうと「雨鱒の川」・「害虫」・「卓球温泉」とかを観た事がありましておおよその雰囲気は想像がつくんですけど「着信アリ2」とか「呪怨2」とか私が敬遠するおっかない系の作品も手がけられておられて今度の矢口作品がおっかない系であろう筈もなく。どんな写真の画になるのか興味深いところであります。個人的な感覚で言うと屋外よりも室内の画が印象に強い感じを受けたキャメラマンさんかなと思いました。

監督は確か特撮好きだと記憶してるんですが、今回特撮監督として佛田洋さんが参加されてるのは少し意外でありました。戦隊モノを得意とされてるお方らしいのですが流石にその手のものに興味がないのでよく存じ上げぬお方であります。自らの道楽(?趣味?)を自らの手で行なわず特撮監督さんを招聘された意味をスクリーンで確かめたいところです。

その他のスタッフさんにつきましては私の勉強不足にて存じ上げぬお方ばかりでありまして書きようがありませんです。

尚、SGはスウィングガールズ。WBはウォーターボーイズのことを略してます。その気になればアドレナリンドライブもAD。パルコフィクションもPF。ひみつの花園をひみ花。裸足のピクニックをはだピクとか略してハッピーフライトもHFとかできそうですが、はだピクはともかく他のまで全部略しても自分でもなんのこっちゃいとなってしまうので止めました。でもこうやって並べてみるとシンプルイズベスト。センスの良さに敬服いたす所存で。

公開は11/15。楽しみ愉しみ。

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*なかまして

みんなでと言う意味。「みんなして」と言う言い方もある。

共謀でなにかを為すという意味合いで使われる事もある。

例文

A「先生。なかましてあたしのこといぢめるだにい。ひどいらあ。」

先生「なにしたよお。」

B「ずいぶんな言いようじゃん。どこんいぢめたんなるよお。」

A「はぶせにしてるじゃん。」

B「なにがはぶせよお。みんなしてドッジボールせまいっつってるだに自分だけポートボールでなきゃやだなんてぬかすもんでじゃん。」

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十月はなに観よか

四月は正直観過ぎということの反省から七月は抑えて厳選しようと誓ったのですけれども、結局減量することなくテレビドラマ観まくった日々でありました。

で、十月はもうなるようにしかならんらあと腹を括って観たいものは観るという心持ちとすることにしました。

しかしながら、こういう時に限って食指が動かぬという感じです。観る前から期待感を持ってというよりも観たら意外と面白かったという作品を探す感じになりそうです。SGファンとしてはガールズが登場する作品もないし。

「チームバチスタの栄光」(火曜10時)はフジテレビの医療ドラマという括りには入らないと思われるのですけど、映画は確かに面白かったしそれと結末を変えると宣言されておられて。あんだけ巧妙と思われた結末をどういじってくるのかに興味がありますです。

「セレブと大貧民」(仮)(火曜9時)は庶民的なという従来の上戸さんのイメージを打破できるかが可否を握りそうで、初回はとりあえず観るというよりチェックしますです。

「OLにっぽん」(水曜10時)は役者さんの顔ぶれ見ると食指が動くんですけど、浜松に住んでると色んなお国柄気質をよく眼にする機会がありまして、特に彼の国の方の異文化・思想はリアル過ぎて私には痛いので見てられそうにもないのでパスします。西洋人さんみたいに明らかに容姿が違えば異質を容認できるんですけどどうしても容姿が近いからこちらの流儀にあわせてくれない苛立ちが起きてしまうというこちらの側に問題があることは承知してるんですけど。

「夢をかなえるゾウ」(水曜11時台)なにがなんだかいまいちよく分かんないですけど役者さん目当てでとりあえず見ます。ただ時間帯からして田舎で放映してくれるのかは分かりませんが。

「トンズラ」(土曜0時台)は三木聡監督作品だそうなので観ますです。ただこれも放映してくれるかが問題です。

「ブラッディ・マンデイ」は脚本が蒔田光治さんということで興味があるんですわ。勉強不足のせいなのか私今までオリジナルの脚本でしか蒔田作品観た事なかったのが、今回は原作アリ。興味アリだけど、でもなあTBSだしぃどうせすかビミョー。

まだ他にも新番組ありますが、先にも書いた通り大雑把なあらすじとか見る限りいまいち食指が動かないんで。一応見ますけど。見て損するのと観なしに損するのとどっちを選ぶかというと観なしに損する方がいいと思う性質なんですわ私は。観る以上はきっちり全部観ないと気が済まなくなるし一話でも見逃すと一気に熱が下がるんですわ。だったらまだやせ我慢して全部観ない方が諦めがつくんで。まあ、途中挫折する時も結構あったりはしますけど。

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遠州弁を日記調で書くとこうなる

*遠州弁で日常の出来事を書く。もちろん遠州弁は話し言葉なので誰かに伝える(言う)ような書き方となる。

金ん無くなったもんでやあ。局おろせえ行っただよお。ほいたらどこぞのあんちゃあががんこ長いこんATMえぜくってて開きゃあせんくて、やあっと時間喰って待たされただよお。

ホントなにせえきただか知らんがなんしょ後ろで待っててど怒れたやあ。

*共通語訳

財布の中が乏しくなってきたので郵便局に貯金下ろしにいったんだ。そうしたら見知らぬお兄さんが物凄く長い時間ATM操作していてね。なかなか順番が回ってこなくて随分と待たされてしまったよ。

何をしてたのかは分からないけれどとにかく後ろで待っててイライラしたよ。

*遊びついでになんちゃって古い日本語で(もちろんええ頃加減)

懐具合寂しくなりたるが故郵便局にて預金下ろさんとす。我が順番目前にて我が前の利用者たる見知らぬ青年長きに亘り自動預金支払機使用したり。意に反して待ち時間費やさすその長々と機械占有せしむ手際の悪さに憤慨す。

*調子こいて文学調で

何に使ったのかすら記憶が無いにも関わらずいつのまにか財布の中が寒くなっていた。補充するが心の安心(温もり)を得る事とばかりになにはともあれそそくさと郵便局へと向かう。普段めんどくさがりな癖に煙草と飯と財布の温度の事にだけはこまめな自分でありそれを恥じる気持ちは毛頭ない。

郵便局にはそれほど通い馴れている訳ではないのだが大まかな所要時間はそれなりに頭の中で算段を立てることは出来る。いつも通りの並びの列でこれはいつもの所要時間で済むだろうと判断する。二人三人とスムーズに列が捌けて行き、さて次の次が私の順番となった。そそくさと済ませれるようにと通帳出したりと些細な準備をして次を待った。

私の前は当然ではあるが見知らぬ青年。歳は20代か。薄青いワイシャツをズボンの中にしまわず尻尾出して纏いズボンは当たり前のGパン姿。小奇麗でも不精でもなく髪も長くもなく坊主でもなく。まあ普通の青年であろう。彼が取り出したのは通帳ではなくカード。ATMの機械が「いらっしゃませ」と挨拶する。じろじろ見るのも失礼だという感性は私にもあるので他に目線をやって暫し待つ。色んなポスター等の掲示物を読むでもなく眺める。

もう済んだかと思い目を前に向けると、「いらっしゃいませ」と機械が又青年に向かって挨拶してる。なんだかなあと思いつつも再び遠くに目をやる。

もう一度暫くして流石にもういいだろうと踏んで前を向く。するとまたまた「いらっしゃいませ」という挨拶が聞こえてくる。お前は宮○アニメか。新作出る度何度テレビ放映すれば気が済むんだとおかしないちゃもんをつけたくさえなってきた。今度ばかりはなにやってんだという気が湧いてきているので正視して青年の手順を伺った。操作方法が分からなくてやり直しばっかしてるようなどんくさい奴ならむかつくぞという面持ちで視た。多少イライラオーラを送りつつ視てるとその情念が伝わったのかようやく財布から金を出し始めた。どうやら払い込みを所望しているらしい。だが札や小銭の入れる場所が不如意らしく右往左往してるのが見て取れる。

駄目だこりゃ次いってみよう。ってな具合になればちゃんちゃんで済むのだがこれは現実。不幸は重なるもので別の一台は故障の張り紙がしてある。痺れを切らしたのか日本語が読めないのか後ろで順番待ちしていた女性が故障中の機械の方にと向かう。こんな訳の分からん行動を取らせる原因を作った青年はいっさい後ろを振り向かず操作に没頭していて後ろの苛立ちには気づいていないときたもんだ。

結局何回機械は青年に「いらっしゃいませ」という無機質な挨拶をしたのだろうか。数えるのもあほらしくなるくらいその声を聞いた。下がる(諦める)訳でもなく係り員呼ぶこともなくとにもかくにも彼は払い込みを終えた。やれば出来るじゃないかという気にはとてもなれない。

待っていて疲れた。そして怒れた。外人さんやおじいおばあならともかくどう見ても税金たんと払って日本を支えよ若者よといった風の普通人間がなにしてんだと怒れた。でもホントはそいつの事がというのではなく、ほんの5分もあれば済むだろうと思ったのが20分もかかってしまって自分の思い通りに事が進まないことに怒れた。ただそれだけ。最近は日が暮れるに早い。夕暮れ時に郵便局に入り用を済ませて郵便局を出たらすっかり暗くなっていた。なんだかなあ。

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記事を整理

正しいやり方かどうかまでは考えてないのですが、大分読みづらいのを改善するためちまちまと整理することにしました。

ウェブページと言うものが作成出来る様になって、その効能として目次を作れると謳われてありまして、ほいじゃやらすかねえと目次を作り始めたんですけど。

ドラマの感想が日付順で並んでいて、作品ごとに羅列できないことには変わりなく。どうすべえと思案したあげくまとめちゃえという思いに至りました。なので、あるドラマが全10話でその1からその10までそれぞれ毎週感想書いてた記事をひとつにまとめてしまおうと。

こんな事して大丈夫なんだろうかと思うのは、すんげえ長くなること。それと記事についたコメント・トラバが消えちゃうこと。コメント・トラバしていただいた方には大変申し訳ないのですが、記事一括化すると誓ったので僭越ながら消えてたらごめんなんしょ。

尚、古い記事からちまちまやっていくんで殆ど過ぎた事として読み手の方には改善の効果は問題ないかと。あくまで自分の都合で読み返す時に便利なようにと言うのが目的です

他の方法とかのいい知恵がおありの方ご教授願えれば幸いであります。

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とてもとても2008・7月~9月

前評判もよく期待通りで15分延長のご褒美がついたのは「コード・ブルー」でありました。医療ドラマはフジテレビという看板を見事守ったとともにお決まりの型にはまらない恒に新しいものを模索する題材を発掘・選択するところがよかったです。ど素人の意見ですが、切った貼ったの外科の世界を主に描かれているので奇をてらって症状とかの証拠品から推理して病気(犯人)を突き止めるみたいな内科?という選択肢も観てみたい感じがしますです。

予想以上に愉しめたのは「ゴンゾウ」と「正義の味方」でありましょうか。「ゴンゾウ」はSGファンとしてユイカが出とらすもんで観たという脇道的動機でしたが、蓋を開けてみれば緻密な構成ですごい惹き込まれました。脇つながりでもないのですが、池脇千鶴さんが物凄い強く印象に残りましたです。舞台のお芝居をそのままカメラの前で執り行われてるような感じで灰汁の強さが最初気にもなりましたが馴れてきてからは苦にはならなくなりましたがそういう理由から敬遠された方もおられたやもしれませんがよく出来た造りであったことは間違いなく観なかった人は損したのかもしれません。

「正義の味方」も「志田未来」を推す知人がいて、山田優さんも出てるしと思って、ものの試しに観たんですけどその弾けぶりと同じ日に放送されてた「ゴンゾウ」の世界と対照的で明るさが余計に冴えて愉しくて存外はまりました。佐野史郎さんと田中好子さんとの4人家族が作り出す家庭の空気感とお互いの距離感が心地よくて別に正義しなくても愉しかったくらいです。楽しい家族のてんやわんやを描いたファミリーコメディーだと認識していますです。

「モンスターペアレント」はこれもSGファンとしてひらっちが出てるからという動機で観たんですが米倉涼子さんは実質作品を通しで観たのはこれが初めてでして、こういう人もホントにいるんだと役とご本人を混同してしまうような感じにさえなるくらいその個性に驚いたのですがコンビを組むひらっちが地方都市の好青年というひらっちらしい役ということもあって愉しく観れました。ただ当初モンスター退治の内容かと勘違いしてまして、実は主人公の人としての器が大きくなる成長記だったと中盤過ぎてから気づいたんで見方を間違えてたのは痛恨の極みでありました。よくよく考えてみればモンスター演じられておられた毎回豪華な役者さんの顔ぶれみれば分かる筈なのにと自分の読みの浅はかさを悔いるばかりです。

「シバトラ」に関しましては、どうみてもターゲットが私のようなオヤジではなさそうで、潜入捜査だと言って高校生したり刑務所入ったりと七変化の様相はついていけませんでした。非常に根深い犯罪を追っかけていて決して軟派なドラマではないんですがその手段がどうもという感じであります。これは年齢的なギャップの問題であってドラマ自体の質の問題ではないと思うのですが。

ついていけないといえばまだ終わっておりませんが「33分探偵」もよくぞこれだけ実の無い内容の作品にGOサインを出したものだと感心しきりです。別に批判しているのではなくてホントに感心していますです。とにかくそのついていけなさは観た人でなくちゃ(しかも毎週きちんと)分からないと思いますです。これが、はずればっかなら酷評どころか無視といきたいところですけど、たまぁにアタリがあるんですわこれが。個人的には水川さんの弾け具合が決まった回はアタリっぽいと判断してますけど。

まだ終わっていないと言えば、「太陽と海の教室」。現代の闇に侵された生徒達を野性味豊かな先生が学校全体をも巻き込んでの改造活動を描いたとかいう単純なドラマではどうもなさそうで、最後まで観ないと良いも悪いも判断がつかないのであります。ので、まあそういうことで。

NHKのドラマについては右上に「アナログ」表示出しっぱなしで。それが厭で邪魔でありまして。ブーイングの意味も含めてノーコメントに徹することにしました。もっとも「アナログ」だけでなく地デジでも衛星でも表示出てますけどね。いづれにせよ作品を汚してるという気になるので納得できません。

印象だけで思い起してみると、TBSのドラマ役者さん目当てでそれなりに観てる筈なんですけど特に深い印象がいつも残りませんです。やっぱり私はTBSの作風色使い共に肌に合わないのかも知れません。観てそれなりにいいなと思えたことを感想書いてる割にはという矛盾した感想ですけど。シンプルに後味が残らない作風なんでしょうか。

ちなみに私如きのブログでの反響(アクセス数)の多さでいうと、「コード・ブルー」がどの回でも安定してました。視聴率が高いとこういう末端なブログにもお越しになられる方が多いというのは「ラストフレンズ」と同様でした。反対に視聴率と連動しなかったのは「ゴンゾウ」でした。結構アクセスありましたです。内容が凄く良かったのでおそらく一部の熱狂的な人達という括りになるんでしょうか。それとこんなこともあるかしらむと思えたのが「正義の味方第8話」。いつもは決して多いアクセス数ではなかった「正義の味方」でしたが第8話だけ飛びぬけてアクセス数が増えました。その回以降伸びたかというとそうでもなく第8話だけの一時的な現象でした。内容的には確かに痛快でしたけど。

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*せすか

「どうせすか」(どうしようか)

「ころせすか」(殺せる訳無いだろう)

「やらせすか」(やらせないよ)

「こうせすか」(こうしようよ)

「せすか」の意味はこうであると一概に決め付けられない。不思議に変化する言葉である。そもそも全てが同じ言葉なのかさえよく理解出来ていない。

おおまかに分類すれば、打ち消しの言葉と意思を表わす言葉の二種類であろうか。

変形というか遠州弁では「せ」と「し」が混在してどちらでも同じ意味になり使い方は個人の好き好きというのがあるが、「しすか」というと例の場合「どうしすか」・「こうしすか」は存在するが「ころしすか」・「やらしすか」という表現は存在しない。

例文

「通れやせんじゃん。どうせすかねえ。思い切って植わっとる木ぃぶっこ抜かすか?」

  (通れないよどうしよう。思い切って植えてある木を抜いちゃおうか。)

「やあ馬鹿っつらあ。そんなこんやらせすかぁやあ。後どうしてくれるでえ。」

  (なに言ってんだよ。そんなことやらせないぞ。後のこと考えてるのか。)

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太陽と海の教室第9回

八朗の死。時代劇や推理サスペンスとかで扱われるような軽めの死ではなく、一人の人間が持つ重みを伴った死が描かれていました。なのであまり軽薄な感想言えない空気が漂っているのですが。

その死を受け入れ心の中を整理するそれぞれを描いていくのですが、「心が痛いので休んできます。」といって席を立つ澤水(谷月さん)がとてもさりげないんですけど効いてました。こういうヘビーなシチュエーションだと役者さんの心の痛みの表現力を試されることになるのでしょうが、谷村美月さんと吉高由里子さんは存在感ありました。谷村さんの目線の先に映ってるものがなんなのか想像してしまうとかいった細かいお芝居で惹きつけられるよなあと。もちろん加害者?の大政絢さんもですけど。でもなんで静岡から戻ってきて人魚姫のようにと八朗(濱田さん)を再び巻き込もうとしたのかという精神状態が不明で、そして今回の悔いるのみへという感情(心境)の変化がどうあったのかがどうにも理解できなくて。不思議ちゃんを理解できる程人生達観してないんで掴めない感じでした。

野辺送りをするかのように八朗の想い出を語る作業を、櫻井先生は辛いからやめようとした凛久に励行するのですが、実際のお葬式でも精進落としの席とかですることになるのですから必要であるべき作業なんでしょうか。ただこれを言うことで区切りをつけてさあ新たに明日をという意図なのか確認しあうことで永遠に忘れぬようにするためなのか。超現実的なお葬式だとなかなか故人のことが席の話題の中心になることはないですからええ歳こいてもよく知らないんですわこれが。まあ知らず知らずのうちに記憶を掘り起こしたりはしてますけどね。意識して忘れようとするのは無理があることは確かですけど。

最後の姿がダイイングメッセージになるとは思ってもいないものになるのはきついですよね。生きている限り形ある物を残したい自分が死しても残したいという欲望は誰しも持つものではありますが、残された方はしんどい限りです。

雪乃に対して怒りをぶつけようとした灯里(吉高さん)の狂気を鎮める時の櫻井先生(織田さん)おセリフ群は説得力ありましたです。今回一番に印象深いシーンでありました。直に「そんなことしたらハチが悲しむぞ。」なんて決して言わずに問い諭す穏やかさが印象的であり説得力ありましたです。そしてその後の「泣いたらいい」という言葉に対し「泣いたらハチが流される」という言葉。女性らしい言葉だなあと。泣いてストレス発散じゃないですけど女性は泣くことで綺麗さっぱり忘れる機能が備わっているらしく朴念仁な私には理解不能の機能なんですが、櫻井先生は「流すんじゃない。心に沁み込ませるんだ。」と言う訳でありまして。女心も分かってるってことなんでしょうね。

それにしても無念この上ない感情が滲み出ていて無言の中にも織田さんの迫力を感じましたです。死に至らしめるというのは誇大でしょうけども誰も誰かを傷つけないで生きてこれた人間なんて絶対いない筈で、この出来事は異常ではありますけど人はそういうものだと生徒特に雪乃に櫻井先生は教え諭すんでしょうか。生徒達も雪乃をどうそれぞれが許すのか。

学校側のトラブルで生徒達が受験できるかどうかも重要なポイントですけど人が人を許す過程をじっくり観たい気がしてますです。でも来週最終回なんですねえもう。

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*なにせいきただあ・なにしいきたよお

何をしに来たのだと言う意味。「なにせい・・・」は野郎言葉で「なにしい・・・」は男女兼用言葉。

使い方は単純に何しに来たという使い方もあるが、どうして来てしまうんだ・来るなって言ったのにとかいう使い方もある。

例文1

「なんじゃあおんしゃなにせいきただあ。待ってろっつたらあ。」

  (なんだよー。お前はなんで来るんだよ。待ってなって言っただろ。)

「なによぉあんたぁなにしいきたよお。待ってなっつったじゃん。」

  (もうー。あなたねえどうして来ちゃうの?待ってなって言ったでしょ。)

結構つっけんどんな表現なので他人に言うにはそれなりの覚悟は必要である。

例文2

「なによーあんた今頃きてえ、なにしいきたよお。はあ済んでるにい。」

  (なんだい今頃のこのこやってきて何をしに来たの?もう終わってるよ。)

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あんどーなつその11

今回何が起こったかと言うと親方の引き抜き。それにとまどう周囲の人々。要をよりはしょるとこういう身も蓋も無いお話しなんですが、それに付随して湧いてくるそれぞれの想いが見応えありましたです。

「親方が京都に?」この情報は下町ネットワークを通じてあっという間に人々に伝わる訳ですが、何故かなつ(しほりん)にだけは伝わらない。今回はかろうじて漏れる形でなつにも情報が流れたのですが、以前にもおかみさん(風吹さん)のお見合い話しの時も伝わっていなかったような。まだなつのことを周りの皆はお客さんとして見ているんでしょうか。

お茶の家元の一ツ橋先生(白川さん)がおっしゃられた一期一会の教えの説く意味を砕いて分かり易く言ってくれたです。確かにこれでもう最後なんだと思うと想いも違うもので、学校を卒業する時とか住み慣れた家からの引越しとかいう特別なイベントでなくとも合宿とかのつらくしんどいばかりのイタイ体験であっても終わりが見えてくればそれなりに名残惜しくもなるもので。なるほどなと。

虎月庵の女将(仁科さん)は迫力と品格がありましたなあ。おかみさん(風吹さん)がより下町っぽい人に見えて、はからずも京と浅草の違いを示しているかのようにも映りました。二人揃って口説きに来たのかと私も見ていてそう思ったんですがそうではなかった展開には諸々と愛(男女の関係ではない)を感じました。

まあお話しの決着は兄弟子白井(西岡さん)の病気に対する早とちりであったということなんですけど、もし親方がいなくなったらという「もしものコーナー」じゃないけど今の時点でのそれぞれの立場の再確認をしたということにもなり、とにもかくにも毎回確実に雨降って地固まるの展開づくしの勢いで固まっていってこの勢いだとコンクリートどころかダイヤが出来ちゃうぐらいに強く固まるんじゃないのかとさえ思える程のより強い結束力(なくてはならない存在)が育っていくようです。

非常に判り易い親切設計なドラマなのですが、目隠しで練習してた職人の世界の腕を磨くという様で「見えないものが見えてくる」という領域は難しかったです。相手を読むのか自分を読むのかはたまた手つきと言う動作を目ではなく体に沁み込ませる事なのか。自動車教習とかのルート上における操作やタイミングとかをイメージトレーニングするのとはどう違うんでしょうかねえ。奥が深すぎてどうもでした。

来週はいよいよ最終回。印象的にも書いてきた記事読み返してみてもなつのことよりも周りの人々のことが多く頭に残ってます。ホントに主役安藤奈津なのと疑いたくもなるやもしれませんが私はこれで大正解のような気がしてます。全体が丁寧に仕事したこしあんって雰囲気です。ただ私は粗野であってもつぶあんが好きなのですが、悪人悪党を一人も出さずに愉しいお話しを構築するのは至難の業であり。その点が好感度が高い作品ですたい。

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*頼まさった・頼まんさった

頼まれた・頼んでくれた・頼まされた・頼まれなさったとか言う意味。

「頼ました」(頼んだ・頼ませた)という言い方もあり方言と言うより古い言葉使いかもしれない。あくまでもしかしたらで根拠はないが。

滅多にいないが「たのもさった」という言い方をする人もいる。ここまでくると「頼み申しなされた」っぽい時代性を感じる。

例文

B「なんか業者の人来たにい。」

A「誰ん頼まさったよお。」

  (誰が頼んでくれたんだ。)又は(誰に頼まれたの?)この文は前者の意味で

B「なんで?」

A「誰もやってくれなんて頼んじゃいもせんにい。」

C「しげちゃあが頼まんさったみたいだにい。」

  (しげさんが頼んでくれたみたいだよ。)

A「もー余分なことばっかしてえ。わしらじゃでけんと思って馬鹿にしてるだかいやあ。」

  (余計なことを。私達じゃ出来ないと思って馬鹿にしてるのかなあ。)

C「いいじゃん別にい。楽でけるだもんでえ。」

  (いいんじゃないの別に。楽が出来るんだから。)

B「やりい来てくれた人どうすんよお、玄関に待たせっぱなしだにい。帰ってもらうだ?」

  (やりに来てくれた人はどうするの。玄関で待ってて貰ってるけど。帰っていただくの?)

C「しげちゃあの顔潰すのもあれだでいいじゃんてんだってもらうかあ。」

  (しげさんの顔潰すのもどうかと思うからいいじゃないか手伝って貰えば。)

A「後でしたり顔されるの好きくないだけど、まあいいかあ。」

B「ほいじゃ上がって貰うでえねえ。」

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何故かエラーが続く

必死こいて記事書いてて、それがエラーで消えてしまう。そんな決してひょいひょいと書いてる訳ではなくそれなりに時間費やしてもいるのでもうショックの度合いが半端ないですわ。

先々週辺りから連続して起きて。これで6件目ですわ苦労の挙句パーなのが。

具体的に何が起こってるかというと、ホントになんにもして無いんです。おかしなキーとか弄くった訳でもないのにマウス動かしただけで突然フリーズしてエラーを報告してくれという表示が飛び出て。それでお終い。強制終了で字エンド。

他には、無事書き上げて保存キー押したら「インターネットエクスプロ-ラでは表示できません」画面になって「戻る」押してもデータぶっ飛びってのもありましたなそういえば。

一体全体なにが起きているやら皆目見当がつきませんわ。セキュリティ24にある機能でウィルス・スパイウェアのチェックを試しにやってるんですけど特に異常なし。

どうすりゃいいのさこの私という感じです。

追記9/17

保存が反映しないことについては、ココログのシステム上の問題(深夜帯に負荷がかかり過ぎた為だそうな)ということでまずはひとつほっとしました。早く改善されるといいなということで、残るはいきなしのフリーズ。この2日はどうかというとドラマがもう終了しているために記事を夜中には書いていないので正直元に戻ったのかよく分かりませんですが、まあおいおいとということで。

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ありがとう!チャンピイ・日本初の盲導犬誕生物語

私は犬派です。犬とも猫とも共に暮らしたこともありますが犬派なのです。なので、犬をだしにした作品は感動作品でなくとも惹かれてしまうのでこれは卑怯だと思ってしまう性質の悪さを私は有しています。ほんの数分の「今日のわんこ」ですら場合によっってはその運命に惹かれてしまうくらいです。ですのでそういうことに極力騙されたくないので、天邪鬼的に逆に観ないようにしているのですが。

この作品には、ユイカと福田麻由子さんが出演なさっているのでついつい観てしまいました。

で、案の定せつなくて。しかも止めを刺す(私に対して)かのように「永久の別れ」まで描くと言うことまでされて役者さん愛でてる暇がありませんでした。とにかく目線が犬のほうに吸い寄せられて普通に役者さん観てられないでありますわ。

しかしまあせっかくいい作品観れたんですから感想捻り出さないとと思い早送りと消音機能を活用しながら再度見直しして書いてます。主題に関しては盲導犬の理解と普及という側面も併せ持ち尚且つパイオニアゆえの苦難の歴史を知るものなので私のようなおちゃらけた感想を書く輩(やから)が言及したらいい話が台無しになるので書かないこととします。事実に基づいたお話しなので失礼があっては申し訳ないので。

ユイカ。「あなた」と言える歳の役を仰せつかった訳で、我が子が幼稚園ぐらい?ということは三十路までを演じていたのかしらむ。化粧(けわい)で誤魔化すタイプじゃないということははっきりしたので、そもそもが古風なイメージが備わっておられるんでしょうか。昭和の世界にいても違和感がありませんでした。清楚な感じでいいとこのお嬢さんという感じでしたが、一般ピーポの庶民的な逞しさを併せ持つ役とかも演じられることが出来るのか観てみたい気がしましたです。強いて突っ込み入れるならあの時代の人にしてはえらく髪の毛サラサラだなあと。ごわごわだったとまでは言いませんが。

色んな昭和のファッションに身を包んでおられましたがホント違和感なく、ともすればドラマの流れが暗くなりがち(深刻)に向いてしまうところを明るいイメージに戻してくれたような感じがしました。ご自身は無理せず年相応に背伸びすることなく生きておられるようで、歳をさば読むとかいうテクニックはお持ちではないようで、きちんと三十路に見えたかと言うと疑問は残りましたけど。だから別にそれがどうしたという話しではないんですけど。セーラー服にはゴンゾウで挑戦されてましたけどすんごいハイテンションに演じ分けておられましたがもう違和感が生じるんでしょうかねどんな髪形にしても多分。夫婦に見えたかと言うと微妙でありました。なんででしょうかねえ。

福田麻由子さん。相変わらず幸薄くATフィールド全開という役をきっちりと演じておられました。そしてその厚く閉ざされた心の壁が瓦解する様までという説得力D難度級の技を無理なく演じておられましたが、はまり役というか専門職にはなっては欲しくないお方です。演歌の花道でややコメディよりの演技が印象に残ってますが、ああいうあっけらかんとした役どころも観たいお方です。そういえばちびまるこでのお姉ちゃん役もありましたっけ。

伊藤淳史さんは頑張れ若造のイメージが私には強いのか、一所懸命でも何故か可笑しげに映る感覚がどうにも抜けなくて、電車男や西遊記のようなおもしろくやがて勇ましき男かなというパターンイメージが抜け切れませんです。硫黄島戦場の郵便配達やこのドラマなどのようなお芝居のイメージにも馴染まないといけないようなのですが、どうにも抜け出せていませんです。

高島政伸さんは、まさに昭和の男って感じでおました。今はほぼ死滅したんじゃないかと思えるような「いっこく」という言葉がドンピシャという感じです。当たり前ですが一途といっこくは違いますから。夢を追って動くのと覚悟を決めて臨むのとの違いでしょうかねえ。苦労を苦労とも思わないのではなく苦労は苦労と感じた上でそれでも突き進む勢いが「いっこく」ぽかったです。

背景については気合いが入ってる感がありました。時代的には私の記憶してる以前なのですが砂利道と商店街の軒下の乱雑さや裏道の猥雑さが地方の人間である私でさえもそうそうという気にさせてくれました。車道に自転車やぽんぽんの姿が見られず車だけが走ってるというのはさすが都会といっていいんでしょうか。単なるノスタルジックな懐古ではなく傷痍軍人さんや子供の身障者に対してえげつなく囃す様とかも描かれていて、今よりもっとあった貧富の格差とか露骨にしかも何気に差別用語が飛び交っていたらもっとリアルに映るんだろうなとは思いましたがそれは舞台や映画の仕事か。

ふと思ったんですけど、当時の映像とかがモノクロで差し挟まれていたんですが、あれってCG処理かなんかで色つけてドラマと同じ色調の映像にならないものかと。そうすれば違った感じになるんじゃないかと思えましたです。もちろん素人のたわごとですけど。

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33分探偵その6(第7話)

今回は面白かったです。当たり外れの波が大きい作品でありますが、今回は当たりでしょう。色々観るとこがあって愉しかったです。

まずなんといっても迷推理が冴えわたって結果オーライの真犯人逮捕というピンクパンサー系パターンが一番落ち着いて観られるもんだと。希望を言えば犯人の自爆的勇み足というか受身一辺倒のものよりも探偵のちょこまかに計画が崩れ始める形でも観てみたいかなと。

次に見所と言えば水川あさみさん。どんギツイケバイ化粧してもお栄えになられるんですねえ。どんなメイクでもイケるってのは凄い武器だなと思いました。役の上でリカコはアイに嫉妬してましたけどやっぱそうですよねえ。そうでなきゃかような探偵の助手なんてやってられませんもんね。二人がどうやって知り合って今に至ったのか知りたいところです。それと大田原警部との出会いも出来たら。

高橋克己さんのは千昌男さん風ですよねえ。最近の若者に受けるギャグとは思えないんですけど大丈夫なんでしょうか。

堂本剛さん。さすが踊りなら凄いかっこいいほど決まりますです。私も六郎同様ミュージカルには懐疑的な方なので最後宗旨替えしてはまったという落ちには裏切り者と叫ばせて貰いますが。

唯一いきなりかよと思ったのは、聞き込みが終わって唐突にいきなしミュージカルの一場面が始まり犯人は貴方だへのシーンに雪崩れ込む繋がりでした。さすがに今回に限ってはどう言う訳か33分じゃ足りなかったみたいです。ビキニのお姉ちゃんを道具扱いしてるように映ったのもあまり好きくなかったですけど。

とにかくどの回においてもそうですけど、六郎達が現場というシチュエーションを楽しんで遊びまくる景色は私好きです。今回はミュージカルかましちゃうという遊び心がおつでした。

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*っぱ

打ちっぱ(打ちっぱなし)・やりっぱ(やりっぱなし)とか言う風に「~しっぱなし」の超簡略形の表現。方言と言う訳ではないだろうが言うに楽なので世代に関わらずめんどくさがりの人(はしょり癖のある人)には定着している言葉であろう。

なので使う人と使わない人に分かれる。聞き取りについては大抵の人が理解出来てる筈。

「使いっぱ」(使い走り)の表現もあるので「ぱしり」的意味で使う人も居るであろうと推測される。

例文

「あの子はもお。宿題もしんと遊び呆けてえ。」

「確かに!おもちゃ出しっぱでどこ行きくさったでえの。」

「ホントなんでもやりっぱで直ぐ飽いてほかいてっちゃう。」

「誰に似ただか。」

「あんたに決まってるじゃん。」

「なんでえ。自分じゃないって言い切れるだあ。」

「自覚んないとこそっくりじゃんか。そこんさあの散らかってる雑誌あれ誰のよお。」

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