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クッキングパパ

原作のマンガは多少かじってますので、そこはかとなく見比べたりもするのですが、家族の空気感は踏襲されてますが展開のうねりはさすがに2時間ドラマということで大きなうねりで構成されてましたので悪い意味ではなく違和感を感じました。

お父さんの一味(山口さん)は主役ゆえともかくとして、お母さんの虹子(富田さん)とお婆ちゃんのカツ代(中尾さん)が家族の空気感を見事に作られていて見応えありましたです。なぜ主役はともかくとしたかと言うと、大層一肌脱がなくちゃいけなくてやること一杯ありましたから。

まあそれはともかく富田靖子さん、なんか随分と久し振りと言う感じでした。そして相変わらず観てると明るくなれるというか元気をもらえそうな感じを受けました。

それは中尾ミエさんにも言えることで、このお二人が作り守る家庭は元気で明るいに決まってると思えます。ここの家に婿で入ったりなんかしたら「くよくよするんじゃないよ。」と終始励まされそうな感じです。

無論家長として君臨する旦那がしっかりしてるからでありますが、とにかく適度に生活感が滲み出ていて、それでいて見苦しくない塩梅が効いてて何気ない日常ですら見飽きない感じがしますです。

私は人違い・勘違いを言い出せないまま物事が進んでいってしまう展開が苦手でばれる(判明する)までが正直長く感じてしんどかったのですが、もっとしんどかったのは本物の幼馴染みの櫻井と対面した時の一味の素っ気無い態度でした。あんだけ懐かしんで矜持を開いてくれてる人を別の理由(櫻井だと思っていたら違う人だった)によって心が曇ろうと、それはそれ、これはこれで満面の微笑返しして欲しかったです。荒岩一味とは動じない広い人だという先入観を持っていたので。その場が駄目でも他の飲み屋とかで実は・・・とかいうフォローが欲しかったです最悪。

まあその後の展開はいい話ですのでケチつける気は毛頭なく、こうでなくちゃという感じで頷きながら観てましたです。地方ロケでのお約束というか必需な名所案内とかも人探しとチェイスシーンで漏れなくされてましたし。予想を覆す展開こそありませんでしたがツボは殆ど押さえた見応えでありましたです。

ストーリー展開はこのくらいにして、余談話しで。

福岡を舞台としてテレビ西日本開局50周年記念ということで、多くの地元出身の役者さんが出とらしたのが印象的でおました。

山口智充さんは関西のご出身としても、富田靖子さん・中尾ミエさん・田中健さん・陣内孝則さん・博多華丸大吉さんが地元福岡県のご出身

宮崎美子さんが熊本県で梶原善さんが岡山県・加藤夏希は秋田県で宇津井健東京都となっておりほぼ地元衆が錦を飾るような勢いです。特に田中健さんの相談役の役は迫力ありましたです。顔役という顔の意味がよく理解出来た感じでした。

音楽も主題歌が財津和夫さんで歌が藤井フミヤさん・劇中音楽も山口洋さん(すいません初めて聞くお名前です)と地元出身で固められるという福岡の底力を感じさせます。

静岡県でこういうドラマやったら殆ど駿河以東でキャスティングされちゃうんだろうなと言うほど遠州(静岡県西部)は役者さん(役者さんに限らないけど)輩出しない無粋な集落なので郷土愛に言うと羨ましい限りです。

郷土的に言うと浜松と福岡との共通点は祭りが有名なことくらいですが、あちらは山笠こちらは凧揚げ。山笠見て思うのは、男衆と女衆の役割分担がきっちりしていていいなあと。以前には凧揚げもそういう役割分担が明確にあったのですが、近年その境界線が崩れて女衆の男女平等参画という趣に傾いています。それをよしとする風潮があるのだからこうなってるんですけどなんか違うなあと思うのですが、山笠を見てやっぱりそうだよなあという思いが新たになりました。

ドラマの中で虹子さんが書いてた記事「おんなたちの祇園山笠」を読んでみたか気分になりましたわ。ところで地方ドラマの必需品方言はどうだったんでしょう抑え気味だったんでしょうか。私でも分かるくらいですから当然セーブされたんでしょうねきっと。でもこんだけ地元出身の方を揃えられたんだから字幕覚悟での言葉を堪能したかった部分もありますです。

このドラマの中で一番なるほどなあと思ったのが、お客様を招いての昼食会で仕出し弁当の代わりに一味が料理を振舞って好評を得るというのが確かにと思いました。そういえば昔会社の掲示板で正月に謹賀新年の文字は手書きが踊ってたんですけどいつのまにか味気ないワープロの印刷文字に変わって、心を籠めたというのはこういうことかと感じたのを思い出しました。

後はもう家族のルールというか荒岩家の人々の生活上の信念ですかねえ。ジュースの分配とか食べた者勝ちみたいな味とは別のおいしそうな雰囲気とかが良かったです。

原作はほのぼのの日常の喜怒哀楽を料理にからめたほくほくになるような印象でこのドラマのような一世一代のみたいな大仰なイベントが起こるようなものではなかった感じで記憶してるんですけど、連続ドラマでこのキャストで観てみたいです。たくさんの人がそう思えばそうなるのかな。そうなって欲しいドラマです。

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*そんなも

そんなにもと言う意味。「に」が抜けたのか「に」が「ん」になってそれがいつのまにか発音しなくなったのかは私では分からない。

例文

「これいくらするのお?」

「5千円。」

「そんなもするだけえ!どたけー!」

「一点もんだでこんくらいするだあれ。」

「月の小遣い使いきりだやあ。まけてくれんかねえ。」

「まかる訳ないじゃん。なに寝言こいてるよお。」

「じゃ、つばつけとくで貯まるまでとっといて。」

「や。馬鹿っつらあ。汚いこんするじゃねえよ。しょんねえなあやあ一ヶ月待ってやるわあ。」

もちろん行きつけの馴染みでなければ成立しない会話である。言っとくが一度でもクレーマー行為を働けばこういう関係は構築出来ない。もっとも信頼関係と取るか馴れ合いと取るかで解釈は変わるが。無理が利くというのは信頼あってのものであってクレームつけるその場しのぎとは違うのは確かであろう。世の中言ったもん勝ちみたいな風潮であるがそれが総じて正しいとはどうも思えないところがありますです。

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正義の味方第8話その2

昨日何故かアクセス数ががんこありました。今日も衰えることなくいつもより多めです。で、なんで?と思ってアクセス解析見てみたら「正義の味方第8話」の記事に多くアクセスがありましたとさ。

凄くびっくりですわいな。視聴率的にもドカンときてる訳でもないし、それ以前(1~7話まで)の記事のブログへのアクセス数が多かった訳ではなかった(ゴンゾウの方が多かったくらい)のでなんで?この回だけにという思いが強いです。

そりゃ確かに痛快なくらい観てて気持ちいい回ではありましたけど。だけど流れ的にはこの紋所が眼に入らぬか!的なじじばば喜ぶ昔ながらのタイプの展開だったのですから若い世代がお気に召す手合いのものかどうか疑問なのですけど。やっぱしこういう展開は世代に関わらず日本人の不変なお気に入りということなんでしょうかねえ。

アットホームなコメディドラマに黄門様的懲らしめ要素が加わった画期的な作風であったと言えなくもないのではありますが、それがこの回は特に顕著だったということなんでしょうか。

私は原作読んでないのでネットで原作の流れを調べたりした程度なのですが、それによると姉妹を中心に描かれていて両親は殆ど出てこないらしい(違ってたらごめんなんしょ)。だとしたらこのドラマは原作はあくまで叩き台であって画面で展開されている事象はマンガとは別物という事になり、それが結果いいほうに展開してるということなんでしょうか。ただこの回の展開が原作においても描かれていたものかは知りませんが。

私のブログへの検索ワードを見ると、「正義の味方 第8話」が断然多く、次に「正義の見方」と続いています。「志田未来」でも「山田優」でも「田中好子」でもありません。このドラマのウリは志田さんと山田さんの弾けぶりにあってお二人のファンの方が視聴者の主流なのかと思ってたんですけど、原作のファンの方も当然おられる訳ですが、今回だけ急にアクセス数が増えたというのはやはり今回が特別だったということなんでしょうか。だとしたら脚本家さんの勝利ということになりますわな。役者さんのお芝居は最初っからぶっ飛びで今回特に変化してる訳ではなさそうですから。

ちなみにこの作品幾人かの脚本家さんが担当されておられるらしく、8話の担当は関えり香さんとおっしゃられる方で、作品としては映画「自虐の詩」2007年・テレビドラマでは「赤い運命・赤い疑惑」2005年のリメイク版とかがあるそうです。私には作風と言うか傾向・特徴の知識はありません。

ま、とにもかくにもこんだけアクセス数が多かったのは最近ではラストフレンズに次ぐもので、しかもこの回だけの現象ですから不思議というか不気味です。いつもは見てない人達が独特の嗅覚を駆使してこの回だけ観ようということになったのか、視聴率にひっかからない(理由は知りませんが)潜伏視聴者がこの回だけ表に現われたのか。視聴率と反響(ちっぽけな私のブログ内の話しですが)が比例しないのがホント不思議な超常現象が起こってますです。コンスタントにというのが普通で一話だけ跳ねるなんて、こんなの初めてですわ。

来週はどうなるんでしょうかねえ。

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コード・ブルーその9(第9話)

前回の終わり方からすれば当然重大な出来事の顛末が描かれる回。と、思ってたんですが想像してた以上に重大でこの回で締めれるようなものではありませんでした。

安全管理委員会で言われた「ミスは許されないそれがプロだ」という論法。

医療は別物と言われてしまえばそれまでですが、他の普通の仕事に例えるといささか現実離れした理屈に思えますです。人がやる限り完全完璧といったことは存在しないし、個人の技能でその道を極めれば極めるほどより一層の完成を目指し努力研鑽を積んでく終生ミス(完璧でない)だらけという職業もあれば、多くの人を介して積み上げられてく職業ならば伝言ゲームのようにどこかでひずみが生じるものでそれを如何に除外してならして行くかが大切になる訳で。そしてどんな職業についたとしててもクレームというものが存在して、それは客ばかりでなく利益効率追求とかいった身内からとかもと様々なところから仕事したことに対して不完全・不満足を訴えるものです。それに押し潰されていく者もいればそれを乗り越えて行く者もいる。乗り越えて行く者だけが上を目指せる社会。正直ミスはしょうがないそれを如何に切り抜けていくかが勝負というか問題だというのが普通の理屈のように思えますです。

ただ他の先生なら助かったけどこの先生にかかったから死んだんだとかなるとキツイ理屈ではありますが。

ドラマの展開に戻りますけど、助け舟を出そうとしたヘリパイロットの梶(寺島さん)に委員会側は「貴方は何回失敗しましたか?」という問いを投げ掛けて梶が言葉につまり「それがプロです」と言い放った訳ですけど。この場合は失敗は死を意味するんだからと反論されていました。その反論は小声の弱腰で表わされてましたが、あんな仰々しい場で起きてしまった事を医者という立場でないところから追求されてしまったら確かにびびりますですな。こういう場で相手方を納得させる論法なんてあるのかとさえ思ってしまいます。なにしろ相手は事故が起きてしまったのではなく事故を起こしてしまったという見方ですから。でも梶の言い分の方が正しい気はしますです。

でも結局は、エースを失ったことと、フェローと呼称される医者への不信感からくる管理責任を弁護士さんと事務長さんは問題にしていたようで、体面云々ということではなさそうではありました。もし黒田先生でなく事故にあったのが白石だったら話しは違った展開になったであろう感があります。

黒田先生(柳葉さん)の息子の一件はさすがドラマという奇遇を感じずにはおれませんでしたが、あそこまで追い詰められないと最後の方で白石(新垣さん)にぽつりと力なく吐露することはなかったでしょうからやむなしという勢いでした。

なにしろ家庭を顧みず外科医としての研鑽を重ねたのに、一番助けたいと願う人間を助けることができなかったのですから、その落胆ぶりを考えれば白石に向かって弱音(素直な感情)を吐くこともなかったでしょうおそらく。自分の事故だけだったら思うだけで口にまでは出なかったでしょうから。他意も悪意も怨みつらみもある訳じゃなくぼそっと口に出たってとこが切なかったです。「お前たちに出会わなきゃ良かったなあ。」という言葉。非道と感じる人もあるやもしれませんが私はしょうがないと納得でした。あれは責められませんて。

それにしても白石が堪ったもんじゃありません。今度の一件だけでなく自分の存在を含めた全てを批判するに至るのも誰も止められない感じが見事に出てました。このままほっといたら自ら命(存在)を断ってしまうんじゃないかとさえ思えるくらいです。はたしてどう立ち直るんでしょうか。そのままフェードアウトしたとしてもしょうがない(誰も責められない)勢いでした。このドラマとよく似た鬼軍曹と候補生の関係の「愛と青春の旅立ち」でも犠牲者ひとり出てましたし。もちろん立ち直って欲しいですけど。

さすがにこの状況で思った事をズバズバ白石に言う冴島(比嘉さん)の白石評はありませんでしたけど。どう思ってるんでしょうかねえ。あの藍沢(山下さん)でさえ自分の下した判断と行動に自信を失いつつあるくらいですから。

とにかく雨中で終わった晴れ間がひと時もない暗ぼったい回でありました。観る前からどよよんとした空気なんだろうなと思えて観るによいしょという気力を必要としましたが、観終わってみれば柳葉敏郎さんと新垣結衣さんのお芝居に惹き込まれて一気という感じでした。柳葉さんの徐々に膨らんでいく絶望感と新垣さんの死ぬんじゃないかこの人と思わせる疲弊感が凄かったです。

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*平田町

「平田町」と書いて「なめだちょう」と読む。

方言ではないのだが浜松に実在する町である。が、浜松の人間ですら地元近隣でなければ「ひらたちょう」と誤って読んでいるくらいである。

いわれとかは知らないのだが、浜松の中でも旧市内として古くからある町である。

浜松のそれぞれの町の名の由来とかが分かればそれで記事のネタに事欠かないのですがそういう知識がないのでごめんなんしょ。

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正義の味方第8話

やっぱゴンゾウ観た後でこれを観ると愉しさ倍増する感じです。暗ぼったい画柄の後のこの明快な画はホント好きですわ。最近観たテレビドラマの中で一番けっこい(綺麗)画だと思います。ホームドラマとして考えれば主役でもある中田の家も適度に生活してる汚しがきちんとかかっていてちゃんと住んでるんだという説得力がありますです。画もいいし役者さんもいいし背景もいいしと総じてレベルが高い感じがしますです。そこでコメディかましてくれてるんですから愉しいのと楽しいのと両方味わえるご馳走です。

今回の正義の味方はお姉ちゃん(山田さん)というよりもお母さん(田中さん)のようでした。微笑返しのギャグまでかまされて絶好調みたいですこの一家は全員。

今回の展開は良川家の法事。いいとこのお家らしく壮大に執り行う事となり、それを槇子に取り仕切らせてボロを出させようと言う姑の野望。それと誤解が生じてる二世帯住宅のひと悶着というお話し。

それとともにお父さんとお母さんの馴れ初め話しが初めて明かされ、これが後々に福(正義)を呼ぶ伏線になるという展開。

高校生がこんな大層な法事の仕切りが出来るんかいなとかいう突っ込みはおいといて、今までの中で一番痛快な勢いでした。一族郎党さっきまで偉そうこいてた連中がハハア~と頭下げる辺りは印籠でも出したんかいなと思える勢いでしたが、やっぱこういうのには日本人なので弱いです。爽快感を味わいましたです。

お母さんがとにかくかっこよかったです。親の顔が見てみたいと言われて啖呵まじりに私が親だと凛と宣言する辺り決まってました。それと当たり前ですが頭を下げる側もそれらしく見えないと映えないんですがそこは吉行和子さんを配す辺りはぬかりはございませんって感じでした。

この親にしてこの子ありって勢いでしたが、今回は悪魔のお姉ちゃんは控えに回った印象でした。それが不満ということではなくこれもアリだなと。さぞかしお父さんも鼻が高いだろうなと思えましたです。

本当にこの家族幸せそうです。お姉ちゃんが戻りたくなる気持ちも分かりますし妹が姉が帰ってくるのが厭だと嘆いた際「自分が嫁に行けばいいじゃん。」という理屈(アドバイス)も言われるまで気づかなかったくらい家が好きというのも分かるような気がしてくる家です。

熊子(志田さん)と陸(本郷さん)の恋?の発展については特に書く感想ないのではしょりますけど、って私志田未来さんと山田優さんのこと殆ど感想書いてないんですけど。それは「志田未来」を推す知り合いからもなんでだと突っ込まれてるんですけど、核としてドラマの軸をしっかり担っておられて誰しもが認めてるであろうと思い、あえて私(脇道好き)が書くこともなかろうかということで書いてないだけでその実力は十分認めておりますです。このお二人が映えていなかったらお話しになりませんから。と、言い訳しつつ佐野史郎さんと田中好子さんが決まってると思っている私です。

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*馬鹿んならん

馬鹿にならない・馬鹿に出来ないと言う意味。

「馬鹿に出来ない数字」だと「馬鹿んならん数」と言う風になる。

例文

「なんかしらんが小遣いいつの間にか消えてなくなるだよ。」

「しょーも無いもんばっか買ってるだらあ。」

「ふんだだこたああらすけえ。やっぱガソリンだかいやあ。」

「まあ結構馬鹿んならんでねえ。かもしんない。」

「だらあ。だで小遣い上げてやあ。」

「馬鹿いっちゃかん。パチンコ行くの止めりゃ済むこんじゃん。それか歩いてくとか。」

「勘弁してやあ。」

「腹ん出始めてるだで丁度いいじゃんそうしな。」

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ゴンゾウ・伝説の刑事その8(第8話)

眼が覚めて捜査本部に駆けつけてみれば祭りの終わった後だった。

前回はこうして終わり今週が始まる。記者会見までして一件落着。ゴンゾウ(内野さん)は再び精神世界の冥界へと引きずり込まれていく。祭りの後始末は各自任意で、佐久間(筒井さん)は母親の看護、ゴンゾウは冥界への誘いをかろうじて吹っ切って痛々しいくらい明るく振舞おうとする。

もう完全に事件は終わりをみたと思わせといての新たな展開。まだまだ底が見えない深遠な事件だったという展開。

こりゃスゲエとしかいいようのないゾクゾク感を味わいましたです。内野さんの狂気と筒井さんの怨念?らしき演技にほだされ惑わされて見事たばかられましててございます。今週の終わり方も四面楚歌の状態から真実を追い求めんとする勇者が集い立ち上がるみたいでかっこよかったです。これでゴンゾウをチーフとして日比野(高橋さん)・鶴(ユイカ)・寺田デカ長(綿引さん)の面々がスタッフとして捜査が始まるのでしょうか。

寄り道脇道迷い道と思えたことが総て繋がっていくようで、よーこんな展開創造できるなと感心の嵐ですわ。ニコラス・デカ長・誤った捜査で再び刑務所にいってしまった更正に励む青年・それを詫びる行脚を重ねる日比野。そして被害者のもなみ。今のところ繋がってないのはホームレスのおいちゃんくらいなもんでしょうか。第一話からの小さな話しが見事繋がってる感じです。デカ長の復帰の理由も猟犬の性(さが)らしく納得な道理に思えるように総じて嘘くさくないというか展開上無理矢理こじつけたみたいな強引さがない成程度が高いです。今後の新たな登場人物は日比野が探してと頼まれたお姉ちゃん。どう進むんでしょうか。

ところでデカ長(勝手にそう呼称してますけど)休職中ということはこの捜査非合法で行なわれる闇の捜査ということになるんでしょうか。

もうひとつの疑問はおとり捜査であることをリークした奴は誰だ?つまり裏切り者?は誰かということ。ドラマではゴンゾウに怨みつらみを有する佐久間であるかのような流れでしたが最後の最後で佐久間ではないような。

合ってるとは思えませんが予想としては犯人の目星は、凶器に使われた拳銃を触ることが出来て目撃者(ニコラス)の証言から若い男性。だとしたらきっちゃ店で鶴と茶ぁしてたゴンゾウを岡林(白井さん)に引き合わせたあの兄ちゃんくらいしか思いつかないんですけどどうなんでしょうかねえ。まあ、ここまで観る側の予想をことごとく裏切ってきた訳ですからこれも予想外でくるんでしょうね多分。

いやあホント面白いです。役者陣も凄くて迫力ありますし、こりゃいいもん観てるって感じがしますです。全10話らしいのであと2回どう落とし前つけるのか色々と。犯人逮捕もそうですしゴンゾウの心の闇の行方。佐久間とゴンゾウの関係や鶴や日比野の成長とか他にも色々と。

で、いつもの脱線した感想ですが、アイスクリームが溶けて滴り落ちるのが気になりました。買って直ぐに渡したのにもう溶けるものかと。それといくら保管場所がなくなったからと言っても備品係で拳銃と弾なんか保管するものかと。

あと提供が流れてるところで今週の見所みたいなのをチラリと流されてましたけど、ゴンゾウと鶴のパソコン画面見て驚く様はリアルな流れの中で見たかったなあと。そうすればもっとあの場面身を乗り出すくらい引き込まれたのになあと思いました。

追記

そういえば、真実の犯人を捜すということは周りの反対もあったように誤認したことを認めるということでヒーロー扱いされた佐久間の顔に泥をかぶせるようなもんで。はたして佐久間はどうゴンゾウ達の行動を捉えるんでしょうか。そういうとこも次回の見所なんでしょうかねえ。

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深浦加奈子さんのご冥福をお祈りいたします

今日のニュースで深浦加奈子さんが48歳の若さにしてお亡くなりになられた報道がされていました。

記憶に新しいところでは婦長さんの役が強くイメージとして残っていますが、静岡県民である私にとってはコンコルドのコマーシャルのお母さんが一番イメージとして強く濃く残っております。それ故とても身近な存在のような親しみやすい印象がありました。

年齢を超越できる役者さんで、なんにでも違和感なく演じられることのできる方と思っていたのでもうそのお姿を拝見できないのは残念であります。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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モンスター・ペアレントその10(第Ⅸ話)

ここへきてよく分からないのは、城山先生(草刈さん)が何故高村先生(米倉さん)を教育委員会での仕事を依頼したのか。それと教育委員会に関わって新しい自分を見つけたと言うのがどういうことなのか。

新しい発見については内面の問題で具体的に表に現われるものではないといわれてしまえばそれまでなのですが、価値観(仕事をする意義)以外でどう変化してるのか分かり易く提示してくれるとありがたいことではあります。

仲間意識ということなんでしょうかねえ。明確じゃないんでよく分かりませんですホント。言えることは教育委員会の面々がまるで子が親にすがるような想いで高村先生に接しているってことで母性本能が目覚めたんですかねえ。

発見といえば、どうでもいい事なんですけど城山先生の事務室、映画「ラフ」のお兄ちゃん中西弘樹の部屋によう似てましたです。似てるといえば学校の景色も「野ブタ」に似てましたです。まあ野ブタだけじゃなく落語家さんのバザーみたいなの行なわれてた会場にも似てましたです。みんな同じような造りなだけかもしれませんが。

そんな与太話しはともかく城山先生の意図がホントよく分かりませんです。最後までこの謎を引っ張る理由があるんでしょうか。それでないと障害なのか理解者(味方)なのか歯が浮いたみたいで居心地が悪いです。

今回のお話しは、学校側が一方的にやられるのではなく両者がっぷり四つという展開で、観てて気持ちよかったです。意見がぶつかり合うのと要求を押し付けるのとは違いますから。そういう意味ではこの二人トムとジェリーみたいで仲良く喧嘩しな的で厭味がなかったです。後引かないカラッとした爽快感すら感じます。それにしてもこの子はよく出来たお子さんです。教える方も教え甲斐ありそうですし育てる方も期待をかけれそうです。てっきり高村先生の不安じゃないですけどゲームセンターにはまって転落したかという展開と想像してました。そんで先生の言い分が正しいとなって親が反省してごめんなさいで一件落着かなと。

そう踏んだんですけど、寄付する。それも親の言いつけをしっかり守ってという。このまま脇道に引きずり込まれず素直に成長して欲しいものです。ということで子に親と先生が教えられという展開でありました。

今回で9話あと2話。裁判の弁護の行方と高村先生の身の振り方が残り2話で語られるということなでしょうか。それにしては次週の予告編見る限りだと新たなるモンスターペアレント登場で望月(ひらっち)危機一髪(成長記)という展開みたいに映りますけどどうなんでしょうかねえ。総てがすっきりした形で終わらないで課題も有るけど明日に向かって頑張るぞという形で終わるんでしょうか。

加藤(眞島さん)の影がどんどん薄くなってくのが気がかりな私です。高村先生が今の事務所にいられなくなって小さな個人事務所設立するって終わりもあるんでしょうか。文武両道じゃないですけどデカイ仕事と地味な仕事交互にこなすってのも粋だとは思うんですけどそれもありという気もしないでもないです。とにかくモンスターは増加の一方の様ですから。

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*怒れて怒れてしょんない

怒れてを繰り返すとこが味噌。意味的に特に述べることは無いがお決まりの言い回しというのがこの言葉の遠州弁っぽいところ。あくまで「っぽい」なので方言と言ってる訳ではないのであしからず。

憤懣やるかたない的な最上級の怒りの表現である。

似たような表現で「馬鹿怒れる」というのがあるがこっちの方は直情的と言うかカッとなった的ニュアンスで「怒れて怒れてしょんない」はムカムカといった長いこと引きずる感じである。

例文

「なに朝っぱらから不機嫌な顔してるでえ。」

「もうねえ、ホント怒れて怒れてしょんないだよー。」

「どうしたでえ。」

「コンサートのチケットゆんべちゃっと帰って買いに並んだだよお。ほしたらわしん手前で売り切れですってこかれてやあ。どショックやあ。」

「そーいやあわしも大昔ドラクエ買うに並んで買えんくてやっきりこいたなあ。」

「だらあ?もうぶつけるとこんないもんでど怒れるだよお。」

「でも今思うと踊らされてただけだで、はあどうでもいいこんだよお。」

「そんなも達観でけんわ。」

「だけん、店員とかにあたったりなんかしんかったらなあやあ。そんな馬鹿ぶしょいこんする奴ぁ嫌われるにい。」

「そこまで人間やめちゃいんでする訳ないじゃん。」

注、意味はほぼ訳さずとも伝わると思うが一応、「だけん」(だけれど)・「馬鹿ぶしょい」(とても見苦しい)

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佐鳴湖のお話しその2

日曜日に何気にテレビを見てたら、水素を燃料とする自動車の開発を追う内容の番組をやっていました。

現在水素はクリーンなエネルギーとして注目されていているが、その水素を作るために石油などが使われている。だがこの研究では化石燃料を使うことなくバクテリアの力を借りて水素を作り出しそれをエネルギーとして車を走らせようと言う試みだそうであります。

そしてその水素を作り出すバクテリアである水素菌をまず探すというところからの一からのスタートで物語が始まったのですが。

このバクテリア、酸素を嫌う性質があるらしくメタンとかが発生するようないわゆる空気的に綺麗でないところに棲んでるらしい。それでその菌がいそうな場所をリストアップして採取することになる訳ですが、その中に水質汚染第1位の佐鳴湖がリストアップされていました。

以前佐鳴湖は植物プランクトンが異常に多いだけであって汚れてなんかいないと訴える番組があった訳ですが、それとは矛盾することでありホントのとこはどうなんだろうかという興味を惹きました。

で、結果湖そのものからではなく湖近辺での葦原辺りでしょうか、そこから採取したのが培養するのに一番適していたという結論に番組では至っていて、その菌から培養し試行錯誤の上見事試走に成功するということになっていました。

結論づけるつもりなぞありませんが、綺麗な河川からは採取されないような菌が佐鳴湖では採れたというのはやはりそういうことなんでしょうかねえ。でもあれですよ災い転じて福と為すじゃないですけど本格的に水素エネルギーで車とかが動くようになれば水素を作る産業が興るということに繋がるわけで、鉱山じゃないですけど貴重な資源を佐鳴湖は有しているともいえる訳で。だからといって汚していいということになる訳じゃなくて、あくまで人工的なものではなくナチュラルな自然形態の中でそうなればいいんだろうなと思いましたです。もっとも昔はきれいであり汚したのは人であって自然ではありませんが。

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霧の日 樺太・真岡郵便局に散った9人の乙女達

福田麻由子さんが出とらすもんで、録画ではありますが観ましたです。

敗戦の混乱を描いたドラマであり、まだ全ての機械が人が動かしてこそ息をする時代のお話しです。なにをするにも人と人とが介し接する時代。

男として思えることは、戦争は絶対起こしてはならない。そしてやってしまったならなんとしてでも勝たなければならないということ。負けた方はいくら正論を唱えたところで勝者の理論が正当化されるという悲哀を味わわなければならなくなる。その悲哀は戦争する前の不利な物事よりも遥かに悲惨だということ。それをつくづく感じましたです。

主人公は通信の支えである電話通信を維持するために命を賭して職務に励むのですが、電話交換手が出る作品なんて「突入せよ!」(あさま山荘事件を描いた映画)以来の感じです。現代に生きる孫(香里奈さん)がなにそれって聞いてたシーンを挿入したくらい忘れ去られた仕事なんですかねえ。だとしたらこの仕事に尽くすことの重要性が如何に伝わるかによって観る側がなんで死を覚悟してまでしてこだわるの?という重みの比重が変わってくるような気がしますです。

そしてたとえ職務に忠実でなくとも一般の人々も逃げ惑っていた訳ですからどこもかしこも大変な惨状でありました。

それでもここに出てくるキーワードが自分だけ生き延びて「申し訳ない」という言葉。戦争で生き延びた方々が必ずと言っていいほど出てくる言葉。それだけに物凄く重い言葉です。感謝の気持ちを突き抜けて罪の意識に捉われてしまう想いというのは能天気に生きてる私のような物には推し量れないものです。

こういう拭い去ることの出来ない想いを抱いて残りの人生を生きていかなければならないのは決して幸福なことではなく、こういうことを知らない次世代に生きてる人間としては二度と繰り返してはならないと言う教えと思う以外になく。

二度と過ちを犯さぬよう「忘れぬように」から「教え伝える」に時代(世代)が移り変わっている訳で、そういう意味では知らないことばかりの人にどう見せるのかがこういう作品の課題なのでしょう。私はその中間というか知ってる(教わった)部分もあり知らないこともありといった世代なので微妙ではありますが、約2時間半という時間を集中して観る事が出来ましたです。こういう実話はおそらく人の数ほどあるのでしょうが、語られることなくそれを心の奥にしまったままお亡くなりになられる方の方が遥かに多いのでしょう。実際に体験された人が高齢化を迎えてる今それを残すという作業が大切だなと感じました。

ドラマのテーマから離れた感想としては、白石美帆さんが印象的でした。「電車男」でのすんごいキャラからきりりと背筋がピンと伸びた役までこなされて幅の広さを感じました。向井理さんは二枚目俳優と謳われた三浦友和さんの若かりし頃を彷彿とさせる感じです。だらしない親を反面教師として育った瑞枝(福田さん)というのもなんとなく無理してるというかつっぱって正しく生きようとしてる感じが出てて切なかったです。遠藤憲一さんも迫力ありましたです。こういう人についていって果たして大丈夫なんだろうかとついつい思わせてくれました。それだけにその最後は唸ってしまいましたです。

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あんどーなつその8

国営放送の朝ドラといいTBSの人情劇とい、看板背負ったような別の意味で重たいドラマで実績をこの若さで着実に残せる役者さんみたいですしほりんは。

ただコメディでの抜群な間でのセリフ回しがこういう作品では影を潜めてしまうとこが淋しいといえば淋しいところではあります。

冒頭のお婆ちゃんに手を差し伸べるシーン。初回でもありましたけど躊躇なく行く所が凄いなあと。いらんこんだと余計なおせっかいみたいに言われて人が親切にしてやろうと思ったらこうだもんってな具合で気分を害することが現実社会ではよくある小さな親切ですが、おそらくなつならわたしゃまだ若いと迷惑がられてもそりゃ良かったって喜べる人なんだろうなと思えてきます。

「無駄口叩いてないで手え動かせ。」という親方の言葉。私もよく言われる言葉で耳が痛いす。もちろん職人じゃないですけど職場の和と作業効率は必ずしも同じ方向を向いている訳ではないのですが、長いことここでやっていこうというのなら私は「手え鈍っても無駄口叩く」主義で生きてます。

ほんで福井ですわ福井。縁がありありってか。ちりとてちんのDVD馬鹿売れしてるそうでその熱覚めやらぬ間に再び福井に降り立つなんていう設定はいささか出来すぎやらせ過ぎって気もしないでもないですが、原作も福井なんだからこれはもう運命のお導きとしか言い様の無い偶然の一致でしょう。なんかドラマとは関係ないところで感慨深い感じです。さすがにTBSとNHKとは因果関係がないので新たに名所を散策させられてましたけど、本音を言わしてもらうなら観光案内はしょって欲しいとこではありました。

にしてもさすが泣きのしほりん。おばあちゃんとの久々の再会のシーンはただそれだけなのに元気だった頃との違いに驚いたり(それだけ久し振りだったと気づいた)自分のことを気遣ってくれることに涙したりで、ついほろりとなってしまいました。去り際の後姿も後ろ髪引かれる「惜別」が漂っているのを振り切ってというようで、ホント上手いですこの人は。これだけで一話作ってくれても良かった勢いです。福井の言葉でなかったとこはちと残念でしたけど。

そして浅草ではかしましい女衆の話しに尾びれがついた噂話でおかみさん(風吹さん)がやけに嬉しそうにはしゃいでる辺りが印象に残りましたです。ホントに好物なんだろうなと思えてきますです。よく出来た人でもさすが下町、こういうとこが人間臭いって感じで親しみが湧きますです。

いまひとつの流れは跡継ぎ。なにがいいのかなんて分かりませんから自分のやりたい道を進むにしても親の跡ついで汗流すのも、こういう親子の軋轢は観戦するのみであります。まあテーマが明日を作る若者の立場は違えど覚悟と決意ってくくれば繋がってるんでしょうけど決して目新しい展開には思えませんでしたです。むしろ結婚に失敗したお姉ちゃんがなつの姿見てもう一度やり直そうというのを描いたほうが里帰りして気合い新たななつのひと仕事って感じの勢いで主役が立ったかなと思える私です。

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*教わる

教わると書いて、共通語は「おそわる」と読むのだが遠州弁では「おしわる」と読む時もある。

「おせわる」という言い方は無いが、「教える」を「おせえる」という言い方は存在する。

ごくごく稀に「おしょわる」と言う人もいる。「和尚背負ったっつっておしょわった」とかしょんない語呂遊びすることも出来る。

例文

「そんなやり方誰におしわったよお。」

「なんでえなんか変けえ。」

「他の衆とやり順違うで、組んでやる時えらかないか。」

  (他の人とやり方の順番違うからコンビ組んでやる時やりづらくないのかい。)

「まあよーゆわれるけど。」

注、「誰におしわった」の部分。「に」が「ん」に遠州弁では変わることが多いがこの場合は「誰んおしわった」にはならない。「誰んおしえた」(誰が教えた)ならありうるけど。

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太陽と海の教室第6回

バックに流れる音楽が不思議ちゃんがいかにもいそうでプチ神秘的空間を煽ってる感じがします。そして後半はサウンドオブサイレンスと。結構凝ってます。熱血だけど熱血らしく見せない織田さんもなんかいいですわ。とにかく聞く耳をしっかり持ってそうなところが魅力です。含蓄ある説教もありますしね。

で、善い事言う櫻井先生(織田さん)ですが、不思議と皆の前でなく凛久(北乃さん)に向かってってのが多いような。今回成程なと思ったのは、赤ん坊は何故生まれてくる時泣いて生まれるのか。それはこの世に生まれてくるのが厭だからという真由(前田さん)説を覆し、自分はここにいるんだと言うアピール(心の叫び)だと。いまひとつは昔は出来たけど今は出来ない。何故?受験の追い込みだから。順番が逆。何それ?出来るか出来ないかの前にやりたいのかやりたくないのか。この二つでした。

本題は不思議ちゃんの助けての声に反応しての誕生日おめでとうでありましたが、ドラマからは大分脱線して誕生日とはなんぞやというつっこみを。

身内でもない人が人の誕生日を祝うのは何のため?という疑問。祝福して欲しいという願いを叶えるということなんですけど。年齢をひとつ重ねたことが目出度いのか、この日に生を受けたことが記念として目出度いのか、単に祝う動機付け(イベント)なのか。

女性は記念日には細かいということでこれを忘れると薄情者としてののしられることになるのですけど、果たして何を祝ってそれに対しておめでとうと言って欲しいのかとなるとよくわかんないでさあね。野郎同士は大体が年齢を重ねた事に対してあっさり目出度いで済むんですけど。女性に対しては個人差はあろうかとは思いますが幾つまで歳を重ねることを寿げ(ことほげ)ばいいのやら。

とまあ、わからないままおめでとうを放ってる私です。無論面と向かって私はこう祝って欲しいと言う人なぞ現われることはないのでしょうけど。

で、話し戻しますけどこのドラマ途中の何気ないセリフに成程なあといつも感心するんですが何故か決めのセリフというか先生ついてきます!と生徒に言わしめるヤマ場では成程感が薄い気がしてきます。養女になってからこのかたずうっと顔を描けない状態が続いたのを打破すべく行動が、ヘルプの声にきっちり反応してレスキューする。そして放つ救いの言葉が誕生日おめでとう。誕生日は生まれた日を祝うものでなく両親と子供が始めてであった記念の日なんだという教え。

申しておられる事についてはなんの異論もないのですけど、これで十数年間積み上げられた心の壁を壊すことがホントに出来るんかいなという疑問が湧きますです。こういう家庭不和でのよくある解決策のパターンなら、

その1、「どこほっつき歩いてたんだ心配したんだぞ!」と言って本気で殴る。その真剣度に目覚めるかのように「ごめんなさい」と呟く子供。

その2、ポーズで自殺を図るも誤って本当に傷を負って生死を彷徨ってしまう。そして気づくと病院のベッドで寝ていて、どうやって死なずに済んだかというと親の内臓を分けて貰って九死に一生を得て「あいがとう」。これで血の繋がった親子となって災い転じて福となした。

ってな感じですけんど。さすがにそれは打破してる冒険心を感じますけど見事決まったというような完成度には感じられませんでした。もちろん私なんかに打破する策など思いつきもしませんが。

でもあれですよね、こういうSOSを感知して反応出来るのは先生しかいないわけですからおそらく今までずっとSOS出しててようやく出会えたというのは幸せなことでもありますわな。これが同級生だったらたとえ感知したとしても、他人に救いを求めてるなんて甘えてるんじゃないの?みんな多かれ少なかれ苦しみを背負って生きてきてそれでも自分で解決してきてるんだからあんただけ人にすがるのは卑怯で根性なしだよと言いそう。社会に入れば脱落してく者なぞよくいる光景であいつ悩んでるなと感知したとしても仕事の成果を求める為に集まった集団ですし代わりはいるのですからこりゃ駄目だなで済まされてしまう。親とか家族は近すぎていえないことの方が多いし。悩むのは学生時代というのは正解だとは思いますです。やり直しもへったくれもないですからねまだこれからと云うかこの後ですからホントの人生は。

最後の北乃さんのナレーションは何かを予感させる雰囲気出ててよかったです。はたして誰が「死」と向き合うことになるんでしょうか。それは事故か故意か自殺かというのも含めて余韻たっぷりでした。

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*上手く

方言かどうかは定かではないが、「上手く」(うまく)と書いて「じょうずく」と言う。

「じょうずい」だと得意という意味でも使われる場合がある。

例文

「じょうずくやらんとかんにい。」

  (上手くやらないと駄目だよ。)

「わかってるって。まかしょう。」

  (わかってるって。まかせろ。)

「って、ほい!ばかっつらあ。ゆってるそばからへぼこいてるじゃんかあなにやってるよお。」

  (ってなんだよ。言ってる最中に失敗してるじゃないか。なにやってんだよもう。)

「わるいやあ。わしじゃあできんかったわあ。」

  (ごめんね。俺じゃあ無理だった。)

「じろさこういうのじょうずいでぇじろさ呼んでくりゃよかっただかいやあ。」

  (じろうさんこういうの得意だから、じろうさんを呼んでくればよかったのかなあ。)

「今いんにい。」

  (今いないよ。)

「じゃ結局しょんなかっただか。」

  (それじゃあ結局こうなる運命だったのか。)

「そういうこんにしてやあ。」

  (そういうことにしてよ。)

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Tomorrowその8

番宣とかで見る菅野美穂さんとこのドラマで観る田中愛子を演じてる「菅野美穂」がイコールに見えてしょうがない私です。この作品以前ではタレントとしての顔と演者としての顔はもっと明確に異なって映って見えていただけになんか不思議です。もっとも全出演作品観た上で物申してる訳ではないですけど。

役者さんて芝居をされる時のテンションとバラエティに出ておられる時のテンションが異なる方が多く、バラエティでの姿が人前に出てる以上素であろう筈もなのですがそういうテンションを切り変えるアクセルワークの加減とギアの段を多く持ってる方がいい役者さんなんだろうなと思ってました。それにテンション高めな演技される人ほどバラエティとかインタビューではシャイであったりで180度ひっくり返るくらいの勢いがお芝居するのには必要なのかなとも思っていたので。

そういう点でいくとこれはどうしたことかと。始めの1・2話辺りはがんこ気合い入っていていつもの決して大仰ではないんですけど気を抜かない全力な「菅野美穂」という印象でしたけど、回を重ねる毎に余分な力の抜けた自然な印象になってきた感じです。それで今は番宣で映される演技されてない撮影現場での菅野美穂さんとカメラの前で演技されてる「菅野美穂」の違いが私では区別できないくらいに感じられるのです。ケラケラとした解放的な笑い方が共通することから受ける印象でしょうか。

で、どっちが好きかと云うと今の方がいい。以前のいつも一所懸命で糸が張り詰めてるような緊張感を強いられる感じに時として思えるのよりも、そういう緊張感が失せてる今の方が落ち着いて観れていいです。今日も今日とて屋上で吼えまくっている元気印の愛子という役なのに何故かそう思える私です。前だったら「あ~疲れた」だと真剣に疲れてるんだと分かるという感じだったんですけど今は疲れただけじゃなく気が抜けた状態で心が休息してる感じが付加された風に映りますです。

で、まあ今回の展開は師長の病気によってバラバラになりかけた皆の心がひとつにまとまってさあ頑張るぞというお話し。付随して大人の恋(愛?)も描かれてましたけどまあそれは私得意分野じゃないので。

それにしても、もう8話。全10回ということらしい割には病院再建に向けての前進が見られたとは思えず残り2話でどう決着つけるんでしょうかねえ。国会議員さんはなんか妖しげな動き見せてるようですけど。

主題とは関係ない話ですけど、「まこと」って女の子だったんですねえ。気づきませんでした。そう思って見たら綺麗な子だと思えてホント都合のいい私です。それまではうっとおしいガキンチョだと思ってた癖にねえ。

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33分探偵その3(第4話)

お気楽と軽薄は違うわけで、そういう意味ではこのドラマ非常に微妙な線上に位置する感じです。もちろんライン引きに明確な基準がある筈もないでしょうから見る側の判断に負うことになるのですが、ひょうひょうとして難題をクリアしてくのがお気楽で難題を茶化して正面から当たろうとしないのが軽薄だとしたら、少なくともこの探偵さん正解は導かないけど真面目には感じられるのでお気楽という範囲だと解釈しておりますです。もちろんその難題とは33分持たせるという他愛のないものですけど。だんだんと馴れてはきましたけど。

で、今回はテレビ局の裏側ネタということで、今やってるドラマのセットネタかましたりして興味深かったです。今日に限ってはよくぞ33分持たせると言ったと拍手しましたです。持たせ方はしょぼかったですけどその他が面白かったのでこれもアリなんだろうなという気分です。しょーもない推理のアイデアを思いつくというのも大変なんだなと思いました。

出て来たネタで私が分かる限りでは、踊る大捜査線・太陽と海の教室・めざましテレビ・ロス:タイム:ライフで樹里ちゃんが出てた回での喫茶してたフロア・ガチャピンとムックなどでしょうか。

人気女優さんが馬鹿がばれたら困るでしょというフレーズは自虐的ネタでなんか笑えました。殆どの方が幼い頃から始動を始められてるお方ばかりのその道一筋の専門職でしょうから一般常識(学校で教わる事)とかは多分不得手でしょうという比喩なんでしょうかねえ。

犯行現場のナスカの地上絵(多分ハチドリ)もどきは寸足らずというかスペースに無理があって随分無理してる感が魅力的でした。奥に描かれていた円形の図はなんだったんでしょうか。

妄想の事件の模様シーンでは玉避けるのにマトリックスしてたし。

背景のポスターとか張り紙も気なりましたけどあれって全部嘘っこの作り物でかためててどこまで暇人なんだこのスタッフはと思わず賞賛してしまいました。

濱田岳さんのまる5日寝てないADってのも笑えまた。ここまでくるとお芝居と言うよりコントに限りなく近いですけど。水ぶっかれられた時バケツが頭に激突してたんじゃないかと云う風に見えたんですけど芝居続けた辺りはスゲエプロ根性だなと。それにしてもADというポジションってホント人間扱いされてないんですねえ。当たり前のように見下されているのが当前として映ってます。これからポジションアップして周りの態度がどんどん変わっていかれるんでしょうけど。人間不信に陥らないんでしょうかねえ。人間辛抱だを地で行く感じなんでしょうか。

それにしても水川さんのはしゃぎっぷりは凄かったです。行くとこまで逝っちゃってる感じで、もう死語ですけと正しくいかれポンチそのもでした。芸能人に出遭えてハイになってるという状況がよく表現されてるとは思いますが、後何回あるのか知りませんが回を重ねるごとにテンションが上がってるようで。この上がり方で最終回まで持つのかいなと心配になっちゃうくらい飛ばされてます。

毎回必ずのお約束ネタについては他がインパクト強かったんであまり印象として残りませんでした。

よく分かんなかったのは、高島・中野アナウンサーとのバドミントンしてる意味とディレクターだかプロデューサーさんが話しに出ていてしかも探していたにも拘らず結局登場しなかったということ。

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*信じれん

共通語だと信じることが出来ないであるが、遠州弁では信じられないと言う意味になる使い方もする。どこが違うんだという突っ込みもあろうが。若干「嘘でしょ」というニュアンスも含む悪い意味での感嘆の言葉。

例文

いきなり大声を出す母親

「うっそだあ!もうー信じれん。あんたなんちゅうこんするよお。」

  (嘘でしょう!もう信じられない。あなたはなんてことしてるの。)

声を聞きつけてすっ飛んできた父親

「なにひゃあひゃあゆってるよー。」

  (なに騒いでるんだ?)

「この子ごきぶり口に入れようとしてるだよぉ。」

  (この子ごきぶりを口に入れようとしてるの。)

「そりゃかんなあ。腹こわいたらおえんて。」

  (そりゃいかんなあ。腹壊したら大変だよ。)

「だらあ。だでちゃっと止め入っただよお。もう何度いっても聞きゃあせんで嫌。」

  (でしょう。だから急いで止めたの。何度も注意してるのに聞かないんだから。)

「そりゃ猫だで無理だらあ。」

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