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チーム・バチスタの栄光

映画館で観た時、面白いなあと思い、帰る道すがら余韻を引きずって帰れました。で、DVDが出て改めて観てみると気づかなかった伏線というかヒントがいたるところにあって、こりゃ非常に練られてたんだなあと再び感心しましたです。繰り返し観て愉しめるんですからやはりこれはいい映画です。

キャラクターが皆濃いのでそっちにばかり気が行ってたと始めに言い訳しといてですけんど、結末知った上で観ると、劇中で田口(竹内さん)がもっと早く気づいていればというセリフもむべなるかなという勢いで私がいかに鈍感(細かいとこ見過ごしてた)かと思い知らされたような親切設計の展開でした。ネタバレ書いてもしょうがありませんのでどこがどうとは記しませんけど。それに犯人?探しのお話しでもあるのでどのシーンで役者さんがどうのこうので良かったというのも記す訳にはいきませんから茫洋とした感想に終始しますです。言えることはお話しも面白かったけど役者さんも面白かったし迫力あったってことです。

最初竹内結子さんのほにゃっとしたおよそ医者らしくない空気感(茫洋感)を漂わすお芝居と、登場からして胡散臭い阿部寛さんの濃いキャラとで、これはコメディかと勘違いするくらいの勢いでした。事情聴取してるくらいまではこれはサスペンスでも推理でもないコメディだと。緊迫した手術のシーンとかもあるのにこんな能天気でいいのかいなと思えるくらいにやけて観てました。

それが山口良一さんの登場以降緊張感が増してきてどんどんシリアスな展開に引きずり込まれていきました。しかも一旦決着がついたかと思わせといての最終決着に至るまでの変遷がサヨナラゲーム観てるようで呆然でした。このトリックは専門家ならではであって素人では絶対思いつかない展開です。まさに餅は餅屋の仕事振りです。

メッセージ性が強い訳でもなく普段見たこともない異次元の世界にトリップする訳でもないのですけど後味が悪くないし着実に日常の世界とは離れることが出来るのでシンプルに娯楽として嗚呼愉しかったといえる作品でした。

私はそう思えたんですが、原作が小説でベストセラーを題材にしてるわけで、しかも作者の方が現役のお医者さんだということらしく。どうもテーマは「謎解き」ではなく「医療」にあるらしいので私の感想は親(作り手)の心子(視聴者)知らずなのでしょうおそらくは。

繰り返し映し出される手術シーンは下手するとど素人なんかが観たら飽きる惧れもあるのですがそういうこともなく緊迫して観れたというのは迫力がホントあったってことなんでしょう。皆さんの役作りの成果ということなんでしょうか。

制作にテレビ局(TBS)が関わっているので、直ぐにでなくても我慢してればそのうちテレビで放映してくれるだろうから節約の意味でもDVD買うのどうしようかなとは思ったんですけどついつい観たくて買ってしまいました。

監督さんが映像化困難といわれた「アヒルと鴨のコインロッカー」を映画化した監督である中村義洋さんなのでそのインタビューとか入ってたらいいなと思ったのも買った理由なんですけど、ほんのポチっとでちと淋しい。でも両作品ともヒットした原作を叩き台にして組み上げられてる訳で文字で読み手がそれぞれ構築しているものを俺と違うと思われずに魅せるかという難関をクリアされてるその極意が僅かながらも窺い知れたのは良かったとこであります。それは他の人がどう見るかということではなく自分がこの原作のどこに面白いと感じたかということを追い求めるという姿勢になるほどなと。強引な表現ですけど、良い意味で読書感想文を映画としてるんだろうなと思いました。

他の映像特典とか地味でしたしオーディオコメンタリーもないしと、おまけで得した感は薄いです。でも医療のアドバイザーとして本物志向で正面から役者さん達も含めて全員が取り組んでいたというのは伝わってきますのでおちゃらけた空気感が現場には存在してなかったようですので愉快なオフショットとかなかったのは致し方ないのでしょう。

まあ、単純に映画を愉しむなら買って損はもちろんないいい映画ですけど2枚組みの豪華さがあるかというと左程でもと感じるので微妙ではありますが4700円(税抜き)というのは納得の範囲内であります。スタンダードだデラックスだとかで2枚組みで6000円台ってのも中には平気でありますから。そういうのに比べればね。正直言えば3000円台が理想の価格帯ですけど。

映画で気になったのはあんだけ普段ほげっとしてる人がソフトボールになるとキリリとするもんかいなとその変身振りが不思議かなと。後、思い違いなんでしょうけど黒人の少年にしては体が黄色人っぽかったかなと。それと最後の対決はなんだったんだろうかという素朴な疑問。まだなんかある(用がある)ということなんでしょうか。まあこれがあるから音楽とも絡み合って気持ちいい余韻で生まれるんですけどね。

それにしても難しいですねトリックというか推理物の作品の感想書くのは。原作見てから映画観る人にしてみればネタバレもへったくれもなくむしろ各シーンでのああたらこうたらを人が実際に動くとどうなるのかの感想を細かく書いたほうが判り易いでしょうし、なんの予備知識もなく観ようとするなら得意げにネタバラシしてその時の役者さんがどうだったとか書いても余計な雑音でしかないでしょうし。ホントのこと思えばそれぞれのシーンでの役者さんのやり取りや演技が魅力的なんで書きたいところですが、私も他の人のネタバレのブログとか読むとしらけたりしますので。

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いらっとさせるらしい

クレームの要因として多い理由が「接客態度が気に入らない」。そういう理由で何様だお前と思えるようなクレームをつける輩が多いらしい。

物の言い方だと、関東辺り(全国的にか)では語尾に「~なんでえ」とか「~ですからあ」とかがつき、尚且つ語尾が上がると聞いてるほうは大抵ムッとくるらしい。

そう考えると、遠州弁は基本語尾が上がる特徴がある。しかも「だもんでえ」・「じゃん」も使う。関東圏で遠州弁駆使するとあいつの態度はなんだと必然的に突き上げを食らうと言うことである。親愛の情ととるか馴れ馴れしいととるか喧嘩売ってるととるかでエライ違いはあるがそこのところが関西弁のような全国公認の方言として通用しないところなのであろう。

確かに基本遠州弁はため言葉なので、年下のガキに遠州弁丸出しでしゃべくりまくられるとムッとする時がある。同じ遠州人でさえそう思える時があるのだから他所の衆らには尚更なのであろう。

そういう風に遠州人自身もいらっとさせるらしいという自覚はあるので、同じ遠州人同士でも他人行儀の関係では遠州弁は使わないようにしている。

だもんでえ(なので)他の地域の人が遠州弁耳にすることは普通はない筈。もちろんイントネーションとかは直らないけど少なくとも本人は共通語を話してるつもりではいる。筈。少なくとも私もそう心掛けているつもりだが何故か書き言葉にすら遠州弁が乗り移っているらしく、時々私の書き込みは他の読み手の方にいらっとさせるらしい。自覚がない分始末に終えないのだが言い回しというか文法が違うのであろうか。どうも意図が確実に伝わってないらしい。ま、私個人の資質の問題でもあるんでしょうけど。

ということはともかくとして、遠州弁覚えて得することの利はかように少ないのではあるが、昔ながらの表現がまだ生きている旧式な日本語という側面も若干はあり、暇つぶしにはなると思われる。繰り返すが遠州弁憶えると異性にモテるとか云う効能は全く無いし、関西弁みたく空気が和む訳でもないし廣島弁ほどかっこいい(勇壮という)訳でもなし、古文に強くなれるかと云うとそれほど古くも無いのであくまでも暇つぶしにしか過ぎない。

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コード・ブルーその8(第8話)

物凄いとこでぶった切って次週へと続く辺りはよくぞ引っ張るものよと感心する次第で。正に正夢。あれは予知夢かと見まごうばかりの展開でありました。冒頭のシーンでは以前の事故現場を思い出していたのかなと想像したんですが夢でした。夢と分かった時点で恒にそういう不安と格闘してるんだろうなと思いました。夢判断なんざ私が出るはずもないので勝手にそう思っただけですけどね。

で、まあ、その後いつもの日常になって騒々しい家族に振り回されてく訳で、その時点ではあの夢は白石の憂鬱の描写かなと。緋山(戸田さん)は合コン行くって気張ってたし、それぞれが溜まったストレスをどう捌くかと言う回かなと思ったんですわ。じいじは手に負えないしガキンチョはこまっしゃくれててうざったいし。

話し外れますけど、私こまっしゃくれたガキが嫌いです。扶養家族の癖して生意気こくのは家族だけにしろと。よそ様にまで家にいるかのような態度をとるものじゃない。自らの力で生きてる人間とため口利くのは十年早いと、つい親はなにやってるんだと思ってしまいます。まあそう思わせる役どころに見事にまんまとはまっている訳で子役の女の子が上手かったってことになるんでしょうけど。

それで話し戻しますけど、緋山は合コン止めて藍沢(山下さん)は珍しく助けたいと漏らし皆に囃したてられ、白石は手術の同意書への署名をぐずる母親を自らの感情を吐露することによって信頼を勝ち得てと何のために医者やってるのかという問いに答えを見つけつつあるんだろうなと。

そう思わせといてのヘリの出動での夢が現実にの出来事。事故の最前線に行けば事故に巻き込まれる危険性も確かにある訳で(まあ実際に現場に直にヘリ降りれるような広いとこなんてそうはないでしょうけど)。わずかばかりでも答えと勇気を見つけ出したばかりで、そのヤル気が空回りの勇み足をして災難に遭ってしまう所を黒田先生が身代わりになって事故に遭ってしまう。その光景がまるで夢の中に出てきた光景と同じであり、尚且つ自分のせいでという罪の意識に捉われて呆然とする白石。

普段から恒に不安と闘っている白石(新垣さん)が、こともあろうかかような仕打ち(試練)を受けるとは。弱り目に祟り目じゃないですけど傷口に塩塗るような出来事でありました。さすがにこういう状態で冷静でいられたら嘘だろう?と思えるので初めてヘリの乗った時の心が復活してもむべなるかなという感じです。何やってるんだと叱咤出来る奴はさすがにいないでしょう。黒田先生(柳葉さん)ならできるかな。

ま、夢に見たことを知ってたのはきっちり振られた森本先生(勝村さん)だけでしょうから黒田先生はここまで不安と毎日闘ってるなんて気づいていなかったかもしれませんので、単純に医者としての資質という観点から「駄目だこりゃ。」という判断に至ってるのかもしれないですよね。

どちらにせよ、自分のせいでという負い目を確実に負った白石に冷静でいろと黒田先生が言えるとも思えないし痛みでそれどころじゃなかったでしょうからお互い成り行きになすがままで藍沢と緋山の到着を待つまで殆どなにも出来なかったのは責められないのかもしれません。さて、これによって現場に共にいた冴島(比嘉さん)は白石をどう評価するんでしょうか。「やっぱあなたには無理。」っていうんでしょうかねえ。白石は立ち直れるんでしょうか。

前回の訴訟の一件。三井先生(りょうさん)の想いが通じたのか取り下げということで一応の決着を見ました。ですがお墓参りのシーンを観てると一生重い十字架を背負っていかなくてはならないみたいで切なくなりました。一体そうまでして医者を続ける心の支えと言うのは何なんでしょうか。それが見つかった時にフェローと呼ばれる4人が一人で任せられる一任前(一人前)と呼ばれるお医者さんになるってことなんでしょうか。技術もそうなんですけどここまでくると精神論の世界のようです。結論は「人情味に惑わされずに待ってる人がいる限り気合だ気相だ気愛だあ!」(スタッフの気が合う・患者(相手)の気を読む・患者を慈しむ)ってことに行き着くんでしょうか。その根拠を診せて欲しいところではあります。

ここまで展開が緻密だと役者さんがどうのこうの愛でる暇がないくらいストーリーを追っているので余裕ぶっこく暇ホントないんですけど不安定だけど逃げないみたいな役に新垣結衣さんは適役だと感じます。決して強気じゃないし打たれ強い風にも見えないんですけど辛抱が似合う感じです。もちろん役者さんとしてのイメージであってご本人がそう見えるといってる訳ではありませんのであしからず。それと小さなことでも幸せでお腹満腹に感じられそうで、野望なぞもってなさそうなガツガツしてない印象もありますです。

対照的に山下智久さんが野望を現実化するために努力する姿勢とそのための努力を厭わない役がはまってる感じでその色味の違いが面白いところでもあります。

この回で好きなセリフは緋山が合コンに行くのに白石を誘わないことについて「当たり前でしょう。外でまであんたの顔見たくない。」というセリフ。

仲がいいとは思ってませんが食事の際は同じテーブルで食事してるし、同じ女子という事で多少の理解はし合ってるのかと思っていたんですけど。こんなドライでいいのかしらんと思ってしまいました。もしこれが普通の仕事(職場)だったらということは差し引いても面と向かってそんな事言われた日にゃあ付き合いづらくなるだろうにと思うんですよ。病院という職場は戦士の顔を必要とする遠慮会釈のない戦場なんでしょうかねえ。まあ緋山の性格に拠るものでしょうけど、馴れ合い不要ということですか。お医者さんや看護師さんとかは自分が病気になっても自分の勤めてる病院での治療を敬遠するという話しを聞いたことがあるような。人としての顔と医療に関わる顔は全く異なるということなんでしょうか。病院で逢う顔を見ると医者のスイッチが入っちゃうってことで落ち着けないんでしょうかねえ。それとも仕事をうまくやっていくというのはお互いの力量を遺憾なく発揮することであって弱いところ(ひとりの人間の素の部分)は見せないことだということでしょうか。普通の職場みたいに弱いところは誰しも必ずあるもので、それをお互い慰めあっていこうという相身互いの想いってのがないんでしょうかと。普通だったらどういう奴なのか知っといた方が絶対仕事一緒にする上で有利ですから。ま、深読みどころじゃない脱線妄想気味の余韻を感じたセリフでありました。

冴島にも以前駄目出しされたり緋山にもつっけんどんにされたり入院したおかまさんにも注意されたりと、白石って女性にモテナイ人なんですかねえ。無論これは蛇足な感想です。

ひとつよく理解できなかったのは、手術の同意書への署名を躊躇する人なんかいるのかということです。意識不明の惧れもあるし回復も明言できないが手術しなければ死ぬと言われて混乱してるとはいえ、はいそうですかよろしくお願いしますと言えない人がいるのかということ。ドラマ上白石の成長を促す結果を導き出す為にぐずるという事が必要だったのかもしれませんがなんかすっきりしない後味でした。

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*よ その1

「着よ」だと「着ろ・着なさい」と言う意味。

「しろ・しなさい」だと「しよ・せよ」となる。

「させろ」は「「さしょ」。「やらせろ」は「やらしょ」。

共通語では命令口調だと「ろ」となるところは遠州では「よ」を使うということである。

「よ」という表現は共通語では「見よ」がまだ残っているという古い日本語であろう。従って方言と言うことではなく古い言葉が残ってるという部類に入る。

より遠州弁っぽくするには「よを」とするとらしくなる。「着よを」(着なさい)。

「着よう」の略形ではなくあくまで命令口調である。蛇足だが「着よう」の遠州弁は「着まい・着まいか」である。

例文

「やあ、くるってんでおとなしくここに居よ。」

  (はしゃいでないでここで大人しくしてなさい。)

「知らんとこ来とるもんでくるってるだらあ。」

  (知らない場所に来て興奮してるんじゃないの?)

「はた迷惑んなるだで我慢覚えさせにゃかんらあ。」

  (周りの迷惑になるんだから我慢することも覚えさせないと駄目だろう。)

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正義の味方第7話

いつもは、硬派なゴンゾウ観てからくだけたコメディの正義の味方のギャップを愉しんでる身としては片翼で楽しさ半減なんですが、それでもやっぱし面白かったです。コメディーに徹しているとこが好感持てるところです。

姉(山田さん)の悪事悪巧みってのがなんなのかイマイチ分からないのではありますが、それぞれのキャラクターが堂に入ってきた感じで安心して無防備で愉しめますです。嘘くさい登場人物ばかりなのですが皆生き生きしていてリアルに生きてる感じがして何故か身近な感じが湧いてきますです。

妻を娶らば才長けて見目麗しく情け無しでビミョー!と言う感じの姉でありますが、旦那にとっては良妻なんでしょうかいまのところ。大きなヤマがあるとすれば地に戻った(猫かぶりに飽きた)時にこの二人の関係がどうなるかってことでしょうかねえ。それでも関係性が崩れなければ良かった良かったでハッピーエンディングを迎えることになるのでしょうか。

お気に入りのキャラは野上課長(徳井さん)。悪意の無いお調子者で人畜無害なすっとぼけ具合がお気に入りです。

お父さん(佐野さん)も相変わらずお気に入りです。最近憩いの場でソフトクリーム舐めるシーンが観られないのが残念ですが幸せそうに生きている姿にほっとしますです。娘に五郎と呼び捨てにされても意に介さないおおらかさも魅力であります。

お母さん(田中さん)。当初置物かと思ってたんですがこの親にしてこの子(姉)ありというのがよく分かる感じになって参りました。お姉ちゃんの理解者がお母さんで妹の理解者がお父さんと言う構図が板についてきました。しかもお母さんにぞっこんなお父さんだからお母さん似のお姉ちゃんにもぞっこん(いい意味で)という二派に分裂しないバランスの良さを感じます。お母さんの頂き物のお返しの辺りのやりとりは面白かったです。それにしてもお母さんの存在は大きいです。ホントお父さんもそうなんですが不満らしい不満もなく毎日を謳歌してるようなおおらかさというものに憧れます。

今回は嫁と姑の戦争勃発という展開でありましたが、その前に。やっぱ姉は料理出来ないんですかね。前回の最後は料理振舞ってて妹が「お姉ちゃん料理できるの?」って驚いてたと記憶してたんですけど錯覚だったんですかねえ。それともめんどくさいからやらないだけなのか。

で、戻りますけどどうみても姑の負けというか子離れできない母親という表現が適切ですな。おそらく誰が見てもこの勝負嫁の勝ちだと思うでしょう。それをどう面白おかしく決着つけるかということなんでしょうけど。置いては捨て置いては捨ての応酬がとてもスピーディーに描かれていてその繰り返しが増えていくと共にファイトのゴングへの高鳴りが増幅していくのが手に取るように感じられて。いざゴングがなるやの妹を間に挟んでの言い合いが徐々に売り言葉に買い言葉でエスカレートして言って最後は妹邪魔とばかりに押し倒し直で言い合う辺りはナイスファイトと拍手したくなりました。もちろん対戦相手も強豪でなくては名勝負として成立しませんから姑(山口さん)も分が悪いとは言えさすがでした。

てっきり今回の正義の味方は駄目犬がどうにかなるのかと思ってたんですけど、良川家の家庭不和(次男と父)を解消させるという展開は意外でありました。これでますます姑は孤立無縁化してくわけで姉にして見れば一石二鳥という形でした。

二世帯住宅については来週のひと悶着の火種らしいので書く事無いんですけど姉は家族が好きだというのは確かなようです。そういうとこが可愛らしいと思える要素なんでしょうかねえ。

それと、全体的に映像が綺麗ですよねこのドラマ。出演されてる山田さんとか志田さんとかが着られてる服がとても色使いが華やかなというせいもあるんでしょうけど照明とかの色味がとても自然に見えますです。フジテレビは青味が強くTBSは白っぽいのが特徴に感じるんですけど日テレのカラーがこうだとしたら私的には日テレが一番タイプです。それだけに山田さんの茶髪の色が飛び気味で違和感を感じたりもしますが個人的な好みの問題なのでぶーたれるほどではないのかもしれません。けど公務員(官僚)という役柄考えると黒い方がらしく見えるんじゃないかとは思いますです。直紀が洗濯物干してるところからお父さんが干してるシーンに切り替わる辺りは「最初が肝心」のビフォーアフターみたいで将来の直紀と槇子の関係を予感させるようで順調に亭主手なずけ計画が推移してると思わせます。テンポもよくて間延びしないしゃきしゃき感が観てる側も槇子に振り回されてるように思えてきて痛快ですわ。

音楽的にもバロック調なものもありバリーション豊かで場面転換のバックアップとして効いてる感じです。テーマ曲も耳に残るようになってきました。

ただ始めの方でも書きましたが、姉の悪事悪巧みってのがよく分かりませんです。仕事もテキパキこなすし。猫被ってるということが悪事ってことになるのなら世の中悪人ばかりってことになります。一体なにが悪事悪巧みなんでしょうか。買い物ついでに部屋の掃除片付けを頼まれてもいないのにやってしまう妹ですから口で言うほど姉を嫌ってるわけでもないでしょうに。姉のいいところはめんどくさいことは妹に押し付けるけど肝心なとこも含めてどういう時でも決して逃げない姿勢というのがいいところであって、そういうところが爽快に思えてきます。

悪党に映らないのは「山田優」という役者さんの力によるものかもしれませんです。妹役は志田さんではまりですけどイメージは多少違っても他の方でも成立しそうですけど姉役は山田さん以外だと確かに悪いと思えるのでしょうか。でも主役を愛すべきでなく悪党としたら引いてしまうような気がするのでこの人しかいないって気がしますです。

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*かっさらい

草刈の鎌のことを指す。場合によってはどぶさらいの際の鍬のことを指すこともある。

最近は電動が主流で、首にタオル巻いて麦わら被ってかっさらい持ってひいこら言いながら草刈する人を見なくなった。

例文

「庭ん雑草こらしょと生えてるだであんた刈ってやあ。」

  (庭が雑草だらけになってるから草刈してちょうだい。)

「休みん日ぃくらいのんびりさしょうやあ。」

  (休みの日くらいのんびりさせてよ。)

「そいじゃなに?仕事の日に早起きしてやってくれるだか?」

  (それじゃあなに?仕事の日に早起きして仕事行く前にやってくれるの?)

「分かったよ。ホント人使い荒いだで。で、かっさらいどこやっただあ。」

  (分かりましたよ。本当に人使い荒いんだから。それで鎌どこにあったっけ?)

「納屋入って右ん奥。やぶ蚊んけっこういるで肌出さん方がいいにい。」

  (納屋の入って右の奥。薮蚊が一杯いるから半そでとかじゃない方がいいよ。)

「こんくそ暑いだに長袖着よって?」

  (このくそ暑いのに長袖着ろっていうのか。)

「汗こらしょとかけるでダイエットんなるにい。」

  (汗たくさんかけれるからダイエットになるよ。)

「ダイエット必要なのおれじゃなくておめえだらあ。」

  (ダイエットが必要なのはお前の方じゃないか。)

「いらんこんゆうじゃない。早くしんと怒るにい。ホント黙ってりゃのんべんだらりでなんもせんだで怒れるぅ。」

  (余計なこと言わなくていいの。早くやってよ。もう言わなきゃ何にもしてくれないんだから。)

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*ほうけえ

もちろん包茎といっている訳ではない。ああそうなの・そうかいと言う意味。語尾を上げれば疑問形となる。

男女共用の言葉なので遠州弁知らん衆だと女子が包茎と聞こえて抵抗感があるらしいが、繰り返すが包茎ではない。もちろんそう云う事を意識(誤解を招く)はしてるから若い女子はよほど気が弛まないと使わないが子供や年季の入った女性は気にせず使うことがある。代用としては「ほ~お」(語尾は上げる)・「そ~お」(語尾は上げる)・「そうけえ」とかがある。ただし若干疑問(懐疑)的ニュアンスを含むデメリットがある。

男は普通に使い、女子に向かってほうけえと連発しても別にセクハラなどではない。

例文

「今日は天気もちそうだなぁやあ。」

  (今日は天気もちそうだね。)

「ほうけえ。にしちゃあ道ん濡れてるのは気のせいだか。」

  (そうかあ?それにしては道が濡れてるけど気のせいか?)

「はあ止んでるし、じゅるくもないで通り雨だらあ。だでもう降りゃせんて。」

  (もう止んでるし、ぬかるんでもいないから通り雨だろう。だからもう降らないって。)

「天気予報っつうのは見ん人?」

  (天気予報は普段見ないの?)

「ヤン坊マン坊もソーセージおじさんもここんとこ見んなあそういえば。」

  (そういえばテレビはここのところ見てないなあ。)

「ちったあ見といたほうがいいに。予報じゃ今夜だあだあだって。」

  (少しは観た方がいいと思うよ。予報だと今夜大雨だって。)

「ほうけえ。そりゃまずいなあやあ。」

  (そうなんだ。そりゃまずいなあ。)

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モンスター・ペアレントその9(第Ⅷ話)

いやあ今回は見応えありました。どんどんエンジンが掛かってきたような感じです。これを観れたことは自慢できそうで鼻が高いです。オリンピックに浮気しないで良かった。

三浦役の佐々木蔵之介さんが気合入るとすんげえ迫力で惹き込まれるもんだと改めて思い知らされたような感じです。

で、話しの展開ですが、予想裏切られっぱなしでホント先が読めませんでした。芸能人の娘に勉強はいらないという親。それを如何に説得するのかと云ういつもの押し問答集なのかなと思っていただけに意外でした。どこが意外かと思えた事由を列記するならば。

*教育委員会に勤務しているという立場だからまさか感情であのような行動起こすとは。

*三浦(佐々木さん)の過去がかように壮絶であり、尚且つモンスターペアレントと言う言葉に今まで過敏な反応していたのは正義心からではなくて過去に自分がそう呼ばれていた体験者であるからという理由。

*二度目の親御さんへの説得が功を奏し一件落着かと思わせといてまさか次があるとは。

*しかもその次が警察沙汰にまで発展するとは。

「壮絶」と言う表現がピタリとはまる感じでした。でもいくらなんでもこれでこの一件はさようなら三浦さんでとりあえず落着な筈も無いのでしょうから次回に至らないと下手なこと言えない感じがしますです。とにかく凄いストーリー展開です。脚本の勝利でもあり佐々木さんと佐藤二朗さんの役者力の勝利との合わせ技と言う面もありそうです。このインパクトはラストフレンズ越えたかタメかいい勝負です。

なので本流の話しは来週観てからで、以下は脇道に逸れてどうでもいいような事をば。

城山先生(草刈さん)何考えてるのかイマイチ不明です。元は学生時代の悪友の頼みを聞き入れ教育委員会への弁護士派遣を高村(米倉さん)に命じたのですが。彼女なら仕事の片手間くらいにお茶を濁してやるんじゃないのかと考えて指名したのか、冷徹な感じさえ受ける高村を弁護士として成長させるきっかけとして新たなる視点を学ばせようとしたのか。その答えは大事な会議すっぽかしたツケを払う来週判るんでしょうか。成績が下がったことを非難したりしてましたからおそらくは前者なんでしょうけども。

今回の事例は高村にとって初めて事前の資料を提示されての活動だったように思えます。今まで何も知らずとにかく現場に行って対策を構築すると言う後手後手に回ってる感じでしたから。過去の同様な事例とか知った上で戦略を練らないと勝ちは薄いような気がしますです。裁判とかでも過去の判例とかに基づいて傾向と対策を練るじゃないですか。だからなんか今までになく手際のいい感じで保護者を説得した風に見えました。

まあ結局は親が努力を一部放棄して問題教師に付け入る隙を与えてしまいかくなる悲惨なる結末を迎えたので親を過大評価した分完璧とはいえませんでしたけど。

考えようによっては過去の事件を警察とかがもっと真摯に耳を傾けていればこのような事件が起きることはなかったとも言える訳で。そういう意味では暗躍して握り潰した弁護士とかは正義の味方ではなく依頼者の味方に過ぎないなんだかなあということになる訳で。もちろん地位も権力も人脈も組織も眼には眼をで弁護士にすら頼らずなにもかも独りで背負うという行動が三浦の敗因を招く結果になったので自業自得といえなくもないですけど。

それに放って置いて第二の犠牲者が出て大事になれば仇討ちも出来るんじゃないかと、小生意気なステージママさん見てるとそう思ってしまったりなんかして。一応芸能人でしょうからなんかあればマスコミがここぞとばかりに飛びつくでしょうから闇に葬るなんて無理でしょう多分。勉強不要とのたまうモンスターペアレントと子供を食い物にする変態教師共倒れでブラックな意味でめでたしめでたしなんじゃないのかと。

まあとにかくどう決着つけるのか来週が愉しみですわ。これで変態教師が教師として復帰するようならば完敗ですからね。三浦には勝ち目があろう筈もなくそれでもこの後どうなるのかとか。

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あんどーなつその7

原作のマンガでは安藤奈津は20歳という設定らしい。じゃあそれを演ずるしほりんは何歳かというと22歳と相成り。それにしてはとても落ち着いて見えて27・8かと勝手に想像してました。考えてみれば主人公の割には殆ど外面(そとづら)での行動に対する想いばかりで人としての内面(うちづら)が描かれていなくてドラマのなつは幾つかなのかさえ知らずに観てました。

もっともよそ様のお宅にどやどや上がりこんで宴会の準備始めちゃうくらいプレイバシーが希薄な社会の中で生活してるんでおちおち仮面を外せない部分があるのかもしれないから大人びた雰囲気にならざるを得ないのかもしれないですけど。それでも今回はなつ自身の話しがありましたです。同い年の人が出てきた時の多少緩めな物言いが普段張り詰めた環境の中で生活してる雰囲気を醸し出してます。

なつのお母さんはなつを生んで直ぐに天国へ召されたそうな。おばあちゃんっ子で歳は原作と同じ二十歳。以前からの情報は福井から上京。兄弟はいるのかしらん。お菓子の道を目指した動機は?最終目標は?とかまだまだ良く分からないなつです。

世話役というか人と人のこじれを仲介して丸く収める他人が住む町。面倒見がいいというだけでなく片寄せあって生きているから助け合わないといけないのかもしれないです。お金が全てじゃない人達だからその商売は決して貪欲なものではなく分相応の収入で暮らしているのでしょう。つつましくという表現の方が適切なんでしょうけど。銭の為に生きていないから清さを感じたりもしますです。町全体が家族ということだそうで。なつもおかみさんにいい事も悪い事も報告相談してて隠し事を持たない共有することを当たり前のようにやってます。住み込み始めてまだそう絶ってないのにこの順応性は時代が遡っていやしないだろうかと思える程現代からかけ離れた絵空事のようにも映ります。

で、この回は芸者さんのご登場。もう殆ど毎回観光案内と化しているようでもあり、菓子パンでもタイアップされてるようですのでなにかとお忙しいようで。

しかしよくよくじっくり見ると今回の主役はおかみさん(風吹さん)でなつは休題閑話でした。浅草に帰りたいと助けを求められその仲介に奔走するおかみさん。なかなか言い出すタイミングを掴みきれなくて、困った困ったでした。思案を巡らし困惑する様が上手いなあと。

それはともかく結局は直に仲をとりもつ正攻法ではなく世間の噂話という外堀から攻めが始まる搦め手はよけい意地張り守りを強化させる結果となる。男衆はというと、女衆の話しだからとなにもしないが一番と見守る想い。男衆と女衆の役割分担というものがきちんと存在していてそれぞれなにをすべきしなければいけないのかが判り易いけじめのはっきりした社会のようです。お話しは無事落着したようですけど、こう言う苦労を買って出る人を周りがきちんと感謝する空気感が心地よいところです。たとえ上手くいかなくてもきちんとその苦労を周りが見ていて、それをねぎらう心が栄養源だと思えます。

それと今回の雪解けのきっかけは思い出の品(お着物)最後の決め手はもちろんお菓子でしたけど。物を大切にするということはそれにまつわる想い出も大切にすると言うことで、エコだ何だのと言う前に受け継ぐ心というのも宝物なんだなというのが伝わります。

ものすごい地味なドラマで刺激的な要素なぞないのですが、人として生きてくために何をすべきかを身近に教えてくれるようで、なにかと耳が痛い話しばかりではありますが接していたい感じにさせるドラマです。親方との関係だけでなくおかみさんの存在がこのドラマを暖かいと感じさせる要因でしょう。風吹ジュンさんががんこ映えた回に思えましたです。

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太陽と海の教室第5回

あんどーなつも太陽と海の教室もリアルタイムでは観れなくて録画した奴を観ているのですが、さて、どっちを先に観たいかと言う欲望のままに見る順番決めるとこちらを選ぶ私です。やっぱ若さに惹かれるのかしらむ。まあ青臭い部分はありますけど今回は面白かったです。谷村美月さんてこういう月明かりの中が映えるかのような内面的葛藤の表現させたらはまる人だとつくづく思いましたです。言葉は悪いですが不憫だけど一途こそが報われなくても幸せというのが似合うなと。今回は無事一件落着でしたけど。どうも「魍魎の匣」の儚さとわたしたちの教科書の法廷でのシーンの印象引きづったままなんでしょうか私。

先週の文学的なほどの情緒的な恋を演じていた二人からのお話し。

のっけから、なんで無駄でしかない知識を詰め込む勉強をしなければならないかという深淵なる問いかけ。わかっちゃいるけどやめられないという皆してるから自分もしなくちゃ落ち着かないという群集心理からみんな勉強してるんでしょうけど。具体的な進路があってその為に有益な知識を習得するならいざ知らず。

自分がなりたいものがただの妄想なのか現実可能なのかというよりもなにになりたいという目標すら掴めずに、とりあえずなにかと有利な大学へという公式なんでしょうな。自分の将来を先延ばししてるだけで何の解決にもなっていないのは確かです。オリンピックに出るにしても芸能人になるとしてもそういう人達は才能を認められるということもありますけど早くからこの道と決めて生きてく結論を導き出してる人達でしょう。結論(道決める)を先延ばしにすればするほど遅れると言うハンディを背負うことになるのではないのでしょうか。

人によっては目標(成績)に向かって努力精進する経験こそが重要なのだとのたまうこともあり。それも否定する根拠はございません。

はてさて櫻井先生(織田さん)はその批判ではない疑問にどう応えるのでしょうか。答えるのではなく応える。こういうのは自分で見つけないと実にならないものですから。

理事長(小日向さん)は「学校は現実にあわせるための場」社会が学歴重視である限り将来の選択肢を増やすことが出来るために良い大学に送り出そうとするのは間違ってはいない話です。

本当のことを知ってしまった羽菜(谷村さん)は学年トップという本当に賢い人のようで。しかし知った(悟った)動機というのが動悸の高鳴りというのはなんざんしょ。ひとつしか選ばないというのはそこまで純粋じゃ生きてけませんてマジな話し。所詮妥協と協調の連続ですから。想いのままに生きてく野生児は駆逐されますって。周りの環境からの抑圧(制限)と自身の可能性への挑戦は必ずしも一致するものではありませんし。

とかなんとかいっときながら、好きになった相手(冨浦さん)は小市民。恋は腫れ物所詮一時の気の迷いか。冷静に考えれば想いを受け止めてくれる器量なしという感じ。それにしても極端な描き方でしたあの態度の変わり方は。ま、ドラマとしては非常に分かりやすくて。爽やかな笑顔だけど鼻毛が出てるとか朝起きたむくみのある顔なのににこやかにいつもどおりとかと一緒なんでしょうか。まあ相手に過度の期待を持ってるってことで一緒なんでしょうね。

それでもそこはドラマ、きちんと翻意して仲直りしてられました。いくらでもやり直せる年代ということなんでしょうか。無為に過ごした私へのあてつけと取れなくもないとこですな。

で、櫻井先生の応えはどうだったかというと「ハチドリの一滴」。いやあ聞き入ってしまいました。こんな説得力があって押し付けがましくなく心に沁みる長セリフびしっと決めれる「織田裕二」スゲエ!とゾクゾクしてしまいましたです。兄貴分という立ち位置はホント安心して観てられます。同じ目線だけど年齢が上の分生徒よりも先を行ってるって感じでしょうか。これで生徒がタメ口なんか利いたらなめられてるってことになって白けるんですけど。そこはきちんと迫力出てますから。

「宝物」の為に「99%の無駄を厭わない」辺りはちと理想論というか目的意識(なにになりたいのか)の欠如の迷走する者にも勇気を与えてしまうのでどうかなとは思いますが、実際目の前で講釈ぶたれたら多分感激してしまうんだろうなという勢いでありました。「宝」ならどんなもんでも追いかけることもええじゃないかといってるようでもあり、明確に「宝」とはなんぞやという理屈が欲しかったとこではあります。ビジョンを持たないことには求める旅にも出られないんじゃないかと。せめて未来予想図は欲しいですな。

さすがにええ歳になるとかように鵜呑みにする事は出来ませんですが、この時代に出会ってたら間違いなく感化される大人であることは間違いないとこです。後はお前たちが自分で考えろって突き放し方がでさっぱり風味で義理人情に過激に走らない(適当な距離を置く)とこがアメリカンで好みの分かれるとこかもしれませんが台風の目というか修復・補修するんじゃなく一度壊してから再生する感じは爽快ではあります。

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*みえみえ・めえめえ

見栄見えと書くと見栄が見え隠れしててえげつないと読める。

だけど見栄と見得は見えの借字だそうな。

きちんと書きなさいといわれたら見え見えになるのだろうけどなんか味気ない。

そんな「みえみえ」遠州弁だと「めえめえ」と言う人が結構多い。

例文

「やるこんこすいだよ。ホントみこ良くしたくて魂胆馬鹿めえめえだでやらしい。」

  (やることが狡いんだよ。本当に心象良く見られたいって魂胆みえみえでえげつない。)

「そんなこんいわすとお。仲良くしてやんない。」

  (そんなこと言わないで仲良くしてあげなよ。)

「わしにゃあ横柄だでやなこってえ。」

  (俺には態度が横柄だから御免だね。)

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*ぶるさがる

ぶら下がると言う意味。

さすがに「ぶら下がり健康器具」とかを「ぶるさがり健康器具」とは言わないが、「ぶらさがり健康器にぶるさがる」とは言う。鉄棒とかでは当たり前に使う。「ぶらさがる」との使い分けは厳密にはないので個人的な憶測であるが、自然な物とか最初から吊り下げられてるような場合には「ぶらさがる」で自分を含めた人が意図的にぶらさげた場合には「ぶるさがる」を使うことが多いと思っている。

例文

「やあ、ぶるさがってばっかいんで回るかなんかせろやあ。」

  (ねえ、ぶら下がってばかりいないで回るとかなにかしなよ。)

「懸垂する筋力もないし逆上がりもでけん。ほんだで健康のためにぶるさがるっか能んない。」

  (懸垂する筋力もないし逆上がりもできない。だから健康の為にぶらさがることしか出来ない。)

「ええ歳こいて逆上がりもでけんだ?小学校ん時いざりででけるまでやらされんかっただけ。」

  (いい年して逆上がりも出来ないの?小学校で出来るまで居残りでやらされなかったのかい。)

「やったってでけんかっただもんでしょんねえらあ。」

  (居残りでやったけど出来なかったんだからしょうがないだろ。)

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Tomorrowその7

全10回ということで、そろそろ着地点が見えてくる頃かなと穿つ7話ではありますが、さすがに急速に加速し始めた印象がありますです。

森山先生(竹野内さん)と仙道(岸部さん)は地道に人は石垣人は城とばかりにお医者さん集めに奔走するも感触イマイチ。遠藤先生(緒川さん)は黒幕にせっつかれて後が無いとばかりになりふり構わず計画を推し進めんと活発化し、それを支えんと共に行動を起こす副市長(陣内さん)の啖呵まじりの強引さ。

展開それ自体は古典的な印象を受けますですが、王道というかハズレなしなのと竹野内さんの役者力でグイグイでしたです。どういうとこが古典的かと思ったかというと手術で協力者が一人増え二人増えそしてみんなで一致団結してという辺り。市民病院を潰そうとする者が市民病院の有り難さを実感して心が揺れるという展開。ま、さすがにこれについては涙ひとすじで済ましてこれはこれそれはそれというお約束通りにはならなかったですけど。とにかく手堅いと言うかおおそうくるかとかいう意外さを用いないで来てる感じであります。

だとしたら今後の展開もなんとなく想像できそうな気はするのですが、遠藤先生のお母さんの存在と院長の座を約束されることのメリットがまだよく判んないのと、基本悪党はいないと言う世界なだけにどういう形で丸く収めるのかとか、想像できそうで出来ないとこではあります。遠藤先生が撤退して去っていくのか巻き込んで市民病院として繁栄していくのか。

絶対ありえない展開を想定するなら、頑張ったけど再建駄目だったら別天地で再スタートするとか、遠藤先生のお母さんを森山先生が治して遠藤先生が感謝して考えを改めるとか。ホワイトナイトが突如現われて市の財政と病院経営難を一気に解決するとか。じゃホワイトナイトって誰?ってことだと今まで一度も登場していない市長であったり、黒幕の国会議員さんが思いっきりスキャンダルとかでこけるとか、とんでもない名医が大学での抗争に疲れ果てて森山先生の勧誘に乗って市民病院に余生を求めてやってきて、その噂を聞きつけて患者が大挙押し寄せてくるようになるとか。市民が署名運動とかの働きかけをして専門病院になるのを阻止するために立ち上がるとか、別の町興しになるような企業誘致とかに成功してお荷物ながらも維持できることとなったとか。

などという全て他力本願に近い展開で絶対ありえない展開ならこうかなと。著名な作家がこの病院を褒めても良い方向に進まなかったんだから地道な草の根運動なんかじゃ動きそうも無い感じがしますです。逆にありえる展開想像しちゃってその通りにドラマの展開が進むと白けちゃうのでそれは止めといて後出しで「やっぱりなそうくると思ったよ。」なんてしったかぶりこくことにしますです。

それにしてもこのドラマやけに身内が倒れるドラマですこと。愛子の妹・航平の右腕・遠藤先生。そして次回の予告編では師長(エドさん)と。働きすぎってのも一因としてあるんでしょうけど多いのは確かです。

ま、そんなことはともかく今回のテーマは「目の前に居る患者を助ける」それが医者として当たり前。だけどモヤモヤとガヤガヤでその想いを忘れて浮き足立ってしまったことに皆が森山先生の姿を見て気づくということでした。初心忘るべからずということなんでしょうか。シンプルに困っている人を助けて「ありがとう」と言われる事はお医者さんでなくても気持ちのいい事です。ましてや痛んでいる人を救えるなんてうらやましいを飛び越えて尊敬の領域なのですから。やはりお医者さんは尊敬されるべき職種ですわな。みんなそういう想いで医療を目指されたんでしょうからこの言葉「目の前に居る患者を助ける」は効くんでしょうね。

この回は仙道(岸部さん)の存在がやけに印象に残りましたです。遠藤を助けようとしない片岡先生達を無言ながらも翻意させようとする後姿とか、最後辺りで副市長が独り言のように仙道に病院の未来を呟いていたシーンで、なにか言おうとした時に手術が終わって、言いそびれたのか呑み込んだのか分かりませんが副市長になに言おうとしてたのか気になったとか、でしゃばらないけど裏方としての深みがありましたです。

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*どこんみてものいってるよお

どこを見てはなしているんだ。つまり誰に向かって・どういう立場で言っているんだと言う意味。まあ方言というわけではないが比較的遠州ではよく使われる表現かと。

女性の顔とかを見ないで胸見てる邪まなときとかにも使われるがそういう場合は「なにみて物言ってるよお」又は共通語的に「なにみてんのよー・どこみてんのよー」となるので使い道は異なることの方が多い。

例文

「こりゃあれでえの。ネジんとこばかになってるで買い替えだの。」

  (これはあれだね、ネジが駄目になってるから買い替えだね。)

「あんたあ馬鹿嬉しそうじゃんかあ。直しゃ済むだらあ。買う金だってもったないだでねえ。」

  (なによお凄く嬉しそうじゃないの。直せば済む話しでしょうに。買い換えるなんてお金もったいないじゃないの。)

「直らんてこれじゃあ。買い替えだの!こいつぁ。」

  (いや。これは直らないよ。買い替えしかないってこれは。)

「どこんみてものいってるよお。いやらしい。自分の小遣いで買うならとんじゃかないけど。じいじにねだるなんていやらしいことするじゃないに。おじいちゃんも真に受けちゃかんでねえ。」

  (誰に向かって云ってるの?えげつない。自分の小遣いで買うなら構わないけど。おじいちゃんにねだるなんて図々しいことするんじゃないよ。おじいちゃんも甘やかさないでよ。)

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33分探偵その2(第3話)

今回ついに真犯人を当てた。推理したと言うより当てた?当たった?

こう言う展開だとそれなりに起承転結のメリハリがついて面白いなと思えます。レボリューションにはついていけないおっさんの私ですからそう思いますです。

まあ、お約束ギャグのオンパレードでそれを毎週どうバリエーション変えて見てる方の予想を覆すことをするのかなというお愉しみもあるんですけど。で、お約束と思えた点を述べると

探偵事務所の入り口で水川さんが押し売り?というか訳分かんないもの売ろうとする人と押し問答する。で、結局口車に乗せられて使ってみてその感想を言う。

コーヒーの入れ方。

有名な推理小説のトリックのウンチクを語る。

移動の際の車の乗り方。

各人の個性的(パロディまがい)な聞き込み。

鑑識と情報屋からの情報集め。

まあ他にもあるかもしれませんが、これだけお約束詰め込んでたら33分持たせれるよなぁと思います。でもアイデア勝負ということなんで最終回まで続けられるのか。今のところ訪問販売と鑑識が面白いです。

しかしなんでしょうねこの感覚。天才バカボンのキャラクターを変えた実写版という印象がありますです。それぞれてんでバラバラなコネタギャグをひとつのドラマの中に入れ込んでしまう強引さが魅力的というべきでしょうか。

脚本と監督さんが同じ方というのも俊敏性が生まれやすいというか変化への対応性が広そうな自由度(融通度合い)があるように思えます。

とにかく最近意外性(見たことも無いもの)を追求するかのような作品が多い中でワンパターン(お約束)の中でのバリエーション(変形)を追求してるようでかえって新鮮ではあります。

空気的には時効警察に近くも思えたりするんですが、あちらは推理の組み立てだけは真面目でしたがこちらはそういうものさえコネタ満載で茶化されてるのが大きな違いでしょう。だけどなんとなく近いものを感じはしますです。多分細かく眼を凝らしてみたら些細な小物やチラッとしか映らないものにもネタが仕込まれてるのかもしれません。

推理した甲斐の結果さえ伴えばこれは面白いのかもしれませんです。だって罪も無い人を疑うだけならまだしも追求するのはされた方にして見ればいい迷惑以外の何者でもないですから。散々いろんな人犯人扱いして他人に迷惑をかけるのはやはりギャグの世界とはいえなんだかなあと云う気がしてくるんで。

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