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この夏いろいろ

暑さが異常なのか体力が落ちきったせいなのか分からないけど、とにかくこの夏は耐え忍ぶに厳しい日々の連続であるのです。とても出歩く気力なく、映画館への道のりの遠いこと。家にいてもだるく気力なくDVD観賞する精神力もなし。今まで自分は寒さが苦手で北海道や東北とかには絶対棲めないなと。そんかわし南方だったら生きてけるだろうとたかをくくっていたのですが。無理です。訂正します。渡り鳥はひとつの環境に順応できない根性無しと思ってましたが今その気持ちが理解できるようになりました。避暑に行きたい気分です。

話しががんこ飛びますけど、夜、窓にガツンガツンとなにかがぶつかる音が2・3日前からしているのです。蛾とかが部屋の灯りに寄せられてというのは毎年のことでどうということもないあえて書くほどのことではないのだけれど。そんなレベルの音ではないのです。カナブンとかが突進して窓にぶつかる音に近いけど音量がもっとでかい。一体全体なんなのだろうといぶかっていたのですが答えがでました。カブトムシでおました。角が立派な漆黒の奴。気合とそのとんでもないパワーで突貫してましたです。そしてついに部屋の中に進入成功されたのですけどその苦労を無にするように追い出しました。その際カーテンにしがみつかれおうじょうこきました。でもあれですよね、私田舎者と名乗ってますけど文化的にと言う意味であって、まあまあの地方都市でん十年生きてますけど、浜松市ドーナッツ現象促進施策による立ち退きでここに引っ越して十年ほどですけど、ここは決して自然に囲まれた環境ではございません。なのでカブトムシが部屋を闊歩してるなんて生まれて初めての経験ですよ。どう考えてもこの地域はカブトムシが成育できる環境とは思えないのでこれは近くの子供辺りが買ってきたものが逃げてきたんだろうなとしか思えませんわ。次の日の朝方どっか行ったかなと思って小狭いベランダ覗いたらまだいました。以前ヒヨドリ用に出しておいたままのカビたりんごにしがみついていました。ネットで調べたら餌としてはバナナが良いということで試しにくれると食いついてきました。夏休みの宿題という呪縛からはとうの昔に解放されてる私ですが、暫く観察してみようかと。

で、またまた話しがどがんこ飛びますけど、ついにオリンピック開幕。でも私夜空に一瞬輝く豪快な打ち上げ花火のようなその瞬間目も眩むほど大きく光り輝き儚く消える凝縮された淡い世界よりも派手さがなく見映えが悪くとも継続し続けるものに快を感じるタイプなのでそれほどワクワクしておりません。というよりむしろドラマとかが脇に押しやられるようでなんだかなあという心持です。否定するつもりは毛頭ございませんが願わくば時間延長することなく定時でドラマが見れるよう祈るばかりです。それとこういう時だけ日の丸や君が代を都合よく奉る光景もなんだかなあという思いです。選手の皆さんには尊敬の念を感じますが、こういう時だけ騒ぎ勝手に期待する周りが盛り上がれば盛り上がるほど白けてしまう天邪鬼な私です。もちろん昼間やってる高校生の部活の数ある種類の中のひとつなのにこれだけ特別扱いされてる球技とかも傍観で、今年の夏はなにかと色んなものに耐える毎日が例年以上に続きますです。

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*おぶさる

おんぶされる・背負われるとか言う意味。つまりおんぶする側ではなくされる側の状態を表わす言葉。方言と言うより古い言い回しが遠州に残っていると考える方が自然か。

逆(背負う)の場合は「おぶう」・「おぶす」という。共通語だと「おぶる」となるらしい。

例文

母「はあしんどいだらあ。おとおちゃんにおぶさんな。」

子「まだいけるでええよ。」

母「無理しんでもいいに。」

父「頑張れ。わしもその方が助かる。」

母「あんたなにゆってるよを。ふんと、うちの男衆だらんしない。」

父「普段誰かさんにこき使われるもんでね。」

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*しめぼったい

なんとなくそこはかとなくじめじめ・じとじというような感じの意味。遠州独特という訳ではないが「ぼったい」の使い方の頻度が高いのが遠州の特徴か。

「くらぼったい」(薄暗い)・「やぼったい」(野暮臭い)・「いやったい」(なんか厭)などと同様の言葉。不快感が籠もるので意思を端的に示すにはけっこう使い易い表現である。

昔は熱帯魚専門に扱ってる店に入るや否や眼鏡が一気に曇った記憶があるが、温室ハウスでイチゴ狩りに行った時もなったっけ。こういう場合に「しめぼったい」は使うけれど

今は冷房ガンガンに効いてる店出るとそうなる。ただ外気が湿ってるんじゃなくて中が乾燥してるからだろうからこういう場合には「しめぼったい」とは言わない。

例文

「なんかしめぼったいやあ。」

「しょんないらあ梅雨だで。」

「廊下の方なんて湿気てるとかいうレベルじゃあないらあ。どっか雨漏りとかしちゃいん?」

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コード・ブルーその6(第6話)

病院での仕事にもどうやら慣れてきて、そろそろ各個人の今に至る経緯とかが語られる展開になってきました。

もっとも藤川(浅利さん)はもう描かれてましたけど、今回は藍沢(山下さん)と冴島(比嘉さん)の二人でありました。

藍沢のおばあちゃんの話しは、無償の愛情を限りなく注いでくれた人から「どなた?」といわれる切ないどころの騒ぎじゃないつらい展開から始まりました。その殆どが記憶を持たない症状でありながらその異常とも思える行動が全て愛情の継続によるものというのは泣けてくるお話しでした。泣くのは好きじゃないというか女性の方は泣いてすっきりするリフレッシュ効果があるという方もおられるらしいのですが私にはそんな効果ないので明るい未来の見えない悲しみとかは泣いてたまるかと思うタイプなのではありますが、山下さんの演技観てたら不覚にも泣きそうになりました。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、泣きそうになったのは物語の展開にではなく山下さんの演技によるものですから。藍沢というキャラクターが冷酷無比であるがゆえにその心の壁が葛藤しながらも瓦解してくように眼が赤く充血してく様が見事だったということです。

それにしてもその光景を盗み見とはいいませんが思いもよらず目撃するって展開、最近のドラマってこういう展開多いような気がしますです。人を介して人を知るという仲間のいうことを信じるというよりも自分がこの眼で耳で捕らえたものしか信用できないみたいで人と人の関係性の気薄さを感じたりもします。

この後の展開は描かれるんでしょうけど、究極の選択が待っているのでしょう。人生の後半そのほぼ全てを自分の為に費やしてくれた人の恩に報いる手段はという。医師の道は一旦遠回りしてでも今度は自分の番だと介護して恩を返す。介護を他人に任せ医師としての階段をひとつでも多く駆け上がる。どっちを選んでも正しい行いと思えますけどどちらも心には後ろめたさは残りますよねえ。どうつけるんでしょう藍沢は心の決着を。

そしてもうひとつは冴島の過去。末っ子ということで要望や期待とかで束縛されることなく自己の裁量に委ねられ自由に育てられた。親が偉大で上の兄弟も期待通り。別に悪い話しじゃないようですけど、ご本人はそれが不満のようで。過度の期待は抑圧で押しつぶされ、本人の思うがままにのびのびと育てても期待して欲しかったなんて、それじゃ親はどうすりゃええんじゃいってことにはなりますわな。まあ少なくとも親のすねかじって生きてるごくつぶしには育っていないんだから立派に育って決して親の責任じゃないような気もするんですけどね。境遇(家庭環境)的には白石(新垣さん)とよく似ていてひがみ根性の多少混じったライバル意識というのがありそうですけど。そんな冴島も今回お手柄を藤川に譲るという心境の変化が見られました。きっかけはフジテレビじゃないけど何を以ってそういう心境に変化したのか、田舎の期待の星という自分の実力より遥かに重たいものを背負って逃げずに留まっている藤川だからこそなのでしょうか、。それとも譲った相手が誰であれ同じであったのか。純粋に力量を認めている藍沢にも多分同じだろうなとは想像されますけど白石と緋山(戸田さん)に対してはどうなんでしょうかねえ。それとも候補生を見る眼が変わったのではなく本人そのものが変わったんでしょうか。だとしたら何がきっかけで?

このドラマ若き男女の成長記の物語で、恋愛感情とかが存在しない純粋さがあるから見ていて気持ちいいですよね。男女混合でもこういう硬派な作品作れて評価も高いというのは良い事だと思います。森本(勝村さん)先生だけ軟派してますけどまあそれはご愛嬌ということで。

その他の枝葉の展開としては、緋山の担当した親子でありますが、正に「子はカスがいい」という趣がありましたです。直ぐ人のせいにする。炊事洗濯など家事全般女性のたしなみが何一つ出来ない愚娘の行く末を心配する親でありましたが、あんなんでも可愛いというのは過保護すぎないかいと育て方に疑問を感じてしまい、緋山ほど神妙な面持ちにはなれませんでした。もっとも今はこの風景が普通なのかもしれませんけど私にはちょっと・・と言う感じでした。

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正義の味方第5話

水曜日は結構帰るのが楽しみです。その理由のひとつがこのドラマ。妹とお父さんのお互い苦労が絶えないねえというお互い様な関係が魅力なんですが、今回はお姉ちゃん(山田さん)ががんこ百面相ぶりを発揮されていて見応えありました。百面はオーバーとしても一体何面相だったんでしょうか。ノーマルな状態が熊子(志田さん)といる時だとすると猫かぶり(お役所内)・お澄まし(良川と逢っている時)・絶望(空虚)(振られた時)・憤怒(結婚式場の予約にまつわる際)・悪魔(結婚式)などなど。特に結婚式の誓いのキッス辺りの悪魔のようなえげつなさの表情は愉しかったです。ホント良川(向井さん)が餌に見えました。

これだけ起伏が激しいともちろん現実だったらとてもじゃないけどついていけそうにもないところですが、そこはコメディ。キャラとして十分立ってるし、なによりも観てて愉しい。本格派と呼ばれる役者さんがもしこの役演じたら別人格の集合体みたいな印象を受けかねない位の振幅した情緒表現を破綻することなく槇子というひとりの人間として違和感なく見れるのは基本男っぽい(そう見える)山田さんだからこそという感じです。まさに降臨という感じです。でもたくあん音立ててかじる辺りはとても庶民的で、玉の輿という上昇志向は凄まじいものがあっても別にそこ(普段の今の生活)から脱却したそうでもない不思議ちゃんという見てて楽しいキャラです。

それにしても今回のオチは意外な展開でした。お父さんの涙にほだされててっきりというか当然二人で旅立つものだと思ってたんで。まさか帰りを待つ展開になるとはという感想です。冷静に考えれば亭主元気で留守がいい訳ですから槇子の性格からすればベストな選択なのですが、リアルに繋がり考えればあれだけ周りが驚いたとこみると身の回りのもの整理してた筈だろうし仕事寿退職したであろうしと突っ込みどころ満載ですが、久方振りにオチに驚いたのでまあいいかあという感じです。お父さん(佐野さん)の娘を送る父親の涙についウルウルきてただけに余計インパクトがありました。

このドラマ私はホームコメディだと思ってるのでこの展開(欠けることなく4人で)はおいいしいとこではありますが。どこがそう思わせるかというと、晩御飯は皆揃って食べる。各部屋にテレビがある訳じゃなくお茶の間だけにある。なんのかんの言っても仲がいい。姉が妹悪魔の如き仕打ちをするにも親に見つからぬよう隠れてこそこそなぞせず誰が居ようとお構い無しにこき使う正々堂々さが心地よくもあります。役割分担が決まっているようですわという時のお父さんと妹の慌てぶりとお母さんとお姉ちゃんの豪胆の対比が面白く、しかも豪胆の二人は後ろにデンと控えて実際動きまわるのはあわてんぼう二人という鵜飼いの構図。良川のご両親が挨拶に来た時のシーンが面白かったです。まあ雨降って地固まるじゃないですけど、一度はお姉ちゃんがいないと淋しい妹というものを見ておきたいところではありますが。

他にも見所としては、山田優さんの華麗なるファッションを愛でるのも当然の醍醐味でありますが、志田未来さんの意外な原色みたいな先週の青といい今回の蛍光色のような黄緑といったようなインパクトのある色使いの服着てても違和感がないところも結構愉しめるところです。若くないと無理ですから等身大って感じが増しますです。水着のシーンは3人共幾分ババ臭く(又は小学生みたく)映りましたが普段の生活からは口で(ブログで)言うほど悲壮感がある訳でなくむしろ人生謳歌してる感があって観てて明るくなれますです。

で、主題?の今回の「正義」ですが、結婚詐欺だろうなと踏んでたらやっぱそう言う展開でした。あんな後ろの駄弁り話しで翻意するなんて嘘くさいとは思いましたしありがとうと挨拶にくるほどでもねえだろうとも思いますし。インパクトは薄かったです。詐欺師に面と向かって「何度か別の式場で他の人とご一緒されてるのお見かけしましたよね。」くらいのはったりかまして結婚延期という気にさせるくらいの方がインパクトあった気がしますです。第1話で弁当かっさらっていった野郎に腹いせで嘘かまして警察に通報したこともある槇子ですからそれくらいしてもありえそうな気がします。

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*まめったい

よく動くとかこまめとか言った風の意味。

まめを漢字で書くと忠実と書くそうである。まめの意味は几帳面とか言う意味と健康(健やか)という意味とがあるらしい。

岐阜の方だと「元気でやってる?」という挨拶を「まめなかえ?」と表現してるところもあるが、遠州では「達者けえ?」と「達者」を使うことが多く「まめ」は主にこまめというニュアンスの方をよく使う印象である。ただし「~ったい」が賞賛という褒めてるニュアンスではないので「まめったい」となると多少気に障る(目立つ)とか五月蝿くという印象を受ける場合がある。

「まめに働く」と「まめったく働く」とでは意味が異なる筈である。

例文

「あんたぁんとこの旦那さんまめでホント羨ましいわぁ。」

「そうでもないって。まめったいけどきぜわしない時だってあるだで良し悪しだにい。」

「うちんとこみたくなんにもせんよりかいいじゃん。ホントそう思うよお。」

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ゴンゾウ・伝説の刑事その6(第6話)

日本青空学会のあの建物。「トリック」に出てきた建物によく似てるです。名取裕子さんが出とらした回、新作スペシャルの時の建物によー似てるです。占いでおもてな~しなんてね。単なる私の勘違いでしょうか。

鶴(ユイカ)の強ばった気をつけの姿勢が印象に残りますです。特別捜査本部の敷居の高さが感じられるシーンでありました。それにしても今頃気がついたのですけどユイカ髪が伸びましたです。SGや朝の連ドラの短いイメージが抜けない間にいつのまにかという感じです。

ゴンゾウ(内野さん)は鎖の外れた猟犬のようで上司(飼い主)の言うこと聞かないやんちゃ者のようです。さすがにこの人についていこうなんて思う人は奇特なお人と言われても不思議ではありません。今回の潜入捜査は佳境に入ってきたのか作り物のドラマらしくなってきました。前回までは「地道」というか地べたに這いつくばって臭いを嗅いでるリアルっぽい猟犬の様相を呈していましたが今回はドラマでなきゃ味わえないハラハラ感でした。潜入して刑事だとカミングアウトして危機を乗り越え信頼を得るくだりはこうくるかという面白さがありました。

犯人(?)とゴンゾウが同じ境遇(自殺を図って死にきれなかった)であるがゆえに犯人(?)が心を開くという展開。ゴンゾウが自殺を図った時の心の揺れを自らが述べるにはナイスな展開でしょうけど、5話まで引っ張った難事件の決着としては何?事件という感じです。しかしながら作り物として考えるならこの展開は無理がない。試し撃ちという手段を何ゆえ人に向けたのかとかいまいちまだ明かされていないこととかありますが「いかずち」にまつわるお話しも寄り道のようでいて実はきっちり繋がっている辺りとか工夫が見事でしたです。

事件に関してはそう思うのですが、過去に何があったのか何も明かされてませんけれど黒木と佐久間(筒井さん)の間にあった確執(復讐?)の深さは相当なものらしいです。まるで事件そのものがぶっ飛んでしまうような重さに映ります。お互い家庭の崩壊を招いたもの同士自暴自棄になっているのでしょうか。組織の中のプロの誇りというものが消し飛んでいるかのようです。最後銃声だけが轟いて終わりましたけど来週でこの事件決着を見るんですかねえ。テーマ的には事件を追うというよりも黒木と佐久間との過去の因縁が主題になってしまったようで刑事ものから若干人間再生の葛藤心理劇へと方向修正された印象を受けますです。

に、しても池脇千鶴さんがちらりと出とらしたけど、ホント風林火山からの引継ぎみたいなそうそうたるキャストでおます。考えてみれば高橋一生さんも出とらしたし。

高橋さんといえば爪を噛む(唇を触る)ような仕草が相変わらず目立ちます。優秀な外科医やられてた時と今回だけなのでご本人の癖ということではなく演技でしょうけど。日比野と言う人間が無理してるっぽいという印象を受けますです。聞き役というかセリフの反応(返し)の絶妙な間も相変わらず凄いです。本当にこの人お芝居が上手いんだろうなと思いますです。

来週の予告見る限り池脇さんがんこ活躍されそうですので楽しみです。

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モンスター・ペアレントその7(第Ⅵ話)

第6回まで進んできた訳ですけど、毎回観終わった感想はなんだかなあという想いです。なんでこんなに大人が干渉(介在)するんだろうかと。今回は溺愛も度が過ぎると不幸を呼ぶという展開のお話しでありました。感想としてはストーリーと大分外れた感想ですけど。

自分の記憶を遡ってみると、私が小僧の時には子供の領域と大人の領域の区別が歴然とありました。子供たちだけで作り上げられてくその領域は理性が発展途上ゆえの残酷さを現したりもしますが、子供たちだけで考え行動する集団としてのルールやマナーとかを養っていく自立心がなくてはいけませんでした。

それが今はその領域に大人が入り込んでいるかのようです。なんとなくこれでは大人が全てルールや行動を支配し、自身で考えたり自らの責任というものが必要なくなってしまっているのではないのかと思えます。大人が決めてその行動通り実行して、もしそれでも負の出来事に遭遇したらそれは自分の責任ではなく大人の責任になる訳で。てめえのケツはてめえで拭くことをどこで教わるかといったら子供同士の世界だと思うんで大人が入るとそういう芽を摘むような気がしないでもないです。

昔と違って今は地域で子供を育てるという感覚がなくなり、名前どころか顔すら見知らない子供が歩いていたらそりゃ気にはなりませんわな。だからと言って子供だけの領域を狭めるのはどうかと思いますですよ。見守るのと干渉するのは大違いですから。

少子化でひとりに親の懸ける期待が増大してるといのも理由のひとつらしいんですが、いやはや時代が変わったと驚くばかりです。まあ自分(親)が頑張れる範囲でやる分はとやかく言われる筋合いではないのでしょうけど教師とかを含む他人を巻き込んでやろう(やらせよう)とするからなんだかなあという気に見ててなるんでしょうけど。こんな凄い気力他に費やせないのかと言う気にもなったりしますです。

お人形さんやフィギアやプラモデルなどに所有者が自分の夢や幻想のストーリーを籠めることは悪いことでもなんでもないのですが、もしこのアイテムの中に自分の子供も含まれているとしたら怖ろしいことです。子供の持つ才に早くに気づきそれを伸ばす努力をする親は尊敬されますけど、親の夢や憧れを子供に託したり代行させてええ話しやあという逸話になったってのはあまり聞いたことありませんです。

所詮子供もいない私には、他人事でしかなくこういう親(大人)をとやかく言う筋合いなぞないのですが医者と教師は受難な職業のようです。というかこれに限ったことじゃなく「そんなこというんならじゃあお前やってみろよどんだけ大変か。」と開き直る権利があった方がいいんじゃないかと思える社会だというのは確かですわ。客ならなにしてもいい。たとえ子供でもお金払えば大人と同じお客様である。とかいう売る方作る方のプライドを否定して栄えるような社会になってるのも一因のひとつでしょうけど。すくなくとも今は黄門様が印籠だしても「それがなに?」ってなるのは確かでしょう。権威に媚びるのは弊害があるとしてもプライドが肯定されない社会が住み難くなっている元凶であるような気はしますです。

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*こく・こい

「やわこく・やわこい」(柔らかく・柔らかい)

「けっこく・けっこい」(綺麗に・綺麗)

「ひゃっこく・ひゃっこい」(冷たく・冷たい)

「ぼっこい・ぼっこく」(ぼろい・ぼろく)

共通語のひつこい・ひつこくと同じような使い方なのだが遠州弁ではこの使いどころが共通語よりも頻繁であるということ。

例文1

「魚ちゃんと煮てぇ、やわこくしんと喰えたもんじゃないにい。」

「どんくらい?けっこうにけ?」

「だからっつって煮過ぎて焦がいたり身い溶かいたら話しんならんけど加減っつうもんあんた知らんの。」

例文2

「じきんお客さん来るで、部屋とかけっこくしてみばよくしときなよ。」

「今で十分けっこいって。」

「お茶は、今日暑いで麦茶にせまい。ひゃっこくしといてよ。」

「はあ大分前に冷蔵庫で冷やかいてあるでひゃっこいよ。ただなあ。」

「ただなによ。」

「椅子んぼっこいでお客さん座ったらぎしぎし音んするけど。」

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太陽と海の教室第3回

時と場所をもわきまえず携帯で写真を写さんとす「憐れなる」人間というフレーズはとても説得力のある表現でありました。もちろん悪ではないですがひとかどの人物では決してない可哀想(現実的には怒れますけど)な人。

永遠に残せるものなんてこの世には存在しない。ましてや気を抜けば直ぐ旧式となる最先端のものなんて瞬間だけの存在でしかない。災害や災難時での携帯は、本人は記録写真の安易な気持ちであろうが、するべき事は他にあるだろうとつい思ってしまいます。その場に居るのに画面を通して直接見ようとしないから、おかしなフィルターを通す格好となって自身が傍観者という錯覚に陥る。助けや救いを求めている人達を何故直接その目で見て反応しようとしないのか。現場の当事者として自分は何が出来るかと何故考えようとしないのか。

最近の群衆の中での事故などの模様がテレビで流されると遠巻きに携帯構えている輩が必ず映っていてむなしい。普段そう思えているから「憐れなる人間」というフレーズは共感できます。

でもそれと今回の親が入院して弟達の面倒見なくてはならなくなり学力が落ちて現実の荒波の中で溺れそうないたいけな生徒を救うための行動とがどう一致するのかよくわかんないですけど。おそらく彼は「憐れなる人間」ではなく「教えるに値する人間」ということなのでしょうか。結局「あいつらは思っている以上に強い」といって弟たちを送り出す後押しをしたのだから、お迎えに来た時に説得するつもりだったのが生徒達の勝手にとった行動によって崩れたのは心外だったんでしょうか。それとももっと過激に家族を守るなら偏差値偏重の生き様を否定(就職)せよとでも言うつもりだったんでしょうか。結果として後悔残さず納得してから分かれろそしていつか迎えに行けと言いたかったってことなんでしょうかねえ。よく終着点が理解できませんでした。

「責任」というフレーズはいなせでしたね。「やりたくないこと」も説得力と言うか拍手喝采な言葉で「おとこ」を感じますです。「誰かがやらなければいけないんだ」という繋がりも見事でした。それにしても戦場並みの血まみれの修羅場が用意されていました。単なる逃避の鬼ごっこで出られなくなるって設定かとたかくくっていたんですが、こりゃ確かに「誰もやりたがらない」ことを具現化して説得力ありますですわ。このあと彼がどうなるのかは来週へ続くと言うことになるのでしょうけどさすがにこれだけのことが落ち着くと一件落着と思えてしまいます。ホントはこの後の方が人生を左右する重大なことに繋がるのでしょうけど。

アメリカの映画とかだとこれでエンディング(一件落着)でも普通にありですけど、邦画だったらここからの事後処理の心理戦がテーマになることが多いので、このドラマがどっち系なのは推し量る基準ともなりそうな来週の展開です。だって立ち入り禁止区域に勝手に入り込んで船の部品壊した訳だし、どうみても入院でこれでまた学力の遅れが生じるでしょうし、理事長が黙っている筈もないだろうし。こういう諸々はしょってきたらアメリカンなドラマと推察できそうです。

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*なあやあ・のういぇえ

「随分だなあやあ」(随分だなあもう)。なんだかなあ的な雰囲気になる。

頭にもってきて「なあやあ」だけだと「おいちょっと」という意味になる。女性言葉だと「ほいあんたぁ」。

「のういぇえ」については発音が独特でひらがなでは表記しづらい。むしろNo Yeahと書いたほうが近い発音である。

調子合わせに適してるので、気分的にノッてるような印象を受ける場合もある。

「なあやあ」も「のういぇい」も男言葉であろう。

例文

「よおこんなんなるまで溜め込んだもんだなあやあ。」

  (よくぞここまで溜め込んだって感じだなあ。)

「そうだのういぇえ。」

  (そうだよねえホント。)

「他人事みたいなこんこいてるじゃないっつうの。邪魔だでどかせ。」

  (他人事みたいなこといってるんじゃないよまったく。邪魔だからどかせよ。)

「邪険にしんだっていいじゃんか。ゴミじゃないだで。」

「うっちゃれなんてゆうてもせんに。片せっつってるの。」

  (捨てろなんて言ってないだろ。片付けろって言ってるの。)

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あんどーなつその5

暑い夏の盛りのちょっとした納涼話しでおました。ファンタジーかつ後ろに流れる旋律もどこか東洋っぽくて幻想的雰囲気をば盛り上げていましたです。でもファンタジーなだけにホントかよーと突っ込んでも撥が当たらないような曖昧見舞いの夏便りでもありました。いやさ、なつ頼りか。なんちって。

江戸の歴史をさりげなく被せて知識をくれる。麹カビさせなつは涙にくれる。どうしてくれるとあいなりやと思いしも、人を助けたならば不問に臥して満月堂は明日への思案にくれる。そうこうするうち日も暮れる。なつ代案を出すも却下されて途方にくれる。されど情けは人の為ならずとお返し(奇跡)くれる。

今回印象に残ったのは、「いちだんらく」。私のの感覚だと「ひとだんらく」って言うのでふ~んでした。江戸っ子は「ひ」の発音が苦手らしいせいなのでしょうか。言葉でついでに書いとけば「いただきます」ですか。作ってくれた感謝を籠めてという意味合いももちろんありますが「貴方の命をいただきます」という人間は罪深いものであり喰らった生き物たちの分までしっかり生きなくちゃいけないという戒めでもありと。ここで初めて聞いたわけじゃないですけどいい言葉だから忘れないよう書いとこうと。

それと「満月饅頭のない満月堂は開けられません。」という強い決意。看板を守る商売というものの真髄を垣間見たような言葉でいいなあと。リアルに考えれば代用品で補うか他の商品でカバーして帳面合わせるかですもんね。商売と言う表現よりも商いという表現のほうがらしくて、売るほうも買うほうも満足できる商いにホント憧れますです。ところでここって年中無休なんでしょうか。たった4人で切り盛りするのは凄いなとふと思ってしまいました。まあ日曜日なんてえのは文明開化したあと入ってきた西洋の風習ですから盆と正月以外は働くのが当たり前というのがまだ生きてるんでしょうか。

麹の活躍というか重要性をレクチャーするかのような内容でもあり、夜の怪談あり江戸の大火のまめ歴史の知識講座もありと細々と詰まった内容でしたが、本筋の菊子さんがファンタジーなんで話しの繋がりがよく掴めませんでした。そもそもなんでなつの前に姿を現したのか。説明つかないことだらけで正直いうとあまりファンタジーには興味が薄いので勘弁して欲しいところです。

でも親方いかつい顔してお化けが苦手というお茶目な部分が見えてちょっとにやけましたです。國村さんの怒り方が後腐れなくカラッとしてていいですね。ねちねちいつまでも怒ってたら堪りませんもんね。ドカンと怒ってすぐ平常心に戻るとこが上手いスよね。

しほりん、最近バラエティとかによー出とらすけど、芝居してる時のほうが圧倒的にいい顔してますです。

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*えばる

威張る(いばる)の訛ったもの。

広範囲において使われる訛りなのでもはや共通語といえるかもしれないが一応記載。

例文1

「おんしゃあなにょうえらそうこいてるだあ。」

  (お前なんでそんなえらそうな口利くんだ?)

「どこがよを。別にえばるこんなんか言ってもへんにい。」

  (どこがだい?別に威張るようなこと言ってないよ。)

「それっぱかやってやったくらいでそんなえばるこんゆうのいやらしいっつてんの。」

  (ほんのちょっと手を貸してやったくらいで威張る事言うのがえげつないと言ってるの。)

例文2

「あいつん物言いなんかむかつくだいね。」

  (あいつの言い方何故だかむかつくんだよね。)

「いいじゃんかあ今日くらい思いきっさえばらかしとっても。」

  (いいじゃないの今日くらいは心行くまで威張らせといても。)

「なんでえ。誕生日かなんかけえ。」

  (どうして?誕生日かなにかなの?)

「明日んなりゃ酔いも醒めるらあ。」

  (明日になれば酔いも醒めるんじゃないの?)

「なにや?あいつ呑んどるだけえ。」

  (なんだよあいつ酔ってるの?)

「いんやあそこまで言葉ん酔ってりゃ次の日んなりゃ後悔せるって普通なら。」

  (いいや、あそこまで自分の言葉に酔いしれてりゃ次の日になれば普通は後悔するって。)

「普通かあ?あいつ。」

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Tomorrowその5

医者に戻れば救世主と持て囃された上げ潮も、医療ミスとの噂が立てば一気に引き潮というような絵に描いたような大衆心理の展開と。数奇な運命に翻弄される二人と。なんか昔観た「赤いシリーズ」の再来かと思わず思ってしまったストーリー展開でしたが、安達(袴田さん)の登場でどこぞで観たような展開という印象は失せました。色々と慌しくて面白かったです。こんだけ慌しいと愛子(菅野さん)も確かにじっくり考えてる暇がなくて心の整理ができず悶々と日々をこなすのが精一杯ってのも分かるような感じでした。

遠藤が(緒川さん)専門病院化するために連れて来た医者安達は、森山の昔を知る当時の仲の良いライバルだった。遠藤は期待をもって呼んだのだが安達は森山を庇ったばかりにエリートコースの梯子を外され精神を疲労させていた。

このまま立ち直って同士が一人加わり新たな病院再建への道が開けるのかと思ったんですけど、そこは甘くはないようで安達の辞表は撤回されなかったみたいでちと残念でした。でも当時の事実を知るものの告白は森山(竹野内さん)と愛子(菅野さん)の凍てついた関係を溶かす最善の置き土産を置いて行ってくれたようです。

真相伝えるその前に医療ミス散々噂話として吹聴して、本来愛子一人がプンプンしていなくちゃいけないはずなのに烏合の衆が医療ミスと囃し立ててる光景に出くわして怒るに怒れない状況に陥って時分の心の整理がつかない愛子。まるで酔って潰れそうなのに先に誰かが潰れてしまって酔いが醒めたみたいな感じでしょうか。功罪両方成し遂げて嵐のように現われて嵐のように去っていく辺りは医療ミスの決着をつけるためだけに登場してきたキャラクターだったのしょうか。出来れば新たなスタッフで存在し続けて貰った方が未来が明るく見えるんですけどね。そういう意味じゃこの回だけってのはもったいないなと思いましたです。ま、医療ミスの顛末は話しが上手過ぎのような気もしないでもないですけどまあとにかくこれで一件落着(少なくとも愛子にとっては)でしょうからめでたしめでたしということでいざ病院再建へ向けて進まんとなればええじゃないか。

ところでババを引かされた結果になった遠藤は偉い医者さんの中でどういう扱いを受けてる人なんでしょうかねえ。送り出した方は安達がはぐれ者って知ってる筈ですからいい人材を送り出した訳じゃなく、遠藤はそういう学閥とかいったものからは援護射撃無しの孤立無援なんでしょうか。

医療のシーンはやはりフジテレビにその描写力は軍配が上がりますから、とやかく言ってもせん無いことですからしょうがないこととして言わ猿しますけど。とにかく病院が立ち直るかどうかですよねこのドラマ観る上での重要なポイントは。森山と愛子の関係は如何にというのもありますけどそれより病院の決着に明快な答えが出なければこのドラマ観る甲斐がないように思えますです。くれぐれもさあ明日も再建に向けて頑張るぞと登場人物が改心して一丸となって動こうとして明るい未来(Tmorrow)を予想させて終わるなんて最終回じゃせつなかろうて。

最近観た再建モノっていったら「県庁の星」なんですけど、あちらはお役所の目線という目新しい視点から改善提案してく様が面白かった部分もあるんですが、こちらは医者として医療の最前線で俺について来いという餅は餅屋での再建策を愛でることになる訳で。現場の最前線で優秀な兵士が疲弊して倒れてく中でどうやって戦線を立て直す策が講じられるものなんでしょうか。後方支援というか作戦本部が一時撤退して専門病院という戦線の縮小を図らんとしてる状態でたった一人の撃墜王の獅子奮迅の頑張りだけで総合病院という広い戦線を維持できるんでしょか。くれぐれも色恋沙汰に時間を費やすことなく邁進してくれるといいんですけど。

冒頭辺りの一筋に立ち上がる煙とか空撮での画とか差し挟まれてるしロケ地とかも気合入っていそうで意欲を感じる作品なだけに問題提起と理想の医者を描くという漠然とした結末になるのではなく現実に対してひとすじの光明を具体的に指し示す展開であって欲しいところです。モンスターペアレント紹介するだけみたいな現実に近づけすぎなものではなくもうなんか運命の二人とか大分ぶっ飛んだ展開になりつつあるのですから上手な嘘でもいいから灯りを見て見たいものです。

あと寄り道しそうなのは、愛子が×イチという設定でなんかひと悶着起きそうというくらいですかねえ。ま、そうのはいじらず進んで欲しいとこではありますが。

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*はならかす

離す(はなす)という意味。「かす」という表現がつくと非常に意思を感じる。共通語でも「しでかす」とかあるのでこの言い回しが遠州弁かどうかは疑問が残るが共通語として現行かというとそうでもなさそうなので記載。

「はならす」という表現も存在する。

例文

「あいつとあいつぁ席、はならかいとかんとかんにい。馬鹿仲悪いだで。」

「そうけえ?よさそうにめえるけどやあ。」

「酒さえ飲ませにゃの。二人とも酒癖ど悪いだよ。」

「ほんとにい。人は見かけによらんもんだの。」

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