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フルスイング

滅茶苦茶説得力のあるドラマです。実在された人物を描いているせいという事もありますがなぜかとても心に響く感じがしてきます。これを6回も観れると言うのは期待してなかった分発見した喜びみたいなものも重なってとても嬉しい気分であります。

ドラマの中でもチラリと述べられていたけど、大学出て直ぐに教師となり生徒たちに教えるのが現実。そう言う中で、30年間社会の第一線で活躍した経験値を持つ人間こそが持ち得る一挙手一投足に至るまでが含蓄のあるような説得力。その説得力をまだ社会に出ていないひな鳥達には揺れ動く精神のなかで過敏に感じ取れるんだと。普通の先生を馬鹿にしているつもりはなくても、確かな実績を持つ人間の結果を残してきた存在感というのは計り知れない説得力があるもんだと。

会社でのクレーム対応にしても、若造が応対するよりも人生経験を積み重ねた熟年が応対した方が丸く収まる時が多いと言う事を聞いたことがあります。もしかしたら学校教育もそういう方が第二の人生として教師になるというのもいい選択肢なのかもしれないと感じたりもします。勿論現行の制度にそぐわない感想ですけど。

私みたいな年になると、夢と目標がごちゃまぜになっていて叶わなければ意味は無い。だから夢が心の頑張る支えになるようなことはもう無いのですが、最後の授業で語った「夢」という説法には「そうなのか」と頷いてしまいました。

主人公は私よりも上の世代の方なのに、あの歳で「夢」をその都度作り上げしかも努力を厭わないというとても前向きな人です。こういう先生ならついていこうと私でも思いますもん。

ひねくれ気味の私としてあえて突っ込ませていただけるものならば、勝負の世界に生きておられる方を実際この眼で見たことのある感覚で言わせて貰えば、普通の人間よりも遥かに厳しい目つきをされてる方ばかりですよ。競艇・オート・プロ野球・レーサー・サッカー選手などなど、どの方も鋭い感じでした。そういう経験値から言って初対面で生徒たちがあんななめた態度取れるとは到底思えません。恐らくは最初は近寄りがたく、徐々に打ち解けていったんじゃないのかなあと思えるわけですよ。そこいら辺はやはり脚色してドラマとして成立させてるんじゃないのかなとふとね。勿論ご本人はドラマ通りの感情で接しておられたんでしょうけど周りの対応がね、なんかドラマっぽいなと。

ごちゃごちゃぬかしとりますが言いたくなるほどいいドラマですわ。あと5回愉しめるわけですね。

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国盗りカウンターブログパーツ

またまた新しいブログパーツを貼り付けました。ここのところ食指が動くブログパーツが多いです。でも貼り付けるのに手間がかかりそうなのはおっくうで不得手なので増えてないですけど。

そんなこんなで「国盗りカウンターブログパーツ」。

レベルって何?って感じでよくわかってないんですけど入れました。一応以前に全県往来ということで各県からのアクセスは達成してるんですけど、どこからのアクセスが多いのかなというのは気になる方ですので。

方言ネタブログなので静岡県が多いのがほっとしてるんですけど、言葉が近いものを持ってる筈の山梨が意外と少ないんですよね。後は人口の多い順というかそんな感じです。でもタイトルの国盗りってどうすりゃ国が盗れるんだろうか。その前に盗ってどうなるっていう疑問も確かにあるなあ。まあでも様子見ということで。

追記

1/20、貼り付けて1日経って、カウンター数は都道府県を解析できたものだけの数らしい。なので都道府県不明のものについてはカウントされないようである。

1/29、徐々に制覇にむけて色が埋まってきた。こうしてみると東海ベルト地帯を中心にしてお越しいただいていると言うのが読める。それと西日本よりも東日本の方が色の染まり具合が濃い。だとすると私は東軍かあ。

1/30、他のアクセス解析の場合、自分をカウントしない操作を必要としたのだが、これには無い。自分のブログの癖して変わってく様が面白くて結構頻繁に見るようになったのだが、ふと、もしかして自分もカウントされてるのかなあと疑問に思った次第で。

2/2、今日全県全てアクセスがあった。最後は高知県。で、レベルはというと3のまんまで変化なし。カウンターだけあってレベルアップはあくまで王道にアクセス数で決まるのかしらむ。

2/7、レベルが4に上がった。カウンターでレベルアップするのかと思っていたが、それにしてはやけにキリがよくない中途半端な数字。なにが理由でレベルがアップするのかいまいち分かりません。それにしてもこのお侍さん。なんか幕末期の薩摩の人みたいな風情に思えるのは私だけなんだろうか。

2/24、レベルが5に上がった。カウンター数は1900を越えたくらい。朱色に大分染まりつつあるが、相変わらず甲斐の国と四国山陰は手強し。キャラクターはちょんまげに日の本の扇子でお殿様風に変身。

2/27、青い地域が無くなった。カウンター数は2100超。レベルは5のまま。最後はやはり高知県。私のブログは四国の人には興味がない内容らしい。だからといって合わせる知恵はないからこのままだけど。

3/26、東日本制覇?とりあえず右側は朱色に染まった。カウンター数は3300弱。

4/14、本州制圧。カウンター数は4900弱。四国はまあいいとして、問題は九州宮崎。制圧という個人的理由ではあるが、ホントどげんかせんといかん。しかれども策はなし。

4/27、四国制覇。残すは日向の国一国のみ。全国制覇するとどうなるのか気になってきたけど、日向の国はどげんかせんといかん位手強し。ところでレベル長いこと5のまんま。カウンター数は5700強。いくつでアップするんだろうか。

5/12、ついに全国制覇!レベルも6となり衣装は度派手な赤備え。髭もがんこで槍もって恐いったらありゃしない。このあとなにがあるのだろうか?なにもなければ暫くしてブログパーツはずそうかな。一旦解除して新規にやり直すってのもありかしらん。

6/8、無事お役御免にて終了と為す。基本赤が好きくないので取り外しと相成り候。

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トリック

最近テレビドラマを記事にするようになったので、基準値を改めて考えといたほうが良いだろうと言うことで、「トリック」を書くことにしました。

この作品が私的には今のところ最高峰に位置するのかなと。これ以前は「踊る大捜査線」でありました。

要約すれば、愛すべきキャラ。作り手の遊び心。謎解きの面白さ。独特な空気感。印象に残る音楽。

それらの味付けが私には合うんでしょうかいい塩梅です。当然好きなので書いたら些細な事まで書き殴っちゃうので抑制するつもりではいますが。とにかく全体のバランスがいいんでしょうね。映画にもなり申したが、正直?という感じです。私のお気に入りはやはりテレビの深夜帯で繰り広げられたパッパラパーな世界です。時間枠が繰り上がったシリーズもそうですけど映画も成功しなくちゃいけないみたいな使命感でもあったのでしょうか幾分行儀良過ぎておおらかさが愉しめませんでした感があります。

真面目にアホやってる山田奈緒子とアホを真面目にやってる上田教授の間逆とも言える組み合わせに加えそれを取り巻く一癖あり過ぎのメンバー陣。人を喰ったようなセリフのやり取りの嵐。エロ画像でもないのに画面を食い入るように静止ボタン等を駆使して見なくちゃ分からないような看板とかの小ネタ満載度合い。不思議ちゃんとの対決と奇怪現象の謎解き。音楽で増長感を増す妖しげな空気感。それでいて最後は面白くやがてかなしき哀れかなって感じでの締め方。ただ単に馬鹿笑いしてお終いじゃないなんとなくな余韻がこれまたいとをかし。(回によっては多少イメージが異なる場合もありますが)

とにかく無駄だらけ寄り道だらけの割にはきちんとエンディングに進むという先を読むだけ馬鹿らしい映ってるものを素直に愉しむお話しばかりです。

そういう役をやりそうにない仲間由起恵と阿部寛さんの組み合わせに、いかにもと思わせる生瀬勝久さんと野際陽子さんナドナド、配役もよくぞまあという印象です。

お話の中でもっとも好きな回は、トリック2の六つ墓村が一番です。説明も解説もする気は無く、「観れば分かる」って感じですわ。私はこの回で嫌がる奴に「ええで観てみい。」と強引に見せて二人ほどトリックファンに引きずり込んだ実績があります。お話し自体は2話半という常識で測れない尺度に編集された長さですが構う事ありません。遠州弁で言うと「ええだでとんじゃかないわ」(面白ければいいじゃないか)。一度といわず二度三度お試しあれ。

もう大分経つんですが、いまのところまだこれを越えるハマリ度の高い作品には遭遇しておりません。私の探し方が悪いんでしょうか。

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エジソンの母第二話

第一話の感想書いてたかと思ってたら、きっちりボケかまして書いてませんでした。

第二話で特に印象が残ったのが、BOBA校長の朝礼でのシーンでした。高みから大人の目線と立場から物申す訳でなく、生徒達の目線にまで下がってさりげなく教え諭す光景は、ええこと言うわあと感激しましたです。年齢を問わず説得力のあるお話しでした。

周囲の大人の保護によって才能は伸びる。そんな簡単なことが分かっていながら現実の社会はイレギュラーな歯車を必要としない。以前は利き腕さえも道具の関係などで全て右に統一されていたくらい、のびのびと羽ばたかせることには消極的なものです。だから集団生活を基とする学校社会では昔ほどではないにせよ規格に沿った歯車をよしとする。

それが社会に出れば、いきなり天才を社会は必要とする訳で、そんな都合よくある日突然変異する筈もなく。そんなこんなで矛盾を抱えた社会への投げかけをテーマをしたドラマなんでしょうか。第一話の冒頭でのノーベル賞みたいな授賞式から始まるドラマですから、あれが妄想的夢ということでなければ、「天才は育つ」というお話しでしょうからこれからも現実社会との軋轢に苦悩する展開になっていくのでしょうか。

それにしても傍若無人な子供達には、社会の歯車として規格どおり生きてきたつもりの私としては、なに自分勝手にやってるんだと怒れてきてしまいます。「けじめ」というみんなで生きる上のルールと言うものがある筈で、はしゃぐときも大人の言うこと聞くときもきちんと使い分けることくらいは最低限はして欲しいなと観ててそう思えました。ルールを打ち壊す事が天才の使命なのかもしれませんがだからと言って天才基準で世の中廻ってたらルールなき無法地帯になっちゃうような気がします。

それに直ぐキレル甘えの塊のような自分勝手な社会性の欠如した大人が増えつつある今、そういう予備軍を作ってしまったら世の中悪い方向にしか進んでいってしまうんじゃないのかと不安を憶えたりもします。特別扱いしろ(隔離しろ)と言うつもりはありませんが、誇張されてるとは言え松下さん演じる教師の言い分が正しいと感じなくもないです。天才だけ育てりゃいいやと言う訳でもありますまいに。みかんとかの農作物じゃないんだから「選別」はしないで欲しいなと。欲深いこと能天気に書いてます。

一体どうやって素直な社会にも優しい人間として普通の子供と天才を共に社会に送り出すのか、そのお手並みというものを拝見したいものです。

母親が「信じる」というのは必然でしょうね。親がその才能を発見していなければ始まらないというのはよく理解できます。でも自分の子を芸能人にしたがる夢見る親がこういう考えに便乗するのは嫌だなあと。単に自分の夢を子供に押し付けてるだけの人と一緒にならないようには描いて欲しいです。

子供達から受ける印象が天衣無縫なうちは観れるんですけど傍若無人に感ずる事が多いようだと私的には観づらいドラマになりそうな作品という感想です。

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未来講師めぐる第一話

宮藤官九郎さんの脚本たる本作品。最近舞妓Haaaan!!!見直したばかりなので、これが宮藤ワールドかあとしみじみ観とりました。いやあ面白いですわ。ホントキャラが濃いから直ぐ覚えれましたもんね。私みたいな覚えの悪い視聴者にも優しいドラマで助かります。

セリフやストーリー展開のテンポ感やタイミングとかがホント微妙に独特なんですね。幾分舞台のお芝居観てるような感じの印象を受けますが、江戸っ子風味で登場人物のキャラが(メリハリが)濃いからかえってこんくらいすっとぼけてないとやってられない感じになるんでしょうか。それにしても豪華なそれぞれの役者さん自体も濃いのに輪を掛けてキャラ設定もお芝居もセリフも濃いのに功徳ないじゃないやくどくないのはこのスピード感によるものなんでしょうか。それともキャラクター設定がぶっ飛び過ぎてるからなんでしょうか。人物背景が見えない分、案外サラっとした印象を受けます。なんか不思議です。行くとこまで逝っちゃって逆にひっくり返るとこうなると言うことなんでしょうか。それとも可愛いキャラの登場人物ばかりのせいなんでしょうか。よく分かりません。分かりませんが面白いように引き込まれます。なんか愉しいです。

吉田家に代々伝わる「自慢」。欲しいかと言うとう~んどうでせう。でも無駄に凄いってのも意味なく魅力的です。

突っ込みを入れて良いのなら「自慢」てのは人に吹聴するから「自慢」になるのであって一人悦にいるのは「自慢」とは呼ばないだろうに。そういうのは普通・・・・あれ?・・・何て言うんだろう。って普通無いよなあそういえば。忌み嫌われる能力ならいざ知らず20年後なんて殆ど戯言として消えてしまって証明することはしないというホント人畜無害な能力ですから、言うだけ馬鹿にされかねない訳ですから言うだけ無駄ってことなんですかねえ。耳が動くくらいの凄い能力なのに。

でもドラマでは子供には言っても良いけど大人には人生を変えることになるから言っちゃ駄目って述べられていたから今後はその凄さが出てくるのでしょうか。人畜無害ではないってことなんですかねえ。この「自慢」は。それにしても20年後という設定はホントビミョーですなあ。全く以って即効性がなく歳をとれば10年一昔にはなるけど20年は流石に遠い先のお話しですからねえ。

色んな人の20年後が見えるならおじいちゃん目線で20年後のめぐるといのも見て見たい気もしますなあ。

それにしても勝地涼さん随分とダイエットに成功されたようで、見違えたみたいに若々しく(実際若いけど)見えます。勝地さんが歳を重ねると田口さんになるんですね。ん~ビミョ~です。

深田さんも髪を短くされてなんか雰囲気いいです。お姫様キャラがそこはかとなく抜けてないけどそれが良いのかどうかは好みの問題なんでしょうね。私的には親を反面教師として育ったということからしてもう少ししっかりした常識人っぽくしてくれた方が良いのかなと思ってますけど。(声のトーンを変えるとか)勿論私の希望が作り手の意図から外れてるだろうという自信はありますけど。せっかくぶっ飛んだ世界観にいるんですから深田さんにも真っ当よりもぶっ飛びを期待するってのが筋ってもんでしょうな多分。

塾の先生方の超個性的なキャラは私的にはツボです。(おかっぱというヘアスタイルは除く)今後の噛み合わない会話に期待したいです。

最後どうなるかと言う物語性より、この場の空気感を味わうドラマと踏んだので、展開には拘らず細かいギャグを探そうかなと思っております。愉しいですわ。

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*ええでいかまい

行く事の正当性を上手く説明・表現できないが「とにかく行くんだ」という強めの勧誘の表現。

知人家族等からこう言われて断れる奴は相手に敵対心があるか異常に意思が固いか人付き合いを考えない変人かのいづれかである。それほど束縛性の強い表現である。

「ええでいかまい」(良いから行こうよ)

まあでも切羽詰ってるような人には流石に効力が無いので使っても効果は薄いが。

決して強制的な感じではないのだが、何故か拘束力の強いニュアンスである。それだけにいけ好かない奴とか全然見ず知らずの人とかに言われると逆に拒否反応が強くなる。あくまで身内とか気心の知れた人に対して使う言葉である。

「行く」を「やる」に替えても同様のニュアンスになる。「ええでやらまい」(良いからやろう)。これに「なんしょ」を加えて「なんしょええでやらまい」が最強表現となる。いや?「やー(または、ほれ)なんしょええでやらまい」の方が強いか。

何がいいんだと理解に苦しむ使い方をする奴もたまあにいるが、遠州人は反応してしまう。目上が目下に、横並びの関係とかは勿論、場合によっては目下が目上に対しても言う場合がある。

「ええで」というのは「とにかく」とか「ごちゃごちゃぬかさんと」とか「細かいこと気にしないで」という意味合いになる。つまり問答無用ということですな。

例文

「課長今日呑みいかざあ。」

  (課長。今日呑みに行きましょうよ。)

「いやあまだ仕事片付かんで遠慮しとくわあ。」

  (残念だけどまだ仕事が片付いていないんで遠慮しとくよ。)

「そういわすとお、ええでいかまい。明日にまわしゃあええらあ。なんとかなるにい。」

  (そんなこと言わないで行きましょうよ。明日やればいいじゃないですか。なんとかなりますよ。)

「おめえら気楽でええよなあ。ホント羨ましいわ。」

  (君たち気楽でいいよね。羨ましいよ。)

「だでヒラやってるじゃん。ええらあ?」

  (だからヒラのままなんですよ。いいでしょうに。)

例文で断ってるのは課長が切羽詰まってるから。もしそうじゃなかったら。

「そうでえの。まあ明日やりゃあいいかあ。じゃあいかすかな。」

「ごっそ様っす。」

「誘っといてたかるんかい。」

と、なるのが普通的。

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罪子がトピックに

1/18のニフティTOPの「今日のトピック」項目で「小悪魔美少女・辰巳奈都子!」として載っていた。日替わり更新なので今日はずっと載ってるんだろうな。

はてさて、最近はグラビアアイドルとしての方向性に邁進する罪子嬢なので、そういう方向には興味が無い私としては、極論で言うと頼むから間違った方向に進んでAVとかには行かないでねと願うばかりです。もちろん苦労もない世界だなんてこれっぽっちも思ってません。努力や精進が大切なのは言うまでも無い事でしょう。決して穿った眼で見てるわけではありません。この道が最終ゴールだとしても凡人からすれば優れたことで賞賛すべきことでしょう。

罪子はSGのガールズの一人であるという出発点が私には最も重要なポイントなので、あくまでも人にから後ろ指指されない芸能生活を送ってSGの名をこれからも永く広めて欲しいです。勿論ご本人にとっては過ぎた過去の話しでそういう束縛には捉われたくはなくていい迷惑なのかもしれませんが。

紹介内容のキーワードは、「野ブタ。をプロデュース」・ビキニが弾け飛ぶ・グランプリに輝いた・腰のくびれ・ブログ・トロンボーンを吹いていた・あだ名の「罪子」

基本グラビアアイドルらしくセクシーという売りがメインに紹介されていますが、SGのこともチラリと書かれていてちと嬉しい。罪子と名が示すとおり一番危なっかしい存在に感じられるガールズなのでちゃっちゃと有名になってオ痛にならない管理された場所に登りつめていてくれるとありがたいです。

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わからんよお

「そうじゃないかもしれないじゃない」とか「考えすぎだって」とかいう意味。

まあとにかく先のことはやってみなくちゃあどうなるか分からないんだからとにかくやってみようよというニュアンスの言葉である。ある意味遠州弁の代名詞でもある「やらまいか」に連なる言葉である。アクセント位置は「よお」の「よ」

例文

「あ。こりゃ無理だな。でけん。」

「そんなもんわからんよおやってみにゃ。」

「やらんだってわかるわい。」

「そんな弱気でどうせるよー。やりゃあでけるかもしれんじゃん。」

「時間の無駄だと思うけどやあ。」

「わからんよお、ええでやってみまいか。」

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鹿男あをによし第一話

いやあ一回目は、主人公の境遇とかの説明描写という感じで、これでどうして日本を救うのかさっぱり繋がりが分からない。お話しそのものが面白いのか詰まんないのかすら分からない。展開が早いのかまったりなのかも分からない。でもなんとなく薄らほのかに面白そうではあります。

なんとなくのイメージとしては、全体の色使いがとても青っぽくて何か出そうな雰囲気を感じるのと、役者さんが揃ってるなあってとこですかねえ。玉木さんと綾瀬さんのコンビについては、つらつら思い起こすに、「雨鱒の川」で共演されておられてましたっけ。もともと相性がいいのか二度目(?)の共演によるものなのかは定かではないけれども、安心して見れる印象なのは確かです。玉木さんがのだめを、綾瀬さんがホタルノヒカリのイメージを引きずった感じにならなければいいのになあとは思ってますけどどうでしょうか。一回目だけで分かる筈もないでしょうけれども。

細かい小ネタギャグがそこかしこにあるようには見えるんですけど、色味が何かが出そうで笑ってる状況じゃないような神秘感を感じます。

今回一番印象に残ったのは、なんといっても下宿先の家のつくりでしょう。私も住みたいというか旅館の客としてでなく、たまあにふらりと立ち寄る下宿人として下宿してみたい。維持管理が大変そうなので所有したいという欲望にはかられませんが、生活してみたいです。しかも食事の心配が要らないなんて夢みたいに楽な世界が待っていそうです。

とにもかくにも次回見なくちゃ始まらないってことは確かなようです。

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今日が一番いいと思うけど

芸能ウォッチャーになってるつもりはこれさらないつもりではいるのですが。めざましテレビを録画でチェックするように習慣づいてからというもの、周りの人間よりも詳しくなってる自分がいつの間にか存在しておりましたわ。

元は映画情報が欲しくて録画し始めたのが動機ですが、幸か不幸か他の芸能情報もセットで目にするようになっていつしかこうなってしまいましたわいな。

ふんでえ、今日上戸彩さんがなんたらかんたらの広報大使に就任したという情報を見たんですけども。なんか今日はほんわかしてていつもと違って良い顔してるなあと感じたんですが、インタビューで「丸くなった?」質問がでて「痩せる」と宣言してたのを見て思いました。

「今日が一番いいと思うけど。」

ほお骨やあごのラインが強調して見えるようなシャープな顔よりも、ゆったりふくよかな方が見ている方としては穏やかな気分になってこっちの方がいいような気がするのは私だけなんでしょうか。軽部さんもコメントで私と同意見なことをおっしゃっておられた感じがするんで間違いじゃないと思うんですけどね。

まあシンプルに芸能人の方というイメージでみてるお気楽な第三者的。よく言えば中立的な視点だからなんでしょうか。ファンの方や女性の心理の分かる人なら別のイメージで捉えるのでしょうかねえ。

それにしても「丸くなった?」と聞かれる親しみやすさがある方なんでしょうねえ。「うるさい」と応えても厭味じゃないし。「時間です」とスタッフの方が止めようとして「ここで止めたら・・・」といって髪の毛いじくりながらも丁寧に応える姿勢というのはプロとして立派というか良い人なんだろうなという印象を受けました。

でもダイエットすると宣言された以上は、ほんの一瞬の花火みたいないいお顔ということになってしまう訳ですね。もったいない。一応録画消さずに置いとこう。

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ま、いいかあ

年の初めにデザインを変更して暫く経つが、今頃気がついたのがあれ?ブログのタイトルが無いや。

インフォシークの無料アクセス解析を使わしてもらっている分の広告が、タイトルの上にかぶさってる状態になっている。つまり広告の下に埋もれてるということ。

以前のものと比べて幅が一杯に広がっているので、自分なりにこの方が読み易いからパープルのものから替えたのだけれど。

改めて考えるに、タイトルって何?別に無くともお蔭様でアクセス件数減る訳じゃなし。むしろ読み易くなった分カテゴリーとして読んでいただけることも増えているし。どこぞで引用や話題として使われる筈もなし。なくても困りゃせんじゃん。

だもんでまあ、ええかあ、このまんまで。

一応、「浜松の田舎っさー」というのがブログのタイトル名ではあります。

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斉藤さん第二話

もっと痛快な是々非々きっぱりすっきり爽快な作品かと想像していたんですけど。現実との軋轢に苦心するお話のようです。高島さんが存在感説得力あり過ぎってくらいで余計にお話をややこしくしてくれてるみたいです。ってこれじゃ褒め言葉になってないか。いいなあと思ってるんですけど丁度良い言葉がめっからなくてごめんなんしょ。

「長いものには巻かれろ」上手に賢く生きるコツでもある訳ですが、それに従わないのはたとえ正論であったとしても障害でしかない。そう思ってみんな現実を生きてる訳ですが、せめてドラマの中で「正義は勝つ」という安易と言われてもそういう世界を見て溜飲を下げたいものです。

三上(高島さん)の生活する上での正論も斉藤さん(観月さん)の社会秩序における正論も間違っていないだけに、どう落とし前つけるんだという興味はありますが。なんか大昔に読んだ秋山ショージさんの「ほらふきドンドン」というイタイ漫画を思い出してしまいました。

とてもシュールでお子ちゃまが見て理解できるような内容ではなかったのですが、小さな嘘をついたばかりに後戻りが出来なくなって嘘が雪だるま的に膨らんでいくというお話しの流れが最初の頃のストーリー展開だったような記憶が残ってます。それでも作品の最後の方はシリアスに傾向が傾いていってドンドン和尚は孤独に笑い飛ばせないなにかと闘ってたイメージが残ってます。(記憶違いならごめんなんしょ。)無事ハッピーエンドで終わったというような記憶がないです。

斉藤さんのドラマではギャグはないけど「嘘(法螺)」の代わりに「堪える・泣き寝入りする」が雪だるま式に膨らんでくような感じです。堪えることによるストレスとの闘いの方がいいのか理屈に合わないことを正すために軋轢と闘う方がいいのか。それとも闘うと言う感覚自体が間違っているのか。最後の方はどうなるんでしょうかねえ。鬱積屈折することのない落としどころというのが気になるところですけどまだ2回終わったとこだから読める筈がない。

少なくとも奥様同士の勢力争いという野郎には入り込む余地の無いお話しではなさそうなので私でも観れそうでとりあえず一安心って感じです。でも今はまだ堪える時間帯らしく、ちと見ていてしんどいです。でもこういう終わり方ってあるんですかねえあまり見たこと無いような。予告編にスタッフロールが流れるってのは。

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*そうせすと

そうすると・それだとと言う意味。そうしないとと言う場合は「そんせんと」・「そうしんと」。

そうしようと言う場合は「そうせまい」・「そうしまい」・「そうせすか」。

あまりこれ以上細かく羅列しても頭が破裂しそうなので書かないが、上記以外にもたくさん表現がある。

例文

「あのさあこの道ずっと行くとどこ行くう?」

  (すいませんこの道真っ直ぐ行くとどこに出ますか?)

「そうせすと県越えるにい。どこ行きたいでえ。」

  (真っ直ぐ行くと県境越えるよ。どこ行くつもりなの。)

「なんとか寺ってとこ。」

  (なんとか寺というところです。)

「ああ、ほいたらやー。一旦戻ってガソリンスタンドあったらあ?そこん西に折れてく道いきゃあ着くで、そっち行きない。こっちでも行けんこたあないけど曲がるとこわかりづらいでねえ。」

  (ああそれだったらねえ。一旦戻ってねえ。来る途中ガソリンスタンドあったでしょ。そこで西の方に曲がる道があって、その道進めば着くよ。この道でも行けないことはないけど曲がるポイントがわかりづらいからねえ。)

「あ、ほんとにい。どうもありがとねえ。助かったよー。」

  (ああそうですかご親切に有り難うございました。)

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タモリ倶楽部・オーディオマニア

関東では去年の12/14の放映されたものですが、静岡県では1/15の放送でした。

タモリ倶楽部といえば鉄道ヲタクネタが見ていて愉しいのですが、個人的には冷ややかな見物人的立場で見ています。鉄っちゃんじゃないので。

しかし、オーディオに関しては自分にもツボなので、これははまるはまるどはまり。勿論貧乏人なので所有することはないけれど、あの異空間への誘いは、コンサートにいって生で聴くのとも違った誘惑です。

身の丈よりも少し背伸びしたシステムに憧れを持つので、テレビで紹介してた世界には縁もゆかりもないのですが、少なくとも聞き入っているリスナーとしてのしかめっ面になる感覚は共有できるつもりでいます。ゲストのコブクロさんのはしゃぎようもとても素直な表現で変に仲間意識持ちそうになっちゃいました。

でも、なんですかねえ、「良い音」を追求していくとそれぞれの楽器が奏でる音色の表現力に神経がいってしまって、普段普通に音楽という楽曲を愉しむ漠然とした受け入れる態勢がとれなくなるような感じがしてきます。

曲の良し悪しよりも音の良し悪しに走るって表現の方が分かりがいいんでしょうか。それとも枝葉に拘って大樹を見ないって感じでしょうか。なのでそうなってくると、かかる音楽が非常に感覚的な好みのものから外れていって理屈的に納得するものを聴くようにレコードCDのコレクションが変わってくる。もうここまでくると精神性で音楽聴くのであって感性でチョイスすることではなくなってくるような気がしてきます。別に悪い事ではなく、方向性が変わってくるということです。

私はお気楽主義なので雰囲気で聴いていいなと思える歌に素直に反応したいので、オーディオマニアの気(潜在的要素)はありそうな気持ちですがお金も無いということでなんとかその道にはまることなく生きています。でも観ていて愉しい。番組内でタモリさんがマイ電柱の逸話を語られてたけど、他にも雑誌とか見るととんでもない豪傑一杯いるみたいだし。興味ない人からみれば馬鹿じゃないのと言われても嬉々としている連中の世界のような気がする。バーチャルマニアということでこの企画がちょこちょこ続いてくれると嬉しいなと。

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*甘いのっ

「甘いのっ」とツッコまれたら

「そうだのっ」って返すとテンポがいい。

意味としては詰めや読みが甘いとか考え方が安易だと言うこと。「のっ」を付け足す事によって「甘いんでないかい?」のような場を和らげるニュアンスになることが多い。

ツッコミ言葉として普段よく使う表現である。他には「馬鹿じゃん」というのもある。

例文

「やいやい3万円ポッキリなんて広告ぶってるの真に受けて買いに行ったらあ、消費税取られて3万じゃ収まらんかったよー。」

  (参っちゃったよ。広告で3万円ポッキリなんて言ってるの真に受けて買いに行ったらさ、消費税取られて3万円じゃ収まらなかった。)

「甘いのっ。そんでどうしたよー。買わんで帰ってきただか。」

  (考えが甘いねえ。それで?買わずに帰ってきたの?)

「買ったよー。しょんないもんで、免許証おいて家まで金持ち行った。恥ずかしかったやー。」

  (買った。でも仕方ないから免許証店に預けてお金家まで取りに行ったから恥かいたよ。)

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あしたの、喜多善男第二日

火曜の22時は二者択一。そんで選択したのは喜多善男。叶う事なら正解であって欲しいものよ。と、いっても知り合いに録画頼んどいたもんで結局は両方観るんですけどね。

しかし、重たいですなあ人の心ってのは。元奥さんとの関係性からすれば喜多さんて不幸を不幸と感じない良い意味でも悪い意味でも鈍感な人のような気がするんですけど。そう思えるだけに自分を不幸と思い詰めて「死」を選択するタイプというよりも、あ~あといいながら明日の予定の為に追われまくって寿命がくるまで追い立てられて生きていくタイプのようなイメージに私には見えますです。

意志が弱いのなら保証人になったばっかりに借金取りに責められてる時点で楽になりたいがために命を放棄すると考えるんですけど、無事かどうかは分かりませんがとにかく生きてるってのは決して精神力の弱い人には思えません。

多分もっとなにか視聴者にはまだ見せてくれないカードがあるような気がするのですけど、もしかして私が鈍いだけで普通はこれで死を決意するに十分たる人生なんでしょうか。親友にまつわるエピソードがまだ明かされていないのでまだ決意に至った理由というのは謎のような気がして見てます。前回では分かってた気でいたんですけどなんか無い知恵をフル回転させたら脳みそ膿んできました。

平太の思惑も今回はっきりして、親切にする理由が分かり。でも喜多さん良い人過ぎて心が揺れ動いてまだ二転三転しそうだし。イメージ的には尻尾降る犬は殺せないって感じですか。

一日目は松田さんがやけに印象に残ったんですけど、二日目は小西さんのお芝居が印象に残りました。悪夢から目覚めるときのピクピク感・カウンセリングを受けてるときの幼児への後退感・そのあとの攻撃的な毅然とした姿勢・会社のトップとしての腹心と社員に対する態度の使い分けと。よーまーメリハリきちんとつけてドラマの持つ緊迫感を盛り上げてるもんだと。

基本私はお気楽大好き人間なのでこの手の重厚感はストライクゾーンではないですし、終わりの全く想像できない迷路で迷ったような心細さを煽るドラマですが、何故か光明が最後見えるんじゃないかと言う予感を感じて引き込まれています。それはやはり小日向さんが発する空気感からなのでしょうか。たとえ最後が宣言どおりの「死」であってもなんか晴れやかな光が見えそうで。勿論甘ちゃんなので死なずに済めば良いと思ってるんですけど。さてどうなることやら。

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そりゃもう藤枝は大騒ぎ

晩餉下のワイド番組、藤色一色でヨーやったの嵐。藤枝商店街のパレードも実況中継でそりゃもう大騒ぎ。

大分前に浜松でも都市対抗野球かなんかでパレードが行われていたけど、それとはなんか雰囲気の違うパレードだった。駿河衆の穏やかさというかのんびり加減がそこはかとなく映っていたようにも感じられる。

どんどん道路に人だかりが寄って来るわ握手を求めてくるわしかもその手を離さないからストップするわ子供は興奮して近寄るわカメラでいいアングルが欲しいのか車の前にでてくるわで、無法地帯状態に等しいのに警備の人もパレードの主人公達もいきり立ったり強制的に排除したりしない。それでいてなんのトラブルもなくみんな笑顔でパレードが行われているのだからホントこの衆ら平和だわと思わずにはおれんこんでえの。

実際眼にしたり都会とかで中継されてるものと比べると、パレードする側と見物する側の境界線が見事なくらい存在しないって感じでこれくらいの規模の街の方が住みよいのかなと思わないでもない。多分ほとんどみんな顔見知りなんだろうなと。それにテレビに映ろうと馬鹿やるような何しに来たんだこの本末転倒野郎という輩も見えずみんなして素直に祝福してたし。

でも正直なところ、普段のテレビでよく見るパレードの感覚でいたから、群集の暴走にも見えてしまって少しハラハラして見ていたので藤枝の市民性を知らない者にはちょっと心臓に悪い熱烈ぶりでした。

とにもかくにもおめでとうございます。

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*うんでる

膿んでる。別にどうということのない普通の共通語だが

「頭(脳みそ)が膿んでる」脳みそが腐ってる。つまり「馬鹿じゃないの」とか「おかしいぞ」という意味になる。自分のことを指していえば「馬鹿だから勘弁して」というニュアンスと「考えすぎてもうかえって分からなくなった」というニュアンスのふたつが考えられる。他の地域でこういう使い方をするのかは定かではないが、ここいらの集落あたりでは結構良く使われた表現である。

勿論「傷口から膿が出てる」を「傷膿んでる」という普通な表現もある。

昔、森鴎外だったと不確かに記憶してるのだが、石炭をば早や積み果てつとかで始まる舞姫(?)の中で「ウンテルデンリンデン」という地名があった筈で、その時「膿んでるでえ淋でんねん」とかいって独りでウケてたしょーもない記憶がある。勿論これは方言とはなんの関係もない下な与太話しである。

例文

「やあ幾ら考えてもどうすりゃええだかわからんやあ。はあもう頭膿んでるわあ。」

  (あ~あ幾ら考えても良い知恵が浮かばないよお。もう頭がパンクしそう。)

別な表現で「パッパラパー」・「頭がはぜそう」と言うのもある。

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1月14日は薔薇のない花屋

朝も早よから香取さん。今日は宵まで薔薇ばらバラ。

静岡県はめざにゅ~は5時から始まるのですが、そこからいきなり香取さん登場。至極当然にめざましテレビ・とくダネと流れ込み昼はいいとも・ローズデイとかのイベント中継。晩餉下から一気に加速で本編と。放送ジャックまがいの出ずっぱりでしたねえ。

月9に賭けるテレビ局の気合を感じるわけですが、何故か不思議と大変だなあとか思わせない香取さんというのは確かに一流の人なんだと改めて思った次第であります。

朝の一連は番組の一ファンとして出演してその場にいるんだと興奮してる眼の輝きが違っていたし、昼は芸能人として直接一般ピーポと接するときの凛とした態度でプロとしての自覚を感じたし。決して懸命とか全力というイメージは湧かないんですけど素直と誠実が垣間見られるようで厭味がないです。大人から子供までということがどういうことなのか、改めてこういうことなんだなと感じました。

最近は何事でも先鋭化してきて、それぞれのスペシャリストが存在する傾向の今、幅広い層に受け入れられるというのが難しくなってるじゃないですか。対象を絞ることなく多くの人に好感を持たれるという今時珍しい人だなあと感心する次第で。

ふんで、肝心のドラマなんですが、噛みでのある作品ですねえ。北風と太陽の話しも深いですし、そのほかにも色々と即効的なというよりも後でじわーと味が出るセリフがある印象です。なにせリアルタイムで観ていきなり書いてますからちょっと曖昧なんですけど勘弁しておくんなましー。

好きなところは、やっぱし「お父ちゃん」と呼ばせることですねえ。「パパ」じゃなんか雰囲気台無しって感じです。この感覚って田舎者故なんでしょうかねえ。それにしても最近の子役の方って上手い人がたんとおられるものですなあ。

英治と美桜との会話はなんか独特の間と言うかテンポですよねえ。なんかラジオで聞く朗読劇のような感覚になりました。眼が見えないから沈黙の間が嫌だという説明は劇中で確かに聞いてるんですけど、とても異質な感じでなんか緊張感というか聞き耳を立てるというかホント無意識にラジオ聴いてる姿勢でした。

SGファンの残党としては、ユイカの存在も気になるところですが、この物語の扇の要じゃないですか。すんげえ重要な役で若干驚きです。もうにおっちんじゃってるけど展開の核というか中心点に位置する太陽さんですよ。もうふ~んですよ。若干冗談を言わせてもらえば、ビデオの貞子は人を不幸に陥れたけど、ユイカのビデオには人を幸せにする効力があって欲しいなと。

なにがどうなるのか分からない展開で、この先も愉しみではありますが、最近のドラマにはない以前見てたような懐かしいつくり方みたいなものを感じるのは気のせいでしょうか。

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なんだかなあ6

「新成人は過去最低の135万人」というニュースの見出し。

取り様によっては、今年の新成人は過去最低と言ってるようにも取れる。それが135万人もいるのかあと。どうも「最低」という言葉にひっかかってしまうのです私。

結婚式にしても新年にしても祝い事には特に忌み言葉や縁起を重要視するのに、こういうことには無頓着というか至極冷めてるんだろうなと思わないでもない。

数が少ない事を述べるのなら「過去最小」とか「過去最小人数」みたいな表現でも何とか通じるんじゃないかと。もっとも、用語と言うものがきっちり決まっていてこういう場合での表現として「過去最低」は確定した言葉になっているんだろうけれども。

それでも祝い事であり、そう言われる身になって考えると「俺たちは最低か」と不快に感じても致し方ないような気がします。祝う側が左程目出度くもなし、毎年やってくる規定行事という心構えもあるんでしょうかねえ。だから祝ってくれないから自分たちだけで盛り上がろうなんて思う輩が生まれてくるのかも知れないですね。

いずれにしましても、ご成人された方とにもかくにもおめでとうございます。少数精鋭で未来の日本をより良くしていかれるようご努力されんことを願います。

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*はぜつ

爆発・破裂という意味。標準語だと思っていたのだが何故か辞書に載っていない。検索してもヒットしない。破裂を聞き覚え違いしてるんじゃないのかとか、爆ぜると破裂がちゃんぽんにこんがらがってるのかもしれないしと、ホントこんな言葉があるのか段々不安になってきてはいるのだが、確かにこういう使い方をしてる・・・筈。「破裂」の変形なのか「爆ぜる」の変形なのか定かではない。

「爆弾がはぜつする」爆弾が爆発する

「頭がはぜつしそう」憶えなければいけないことが多すぎて許容量を越えそうだと言っているのだが、こんなの全国どこでも使ってる言葉だと信じてるのだが、何故辞書や検索ワードにも引っかからないのだろうか。

例文

「ホント憶えにゃかんこんたんとでハア頭んはぜつしそうだや。」

  (マジで憶えなくてはいけないことばかりでもう頭が破裂しそうだよ。)

方言だと言い切る自信これ無く、どなたか分かる人がおられたらご教授願いたい言葉です。

追記

心配になったので長老の衆らに聞いてみたところ

「そういう言い方しとったけど今そんなの言う人おらんにー。」とは言われた。

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*だか

「ここがどこだか知らんだか。」

「あるだかないだか知らんだか。」

「知らんだか」の場合は(知らないのか)という訳になる。

「あるだかないだか」の場合二通りの解釈が出来る。両方とも共通語であって遠州弁特有ではないのだが

「あるやらないやら」と、「あるのかないのか」

「あるやらないやら」だと(不確かで分からない)という意味になる。

「あるのかないのか」だと(あるなしどっち)という意味になる。

例文が「あるやらないやら」だとすると文の訳は(あるのかないのかよくわかんないけどあなたは知らないのか)となる。

「あるのかないのか」ならば(あるのかないのか知らないのか)となる。こちらの方が遠州弁っぽい感じはする。

まあ、「だか」というのは(~なのか)ということである。「買っただか」(買ったのか)・「売っただか」(売ったのか)という使い方である。

「だか」以外にも「だけ」・「のけ」とか関西風に「んか」を使うことも多い。

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「よそいき言葉」と「うちうち言葉」の使い分け

遠州弁は使ってる当人に基本「馴れ馴れしい・汚い」という自覚があります。なので普通は、同じ遠州人であっても方言は使ってないつもりで会話をしています。

そういう言葉を「よそいきの言葉」と称することができるのですが、実は本人方言ゼロのつもりでも、モロ方言まるだしらしい・・・です。自覚がないので確定したことは言えませんが、他所にいくと直ぐばれるというか「お里が知れる」らしいです。著名人で例にとれば、「本田宗一郎」さんはべらんめえ調ということで有名でしたが遠州人的に言うと遠州弁が終生直らなかったという感じです。

著名人話しで脱線しますが、こないだネットを徘徊していたら「上戸彩」さんの応援サイトで、上戸さんの縁者の方が浜松におられるという理由でちょくちょく浜松にお越しになられていたということをご自身のラジオでおっしゃっておられたそうな。で、遠州弁に対して好意的な発言をされておられたように読めたのですが、おそらくは「よそいき言葉」ゆえの発言かと想像されます。俗に言うところの「だら・だに・だもんで・ほい・ほれ・やあ」の範疇かと推察されます。まあ確かにそれくらいでしたら可愛いもんですけど。

それに対して「長澤まさみ」さんは磐田できっちし育った遠州人ですから、ときたま気を抜いてポロッと出てしまう遠州弁は「うちうち言葉」が飛び出すときもあり、自分に正直なのも程ほどにと心配してしまうほどです。例をあげれば「いいとこまんじゅう・ちんぷりかある・ひょんきん」などです。「ひょんきん」と共通語の「ひょうきん」は微妙に違いますし、あとのふたつは遠州人しかわからない言葉です。

私が記事に載せているのは、「よそいき」と「うちうち」の区別無く思いついたまんまの未整理な状態ですが、例文に関しては「うちうち言葉」がほとんどですのでその点ご了承願います。

遠方よりお越しの方には、「うちうち言葉」はまず耳にすることはないでしょうけれども、まあ裏には裏があるということで。それに遠州と言っても結構な範囲なので、浜松に生まれ育ってン十年ですが、いろんなHPとかの遠州弁単語集を覗いても聞いた事もない言葉もたくさんありますんで。話半分で見て頂ければありがたいです。決して学術的なものではありません。あくまで言葉遊びの一環です。

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ちりとてちん4

私の勉強不足のせいでもあるのだけれど、つらつらと考えてみればお母ちゃんが和久井映見さんでお父ちゃんが松重豊さんっていう配役は不思議だなあと思わないでもないことでした。

古い奴だとお思いでしょうが、和久井さんといえば今はもうそう呼ばれることもなくなったトレンディドラマの常連さんだったし、松重さんも迫力勝負のビビらせてナンボの役が多かった訳だし。

そういう変に凝り固まったイメージというものを漠然と持っていたにも関わらずドラマが始まった当初からなんの違和感もなく、むしろハマリ役みたいに感じられるのであるから、そういうところがちと不思議だなあと。

しかしお母ちゃんはしっかりものの能天気で一家の柱として頼りがいのある大樹です。こういう切り盛り上手のお母ちゃんからなんで喜代美みたいな根性なしのへたれが生まれたのかというのも不思議(まあお父ちゃん似?)ですが。お母ちゃんが立派過ぎてお母ちゃんに甘えて育ったつけと言えなくも無いという想像も成り立ちますわいな。

お父ちゃんは生きるのが下手な真人間で真っ正直に生きるが故の苦労と言うものがそこかしこに見え隠れして、付き合って損得勘定的には得する人ではないけれど、信頼のおける人って感じです。

その生き方を善しとして支え付き従うお母ちゃんという構図がとてもしっくりくる感じです。これも古い言葉ですが、よろめきドラマ的な綱渡りのような夫婦像が多く描かれてる今、とても新鮮であったかい印象を受けます。時代遅れの夫婦像ではなく理想の夫婦像であって欲しいものですな。

役者さんは化けるのが商売とは言え、ネームバリューからの配役ではなく力量にあった配役なんでしょうねきっと。和久井さんが今までの中で一番街を歩ってて声を掛けられているというのも納得ですし、松重さんがブログでよくこの作品のことを記事にされてるという愛着を感じられてると言うのも一視聴者からみても納得できる作品だと言う気がします。

大雑把な感想ですが、なにせ一気観してるのでどうしても最新のストーリー展開にまだ追いついていけてないので開き直っておおまかな目線からの感想に終始する今日この頃です。15分の細切れ構成にはだんだんと馴れてはきてるんですけんど、今度は関西の文化というか生活パワーにはどうも私異邦人なんでつっかかっちゃってさくさくっと進まないんです。毎日の積み重ねが大事だと言うのはこう言うところから始まるという教訓でもある訳ですが、起きれませんこんな時間には相変わらず。

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パンデミック・フルー 感染爆発

三浦友和さん目当てでチャンネル合わせたんですけど、単純にドラマとしてみたらなんか消化不良に陥りそうな感じでした。啓蒙と警告を主題としたインフルエンザの恐怖のお話しなんですが、リアルに忠実にという方向性なんでしょうけど、だから何?登場人物たちは私たちにどんな感動を与えてくれるの?という通常のドラマに求める答えが見出せない想いでした。

あと、お医者さんが受難の今。たとえそれがリアルなことに実際なろうとも、医者が患者や病院を放棄してしまう光景というのは、余計に社会に甘えてるクレーマー達に、「ほれ見ろ。医者なんか尊敬するに足らん存在じゃないか。」などという感情を持たせやしないかと心配になりました。ドラマは観る側に勇気とか元気とかを与えて欲しいものです。甘いといわれてもそういう配慮はして欲しかったなあと。

ウィルスの恐怖の警鐘と言うテーマについては第二夜とセットで観なければ良いも悪いもないのでしょうけれども、ドラマを愉しむつもりで観るとなんか消化不良な感覚を受けました。役者さんのせいではなく、企画の趣旨を把握せずに見た私が悪いんでしょうけれどもね。もいちど繰り返しますが役者さんのせいではなく、見る意識がトンチンカンでした。てっきり第二夜にドラマが続くと思ったくらいなんとなくなエンディングの印象でした。ハリウッド映画の影響ありすぎですかねえスカッと一件落着を求めすぎるってのは。

話はがんこ変わりますけど婦長さん(呼び名が古い?か)役の深浦加奈子さん「SP」にもほぼ同じ役で出演されておられましたけどなんかはまり役なんでしょうか。静岡県民的には親子でパチンコ屋に向かうお母さんのイメージが強いんですけど。観てて違和感を感じないのは確かではあります。駄目亭主を見放し女手ひとつで娘を育て看護士として生計をたてるとともに力量もある。たまの休みの趣味はパチンコってか。辻褄はあうな。

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*わし

「自分」のこと。遠州では基本は「わし」である。よそいきやかっこつけたいお年頃は使わないが。男女問わず「わし」である。

ただ最近あまり使わなくなりつつはきているが基本は「わし」である。

かくいう自分も「わし」を使うにはまだ恥じらいを感じるお年頃なので実生活において「わし」と言うことは決してないのであるが。

「わい」は遠州弁では使わない。「おら」・「おいら」も殆ど聞かない。

当ブログにおいては基本形であるということで「わし」を多用することとしている。

例文

「やあ、ちいとわしんちよってきない。茶あぐらいは出すで。」

  (ねえちょっと私の家に寄ってきなよ。歓迎するからさあ。)

「いんやあ邪魔しちゃ悪いら。おっかさ気い遣わしちゃ悪いで帰るわあ。」

  (いやあお邪魔したら悪いだろう。奥さんに気を遣わせても申し訳ないから。)

「気いなんて使っちゃかんて。うちのもそんな気いつく奴じゃないだでええって。」

  (君が気を遣う必要なんかないって。うちのはそんな気が利く方じゃないから気にしないでいいよ。)

「ほうけえ。そいじゃちいとよらさしてもらわすかねえ。悪いのっ。」

  (そうかあ。それじゃあちょっと寄らして貰いますわ。すいません。)

注、「悪いのっ」は手間や迷惑をかけて申し訳ないという意味である。

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