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*ありもしんに

ないだろと言う意味。直訳すれば「ありもしないだろうに」。

「そんなのないだろう。」だと「そんなのありもしんに。」とか「必要ないだろう。」を「必要ありもしんに。」といった、「無い」と言えば済むことをわざわざあるを否定するというまだるっこしい使い方である。ニュアンス的には「必要なんかどこにあると言うのだ」と訳したほうが分かりはいいのかもしれない。別の言い方では「必要ないらあ」とかがある。

ちなみに共通語の「冗談じゃねえよ」という言い方を直すと遠州弁では

「冗談じゃありもしんに」となる。

例文

「あっちいてんだいいってくれんかねえ。」

  (あっちを手伝ってやってくれないかねえ。)

「そんな余裕ありもしんに。無理だらあ、できゃせんよお。」

  (そんな余裕どこにあるっていうんですか。無理ですって。出来ませんよ。)

「そんなこと言わすとお。頼むでえ。」

  (そんなこと言わないで頼むよ。)

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ハッピーフライトのHP

毎日チェックしてた訳じゃないのでいつ始まったかは不明ですけど、今日7/18HP入ったら始動していた。公式サイト9月本格始動と謳ってあって、今のところは監督コメントの動画とキャスト一覧が拝見できますです。編集の宮島さんも映られてました。

このキャストが全てだとしたら、BoBAさんと徳井優さんが居ない!柄本明さんと竹中直人さん出とらすけど。江口のりこさん、木野花さん、森下能幸さん、菅原大吉さんがSGに続いてのご出演で、眞島さんのお名前がなかった。ガールズからも一人もなし。

に、してもなんか凄いネームバリューの役者さんがたんと出られてて一体全体どういう映画になるんだろうか。予告編映像もあるけどよくわかんないです。

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コード・ブルーその3(第3話)

とても安心して観てられます。もちろん救命救急の現場ですので展開通りドキドキハラハラなスピード感(時間の)と緊張感と生か死かというスリリング感を味わう訳ですけど。殆ど彼ら4人目線で観てる感覚だからそう思える訳で、それだけ大人衆の巨人振りが見えてるということであり、この先どうなると言う予想よりも今どうするんだと言う気に観てるだけなのにそう思えてしまうくらいの切迫感を感じますです。

宿直の不安なんか特にそうですよね。職種は全く違いますけど私も宿直のある仕事をしてたことがあって、初めての時の不安感が甦ってきましたです。最悪というかもしこうなったらどうしようとかいうシュミレーションばかりして神経が細くなった記憶が甦りました。ああいう時に良い方に思考が行く人なんているんですかねえ。白石(新垣さん)以外の3人の前向きな思考に感嘆いたしましたです。怖いもの知らず(冷静?冷酷?)の藍沢(山下さん)、なにも考えてない風の藤川(浅利さん)、弱気をはねのける強気の緋山(戸田さん)、それに不安を膨らます白石と、見事なまでの被らないキャラクターです。これだけ違うからひとつの出来事に対してもそれぞれ違うアプローチの物語が紡げるのですから一粒で4度美味しいという奴ですかねえ。

今回も色んな患者さんをそれぞれが受け持つという展開に、一致団結してオペを敢行する様が追加された様相を呈していたのですが。それにしても物言う患者さんばかりです。今までのドラマだと瀕死の状態で患者が語るなんてのはひと段落ついてからってのをよく観ていた印象が強いのですがこのドラマの患者さんは運び込まれて直ぐでも雄弁な方が多いように感じられます。よく分かりませんがこれがリアルというものなのでしょうか。

緋山(戸田さん)と弁護士さんの丁々発止は面白かったです。緋山の言う事全て予想をひっくり返してくれて、爽快かなと思ったら弁護士さんもさすが海千山千ああいえばこういう切り替えしが見事で、久し振りに女性同士の火花散る光景を観させて貰ったという感じです。最後手打ちを求めるもすかされる辺り(実際は仕事のファイルを渡せ治療に専念せよという行動)は粋だなと思ってしまいました。あれで仲良くなってお互いを尊重するようになっためでたしめでたしなんて展開じゃドラマならではの薄っぺらなええ話しになりかねなかったですから。闘う人間同士まあ一応認めてやるかという一時休戦的なとこが粋だなと感じました。それにしても緋山と言う人は高ビーです。それが高慢で厭味に映らないとこが美味しいとこです。こういうタイプの人が「あんたそれでも男なの」みたいなセリフのたまわれそうなイメージがありますです。言えば言い返されるし黙っていれば「なんかいったらどうなの」くらいも言われそうですけどこういう人に太刀打ちできるのは不言実行タイプの人くらいなでしょうね。

藍沢(山下さん)のお相手はトラブル関係の患者さんが多いように映ります。前回はご家族に突っつかれて頭下げてたし。力量云々の苦戦より精神消耗戦の場にいるみたいな勢いです。今回は看護師冴島(比嘉さん)の啖呵の助け舟が合ってなんか爽快でしたけどそれだけ認められるようになったってことなんでしょうね。絶対逃げないリスクを恐れないというサイボーグみたいなすんごい人です。そういう人が崩れてくとしたら余計なことで忙殺されて嫌気が差す精神消耗なのでしょうか。余分なとこから痛いとこを毎回じくじく責められてるようですこの展開は。

白石(新垣さん)には訳ありと言うか悩みを抱えた患者さんが多い感じがしますです。

言葉は悪いですが女子供に好かれる藤川(浅利さん)には一風変わった患者さんが来るようです。類は友を呼ぶと言う奴でしょうか。ブラジャーを精神安定のお守りにしてる野郎から我が身傷つけることさえ厭わないストーカーに浣腸大好きないたずらっ子共と。それでも彼らを否定することなく患者さんと同じ目線かと思えるくらい低い視点で患者さんと接する姿が画になる感じです。救命にいるようなタイプの方には思えないのがミソなんでしょうか。

そんな彼らが容態急変の患者さんを救う際のチームワークのよさを見せつけてくれたのですが見応えありましたです。その後の黒田(柳葉さん)の登場はまさに頼れる人登場でそれまでの余裕の無い切迫した緊迫感が一気にほどけてなんかほっとしましたです。そして長丁場を無事終え祭りの後の虚脱感みたいな空気が治療室に流れる辺りは画になってました。

次の日のひどい顔という表現については、戸田さんは髪くしゃくしゃにして説得力ありましたが新垣さんはあまりひどい顔には映って見えませんでした。ストレートヘアーで徹夜を表現するのは難しいことなのでしょうが看護師さんが驚くほどではないような気がしたのは私だけなんでしょうか。

最後患者さんを名前で呼ぶように変化があった動機が白石の言葉「症例で呼ぶな名前があるぞ。」によって改心したとはいまいち説得力があった風には思えなくて、見直してみたんですけど考える引き金を引いたことは間違いなさそうですけど改心した具体的な動機は私の知能ではどこだか掴めませんでした。

唯一気になったのはオペの決意を固めてイソジン液振りまいて赤く染まったのにその次のシーンでは普通の肌の色に戻っていた。些細なことなんですけど、もしも撮影時間が追いまくられていて突き詰めた映像にならないのだとしたらいい作品だけにもったいない気がしましたです。

屋上の黒田と藍沢の会話も渋かったです。そして最後藍沢と一緒に廊下移動してたのは手術を承諾した白石が担当してたおばあちゃんなんでしょうかねえ。よく分かりませんでしたがそう考えた方が辻褄が合いそうなので勝手にそう思うことにしました。

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*いまじぶん

漢字で書くと、「今時分」。

辞書で引くと、今頃の意の老人語となってるものもある。まあ共通語であって遠州弁と云う事ではないのだが他の地域では古臭い言葉となってるらしいが、遠州では年代に関わらず普通に通用する言葉ということで。

例文

「今時分来てなにするつもりよー。」

  (今頃のこのこやってきてなにするつもり?)

「そんな言い方しんでもいいじゃん。ちっとばか遅れたくらいでひゃあひゃあゆっちゃかんて。」

  (そんな言い方しなくてもいいでしょ。少し遅れたくらいで五月蝿く言われちゃかなわないよ。)

「あんたねえ。なにゆってるよー。はあとうの昔に会議終わってるだにい。もう課長カンカンだでねえ。わし知らんでねえ。」

  (君ねえ何言ってるんだ。もうとっくに会議終わったんだよ。課長エライ剣幕で怒ってるからね。覚悟しときなよ。)

「わしだって知らすけえ。会議ん先にお得意さんとこ挨拶周りしとけっつったの課長だにい。」

  (俺だって知らないよ。会議より先にお得意さんのとこ挨拶周りしとけって言ったの課長なんだからね。)

「にしたって何件回りゃあこんだだ時間になるだ?」

  (それにしたって何件回ればこんな時間になるんだ?)

「そんなのいえすけえ。成績争ってる奴に言えるかあ。」

  (そんなの成績争ってる奴にいえる訳ないだろう。)

「ま、ええけどやあ。なんしょそういうこんだで。」

  (ま、私の知った事じゃないから別にいいんだけどね。とにかく状況はそういうこと。)

課長「てんめえ!おんしゃあ今までなにしてけつかったあ。」

  (お前!今まで何してたんだ。)

「課長んゆった通り挨拶周りしとっただよ。」

  (課長に言われた通り挨拶周りしてました。)

課長「やあ馬鹿っつら。会議の前にっつったら?会議の時間までに戻れる程度に回って来いっつっただにい。恥かかしゃあがって。日本語も知らんだかてんめえは。」

  (バカヤロウ!会議の前にって言っただろ。会議の時間までに戻ってこれる目安で回って来いって言ったのに恥かかせやがってこの野郎。日本語も知らんのかお前は。)

ここでのトラブル原因は「先」と「前」の聞き違いによるもの。先も前も読みが「さき」であったせい。

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シバトラ 童顔刑事・柴田竹虎第二話

朴訥な蕎麦屋の店員さんより今回の古着屋さんの方が遥かに違和感がないように感じられる藤木さん。って書こうと思ってたらこのドラマでも蕎麦屋さんの出前に化けてられてたんで話しが通らなくなりそうなので他の言い方に替えます。あくまでほれいけスタアでの役と比べたかったんですけど。

喧嘩強そうオーラはないけど、以前カウボーイという無茶振りとしか思えないような役すらこなされたので元ヘッドという設定でもそうだと言われたらそういう風に見える意外と万能な藤木さんです。もちろんどのキャラクターであっても誠実というか嘘が嫌い苦手という空気感が根底にあってこその話しですけど。そういうキャラクターの設定に左右されないものが見えるということをワンパターンと呼ぶか個性と呼ぶかは人それぞれでしょうけど私は好きなタイプでありまする。多少戦闘シーンは迫力に欠けますけど。

シバトラの最大の武器は信じる心。ひねた大人相手じゃ通用しない武器ですが少年相手ならば最強の武器なんでしょうか。もう殆ど騙す奴が悪いんじゃなく騙される奴が悪いという状況に陥ってる現代社会において、本当にそういう幻想がまだ通用するとしたら世の中の将来も捨てたものじゃないのかもしれませんです。少年係配属と言う設定はナイスだと思いますです。格闘の際の剣捌きもお見事で時代劇でもいけるんじゃないかと言う感じがしましたです。

さすがに私も一応ひねた大人ですので、この最大の武器は嘘くさく思えてしまうのでドラマに素直にはまることはないですけど藤木さんと塚地さん目当てで観てこうかなと。あと真矢さんも出とられてるし。

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正義の味方第2話

第1回ではこの不思議家族に違和感を感じていたんですけど、第2回になるとなんか馴れてきました。

お姉ちゃんはお母さん似で妹はお父さん似。お母さんは高嶺の花としてお父さんに売り込んで見事恩に着せることが出来て今日まで立場上位で幸せに生きている。お父さんはその思惑を知ってか知らずか毎日虐げられて暮らしている。おそらくは自覚はあるが納得(観念)していて幸せに生きている。お姉ちゃんはなんでこんな庶民的な生活環境に満足してるかというと召使いたる妹がいて便利この上ないから。妹はお父さん同様虐げられた毎日を送っているが他の人生を知らないというのとよき理解者のお父さんが居るというのが不幸中の幸いか。お母さんと姉妹それぞれの関係性がまだよく分かっていないけど、お母さんと姉は同格なのか一応お母さんに一目置いているのかまだ理解できてない。妹とお母さんはごく一般的な親子の関係のようである。姉は父のことを歯牙にもかけていない風に今のところ見えます。

コンビニでお父さんと妹がアイス食べてるとこは両者の唯一に近い憩いの場(お母さんも姉も居ない)らしい。お芝居で言うと佐野さんのくつろぎ具合が感じられるけど志田さんはそこまで気が弛んだ安全地帯にいるという感じには映ってません。それはやはり父親の悲哀を表わしておられるんでしょうか。

初回はブログ告発系だったけど今回はその面影無し。第2回はホームドラマというイメージがなぜか印象として残って幾分ホンワカした気分になりました。お父さん(佐野さん)の存在が煌めいておられたからでしょうか。姉妹の関係性においては姉が妹に依存してるとこが可愛らしいと見てて思える関係であって欲しいところです。なんでも出来てしまいそうな姉だけれどその実、妹がいなければなんにもできない姉であってくれたらいいのになと思いますです。妹の姉の下僕のような行動は母性愛的なものであってただ虐げられたものであったとしたら見てて辛いものになる気がしてます。

それにしてもあんな善い人をお姉ちゃんの餌食にしてはならないと思い直しお父さんの誕生日祝いをすっぽかしてまで立ち上がるも、すんでのところで結婚すれば姉が家から居なくなるという開放感の誘惑に負けて、「姉をよろしくお願いします。」と告げ帰り際にほくそ笑む様は本人も言ってたけどやっぱおんなじ血が流れてるんだと説得力ありましたです。ホント笑っちゃいました。

妹の行動は脅迫的なものによる行動ではなく、しょうがないなあやってやるかといった面倒見がいい性格から動くと言うものであって欲しいし、そうでなかったらコメディとして成立しない感じがするのでくれぐれも下僕のように見えないようにしていただきたいところです。

お母さんがまだよく分からないお方なのでもう少し描いていただければよりこの家族が愉しめる感じがするんですけどね。

でもとにかくお父さん(佐野さん)が私のお気に入りです。妹役の志田さんも悲壮感のかけらもなくひたすら明るく演じておられるところがいいです。お姉さんの山田さんが多分加減が一番難しいんでしょうね。単純にSに見えたら薄っぺらい話しになってしまうし、妹に対する行動は感謝の念はこれっぽっちも見せないけどその実甘えてる(依存してる)想いを隠し味として出していかなければならないのですから。そのバランス加減が大変そうです。

このドラマの謳い文句が確か「悪をもって悪を制す」だと記憶してるんですが、むしろ「やることなすこと上手くいく」お話しのような気がしますです。

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ゴンゾウ・伝説の刑事その3(第3話)

なんか陰湿になって参りました。猟犬(刑事)の物語だからもっとストレートな人間関係のうえで物語が進んでくと思っていたんですが、意外とそうでもないみたいで確執がそこはかとなく漂ってきてるみたいです。

それにしても事件は丁寧にかつ迷路の中を迷いがてらじっくりと描かれております。これだけじっくりだと途中から観始めた方でも冒頭の前回までの事件のあらましをダイジェストで紹介するところをきちんと見れば直ぐ追いつけそうな勢いです。

初回の最後で事件が発生し、前回は容疑者らしき人物を発見するも犯人ではなく。そして今回は目撃者探しに紛争するも偽証に振り回される。それでも被害者の記憶が甦り犯人の特徴が新たに提示された。これくらいでしょうかねえ要約すれば事件については。まあ要は進展らしい進展はなかったってことで。

じゃあ何を今回描いていたかと言えば、ゴンゾウ(内野さん)の復帰を強要する佐久間(筒井さん)の意図の断片の提示。そして情けは人の為ならず。ひとりのプーさんを更生させる手伝いをゴンゾウがはからずもしてしまった。余計なお世話ということではなくて刑事の本分という性(さが)がそうさせたのでしょうけど。なのでこの回は人間像を描いた回で事件推理ものという装いではなかったということでしょうか。

ゴンゾウの刑事としての手法は探偵的洞察力によるものではなく刑事版働きマンといったところでしょうか。24時間闘えて群れず諦めない。それは昔のことで今は間逆というお約束のようなギャグが挟まれていましたが本家働きマンはスクープを刑事版働きマンは以前本星を次々と獲得していったということなんでしょうね。

佐久間のゴンゾウ復帰に固執する理由がもし本当に松尾先生(大塚さん)に明かした通りなら随分とドロドロとしたお話しになりそうで好きくありません。出来れば冗談であって欲しいところですけど第1回での尋問のシーンの狸具合を提示されてるとこういう人なのかなあと納得はさせられます。ですが好きくない展開です。

とにかくこのドラマ裏切りの展開目白押しです。鶴(ユイカ)ともなみ(前田さん)の関係からして一緒に帰宅するくらいなら普通なら良好だと思うのにその実鶴は嫉妬心を抱いていたとか、佐久間とゴンゾウの関係にしたってほぼそんな関係っぽいしと。デカ長はもう疲れてるし容疑者は犯人じゃないし、目撃証言は嘘っぱちだしといちいち挙げてたらきりがない勢いです。なんかアンフェアのデジャブー観てる感じにも近く同僚の岸(菅原さん)くらいしか見たまんまの人が居ないみたいな雰囲気です。

働きマンとアンフェア足すとゴンゾウになるのかはもう少しお話しが見えてこなければなんともいえないのですが画質からして明朗会計すっきりくっきりこれにていつでも偶然一件落着といったお気楽な雰囲気ではありません。早めに褌締めておいてよかったです。本当に一寸先が読めない暗中模索な展開のドラマです。もちろんそれは提示するものの出し惜しみによる希少価値を高めているからでしょうが、一話一事件というサクサクドラマではない醍醐味と感じた方が愉しめそうです。ただ警察仲間間でのドロドロは好きくないです。そこんとこは明るく照らして欲しいものです。

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*だいぶ

大分(だいぶ)。遠州弁でのイントネーションは①共通語と同じものと②潜るダイブと同じイントネーションのだいぶと二種類の使い分けをしている。

だいぶ損したを例にすると①の場合相当とかかなり損したと言う意味使い。②の場合その程度が思ったよりもとか予想してた以上に損したニュアンスになる。

①には冷静な印象を持つが②の使い方だと感情的表現が加味された感じになる。もちろん損した度合いに大きな差は無くてもである。

ちなみにだいぶ損したの上はがんこ損した。その上だと馬鹿だいぶ損した・どひどく損した。どえらい損した・こっぴどく損した・こらしょと損した・やんなるくらい損こいたなどと言う言い回しもある。

例文

「はあダイブ歩いただにまだ着かんだけえ。」

「まだだいぶあるで頑張れやあ。」

「うそだらあ。こんだけ距離歩きゃあ十分だらあ。地図見る限りじゃとっくに着いてんとおかしいに。」

「山のハイキングなめちゃかんて。直線道路じゃないだでやあ。」

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モンスター・ペアレントその4(第Ⅲ話)

面白いんですけどねカラっとしててじとじとしてなくて。でもなんというか問題提起(モンスター)が優れているだけに、その解決策がすっきりくっきりといかずとてもリアルな玉虫色に感じられてなんだかなあとストレスが溜まる印象です。

毎回出てくるモンスターが迫力満点なだけにそれを退治するとこを観たいのに対峙してる様だけ提示されましてもという勢いです。結局毎回モンスターさんは替わって次から次へと押し寄せてくる訳ですが、詰まる所モンスターにまで進化した者有利としか読めませんです。反面教師でああはなるまいという想いに訴えかける手法なのかもしれませんし、主人公の弁護士さんの成長記として物語が進んでいっていて今はまだその途中ゆえ明確な解決策に至らないという筋書きなのかもしれませんが。

少なくともキーワードの「目線を下げてみては如何ですか」によって給食停止を思い止まったのは新たなる一歩と言うことなのでしょうけど、ドラマというショーと言う側面からすればお気楽な視聴者からすれば連戦連敗中じゃんとしか映りませんです。達観でも捨て鉢とかいうことではなく所詮世の中ごねたもの勝ちという実際の現実社会を改めてテレビドラマで観て愉しいのか疑問がありますです。その先に行き着いてもらわないと喝采あげようがない感じです。

今回のモンスター。唯我独尊の信念に基づいた非協力な怪物。真に困窮して逃げ惑う怯えた小動物。ごねれば勝ちという社会の真理を悟っている鋭い賢者。それらが結果として給食費未払い者としてひとくくりで扱わなければならない制度というものに綻びが生じているのでしょうか。その中で小動物には解決策を提示したものの残りの二つは明確ではなかったような印象がありましたです。特に怪物については紹介だけで以降解決案すら提示されてませんでした。賢者については散々衝突されてましたけど結局憤慨して退席してまででその後払うようになったのかどうかなにも語られないままでした。親の心子知らずで育ってくれるなら白鳥の足のように親と学校が水面下でひたすらもがいてもいいのでしょうが、子は親の背中見て育つのなら子供に迷惑を掛けられないなんて言ってたって結局大きくなればその子も賢者として育つんじゃないかと思いますです。

やっぱ怪物がそういうのなら怪物の言うとおり一人だけ弁当食わせりゃいい話しでそれで子供が疎外感を得たとしても親がカバーすべき問題で勝手にやらせればいいじゃんって素人には思えます。特に解決策を明確に観たかったのは賢者への対応。あそこまで見事に人の揚げ足取るのに長けておらるるのをどうやってギャフンと言わせるのかホントに観たかったです。こういう輩ホントに多いですから。その処方箋を観たかったです。でも観れなかったのは残念でした。

内容に関してはかくもなんだかなあですけど、今回はひらっちが良かったです。いつも書きますけどこういう感じの役やらせるととても安心して観てられます。こういう若くてダサいけど誠実という男の子やらせたら厭味がありません。強気一辺倒の主人公とのバランスもいい感じです。今回はおいしいとこもきっちり決めセリフ決めてどっちが主役?ってな勢いですらありました。

主人公高村(米倉さん)みたいな超強気な人って職場に一人いると大分迷惑なんですけどいると便利(助かる)なんですよね現実な話しで云うと。絶対傷を舐めあう仲良しなあなあグループみたいな組織にはなりませんもの。今まで具体的な鉄槌食らわしてなくて「お役に立てなくてすいません。」という言葉は真実ですけど、組織としての目線だけでいけばこの人が入ることによって間違いなく緊張が起こる刺激物であることは間違いないのですから。こういう貴重な存在って浮きがちになりやすいんですけど望月(ひらっち)がそれを繋ぎとめていて貴重かつ重要に思えます。以前トークバラエティで吉田拓郎さんが「すんげえバンドって必ずなんでこんな奴いるんだってのが一人はいるよな。」とのたまっておられたのを思い出しましたが、組織の潤滑においては能力だけでは推し量れないものが必要なんだろうなと改めて思いましたです。高村にしても望月にしても。

モンスター役豪華かつ迫力毎回ありますです。東さんとメグミさんの夫婦も存在感ありましたです。これで暴力的匂い漂わせたりなんかしたらただのチンピラさんですが善良かどうかは知りませんが一般ピーポとして見えてました。ただの甘え(社会に)てる大人になれてない大人感がよく出てて観てて確かにむかつきましたです。

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*めんどっちい

面倒くさいと言う意味であるが、これが方言かと言うと疑問は残る。地域性が限定されてるかと言うとこれも疑問が残る。だが標準語では決して無いし共通語と言い張れもしないので一応記載。より変化して「めんどい」という表現もあるにはある。

面倒と言う表現に凄くを付加した場合、遠州弁では「馬鹿」と「ど」が頻繁に使われるが、「ど」を使う場合「どめんどう」・「どめんどくさい」とかで「どめんどっちい」と言う使い方は殆どしない。「馬鹿めんどっちい」が一般的である。他には「がんこ」・「くそ」が使われることもある。

例文

「腹減ったあ。めしでけた?」

  (あーお腹空いた。ごはん出来た?)

「まだにきまってるらあ。そうせかいちゃかん。」

  (まだに決まってるでしょ。そうせかさないでよ。)

「なんでこんな時間食うよお。」

  (なんでこんな時間かかるんだい。)

「あれえ、けっこうめんどっちいだにい。ただ煮込みゃええっつうもんじゃないだで。骨とったりなんかして下準備とかが手間んかかるだあれ。」

  (あのねえ知らないの?結構面倒なんだよ。ただ煮込めばいいってもんじゃないんだから。骨とったりとか色々と下準備に手間がかかるの。)

「喰えりゃなんでもええで、早くしてくれやあ。」

  (食べれればなんでもいいから早くして。)

「なにゆうよー。不味けりゃ残す癖して。」

  (よく言うよ。不味いと残す癖に。)

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あんどーなつその2

しほりんの最大の役者さんとしての武器は土着性のある存在感にあると私はみています。地域性を表わす武器である方言や言い回しの妙は老練な感すら憶えますです。風林火山での山梨の言葉は似たような言葉を発す遠州人の私でもなんら違和感を感じませんでしたし、SGにおいても誰よりも日常的な言葉を放っておられました。ちりとてについては途中で挫折しましたので強いことは言えませんがその力量(福井の言葉)は如何なく発揮されたものと推察されます。いまのところ甲州・駿河遠州地区の言語を使って芝居された役者さんの中ではもっとも上手いんじゃないかとも思っています。

そして今回のあんどーなつ。浅草地元っ子ではなさそうですがしゃべくる言葉はほぼ標準語。武器をひとつ隠してのお芝居ということではてさて如何相成りますやら。

よくよく考えてみれば、ここって助さんも聞きなさい角さんも聞きなさいとか言うお化け番組の時間枠じゃないですか。当然生活リズムが慢性化してる人にとっては番組が違えども無意識にテレビのチャンネルを合わせる場所だったんですねえそういえば。私のようなあっしには関わりのねえこってと言う種族とは明らかに異なる人達が観るドラマなんでしょうね作りとしては。当然王道を往く正攻法の作りなんでしょうかね。

今回のテーマはのれんを守るとはどういうことか。時代のせいにしてはならない。職人の技術のせいにしてはならない。新作を作ることは時代と共に歩むため。職人が菓子をつくるのではなくのれんが職人につくらせるもの。禁じ手を破ることの意味。老舗の伝統には謂れがあってそれを打ち破るには「仕方が無い」という作り手の都合による理由は許されないことであると言うこと。許されることができるのはお客さんのおいしいを聞くためにならということ。

キーワードは頑固、仲をとりもつはタイミングではなく人。なつの実家は福井。今回のなつのレベルアップポイントは「のれん」の意味を知ったこと。

私としては風吹ジュンさんがいい味だしてられて印象に残りました。路地でのかみさん連中の世間話しの時の表情、最後のほおずき食べる時。

親方(國村さん)の下町暮らしの風情も画になってましたが、なんで髪茶髪系なのか気になりましたです。地毛ということなんでしょうか。それとも故あって染められてるのか。下町に住む頑固一徹な職人らしからぬ風に感じられていと不思議。

しほりんは恋人と接する時とお店での気の張り具合に違いのアクセントをつけていてさりげなく上手いなあと思いますです。在所が福井と言うことはいつか福井弁を駆使する回が訪れるのでしょうか。福井の人は期待してるでしょうね多分。

それにしてもお後が宜しいようでとばかりにエンディングのナレーションが洒脱で江戸の粋を感じますです。縁結びはなにも男女に限ったことではないというのは上手い!とマジで唸ってしまいましたです。

私のような奇道を快とするタイプにとっては王道を勉強する勢いで見るしかないのですが役者力が充実してますからなんとかついていけそうな雰囲気はありそうです。

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調子合わせの言葉

関西人は「アホ」は気にならんが「馬鹿」には怒れるらしい。

名古屋人も「たあけ」は気にならんが「馬鹿」には馴染めない。

遠州人は「馬鹿」は屁とも思わないが「アホ」も「たあけ」もムッとする。

屁とも思わないのは意味のない調子合わせのようなものだから。

そういう言葉は他にもある。

「あんた」・「ほい」・「ちょっと・ちょい」・「あれえ」・「やあ!」・「ほんと」

ホントに意味はないので真に受けないことが遠州弁のヒアリングの極意でもある。共通語の「あのう」みたいなもんであるが気には障る時もあるが致し方なし。

例文

「あんたあれだにいこないだ。最近ちいとも顔見せなんだだにそれがあんたやあっとかぶりにでさあ。そんがあんたあれよーきんのうひょいと顔出して来たもんでえ『あれえどうしたよーあんたぁ。』つって声掛けだだに、ほいたらあんたボケただか知らんがあんたそっぽ向かれただよお。ちいとやっきりこいただよおホント。」

  (こないだね、久し振りに昨日顔見せたもんだからちょっとびっくりして、「ひさしぶり。」って声掛けたんだけどね。無視されちゃって忘れられたのかとついムっときちゃった。)

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奈緒子

「上野樹里」が美しい姿だなと思えるのは走る姿だと思っている私です。

チルソクの夏と金田一少年の事件簿では陸上部員役ということでその容姿が確認出来ますし、SGでも冬のシーンのしょっぱなで思いっきしこけてましたです。とにかく画になる姿だと思いますです。

今回はマネージャー役ということではありましたが、その走る姿を十分拝見出来る作品であります。奈緒子といえば「白」がイメージとしてはっきりしてるキャラクターなので、世間では「赤」が映えると言われている樹里ちゃんですが、今回はどうすんだろうと思ってたんですが真っ向勝負の「白」で来られてましたです。無理してる感はなかったのと特に見終わった後の感想とかはなかったので、つまり似合わなくもなしよく映えるでもなしということでしょうか。どちらかと言えば全体よりも表情追ってた傾向に眼が行ってたということなんでしょうね多分。それも目元ではなく恒に何か言いたそうな口元に視線がいってました。のだめの時は逆に手や腕の動きとかを注視してて顔はあんまり見てなかったしラストフレンズでは目元(眉を含む)に目線がいってたんで。役によって雰囲気がガラリと変わる風に見えるのは実はもしかしてこういう見る側の目線に変化があるからかもしれないです。もっともそんな美人じゃないと私が思い込んでいるせいなのかもしれませんが、ホントにお綺麗ならお顔(特に眼)に目線釘付けで他に目線なんかいかないですからね。いいほうに解釈すればどこを観ても画になるということですけど。ちなみに数度見直してみたら手の動きも画になってましたです。でもやっぱ今回の基本はずうっと何かを言い出したいのではと思わせてた口元でしょう。

お芝居に関しては言葉を介さずに感情表現する役回りなので存在感がもっとも重要だったと思われますが自らを幼い頃に封印してしまった(劇中では時間が止まったままと表現されてる)役でもあるので出過ぎたらこれもまたおかしな話ですのでそのバランス感覚が試された役ともいえるかもしれませんです。数少ない感情表現が馬鹿丁寧なお辞儀と全力で走る様のような気がしてその辺りの印象が強めに残っています。ボディランゲージと言うほどではありませんがそんな勢いの感じがしましたです。

雄介は三浦春馬さんが演じておられるのですが、原作のマンガを読んだ時、私にはアトム=雄介というイメージがありましたです。エリートということではなく人より優れているなにかを持つがゆえの孤独感を背負ってるようなところがそう思わせたのでしょうか。そのマンガの雄介と三浦さんの雄介を比べると三浦雄介の方が大人っぽい印象がありましたです。部員達との葛藤のシーンとかでマンガ雄介は無邪気(無心)ゆえに周りを傷つける感じでしたが三浦雄介は理解した上での周りとの軋轢のように映りました。走るシーンにおいては美しさがあって画として成立してましたし説得力ありましたです。

笑福亭鶴瓶さんは存在感ありましたです。長崎を舞台にしてるのに関西弁という疑問は解消できませんし余命後僅かという割りには健康そうに見えるとかいう突っ込みはおいといて、いいセリフバンバン吐いてられてましたです。ネタバレしても仕方ないので具体的には書き残しませんが唯一の大人だなあと心底思えますです。もしかしたら主役はこの人だったんじゃないのかとさえ思えてしまいます。

他には見た目のインパクトとして坊さんの卵は普段の所作とかダレきった集団の中では印象が強く残りました。お芝居一族の柄本時生さんも噂に違わず存在感ありましたです。佐津川愛美さんもちゃっかり存在する感があって高校生らしさを増幅させてくれてます。

全編走る走るのオンパレードでしたが合宿初日から最後のレースに至るまでしっかりと成長の跡を素人でも判るように提示されてるのはありがたい配慮でした。ただレースでの極端なエンタテイメント追求型のような分かりやすさはそこまでしなくてもという想いは湧きましたです。箱根駅伝とかでリアルな駅伝テレビ桟敷で見知っているだけに作り過ぎは煮込みすぎというか味が甘ったるくなる勢いに感じます。まあ原作もこんな感じではありましたけどそこは絵と画の違いはありますから。

気になったのはレースの実況中継とレース中に流れる音楽にざらつき感を憶えました。よくある展開説明口調の実況中継でしたが、ナレーションなり心の声とかで表現できないものなんでしょうか。それと音楽ですがなんかイマドキの感じではなく一世代前のような感じがしました。あえてそういう選択をされたんでしょうけど意図が良く分かりませんです。浮いてるとまでは言いませんが他の曲とは異質な感じがしましたです。

ひと夏の若者達の成長記と呼ぶには駆け足過ぎてそうだと決め付けれる印象はしないのですが、DVDのパッケージに謳ってある「この夏一番熱い、僕たちの青春」という文句の通りとある一頁を切り取った熱気は感じられます。これで終わりではなくまだまだ彼らは続いている訳でそのなかの一瞬を描いた作品であってまだ道の途中という雰囲気に満ちておりますです。もちろん原作マンガ読みかじってるからこそ吐けれる感想ですけど。原作に結構忠実な作りでそれの実写化ということになるのですが、イメージを壊さずクリアに成立させている辺りは好感が持てますです。それに今くそ暑い中で観てるというのも登場人物達の目線に近づけてるみたいなとこもいいのかもしれませんです。なにせ映画の公開2月でしたから。やっぱ夏の盛りに観た方が映えると思いました。古厩監督と言うことで「ロボコン」とつい比べてしまう俗世間思想の私ですが、あちらは凡人こちらは宇宙人。描く対象が違うので高校部活のひと夏というくくりでは片付けられない感じがしますです。ですが、やっぱ凡人を描くのが上手な監督さんなのかなとつい想像してしまいますです。襷を繋ぐべく部員達の息づかいが荒くはありますが鼓動が伝わって来る感じがしましたです。

この作品の感想というか感覚としては、ストーリーを愛でるならマンガ読んだ方が興奮しましたです。なので役者さん愛でる作品じゃないかと思います。私は鶴瓶さんが良かったので好きな作品の部類に入りますです。これでセリフの言い回しが長崎の言葉だったらもっと良かったんですけど。

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*うでたまご

ゆで卵のこと。

茹でる(ゆでる)を「うでる」と言う。もちろん人それぞれで、小さい頃どっちを言うのかクラスで聞き回った記憶があるが、確か半々くらいだったような。一応「うで」というのははしたないとされている風潮はある。

「うだる」だから「うでた」でいいじゃないかというなんぼこっちゃといった意見もある。

地域的にも遠州限定の表現ではないのだが、まあ一応こういう人もいると云う事で記載。

例文1

「うでたまご喰うけ?」

「黄身んパサパサのなら要らんにい。」

「半熟のドロドロけえ?わしあんまし好きくないやあ。」

「そこまでとは言わんけど茶ぁとか欲しくなるようなのは勘弁ね。」

例文2

「今日うだるけに頑固暑いで、卵外んだいといたら勝手にうでてるかもしれんにい。」

  (今日はうだるような暑さだから、卵外に出しとけば茹で上がるかもしれないね。)

「じゃ試しにやってみいや。」

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Tomorrowその2

竹野内さんががんこ格好いいです。正義のヒーローみたいなピンチになると覚醒するみたいな感じで爽快感がありますです。もちろんそんな単純なお話しではありませんが観てて気持ちいとこ要約するとこういう表現になるということです。

菅野さんの役どころ愛子は「懸命」という言葉が適切のように思えますが、第1回の時とは違って気の張り詰め具合が柔らかめに感じられました。妹との会話が主だったということもあるのでしょうかとても穏やかな感じがしましたです。妹が倒れたり病院経営に対する見解の違いから対立する遠藤(緒川さん)に妹の治療の為に信念を曲げて頭を下げる展開があったりと心安らぐ筈もなかろう状況がありながらも大雑把な印象としては丸くなったというか穏やかな印象を受けましたです。特にお気に入りのシーンは森山(竹野内さん)を呼び止める「待て」の言い方が魂胆ありそうな小悪魔的で好きです。そのほかにも言葉を多少崩した世俗的な表現を使われてるところも庶民というか一般ピーポっぽくてナイス選択だと感じます。例を挙げると「良く憶えてるねえ。」を「良く憶えてんねえ。」・「全部スーパーの惣菜だってえの。」を「だっつうの」などなど。

未払い患者を警察に即突き出すのは一方ですっきりした気もしますし、保険料払えない世の中と言うことに納得できない部分もありとちと痛し痒しの空気を吸った感じでした。ごねる役とかもBoBAさん上手いです。

「人間時には逃げる時間も必要なんじゃないのか。どんどん逃げて傷が治ったら又やり直せばいい。」という仙道(岸部さん)の言葉。含蓄ありますが、特殊な資格を持つ人の話しであって一般ピーポには当てはまらない気がいたしますです。替わりは幾らでもいる。だからこそ続いていけるのであって自分がいなきゃ仕事が回らず周りに迷惑がかかるなんて思ってるのは当の本人だけというのが普通の世界だと思いましたです。ま、森山には効く口説き文句ではありましたけど。

愛子が頭下げて病院紹介を遠藤に依頼するシーンは3人とも細かい感情表現されてて見応えありました。「買います。」と言うために2度頷いて心を整理する愛子。それを南無三とばかりで忸怩たる想いを飲み込む森山。その答えを聞いてホラみなさいと勝ち誇るかと思ったら以外にも(答えに)残念そうに一瞬目線を下げ口をきゅっと結ぶ遠藤。それぞれの思惑が私みたいなど素人でも読み取れて見応えありましたです。それに輪をかけてアップで画を繋いだ親切カメラワークも分かりやすくてとてもテレビドラマらしい感じがしました。

それで、話し脱線しますが、良くわかんないことはたくさんありまして

まず、遠藤。優秀な外科医ならば腕一本で生きていこうと何故せずに病院再建稼業に手を出すのか。患者には冷酷ですが治療には誠実に思えるお医者さんだけに地方の市民病院に来る理由が謎に思えます。そしてこの人は森山と愛子にとっての障害という相反する存在なのかどうか。遠藤の関与する別の病院で寝ている患者は誰でどういう関係なのか。

副市長の蓮見(陣内さん)は遠藤同様立ちはだかる障害なのか傍観者なのか。

森山の犯した医療ミスとはどのようなものなのか。

ほんで話しを戻しますけど、その後の展開は森山のウルトラマンぶりと愛子の感情の動揺を愛でる勢いで一気に加速という感じで早い展開でした。遠藤を携帯で説得するくだりが心地よかったですね。それに応える遠藤もあながち悪い人には見えないから始末に負えないのでしょうか。いつまでも地球人に化けてても仕方ないですから24時間変身解かない常態の状態にそろそろなって本腰入れて再建に努力して欲しくなりました。聞いた所によると実在のモデルが存在されるそうで。だとしたら間違いなく明るい方向に物事が進む筈でより一層安心して観ていられそうな予感がしますです。それと入院患者さん役で気になる役者さんがおられたのでその方の動向も気になるところです。まあ時効警察の時ほどぶっ飛ぶことはないでしょうけど。

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ハチワンダイバーその6

第10回のお話し。ここまで主役がへたれだとさすがについていけませんです。もちろん役者さんの問題と言うことではなくキャラクター設定での問題なのでしょうけど。お話しの内容もどうもという領域であまり感想とかはひねり出せませんです。

なんで役者力と斬新な画とかに期待して見てました。

戸田菜穂さんがえらく印象に残りましたです。底抜けに朗らかなキャラよりどこか切ないものを抱えているキャラを演じられると映える気がしますです。お母さん役も違和感感じないですしそれでいてあまり生活臭さを感じさせない清楚さもあって存在感が苦にならないお方です。ドロドロ劇に似合うかどうかは分かりませんが色んな情景にはまる役者さんだなあと思えましたです。

来週最終回。ここまでぶっ飛んだ展開をどうやって締めるんでしょうか。まあ壮大な親子喧嘩に主人公が振り回されたってのが今のところの展開ですけど。父桐嶋はお亡くなりになられたのか気絶されただけなのか。それによって大きく違ってくるのですがどちらにせよ何に感激すりゃいいのか良く分からないことだけは確かです。

暑苦しさを若さとして愛でるのか、こんなへたれでも一途で純粋なら女性に好かれると言うもてるための条件を提示しているのか、それとも斬新な切り口の革命ゆえの粗暴な荒削り感を愉しむのか。

作り手の遊び心があまり感じられなかったような気がして、そういう部分がもっとあったらより愉しめたような気がしないでもないです。大人の役者さん達が遊び呆けている中で主人公だけがくそ暑苦しい空気感だったらもっと気楽に見れたんですけんど全体的に一杯一杯な空気感が漂っていて見てる方も余裕がありませんでした。まあ命懸ける真剣勝負ということなのでおちゃらけはご法度なのかもしれないですけど空気抜けの部分が欲しかったと思えたのは事実です。

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魍魎の匣

おとろしいのは好きくないので映画館では観ておりませんでDVDで観ました。なんでDVD買ったかというと前作(姑獲鳥の夏)の廉価版DVDがこの映画の番宣的目的で出た時に価格の魅力に負けて買って観たらそれなりに京極ワールドの余韻が離れなかったから次も見てみたいと想ったからであります。でも今回はおとろしくはありませんでした。

で、そんなこんなで観た感想なのですが、色々と湧いて出ますです。良い感想も悪しき感想も諸々に。観終わって直ぐには期待はずれの想いが強かったのですが、いざ感想書く段になると、いや待てよ?と考え直す部分がぼこぼこ出て来てもしかしたら期待を通り越してたんじゃないのか?といつも以上に見直す回数が多い映画でした。

*良い酔い好い

まあホント壮大なストーリーです。良くこんな事思いつくよなあと感嘆するしかありません。物語の展開について物申すことございませんです。さすが映画という勢いです。原作が余程良いんでしょうか。ひっかけや回り道無駄足を踏ませず展開が突き進んでいく王道を感じましたです。

役者パワーが物凄いです。確か堤さんと椎名さんと阿部さんは同い年とかでそこが源流なのかはわかりませんがとても絶妙な掛け合いが魅力です。柄本さんの達観を突き抜けたような存在感も魅力的でした。諸悪の根源をひとり(ひとつ)に全て着せるのではない辺りもアリな展開だと思えましたです。

前半と後半では全く違う映画を観ているような印象を持ちましたです。てんでバラバラの出来事が最後に向かっていくにしたがって段々と繋がっていく様は練り方が半端じゃないなと思えます。時間がしょこしょこ遡ってしまうのは知的過ぎて私の知能では整理するのに頭が膿むので勘弁して欲しいところではありますが、終わってみれば無駄がない作りだと気づく訳で綿密さをホント感じますです。

スプラッターというか猟奇的な部分はえらく頭の中に残像が残る刺激的なものでした。オヤジの歳でよかったです。中坊以下だったら暫く余韻を引きずりそうでした。谷村美月さんがとても効いておられます。

ついでに、ま、どうでもいい感想なんですけど足音がなんかいい音してましたです。

*なんだかなあ

私みたいな素人でも日本ではないと感じられるアジアンチックな街並でした。中国でのロケらしいんですけどこの景色を日本と見立てて観ることは私には出来ませんでした。お社とかは日本での撮影でしょうからそのちゃんぽん具合が私にはついていけませんでした。エキストラの方もおそらく中国の方のようです。見た目の家の作りや運河の雰囲気といい人々の表情といい想像力で補う能力に欠ける私にはついていけなかったです。原田監督は以前「狗神」で古い因習を抱えた日本の負の風景を綺麗に描かれておられる実績のある監督さんなのでこれはもう確信犯的な画なのでしょうが、私にはついてけません斬新さでした。

謎の教団を暴くには陰陽師たる素養が不可欠でなくてはならなかったのですが、他の二つの事件については陰陽師つまり大和心の存在価値が低めでした。前作には和のテイスト満載でそういう意味での厳かな不可侵の領域をそこはかとなく感じたのですが。今回は戦争によって狂ってしまったままの心の歯車を停める純粋な冒険探偵的要素のほうが強く感じられて陰陽師というよりも元関係者という感じの京極堂という装いでした。非常に理詰めで幻想的な空気感が漂ってきませんでした。

加奈子の存在は理解できるのですがその行動と発言は何度見ても理解できませんです。特異な生い立ちゆえの不安定な謎の不思議少女と片付けてしまうしかないのですけどそんなんでいいのかなんかすっきりしませんです。私は揺れ動く思春期の傷ついた乙女心なんてものは理解できないんでしょうか糸口すら掴めませんです。

*以下はネタバレありかもしれませんので、まだ観てない方は読まれない方がよろしいかと

始まりの戦場のシーンは榎木津(阿部さん)が特殊能力を得るに至った経緯の説明かと思って観ていたんですが、それがとんでもない勘違いというか作り手のマジックだったと最後までいって気づきました。パンドラの箱はその時点で開けられていたなんてね。こなくそ見事たばかられたという勢いですわ。こんな感じで繰り返し観てはじめて理解できる部分とかが結構あってたばかられ具合が面白かったと思えた部分と単純に分かりづらいやと思える部分が交差していて微妙で疲れましたです。

関口と言うキャラは前作は永瀬正敏さんが演じておられ今回は椎名さんに変わられて、別にあっそうてな感じで違和感はなかったのですが関係性に馴れるのに時間掛かりました。お二人の役に対するアプローチの違いを楽しむという悦もあるのかもしれませんが、堤さんとの組み合わせからみれば、緊迫感では永瀬さんの関口が、腐れ縁的友情と言う点では椎名さんの関口が見応えありましたです。もっとも前作は関口目線で展開が流れていたせいなのでしょうけど。

陽子(黒木さん)の活躍を象徴する白黒のチャンバラ映画からはとても現代的な印象を受けました。少なくとも私が知ってる昔の時代劇ではなかったです。どういう意図からこういう絵柄を選択されたのか私の頭では理解できませんです。中国の風景を東京に見立てたりとある意味時代考証を意識的にぶち壊していると想像されますがそれがどういうメリットが生じるのか私にはホント分かりません。

戦争のどさくさというのはなんでもアリで溺れるものは藁をも掴むという感じなのでしょうか。戦争に勝利するためあらゆる可能性を探るというのは現実では毒ガスや原爆を産む要因になる訳ですが、空想世界では鉄人28号を産んだりもしてる訳で今回の死なない兵士創りというのもあながちありえないことでもないのかなと思ってもしまいました。鉄腕バーディにも氷室という人物がそういう類の研究してたような。大枚をはたかなければ成就しないような壮大で、しかも決して世界平和の為にではない邪まな研究というものをありえる風に見せるには戦争の狂気が不可欠かつ可能性の説得力を感じさせます。それにしても箱そのもが生命体だったというのは壮大なお話しです。

3つの事件がうねりを上げて重なり合っていくのですが、存外早くにこの3つの接点が提示されます。にも関わらず決着をみるのに大分時間を要する辺りは単なる謎解き推理物とは異なるお話しなのでしょう。京極堂がその重い腰をなかなか上げない展開は前作も同様なんですが、前作は変身したウルトラマンみたいな活躍だったのに対し今回は葛藤(過去からの流れ)を随分多めに含んだ人間っぽい感じでした。そういう部分が陰陽師っぽい感じがしてなかったのかもしれません。

「はこ」については猟奇のトラウマの始まり、建物、厄除け教団のしるしと全てに於いて連なっていて妙を憶えるのですが、「魍魎」についてはその存在は京極堂と関口・京極堂と美馬坂とのやりとりで語られてるのみで、その存在感が画として映っていなかった風に感じます。「狗神」でも狗神そのものを提示されなかった監督さんですので意図的に今回も提示されなかったのでしょうか。人が創りだす物。又は人間そのものが魍魎になるのだから人を映せば良いのだと言う理屈も分かるのですが。姑獲鳥の夏でも具体的な提示はされてませんでしたが映ってないけど何故かそこに何かがいるという空気感を味わえましたのでそこいら辺は不満が残ると言うか想像力の無い私には味気ない部分でありましたです。

エンディングは文字の世界ではありえないだろうなと思える程どうとでも取れる展開になってます。さすが映像の世界と言える訳でこれぞ映画といえなくも無いのですが、箱館からの脱出くらいは見せきって欲しかったというのが素直な感想です。米国映画あたりならそこを見せ場に持ってくるじゃないですか。それを略すことによって和のテイストとしたのだとしたらつれないと感じます。省略するメリットは一体なんだったんでしょうか。

結局つまるところこの作品に私が引き寄せられるのは役者力によるものが大きいのでしょう。画的には中国の風景を日本と言われてもピンとこなかったし、壮大に盛り上げておいて最後は玉虫色にぼかすエンディングも爽快とは程遠い印象でした。物凄い人材に魍魎が憑くと空恐ろしいことになるという始末に負えないお話しということなのでしょうけど関口が最後に京極堂に聞いていた魍魎封じはできたのかいという質問。私も良く判んなかったものでありました。この面子で第三弾が封切られたら観るかと問われれば多分観ると答えますけど人に薦める勇気はありませんです。比べるのは大変不遜ですが、薦めるなら「姑獲鳥の夏」の方をお勧めしますです。

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*うわっかあ

上の方(表面)と言う意味「上の側」が「うわっかわ」になり「うわっかあ」にまで変化して訛ったと考えられる。

「うわっつら」という共通語の言い方もあるがこちらは多分物の表面と言う以外にうわべという意味合いも強くなるのでニュアンスは異なる。遠州弁の「うわっかあ」にはうわべという意味はない。

注意すべき点は裏側を「うらっかあ」と言うので聞き間違いしやすい場合がある。

例文1

「ちゃんとうわっかあの灰汁とっとかんと味落ちるにい。」

  (きちんと表面の灰汁とらないと味が落ちるからね。)

「下の方のこどんでるでるのはなんもせんでええだか?」

  (底の方に沈殿してるのは何もしなくていいの?)

「特にいぜらんでも焦げにゃあええよ。」

  (焦げなければ特に気にしなくていいよ。)

例文2

「うわっかあに焦げ目んついたら裏っかあもおんなしように火い通すだあれ。」

  (表面に焦げ目がついたら裏返して同じように焼くんですよ。)

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