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*だん

~だけれも・~だがとかいうニュアンスの意味。説明するのがなんか難しい。

うちの集落では「~にゃ~だん」(~には~だけれど)といった組み合わせで使うことが多い。

単体で例えば「買うだんどう使わすかやあ」(買うけれどさてどう使おうかなあ)という使い方もありえそうなのであるが、「買うにゃ」を省略した言い方と捉える方が無難な解釈かもしれない。

掛川以東のほうだと「~だけえが」という表現になる。

例文

「どうでえ、これでええだぁ?」

  (どうかな。これでいい?)

「ん~。ええにゃええだん。なんかしっくりこんなあやあ。」

  (うーん。いいにはいいんだけどね。でもなんかしっくりこないんだよね。)

「どこがよー。はっきしゆっとくりょそこんさあ直すでえ。」

  (どこが?はっきり言ってよ言ったところ直すからさあ。)

「ん~。どうしっかな。・・・・・まっええかあ。これでやらまい。」

  (うーんどうしようかなあ。・・・・まあいいかあこれで。)

「ほんとけえ?後でやっぱ駄目だっちゅってもわし知らんでねえ。」

  (ホントにいいの?後でやっぱりやり直しなんて言われても駄目だからね。)

「ほいたら全部やり直すけえ?」

  (だったら最初っから作り直すかい。)

「いや。それはつらいやあ。」

  (いやそれはなんか厭。)

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速攻の再放送

最近、ドラマの再放送がえらく花盛りのような気がするです。しかもまだ放映中のものを。局によって深夜帯であったり昼間であったりの違いはあれど。

見逃してしまった人の為になんていう親切心から湧き出たものならば、ここ最近急にこの傾向になる筈も無く。やはりどうみても視聴率向上計画のひとつとしか思えない。

一時期フライングで、例えば以前は20:00番組スタートだったものを19:54からにしたりというのがあっていまだ継続しているものもあるけれど。これについては他局の見たい番組と数分間重なることになる場合があって、両方見ておきたいと思っても二者択一を迫られる時もあり非常に迷惑なフライングであった。今で言うとオトコマエ!とルーキーズが被るという被害に遭っている。

そして今度の再放送攻撃であるが、東京ローカルと呼称されるドラマとかが地方では深夜帯で見れたかもしれないのにそういう枠を再放送にとられてしまうという地方の悲哀があって切ない話しなのである。特にテレビ東京は静岡県では見れず、かろうじてテレビ愛知の豊橋からの微弱電波を受信してけっこくない画面でみれるくらいなのである。普通に見ようと思ったら深夜帯に期待するしかないのである。

おそらくは効果があるからどこもかしこも始めたのだろうけど、一体全体先駆者はどこぞの局なんだ?イメージ的に言うとフジテレビ辺りの薔薇のない花屋くらいがイメージとして残ってるのが私の中では最も古い印象なのだけれどもそうなのかな?

いずれにしてもリアルタイムで見てるものにとってはあまり嬉しいサービスではないと思えます。

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コード・ブルーその2(第2話)

鬼軍曹の存在は最前線での成長記ものには欠かせぬ存在です。今回のその役回りは柳葉さんが担われておられていて、その鬼軍曹振りが気持ちいです。

それにしてもネタが豊富と言うか様々な患者さんが次から次へと訪れて参られるものです。出し惜しみすることなく途切れずというか息つく暇も無しで、最前線の雰囲気というものを上手く表現されてるものだと感心しますです。4人を平等に扱うとこうなるということではありましょうが、余程資料集めと言うか取材したうえでドラマ作りに望んでられるんだろうなあと推察されます。小ネタじゃないですもんねそれぞれの出来事が。

さすがにクレームというか謝罪の部分はあんな衆知の場でやるんかい?医者に手を掛けて(突き倒さんとして)済まされるのかい?などという疑問符はつきましたけど。でもやはり医療ドラマはフジテレビというブランドを感じますです。

でも早いですよねえ。あっという間に一時間過ぎてました。そんだけドラマの世界にのめりこんでいた訳で惹きつけられるドラマです。4人のそれぞれの葛藤と活動の様をそれなりに均等に描いていくのは散漫になりやすいし深くえぐりきれない畏れもある訳ですが、役者さんが短い持ち時間(与えられた数シーン)で各キャラクターをきちんと表現されてるようでそういう意味での物足りなさはなかったです。先が読めない展開でもあるので見てるほうがついてくのに一杯一杯ということもあるのかもしれませんが、このペースで最後行くとしたら一体幾つの症例が飛び出てくるんでしょうか。

いづれにしても心身ともにタフでなければやってられないご職業のようです。気の持ちようで病気になれば死ぬもの。それを運よく助けてくれるのがお医者さんという気でいれば、助けてくれたことに感謝の念を抱けるものだし助からなくてもそれが定めというものと納得出来るんじゃないかと私なんか勝手にそう思ってます。なので医者は助けてくれるものであって医者は治すものだと決め付けるのは野球は永遠に日本のスポーツの盟主だといってるのと同じくらいの幻想なんじゃないのかと思う次第です。ドラマであっても死を医者のせいにする方向性は好きくないです。

別にこのドラマを観て医者への信頼性が無くなったといってるわけではありませんよ。医療だけでなくどの世界でも最前線での道は険しいものですから。それを目指す人間はやはり尊敬しなくてはいけませんです。世代交代ってほどじゃないけど次に繋がっていかなければ未来はないのですから。この4人には頑張れと応援したくなる雰囲気がありますです。藍沢(山P)が放った「この中で誰に助けて貰いたい?」みたいな質問に対しては今のところできれば黒田先生か三井先生にお願いしたいと思う不届き者ではありますが、成長記として愉しみたいドラマであります。

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*くろ

漢字で書くと「畔」となる。田んぼの畦道という「あぜ」と言う意味が共通語。辞書等では田と田の境・あぜ、とかいう意味になっている。

遠州ではそういう意味からは飛躍して田んぼだけでなく隅っことかはじっこ・かどっこなどと言う意味で使われている。

「道のはじっこ歩きなさいよ」を遠州弁にすると「道のくろ歩けやあ」となる。

「たんすの角につまづいてなんか怒れる」だと「たんすのくろけっからかいてやっきりこくやあ」となる。

余談だが、「畔柳さん」を「くろやなぎさん」と読める人は意外といない。完璧に話し言葉であって書き言葉では「くろ」という表現はしないからであろう。

例文

「あんたあ、まめに掃除してる?」

「してるよ。」

「うそこいちゃかんて。にしちゃあほれえ見てみっせーくろの方埃浮いてるらあ。」

「しょんないじゃん、掃除機届かんだもんで。」

「届かんだじゃないってアンタ。埃吸うの体に良くないだで、ホントちゃんとしんとかんて。」

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正義の味方第1話

志田未来さんは映画「雨鱒の川」と「わたしたちの教科書」くらいしか拝見していないので余り知らないという部類の範疇の役者さんです。なので、何かに抗うというか立ち向かう人という決めつけが私の意識の中にあるのかもしれませんです。

で、まあ今回もそういう意味じゃぶっとんだ姉に虐げられても明るく生きるというなんとなくな運命に抵抗する役と言えなくも無いのですからイメージのままと言えば言えるのですが。それにしてははっちゃけ具合がもうコントの領域かと錯覚してしまうほど弾けてますです。なんでもやるお方なんだなとびっくりした次第で。髪は決まらずボサボサで変顔はされるしと許容量のあるとこは凄いです。それにしてもなにげない仕草とかホント上手い方なんですねえ物凄い自然で。私の知り合いが志田さん出とらすドラマなんで観ないんだと不思議がられてたんですけど、なるほど確かに存在感ありますです。

始まりはブログ風でなんとなしに「鬼嫁日記」を彷彿とさせる展開に思えました。それにしてもめげないと言うか明るいと言うか順応してるというか、こんだけ出来のいい姉と恒に比べられてしかも悪魔と暮らしてる凄い状況にあるのに悲壮感がこれっぽちもないえらく前向きな印象を受けよくぞと感心しますです。よくひねくれたりせず真っ直ぐに育ってるものよと感心するばかりですが、ご両親のおおらかさが救いの源なのでしょうか。

ご両親といえば佐野史郎さんが能天気な人間辛抱だが信条の父親役されるなんて私の勉強不足のせいかもしれませんが今までありましたっけ?ご陽気とか闊達な役とかはたまにお見かけするんですが、そういうのとは少し違ったほんわか系でなんか新鮮です。田中好子さんはまんまでこの夫婦からどうすればこんなお姉ちゃんが生まれ育つのか、鳶が鷹を産んだということなのでしょうか。お父さんは相当無理してお母さんと結婚できたらしいのでお姉ちゃんがお母さん似で妹がお父さん似ということなんでしょうね。

お姉ちゃんの山田優さんですが、問答無用のはまり役みたいです。グルメで仕事中に爪を気にするほどのファッションにもうるさそうなそうなお方がなんでこんな一般家庭に鎮座ましましてるのか不思議ではありますが(高級マンションに住んでそうなイメージ)この世間離れした存在感はさすがです。しかも見苦しくないというか厭味に感じない。サバサバした雰囲気がいいんでしょうね。

この家族何故か仲がいい。妹がなにかと肩身が狭いにも拘らず奔放に生きてる風に映るとこがミソなんでしょうね。お姉ちゃんも妹の弱みを握って言うことに従わせるのではなく明晰な頭脳から発する言いくるめが見事で自主的にというか妹もある意味納得の上で動いてるみたいでした。休みの日にランニングに連れ出すときの説得してる様観てそう思いましたです。確かに他人から見れば仲のいい姉妹に見えますわな。なんて思ってたら弁当買いに行かせるのに過去の話し事細かに持ち出してちくちくやる様はやっぱ弱みを握ってやる陰湿さが垣間見えました。あまりこういう形は見ていて気持ちよくないので屁理屈でいいくるめる悪知恵の頭が働くお姉ちゃんであって欲しいところではありますです。

それにしても志田さん、人間の一面誇張一発必中タイプではなく、緊張と弛緩の出し入れが自由でなおかつ強弱に無理が無いという自然ながらも多面的な人間性を表現できる私の好きなタイプの役者さんだと言うことが分かったようでまさに瓢箪から駒です。山田優さんが出とらすで一応見とこうかと思った程度で期待してなかったんですが毎週観る事になりそうです。

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*おためごかし

人のことを心配してるようにみせて内心は自分の都合を心配してるようなあざとさを表わす言葉。

辞書にもきちんと載っているので方言ということではないし最近の若い世代で使う言葉でもないのだが、少なくとも自分の世代ではなんとか通用する言葉なので消えないうちにメモしとこうかと。

一種の宣戦布告みたいな表現でもあるので、当然相手は不快となる。

例文

「あんたそんなねえおためごかしな物言いするのいやらしいだでやめて。」

  (あのねえ。そういう魂胆見え見えな言い方はえげつないからやめて。)

「そんな風にとられるなんて心外だやあ。人が心配してやってるだになによぉその言い草わあ。」

  (そういう風に受け取られるなんて心外。人がせっかく心配してあげてるのになんてこと言うのよ。)

「いらんこんだで心配してくれんでもいいよ。どうせみこ良くして後で恩着せるつもりだらあ。」

  (余計なお世話なんだから、心配してくれなくてもいいよ。どうせ愛想よくしておいて後で恩着せるつもりなんでしょ。)

「なによーあんたぁ失礼しちゃうやあ。」

  (なによあなた無礼な人ねえ。)

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ゴンゾウ・伝説の刑事その2(第2話)

よくよく考えてみれば、エアコン壊れた騒動といい雨の中刑事が撃たれる展開といいいつぞやのドラマで観たことあるよな印象を受けますです。

エアコンはその1でも書きましたけど、刑事が撃たれるってのは「踊る・・・」の真下刑事のシーンを彷彿とさせました。強引に解釈すれば署内で犯人が騒動起こすのだって「踊る・・・」でゲストの小泉さんが一騒動起こされてたなあとも言えるし。

てなことを想いがつら第2話に突入したのでありますが、意に反してとても骨太なドラマなんだというのを知った勢いでした。単純に事件が、ほい一件落着それ次だという量産型の事件簿かと踏んでいたのですがあにはからんやひとつの事件を取り巻くそれぞれの人物の葛藤に満ち溢れていて、重厚な様相を呈して参りましたです。

とてもコメディの要素なぞなく、シビアな生き様が蠢く人間ドラマでおました。

それにしても局によって刑事物って雰囲気と言うか装いが異なるものです。野郎の集団を塊として描くのがテレビ朝日の特徴なんでしょうか。えらく男っぽさを感じさせますです。個を描くことに長けているフジテレビを普段ホームグラウンドとしている私には新鮮な感じがそこかしこに漂ってますです。こんな男の世界で頑張ろうとしている鶴(ユイカ)の心労はいかばかりかと推察してしまいますです。

キャスティングも見事と言うほか無いような、らしい人ばかりで地に足着いてる存在感がありますです。唯一良く理解できてないのが佐久間(筒井さん)と黒木(内野さん)の関係性です。どっちが年上というか先輩なのかはたまた同期なのか。見た目は黒木の方が上に見えるんですけど、にしちゃあタメ口きいてるし。キャリアとノンキャリアの悲哀とかなんでしょうかねえ。

事件の解明についてはただいま迷走中ということで、おそらくは犯人はこの中の誰だなんていう推理を愉しむものではなく刑事達の猟犬としての葛藤の生き様を愛でるものなのでしょうか。まあゴンゾウがまだ未始動ということで先に進まないという展開なだけかもしれませんですが。この事件で全話引っ張るのかどうかは来週観てみないとなんともいえない感じです。

日比野(高橋さん)は今回可哀想でしたねえ。せっかく更生しようとしている奴を勇み足でチャラにしてしまうような行動を取ってしまった上にデカ長に傷を負わせる結果になってしまって。遠州弁でいうところの「いずようない」状態でそりゃ爪噛む癖も直らないよなあと思いましたです。

デカ長は事ある毎に孫の携帯の写真みて、里心がついたようでなにか気力が失せてるようにも映るし。松尾先生(大塚さん)はあろうことか入院中の鶴にカミングアウトしてるし。色々と心情劇魅せてくれてます。

鶴(ユイカ)の救急車の中でのうなされて発した無意識の言葉で、組織の面子が闊歩する(警官を狙って一般人が巻き添えで死んだら面子がたたない)様を露呈させたりして組織の中に自分もいたらそう思うだろうなと変に納得したりなんかして。

兄貴の正論も追い詰める要因でしかも嫉妬心からくる感情で無意識に罪の意識に捉われての救急車内でのつぶやきというのも捜査を惑わす脚本のテクニックの理由ではなく、なるほどなあという納得できるものがありました。

日比野が追った犯人が本星であったならごくありふれた刑事ドラマでしょうけど、鶴の言葉といい一筋縄ではいかない展開なのだと思いました。こりゃホントに褌締めて懸からないと置いてきぼりを喰らいそうですわ。1話のおちゃらけと2話のようなシリアスが交互に展開されていけばこれは面白いと思える予感がしますです。死んだ振りしてたからこそコメディ要素があったけどゴンゾウが復活しておちゃらけ要素が失せて重厚オンリイだとん~どうでしょうか。微妙な重さです。笑顔も欲しいとこではありますな。ルパンみたいに飄々として凄いことやるのが一番好みなんですけどねゴンゾウ様。

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恥さらしなんだから名もさらせ

落書きに関する報道を見て。恥さらしなんだから名もさらせ。法律的にどうのこうのは私には分かりませんが、私物ならともかく公共物なら書く方にはそれなりの公表される覚悟と言うものを持ってる筈。誰もが見ることの出来る場所なのだからテレビであっても良いのではないかと思います。

報道の映像とか見ると、イニシャルとか個人を特定できないものだけ映像にして、限定できるものについてはぼかしとかいれて確定できないよう配慮された映像となっています。

もちろん第三者からの嫌がらせで本人の承諾なしに名前を使われるような場合もあろうし、テレビにどんな形でも映りたい目立ちたがり馬鹿が模倣犯になるかもしれないとかいう名をさらすことによる弊害はあるかもしれません。

しかし最大の抑止力は今も昔も世間の眼なのは変わりは無い。浜松の街中は以前煙草の吸殻だらけであったのが、最近はそれは綺麗なもので灰皿設置場所すら探さなければならないくらいになっていて、歩き煙草するには勇気がいる状態になっています。衆知の眼の力は大きいのであります。

何故ここまで強気のセリフを吐くかと言うと、家の外では落書きしたことはないと言える自信があるからです。と、いうのも小学校の時分、同級生が校舎か体育館かは忘れたが釘で木造の建物に落書きをしたのが見つかって、目の前でこっぴどく先生に叱られている様を見たからであります。永遠にお前の過ちは残るんだぞという言葉に怯えた覚えがありました。今思えば建物にも寿命があるのだからたやすく永遠という言葉を使うのは先生のフライングだったといえるけれど、過ちは消せないというやり直しが効かないということが生きる上に於いてあるんだという恐怖を初めて味わった体験があるからです。子供のやることだからとか失敗は成功の元とか言われてた中で許されざる事が存在するというのは非常に衝撃でした。そのトラウマがあって、この歳になってもその恐怖心から落書きが出来なくなりました。

ここまでの体験を皆がすべきとは思いませんけど自己顕示欲から出た落書きや皆やってるからという流されならば抑止力として衆知の目を利用することはひとつの手段なのではないのでしょうか。プライバシー云々という制約もあるのでしょうが公共物にプライバシー持ち込む方もどうにかしてるというのも注意喚起すべきことのような気がしました。

お国柄の違いでしょうから一概に否定するものではありませんが、中国の名品の書や絵画が当時の所有者達の落款や署名などで埋まっているのを所有者がよしとする文化とは日本の美意識は異なる筈でしょう。

要は落書きするのは美しいとも思わないから大切にしようとも思わない反抗の意思表示と言えなくも無いのかもしれませんけど。なんにしても名乗りを上げるなら他のことで名を残せという想いはありますです。

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シバトラ 童顔刑事・柴田竹虎第一話

小池さんと藤木さんと塚地さん三人の掛け合いと真矢さんのキャラが面白いです。メインの救出作戦も一件落着かと思いきや最後ひねりがあって意表を衝かれた感じでしたが、とにもかくにもとりまく周りの空気感が愉快です。原作のマンガ知らないのでこれが原作のイメージと同じなのかは分からないのですが私にはおつな感じです。

この世界の雰囲気がアットホームに感じられるその分、本筋の潜入捜査は多少重苦しくて見づらい雰囲気がありましたが、こなれてくれば作品全体愉しめそうな予感がしますです。毎回潜入捜査だとネタ続くのかしらむと気になりますけど。別にそれ以外でもとにかく常識外れの捜査で解決という手段ならなんでもありといきそうな許容さはこの世界にはありそうです。

小池さんについては医龍の時の方が自然な童顔っぽいイメージがありましたんで今回は主役という事もあり、そうみせなくちゃという意識がお強いようで回を重ねて役作りが出来て無意識に近くなればよりいいんじゃないかと言う感じがしましたです。ご本人にとって褒め言葉になるかどうかは疑問ですが、無理して作らなくても十分ノーマルでもいけるんじゃないかと。

藤木さんがこんな役やること自体貴重な感じがするというそれまでのイメージとは離れた役どころなのですが違和感ないです。よき理解者というオーラが出てるとこと余裕がなにかしら存在してる懐の深さが窺い知れてこういう人と友達でいれたらいいよなと竹虎羨ましく思える感じです。竹虎との関係の全貌がまだ見えてませんからこれから追々語られるのでしょうけど過去はド悪だったとしたらこの印象変わるんでしょうかねえ。

塚地さんはコントの世界から飛び出したような感じで、役者さんの紡ぎ出すコメディとは違ったお笑いの方独特の空気感が感じられるのですが今回見た限りでは浮いた感じではありませんでした。同様で宮川さんもおられますが、刑事部屋では受け手というか相方が見受けられなくて多少浮いた感じがしましたです。塚地さんには藤木さんがおられる分キャッチボールできてる感じがしますです。

真矢さんはいいですねえ。最後の藤木さんに放った思わせぶりな声の無いセリフがとても印象的でした。一体なんて言われたんでしょうかねえ気になりますです。ヒミツの花園もよかったですけど今回もなかなかです。ありえないキャラが似合うお方だと思います。

展開を愉しむか役者さんを愉しむのかどっちと問われたら役者さんを愉しむドラマのような気がしてますです。

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*ちっとばか

少しくらい・ほんの少し・それくらいとかいった意味。結構意味的には広く使われる。

「ちいと」は少し・ほんのとか言う意味で、「ばか」は、ばかり・ばかし・くらいとか言う意味で「馬鹿」ではない。

例文1

「ねえ、わし買い物いかすと思うで、ちっとばかここ店番してくれると嬉しいだけどやあ。」

  (ねえ、買い物に行きたいから、ちょっとでいいからここの店番しててくれるとありがたいんだけど。)

「ちっとばかっつっていつもど遅いじゃんか。欲しいもんあるならわし行ってこすにい。」

  (ちょっとっていつも遅くなるじゃない。買いたいもの言ってくれれば私が行ってこようか。)

例文2

「そんなちっとばかひっころんだくらいでひゃあひゃあゆっちゃかん。」

  (そんなほんのちょっと転んだだけでわあわあ言っては駄目。)

「ちっとばかじゃありもしんにい。見てみい!皮ん剥けてるし血い死んでるらあ。」

  (ちょっとじゃないよ。見てよ。皮が剥けて内出血だってしてるだろ。)

「それっぱかじゃ死にゃせんて。つばつけときゃ直るって。」

「う~どひどいことゆーやあ。ばい菌入ったらどうしてくれる?」

  (この薄情者。ばい菌が入ったらどうしてくれるんだ。)

「大丈夫そこんさあ消臭除菌剤撒いてるで。」

「しゃれんならんぞ。」

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モンスター・ペアレントその3(第Ⅱ話)

現実に近づけ過ぎてるんでしょうねおそらくは。善悪では片付けられない現実の曖昧さまでをも忠実に再現されてるんでしょうか。そのせいでくっきりすっきりといった雰囲気のクリアな世界感を観ていて構築できない思いがありますです。

闇なら仕掛け人が権力ならご老公がというような決着をつい求めたくなる感じがありますです。

主人公の成長記という側面を重視しているから不完全燃焼みたいな思いになるのでしょうし、三浦(佐々木さん)のいうことが正しくて決して白黒つけるような話しではないのでしょうけれども、対峙するモンスターの凄みが衝撃的なだけについ見終わると長いものには巻かれろみたいな余韻になってしまうような気がしますです。

ここはやはり現実とは距離を置いて、見事成敗いたす拍手喝采劇を見たいというのが素直な欲です。

面白半分でネットに書き込みすればとっ捕まってさらしものにされるのに、こういう理不尽は相手の穏便にという弱腰につけこんでさえいれば済まされるというのはガテンがいかない部分ではありますな。みんなやってるんだから自分もという流され的なものではなく、他がどうであれ関係ない自分さえという公共性の意識の欠如なのですから見せしめの刑をしても撲滅の糸口にはならないのでしょうけれど。

そもそも平等・公平になんて理想そのものが矛盾してるでしょうに。ならば何故テストに順位をつけ進学に入試というふるい落としがあるのか。最近ではないのですが運動会の各競技で順位をつけないという学校が存在するというのを聞いたことがあるんですが、ならば学校で平等公平を習得して卒業し社会人になったとたん選別・比較(不平等・不公平)が生じることに対して教えてもいないのにどうやって順応できるんでしょうか。

平等や公平は自らが求めるものであって周りから与えられるものではないような気がするのは気のせいなんでしょうかねえ。少なくとも子供のことを考えてというのがキーワードになってるみたいですが肝心の子供たちは蚊帳の外で保護者と先生のVSにしか見えないんですけど。

だからプロの弁護士さんがバシっと鉄槌食らわすギャフン劇観たいんですけどねえ。

それにしても日曜日まで教師の管理責任を問うというのは凄い話しです。親の責任はどこいったとつい思ってしまいました。問題提起が空恐ろしい設定で思わず引き込まれるだけに出口というか解決は現実離れしてもいいからスカッといって欲しいと願うばかりです。今回ここまで話しがこじれたのは教師側にも一因があったという喧嘩両成敗みたいな決着でした。これが現実として正しい姿なのかもしれませんが、親の責任放棄からその責任を学校に押し付けてるとしか思えない想いは相変わらずありますです。別の話しですが赤頭巾ちゃんばかりという劇にはもっと呆れましたけどこんな劇なら止めた方がいいと思うのは私だけなんでしょうかねえ。文句いうなら「ならあんたやってみなさいよ」くらい弾けても職務放棄にはならない気がしましたです。役割分担によって社会は成り立っているということを知るというのも大切だと感じますです。それがいやなら自給自足しろよという想いです。

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昨日は七夕

きのうはたなぼた。空から幸でも降りて来るかと思いきや

遠方より雷鳴轟くなにかしらの予兆

降るぞ来るぞと見せかけて一雨さっとくぐらせ去っていく

なんのこっちゃいと見上げるも

満天の雲の景色では

織姫彦星も密会となりてさぞや後ろめたかろうて

年に一度の逢瀬ならさぞや皆に祝福されたかろうに

今日もぐず雨降り止まず

多分二人の嘆き雨降ったり止んだり

せん無きことよと晴れを待つ

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あんどーなつその1

大人の世界のお話しのようです。神様のお導きで出会うべくして辿り着いた大人の童話の世界のようです。原作のマンガは絵のタッチが好みじゃないのでぺらぺらめくりの流し読み程度なのでこの先の展開とかは私知りません。

お話しの流れは奈津が満月堂に導かれるように運命を決する出会いを経て、親方の下に弟子入りされるのを許されるまでを、三社祭を背景にして下町情緒たっぷりに描かれていくというものでした。

こういう出会いは素敵ですよねえホント。運命というものを感じてしまいました。全てが見事に繋がっていてありえねえとは思えるのですが、それでもええなあと思ってしまいました。

お菓子にロマンを求める安藤奈津にしてみれば、洋であろうと和であろうと作り手の心が籠められていれば同じものなのでしょう。ロマンを仕事にできることはリアルに生きてる社会人からしてみればこれはやはり羨ましい限りの夢物語のようだとも云えるのではないでしょうか。

もちろん職人の世界。これから修行と言う名の試練が待ち構えているのでしょうが、周りの大人衆がまた光ってるからなんかとても暖かい温もりを憶えながら観ていけそうな予感がしますです。見守るほどの高見なのか同じ目線で頑張ろうとなるかは次回以降でなければなんともいえませんですが、出来る事なら見守る目線で観たい気がしますです。

それにしても、今回の主役は奈津(しほりん)でも梅吉(國村さん)でもなく弘道役の林家正蔵さんでしょう。一番星の如く輝いて見えましたです。

しほりんが出るから観ることにしたという他愛無い動機で、時間帯からしてもおおまかなあらすじ読んだ時も、なんかあたらし物好きの傾向にある私にとっては王道を行く展開みたいなのは得意としないのでチェック程度で左程期待してなかったのです。なのですが、これだけうんめえ役者さんが揃うともういきなり別世界が展開されてるようでなんか新鮮です。風吹ジュンさんと尾美としのりさんが重石としてがんこ効いてる感じです。いい意味で馴れ合っていない仲良し倶楽部のあまったるさが感じられない大人同士の距離感が心地良いです。

親方の最後の「あまくないぞ。」というセリフに「え~そんなあお菓子でしょ?」と突っ込みたかった空気読まない私ですがやるべきことをきっちりこなす(法事・近所付き合い・祝い事)大人の世界の中に勤しんでみるのも乙なものとして観れそうです。

それはそうと、しほりんのリクルート服も見れたしって「キミ犯」じゃないっつうの。という脱線はともかくですねえ、さすがTBSさんのドラマです。影はどこ?と探したくなるようなこれでもかというくらいにセット丸分かりの景色が白く飛ぶ寸前のような照明。行儀良く順番待ちのような決して被らないセリフのやりとりとテンポ。伝統と形式を重んじらられてものの見事にTBSカラー満載です。セリフが存在しなくても演じられる役者さん達ばかりだからいいようなものの声を発したり動きがなければ何も見えてこない役者さんがでてくると棒に見えてしまう危険性を感じますです。正直私のタイプではありません。でも観ます。ちなみにあんこはつぶ餡以外は好きではないので美味そうとかいう視点は私にはありません。でも観ます。

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*おてしお

「おてしお取って。」と言われてなんのこっちゃいと戸惑ったことがある。食卓塩かと思って渡したら「無知」と言われた経験を持つ。

要は小皿のことであるが、塩を盛る程度の小さい皿のことなのだろうか。どこまでのサイズの皿とかを「おてしお」と呼ぶのか知らないが刺身につける醤油皿くらいはまあ確実に「おてしお」なんだろうなと予想される。

でもなんで「皿」という文字が省略されてるのかいまいち理解出来てない。

これが方言かといわれると疑問ではあるが、いわれというかそもそもは醤油が生まれる前の味付けが塩のみの食生活であった頃に生まれた言葉らしく、随分と古い言葉ということらしい。それが他の地域では廃れているが、遠州ではまだ生き残っているといえるのかもしれない。ただ遠州人なら誰もが知ってるかと言うとそうでもない。少なくとも私は若い時分は知らなんだ。

例文

「おてしお取って。」

「ふん。」

  (ほれ。)

「あんたあ塩くれてどうせるよお。そこんさあの小皿くれっつってんの。物知らんにもほどがあるにい。」

  (あのねえ塩よこしてどうするの?そこにある子皿を頂戴って言ってるの。物を知らないのにもほどがあるよ。)

「皿ってどれよを。」

  (どの皿?)

「わからにゃなんしょまるさらでええわ。」

  (分からなければ全部でいいよとりあえず。)

「ふん。」

  (ほれ。)

「あんたねえ。丸い皿ばっか持ってきて人の話し聞いてるだ?」

  (あのねえ丸い皿ばかり持ってきてちゃんと人の話し聞いてる?)

中途半端に遠州弁を知らない人との会話。

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*ゆんべ

昨日の晩とかゆうべのこと。夕べの「う」が「ん」訛って変化したと考えられる。特に使い方に方言独特というものはない。

例文

「ゆんべなにやってたよー。随分と遅くに帰ったっつう風に聞いたにい。」

「接待で飲むの断れんくてさあ。酔いさまいてから帰っただよ。」

「駄目だって。さまいたばかじゃあ。検問でとんまさったらただじゃ済まんくなるにい。」

  (駄目だよ醒ましたくらいじゃあ。検問で捕まったらただじゃ済まなくなるよ。)

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Tomorrowその1

初回は面白かったです。実際に観る前は、もっと地方医療の現実への問題提起性の強いもので、観るのにしんどい現実に抗うドラマかと予想してたんですけど、結構素直に肩肘張らずに観れたという印象でした。この勢いだったら私でも観れそうです。

おおまかな物語の方向性としては多額の負債を抱えた地方都市の市民病院においてその再建をするためにシステムを変えんとする側と維持すべきと言う側の葛藤を描くという展開のようです。現状は医者不足ゆえに残ったものに対する負担が増し。その過酷さゆえに些細なミスも生まれ突き上げられて精神的にも肉体的にも苛まれて行く。そしてまた医者が減って行くという悪循環の真っ最中。

キャラ設定もしっかりしていて変に深読みする手間がないから楽に観れそうです。人(医者)がいないんだから人が徐々に集まる展開だったら三国志とかアニメのワンピースみたいな仲間集めの愉しみと共通するものがあって面白いのになとも思うんですが決してそうは進まないでしょうけど。

それにしても病院の再建の策って「医龍」でもやってた専門化により患者を選ぶということみたいですけど、ドラマとしてこれしか知恵はないんでしょうかねえ。奇しくも今回岸部さんも出ておられますけど、それと同じ形で遠藤(緒川さん)も悪に徹するんでしょうか。もっとも今回の岸部さんの役は守る側ということで主人公の味方でしょうけど。

竹野内さんって眠れる獅子の役ってのがなんか多いような気がしますです。やれば出来る子なんです。ただ、今ちょっと一休みしてるんですって設定が多い印象が強いです。今回もそういう役なんですけどそういう刷り込みがあるので安心して先の展開が予測できるところがありがたいです。今回の事故における病院での修羅場の間、どこでメスを握るんだろうかとハラハラして観てましたです。メスを握った時は印籠が出た瞬間みたいな爽快感がありましたです。

医者を辞めたのが8年前。田中(菅野さん)の母親が亡くなったのも8年前。冒頭に出てきた女の子と田中七海は同一人物なんでしょうか。だとしたらがんこ込み入った話しの展開に進んで行きそうですこと。あまりドロドロは好きじゃないので勘弁して欲しいとこなのでこうなって進んでは欲しくないところではありますな。

菅野さんの田中愛子という役は、菅野さんが持つ知的なイメージを取り払った(もちろん看護師さんだからアホじゃない)直情型の役みたいです。理屈より先に手が出るみたいな感じなのでしょうか。言いたいことをズバズバいうところは爽快なんですが、ただもう少し穏やかな印象を与えてくれた方が私は好みなんですけど。いつでもどこでもとても一生懸命で切羽詰った感じが毎回続くのは観ていてしんどいものですから弛緩と緊張のメリハリがあった方が普段の中に生きてる人間らしく映るんですけどねえ。一所懸命=角ばった生き様とはかぎらないでしょう。柔らかい人生だって一所懸命でいられる筈だと思ってるんで。別に思った事をズバズバ言うのではなく言いたいことも言えないおしとやかさを言ってる訳ではありません。言う時は言うにしても、感性の強弱をつけて欲しいなと。

とりあえずはシステムというか組織が云々というお話しではなくて人が動かす人情物語の要素の方が強そうな印象が強いです。なのでストーリーのうねりがどうたらと言うことよりも、役者さんを如何に愛でれるかにかかってるような気がしますです。そういう意味では竹野内さん観てて愉しいのでこの後も続けて観れそうです。最終回、中途半端にさあ明日こそいいことになるということではなくちゃんと再建して維持できる状態になるまでを最後は描いて欲しいところではありますです。

それにしてもどのドラマもそうですけど初回は豪華です。ゲストの役者さん豪華出演というのもあれば、特別な展開を用意したりと色々な工夫を感じられるのですが。このドラマはお祭りシーンを豪華にするなどして背景と臨場感を盛り上げたりしてました。ゲストさんが大勢だと派手だなあと私でも理解できるんですが、祭りをリアルに再現するというのは撮影するにしても随分大変だろうなと言う努力の成果だというのは感じるんですが、ご苦労の割りには豪華さでは多少劣る風に見えてしまうのは痛し痒しなところでしょうか。でもとにかく画的にはすごい気合入ってるなあと言うのはとにかく分かります。望景からスクーターのアップへと流れてく映像は映画みたいと思いましたです。

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ハチワンダイバーその5

第9話のお話し。妹との対戦。ここまで叙情的だと情緒不安定に陥りそうです。勝った負けたを競うにしてはその行方たる盤上の流れと言う具体的な提示がされないというのはストレス溜まりますです。一体何を魅せてるのだろうかと悩んでしまいますです。和解というものがテーマなのでしょうか。謎です。将棋として見てる人にはストレス溜まるだろうなと将棋殆ど知らない私でさえも思えます。

なんてぶーたれてたら、次はこっちの考え見透かされてるのか丸読みされてるみたいに全ての将棋の行方を提示してこられました。なんか作り手さんの意図(手の中)で面白いようにもてあそばれてるような感じでありました。以前引導を渡された相手にあっさりというかあっけなく勝つことによって主人公の成長ぶりを見せるという演出なんでしょうけど役者さん棋譜きちんと頭に入れてワンシーン一気に撮ったんでしょうか。そうだとすると役者さんって馬鹿じゃできないんだろうなと別の意味で感心してしまいました。それほどスピード感ある映像でした。

悪の痩躯に分け入り階ごとに陣取る敵を潰しつつ上階の本陣へと進むというどこぞの映画で見たことのあるようなとても判り易い進行なんですけど、なんで主人公が戦うんだろうかと言う根拠が私の知能では把握できませんです。プロを倒すなら直接プロと戦えばいいじゃんと思うし、娘が父に反逆して潰しに来たというのなら主人公別に巻き込まなくてもいいじゃんと思うし。

主人公とそよでは今現在どっちが強いのかというのが分からないからこんがらがるんでしょうかねえ。主人公が強いんならそよが主人公に託したってのもわからんでもないですが。それとも自分以外もう一人いないと倒せないという理由でもあるんでしょうか。そこいらへんは来週のお楽しみということなんでしょうね。

人間関係の裏切りは妹の造反に続いて今度はそよが実は叛旗を翻していたということで、まあ悪の親玉がニコ神さんじゃなくて良かったです。あと師匠(小日向さん)はこの後どういう役割を担うのでしょうか。破れていった者たちのその後も気にはなるところですが。などといよいよクライマックスへと突き進んでいく雰囲気がしてきました。

正直なにが面白くてこのドラマ見てるのか自分でもよく理解出来てないんですけど結局最後まで観そうです。こういう実験的なというか斬新なことに挑戦してるみたいな作り手の意欲の息づかいが聞こえてきそうな作品って私の好みなんでしょうねきっと。

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*たつ

閉めると言う意味。「かう」と言う言葉は鍵をかけると言う意味なので「戸を閉めて鍵をかけてね」と言う時は「戸ぉたってかってよ。」となる。まあ現実には「戸ぉたったらぁかうまでしてよ。」とかになることが多いけど。

閉めると言う行為すべてに「たつ」を使うかと言うと、戸・窓ぐらいだけかもしれない。「蓋を閉める」を「蓋んたつ」とは言わないし。「金庫閉める」も「金庫たつ」なんて表現もしない。「入り口閉めといて」を「入り口たっといて」とはいうかもしれないが。出入りを断つ(絶つ)と言う意味での「たつ」かもしれないのでなんとも言えないところである。

例文

「蚊あ入ってくるだで、ちゃっと戸ぉたってよ。」

  (蚊が入ってくるから直ぐ戸を閉めてよ。)

「蚊帳するか線香焚きゃあいいじゃん。」

  (蚊帳(かや)するか蚊取り線香焚けばいいじゃないの。)

「けぶいしめんどっちいでえ。」

  (煙いし面倒くさいからしないの。)

「なまかあだなあやあ。」

  (不精だねえいやはや。)

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