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まるで預言書の如き

エンドウマメの活動家さんが捕んまさったそうな。環境保護を謳う癖して窃盗こいたんじゃなんだかなあという話し。この報に接して思ったことはパトレイバーの世界が現実のものとなりつつあるんだという実感。

ひとりのプログラマーによって都市機能が制御不能となって混乱に陥ったり、埋め立て事業に武力行使をも辞さない阻止行動を行うのが平和活動団体とか諸々。まるで預言書の如き様にて現実になっているようだ。発表当時の現実の光景からはそんなそぶりさえ見えなかったのでてっきりアニメの世界の空想絵空事だとばかり思っていたのに。

アトムやガンダムみたくアニメを現実にという大志ではなく、現実を先読みしたかのような感じである。環境保護の為なら人としての最低限の摂理さえ放棄してまでもとんじゃかないという殉教者たらんとしているのであろうか。環境と言う範囲の中に人の営みは含まないということならあっそうって感じですけど。

事情は詳しくは知らないんでいいとか悪いとか言える立場ではないのですが、とりあえず人の物は盗まないというのが環境問題以前の人として生きる上でのルールとマナーのような気がするのは気のせいなんでしょうかねえ。一般平民の目線からするとなんだかなあと言う感じで可能な限り近寄って来て欲しくはないような種類の人達に映りますです。これが革命前夜の生臭さからくるものならば又違った感覚になるのでしょうけれども。この歳になると変革にはついていけないのでそうなるとなにかとしんどくなるなあと醒めた視線ではありますです。

もう一度パトレイバー見直しといたほうがいいのかしらむと思った今日この頃です。

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酔芙蓉と水月蓉

お名前を変えられブログタイトルも変更なされとな。こういう場合どのような祝辞を述べるべきか皆目見当がつきませんです。いかに普段こういうことにぶしつけに生きてるかとお里が知れることになってしまうのですが。

まあそんな戯言はともかく、水田芙美子さんがお名前を水月 蓉(みつき よう)・ブログタイトルを芙響和音から酔芙蓉へと変更されました。

変更に至った理由・目的といったものについては詮索するつもりもないのでああ変わったんだという感慨のみでありますが、心機一転であろうことは無神経な私でさえ気づきますからなにか伝えようとは思うのですが適切な言葉が浮かばず、むしろせっかくだから適当な要望をと思う不届き者であります。もちろんああしてくれこうなって欲しいなどという要望と言う偽名の自由闊達さを阻害する注文なぞではありません。なので酔芙蓉へのコメントは控えて自分とこのブログでボソボソと独り言ということで。

*「酔」という文字

趣(おもむき)として解釈するならば「酔いしれる」という耽美さの印象がありますが、現(うつつ)として解釈するならば「酔狂」という好奇的な印象を受けますです。李白を目指すというのならば決して止めませんが酒を飲まない私としてはしらふの心ではないというイメージだけは避けて欲しいところではあります。余計なお世話ですけど。はてさて今後この「酔」と言う文字どちらを表わすやら得と拝見つかまつる所存にて。

*カテゴリーの活用を

ご覧になれば分かると思いますが現在「映画・テレビ」のみ。体はひとつ心もひとおつ。だから同じこころから湧き出てくる文章は全て同じで分類する必要はない。と言われてしまえばごもっともなのですが、長文・憧憬文・心象文・報告文・彷徨文・咆哮文・芳香文・奉公文・宝幸文など分けようと思えば分けれるのではと。まとめ読みしたい時に便利(読むほうとしては)だし、今後長編をも目指されるならカテゴリー分けした方がいいような気がするしカテゴリーからでもどういう趣旨かが読み取れる鍵になるので深読みできない私にはありがたい機能なのですが。

今のところ正直申しまして役者さんと言うイメージよりも物書きさんというイメージの方が私は強いです。それだけにこのブログに期待するというか愉しみにしてる比重がお芝居の仕事のことよりも大きいのです。それだけに混沌とした世界であっても多少の秩序を与えて欲しいところです。

*ブログパーツは使わないのか?

芸能人さんのブログ・HPどこにお伺いしても個人的ブログと銘打ってあっても市販(無料ですけど)のブログパーツを貼り付けられているとこはない。職業柄、広告塔としての役割も兼ね備えるプロとしては常識なことなんでしょうけれどできるならアルカナコレクションやって欲しいなと。パーペキに個人的趣味の押し付け依頼であって実現絶対しないと踏んだ上での暴言ですけど。ドラクエとかに精通してて尚且つブログやられているんなら絶対はまると思うし、設置されたら対戦できるんでそれはそれでなんか楽しそうなんで。キャラをどういう風に育てるのかでもその人の性格とかが何気に読めたりもできるし。

追記

酔芙蓉という花が実際にあるそうで、写真で見る限りほんのり系の佇まいの花でした。造語かと思ってたんですけどそうじゃなかったんですね。

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ラスト・フレンズその23(第11話)

見直してみれば宗佑と美知留の出会いとかフラッシュバックの記憶として提示されてましたけど、タケルの抱え込んでいるモノといい、えらく薄味さっぱりきっぱりサクサクという展開に思えました。宗佑の渾身の一筆とそのナレーションと瑠可の「言わなくていいよ。」のさえぎりとかが物凄く説得力があっていいシーンだなあとリアルタイムで観た時感じたんですけど、思い返すと答えになってないじゃんってね。

つまり、宗佑が美知留を好きになった瞬間は目撃したけど、なにを根拠にDVしても関係が壊れない大丈夫と確信したのか。愛し方が分からなかったなんてえのは嘘くさい話しで徐々にエスカレートしてくなら自分にも理解出来るんですけど暮らし始める前にはおくびにも出さず暮らし始めたとたんGOとばかりに全開解放してるとドラマでは見えたんですけど。ちいと極端過ぎないかい?という疑問の解答を提示されたとは思えませんでした。

タケルの女性恐怖症についても、血の繋がらない・姉と弟・味方に引き入れたいとかのキーワードあわせて想像を巡らせばなんとなく想像がつくんですけど、じゃあどうして心がへこんだんだと説明出来るかと言うと無理です。

どちらも曖昧なままで、宗佑は死を、タケルは瑠可をそれぞれ選択してとりあえずの結論となっているのですけれどトラウマ消えてないじゃんという突っ込みはタブーなんでしょうかねえ。

でも、来週まだもう1話あるらしいので宗佑はともかくタケルについてはもう少し明確になにかあるのかもしれませんですね。まあ期待半分ですけど。それになんというかもう一話膨らますためにこの11話本来の予定から大分方向修正して水増しとはいいませんけど膨らまして作って特別編と本来予定してたエンディングを分配したんじゃないのかとも勘繰れなくも無いですよね。

銚子に美知留を迎え(探し)に行くシーンとかなんか、都合よくお母さんはいなくなっちゃって美知留探しに奔走しなくちゃならなくなったし、二人乗りのバイクで三人目を迎えに行くなんて定員オーバー目に見えて分かってる筈なのに演出効果(バイク転倒事故であわや)の都合でそうせざるを得なかったような強引さを感じますし(車で行けば済むだろうというツッコミです)と、ホント後から足してつけたような増築感がありますです。(勘繰りですけど)リアルタイムで観た時はここが山場にも思えたくらいなんですけど繰り返しで観るとブラフでしたから。でも海岸でタケルの告白シーンはなくちゃおかしいので当初から決まっていたことだという理屈も間違ってはいないみたいだし・・・

でも膨らますんだったら宗佑と美知留の回想シーンとかエリが慌しくシェアハウス出てく様とその後の二人っきりになってのしんみり感との対比とかを長めで観たかったですわいな。特に宗佑の直接的な心情を聞けるラストチャンスであっただけにこの記事の最初に書いた私に疑問が払拭できるようなシーンを見せて欲しかったところです。

それと先週の予告で振り回された結婚式のシーン。一体誰のと言う回答。予想一番手は宗佑の夢の中で宗佑と美知留と思っていたんですが、外れてしまいました。エリとおぐりん、あっという間のスピード婚なんでしょうけどそれにしても物凄い段取りでしたねえ。転勤1ヶ月まえにシェアハウス後にして、転勤する前に結婚申し込んでOKもらったら即式場借りてそれで一緒に海外勤務地へ旅立つって・・・。でもそうなると美知留の出産時期考えるとあれ?さすがに結婚式以降はもっと後か。そういう時間経過がよく掴めないとこはありますですなこのドラマ。

なんか今までとはちょっと喧騒感が薄れて意外と拍子抜けしたけどハッピーエンドだからまあいいかあなんて感想耳にしたりもしましたが、そういう経緯(一話追加)がもしかしたら存在したんじゃないのかとつい思っちゃうような終わりでしたです。別に何ひとつ過不足ないしっかりした終わり方なんですけどね。見直してみればそう思えます。来週見ないとなんとも言えませんがやっぱこれはこれでアリなんじゃないかと思いますです。

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パズルその11(PIECE10)

最終回になって始めて明かされました。気になっていた最大の謎が解けました。それは鮎川が貧乏だということ(ケチじゃないですよねえ)。なんで金の亡者と化しているのかという謎を解明(なんで貧乏なんだ?)とまではいかずとも決して道楽ではないというシビアさを知った勢いです。だったらしょうがないかあ頑張れよという気になりましたです。

もっと早くに指し示して欲しかったというのが正直な気持ちです。道楽やそこらでの強欲とでは受ける印象が全く違いますから。あそこまで血眼になる根拠が今まで薄くていまひとつ鮎川というキャラに対して愛着が湧かなかったんですが、ここへきてなんか親近感が湧きましたです。同時期に放映されてた「キミ犯」は最後が豪華なマンション引っ越すため今まで宇田川からあこぎなぼったくりかましてたって判明したとこでどっちらけのどんびきになりましたから。

で、本編の方のトリックについては混み入っていて謎解きとしても種類豊富でとても愉しめたんですが、やっぱ最終回ということでこれで見納めかと思うと脇道の方に興味が行ってた感じになりましたです。どうせDVD発売になったらこらしょと何度も観ますからそんな力まなくてもという思いはありましたです。

で、脇道的に順不同で思いついたまま列記しますですが

まずは最後鮎川達に向けられた銃。あれって三八式歩兵銃ですかねえ。撃ちたいとは思わないけどボルトアクションが・・・、装填というか玉籠めしてみた~い。

で、しょっぱなに戻って聞いてない振りするためのでかいヘッドフォン。しかも聞いてる曲が「どうにもとまらない」ってアディダスと共に鮎川相変わらず年代感覚おかしいぞ。アディダスと言えば夜中に着てたのもアディダスだった。冗談でウィキペディアでアディダス検索したら会社の説明のほかに契約選手の一覧が載っていた。鮎川もしくは「石原さとみ」の名があるかなと追ってみたがさすがにそういう冗談までは載っていなかった。

石原さんの声と態度の変化が板についてきたというか細かいバリエーションが回を重ねるごとに増して来てる感じです。特に「おいおまいら」と「おまえらなにやってる」の後のリアクションや表情のバリエーションが増えてきた感じがしますです。それだけ息があってきたってことなんでしょうね。それにしても三人という設定は絶妙で良く出来てるなあと思いますです。またこのお三人のステレオタイプじゃない各キャラの微妙な違いからくる間の悪さは観ていて愉しいです。だんだん個性がでてくるようになってきてやればやるほど味が増してくるように思えますからパート2を期待したいものです。

ところで書くまい非難はよそうと思いとどまってそれなりにぼかした言い回ししてたんですが、もしかしたら最後なんで書いちゃいますけどあの女子高生三人組、存在価値があるのでしょうか、おいしい話を持ってくるだけで十分でしょう。現場に来て腕組まれて横柄なマネされても反感覚えるだけです。

「トリック」の時もそうでしたけどテレビ放映時ではその良さが上手く伝わらなくて、DVDになったものを観ると非常に愉しかった記憶がありますです。おそらくというか希望として「パズル」も同様に買って得したと思えるものであって欲しいと願うばかりです。別に皆に知って欲しいからじゃなくパート2観るためには世論が動かないと私一人受けてもどうしようもないんで。以前にも書きましたが録画したのを何度も見直せる不思議と飽きの来ない魅力のあるドラマです。

石原さとみさんもご自身のHPの「さとみ日記」で鮎川に対する愛着を語っておられてますし撮影中に於いても手ごたえを感じておられていたようで。是非ともDVDバカ売れしてパート2に進化されんことを切に願う次第です。ちなみに発売日は9/26だそうです。くどいようですが特典映像(インタビュー)とかの充実をはかるより「やむ落ち」とかを足して本編の充実であって欲しいのであります。

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*いけすかん・いけしゃあしゃあ

「いけすかん」気に食わないみたいなニュアンス。これは共通語。

「いけしゃあしゃあ」あつかましい・ずうずうしいというニュアンス。これも多分共通語。

なので、「いけしゃあしゃあだでいけすかん」(あつかましいから気に食わない)という表現があってもおかしくはないのだが、実際にはこういう言い回しはしない。

「いけしゃあしゃあ」に気に食わないというニュアンスがすでに含まれているので重複するからなのか?

「いけしゃあしゃあとゆうけどまあしょんない」むっとするけど致し方ないというのは存在するが

「いけしゃあしゃあんなのがいいところ」なんて褒め言葉には普通ならない。

「いけしゃあしゃあと勝手に持ってくでいけすかん。」と言う表現は存在し

「勝手に持ってくとこいけしゃあしゃあでいけすかん。」と言う表現は存在しない。

なので、翻訳する際「あつかましい・ずうずうしい」ではなく「あつかましくも。ずうずうしくも」という訳の方が適切なのかもしれない。そして「いけしゃあしゃあ」ではなく「いけしゃあしゃあと」までが一塊とみた方がスムーズかもしれない。

共通語でのいけしゃあしゃあは「憎らしいほど厚かましい様子」とあるが

遠州での「いけしゃあしゃあ」の使い方はそう頻繁ではなく

「いけしゃあしゃあとしてる」

「いけしゃあしゃあとよーゆうわ」(よくもまあずうずうしく言えるよね)

という言い方くらいが一般的で、他に使われるというのはあまり聞かないので行動や態度とかではなくて、図々しい発言という事に限定できるのかもしれない。

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ラスト・フレンズその22(第11話)

凄惨の清算というか後片付けのようなエンディングに思えました。そこはかとなく流れ解散っぽい締めというか、最初始まった時、現代の病んだ部分の戦場における葛藤の絡み合う群像を描きそこから無事脱出出来たのが美知留かと思って観るようにしてたんですが、そして誰もいなくなったみたいな余韻が何故か残りましたです。規格外の三人+1が手を取り合ってお互いを尊重して生きていこうという明るい決意を抱いてドラマが終わっているのですが、余韻としては決してハッピーエンドという感じには受けれませんでした。一時休戦的な。それでも当初の予想(美知留が逞しく成長して独りでも生きていけるようになった)からずれて、誰かが美知留を迎えにくるんだろうなあと予想を変更したのが多少なりとも当たった訳ですがとても脆そうなトライアングルの関係性のままで再スタートを迎えるようなイメージが拭い去れず大丈夫なんだろうかという祭りの後の侘しさ的な余韻がありますです。

宗佑の死については劇中で瑠可もいってましたけど、残された人間にとってみれば何の解決ももたらさなかった訳で、言葉が非常に乱暴で申し訳ないのですが「DVは死ななきゃ直らない」というか「DVにつける薬はない」という決着はなんだかなあという不完全燃焼さを感じますです。「僕らはみんな生きている」じゃないですけれど様々な欠陥を抱えていても人として生きていける社会であってそれを提示して欲しいと多くの方は願っておられたんじゃないでしょうか。死して一件落着、次なるステップへと言う段取りはドラマ当初の設定で覆せない事象であったのでしょうけれども、やっぱなんだかなあという気分にはなりますです。

まあ変則的にではありますが「一生君を愛し続ける」と宣言した宗佑は確かにその短い人生において死に至るまで愛し続けた正直者なんですけどなんかおかしいぞという気がしております。行き先不明の愛の暴走列車の終点は粉々に飛び散る爆発(消滅)ではなく暴走の原因の改善か責めて燃料切れくらいであって欲しかったですな。抽象的に書いてるのは具体的にどうすべえというアイデアが浮かばなかったせいですけど。愛より仕事を取るってのもアリだったんじゃないかなと(インパクトかなり弱いですけど)。

瑠可とタケルはもうふっきれてましたねえ。タケルの障害のくだりは物凄くあっさり味で肩透かしっぽかったでしたけど。でも美知留を尋ねて3千里のシーンに気合を入れた分ちゃちゃちゃっとってえのは時間配分考えれば納得ではありました。そう思える程すれ違いといいバイク転倒シーンへの不安感を煽るハラハラ感といい見応えありましたです。そこはかとなく決着が見えてるのにドキドキハラハラしてしまったのは見事にたばかられた感じでおました。ここまで来て事故で誰かが欠ける展開に持ってくつもりなのかと思わせる作戦に見事騙されましたです。大体が迎えに二人で行くなら車で行けよ3人乗りなんて無理に決まってるじゃんと突っ込みしてしまいましたですが、掴みはOKでした。嫌いじゃないです。映像演出の見せ所って勢いで好物ですわいな。

結婚式のシーン。誰がということで可能性をあげたんですがエリとおぐりんでしたねえ。エリへの告白の展開シーン辺りは大分昔に見た「僕は死にまっしぇん」というシーンと思わず重なってこっぱずかしかったです。電撃とは正にこのことを言うんでしょうか美知留のおなかの大きくなる様を時計代わりとして、これであってるのか(矛盾・無理がないのか)と勘繰ってもしまいましたです。ただ結婚したからシェアハウス出てくっていう展開は一瞬あれ?って思いましたけど、よくよく考えてみれば転勤でおぐりん外国に行くんだからエリもついてくから当然そうなるんだよなと納得しましたです。まあ将来帰国したら戻ってくれば明るい感じが増すので式場の他愛無い話の中でチロっとでもしててくれれば「そして誰もいなくなった」的な雰囲気が薄らぐ感じがしたんですけど。

美知留は最後まで変わらない人のような印象を受けましたです。成長と言う表現が適切かどうかは知りませんが、呪縛からの解放(最悪の形で)と母になる逞しさとが重ねあって人として一人で生きていける人間に成長するのかと思いきや美知留は美知留のまま何も変わらない青い鳥でした。別にそれが悪いといってるつもりではなくそういう人なんだと素直に理解しただけのことで。あくまで普通の感覚としてですけど宗佑の死に直面して救急車呼ぶなりせずに立ち去るってのはおかしいだろうと突っ込んでましたけど。ま、タケルが暴行受けた時にも警察沙汰にならずダンマリやられ損決め込んだりとか普通じゃない光景が多々ある空気感のドラマなんで軽い突っ込みでしたけど。はしょるべき部分として展開に関係ないからとあえて取り上げないんでしょうけどとにかく寄り道しないイメージのドラマに思えました。寄り道の解釈については微妙ですけど。

具体的な決めセリフで颯爽と終わることなく非常に余韻を残したこの終わり方は映画っぽい感じがしますです。どうとでもとってくださいみたいな漠然と観たらあっけないかもしれない終わり方ですが深みにはまると迷宮入りしそうな観た人それぞれに印象が異なるかもしれない終わり方みたいです。私はどちらかというと漠然派なので偉そうなこと書いてる割には冒頭に書いたような余韻しか残りませんでした。

まあとりあえずの一度観た直感的な感想をば。見直したものについてはその23くらいで。いつもは見直した上での感想なんですが今回は余韻を持ったままの感覚的ということで。なので次に書いてることと冷静になった分食い違う感想になるやもしれませぬがまたそれも二度美味しいということで。

来週の特別編のことについてはなにも知りません。まったくの白紙で総集編的なものなのか番外編なのかその後の展開なのか全然見当がつきません。詮索する気は無いです。なんでも観るよということで。

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*あんまい

味覚の甘いは「あんまい」というが、人とかに対するえこひいき気味の甘いは「あまい」であって「あんまい」とは殆ど言わない。

感覚としては「あまい」よりも「あんまい」の方が甘味がきついという印象を受ける。したがって「あんまい」は甘さ加減に感激してるか甘すぎるかのどちらかという使い方が主なので「少し甘いかな」というのを「ちっとあまいかや」とは言うが「ちっとあんまいにい」とは普通言わないものである。

物凄く甘いことを「どあまい・馬鹿あまい」というがこの場合には「どあんまい」とはあまり言わない。「馬っ鹿あんまい」はあるというか良く使う。

例文

「ほいちょっと味見して?どう?あまい?からい?丁度?」

「どれ?ん~あんまいやあ。」

「じゃあまあちっと砂糖足すかねえ。」

「ちょっとまちい。塩の間違いじゃないのけ?」

「冗談に決まってるじゃんかあ。洒落ん効かんねえ。」

「ならええけどやあ。食う方の身にもなってみろやあ。」

「ちいと間違えただけじゃん。」

「やっ馬鹿っつら。マジだっただ?」

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*はあ

もう・すでに・最早とかいう意味。遠州弁とは思ってはいないが頻繁に幅広く使う。

ただし「もう一度」を「はあ一度」とかは言わない。

例文(今回は逆)

「最早これまで。」

  (はあ駄目でえ。)

「何を申されるか。まだ望みはありますぞ。」

  (なにこいとるよお。まだ終わっちゃいんにい。)

「男は散り際が大事。」

  (男だであきらめん肝心だらあ。)

「そのような弱音を吐いてどうされます。何卒ご再起を御図り下さい。」

  (なにょう寝言こいとるよお。またやり直すだあれ。)

「もう疲れた。許せ!」

  (はあやんなった。勘弁しとくりょー。)

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おせん(第九話)観ての方言話しその2

とりあえずはその2ということでその1の続き。あくまで遠州弁との違いを表現する趣旨なのであってドラマへの批判などでは決してありません。セリフの抜粋ですので前後との繋がりは無視しています。

工場にて

李「昔ながらの本枯れは儲からないからねえ。本枯れやってるの焼津じゃあ、もう3軒だけ。」

(昔ながらの本枯れははあ儲からんもんだでねえ。本枯れやってるの焼津じゃあはあ3軒だけだわあ。)

李「ほお!勉強してきただあ。」

(同上)

李「身から骨を抜くと、隙間できるじゃん。ほんで、こうやってすり身をもみつけしてけっこうにしてやるだよ。」

(身いから骨ん抜くとさあ隙間んでけるじゃんかあ。だもんでえこうやってすり身んもみつけしてえけっこくせるだよお。)

李「はあっ。そうだっけ。」

(あれやっ、忘れかあってた。)

夏「しょんねえこと聞くんでねえだ。熱いでよお」

(しょんないこと聞くなやあ。熱いだでやあ。)

干し場にて

夏「さっきい燻したんを明日冷やかして次ん日又燻してそれを一ヶ月ほど繰り返すでえ。」

(さっきい燻したんを明日冷やかいてえ、そんでまあた次ん日燻してえって一ヶ月それん繰り返すだあれ。)

夏「そんでやっとこさ荒節んなるんでえ。こんなんでびっくりしてちゃ駄目だぜ兄ちゃん。本枯れ節っちゅうのはなあ、この荒節にカビ付けて作業してのう。そいつをカビ付け庫ぉ入れてえ二週間寝かせるでえ。でえ一番カビい表面覆ったらあこんふうに半日天日に当ててやるでえ。そんでまたカビ付けてこんだあ20日かけてえ二番カビ生やしてえ干して、そっからまたカビ付けて三番カビ四番カビ五番カビまで付けてやっと本枯れ節になるんでえ。」

(ほんだけやあっとかかって荒節んなるでえ。これっぱかでひゃあひゃあこいてちゃかんにい兄ちゃん。本枯れ節っちゅうのはなあやあ、こん荒節にいカビい付ける作業せるだよお。ふんでそいつうカビ付け庫ぉ入れてえ二週間寝かせるでえ。でえ一番カビい表面覆ったらあこんふうに半日天日に当ててやるでえ。そんでまたカビ付けてこんだあ20日かけてえ二番カビ生やしてえ干いてえ、そっからまたカビい付けて三番カビ四番カビ五番カビまで付けてやっとこさ本枯れ節になるだあれ。)

李「半年ぁかかるかねえ。」

(半年はみんとかんかねえ。)

夏「見てごろう。本枯れ節っちゅうのはなあ、日本の作り上げた最高の食材のひとつでよお、焼津かつおぶしはおらんほうの誇りだで。・・・しょんないことぉ言わすんでねえ。」

(見てみっせー。本枯れ節っちゅうのはなあ、日本の作り上げた最高の食材のひとつでよお、焼津んかつぶしはおらんほうの誇りだでえ。・・・やっ馬鹿っつらあしょんないこん言わすなやあ。)

夏「知ってただかおせんさん。いいづらいでのお。銭ん話だで。」

(いやあしっとったあおせんさん。まあいいづらいだよお。なんしょ銭ん話しだもんだでやあ。)

家に戻って茶の間にて

夏「本枯れ節なんて聞いたことも見たこともねえ人の方があ多い時代になっちまっただよお。ふんだだとこにい、あっなんつったけなあの会社あ。・・・」

(本枯れ節なんざ知いらんやあっちゅう人ばっかになっちゃってはあおえんでえ。そんだだ時にやあ、あっなんちゅったけかやああの会社あ。・・・)

など細かく全部変換してたら夜が明けちゃうし、方言ばっかで誰が愉しいというご批判もあろうかと思いまあこれくらいで後は大雑把に。それに後半の壱升庵でのシーンとかを茶化したら撥があたるやもしれないので。

他には短い言葉で遠州弁に替える余地があるのは「持ってってくりょうええで」とかがありますが、全体的には「でえ」・「だで」・「おら」の使い回しが印象的でした。

「だで」は「だもんで」の簡略形ですが、実際には使い分けをしているので、このドラマのようになんでもかんでも「だで」で統一するのには違和感はありますです。ですけどおそらく統一しないと全国区の場合でややこしくなって通じにくくなるのかなという配慮を感じました。

「でえ」は語尾が上がる時とそうじゃない使い分けがあって必ずしも語尾が上がると疑問符形になる訳ではなく(疑問形ばかりじゃないけど)それについては経験値によってでしか使い分けができないのでしょう。上げ下げがなく単調になると違和感を感じますです。

「おら」はあまり使わずむしろ「わし」が今は一般的になってますです。男女兼用なのも特徴かと。

遠州弁の基本とも言われている「だら」・「だに」・「だもんで」(だで)・「ほい」・「ほれ」・「やあ」全てを駆使しようと頭使いましたがやはり焼津言葉とは違うのでしょうか使い切れませんでした。もちろん私の頭不足のせいかもしれないのでしょうが。

まあつくづく思うことは全うに正当な方言こいてたら決めのセリフが決まらんくてドラマが薄っぺらくなるってことで共通語とのせめぎあいが大変なんだろうなとホントつくづくそう思えます。それと意外と簡単そうで難しいものかなとも思いましたイントネーションとか全国津々浦々誰でも理解できるように調整するのは。

それほど夏八木さんの芯になるセリフとかには実際に自分がいぜって(いじって)みて細かな詰めた配慮を感じましたです。

しいて希望を述べるなら江戸弁の「あれえ」としぞーか(遠州含む)弁の「あれえ」の違いを際立たせてもらえるとより楽しめたかなと思いますです。

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*~てんで

~してないでという意味。特に遠州独特ではなかろうが一応記載。「ない」という打消しの表現が「ん」に変わるのは遠州弁の特徴ではあるが。

というのでという意味。これも特に遠州独特ではなかろうが二応記載。「あいつが行くってんで『いいんじゃない?』っつったった。」(あいつが行くというから『いいんじゃないの?』と言ってやった。)

江戸弁の「がってんでぇ」(承知)とは当然違う。「てんで駄目」とかいうまるっきりというのとも当然違う。

例文

「やあ、くっちゃべってんでちゃっと行けよお。」

  (ほら、余計なおしゃべりしてないで早く行って。)

「うっさいい。今行かすかと思ってったじゃんかあ。いちいちいわんだって分かってるっつうの。こうるさいやあ。」

  (なんだよーもう。今行こうとしてたところ。くどく言わなくても分かってるって。)

「そう思ってすならとっとと行けやあ。」

  (そう思ってるなら直ぐ行ってよ。)

「行く気でいたけどお前行けってんでほいほい従ったと思われるの嫌だで行く気なくした。」

  (行く気でいたけどお前に行けって言われてホイホイ従ったって思われるのが嫌で行く気がなくなった。)

「ガキじゃあるまいし何くだらん事こいてるだあ。」

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おせん(第九話)観ての方言話しその1

前編なのでストーリー展開については前後編合わせたいっしょくたあで来週ということにして、今回は方言に反応したというお話しで。以下は遠州弁となりますのでご了承願います。

焼津ぁ紛れも無く鰹節の本場だもんで、名人が焼津におるっつう設定にゃあなあも違和感ありゃせんけど、ちいと言葉がね、気んなるだよー興味っつうかなんつうか。

わし遠州人だもんで駿河衆の言葉にゃ精通しとりゃあせんし、駿河っつったって焼津ぁ輪あかけて漁師言葉が発達しとるところらしいだでやあ。正直よー知らんだけどお。に、したって違いん気んなるだわ。

言葉ぁおそらかぁきちっとした方言指導した衆おって間違っちゃいんだとは思うけど、やっぱあれだにいイントネーションが異なるだよお。夏八木勲さんと李麗仙さんが話されとったけど、李麗仙さんのイントネーションは違和感あんまししんかった。でもあれだにい、ゆっとくけど別に批判こいとる訳じゃないでねえ。どマジで方言こいとったら芝居んなんないもんでそれよか感情表現と全国ネットという状況頭に容れりゃぁこれん当然だたあ思うだよ。

だもんであくまで脱線こいた与太話しとして聞いてよぉ頼むにい。ふんでえ、めんどっちいんで遠州弁に変換して物言わしてもらうで。

とっつきとしては鰹節。「かつおぶし」と共通語では言うが、わしらんとかあ普通「かつぶし」っつうだよ(ってまあ全国どこでもそうか)。でえ、セリフごとにつっこみつうか遠州弁に変換してってみるでねえ。「  」はテレビんせりふで(  )は変換遠州弁つうこんでよしなに。李さんのセリフは李・夏八木さんのセリフは夏と頭につけとくでえ。明らかに方言にしんでもいいようなもんは省くでストーリーの流れとんじゃかなくなるでねえ。

とかなんとかこいてる間にど長くなりそうなのと、ちっと時間くれんと全部出来おおせんでセリフはその2で。とりあえずの結論としちゃあよーでけた方言だったっつうこんでえの。

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*ころ

共通語の犬ころとかあんころ餅とかの意味使いの「ころ」もあるが、「ころ」だけで言った場合一般的にはキャスターの回転部分とか台車とかの車輪などタイヤとは呼ばない物を指す。それと遠州ではそれ以外に自転車の補助輪のことを特に指す場合がある。

「ころつき」となれば三輪車の次に乗る補助輪付自転車のことを指す。

「ころ」はころころ転がるの「ころ」。ころころという擬音から「ころ」になったのか転がるから「ころ」になったのかは定かではない。

古い辞書によると「ころ」、重いものを移動させる際の下に入れて転がすための棒。となっている。したがって遠州で言う「ころ」と共通語の「ころ」は異なるということが言える。

例文1

「この椅子どうもギスギス音するだよ。」

「油差しときゃ音んけえるらあ。」

「こないだ差いたけど変わりゃあせんくて音んでるだよ。」

「どれ、みしてみっせー。あーこりゃころんとこのベアリング無くなってるだあ。」

「ベアリングってちっこい玉の奴う?」

「そうそれ。だもんでころん向き変わらんくてギーコギーコゆうだあれ。」

例文2

「おとうちゃん。自転車のころはずいて。」

「なんでえはあ無くても乗れるようになっただ?」

「いんやあ。」

「じゃなんで取るよお。」

「はあ大人んならにゃかんもんで。」

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CHANGEその4(第6話)

痛快爽快奇奇怪怪。総裁そうかいそうなのかい。警戒軽快飛越かい。

因習を絶つってとこは経験と言うしがらみがない分ちゃちゃっとやり易いんでしょうけど、凄く観ていてえらくサクサク感を感じますです。実際の政治家さんがこのドラマを観て「初心忘るべからず」を思い出されるとかいうのを聞いたような無いような。プロ仕様のドラマなんでしょうか。私のようなド素人が観ると綱渡りの連続のようなハラハラ感というか恒に後が無い背水の陣で針のむしろの上にも三年って感じがしますです。よく体も心も持つよなあと。まあこれ以上上なんて存在しないんですから変な欲も不要で身も心も使い切って燃え尽きたとしても満足できる後(上を目指す必要)が無い地位におられる訳ですが。

四面楚歌のスタートから回を重ねるごとに理解者を増やしていくRPGの仲間集めみたいな醍醐味も確かにあって愉しいんですが人を魅了する術(すべ)が愚弄ともとれる青さが際立ってなんてみんな良い人達ばかりなんだとつい我が身の現実と比べてしまって拗ねてしまいますです。目的がひとつだから成し得るようで、出世や金銭や自己虫とかいった欲が見え隠れしない世界のようで羨ましい限りです。もちろん幹事長さんという障壁は確実に存在していますけどカロリー控えめで薄味に感じます。さすが「甘自重」なんちって。

そういうたわけたことはこれくらいにしておいて、スカッと爽やか見えない悪と対峙して猫をかぶって退治する眠れる志士という器なんでしょうね総理と言う人は。どこまで大きくなるのかという底が見えない辺りが快感なんでしょうか。細かいこと言えばスキャンダルという危機管理(誠実に真実を伝え隠匿改ざんしない)とか前代未聞の出来事を行うに躊躇ない猪突猛進さとか色々ふ~んと頭の下がる脱帽すべきことをシレっとやってのけてる訳で。障害や苦悩とかに惑わされない鈍感力の具現者みたいなところはこうなれたらなあという憧れさせる納得力を感じますです。苦労をあっさり目で結果を重視する辺りも重たくなく観れる要因なんでしょうねおそらくは。

今の世のねじれを炙り出し鉄槌をくれるという流れは必殺仕掛け人の表バージョンともひねた視点から見ればそう見えなくもなし。そういう意味では現実をば眺めてみればネタは腐るけにあるのだから幾らでも長期政権作れそうな気がしないでもないです。

こういうドラマ一週間の内一本あっても悪くないなと思いますです。水戸のご老公はなにせ現代問題までは印籠だしてくれませんから。少なくともこれ観てドキッとする人と喝采をす送る人がたんといそうですから。

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こんなことわかるインターネットでのサービスないかな

商売になる訳はないでしょうけど、ただあってくれたらと思ったもの。

アルカナを始めて、無作為に色んなブログとかにお邪魔する機会が格段に増えました。世界の視野を広げると言うことでは大変ありがたく活用させていただいている。

それで分かった知った様々なことの中で、ブログにも重い軽いということが存在するんだということ。巷で話題騒然のメタボじゃないけれど、重いなんてものじゃないブログが結構存在してる。原因の一因としてはおそらくブログパーツの量の多い少ないによるであろうと。

もちろん基準とか標準が存在するとは思ってはいないが、平均くらいは存在するんじゃないかと思っている。自分のブログとかがその平均からして重いか軽いか教えてくれるとこってないのかなとふと思いましたです。要は体重計が欲しいってことなんですけどね。どこが重いのか詳細まで示してくれれば尚ありがたい話しで。ブログパーツのせいなのか記事数のせいなのかとか。「あなたのブログの体重測ります」とか言って光りならOKだけど他の回線だとこうだとかも比較出来るようにとか。

自分の世界感を構築するために必要なものであるならば、他人がどうのこうのいうのはおこがましいことなので、それについて批判めいた表現をするつもりはありませんが。誰かに読まれることを前提とした発信を目的とするならば、内容の充実を図られても読み手の立場を意識していないという印象を与えかねません。

遠足じゃないけれどブログパーツはひとり何個までなんていう決して強制や規制ではなくマナーの範囲ですけど知る目安があったらなあと思う訳ですよ。

他人の振り見て我が振りなおせ。はたして自分のブログは今大丈夫なんだろうか・どこまで増やしても大丈夫なんだろうかという疑問を解決してくれるところがあったらなあと思いましたです。

(アルカナ感想文と重複する内容ですが強調する意味で書きました。)

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お見舞い申し上げます

地震で被害に見舞われた皆様方に心より御見舞い申し上げます。一日も早く平穏なる日常に戻られんことを祈ります。

信越でも地震。海外からも頻繁に地震の報を聞き、今回岩手宮城と大きな地震。

東海地震と叫ばれ早くからその可能性の高さを言われ続けた地に住むものとして決して他人事ではなく明日は我が身という身近なことという思いにかられます。

災害は地球規模の話しで避けうべからざることですが、小さな人間に出来ることは安寧を願い平和に穏やかにと暮らすことを実践することのみです。人間同士が騙し合い奪い合う様が地獄絵図ならば自然の脅威に立ち向かう様には心が折れることなく気高くあらんことを。自らの自戒の念をも籠めて願う次第です。

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*おもる

奢る(おごる)の訛ったもの。特に特別な意味合いの違いは無い。おもり・おもる・おもれ・おもろ・おもらす。まあ大体全部「ご」が「も」になる。子供の「お守り」とはイントネーションが違うので間違うことは普通無い。

例文

「先輩たまにゃあおもってやあ。」

  (先輩たまには奢って下さいよ。)

「やなこったい。なんでおもらにゃかんよー。もったない。」

  (いやなこったい。なんでむざむざ奢らなきゃいけないんだ?)

「そんなねえ損得でものゆっちゃかん。可愛い後輩じゃんか。」

  (そんな損得勘定だけで判断しないで、可愛い後輩じゃないですかあ。)

「どこん可愛いだあ?いつだってたかってばっかでえ。」

  (どこが可愛いだって?いつもたかるばかりの癖して。)

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いまいちわからん言葉その4「いらせられませの使いどこ」

ようこそお越し戴きいただきまして、とかいうニュアンスであるがこういう言い回しは腐るけに存在する。

「らっしゃい」

「いらっしゃいませ」

「よっまいど!」

辺りが当然実用的なお店で耳に出来る言葉であろうか。まあどこぞではいきなし「おかえりなさい」という異常空間もあるらしいが。

地域によって方言の違いから色んな独自性の表現もあろうかとは思うが、「いらせられませ」ってどういうとこで使われる言葉なんだろうか。

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トラックバック受け付けないに変更します

最近やたらくしゃおんなしサイトからとか鼻の下が伸びてしまう内容のからのトラックバックが非常に多くなりまして

私は、記事と関係のない物につきましては載せない方針ですので広告目的や詐欺行為といったものでなくとも随時削除してきましたが

いたちごっこっぽくなってきたのでトラックバックの受け付けをやんぴにすることといたしました。

コメントにつきましては承認制ではありますが受け付けを継続しますのでなにかございましたらコメントにてお伝え下さい。

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ハチワンダイバーその3

飛び飛びの感想になってますが、えらく内容がころころ変化してつかみどころが無い感じです。もちろん秘密結社みたいな闇の組織の存在らしき影が見え隠れしていて最後はそれとの係わり合いが山場となるんでしょうけど。

とりあえずの展開の流れを整理してみると、夢の挫折と慟哭・それでも捨てられず暗の世界に引きずり込まれる・上には上がいることを知る・真剣勝負に関わったことにより潜在能力をも使って全てを搾り出す術を知る・未完成ながらも闘うが3戦目にして未完成(未熟)が露呈する。そして今回(第6回)ではスポ根ばりの猛特訓でレベルアップし再スタートの足がかりとする。

とにかく毎回雰囲気が違っていて、しかも主人公の優柔不断さを象徴するかのように対戦相手の雰囲気に丸飲み込まれされるような画づらで、慟哭では雨振りまくりだし対戦中にはCGの駒キャラまで飛び交う節操の無さ。とにかく相手キャラの世界に引きずり込まれてるって感じが観てるこちらまで伝わって来るようなアウェー戦の連続みたいでなんか落ち着くとこがないドラマです。普通家に帰ればそういう雰囲気醸し出すもんでしょうが、メイドさんが来たりして落ち着ける雰囲気じゃないですよ。

それでも今回は修行の場ではありましたが居場所を見つけたみたいな感じがあって今までの中では一番落ち着けて観れた感じがしますです。それにしてもキャラクター濃い人ばかりです。大杉さんの弾け具合は絶品でこんな役そうそうは観れないかもしれないのでいいもん観たって気になるくらい爆ぜてましたです。

マンガのキャラそのままに演ずるとこうなるんでしょうか。なにせ原作読んだこと無いので役者さんのパワーによるものかマンガのパワーを注入するような演出によるものかは定かではないんですが出てくる人みんないい意味で変です。

私はおっかないのは嫌いなのでこれから闇の世界と深く関わる展開となるとドラマ観るの挫折するかもしれないですが、とりあえず戦々恐々ではありますが今のところ楽しく観れる部分が多いので観てますです。

どうやって再戦する算段つけたのか女スパイはどうやって主人公の動向を知りえているのかとかなんで?といってたらキリがないくらいしゃきしゃき進んでるんですがこのペースがいいのか悪いのか良く分からないところではあります。

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*つんぶれる

潰れる(つぶれる)の訛った表現。特に意味的な遠州独特ということはない筈。

アンブレラつんぶれると言うとなんか語呂がいいのでお気に入りではある。

壊しただと、「つんぶす・つんぶした」となる。壊れろだと「つんぶれろ」となりシンデレラのアンブレラつんぶれろとなると意味は薄情だが語呂遊びが繋がってなんか楽しい。

例文

「やあ、止めろお。眼えつんぶれるじゃんかあ。」

  (おい!止せよ。眼が潰れちゃうじゃないかあ。)

「懐中電灯当たっただけでひゃあひゃあゆうじゃない。」

  (懐中電灯眼に入っただけで大袈裟に喚くんじゃないよ。)

「てんめえ自分当たってみい。どんだけかわかるにい。」

  (お前自分が当たる方になってみろよ。どれくらいか分かるから。)

「つんぶれやへんよ。懐中電灯ばかで。」

  (潰れやしないよ。懐中電灯くらいじゃ。)

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