« 2008年5月11日 - 2008年5月17日 | トップページ | 2008年5月25日 - 2008年5月31日 »

キミ犯人じゃないよね?その7

宇田川抜きの全員ボケ攻撃が愉快でした。誰も突っ込まないボケかましは際限なくて果てまでいっちゃいそうでした。別に「やばい持ってかれた」の坊ちゃんが余分と言ってるわけじゃなく、新鮮に映ったってことで。

しほりんのコスプレもマンガ喫茶での装束もあれですけど青や金髪がやけに映えて見えましたです。目鼻立ちがしっかりしてるからどんな髪方や配色のも耐えうるんでしょうか。ところで一所懸命ケーキ売らんかなとしてましたけど仕入れるお金持ってたんでしょうかねえ。それと要冷蔵そうだったけど常温で売ってたし。商売だったんでしょうかお店廃業を救うボランティアだったんでしょうか。

今回は珍しく犯人に多少の憐憫の情を抱いてしまいました。殺されたばあさま。そりゃ撥も当たるわなと思えましたもん。もうドラマの展開が犯人探しに興味がいくものではなくそこの至るまでの経緯を解読して行くというコロンボ系のお話しだと勝手に分別してるんで容疑者の少ないことには馴れてきましたです。あとはお馬鹿こきながら珍道中の果てに結論に辿り着く経緯を愛でるということが楽しみで。そういう意味では、今回のなんちゃって誘拐事件は愉しかったです。

同じ曜日で、しかも同じ放送局での推理ドラマ。比べるなと言っても無理な話しでどうしてもついつい比較してしまうわけですが。役柄設定ではパズルの鮎川の方が三十路で年上の筈ですがさくらの方が大人びて見えてしまいます。設定年齢幾つでしたっけ。ま鮎川の方はプライベートが一切描かれてない分石原さんのキャラから想像してしまうとこはありますけどね。同じ主役でもボケとツッコミのキャラ違いからくる印象なんですけど一度コラボで激突した面白そうな気はいたしますです。宇田川が鮎川に「もってかれた」ってなるのか、だとしたらどの鮎川を?なんてね。絶対ありえないコラボでしょうけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

パズルその8(PIECE6)

毎回犯人に逆切れされて頭抱えて逃げ惑う鮎川(石原さん)ですが、これって必要なシーンなんでしょうかという疑問がありますです。あれですよねえ強欲な鮎川へのお仕置きってことで普段傲慢な態度をへこまして観てる側が溜飲を下げる効果を狙ってられるんでしょうか。まドラマ上の鮎川は縦横無尽の転嫁で無敵の存在ですから分からなくはないのですが、どうせいつもお宝空の無駄足で終わってるんだからいいんじゃないかと思えなくもないのですがね。

以前出て来た映画部?のあの高校生なぜか印象が相変わらず強く残ってますです。イケメン三人というよりもああいう濃いキャラが一人混ざっても鮎川と釣り合いが取れるような感じがするのは私だけでしょうか。叶うなら再度の登場を願うものであります。

そんな寄り道はともかくとして第6話。だんだんとエンジンが掛かってきた感じで回を重なるごとにまったりしてきましたです。今回は謎が結構最後まで解けなくて鮎川が「わかったぞ」のセリフを発しても誰の犯行なのか私は分かりませんでした。密室というか閉じられた空間での中での出来事で尚且つ文明の利器たる携帯を排除した古風なお話しの作りは好物です。今回はそれに探索というか冒険チックな子供の頃に抱いてたドキドキ感も味わえていつも以上に愉しめました。

もちろんツッコミどころは多々存在しますけど、それを補って余りあるキャラの弾け具合が心地良いです。仲の良さそうな雰囲気も漂って見えて居心地もいいです。馬鹿カップルなんか現代人の弊害の部分を全て担っているような、なにしてもなに言っても地獄さ落ちろと願いたくなるようなキャラでして、ああはなりたくないと思わせる他人の振り見て我が振り直せ的要素みしっかり含んでいて、バカップル犯人であろうとなかろうと被害者となろうとも許すまじという勢いに感じますです。こんな奴罰当たれと思っちゃって推理とは別なところで悪党なんだから犯人だろうと言う感情も湧いたりして余計な思考になって惑わされましたです。

今回のトリックは想定外で見事たばかられましたです。そりゃあなんでホテルのオーナーは復讐に燃えた執念からとはいえ犯人をおおよそ絞り出せたのかとかなんで警察明日の朝まで呼べないんだとか、それをいっちゃあお終いよ的なものはありますけど。でもせっかく不気味とはいえリゾート地に来てるんだから戯れる若者たちっていうシーンもあった方がメリハリがもっとついて愉しかったのにと思わないでもありませんでした。刑事さんの回想シーンで事件の概要が説明されたあと、いきなり能天気な青春謳歌シーンが始まって鮎川が「あいつら」とむかつきながら回想シーンでここに来た理由が語られる。それからオーナーから召集がかかりドラマのように展開してくってのが好みなんですけど。ホント遊ぶことなく解決にむけて邁進する彼らですこと。

継ぎはぎのアップ攻撃ではなく、一気の長回しで石原さんの表情七変化の様を見てみたい。ぜったいどこかでこんがらがってボケかましそうで。そう思わせる色んな態度を見せる鮎川は面白いです。いつも重い荷物を持たせて来る鮎川ですが、ネグリジェくらいしか見えてこないんですけど一体全体何が入っているんでしょうか。

今回のロケ地は沖縄?やっぱ空気感が違いますねえ。開放感があると言うかなんというか。遠州のどよよんとはやっぱ違います。大気汚染で汚れてるとか言うことじゃなくて山が近い空気とは違うということですわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

綾瀬はるかさんが来静しとった

晩餉下のおっかさ連中ど忙しい時間に、こらしょと地方ネタオンリーでこれでもかという勢いで展開される「静岡○ごとワイド!」。

5/23に綾瀬はるかさんが出とらした。勿論映画「僕の彼女はサイボーグ」のプロモーションの為という大義名分があってのことで。そんでなきゃこのようなお方が普段身内的にちまちました家内制手工業的アットホームな番組に出演される訳がない話しであります。この番組は歩くしぞーか弁でもあられる中山儀助さんが出とらす番組でもあるだで見れるときゃあ観るようにしてるだけえが。結構映画の番宣で「えっ!」と思える方が出演なさるのでもありますです。

今回の番宣は綾瀬さんお一人でしたが、普段絶対お顔を拝見できない監督さんとかも見れるのが嬉しいです。もちろん司会の御三人方は映画のプロではございませんから質問そのものはよくある光景でしかないんですが、地方という気楽さからか緊張してないお姿が垣間見れるのが魅力なところでありますです。

それにしても今回はアップが非常に多いなと感じた次第です。秋元さんとか那須さんへのアップと綾瀬さんへのアップの寄り方が私みたいな素人でもその違いが分かるほどでした。でも綾瀬さん体をしょっちゅう動かす癖があるのかうまくセンターに入ってない画とかも見受けられましたです。比べるのは失礼なことかもしれませんが以前記事にした基本不動の堀北真希さんと比べるとその違いがよくわかりますです。もちろんお人形さんじゃありませんから動かれはされますが、堀北さんは上下に綾瀬さんは縦横無尽にという感じでしょうか。ちなみに青いお洋服がお似合いでおました。それと花の東京のテレビに出られてる時と殆ど変わりございませんでした。ということは普段からあまり自分を作ってる人ではないんだろうなと思えましたです。

ま、そんな余分なことはともかくとして肝心の映画でありますが、監督さんが外国のお方ということでその作品群は名前でしかしか知らないといっても過言ではないくらいの知識しかないのでその作風に関しては知る由もないのですが。アイデアが奇抜で、去年辺りにはこの作品に対して抱いた感想を素直に書けばなんだかなあでした。サイボーグのコスチュームから連想されるイメージがなんだかなあという思いと、ロボット(多種族)に人間が恋愛感情を抱くと言うのに正直引きましたです。最近テレビドラマでも同じようなコンセプトらしきドラマがありますが、それも観てませんでした。野郎ならまあありかなとも思わなくもないのですが女性が人間でというのはどうもね。やっぱ女性は母親になるという使命を帯びてるじゃないですか。それを放棄して多種族に恋をするのは快楽(精神的)に走ってるだけのようでホントなんだかなあってむなしい想いがあるんですよ私には。野郎は尻に引かれる引かれないはともかくとして結婚自体で人として大きく変化するわけじゃないけど、女性は娘と母とは明らかに違う変化がある訳で。それをロボット相手じゃ変われないでしょうにという感覚です。

で、元に話し戻しますですが今年に入ってチラチラと情報が耳に入ってきてからはなんか面白そうだなと思えてきましたです。その変化の理由としましては、綾瀬さんが美しい絵として成立してる映像を見たこと。小出恵介さんのお芝居になんか惹きつけられそうだから。感情移入できるとしたら小出さんの役に対してでしょうけど、確かに私も服の中見てみたいですもん。ああいうドキドキ感魅せてくれるとこがいいなあと。後、ストーリーが薄々見えてきてそのファンタジー性が心地良さそうだなと思えてきたです。決してサイボーグに恋するだけの不気味なお話しではないものが映ってそうで。

それにしても静岡県で映画の番宣となるとこの番組が第一になるのかしらん。そりゃ局名静岡第一テレビだけど。あまり他で見れない感じはしてますです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*みなきし

全部と言う意味。「みな」は「みんな」・「きし」は「きり」。

他の言い方としては「みなさら」というものもある。

例文

「なによーみなきし持ってくう。」

  (なに?全部持ってっちゃうの?)

「なんでぇかんだけえ。」

  (え~?駄目なの?)

「当たり前だらあ。こっちだって使うだでねえ。」

  (当然でしょう。こっちだって使うんだからぁ。)

「じゃあはんぶっこせまい。」

  (それじゃあ半分ずつにしようか。)

「好かんやあ。自分の分わあ。」

  (なによー。自分の分はどうしたの。)

「どっか向いてたらけえてた。」

  (よそ見してたら消えて無くなってた。)

「しっかりしてやあ。ただじゃないだでねえ。」

「ま、そういわすとぉ。ええらあ。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

最近ココログフラッシュに載らない

5/22、いつごろからなのかチェックしてた訳じゃないけど、最近ですねえ、ココログフラッシュに書いた記事項目が載らないんですわ。

以前は遅くはあれど載ってたんですがね、なんで全新着記事項目には載らないことがあってもテレビとかのカテゴリーがある物については日にち遅れであっても載ってはいたんです。ところが最近というか載った最後が5/18で。毎日必ずではないんですがそれなりに記事上げてるんですけど以降は全然載ってない状況が続いています。

おかげさんでアクセス数に関しては、以前書いた○島さん記事とアルカナでいざ勝負とかで来られる方がおられて安定した数字を示しているのですが、なんか淋しい。

更新通知とかもろもろも飛んでないのかなと不安に思ったりもして、試しに自分のブログをブログクリップに登録してみたりもしてるんですが。それは来てるんですけどね。でも最新記事で新規の来訪者さんが減ってるんですわ。なんでだろう。

なんかねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ラスト・フレンズその14(第7話)

瑠可の迷走がやけに目に付いた回でありました。一体全体瑠可は何をしたいのか。というか最終到達点がどこなのか理解に苦しむところであります。

性同一性障害については勉強不足でよく知らないのですが、美知留と結ばれることがないのなら、いつか理解して貰ったうえで傍にいて見守れる(共に暮らす)ということが理想なのではと思える訳ですよ。だとしたら今の現状は理想の第一歩であり、タケルがことをややこしくしたからと言って現状に苛立ちを覚えるというのがよくわかりません。口ではタケルに美知留のことをよろしくなんて言っておきながら忸怩(じくじ)たる想いを隠せない様はなんだかなあです。

理屈で考えれば唯一の性別を越えた友と確信していたのに裏切られた(女性の瑠可を好きだった)ことによる孤独感と生理的に受け付けない人間にとなったことからの逃避のほうが、美知留のことよりも優先した感情になっているということなんでしょうが。今回の最後での「家政婦は見た」みたいなシーンはタケルの瑠可への目線が美知留に向いたってことなれば、悔しさ半分安堵も半分ってとこで複雑でしょうがOKなんじゃないんでしょうかと思えるのです。

だから今回の瑠可は血迷ってるとしか言いようがない感じでした。なにをしたいんだ?という感じです。もちろん我が身に置き換えてもし自分が明日から「女だ!」と宣言するなんてことになったら大変な勇気が必要で、医者に相談する第1段階の後の誰かに告げるという第2段階で思惑が外れて普通じゃいられないというのは分かるんですけどね。

そのせいでいい様に振り回されてるタケルは堪ったもんじゃありませんでしたよね。セリフの中で時が解決してくれることもあるとかのたまわれてましたけどホントそう思いますわ。性急過ぎる瑠可の行動態度にはどうすりゃあいいんだと嘆かれてもこうすりゃあいいんじゃないのとかいうアイデアすら思い浮かびません。タケルは少なくとも一歩引く思いで瑠可と接しようと心を切り替えてる風に見えるのにそういう好意すら受け付けない瑠可では、そりゃ頼ってくれる美知留に魔が差した(?)感情も、あれだけ精神的にしんどいことが続けば気の迷いでついフラフラっときてもそりゃあバチはあたらんでしょうに。トラウマの素おねえちゃんに出会う・瑠可に180度ひっくり返った態度をされる・ついフラフラと美知留に心が傾いてしまったところを瑠可に見咎められる。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことですな。どうすりゃいいのさこの私状態で同情を禁じえませんです。

美知留は美知留で、いつも誰か傍にいてくれないと駄目な人とはいえ、宗佑にとりあえずは踏ん切りつけた直ぐ後でタケルに寄り添おうとする心持ちがなんだかなあという気分です。男はこりごりと思ってみたけどタケルみたいなのもいるということで瑠可に頼らなくて済んでいるということもあるでしょうが。この気持ちの切り替えどころは野郎には理解不能ですわ。とても現実的なことで嘘だとは思いませんけど。ってゆうか「あるある女性ってホントそうだよな。」って納得出来る行動ではありますけどね。

宗佑は暫く美知留のストーカーしてて仕事おろそかにしてたツケが溜まったのか若干遅きに失した本業の方を挽回していて流石に美知留に構ってられない状況のようです。別れを切り出された時の宗佑のセリフで「ひとつになりたかった」というのは、おそらくそれを成し遂げた人間はこの世にはいないと思いますです。例えクローンを作り得たとしても成し遂げられない空論でしょう。説得力に欠ける引き止めの言葉に思えました。それにしてもいつか帰ってくるというあの自信はどこから生まれてくるんでしょうか。

エリは不倫なんですねえ。だからなんだといわれても、周りがこんだけ深い悩みのなかに沈んでると大したことじゃないように見えてきて。不倫ひとつでも十分ドラマになりえるくらいなのに霞んでしまう勢いです。それでも遊園地での記念写真を離婚訴訟の際不利になるよといったら「そうかあ」って消す様を嬉しそうに見つめるエリの表情は切なさを感じましたです。略奪を望まない待つしかない恋愛の儚さを垣間見たようでした。

いづれにせよ、瑠可がこの輪の中心をなす存在なのですからその芯がぶれぶれなのはただいま迷走中という感じでしかなく瑠可がへたれば流れ解散になりそうなしりつぼみな感じに映るので早いとこ復活して元の瑠可に戻って欲しいところです。悩みを解放しようとしまいとに関わらず、自分の痛みより美知留を庇った時の瑠可は輝いてましたから。瑠可が勇気を振り絞って壁を取り払ったとしたら、案外みんな「なあんだそんなこと。」ってあっさり受け入れる取り越し苦労なのか。それとも瑠可が想定した悪夢の如きみんな「どんびき」なのかは興味がないとはいいませんけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*のけとく

除ける(のける)。除けておくということ。共通語であるが、普通は「よける」(除けると漢字は同じ)「よけとく」が一般的に使われるが、遠州ではこちらも併用して使われることがまだ一般的であるということ。

「どける」という意味にも近いものがある。

例文

「掃除せるだで、捨てられて困るもんあったらのけときなよ。」

「自分でやるでやらんだっていい。」

「あんたそんなこといったって全然しもへんに。」

「勝手にのかされるのん嫌なの。後でわからんくなるだで。やらんだっていいっつってるじゃんか。」

注、最後の「のかされる」は動かされるという意味。「のける→のかす」の変形か「いごかす(動かす)→いのかす→のかす」という変形か退去の意味の「退かす」なのかは使ってる私も知らない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*くれろ

使い方は二通り。

「犬に餌くれろ。」(犬に餌あげなさい。)

「これくれろ。」(これちょうだい。)厳密には(これよこせ)。

「あげる」と「頂戴」というあげる方と受け取る方との両方の使い方がある。方言かどうかは定かではない。

ただし「頂戴」の意味の「くれろ」は横柄な表現の部類になるので、一般的には「これくりょう・ちょうだいやあ・くんない」が使われることが多い。

例文

「やあおっかさ。これくれろ。」

  (ねえおばちゃん。これくれ。)

「あんたぁなんちゅう物言いしくさるよお。ホント怒れるやあ。ガキじゃあるまいし。」

「いいじゃんかあ別にい。他人行儀なこん ゆうよりか ええらあ。ちったあ気い使えってか?」

「そうだよを。そうしてくれろ。」

「そうしてくれろ」(そうして頂戴)という使い方は存在するがあまり使ってはいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

売り切れでした

ドラマの「無理な恋愛」は初回見ただけなんで観たうちに入らないんですよ「おせん」観てるもんですから。

だけど、エンディングに流れる「忘れもの」は一回聴いただけで、好きになりまして、CD出たら買おうと思ってたんですよ。で、今日発売だってんで仕事終わってちゃっと(と言っても夜だけど)買いに行ったんですわ。買う気満々で。

でもどのコーナー探してもないんですわ。思わず日を間違えたのかなあと不安にかられ店員さんに尋ねたところ「あ~売り切れですね。一応在庫検査してみますわ。」と相成れど「あ~やっぱり売り切れですわ。」でした。

もちろん幾つ入荷したのかは知る由もないですが、それにしても発売初日に売り切れたあびっくりしましたです。ダウンロード世代じゃない人達が私のライバルだろうけどへ~ですわ。これってやっぱいい曲なんですねえ誰が聴いても。堺さんも本気出してプロモーションすれば紅白どころか何とか大賞なんかも夢じゃないかもしんないですね。だってドラマの視聴率決していいとはお世辞にも言えるわけじゃなくてこの売り切れの状況なんですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

静岡県人なら分かる筈

以前、cmでマイホームセンターの唄を知ってるか知ってないかで静岡県人かどうか試すという内容のものがありました。

ここで、それと同じように静岡県人なら分かる筈問題を。決して踏み絵みたいなものではございません。こういうのもあると言うご意見ございましたらご教授いただければありがたいし、遠州しか通用しねえぞというツッコミでも結構ですのでお待ちしております。

その1、美味しい島に行けば明日の天気が分かります。では誰が教えてくれるというのでしょうか。

その2、コンコルド・ABCといえば何を連想する?

その3、さわやかと言えばどんな料理を連想する?

その4、漢方薬一筋と言えば?

その5、ハッピーグルメ弁当と言えば?

その6、食ってみなけりゃ分からない食べ物と言えば?

気が向いたら随時更新していきますです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

おせん(第伍話)

このドラマ結構気に入っているんで、悪口と受け取られようとも思った事をば素直に書くことといたす所存にて、もしやに不快に思われしも何卒ご勘弁の程を。

なんかねえ安直ですわいな。時代の流れに逆らいて古き良き物を守らんとするおせんさんの活躍をば江戸っ子の啖呵まじりで悪徳業者をぎゃふんと言わす仕儀なれど、説得力に欠けましたですな。

「倒すべきは悪徳業者(扱い)」ではなく現代に染まった娘御さんの「眼を覚ます」が寛容かと存ずるが如何なりや。あれで娘さんが改心した(ぼったくられる事を悟った)とはとても思えませなんだ。相手は企業。そんな下手なぼろ出すほど間抜けでもあるまいに。ドラマの中では営業マンお二人の悪巧みかのように描かれてましたがそういうもんではないでしょう。手の内はあんたと同じ事してるんだということを実践して動揺を誘い娘さんに悟って貰うということなんでしょうが、料理と言う嗜好品と家を建てると言う実用品とを同じと観ること自体無理があるような気がいたしましたでやんす。普通の思考だったらそれはそれこれはこれと頭の切り替えしてると思うんですけど、いかがでやんしょ。

じゃああんただったらどうしただ?と問われるとあれですけどね。とりあえずは一升庵の屋敷を案内してこの家とともに如何に生きてきたかをとくとくと語りそういう想い出を捨てていいのかと脅し(若しくは家は人が造る物。でえくさんが娘さんを説得し信頼を勝ち得る)。トドメで孫とじいじの二人がかりで娘さんを説得するってえ算段くれえしか思いつきやせんけどねあっし如きの知恵じゃあ。

とにかく流れとしてはでえくさんが走って向かう先は同業者のとこの縄張り争いの場ではなく娘さんのもとに向かって頑なな心を解かすことだったのではないか。その後ノルマがどうたらこうたらの都合で少し強引なとこを見せられ揺れ動く段階での会食においてのギャフンと言わすという展開がやつがれ的には良かったんでやんすが。

営業マンをギャフンとさす手立てはあれで(テレビでの展開通りで)いいと思うんでげすが、それと平行して娘さん説得工作をもうちっと練って欲しかったであります。

ま、そういう無粋なことはこれくらいにして、今回も蒼井優さん萌えてられましたですなあ。啖呵切っての声の通りとその後のへたり具合が良かったです。こういうメリハリのつけ具合って時として嘘くさくもあるんですが、そういう風には思えませんでした。結構どころか物凄くメリハリつけられてた風に思えたんですがねえ。このシーン観れただけでも今回儲けものというか元取ったという気がしましたです。

あと、桜の木のエピソードの連続ボケは笑えました。他にないのかよと思わず突っ込んでしまいました。やっぱ同じ釜の飯を食ってると人間似てくるもんなんですかねえ。映画「プルコギ」で田村高廣さんがおっしゃられたセリフを思い出してしまいました。「家族になると言うことは同じものを食べることだ」というお話しでした。そういえばよっちゃんさんも大分みんなと同じ空気感になってきたような気もしますし。正論なんでしょうか。

営業マンに出した料理群は、私如きの者でも品が無いと思えましたです。如何に今まで登場してきた料理がさりげなく凄いものだったのかと云う事を知ったようでこれはこれで感心いたしましたです。それに気づく木下(松方さん)は本当の食通なんでしょうねえ。最後のプリンには笑えました。ここまでやるかと。もっとも私もここで食べるんだから美味いんだよなと言う強迫観念のもとで食べるでしょうから冷静に考えると笑ってられない話しですけど。

言う事聞かない損得で物事推し量るきつい娘さん役の佐田真由美さんも役にはまっていて、なんだこの娘はって確かに思わせてくれました。それにしても壊すとのたまったあの家スゲエいい家って誰が見てもそう思える豪邸じゃないすか。別な意味で説得力ありませんでした。あれ以上の家ってあるんですかねえ。

でえくさん役のもたいさん。女性をでえくさんに設定したなんか深い事情があるのかとおめえやしたがそうでもなさそうで。でも気風のよさは江戸っ子でえ。なんで異議申し立てはございませんです。はまってられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*あんきだで

「そのほうがあんきだで」(その方が気が楽になるから)

「あんき」とは「気が安まる」の「安気」。別に方言でもなんでもないのだが何気に使う人もまだいるということで。ちなみにうちの集落では「そのほぅん気い楽」という言い方をすることが多い。(その場合は言い切りで「だで」とかはつけないことが多い。)

例文

「めんどっちいで先忘れんうちにちゃっと持ってくでね。その方が安気だで。」

「その方が確かに無難だの。忘れたらなに言われるか分からんでねえ。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

小一万っていくら?

「いくらぐらいするもんだかいねえ。」

「そさねえ、小一万するじゃない?」

と言う使われ方をする「小一万」。じゃあ一体幾らのことを指すんだ?一万札出せば買えるのか買えないのか。

と言う疑問。

ついでで小一時間ってのも。

で、回答編

色々と調べたら「こいちまん」そのものずばりは分からなかったのだが、「小」という漢字の意味で「もう少しで届く」と言う意味を表わすとなっていた。なので「こいちまん」だと1万円札でおつりが来ると言うことであるらしい。1万円弱と混同してたみたいだった。「1万円しないんじゃない?」と言う表現と「小一万するんじゃない?」が同じというのはホント物は言い様だなあと感心する次第で。まあ確かに安いんじゃない?と言う言い方よりも意外と高いよと言うほうが物に対して失礼にあたらないから綺麗な表現ではありんすなあ。

ところでネットで「こいちまん」を検索した時、小市慢太郎さん関連がだだ~とヒットした。小市さんてこいちまんって呼ばれてんのかなあ。大変無礼失礼なるも似合わないとぞ思ひけり。善悪両方演じられる上手というか観る側を見事に騙せる力量を持った貴重な役者さんをこう呼ぶ気には私は馴れないですわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

CHANGEその1

第1話と2話合算の感想です。深津さんと阿部さんががんこお気に入りです。このお二人見てるだけで愉しいです。もうなにしても手放しで観ていて愉しいです。

お話しの内容に関してはなんとも申しようがないので楽しく拝見させていただいてますとしか言いようがないです。でもまあ、総理に登りつめる手順というか道のりを当たり前に石の上にも30年じゃドラマになり得ないでしょうから、こういうはしょりのアイデアは考えたもん勝ちみたいでスゲエなとマジ思い候。これからはシンパを徐々に開拓して行くのが楽しみになってくんでしょうか。

でも、権謀策術渦巻く中で同居開始のやんやの騒ぎや車の中で和気あいあいとした仲間同士の気の抜けなさが感じられて仲間ってやっぱいいよなあと羨ましく思いました。

それと礼儀を知らない私なんか、政治家のお偉いさん相手に失礼なきようにどう動けばいいのかハラハラで料亭でのシーンとかの木村さんの演技に思わず同調して一緒に畏れ多くてどぎまぎしてしまいましたです。一挙手一投足全て何していいのか分からないという雰囲気に飲み込まれてました。そういう意味で若造の礼儀知らずを笑えない自分を発見もする訳で自戒の念も抱く部分もありと。1話での後援会の人々のホンワカ包んでくれるような空気感から一転してのこの緊張感をしっかり実体験するかのように観れましたです。そういう空気を作り上げる寺尾さん方も凄いわけですが、ここは素直に木村さんの力量を思うべきでしょうか。

とにかくスコスコ小気味いいくらいちゃきちゃき進む展開で観てて気持ちいいです。人にこれ面白いと言えますですが、ここまでサクサク進むんで途中乗車してくる視聴者がついてこれるのかなと思う部分はありまするが面白いことには間違いなさそうです。私としては恋の行方などという展開には興味がないのでそこら辺は勘弁して欲しい気はしてますが。最終的には利用しようとした人達をも魅了するあさくら啓太で邁進して欲しい願望がありますです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*田舎っさー

例えば「田舎っさー」。田舎者と云う意味で「っさー」は「~者」ということになるが、全国的にみると地域によっては「っさ」と伸ばさないところがあるらしい。というか「さー」と言う方が少数部族の属するようだ。

遠州は語尾を流すのが特徴でもあるので、そこいら辺は方言だといえなくも無い。そうはいっても福田や大須賀辺りからの出身者であまり語尾を流さない人とかを知っているので遠州地区全てというわけではなさそうではあるが。

私は浜松なので語尾が流れるのが普通使いとしているので「田舎っさ」ではなく「田舎っさー」で通します。発音的には「さあ」ではなく「さー」又は「さぁ」となる。

「とろくっさー」は単純に「とろくさい」というあきれ返った意味にも使われますが「とろい奴」というニュアンスも含むことになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ナルニア国物語第一章

最近映画の感想を全然書いていないのです。テレビに趣旨替えした訳ではなくて、巨匠市川昆監督の「東京オリンピック」のDVDと来るべき「ハッピーフライト」に向けて矢口作品を見直しているからなのでありますです。

それがえらく手間取るというか歯ごたえががんこあって、噛み切れなく。当然消化もしきれなく往生してる次第で。巨匠の作品に感想書くなんて畏れ多いのですがやっぱいいもんはいいですわ。それだけにいい加減なこと書けなくてね。矢口作品はこらしょとたんと観てるもんでどうせ書き直すならもっといいものをと色気づいてる分筆が鈍り候。

んなこんなで、逃避じゃないけどたまには能天気に洋画でも見て気分転換しとこうと思って「ナルニア」見ましたです。

テレビで映画観るのは衛星放送が殆どなので正直CMタイムの多さに馴染めませんでした。などという泣き言はさておき。

やはり洋画だなあと。殆ど邦画しか観ないものですから余計そう感じましたです。スケールが云々というのも勿論ですが壮大な抒情詩ってのは日本のチマチマ感との対極をなすもので、黒澤明監督作品っぽい迫力を感じますです。私は邦画のチマチマ感が好きなんで別に礼賛するつもりはないですけど。気分転換というか違う世界(現実逃避)に誘ってくれるのは確かです。チマチマと言う表現を言い換えると、派手な洋画のような色んな事象が折り重ねられて壮大になっていくのではなく、人それぞれが持つ決して互いに融合することのない心象の中の広大な世界をあぶり出す(描き出す)ような壮大にはならないけど複雑な小宇宙(盆栽みたいな)が好きだということです。

それと身分というか階級制度の感覚が日本人とは違うんだなあと。大昔の日本人の感覚がどうだったかは知りませんが今の日本人的感覚からいけば、突如訪れた人間を予言というお墨付きがついているにせよ、その力量を計ることなく(ライオンさんは成長を促してましたけど)疑うことなく下について従うという感覚は、抗うことの出来ない身分や階級的なものだと納得するのはなあ?という感覚です。上に立つ者の資質や力量を鑑みなければ命を掛けれないと考えるのが現代の日本人の感覚じゃないでしょうか。親の七光りとか親が金持ちだからとかコネが効くとかいうのを宜しからずという風潮が日本にはあると思うのですが。ま現実的にはそういうのが氾濫しててなんだかなあなんですけどね。

冒頭の空襲から逃れるための疎開から旅立ちまでのあのじっくり描くのは後半のスピード感を増すための助走?序章?序奏?なんでしょうかねえ。とても間延び(平和)した感じでしたがその分後半へのテンポアップが冴えて風雲急を告げるというかいざ出陣感を醸し出されていて計算されてるんでしょうねえおそらくは。合戦シーンは迫力満点で大事なとこは時間超越してでも長く見せるような野暮なことはせず戦場の雰囲気と空気感を優先してた辺りは洋画の方が優れてる点だなあと想いましたです。最近の邦画やテレビドラマもそうですけどここぞヤマ場となると臨場感捨ててまでもねっちり時間かけて撮りますから。時間は自由に止めれたり操作できるものではないという考えは正解だと思いますです。その分役者さんに対する負担も増すわけで(日本の役者さんよりも短い時間で表現しなければならない筈)そりゃ高給取りになる訳だと納得しますです。

行動理由や根拠は国民性で異なっていたとしても人間として表現しなくてはならないことは洋の東西を問わない不変なものが存在する筈ですから役者さんの表現方法に違いはないのでしょうが、瞬時に表現する技術というのが日本と違うとこなのかなと。ま、演ずる側の問題ではなく、国民性というか元気があれば何でも出来る気合さえあれば時間をも越えられるという精神性があるかないかという見る側の要望の問題でしょうけど。

いずれにしてもストーリー上のツッコミどころなぞなく、とてもよく出来てるというか細かいとこまで神経が行き届いてる感じで隙がないです。ただですねえ当然ですけど登場人物が西洋人ばかりで感情移入というか自分だったらというような気持ちが入らず距離を置いた感じで見てる立ち位置でした。

あ~面白かった。という表現で楽しくはあったけど愉しい種類の映画ではなかったです。でもこういう作品が興行的に成功しないと映画館に明日はないですから第2章も是非ともヒットして貰いたいものです。感情が深く揺さぶられるだけが映画の使命じゃあありませんから。アミューズメントパークでもあるべきですよね映画館って。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*に=のに

「やるに早い」(やるのに早い)というように「~のに」を遠州では「~に」と言う場合が多い。「の」抜きの表現。

では、「のが」の場合はというと、「やるが早い」というかというと微妙である。「やるが早い」だと「やる方が早い」という意味になるので決して手早いという意味にはならないので「のが」=「が」という「の」抜きの理屈になりにくい。むしろこの場「やるんが早い」というように「んが」=「のが」の方が納得がいく。

同様に「ので」になると「やるで早い」は「やるから早い」と「やるので早い」というほぼ同じ意味になるのでこれはアリかも。ただし「で」ではなく「でえ」になるのが遠州弁ではあるが。これも「のが」と同様「んで」という表現も一般的である。

「んに」という表現はいいにくいので使わないのであろうか。それと「にい」(~だよ)という表現と紛らわしいから使わないのか。

例文1

「500円。」

「なによー返すに金とるだ?」

「3日も延滞してりゃ普通取るらあ。」

例文2

「あんた髪ん伸びるに早いねえ。」

「ゆうとくけどスケベじゃないでねえ。」

「誰もそんなことゆってもしんにい。」

例文3

「こっから天竜行くにどんくらいかかるよお。」

「ちゃっと飛んできゃそんながんこかからんよ。」

「歩くとどうなるでえ。」

「夜があけるわあ。」

「まだ朝だにい。」

「だで無理だっつってんじゃんか。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ハチワンダイバーその2

賭博の将棋。つまり裏社会というのは、おっかないものが嫌いな私としてはなにも感想が浮かばないですこの第2話は。

なので2話は素っ飛ばしで第3話へ。

いやあ大杉漣さんの独り舞台のような展開でした。こういうのを怪演って呼ぶんでしょうか勉強になります。といっても役者になる気も物書きになるつもりのない冷やかしを生業(なりわい)としてブログ書いてる私には面白ければ良いだけの話しなんですが。

もう圧倒されっぱなしでスゲエとしか感想がひねり出せないのですが、2話のような展開でないのは幸いです。それと将棋も左程得手でも興味があるわけでもないので、どこをどう打ってなにがなにしたから形勢がああたらこうたらぬかされてもついてけないので、こういう画の見せ方でも苦ではないですね。

将棋に詳しい方にはツッコミどころ満載な消化不良のちょっとだけよあんたも好きねえのじらしと映って不満たらたらの方もおられるやもしれませんけど。少なくともヒカルの碁みたいな将棋のムーブメントを巻き起こそうなんぞという野望を抱いてドラマ作りされてはいないようです。だとしたらなにを売りにしているのか。

あくまで勝手な勘繰りではありますが、カードゲームみたいな対戦モノということなんでしょうね。その手段がカードではなく将棋といういわばポケモンの人間版ということでしょうか。だから対戦相手が一癖も二癖もあるような濃いキャラでないといけませんわな。それらの強敵を倒し経験値を重ねてはてさて行き着く先は何処かということになると今のところなにも明かされておりません。RPGだと多くは目的が最初に提示されるものです(もっとも最近やってないので確証はないです)がこのドラマは提示がなくあくまで主人公とともに話しが進んでいる状態です。なのでなんか不安というか心細さを感じたりもしますです。

まあ最後どうなるというより目の前に現われる敵を各個撃破する様を愛でるというお話しなんでしょう。かつ「潜る」=「変身」という戦隊モノ(一人ですけど)のお約束も存在してるんですが、一度潜ってしまえばタイムリミットがないのなら最初から潜りゃいいのにとは思えるのですが、追い詰められないと出ないという設定のようで。

2話の展開ならブーイングですが3話のような展開なら楽しめそうです。あくまで「そう」がつきますけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

トップセールス第6回

時代の変革への対応と言う柔軟性と、変えてはならない普遍的なものの見極めと変えない勇気。それを天秤に掛けて如何にバランスよく時の中で自身の能力を発揮するか。その結果転職を選択した主人公でありましたが。

でも、なんかね。私はこのドラマどうも所長さんを観てたみたいですどうも。なので入れ込むこともなくなんとはなしに冷静に見てましたです。そう思えたのは私だけじゃなく主人公さんも転職されましたでございます。主人公は立ち直ったみたいですが私はどうもって感じです。

ま、その中においてバブルの影が忍び寄るかのような誘いの悪魔の囁き的な発言が印象には残りましたです。ホントかいな?という疑問符つきで。そんな思いで当時の人はいたのかしらんと。当時も今も田舎に住んでるんでバブルなんて都会での馬鹿騒ぎであったらしく全然分からない世界なのですが、だとしてもあんなこそこそしたものじゃなかったでしょうにと思えるんですよね。誰しもが酔いしれたと聞き及んでおりますバブル景気。もちろんドラマはこれから到来と言う予兆の時期を描いていたのでその時期はホントにあんなものだったのかもしれませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*に抜き

「もちいく」(持ちに行く)・「買い行く」(買いに行く)・「とりいく」(取りに行く)・「やりいく」(やりに行く)というように「に」を抜いた表現が遠州弁には多い。

例文

「おお丁度おめえんとこ持ちいかすかと思ってただよお。」

「なにおよー。」

「貸しとったらあ。辞書。」

「返したにい。」

「いつう。」

「大分前にい。」

「知いらんやあ。誰ん渡したよお。」

「憶えちゃいんけど返したにい。」

「そうけえ。じゃまあ一回見てみるわあ。」

「そうしてやあ。返しゃへんなんて思われてちゃたまらんでえ。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2008年5月11日 - 2008年5月17日 | トップページ | 2008年5月25日 - 2008年5月31日 »