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刑事の現場第4話

最近のドラマではこういう表現に当てはまるのがなくてすっかり忘れてました。

「重厚感」と「重量感」。このドラマにはこの表現が適切だと思い出しました。スピンオフ作品(?)の「鑑識の現場」を見て、その違和感を感じる軽さと比較できてより一層そう思えるようになりました。そういう意味では重い軽いを出し入れ出来る役者さん方はすげえなと思うのですが。うーんどうでしょう。

このドラマを安心して観ていられる理由のひとつとして、若者を半人前として周りが扱っていることです。当の本人達は敵わないとは思っているが自分たちは一人前だと信じてとても前向きに映ってるところです。つまり育てよう・育とうとする雰囲気があるということです。

現実にはもういきなり即戦力としてノルマや結果を求められる人を育てる余裕のない社会になっているだけに昔懐かしいラムネの味を思い出すような感覚と一緒です。まあせっかく教え込んでも途中で転職という呼称の離脱を罪悪感も薄く平気でされる方の身になれば対応策としては致し方ないとも云えるのでしょうけれども。このドラマにおいては一度決めた自分の道を終生勤め上げる美学が肯定されているだけに安心していられるのでしょう。

流石に最終回は些細な躓きから雪だるま式に罪が膨らんでいくテレビニュースなんかが絶対ほっとかないような大きな事象が描かれていましたが、大味な感じはしましたがいつも通り役者力バリバリで見ごたえありました。今回は石倉三郎さんがやけに印象が強く残りました。忍成修吾さんと北村有起哉さんもイメージ強かったです。つうか出てらっしゃる皆さん全部ええですけんどね。

愚痴垂れなば、平成の世継ぎを覚ます警鐘劇、たった4回じゃ刑事育たず。

やっぱ無理だんべ?4回じゃあ、さあやるべ(見込みがあるから)で終いという感じでした。もうちっと観たい訳ですが、二人も定年させてしまって層が薄くなっちゃいましたから続編は期待できそうにもありません。残念です。

第2話が秀逸でした。これ観れただけでホント満足です。

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かりかりする

直ぐ怒るとかいつも苛立っているとか神経がピリピリしてるとか云ったニュアンスの意味。特に地域独特の表現ではないのだが

辞書とかで引く「かりかり」は「かりかりに揚げる」というような渇ききって固くした様子などと云う意味となっている。

もっとも心が潤ってなくて乾いてるから「かりかり」な状態になるということで繋がっているから問題ないのだろうけど。遠州弁として載せたのは日常会話で良く使うからそれが独特かなと云うことで。

例文

「なんでそおー直ぐかりかりするよを。なんでも自分の思い通りにならんと気い済まんだけ?」

  (どうしてそんなにちょっとのことでムッとするの?なんでも自分の思い通りにならないと気が済まないの?)

「かりかりなんてしてもせんにぃ。生まれつきこーゆー顔なの。」

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*おんめえ人づかい荒いなぁやぁ

「おんめえ人づかい荒いなぁやぁ」・「人んこきつかいやがってえ」・「おんめえわしんなにやらすだあ」などなど

要はいずれも人使いが荒いと文句たれてる表現である。この中でタイトルとした「おんめえ人づかい荒いなぁやぁ」のイントネーションが最も独特である。

「なぁやぁ」を会得すれば遠州人っぽくなれるともいえる。なんかわかんなくても「づら・だら」つけときゃなんとかなる世界ではない。上級編の部類に入る表現である。

ニュアンス的には「なあそう思うだろ。」という同意を求める雰囲気がある。愚痴っぽくも言わないといけない。「おい!聞いてる?」という場合にも使われる。ちなみに「なぁやぁ」は野郎言葉で女性言葉だと「ねえほい(おい・さあ)」。

近い言葉だと、「(そうだ)なや」・「のえ・のー」とかがある。

例文

「洗濯もん寄せといたにい。」

  (せんたくもの取り込んどいたよ。)

「ありがとねー。次玄関にある奴かたいといて。」

  (ありがとう。じゃ次玄関にある物片付けといて。)

「おんめえ人使い荒いなぁやぁ。何様だっつうの。」

  (お前なあ。人使いが荒いなあおい。何様のつもりだい。)

「立ってるもんは親でも使う。鉄則だらあ。」

  (立ってるものは親でも使え。鉄則だろ?)

「なぁやぁ。一度聞いとこーかたあ思っとっただけえが、わしおめえの何?」

  (あのねー。一度きちんと聞いとこうと思うんだけど、俺お前の何?)

「いいじゃんかそんなカタいこと言わすとお。」

  (いいじゃないのそんな堅い事言わなくても。)

「遊びにきた奴つかまえてこらしょと働かすおめえのその性根が信じれん。」

  (遊びに来た友達捉まえてここぞとばかりに用事頼む了見が分からない。)

単純に「なぁやぁ。」だと意味が変わる場合がある。

「おい聞いてるのか」・「意味理解してるのか」・「おいどうなんだ」

といったおどしの一歩手前みたいな威嚇的な表現となる。

例文

「・・・・・・・」

「おめえちゃんと聞いてるだか?なぁやぁ。・・・ヤル気あんならなんとか言えよ。」

「・・・・・・・」

「てんめえ黙ってりゃ過ぎるなんて思っちゃいんらなあ。」

都合が悪くなると黙りこくる人がいる。貝になる状態はまさにATフィールド全開状態を具現化しているかのようでもある。第三者としてこういう時に「まあまあ」と助け舟をだして火中の栗を拾うか傍観者に徹するべきか悩むところではある。

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*いっちゃん・いっとう

一番をこう言う場合がある。関西風の匂いがするところであるが遠州でも使うということで記載。

「一番先に」は「いっちゃん先に」・「いっとう先に」という具合である。

「いっとう」はおそらく「一等」と想像される。どこぞの地方では「いっとん」という所もあるらしく特に遠州弁独特というものではない。

「いっちゃん」については広く使われる言葉であるが、遠州では幅広い年齢で使われるのが多少の特徴ともいえるのではなかろうか。

例文

「おーやりい。いっちゃん先に到着でえ。」

  (おーやったあ。一番乗りした。)

「ばーか。はあみんな用済まいて帰ったわ。」

  (あのなあ、もうみんな用件済まして帰ったの。)

「そりゃないらあ!なんで?」

  (そりゃないだろうに。どうして?)

「知らんわあ。終わりごろに来る奴のなんでの方が知りたいわあ。」

  (知らないよそんなこと。それより終わりごろになってくる奴の理由を知りたいくらいだよ。)

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10年後にコメディエンヌと呼ばれたらうれしいな

貫地谷しほりさんの今週号のザテレビジョンでのコメントが気に留まりました。

4月から始まるドラマ、「キミ犯人じゃないよね?」についての記事の中でかくおっしゃられておられましたが、おいおいとツッコミが二点ほど。

10年後ってしほりんご本人の野望からすればもうとうの昔に結婚してる筈で、当然子育てなど今ほど役者一筋というわけにはいかないだろうに。結婚されてる女性の役者さんって結婚される以前と比べると穏やかで力が抜けて自然体に近くなられる方が多いようなイメージがあるのですけんど。そうすっとしほりんの本性はコメディエンヌだとご本人は思っておられるのか?、&、結婚しても役者さんは続けてくれるのか?

言葉のあやかもしれないけれど、喜劇役者さんとコメディエンヌは違う種類のような気がしますです。日本はコメディエンヌが育たないお国柄らしく樹里ちゃんが登場するようになってようやく「コメディエンヌ」という言葉自体認知されるようになったのではないのでしょうか。喜劇役者さんだったら藤山直美さんに代表されるように以前から存在されてた訳ですが、それらの方をコメディエンヌとは称さない訳ですので、具体的にしほりんのいうコメディエンヌってどういうものなのでありましょうか。(もちろん同じもので分ける必要はないのかもしれませんが)

笑いを突き詰めていくと、絶妙のコンビネーションとか相性とかが重要で一人ではなかなか作り出せ得ない世界ですので理想を追い求めていけば舞台で直接反応を実感でき、練りこまれた掛け合いで相乗効果を増してゆくのがベストなのでしょう。でもそれは喜劇役者さんと呼ばれる世界感であってコメディエンヌとは異なるものだと思われます。

じゃあ具体的にコメディエンヌってなに?って問われても、今のところ樹里ちゃんみたいな人としか言いようが無い訳ですが(外人さんについては知識不足なので)これについての解釈はご本人に聞く意外に答えは見つからないのかもしれません。

間違いなくSGでの樹里っぺ&しほりんのコンビは最強だったと思います。それを再びというのなら大歓迎ですが、おそらくはそうじゃなくて感動の質が涙や重さではなくて笑いというものでありたいということなのかと推察してしまいます

そういう方向性を薄らほのかに目指してるということは個人的には嬉しい限りの発言でおました。つうか10年後といわず今すぐにでもいいじゃんという気がしないでもないですけど。

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プロポーズ大作戦スペシャル

連ドラの時の終わり方に疑問符をつけたのは私だけではなかったようで、番宣とかでも、今回は全てにけりがつくハッピーエンドと述べられていましたが。まさにその言葉通りの展開でありました。

印象が特に強かったのは、部屋でお好み焼きを食べてる辺りのシーンですかねえ。ホントに仲良さそうなリアル感が構築されていました。こういう本来眼に見えない筈の空気感が画として映ってるように感じられのが愉しいものなんですよね。例えとして美味しそうに食べる人を見てるだけで気持ちよくなれるのとおんなじ感覚でしょうか。

「俺みたいなのと付き合ってくれてしかも結婚までしてくれるんだから感謝の気持ちで一杯。」みたいなツルの考え方はカッコいいです。同じ野郎から見ても、こいつなら嫁さん絶対に幸せにするなと思えますもの。言われる女性だったらもっとそう想えるんでしょうね多分。(非常にに良く出来たいいドラマなんで多少ツッコミいれてもいいかなと思って書きますけど)だからといって嘘ついてまで内緒ごとを行うというのはどうかとは思いますけどね。善いとこと悪いとこで相殺どころか不信を抱かせる(しかも嘘)方がバランス的には重い気がするんですけど。名前の通りのツルの恩返しで、決して覗いてはなりませぬの現代版パロディ的な洒落だと勘繰れないこともないのですけど。

ま、日本に帰ってきて事情が分かれば一件落着という展開ではありそうでしたけど、たった一回のハレルヤチャンスをものにして、しかも自分にも踏ん切りをつけた健三の独り勝ちという展開でした。こうでなくちゃ詰まらないです。

結婚式ばっくれた負い目という健三の心情というのも良く描かれていて地に足がついてる感じがしました。結局それを一生背負っていかなくてはならない覚悟の踏ん切りがつかなくて一年を無為に過ごしたというのも単なる消極的な略奪愛というよりも重い感じが伝わってきました。意を決して吉田家に行ったときのシーンでお母さん(宮崎さん)の優しいお顔がやけに印象的で、けっして陰鬱な謝罪の儀式ではなく新しい門出を待っていた雰囲気を醸し出していてとても良かったです。帰りの車のシーンもナレーションの心情がよく伝わってきて、ラストのシーンよりもこっちの方が好きでした。

逃げられた多田さんのアフターも取り上げてましたけど、確かに連ドラ中に幼馴染みのフリが存在していたので取って付け足したような違和感はないんですけど、それだったら連ドラ中にほんの少しでも登場させて置けば予感として想像できたんで「あんな善い人可哀想」と思わなくて済んだのにと思わないでもなかったです。

いずれにしてもこのドラマの最大の売りは5人の仲のよさが映像の中にしっかりと映りこまれていたということに尽きるような気がします。ドラマのなかのセリフにもありましたけどこうして5人がまだ一緒にいるのは奇跡みたいというのは実感がこもってたように感じました。昔見た「ふぞろいの・・・」とかでも感じた印象と同じでしょうか。しかしこんだけストレートな見ててこっ恥ずかしくなるようなストーリー正々堂々と演じれる山下さんはなんか凄いと思いましたです。

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かるた小町

3/25。何故か昼の最中にドラマをやっていて、しかもいつもの再放送シリーズではなく聞いた事ないような「かるた小町」というタイトル。しかもどんなドラマかすらも全然掴めないが夏帆さんの名前があったのでとりあえず録画ではありまするが見とこうかなとお気楽な気持ちで観たんですけど。東京では2/11に放映された単発ドラマとのこと。

なんだこれ!?滅茶苦茶設定がユニークで発想が真新しくて惹きつけるじゃないかと。

概要は学校同士の選ばれし代表者によるかるたの勝ち負けを競う行事の準備から結末を描いたお話し。その代表者に選ばれた主人公は真逆とも呼べるくらいの性格の持ち主とコンビを組む事になる。相反する性格ゆえの葛藤を乗り越えいざ出陣はてさて勝負の結果や如何に。

それにしてもこのキャラクター設定は斬新です。「茶室ニート」と呼称される主人公(夏帆さん)の引き篭もりの一歩手前みたいな性格設定は、主人公が動くだけで愉しくなってくるほどです。控えめがいつしか臆病になりそれが日常化して逃げるようになってしまった感受性の強さを感じさせる割には、服装も行動も繊細とは程遠くずぼらとさえ映る様のギャップが面白かったです。夏帆さんも表情豊かでしかもボサボサ頭でもなんでも可愛らしく映えるのは物凄い武器をもっている役者さんだと感心いたします。セリフの間がほんのワンテンポずれる感じののんびり加減もいい味出てます。機関銃みたいなセリフの洪水を浴びせられるとつい引いちゃう感じになりやすいんですが、夏帆さんの言い回しのタイミングはホンワカな気分になります。

動けば動くほど人に迷惑をかけてしまいその為に攻撃的な防御壁を構築してしまった運動神経抜群の相棒とコンビを組んで大会へと進むわけですが。ここいら辺りの最初反発しあいながらも最後はお互いを尊重しあう関係を築いていく様はちょっとよくあるお話し的で創意工夫というか目新し尽くしであって欲しかったです。攻撃的過ぎて浮いてしまうのと守備的過ぎて浮いてしまう二人の「人の振り見て我が振りなおせ」的なものとお互いの良い点を発見し尊重し学びあう「一寸の虫にも五分の魂」的要素を掛け合わせた感じのものに思えたのですが、試合前に仲が固まるよりも試合を通してよさに気づいてくと云うパターンの方が個人的には好みです。

ドラマの空気感は、学校の自治がしっかりしていて家庭など外部との係わり合いを持たせず自分達のことは自分達で解決するというスタンスが見てて気持ちいいです。

かるたとりのルールとかを若干説明されてましたが、あまり理解できませんでした。多分1時間でははしょる部分が生じたのでしょう。

出だしはホント惹きつけられました。後半部に進むにつれて若干その感覚は緩むのですが観ていて面白かったです。特に主人公のキャラクターにははまりそうです。この主人公でまだ他のストーリー見てみたい気がしました。

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*衆

「しゅう」。人達を指すと云う意味の言葉。厳密に訳せば一族であろうか。

「名古屋の衆」と言えば「名古屋の人」ということであるが「名古屋一族の人」というニュアンスであるので複数人に対してだけでなく一人に対しても使うこともある。

「あの人名古屋の衆だでこういう味付けするだよ。」

  (あの人は名古屋の出だからこういう味付けをするんだ。)

普通使いの場合は「衆ら」の方が多く使われる勢いであろう。意味はあまり変わらないが「ら」がつくほうが柔らかく聞こえる利点がある。こちらも「ら」が入って複数というイメージが強くなるが「そういう人達の中の一人」という意味合いとしても使うので一人を指して言う場合もある。

全国的には怖い系のご職業の方の用語らしいが遠州はどの家でも普通に使う。

「あの衆ら」(あの人達)・「あの衆」(あの連中)

「うちの衆」(家の者共)・「うちの衆ら」(家の連中)

「の」が「ん」に変わる人もいる。

例文1

「あん衆らどこいかすだいねえ。」

  (あの人達何処に行くのかねえ。)

「さあ、がんこな靴はいてるだで山でも行くじゃない?」

  (どうだろうねえ、大層な靴履いてるとこ見ると山にでも行くんじゃないの。)

「にしちゃあしょいもんしちゃいん衆ばっかだら。」

  (それにしては(リュックとか)背負ってない人ばかりだね。)

「バンビで一気に頂上行くツアーかなんかじゃないの?」

注、バンビとは遠州鉄道の観光バスツアーの名称。

例文2

「どこぞの衆だあ。人んちの庭勝手に入って踏みくさってっけつかりゃあがって。」

  (どこのどいつだまったく。人の庭勝手に入り込んであたり構わず踏みまわりゃがった奴は。)

「凧ん落ちたつって拾い来た衆らおったにい。」

「や、馬鹿っつら。一言云えっつうだ。怒れるう。」

最近は中田島砂丘で祭りをやるようになったのでこう云うトラブルは激減した。大昔は練兵場跡地で行われていたのでこういう話は武勇伝みたく尾ひれがついて残っている。  

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空白

心具のお手入れ作業とかいうことで

明日の11時まで更新不通になるとか

ほいじゃ、そういうことで。またあした。

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ビストロスマップでの池脇千鶴さん

「薔薇のない花屋」ついでに観たのですが、池脇千鶴さん。なんかとても私が想い描いていた印象と異なるのでびつくりして思わず記事に書いてしまいました。

作品でしか「池脇千鶴」を知らなかったので、年齢詐称のホント上手い幅の広さを感じる役者さんなどと失礼極まりない感想を以前述べたのですが。

芝居されてない池脇さんは、えらく可愛らしい方だったのでびつくりでした。関西の方と記憶してたんですけど言わんと損みたいな押しが強そうではなく柔らかい印象でした。しかもまだ20代でおました。バリバリの脂の乗り切った30代のイメージで凝り固まっていたので驚き倍増です。

役柄は幅広く演じておられるので一概には言えないのですが、お芝居されると心のどこか一部に他人を入り込ませない領域を持った部分を感じさせる印象なのですが。決まったセリフを伴わないバラエティでのこの空間ではのんびりというか穏やかというか、壁を作らないオープンな人に見えました。ご一緒されてた田中さんは芝居のイメージの延長線上の印象を受けるのとは対照的に映って余計そう思えるのかもしれません。

バラエティ馴れされてないということもあるんでしょうけれども、役者さんとしての実績を考えるととても芸能人の方とは思えないきさくで普通に近い人に映ります。さりとてあがるとか緊張とかされてるわけではなくきわめて自然体でおられて、胆の座り具合は感じました。余談ですが緑の服がお似合いでした。

役者さんの素を垣間見たからといってどうなるものでもないのですが、ついでに観たけど得した・儲けた気分になりました。

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*からい

しょっぱいと言う意味。塩辛いの塩を省いた言い方ということであろうか。特に遠州弁と云う事ではないのだが遠州でもそう使うということで。

「しょっからい」・「しょんばい」と言う使い手もいる。

例文

「なによこの味噌汁。馬鹿からいじゃん。」

「ほぉ~お?」

  (あらそう?)

「あんたこんなじゃ嫁行けんにい。」

「なんとかなるらあ。」

「なんとかなんかならんて。」

「なるようにしかならんて。」

「いやだやあ親はなに教えてきただって言われるだでねえ。ちゃんとしてやぁ。ふんとにもう。」

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薔薇のない花屋最終話

このシーズン、斉藤さんについでの時間延長というご褒美がついた「薔薇のない花屋」さん。お話しの展開の妙を味わう感じでした。行動理由や目的が謎というか分からない事だらけのうえに各自の思惑が複雑に交差してよけいややこしくなってきて謎が謎を呼ぶみたいな勢いでしたが、終わってみればストーレートに色んな愛情を描いたドラマだった訳でした。

自己紹介を誰もしないから見る方が状況などから推理を構築してこういう人なんだろうなと知っていく。考えてみれば非常に現実社会では当たり前のことがドラマの中でも行われていた訳で、そういう意味では映画に近い描き方だったのかなとも思えてきました。

最近に限らずテレビドラマってとても親切に情報提供してくれてますからそういう意味では甘くない味付けが新鮮だったんでしょうか。

最終回の内容についてですけど

手術のシーンは精神論全開でしたねえ。「生きる気力がなくちゃ成功率が下がる。」と言い切った舜の言葉の通りの展開でした。迫力ありました。さすがフジテレビは医療モノは強いと実感します。

院長先生のトーンダウンが若干気になりましたが、考えてみれば院長先生が憤怒の情を納めればそう複雑な展開にはならないのですからここはひとつ大人になってということなのでしょうか。何故か急によく出来た人に変身された方でした。

光と影のような英治と舜は同じ名も泣き戦士。その固い絆は空港での他愛もないマジだか冗句だかどちらとも取れるような小洒落た粋な会話で象徴されてるようでした。こういうセリフの応酬大好物です。花屋再開の資金を舜から借りるというのもとても納得できるお話しです。こういう繋がっている人間が一人でもいるというのはホントに幸せなような気がして羨ましい限りです。

しかしまあ良く出来た娘だこと。もうこれに尽きるわけですが、院長先生も結果的にはよく出来た人だし彼女もそうだったことを考えればこれが血筋というものなのでしょうか。いやいや英治の育て方が良かったということでここはひとつそういうまとめでいきたいところです。

薔薇の花の封印を解いたのは、もうなにも心の奥底に隠すべきものがないという証なのでしょうか。その割には印象が明るく変化したわけじゃなし相変わらずマスターとの会話は面白いし。後ろめたさからきた陰鬱な表情かと思ってたんですが決してそういうわけじゃあなくて元々こういう人だったんですね英治って。まあコロっと変わったら引きましたけど。

で、肝心の美桜との関係なんですが、どう落とし前つけるんだろうと。

なんて思ってたら薔薇の仕入れ先がこういうことだったんですねえ。最後の最後に又たばかれました。こうくるか。結構どころかがんこドラマティックな展開でおました。ドラマじゃなきゃ味わえない展開ですがこういう出来過ぎの展開も嫌いじゃあないです。

英治の誕生会で涙をみせる英治でしたが、確か舜との会話で泣いた事がないとかいってませんでしたっけ。舜は飛行機の中で英治はお誕生会の最中で。これでやっと二人に人並み(以上かも)に愛情を手に入れたことを実感できたということなのでしょうか。

白ける話しかもしれませんが私はスゲエと思ったもので書きますけど、花屋と喫茶店のあるこの町。全てが作られたセットというのはホント気合の入りようを感じて気持ちいいです。そしてえらくリアルでした。石垣が印象的だったんですが落ち着いたいい街並でした。生活感がある風に感じられて、店の前が小さな公園ってのもおいしいとこです。

画的にも役者力的にも筋書き的にも愉しめたドラマでした。視聴率的にも評価的にも時間延長したのが示す通り、多くの人に共感できる作品なんでしょうね。その後を見たいわけでもないし見足りないとこもないしとても練りこまれた感じがしました。満腹感も満足感もピッタリはまった感覚です。わたしも英治や舜と同じようにみんなと同じものに感動できるようになれたということで嬉しいです。

役者さん的には子役の方も良かったですけど寺島進さんががんこ良かったです。

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佐々木夫妻の仁義なき戦いその8

最終回までのお話しです。「夫婦喧嘩は犬も食わない」それを公共の裁判所で公衆の面前で堂々と暴露暴走気味にやりあう展開というのは、なんともはやという感覚でした。裁判って無料じゃないですよね確か。時間の無駄、金銭の無駄、労力の無駄などなど色々ともったない展開のお話でした。弁護士同士だからと言って闘うのが当人同士でなくてもいいじゃないかという思いです。

ここに至るまでの経緯を盛り上げるための試練というか谷底(どん底)に落とす辺りの8話9話は見ていて愉しくなかったです。薄々こういう結末が見えていた感があったので大丈夫安心して見ていられるだろうからと落とせるだけ落としてから崖から這い上がらせて頂上に達する到達感をより盛り上げとこうという意図が煩わしく思えてしまいました。

案外宇宙からの侵略者が来たら民族間や国家間で人類同士いがみあっても宇宙人を排除するために全人類一致団結するって夢見たいな法則に洗脳されてる私としては、佐々木夫妻においても共に手を携えて突如現われた外敵と闘うって展開の方が好みでした。

なにも無理してアップダウン作り出さなくてもそっちの方が自然に映るんじゃないのかなとふと思ってしまいました。

まあ、なんのかんの言っても最後まで見てきた訳ですから、なんとも思わない(興味が湧かない)作品ということではないんですけど。

とにかく「蓼食う虫も好き好き」・「子はかすがい」夫婦とはそういうものだという教訓なんでしょうか。正直後半話はただ見てただけ状態に近かったので肝心のドラマのテーマの所はすっ飛んでるのでしょう多分。前半と中盤辺りは面白かったです。

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*やらまいとやらざあ

どちらも普段使ってる「やろうよ」という意味の言葉。

~しようよという誘う感覚の表現であるが、「まい」と「ざあ」が何ゆえふたつ存在しているのかということ。

「まい」は遠州で「ざあ」は駿河が基本のようである。それがちゃんぽんになっているという考えが一般的であろうか。

別の解釈としては、「やらざあなるまいて」(やらなきゃならないだろう)といった古い言い回しで使われる「ざあ」と同じものだとしたら「やらまいとなるまいて」なんて言い方は存在しないので「ざあ」は方言ではなく古い言葉が生きているということでもともとの意味は違うことにもなる。「なるまいて」の「まい」の方が解釈としてはスムーズな気がする。

実際の運用については多少のニュアンスの変化がつけられていて、強要性の強さで言うと、「まい」の方が強めになる。もちろん駿河に行けば異なるであろうからこれが正解と言うわけではなくてうちんとこの集落ではそういう使い方のニュアンスになる人が多いということである。

例文

「ジュース買いいきまい。」(ジュースを買いに行こうぜ。)

「ジュース買いいかざあ。」(ジュース買いに行こう。)

「ジュース買いいかん?」(ジュース買いに行かない?)

「ジュース買いいかすかあ。」(ジュース買いに行こうよ。)

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悩むとこです

私のブログでは、コメント及びトラックバックは承認制としています。商売繁盛の為とかアクセス数増加計画による無差別送付の為とかとにかく記事の内容と丸で縁のないもの。そして他人の記事内容を抜粋して自身の記事と為し自らの意思がなんら無いブログからのトラックバック。これらを除けたいためです。

他にも芸能人を中傷・貶める内容のものや、本当は鼻の下が伸びるくらい好きなのですが抑えて(我慢して)「えっち」な類のものも敬遠しております。

しかしながら今回というか昨日、これらとは異なる種類のブログからのトラバがありまして悩んでおるところであります。

どういう種類かといいますと、一種の告白系と申しましょうか赤裸々系と申しましょうか。内容が「えろ」いんですわ。だけどアフィリエイトしてるわけでもなく美人局的などこぞの妖しいサイトに誘惑するものでもなく、形式としては自らの性衝動をぶっちゃけトークしてる自爆気味の勢いなんです。もちろん詳しく熟読しての判断ではないので私のような素人には分からない商売っ気が隠されているのかもしれませんが。

まあ、無差別トラバであって私のブログに用があった訳ではないんでしょうけど。それにしても分からないのが、2007年の6月以降更新されていないブログなのになんで今頃トラバなんかしてくるのか。こういうカミングアウト的な内容のブログってのはもっと抽象的な空想の世界ばかりでこれだけストレートなものには正直出遭った事ないんでどうすべえか対応に苦慮するものであります。

トラバされた方、とりあえず記事内容と関係ないのと「えろ」いんで保留のままにしておきますが、なにかご意見がございましたらコメントしてください。コメントも承認制なので秘匿性は私の判断によりけりですが実質個人宛メッセージがわりとしても使えますので。

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ひらっち

「平岡祐太」さん。私にとっては「ひらっち」。SGの中で唯一の野郎という存在。SGファンの残党と名乗るものとしては気に留めなくてはいけない筈なのですが男に対してはさすがに興味は薄くドラマや映画以外で出演されるものまでチェックする意欲がない現状であります。

そもそも中村拓雄という役はイケメンとはかけ離れたとこに位置する役であり、かといって引き篭もり程の陰鬱なキャラクターでもない極めて普通な役であったわけで。その好演が光って見えただけにその後のちょっとすかしたイケメンキャラに舵を向けるのは競争率高そうなとこにあえていく必要があるのか疑問ではありました。

とはいっても、SGでは樹里ちゃんを、たったひとつの恋では綾瀬はるかさんと、プロポーズ大作戦では長澤まさみさんとファーストキス・チェケラッチョでは井上真央さんとなどなど数え上げたらキリがないほど主演の役者さんをサポートされてきているわけで。その存在感は着実に実績を積み上げられて来ておられる方でした。

それで最新では放映してた「だいすき」。ドラマは詳しく見たとはいえないいい加減な私ですが、このドラマの印象は「僕の歩く道」を連想させるイメージで、くしくも兄弟役であっちはユイカこちらはひらっちという奇遇を感じさせるものでした。そういう意味では役どころはしっかりさりげなく女優(?)さんをサポートする方向性がぶれることなく向いていると読めるのですが、「ひらっち」と呼べるのがSGのみで後は平岡さんと呼称すべき感じでなんとはなしにもったない感じが若干ありますです。

世の中イケメンブームとかでわんさかここぞとばかりに逸材が出現してる時代。幅を広げる意味でも違った色味を魅せて欲しいところです。せっかくプロポーズ大作戦で濱田岳さんというひとつの可能性の見本とすべき方と共演されておられるのですから感化されて欲しいなあと何気に思う次第で。才を埋もらせるのはもったいなあと。

もちろんこう言うこと書くと「平岡祐太」ファンの方から一家言あるでしょうがねじ曲がってはいてもあくまで期待していることの裏返しですので素直に思ったことを書いたまでです。なので「すかしてんじゃねえよ」と書いてる訳では決してありません。

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坂の上の雲の番宣

刑事の現場の直ぐ後にやっていた「坂の上の雲」のドラマの制作風景等を描いた番組。を、見ました。

原作は読んでいて、しかも自分なりに世界感を妄想構築しているだけに、どうしてもそのイメージと付け合せしてしまいそうで、「夢壊されて文句あり」なんてことにならないか不安なのではあります「坂の上の雲」。

「司馬遼太郎」作品の中でも一二を争う大好きな作品であり、漫画の江川達也さんの「日露戦争物語」も好きな私としては、戦勝ドラマとされたくないという作者の真意にも共鳴しますです。番組見る限り明治という時代を表現することに苦心されておらるるご様子なれば大丈夫とは存じますが実際にははてさてどうなるんでせう。

どちらかといえば期待よりか疑いの方が強めの私です。でも役者さんはみなさん観たい魅せて欲しい方々ばかりなので誘惑度は強いです。

何年かかけてじっくり作りこまれるという話も伝え聞いております。しかしながら大河ドラマならいざ知らず、全何話になるのかまでは知りませんがあの大河の流れのごとき壮大な明治人の気骨を描くのに果たして充分な回数になるのかなど、ホントに色々と?の部分が多い感覚なのですが、まずは見てのお愉しみということで。

ところでいつからやるんだろう。あまりにこれでもかと番宣されるとかえって白けるので放送日と時間が周知される程度に抑えて欲しいのですけんど今の風潮だと無理っぽい感じもしますなあ。

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*かんからかん

空き缶のこと。「かんかん」と云う表現の方が一般的だったかもしれないが、まだ中身が入っているものを「かんかん」と呼んで中が空になったものを「かんからかん」という使い分けをしてたような気がする。それに蹴っ飛ばすなら「かんからかん」の方がしっくりくる。宙に舞って地べたに着いた時の音のスケッチにも思えるところだし。そう思ってるのは私だけ?

例文

「昔しゃあかんからかん蹴っとばいて、よー缶蹴りとかして遊んだなあ。」

  (昔は空き缶蹴って、缶ケリとかしてよく遊んだよなあ。)

「釘で穴んふたつ開けてそんでそこんさあに紐通いて履き物にして竹馬みたくしても遊んだよなあ。」

  (釘で二箇所穴開けて、そこに紐通してそれ履いて手で紐操って歩いたりして遊んだよなあ。)

「おお!そういやあそういうのもあったなあ。」

「工作得意な衆らはかんかんの蓋で手裏剣とかこさえてたし。」

  (工作が得意な奴らは空き缶の蓋加工して手裏剣とか作っていたし。)

「あれ危なかったよなあ。」

「銀玉よりかやばかったもんなあ。」

「2B弾も怖かったけどやあ。」

「話しぁ変るけどマブチのモーターでスクリューんなってる奴あったらあ。」

「ああ、戦艦とかの船底に吸引ゴムかなんかでつけて不稼動の観賞用を稼動にさしたやつな。」

「あれんよーはずれて魚雷みたいになって沈んじゃったよな。後で池かっさらうの往生こいたもん。」

「校舎の中庭の池だらあ。先生にめっかると五月蝿いもんで確かに往生こいたわ。アニキの勝手に持ってって後でどんじかられたりな。」

「金持ちおっただか知らんが自分のじゃないもんまでめっかってどれん自分のだか決めるのに頭使ったなあ。」

「タミヤのウォーターラインシリーズとかでやった?」

「あれ直ぐ逆さんなるもんで駄目だったような記憶があるよー。殆ど潜水艦状態だったしい。」

「ほうかね。」

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