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4姉妹探偵団第八話

ドラマとは全然関係ない印象なんですけど、夏帆さん黒い服が何気に似合う人だなと云う印象を受けました。それまで「白」のイメージばかりだったので真逆だから新鮮に映ったのか、シンプルに「黒」が似合うのかは判断がつきませんがそう思えました。

で、ドラマの方に戻るんですけんど、初対面の人がいきなりやってきた4人姉妹に矜持を開くと云うのは出来すぎというかはしょりすぎの感が否めませんでした。切羽詰ってる心理状態でいくら恋人が連れてきた信頼に足る人物達だと判断したとしてもですよ。

呪いの存在はドラマ(絵空事)だから存在しても苦にはならないけど、警察に行って自殺?の状況を聞きに行って、それをぺらぺら喋る刑事というのは合点がいかぬところです。今流行の個人情報とやらはどこへやらです。まあそんな過剰な反応なことへのアンチテーゼという深読みをすれば共感できますけど。

全体的に4姉妹に重要な情報をなぜみんな安易に話す(提供する)のか不思議です。もちろんブラフで惑わせようとする輩もいる訳ですが。そして未成年が入れる環境とは思われなくても(今回はバー)出入り自由なのも不思議です。

次々と難事件を解決すると言う設定にするにしては、いささか4姉妹に捜査権が無さ過ぎる気がふつふつと湧いてきます。身内の無実を晴らす、被害者から依頼を受けてと云うのがいままでのパターンですが、やはり事件関与の導入部は警察からの依頼の方がスムーズな感じがします。これってコナンとかに影響され過ぎてのせいですかねえ。

昔ながらの捜査の鉄則である足で稼ぐのが4姉妹だというのに違和感があるんでしょうか。ミスマープルとまではいかずとも部屋で推理を構築してもいいんじゃないかと考えたりもします。

と、違和感を感じた部分はここまでとして、今回は犯人が最後まで動機も含めて分からなくてしかも呪いを人に擦り付けると云う悪魔の選択を迫らせるという人間の弱い部分とかも犯罪の手口にするなど巧妙でそれなりに犯人探しとしては面白かったです。

ことぶき荘って「トリック」に出て来る山田奈緒子のアパートにそっくりでしたねえ。なんか懐かしかったです。管理人さん副業で占いやってたんだ。なんてね。

4人である必要感があまり感じられないので4姉妹それぞれ得意分野で協力しての部分が強調された方が見易いかなとは思うのであります。姉妹の中で誰か婦人警官だったらいいのにと思ったりなんかして。ま、それはそれで業務上の秘匿義務の放棄にもなるので現実的ではないことに変わりは無いですけんど。

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腑抜けども悲しみの愛を見せろ

風に聞く話しでは大層面白いということが聞こえてきてたので、待ちに待ったDVDの発売でようやく観る事が出来ました。最近テレビドラマばっか見てたから、肌理の細かさに「やっぱ映画やし。」と感嘆しながら堪能しました。風の便りもなまじ嘘ばかりじゃあないのだと。

見終わって展開を反芻してみると、すんげえドロドロした流れなんですけど。なんて申しましょうかある種のゲームを味わっているような心理戦を愉しんだ感じです。しょっぱなからしてああですもんねえ。心の開き様がなく構えた感じからのヨーイドンでした。ネタバレ書くつもりは無いので展開については述べませんけんど、一回目は展開を愉しんで、二度目はそれぞれの登場人物の精神状態を読もうと試みたんですが、何回見ても言える事は「こいつらハンパない。」ってことですわ。ドラマだから誇張されてるんでしょうけど程度を落とせばこういう家族いてもおかしくないリアルさを感じます。

役者力を存分に味わって満腹感があります。真っ先に印象に残ったのが永作博美さんでした。この兄嫁の存在がなければドロドロ感に覆い尽くされた陰鬱な作品になっていたことでしょう。対照的に陰鬱な陰の存在部分を具現化しまくった永瀬正敏さんも映画全体の空気感を構築されていて、だからこそ姉妹の二人がこの空間で自由に羽ばたけたんだろうと思います。

それでも兄嫁の作る人形を見ると、相当鬱積したものがやっぱりあるんだろうなあ。目を輝かせて作っているときの表情はいつも笑顔でいられる理由の裏返しを垣間見るようでちょっと怖かったです。

メイキングの中で佐藤江梨子さんはこの役を「ナルシスト」と表現されておられましたが、傷つかないナルシストは最強なんだと思い知らされた勢いがあります。そういう意味では妹(佐津川愛美さん)の方がすぐ傷つくナルシストでその方が弱っちい感じが頭の中ではそう思えたんですけど。実はそうでもないみたいです。姉妹だから勝ち負けなんてないんですけど優位に立つ立たないの差はありそうです。でも途中まで似ても似つかぬ正反対な性格の姉妹かと思いきや終わってみればやっぱ血のつながった姉妹だと思わせる説得力がありました。

そういう部分を見せずに展開を最後まで引っ張っていくドラマの構成は凄いなあと感心するばかりで、ホント見事にたぶらかされました。

冒頭での展開が無くご両親が健在だったなら、この姉妹の行く末はどうなっていたんでしょうか。幸福の追求というより欲望を満たすことを快楽とするこの姉妹にとって映画の中での展開は理想の展開とも言える訳ですよね。負のイメージを糧として初めて絵に興す事ができる妹にとってはその才を目覚めさせるにおいては最高のシチュエーションだったということでしょうか。両親健在なら妹の才は眠ったままお蔵入りしてかもしれません。一度の失敗により意識して封印してたんでしょうけど両親の光景を目撃して目覚めてしまい、追い討ちをかけるようにして姉が姿を現したことによって封印が解けてしまったんでしょうね。

妹の餌のような存在である姉は最後はそれを自覚する訳ですけど持ちつ持たれつの関係を享受して行くんでしょうねえ多分。姉の迷言集はDVDの装丁の裏面に溢れるように書かれていてそれを読めばこの人の性格が見えるんで、こういう展開も「当然よ。」と思ってるのかもしれません。変な話し雨降って地固まると申しましょうか歪ながらもハッピーエンドと思える見終えた感想が湧きます。お姉さんは「お」はつきますが「しあわせ」な人なんでしょうね一生。

他に印象に残ったシーンとしては、借金返済の手段も体のいい美人局(つつもたせ)で、田舎は金で生活するところではなくそんなところで金であこぎな事をしようとしても金だけで生きている都会者には歯が立たないというメッセージみたいで印象が残りました。

本来右利きの佐津川さんを左利きに変えるなど細かいところに監督のこだわりが映ってるのでもっと色んな深いところがあるのかもしれませんが、私の知能では難しいのかもしれませんが、最初のピリリ感もインパクトありますが、繰り返し観ても面白さを発見できるスルメ作品のような気がしてます。

とにもかくにも面白い映画でした。家族に対する憧憬が人一倍強い兄嫁に子宝が授からなかったのがちと心残りではありますが。

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未来講師めぐる第八話

静岡県は一週間遅れの放送ですので全国的にみれば一週間ずれてる感想であります。

濃いですねえ。出て来る人みんな。どこで探してきた?ってゆうくらいの甥っ子の純朴な田舎っぽさ全開な容姿。しかし能力は吉田一族随一を誇り、なおかつ20年後はダメ押しで荒川さんの出番とくりゃあ、もうハンパないっす。人は見かけによらないを地でいく典型みたいな印象です。

それに輪をかけての永作おじさんの濃さといったら堪りませんわ。今までの登場人物がいかに普通に毛の生えたぐらいの濃さかと見まがうほどの錯覚を憶えます。しかも武術も備え欲も有余るほど持つのに一族の中でただ一人「自慢」を持たぬ普通?の人。

この二人の出現でアットホームバラエティの様相が崩れ。一気に怒涛の波乱万丈な世界に突入したようです。とりあえずこのところ悩まされている手錠の訳がそこはかとなく見えてきた感じです。でも永作おじさんゾンビみたいな執念を持っていそうでこの人に関わったら確かに闘うにしても利用されたとしても無事には済みそうな気がしてきません。果たしてどうやってこの難から逃れるのかが愉しみになってきました。

みちるの都会娘への模索具合も、色々と装いを変えたお姿が目の保養でありがたいことです。

ところで、受験をひかえたいずみちゃんはどうなったんでしょうか次回に結論持ち越しなんでしょうか。シンゴが視た彼女の運命の中で万引きまでは現実に起こったのですからその後の屋上で自殺するかのような出来事も起こるんでしょうか。その間のはさみ持って振り回すのはめぐるが阻止したので非現実にはなったのでそれ以降はなくなったってことでこれでちょんなんでしょうか。ちと気になったところではあります。

災難を具現化したような永作おじさん。倒すのか逃れるのか。どちらであっても対峙して退治するに相応しい気持ち悪さです。能天気に普通に戻って喜んでる場合ではありませんめぐるさん。でも「自慢」を持たなければ狙われる事もなくなるのだからあながち的外れでもないんでしょうかね。

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*んで

単純に「んで」だけなら、「そんで・ふんで」(それで)という意味になる。

「んでなによー」だと「それでなんだい」という意味になる。

それとは別で、「やらんで」(やらないで)・「せんで」(しないで)・「しんで」(しないで)といった使い方になると~ないでと言う意味になる。他の近い言い回しでは「やらんくて」・「せんくて」・「しんくて」などがあり、こちらは~なくてというのもある。

勿論ただ読みがたまたま同じなだけで「それで」と「~ないで」が同じ言葉から発生している訳ではない。

例文

「ただいまー。」

「あれえ、なんか買い行くっつって出てった割りにゃあ手ぶらじゃんか。どうしたよー。」

「うん買わすと思って行っただけどさあ。なんか知らんが値上がりしとって銭ん足らんもんで買わんで帰ってきた。」

「まあ金貯めるだの。貯金もしんで遊んどったら給料よりか高いもん買えんでの。」

「ふんだ。そんときゃローンで金借りるでええわ。」

「冗談で言っとるならええけど、本気(マジ)だったらぶっ殺す。」

「うそうそ冗談に決まってるじゃんか。そんな怒らんだっていいじゃん。」

「当たり前じゃん。返せもせんで借りて首ん回らんくなったら遅いだでねえ。んでどう工面せるだ?」

「なーも考えちゃいん。」

「買う気ないだらあ。」

「ふんだだことあらすかあ。買う気まんまんだけど知恵がないだけでえ。」

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*「さす」と「す」の使い方

「あいつに頼ますと思っただけどおりゃあせん。」

  (あいつに頼もうと思ったんだけどいないんだ。)

「あいつに頼まさすとしてただけどいんでやんめこいた。」

  (あいつに頼むつもりでいたけどいないから止めにした。)

結局は意味的に対して違いがないのであるが

「す」は「する」の詰まった言い方で

「さす」は「頼まさんとす」という古い言い方の省略されたものと考えられる。決して「盆爺や。御振り防御(ガード)。なんたら・ドス・サントスどす。」とか云う中南米から伝来した言葉ではない。

したがって強引ではあるが、「頼ます」は「頼みとする」。「頼まさす」だと「頼みと願い欲する」(頼んでみる)みたいな感じになる。

で、実は「さす」にはもうひとつの使い方があって

「犬に餌くれすと」(犬に餌をあげようと)

「犬に餌くれさすと」(犬に餌をあげるようにと)

と云う様に「~させんとす」(~させようとする)と云う使い方がある。

つまり「さす」には「~しようとする」と「~させようとする」の使い方がごっちゃ混ぜで曖昧になって使われていると云う事である。これで生活してて不便が生じないのは不思議でもあるのだが、「させる・やらせる」という使い方のほうに重心は傾いているようである。

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鹿男あをによし第八話

残すところ今日を入れて後3話。ドラマの中では神無月は明日で終わると言っている。もう後は無いとも言っている。に、しちゃあえらくのんびりな感じがしないでもありません。ご当人の方々はそうじゃないでしょうけれども。観てる方はいささかという感が拭えませんでした。

もしかしたら神無月が過ぎて霜月に入っても何とかできるウルトラなことがあるんでしょうか。残り一日でとりあえず狐の使い番と鼠の運び番が誰なのか判明し、「め」がなんなのか。そして何故鼠の運び番が使命を果たそうとしないのかが分かった週ではありますが。

すんなり返してはくれないんでしょうねやはり。それに狐の使い番が何故騙されたのかその理由が説明されてませんから来週は返せ返さないのひと悶着を描くことになるんでしょうか。

単純な質問として、前回での感想でも書いたんですけんど、日本が滅びる危機よりも人生を賭けた研究を優先するというのはどうもガテンがいかない思いがあります。そもそも儀式を行わないと日本が滅びるということの説明を鼠の運び番は受けているのだろうかということも疑問であります。まあ鹿にしたところで言葉が足らない有様ですから言ってない可能性は高そうですけど。

知らなかったとしたらそれを説明し納得させることが来週のメインテーマなんでしょうか。逆に知った上でのご無体な行いならどうするんですかねえ小川先生達は。やっぱ鼠の使い番が出てきて運び番を説得するって方向に進むのですかねえ。くれぐれもご無体返しで盗むとかの行為は避けて欲しいところです。正々堂々と清々しく日本を救って欲しいです。

どうやって鎮めの儀式を執り行うのか興味があるのですが、長岡先生が騙された理由というのもしりたいところです。ついでに鼠の使い番も知りたいし、この3校が創設されたいわれも説明して欲しいですし、無事儀式が行われた後それぞれの使い運び番はどうなるのか。(記憶を消されたりなんかして)日本が滅んでも鹿たちは別に困らないのか。他にもちょろちょろあるんですがまあこれらだけは是非とも答えを提示して欲しいところです。

でもファンタジーなんだから聞いてはいけない事かもしれないですけど、そもそも鹿と狐と鼠の姿になってる彼らは何者ぞという根本的な疑問があるんですけどそれをいっちゃあお終いなんでしょうか。

意外とまだまだ謎だらけで引っ張られてしまいます。これをドラマの中の一日で全て解決としていかなくてはいけない訳ですから小川先生達も大変なことと推察いたします。観てる方は何も出来ませんがせめて視聴率で貢献出来たらなとは思うのですが私んとこは調査区域ではないので残念です。

それにしても綾瀬さんがいるだけで深刻で陰鬱な心理戦のドラマにならないという存在感は凄いです。他の皆さんみんな深刻そうですから綾瀬さんがいなかったら堪ったもんじゃありませんでした。

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斉藤さん第九話

悪の巣窟は権力と金力の集中する場所にこそ巣くう。そこより救いし正義の味方それが斉藤さんかと思いきや、あっちゃりうっちゃりほかしちゃり。贈賄であっけもなく御用とばかりにお縄頂戴。最後っ屁の如き学校統廃合がせめてもの置き土産の悪か。はたまた正義たるや。

弱肉強食とばかりに次のリーダーが生まれるのかと思いしが、寄らば大樹の陰とばかりに都合の良き方へなびく烏合の衆。学生も主婦も変わりなし。うら悲しきは三上さん。柳川の息子も同じとて。ともに心置く場なし。

さても斉藤さん、正義の鉄槌の矛先は何処へとむかん。徒党を組むは本意ならずして諭して探して元の鞘に無事にと収めん。さりとて情けは人の為ならず。人を救いしは人にして、人が動くは正義あればこそ。最後は斉藤さんの下に集うが如き様ありき。

それにしても斉藤さんは孤独です。自分の心配事はたとえ親友であってもおくびにも出さない強さのみを他人に見せようとする。唯一昔の自分を見ているかのような目線で見ている三上さんだけがその気配を感じ取っている。正義に孤高はつきものなのでしょうか。

家にいる時の表情豊かな顔と外にいるときの臨戦態勢のような構えた無表情に近い顔の演じ分けが上手いです観月さん。高島さんの今回は疲れ果てた様も絵として成り立つぎりぎりのラインでしんどさを表現されてるように見えたし、ミムラさんの明るい能天気とのバランスも愉しいです。濱田さんの小憎らしくさえ見えてしまういやらしさも存在感ありますし、ドラマのストーリーを愉しむというよりか役者力を愛でる感が強いです。

はてさて斉藤さんの決断や如何に。来週のお楽しみですわな。はたして人に弱い部分をみせたりするのでしょうか。それとも変わることなく旅立たれるのでしょうか。ってその前に旦那と子供どっちをとるのでしょうか。その方が重要か。

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*やあ、その2

色々と使い道があるだけに聞き分けが出来ないとつらいのと、遠州弁の代表的な言葉なので憶えていないと始まらない基本中の基本ともいえる。前回では一部のみを説明したが今回は少し広めで

*おい!

呼ぶ時に発する。「やあこっち来いやあ。」

*おーい

なんだよー・えー!という感嘆詞。「やあなんでえそりゃないらあ。」

*えば(~すれば・~したら)

「買やあいいじゃん」(買えばいい。)「貰やあいいらあ」(貰えばいいでしょうに)

*思ってる・感じてる

嫌を例にとると、「ど嫌やあ」では「嫌だなあ」と言う意味になる。「やあ」を抜いた「ど嫌」・「馬鹿嫌」だときっぱりと言い切る感じになる。

他には「あいつ馬鹿やあ」(あいつは馬鹿だな)といった「~だな・だよ」という意味にも使う。

まだ色々とあるが、これら全てが元は同じかどうかは知らない。というか違うだろうな。ただ偶然「やあ」に変化した言葉がたまたま一杯あったのかと云うことであろうや。

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*~すけえ~すかや

ロシア風味の○○スカヤとか言ってる訳ではない。

「行かすけえ行かすかや」の場合、「行かないよ行く訳ないじゃん」という意味になる。分割して使われることももちろんあるが、これでセットとして使われる。他にも色々使えて

「喰わすけえ喰わすかや」(食べないよ食べる訳ないじゃん)

「やらすけえやらすかや」

「言わすけえ言わすかや」

「せすけえしすかや」(しないよする訳ないじゃん)

などなどたんとある。

「すかや」は「するかやあ」が短縮された表現と想像される。

例文

「今日は呑み屋寄らずまっすぐ帰るだけ。」

「呑み屋なんか寄らすけえ寄らすかや。月末で銭んありもせんに。それとも奢ってくれるだけ?」

繰り返すがロシアから渡来した言葉ではない。

あくまで~しないと云う事を強調する際の表現である。系統的には「なんしょかんしょ」や「ああたらこうたら」とかに近いと云えなくも無い。

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あしたの、喜多善男第九日

いそいそと死の準備を始める喜多善男を現世に押し留めるのはあしたの喜多善男ならぬあたしの喜多善男ちゃんとのたまう宵町しのぶの役割か。そう思わせる今回の出だしではありましたが、思うように事は進まぬが世の常とばかりにみんな宙ぶらりんな状況に追いやられてる。そんな展開の回に見えました。

みずほとの結婚の動機と顛末は三波さんの出現で明確になったのではありますが、展開の鍵となるかと思いきや、単に過去の話しで今の現状を左右するものではなさそうでした。でもネガティブ善男を作り出したのは貴方でしょうに三波さんって思わずつっこんでしまいました。計画が頓挫したといっても暗示を解いていないのだから暴走してるんでしょうか。まだ三波さんがらみでなにかありそうな気はしてますと想像してしまいます。三波さんの脂ぎったとこが抜けたような印象は昔悪党今善良に改心と言う風に見えました。それに騙されてるんでしょうか見事に。

で結局みずほが一番の貧乏くじを引いたような展開で、明確に示されてはいないにせよ、可愛さ余って憎さ百倍とばかりに忠実なる部下の反逆によって今の地位を追い落とされたと読める状況で、尚且つ保険金にまつわる「殺人」によって正に窮地に追いやられてしまった感のあるみずほでした。

そのみずほと取引をした平太はまだそれが成立し得ない状況に至ったことに気づいていなくて、そうと知らずに心置きなく喜多さんの死を止めようとしている。観てる側にはみずほとの契約不成立だと感づかされているだけに余計切ないシーンでした。

最後辺りは何故か宵町しのぶの魂胆も崩れ。はてさてどうするしのぶちゃんって感じでした。

そんな中で明鏡止水が如く指折り数えて11日目を待つ喜多さんご本人は、「死ぬかと思った」のお約束ギャグも洒落になっていなくて、やっぱこれはギャグじゃないんかと思い直す次第で。

今回面白かったシーンは「それが人にものを頼む態度か。」と前回みずほにも言われて今回平太にも同じ事言われた辺りのシーンが面白かったです。「死ぬかと思った」と同じでこのドラマのギャグってどうも繰り返しがお約束みたいで、ボケーっと見てたから見直してみたらもっと他にもにやけるシーンがあるのかもしれないと思ったりするのですが、なんか終わりが分からないとどうももう一回観ようと云う気にならないんで、それは後のお楽しみにして置こうかと。

みずほの空虚な無意思のような様は悪女というより操り人形のよな儚さがいと悲しげに映って、小西さんうめーなーと感腹いたします。(皆さん凄いんですけどね。)

来週はこの宙ぶらりんな感覚から一体何人抜け出すんでしょうか。毎週欠かさず観てたものだけが深く愉しめるドラマです。観てて良かった。最初あんなに重たくてしんどいと感じたのが嘘のようです。

ただひとついつもの蛇足ですが、「あんたらのヘマのせいでこっちに迷惑かかったら困るんだよ。」とかで前回凄んだ癖に今回は自ら手下を使って手を掛けようとした借金取りの行動パターンが理解できなかったっす。自らは決して手は汚さないものと思ってたんで。まあそれも来週では説明してくれるんでしょうけども。

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*いきなし

行きなし(行かずに・行かないで)といった意味使いもあるが、「いきなり」が訛るとこうなる場合がある。なので「いきなしいきなし」(いきなり行かないで)という表現も実在する。

「り」が「し」に変わるのは語呂が合うと云うか言葉のリズムを整えるためと想像される。意味に変化はない。

例文1

「いきなしなにょこくだあ。」

  (いきなり何を言うんだ。)

「いきなしたあなんでえ。きんのう言ったら?聞いてん方悪いらあ。」

  (いきなりとはなんだ。昨日言っただろう。聞いてない方が悪いんだよ。)

例文2

「きんのうまで500円だっただに今日んなったらいきなし550円になっとった。随分だと思わん?」

  (昨日まで500円だったのに今日になったらいきなり550円になってた。随分な話だと思わない?)

「周知やりなしいきなしだかいねえ。そんだったら随分な話しだの。」

  (お知らせなしでいきなりしたのかねえ。それだったら確かに随分な話だね。)

「だらあ。貧乏人にはつらい話しだらあ?」

  (でしょう?貧乏人には酷な話しでしょ。)

「だけどいきなしいきなし確認すりゃあよかったじゃんか。」

  (だけどいきなり行かずに確認してからにすればよかったのに。)

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薔薇のない花屋その8

前回は大きく展開が動いたので今回は一旦スローダウンして力を溜めて、その後一気にエンディングに向けて突っ走るのかしらむと想像してたんですけど、そういう下手な予想してたせいでしょうかそういう風に見えてしまいました。

とりあえずは家族の分かれがメインで他には新たな登場人物の出現(だけど謎)と院長先生の転落の様子の実況中継ってとこでしょうか。若干白髪が増えたように見えたようにも思えましたが同情すべき人物なのかどうかはよー分かりません。英治がおしんに見えてきたりもしますが、何かを成すために堪えているのかとんでもない負の部分を隠して生きているからなのか。今じゃ一番謎を持つ人物に映っています。

基本時間の経過を読むのが私へたっぴーなんで、ドラマが始まって今回まで一体何日経ったのだろうか皆目見当つかないんですが、短い時間だとしてもこれほど出会った人全てがお花屋さんのことを好きになるってのは凄い人徳です。お花屋さんのために汗を流す人のなんと熱い事か。希望的願望としてはお花屋さんはいい人であって欲しいところですわな。

こうなると最後がどうなるのか気になるところですが、なにがどうなればハッピーエンドということになるのかイマイチ分からなくなっております。まあ3世代仲良く暮らせて再びお花屋が活気を帯びるってことが一番なのかもしれませんがさすがにそれは出来過ぎでなさそうに思えます。

予想すると先入観に縛られて今日みたいに勝手な解釈してしまって自分でつまんなくしてしまう教訓を活かし、来週以降は茫洋と観ることに勤(いそ)しみたく存じます。

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ブログでこんな機能が欲しい

ブログ書く上で欲しいなあと思ってるのが「ルビ」がふれればなあということ。

言葉遊びを基本としてるので、当て字とか意味の取り違いがないように旧字とかを頻繁に使いたい私としては欲しい機能でありまする。

ことに最近侍言葉なるものが流行りたるご時勢。真に書き手の読みが伝わっておるや否や疑問に思いたることこれあり。

今書いた「真に」だって「まことに」と読んで欲しいのを「しんに」と読まれては切なかろうて。

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迷惑メール?

ブログとは関係ないのですが、私の所に迷惑メール?と云うかエロのお誘い?のメールが届きました。結構それなりに長いことインターネットやってるんですがニフティメールでこういうのが届いたのは初めてで、変に意外です。

今まで来なかったことが意外でもありついに来たかと云うことも意外です。今まで来なかったんだからこれからもずっと来ないとも思ってたんで。

そしていざ来たとなると、当たり前ですがなんで私のアドレス知ってるんだろうかという不安はやはり湧いてきますよね。こういう類の知識に疎い自覚があるだけに対処に思案する次第で。

全然聞いたことも無い名前からのメールの差出人だったのですが、試しにその名前で検索してみたら、とある方のブログで「今日の迷惑メール」という項目があって、その項目の中に同一氏名とほぼ同じ題名のものがありました。そこからああこれが迷惑メールだと確信したのですけど。

そういう意味でこういう項目を設けて注意を促すと言うのはいい事だなと思ったのですが、じゃ自分も見習うべきかということになると悩むところではあります。

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*なんだ

「行かなんだ」(行かなかった)・「やらなんだ」(やらなかった)・「せなんだ」(しなかった」

~しなかったという意味。

例文

「あれ?会社行かなんだだけえ。どうしたよー。」

「風邪ひいただか知らんが頭ん痛くてやあ。」

「そりゃかんのえ。大事んせんとかんて。こじらいちゃかんでの。」

  (そりゃあいけないねえ。大事にしないと、こじらせたらいかんからな。)

例文では「いかなんだだけえ」(行かなかったのかい)という表現を使っているが、省略して「いかなんだだ?」と云う表現もある。この「だだ」というのは結構遠州弁としての特徴かもしれない。

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佐々木夫妻の仁義なき戦いその6

第7話のお話し。子はかすがい。これで四方八方丸く収まるかと思いきや意外や意外引くに引けない意地で挙げたこぶしの落としどころを自分でも制御できないという展開の内容でした。

前半部分はコメディタッチで同性の愛には思いっきり引いたけどそれ以外は笑えました。あくまで個人的要望ですけどもう少し抑え目に表現していただけると大変ありがたいと思っておりますですハイ。

それにしても小雪さんは地味でも綺麗派手でも映えるお方です。個人的には地味な感じのほうが素敵だなと思える訳ですが。

対する稲垣さんの今回の感情表現は支離滅裂じゃないかと思える程感情豊かで大変そうでした。子供を堕ろす堕ろさないでのひと悶着での抑えきれない憤怒から落胆した感情への流れは心底絶望した感を感じたのですが、それから調停でのやり直すためへの説得の情感に至るまでの変化の経緯がちと分かりづらかったんですが。冷静な人と云うより直情型の人なんでしょうね多分。ねちねち引きずらない性格ということなんでしょうか。直ぐ忘れちゃうから日記なんかつけてるんでしょうかね。んなわきゃないかあ。感情に流されない粘り強いということなんでしょうきっと。正義がなによりも優先されるということなんでしょうか。

面白い人ですけどお友達にはなりたくないタイプではありますが頼りにはなりそうでこれぞ弁護士ってイメージピッタシです。

今回はだからなんなんだと考えさせられる訳じゃなくシンプルに面白い回でした。ただこの二人に付き合う事務所のスタッフはいい加減疲れてこないか心配にはなってきます。本気で気遣いしてる人達ばかりだから余計そう心配してしまいます。

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刑事の現場

この時間枠ではフルスイングを愉しみにしてたのでその習慣性が若干残っていたということで一応録画しといて観たのですが、テーマが団塊の世代から若者への引継ぎというものに絞った感がある、なんととてもNHKらしい展開のお話のようです。

テーマに沿ってるから非常に判り易い作りではありますが、複雑怪奇なるが人間の生き様でしょうからそういうのをとっぱらってしまって単純化されて多分に嘘くさい感じの人間が動いてるという感覚がNHKのドラマ見てると思えることが多々ありますです。言葉を選ぶ範囲にしても使える言葉が限られていてなにかと制約の多さを民放よりも感じたりもするんですが。

でもなんか違う感じがしました。寺尾さんとか観てるとセリフなんぞなくとも存在感で伝わるものが多く。そういう制約乗り越えてる印象が強いです。やっぱ役者力が強いとドラマに奥行きが出て愉しいです。刑事のスイッチがオフ状態のぐうたら加減が一旦オンに入るとドーベルマンが如き雰囲気を醸し出す幅の広さが好きです。

で、ドラマの内容でありますが、日系ブラジル人を取り扱ったお話しでした。浜松もブラジルからやってきて就労されてる人たんとおって、非常に身近な話題ではありました。生活上のルールの違いによる近隣住民との軋轢というのもさりげなく描かれていて、これは以前の「ホミロック」でも描かれていた題材を改めて紹介してるような感じですが。それよりも印象に残ったのは、息子は犯罪者ではないと云う母親の根拠理由です。自分の正当性をまず主張してだからそんなことする筈がないという論法は日本人離れしてますが実際(ブラジル人に限らず)外国の文化の中で育った人と接してみると、「そうそう確かにそう言うんだ。」と感じます。これが日本で生まれ育った(国籍が外国籍であっても)人ならば違う理由が優先で自身の正当性は二の次という普通の日本人の感覚と同じになりますです。

そこんとこはよー描いてるなあと感心いたしました。東京の衆にしてはと思ったんですが制作名古屋だったんですねえ。納得しました。

刑事は職人でありお役所務めの公務員ではない。だから団塊の世代は職人技を後継者に引き継がなければならないというスタンスでドラマは展開していくようです。精神的な葛藤は森山さんに任せて視聴者を迷いの森に誘い込み、その迷いの迷路から解決へと助け導くのが寺尾さんという役割分担で、その中間(今の風潮の象徴)が中堅役の刑事さんという設定なのでしょうか。

事件の全容も意外性があって見る前の予想に反して面白かったです。とりあえず次も観ようかなと思う次第で。

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ロス:タイム:ライフ「幼なじみ」編

結婚することによる過去の清算と死を迎えるにあたっての悔いた想いの成就というタイミングが丁度重なった切ないラブストーリーでおました。って感じで見てたら結構などんでん返しがあってそうくるかあって勢いで面白かったです。暫く逢っていないのに直ぐに分かり合えるというか過去に戻れるという感情のスイッチの切り替えはホントに赤い糸が存在するならば繋がってるんだろうなと思わせる二人でした。

こういうことが無ければ想いをかみ殺してずうっと生きてくんだろうなと思わせる説得力があるように感じられました。それにしても事故による死とはいえ「じゃお先に」ってセリフは満足ではないにしても悔いはないって感じで清涼感がありました。

死んでよかったねとはもちろん思ってませんが、分かり合えてよかったねと素直に祝福したくなるお話しでした。あの世でもう一度やり直すんだろうなと未来を予感させる印象です。具体的に輪廻転生で何かに生まれ変わって結ばれているっていう画をおまけでつけてくれたほうが、前回は延長戦があったんだから再試合もあるぞってことでそれもありなんじゃないのかと夢想してしまいます。

最後の漫画作品。名作になるぞという予感がしてそうですけど、考えてみれば彼の漫画家人生(自分の生き様)の総決算という思いをぶつけたみたいな内容そうなのでこれがボツ作みたいな出来だったら浮かばれないお話しではありました。それを出版社に届けることよりも彼女に会いに行く行動を選択したというのは人間としてイイ奴だなあと思えてしまいます。でも伊藤さんが演じると才に溢れたこれからという感じがしなくてこれが精一杯の一杯一杯の感じがするのは不思議です。だからこそナイスタイミングと思える訳でもありますが。

でもツッコミいれていいならば、彼女の方の審判団が最初見えてないというフェイントはずるいぞと思わないでもない展開でした。

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エジソンの母第八話

天才の卵の環境はいかなる場所で孵化させるのが最善かと云う問いかけに思えた回でありました。教育委員会というコワモテのお方の提示という若干権力をちらせつかせながらの押し売りのような描かれ方ではありましたが、普通である必要など無いからより自由に知能を遊ばせる事ができて、それを否定する力と云うものから隔離するという利点は確かにありますわな。

親が面倒見れないから人口孵化場で育てろと云ってるみたいな作り手の意図を何気に感じますからドラマ上ではそういう条件の提示に対して拒否権を発動するものと予想されますが、少なくとも周りの平均に合わせなくてもいいからお互いの摩擦による心のやけどはしなくて済みそうではあります。

でも、発明や発見のヒントは身近なものから生まれるとか云うのをなんとなく色んなとこで耳にしたりすると、普通の人間でいることの重要性というものも大切な要素のような気もしてきます。それを裏打ちするかのように加賀美という天才の生き様の社会性を放棄してまでも研究に打ち込む姿として提示されているようです。この人を善と見るか可と見るか否と見るかは見た人それぞれの解釈でしょうけども。

別に天才というジャンルでなくても売れない役者やミュージシャンとして置き換えれば判り易いお話しで、目が出なければ社会にお荷物同然となる訳ですから加賀見先生(松下さん)のそういうのこりごりというのも説得力のある行動です。ここで描かれる天才は脳みその天才ですが、容姿の天才、運動神経の天才、人を惹きつける天才とか色々とある訳ですからややこしい話しであることは確かです。

どこぞの国のスポーツ教育のように、幼い内から発掘し英才教育を施し優遇する代わりに脱落していくものには見向きもしない過酷な生存競争を体験させる事がいい事なのかと云う疑問と、一般常識とまではいかずとも世間を知らないことによる本当に必要とされるものがなんなのか分からなくてただ知識欲を満たすためにのみ突っ走ってしまう可能性とかを考えると、当たり前に生活している中でその才を生かすことが凡人にも天才にも幸福な事のような気もしてきます。

でも教師も親も大変だろうなあと思わずにはおれませんけど。明らかに異分子たる存在を周りの子供が本能として持つ独特の残虐性から排除しようとする行動(つまりいじめ)をとらないのがドラマ上唯一の救いの設定なんでしょうか。忍耐力と包容力が物言う世界なんでしょうねきっと。

で、脱線話しですが、あんな都会というか現代に秘密基地なんか構築できる余裕のある土地なんかまだあるんだあとHE~でした。入れるのは仲間と認知されたものだけ、集めてるものも(時代性はありますから多少違いますけど)、共有というルールも、女子には内緒という掟も変わんないというのは、今の世では絶滅した秘密基地を、作ってた大人がドラマの中で復活させたゆえの決まりごとをそのまま使ったのか、今でも細々と存在していてその決まりごとが今も昔も不変なのかちょっと気になりました。

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こういう商売もあるのかしらむ

ココログの最新記事情報のところに時々、ネットショッピングがどうたらこうたらというのを紹介するブログが一気にズラーっと並んでる時がある。無論全て違うブログとタイトル名だから同一のものを紹介してるのかどうかは憶測にしかすぎないけど、それにしても一度にドカドカっと出て来ると口裏合わせてるんじゃないかと思えなくも無いほど統一性を感じる。

それだけ凄い(皆が絶賛するような)ものなのか、みんなでアピールすることによる抜群の宣伝効果を生むのかは知らないけれど、統制が行き届き過ぎててなぜか作為を感じなくも無い。

何を売ってるのかは知らないけれど、逆に二の足を踏んじゃうようなそんな勢いの紹介ブログの山嵐。こういうのも口コミと呼ぶのかしらむ。

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4姉妹探偵団第七話

風邪をひいたのか頭がガンガンする中で観たので多少投げやりな印象を受けるかもしれませんがご勘弁の程を。ただしホントにつまんないと思ったものには沈黙を良しとする姿勢ですので、記事として書くということは潜在性を信じてるということはご承知置き下さい。

結婚式の最中に殺人事件。それは別にいいんですよ。だけど駆け落ちするつもりだったなら私だったらそんな大事になる前に(式挙げる前に)相談した時点でとっとと駆け落ちしますわ。などと真に受けて何か云うのもなんか疲れました。これがアニメなら世界が違うからと云う事でなにが起こっても違和感がないのでしょうけれども、人が演じるとどうしても現実世界と比べてしまう訳で。

おそらくは小説という文字の世界の中でもアニメと同じ感覚になるのでしょうね。でもこのドラマは実写です。そこんとこの切り替えが上手くいってないのかなとも思えてしまいます。面白そうな予感がするのにいまひとつというもどかしさをどうしても感じてしまいます。

具体的にどうのこうのは頭が痛いので思考回路がいつも以上に狂いつつあるので次週の回くらいに直ってれば考えますけど。ひとつ云えるのは展開ごとの繋がりや動機とかがありえないくらいお気楽だということでしょう。

でも、作品によっては世界観の切り替えに成功しているものも沢山ある訳ですから決してオリジナル脚本こそが真髄だなぞと云うつもりはございません。すくなくともこのドラマにおいて役者さん(キャスト)は興味をそそる配役ですし、見ていて不快に感じる方もおりません。なにかが足りないのか有り過ぎるのかは分かりませんが気分的についていけていないのは確かであります。これが年齢的なものによるものだといわれたとしても、例え幼児番組であっても響くものには年齢性別関係なく響くものです。

欽ちゃんファミリーとかがチロっと出てきても、今回は犯人が意外な人物と云う面白い犯人当てクイズだったとしても、最後人の愛は深いと云うほろりとくるお話しであっても、なぜかのめりこめない私です。番組の最後に言ってた原作本のプレゼント。応募して原作を読みたくなってきました。

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*しぞーか

いろんなサイト徘徊してなるほどなと思ったのが

「静岡」を「しぞーか」と発音する。と云う事である。

ホント無意識にそう言っていて、きちんとした場では「しずおか」と言ってるつもりであろう誰もが。だけどそーでもないみたいなので、今度テレビとかでチェックしてみすかと思ってるだよ。

話はこんだけで、あんまし広げるネタもないもんでこんくらいだけどやあ。だでなんだあっつわれても困るだ。ただそれだけの話でえ。

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