« えへらえへら | トップページ | 日米開戦と東条英機 その2 »

三ちゃん農業

小学校の頃辺りだったか社会の授業で今の日本の農業の傾向を表わす言葉としてこの言葉が使われていた記憶がある。

「じいちゃん」・「ばあちゃん」・「かあちゃん」の三ちゃん。

働き手の男子は会社や工場勤めに出て残った家族で農業がなされている現状(当時の)を評した言葉。

農業が本業として生活できないということに対する言葉であった訳だけれど、今はもうもっと深刻な状況らしく静岡県では盛んに静岡の農業が危ないというコマーシャルが流れている。とにかく人手の減少傾向に歯止めがかからない状況なんだそうな。

盛んに「安ければいい」という消費者の安易な考えがこの結果の一因を招いたとも言われており、最早「安全をお金で買う時代になった」という表現も出てきていた。

短絡思考なのだろうけど派遣で工場を追い出された人(人があぶれたところ)もいるかと思えば足りなくて困っているところもある。自給率云々というのであればまず人手だろうと思えてくる。派遣という制度には疑問を感じるけれど農業や林業に人材派遣する会社って存在しないんでしょうかねえ。

以前観た映画で「深呼吸の必要」というのがありました。沖縄でサトウキビの収穫をするために募集して全国から集まった若人達が作業と共同生活の苦戦に耐えながら生きてく上でのなにかをそれぞれ掴んでひと夏を終えてそれぞれの道に戻っていくという内容のものでしたけど。その作業のリーダー格の人は全国各地で収穫の手伝いをして回るというある意味プロの人でありました。その人は「あんたそんな定職に就かないでなにやってんだ」とかいう批判を浴びたりもしてましたけど。どこへ行っても頼りにされる渡り鳥は決してちゃんとしてないことはない筈でむしろ生きがいすら感じるようにも映りました。こういう生き方だって決して恥ずかしくないと。

農業や林業を繁栄させるのならそういう派遣もあっていいよなと単純思考で思ってしまいます。ちょっと前にボランティアを募って森の整備をという話しを聞きましたけど商売として成り立たないというのが最大のネックなんでしょうかねえ。

うちの近所でも三ちゃんどころでなく一ちゃん農業で年金生活の片手間(生きがい)でやってる方ばかりですから、その方がお亡くなりになると後を引き継ぐ人も無く駐車場や宅地にいつのまにか変わってきていますから。まだ三ちゃんの頃の方が懐かしく継続できる農業状況だったようです。

|
|

« えへらえへら | トップページ | 日米開戦と東条英機 その2 »

4・死語の世界」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« えへらえへら | トップページ | 日米開戦と東条英機 その2 »