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日米開戦と東条英機 その2

当時の国全体が戦争を行なわんとする流れに押し流されて戦争するために首相となったのではなく戦争回避の為に東條ならば陸軍を抑えられるだろうと言う願いから首相を任されたというところ辺りから物語が始まりそれに苦悩する様が描かれていました。

戦争は相手がいて始まるもの。相手たる米国の当時の状況は国民はしたくなく政府は一戦構えたい。日本は国民が煽られた効果で盛り上がり政府は避けたい。それに加えて日本には政治・国民とは切り離された統帥権という力を有する軍隊が関わっている。多数決なら米国は引き分けで結論でないけど日本は2対1で開戦。なんていう冗談はともかく圧倒的多数で日本は開戦の扉を開けることに異議なしという勢いがよく伝わってきました。「うねり」という表現で表わされていましたがよく分かりましたです。命を狙われる危険すらあっても開戦不可を唱え続けた山本五十六ですら戦争行なわばの行動を準備していたのでしょうから相当な国全体が戦争へと向かう圧だったんだろうなと。

「君臨すれども統治せず」唯一止められることができたのは天皇陛下ではという想いはこの言葉で無理だったんだと納得しましたです。しかしながら昭和天皇がご聡明であらせられただけについ越権行為をしてでもお止めいただきたかったと思ってしまうのですが国の秩序の崩壊に繋がるわけですからそれはやはり出来ないことだったんだなと。でも統帥権を振り回す軍部が陛下の御心に逆らっていたことは不遜だよなあと思えました。

東條内閣が発足してから管理統制が厳しくなったということも描かれていました。その憲兵を含めた統制・束縛の締め付けを行なう理由はテロに対する恐怖からのものと描かれていました。戦争回避を行なうと言う強い意思を通さば必ずや不満分子が現れる。その出現であっけなく積み上げてきたものが崩壊してしまうことを2・26事件で見てしまったから。なるほどなとは思うのですが実際開戦したのならテロもへったくれもないと思うのですから締め付けを緩和するだろうと考えるのですが敗戦の日に至るまで鬼と怖れられた憲兵組織が闊歩してた暗黒が続いたというのはよく理解出来ないところではありました。

「かみそり」と異名を取った人の聡明ぶりが伺えなかったのは不思議。演じておられるたけしさん御自身も数学がお得意と承っているので同じオーラとか見えるのかなと思っていたのですが意外ではありました。戦争突入するか否やの問答の際近衛文麿らとの会談で戦力比からいって勝てる見込みがないということに対し兵卒の質などで反論しやってみなければわからないと述べたという発言からは高い事務処理能力と謳われた面影が感じられませんでした。事務的・算術的な人との接し方をされるのかと勝手に思い描いていて、感覚や感情優先で物言う人には厳しいものがあるのかなと思っていたので不思議な印象でした。逆じゃないのかと。人格すらも変わるほどもう戦争戦争と追い詰められていたのかなとも思えてきます。

長い会議の後陛下に上奏したところで号泣されたとのこと。ドラマ盛り上げの為の創作ではなく事実らしいのですがまさに小説よりも奇なり。如何ばかりの心境であったんでしょうか。ドラマでは戦争回避の大御心に添えなかった不忠を恥じてという感じでありましたが。もし内閣総辞職してても先延ばしされるだけだったんでしょうかねえ。季節の天候の関係で即時開戦を要求してたということでしたがどのくらい先延ばしできたんでしょうか。シュミレーションをもう少し聞きたかったなあと思えました。

石井秋穂という人物は魅力的でした。黙して語らず。実直に行動する。現代は言わなきゃ損だとばかりの人がごった返す有様で最早廃れた日本人の美徳を表現したかのような人物のような気がしました。この人かっこいいと思えるか、なんで言いたいことあるだろうに言わないんだよと歯がゆく思えるかに分かれるところでしょうが。リアルに出会うとなると付き合いづらいですが信頼が置けるので上司でいて欲しい人種だなと私は思えます。でも部下として自分が仕えるはしんどいかな。

徳富蘇峰がポロリと言っていた「もっと早くに、しかもナチスと共同してソビエトに攻め入っていたら云々」は「歴史のもしも」ですがなるほどなと。資源が確保できる訳ではなかったでしょうけどロシアの脅威から日露戦争が行なわれて以来国の組織が変わっても大日本帝国の認識では北方の脅威は存在し続けてたのかもしれないのですから変な意味ですが名聞は立つかなと。まあどっちみち米国がソビエトに援助してましたから負けた結末だったでしょうけど。

当時の日本の状況が今の状況に近いのは北○○なんでしょうか。偽札とか麻薬とかに関わるような不義は大きく違いますけど、状況だけで言えば孤立して禁輸されて自衛の為に立ち上がらぬことも厭わぬと精神論叫んでるところとかは近いようにも思えてきます。そう考えると正義は薄いなと思えてもきます。

あの戦争はなんだったのか・誰が戦争を始めたかという主題でしたが結局「一億総懺悔」という表現が当てはまる勢いだったんでしょうか。始めた者が悪いのか止められなかった者が悪いのかとかいう話しではなく、300万人以上の死者を出したという災難を引き起こした原因がどこにあったのかという視点だったのでしょうか。独裁者なぞ存在してなかったのだから鶴の一声で戦争が始まったわけでは無い事は確かなようでドラマの締めの部分で主人公が追い続けると呟いてたけどホントの理由なんて数があり過ぎてわかんないんじゃないかと思えてきました。

それとどこからが大東亜戦争の始まりなのかというのも単純に真珠湾攻撃からという訳でもなくもっと前から始まってたんじゃないのかという気もしてきて東條内閣の時点では止めるも何もなかったんじゃないのかという気になりました。

とにかく、敗者の悲哀はそれは悲惨なものであって今年も樺太の郵便局や空襲とか色んなドラマで提示されてましたけど。負ける戦は絶対してはならないという事だけは間違いことでしょう。勝てばやっていいのかという論法に対しては支那や仏印に勝ったところでそれを不可とする米英にやられたんだから単純に紅白に分かれてといったものではなく色んな色が絡み合っている世界なのだから勝てるからやるという単純思考は短絡過ぎるのではないかと。まあつまり戦争は避けるべきものでありその為に努力することが大切なんだろうなと。

会議のシーンは迫力ありましたです。こんだけすんごい役者さんが集まっての丁々発止の勢いは観ていて惹き込まれました。感情ではなく気迫で押し通す雰囲気で圧迫されました。皆さんいいお歳なのにひたすら長い会議の席で心が折れず進もうとするところをみるとやっぱ健康と体力第一だなと思ってしまいました。最後会議が終焉を迎え精も根も尽き果て疲労困憊で椅子にしなだれかかるような様がとても印象的でありました。

どうでもいい話なんですけども電球が発する明かりはは黄色いというイメージがあるんですけど東京の電球は当時からもう白色だったんですかねえ。

結局東郷手記の内容はほんの一部しか提示されなくて残念でありました。本にでもなるのでしょうか。

黒沢年雄さんが海軍さんで出演されて居られましたが、終戦の「日本の一番長い日」では血気にはやる陸軍の青年将校を演じられておられているのを思い出して立場は違えど始めと終わりの両方を演じられてるのかぁと。いつもテレビで拝見するお姿は好々爺っぽいお方なのにねえと想いながら観てました。

「軍人は戦争したがる」という発言がやけに印象深かったです。

前半部と比べてドラマは惹き込まれて一気に観れました。

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