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日米開戦と東条英機 その1

食べ応えのある作品です。4時間を越える時間もさることながらテーマも重厚で。その重苦しさから胃もたれしつつ一気に食すと腹壊しそうなのでちょこちょこぼちぼちと日を分けて観ておりますです。これをリアルタイムで一気に全て観れた方の集中力は本当に凄いと感嘆いたします。それとも私がぼんくらなだけなでしょうか。

クリスマスとかで浮かれている世の中の風潮のこの時期にこのドラマを提示したテレビ局の意図がイマイチ分かりませんが、過去において戦争を振り返るとなると終戦記念日にかけてというのが今までの流れでしたし、名作「日本の一番長い日」の刷り込みによるものか知りませんけれど大東亜戦争というと汗が滴り落ちる熱い時期というイメージを払拭する12月の放送はなんか不思議でした。戦争そのものは何年にも及ぶ長い戦いでしたので冬の時期の存在も当然あったでしょうしなにより真珠湾攻撃が12月8日ですのでこのドラマで描かれている時期もまさに冬でありますのでおかしくはないんですけど。

私は戦争を知らない子供たちより世代が下なので本当の悲惨さは体験していないのですが、戦争から帰ってきた人とは話したり見かけたりしてました。

偉いさんなぞ身近に居る筈も無く皆一兵士として出兵した人達ばかりでしたが、ドラマでも描かれていた誰にも止められない大きなうねりというのは感じてたそうで赤紙も運命、軍隊でのしごきも運命であり逃れ抗う術なぞどこにもなかったんだそうです。まあすんげえお金持ちとかすんげえ家柄とか言う場合はそうでもなかったらしいんですがそんな人私が暮らしたところには誰もいませんからあくまで噂でしかすぎない話しですけど。

そんな一兵卒だった大人達の東京裁判だけに限らず戦犯裁判の評価は戦勝国の野蛮だという位置づけでした。おりしも「私は貝になりたい」が映画として封切られていますけど上官の命令を拒否することなぞありえなかった組織の中で実行者だからといって後日犯罪者として処罰されるなんて勝者の腹いせみたいな横暴以外の何者でもないと。そう言う理屈なら原爆落とした飛行機に乗っていた兵士をなんで裁かないんだと酒が入ったとこで大人衆が言ってたような記憶がありますです。

まあそんな話しはともかくドラマのお話しはもっと上での錚々たる名の通ったお顔ぶれでの戦争とはということでありますが。末端でさえ無理矢理処罰されまくってたんだから上だってその被害は言うに及ばずという一億総懺悔ならぬ一億総怨念対象になっていたことは確かなような気がしますです。負けたほうだけ徹底的に裁かれるという公正さを欠く行いであろうとも勝った方が溜飲を下げるなら片方のみの正義の行使は当たり前のこととされてた風にも感じます。そう思える程戦犯と呼ばれる人が多かった出来事に思えます。

でもまあ、主題は「誰が戦争を始めたのか」ということらしくて戦後処理の悲哀のお話しではなさそうなので長々と書いても番組の感想としては的外れなことなのでこの辺にしときますけど。ちなみにドラマ始まる辺りでこの記事書いてましてまだドラマ観てない段階でのこの記事(その1)です。

番組の前半部はご存命中の関係者や親族の方に取材して当時の様子を映像を交えて伝え前段とし、後半の再現ドラマで開戦当時に観るものをタイムスリップさせるという形でありましょうか。「近衛文麿」も「東条英機」も米国で暗号解読した人とかも公人としてなにを為したかという側面よりも人間(私人)としてどういう人となりであったかという側面で描かれている感じに映りました。

前半部に関しましては大東亜戦争については多少かじってたつもりでしたのでそんな驚くべき歴史としての真実が提示される印象ではないだろうなと勝手に想像してたんですけど。いやいやどうして沢山ありました。不見識を恥じるばかりです。

「徳富蘇峰」という名は聞いた事ありましたけど当時あそこまで影響力があったのかというのは新鮮でした。巣鴨プリズンで書かれたという東条英機の手記の存在は初めて知りましたが内容については少ししか明かされ無かったのでもったいぶらないで早よおせえてという想いでしたけど。それと二・二六事件で陸軍の人材難により復権して以降首相への道まで登りつめたと言うけれどそこらへんの流れをもう少し詳しく教授して欲しかったなあと。

ではドラマのほう今から観ます。

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2・2008年のテレビドラマ」カテゴリの記事

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