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花を待つ若枝(by水月蓉)を読んで

単純に「鎌倉」というフレーズの動因から始まると小津世界が勝手に起動してしまう私です。登場人物は家族。物語は誰しもが通過するであろう日常に起こるイベントの中の世界。益々以って小津世界。

自身のことを照らし合わせてみるならば、オヤジが危ないと言う報を受けた時、自分は冷静でいるつもりでも(心がさざめかない)心ここにあらずで訳の分からない行動をしてたなあと思い出される。

一度目の時はありえないとこに自転車ぶつけたりして心が先に行って体が遅れて離れたみたいに慌てて駆けつけたっけ。

二度目の時はどうやって病院に辿り着いたのか記憶が残ってないや。

こういう時の感情の上限と下限がカットされたかのような心が波立たない経験はあまりしたことがない。そういう感覚の表現はきちんと文章に出てるなあと思いましたです。

合う合わないとか好きとか嫌いとか関係なく身内が死ぬということはその人にとってしか分からない特別な事で、そして残された者に残る想いはあのときこうすればよかったという後悔の念ばかりだろう。たとえ自分にとって好ましい人でなかったとしても。

作品には描かれて無いけれどその死に際は静かだったのか苦しんだのか。罪滅ぼしじゃあないけれど最後くらいは穏やかにと願うものである残された身としては。

火葬場での描写は写生力が凄いなあと。うんうんと頷く感覚の光景でそこは自分と重ね合わせることが出来ましたです。待つ間のなんとも妙な空気感とかプロの仕事をされる火葬場の職員の方のこなれた手つきは多分何度経験しても馴染めないだろうなと。もちろん特殊な仕事をしてくれる方に感謝の念はあります。非難するつもりは毛頭ございません。

そしてこの作品は一人称で語られていてどこをどう捻ってみても彼に憑依するしか読み方がない。彼は和解(納得)したみたいだけど私は今でも後悔はあるけど和解なぞする気は無いままああいう人だったと解釈して終わり。理解はするけど共感までは出来ない自分にとって死を以ってして和を為す彼に感情移入とかは出来得ませんです。無論私がイレギュラーであって作品に描かれているテーマは普遍なんでしょうけど。

したがって今回のテーマはパス。なのでこの作品の判断がつきません。こんな感覚の私ですが作品を重ねる毎に情景がより鮮明に思い浮かびつつあるのは確かでありまして進んでいるんだなと感じますです。

パスした以上ごちゃごちゃ抜かすのは卑怯ではありますが、下が弟でなく妹で良かったなあと。あと、心の内面描写が多くてこれを映像化してイメージして傍観者(観客)として見るのは難しいだろうな。だから我が身に置き換えて読み進んで行ったのだけれど自分との食い違いが出たのは残念でありました。主人公のように出来た人間に成長できなかった我が身を嘆くのみですな。

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