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迫真に迫る

宇多田ヒカルさんのHPで宇多田さんが「迫真に迫る」っておかしかないか?馬から落馬と一緒で。と、疑問を投げ掛けられておられました。つまり同じこと二度言って重複してるだろうと。

「核心に迫る」の間違いじゃないのか?と思いつつ、別に違和感を感じない私です。

その理由として、これが演技の話しと仮定した場合。迫真の演技と迫真に迫る演技は異なり両者共存在するのではと。

つまり、迫真の演技が一流の役者さんのなせる技だとする。でまだ一流ではない役者さんがそれに近い演技をした時に迫真に迫る演技という使い分けという屁理屈。一流が迫真、二流の評価でも優れていれば迫真(一流)に迫る。

もうひとつ屁理屈をこね繰り出すならば、まるでそのものと言う憑依したかのような演技が迫真の演技。役者さんのイメージを残しつつその役柄を表現してるのを迫真に迫る演技だと。(ちょっとこじつけが過ぎるか?)

ちなみに「迫真」を辞書で調べると、演技であることを忘れさせるほど、訴える力が強いこと・真に迫ること。となっている。

真に迫るが報道とかの取材のことであるならば迫真に迫っても核心をついてる(核心に辿り着いてる)訳じゃないので確かにおかしい感覚はあるけれど、「迫真」そのものが演技に関する言葉から生まれたものだとしたら私のようなええ頃加減な解釈してもええじゃないか。と。

追記

これはあくまで私が「迫真に迫る」という言葉に対して感じたことであって揚げ足を取っている訳ではありません。ていうかこれがあってると胸を張って言えることではなくあくまで私はそう捉えられるということです。むしろ宇多田さんの言葉に対する敏感さはすげえなと感心している次第でありましてそれに自分なりに反応したのであります。反論ととられるのは私の拙い文章力のせいで誤解であります。

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