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なんだかなあ12

朝日新聞と知事さんの応酬のニュース記事を読みました。そしてその中で宮崎県知事さんが知事は公人、記事を掲載するのも公共性の高いいわば公人。自分の書いた記事に対して様々な意見や感想がぶつけられることは当然であり、真摯に甘受しなければならない。そして、それに対しての説明責任も当然ついて回るべきものだという類の発言をなされておられた。

つまり主張を一方的に書いておいてそれに反論して何故悪いということであろうか。記者は知事を批判してもよいが知事が記者(記事)を批判して何故悪いというもの。

至極正論だと思います。直接的にではないですが随分前ですが私の職場においても朝日ではなかったですけど批判的な論旨が新聞記事(地方の些細なものですが)になった(された)ことがあり、あまりにも一方的な視点からの内容記事で憤りを感じた経験がありますです。私はペーペーなので直接的に影響を受けた訳じゃないのですが、以降新聞を含めた報道は真実の一部にしかすぎず必ずしも全ての真実を語っているとは限らないと思うようになりました。書いているのは個人であり感じ思うことには問題なくとも記事として掲載される場所は公共性の強いものですから。まさしく書けば官軍・書いたもの勝ちそんなもんだろうという感じです。事象の見方が違えば事実も違う。世の中そんなものだと。

で、まあ我が身の教訓と置き換えてみるならば、公人VS公人という観点からは外れて公人を匿名の私人が記事にすると言うことになる訳ですが。このブログは自らの創作物を発信してる訳でもプライベートでの出来事を報告してる訳でも無いいわば他人の創作物に対して反応してる人のふんどしですもうを取ってるようなものである訳でありまして。なんもして無い奴が第一線で頑張ってる人を餌食にしてるようなものでさね。しかも匿名性に大変重宝してるのは確かでありまする。

なのでテーマとしてあげたものに対し上記のような仕儀に相成るのだけは避けなければならないと思って批判有りきでは決してなくお気に入りの作品のみを記事にしている様心掛けているつもりですが。自分の嗜好とかを述べたりすると必然的にその作品の様相に批判めいたことにも繋がってしまうことになる訳でありまして。そのままで是とする人にとっては私は批判者となってしまう。十人十色で人皆それぞれ意見が違うと割り切っていただければ良いのでしょうが。そうは問屋が卸さないのが世の常で。ご意見いただくと汗がたら~りと頬伝うこともあり。

そんな時に重宝なのが匿名性。私が責めれてるわけじゃないと思い込める。もっともハンドルネームも自分の一部という考えを持ったとしたら悪態つけば当然我が身に火の粉が降りかかるものという勢いなれば抑制も効くであろうけど。なかなか調子こくと踏み外す時多し注意報発令中でもある。さりとて礼賛ばかりじゃどこぞのよいしょの回し者と勘繰られてもいやったい。

どうせいっちゅうんじゃとあだけてみても解決は捲くったケツにあざとなって浮き出てくる訳でも無し。つまるところ無の状態何もしないのが達観の境地なのだろうけど煩悩の塊にはその境地には程遠い。

書いてすっきり言われてがっくり。間違いなく世の為人の為にはなってないという自負はありますから所詮私も某記者さんと同じで自分の感情を発信して相手の事を思いやっていない事してるのかなあと思えてくる今日この頃でおます。つまり明日は我が身ということでしょうか。まあそんな大層なこと書いてないという自負も併せ持ってますから私の明日は遥か先でしょうけど。なにに気をつけていいのかよく分からないけれどとりあえずは気をつけよう決め付けだけは。

なんとなく星新一作「おーいでてこい」をイメージしてしまいます。都合がいいからとなんでも吐き出す場として便利使いして最後にとんでもなしっぺ返しを喰らうみたいな。

なんにせよ書いて自己満足読んで暇が潰せる。そういう両者にとって人畜無害かつ無意味だけど不快にならないエンターテイメント性があるのが理想なんだろな多分。筆力が伴わないのがつらい。人間小心か。いや精進か。

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