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鬼平犯科帳と裸の大将

ハ○ワンとか33○探偵みたいな実験的みたことないものも許容性があり、かような伝え続くものもありとフジテレビは極端の両端を抑えていてこういう心持ちが私好みでありますわ。(以下は無茶苦茶な言葉使いですが勘弁しておくんなまし。)

鬼平にては、役者力ここに極まれりでその迫力たるや画面より満ち溢れんばかりの勢いなりて画面が詰まりし感を与えせしむる空気感をば感じ致し候。それにても料理の描き方たるや益々持ってその描写力に磨きかかりし様相にて至極美味そうに見えしはいたく吟味致したく相成り候。江戸の世は全て人力なれば人と人の距離近くしてその会話妙たるは間、機転共に絶品にて中でも女中衆の会話格別生を感じたり。学を修めし知識あらずとも生くる知恵豊富なるが様誠に逞しきかな。人情の機敏わきまえし平蔵の差配、お元(余貴美子さん)の憐れ、彦十(長門裕之さん)お茶目いとをかし。

裸の大将はあれなんだな。最後ハハアーってなって黄門様みたいだったんだな。でも先代の当たり役で唯一無二だったけどこれはこれでいいんだなきっと。なんかで聞いたことあるけど今度の清は若いからたくさん弾んで貰うみたいな事スタッフさんがテレビで言ってるの聞いたけどその通り色々動いてるんだな走ったり飛んだりして。そこんとこは大きく違うとこなのかなと思ったんだな。

かたやスタッフともども次世代人と入れ替わりしも決して現代に迎合することなくより先鋭化してついてこれずとも致し方なしといった様の気迫すら感じる本格的嗜好。とは申せ舟の進むが様を新しき手法にて描きたるは新鮮にて判り易きものなれど之なる評価分かれるやもと思い候。

こなた当時のスタッフがご健在のうえで新しいキャストを駆使して決して古いものを守るだけでなく今に合わせた作りなんだな。人力ばかりでなくCGとかも使ってるみたいなんだな。弾け具合が増してこれはこれでいいのかな。

どちらもエンディングが始まり時分から思い浮べられて決して捻って観る側に意外性の驚きを与えてくれるものでは決してないけれど、終わりが読めるだけに中盤の飛び跳ね具合がというか終わりに至るまでの寄り道や道草の様が悦のポイントでもありまして俗に言う過程が大事と言うやつですな。それをこれでもかというくらいスペシャルならではの豪華な出演陣の方々が様々にそれぞれのパーツを色とりどりに織り成していて贅沢だよなあと思わずにおれませんです。

もちろん勝手気ままにと言うことではなく、かたやおのが役目を出張ることなく全うされ、こなた自由に舞い踊ってるみたいでその差配の加減が心地よくもあるんだなこれが。もちろん主役の方はその役を演じることによって何を視聴者は観たいのかを熟知した上での誠実さが求められる訳でその芯がぶれないご苦労がおありなのでしょうけど、そういうものを露ほどにも見せないところがまた奥ゆかし。

物語の筋に関しましては突っ込みいれたら粋じゃないって無粋をたしなめられそうなんで特に述べることはありません。空気感を味わうが最良かと存ずる。というか頭使わず能天気に観るのが一番なんだろうなとボクはそう思うんだな。

個人的には方言や言い回しが気になるほうなんですが、森本レオさんは名古屋のご出身でおらすだでうみゃーでかんわぁやっぱし。岸本加世子さんは静岡県出身で山梨とは言葉が近いからでしょうか「らしい言葉はよりらしくそうじゃない言葉はそれなりに」って感じでしょうか。方言は会話で成立するものだと思っているので一人じゃなかなか成立しにくいものですがそういう意味での森本さんの孤軍奮闘振りは見事だなと感心いたします。あの名古屋弁で人物の胡散臭さを表現するアイテムの手段としての方言であるなら確かに効果は抜群でしたけど。

何か新しいものに挑戦する精神であればたとえ不完全であったとしてもそういう作風が好みな私でありますが。健康に良いものばかり食べてると無性にカップ焼きそばみたいなこてこてなものを食べたくなるのとおんなじようなもので(この場合逆ですが)、継がれていく完成品を堪能したくなることがあります。それは代が替わろうとも不変な芯を受け継いでいればOKでありましょうな。

役者さんであろうとも寿命というものは必ず訪れるものでありまして。でもどれほど時代世代が移り変わろうとも支持を受ける不変のヒーローは存在するものです。つまり演じている役者さん、キャメラを向けて作り上げている人がたとえ代替わりしようともたとえ見た目や些細なことに違いを感じたとしても存在がまず優先されるということです。とにもかくにも安心して観れるというのもありがたいものだと再確認できるわけでありまして。私みたいなのでもこういう作品を欲するものなのだなと改めて思いました。

もちろん作られるお方のマンネリとの闘いは私のような観てるだけのど素人では計り知れない苦労がおありなのでしょうけど。ワンパターンの美学とマンネリの惰性は違いますからホント大変なんでしょうね。どちらも視聴者のイメージが固まっている作品なだけに無茶できない部分もあるんでしょうから。でも年に数回は観たくなる欲が湧くドラマ二作であります。

ひとつ思ったことは、こういう作品の裏というか出演者さんの生の声とかメイキングとかは思い描いていたものが崩れてしまいそうで見たくないもんだなと思いましたです。

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