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夢をかなえるゾウその3(第1話)

夢のゴール目前にして全てが瓦解してしまいその不幸を嘆いているときにガネーシャと出会いいぶかしがるドタバタを経由して契約を為し夢に向かっての自己啓発のスタートが始まるという展開の第一話。

スペシャル観てからだと、慣れ親しみ度からいってガネーシャ目線でドラマを見てしまうので、あすか(水川さん)への荒探しというかその思い込み(勘違い)に気が行ってしまいがちになります。そういう見せ方が上手いなあと見事に操られてる感があります。私はこちらを先にスペシャルを録画で後から観たのですが、リアルタイムで観た時にはあすか目線で観ていて、スペシャルでも耕平(小栗さん)目線で観てたんですけど、その流れで行くとガネーシャ目線になるのが自然でしょう。

従って、1回目と2回目(スペシャル観てから)で随分と印象が変わる感じを受けていますです。なにしろガネーシャの嘘くさい雰囲気をどう捉えるかどうかですから。1回目は捨て鉢で自暴自棄気味に失うものなどないからという勢いを感じて観ていたんですけど、2回目だとなんでこんな自分の幸福は他人(旦那)に依存しなくては成り立たない夢を抱くある意味自己中心的女性にガネーシャは関わろうとするのかが気になりました。もっとも夢見るってことは自分を中心に世界が回ってるってことではありましょうが。

ま、そんなことはさておいて今回の有難い教えは、の前に。どうやって耕平(小栗さん)ガネーシャの復活知ることができたんだろう?そりゃ実際に教えを受けて成功した実例を提示すれば信用してないあすかを納得させる手立てにはなるだろうけど。まあかなわんなあ自分って感じでスペシャルとの繋がりのアピールとそうでもしなきゃ疑心が晴れないくらいのあすかの性根が窺い知れる訳ではありますが。

さて課題。「つめ切れ。」納得。それにしても切らずに削るって凄い手間。そういうことは惜しまないってのは不思議ではあります。ずぼらではないということなんでしょうか。私はずぼらですが爪は切ります。当たり前か。爪を切った成果は振りやがった彼氏を心置きなく平手打ち出来た事、汚れを厭わず落ちた小銭を拾って感謝された事として表現されてました。ガネーシャの言った手はセンサーという証なのでしょうか、

「自炊せい。」男の胃袋を掴めその為に腕磨けとあすかは判断するもそれを否定して自らを外見だけでなく内面(体内)を美しくするためとのたまうガネーシャ。まあ色々と解釈はありますが食を軽んじて良しとするのは男だけのようであります。家族を持てば母親として全てを依存してくる我が子を育てるのですから食の管理と供給を習慣付けることは確かに大切なことなのでしょう。ガネーシャのこの教えは男女兼用なんでしょうかねえ。

「左手を使う。」なんで?という説明もなくその効能は次週でということになるんでしょうか。

その場での即効性がでなくても伏線のように後で効いてくる教えだとスペシャルみたいに一気ならああそうかと気がつくんですけど週を跨いだりだと忘れがちになることもありますから本編の方はどういう教えの傾向になるんでしょうか。あまり即効性ばかりだと軽い感じになりそうですし。スペシャルみたいな矢継ぎ早に課題出すんじゃなくて一撃必中的な一日一善でいくんでしょうか。

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