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セレブと貧乏太郎その1

パパラッチが登場する辺りは多少現実離れした御伽噺から脱却してるのかな。こう言う作品って多くは都合の良いときだけ荒らしまくるけど、ドラマの核心部分になると必ず姿を消していくっていうのが相場になってますから。このドラマではどうなるんでしょうかメディアの存在。

身分の違う男女の恋物語であるのなら、階級社会ではなくなりつつある現代では貴族と平民と言うわけには行かず。金か才能の格差によって出来る身分の違いを表わしているようです。ただ太郎はチャンスと運に恵まれていないだけで才能がないかどうかは分かりません。だからスタート時点は雌伏の時で回を重ねる毎に羽ばたいていく可能性もありうる訳ですなこれが。その引き上げてくれるのがアリスということなんでしょうか。もっともどんな状況でも明るく生きれるという才能はもう全開で発揮してそうですけど。太郎の幸せは明確で子供たちの喜ぶ顔を見たいということでしょう。

そうはいっても対のアリス(上戸さん)が至福の人生を送っているかと言うとそうでも無いらしく、必ずしも今の現状に満足してる訳でもなさそうです。不満足な理由は義理の母との不仲らしいと想像されますが、アリスが求める幸せが何なのか第1話だけではまだ見えてきませんでした。ってそういうのあるのかどうかすら不明でした。セレブと言うものは不満足を消去してけば幸福しか残らないのかもしれません。

もしこの二人が繋がるとしたら方法は二つ。太郎がのし上がってアリスに追いつく。もうひとつはアリスが全てを放棄して太郎の下に降臨する。

二人が繋がらなかったら、出会ったことで触発されてお互いのいいとこを吸収して分かれた後それぞれ元の世界に戻ってそれを活かして行く。

どう言う展開なんでしょうか。それとも他にもパターンあるんですかねえ今まで見たこと無いようなのが。

上の子どこぞで見たよなあと思い返せば、あ~天才の卵君だ。子供ってあっという間に大きくなるイメージあるけどあんまし変わってないなあ。ってエジソンの母まだ今年のドラマだった。あん時はお父さんおらんかったけど今度はおかあちゃんおらずかあ。でもこういう親が情けないと子供は聞き分けが良く立派に育つのが鉄則。

貧乏してても明るく生きるっていうとどうしても最近の「山田○○物語」とだぶるというか比較してしまうかというか、かぶってしまうのですが。こっちの方がかぶいてる感じは上地さんの跳ね方から感じます。それにだるま食堂に集う面々の明るさがより朗らかさをバックアップしているようで観ていて陽気になれますです。

観る前は、上戸さんがセレブに見えるかどうかがポイントかなと踏んでいたんですが、よくよく考えてみれば私の周りにセレブなんておりませんのでセレブらしいかどうかなんて分からないんで、アリス観てああこういうのがセレブなんだと勉強するようなもんでした。むしろ貧乏仲間の方がらしいからしくないか判断する基準が自分の中にあるのでそっちの方に嘘くさいかどうかを感知するアンテナが向いています。太郎には貧乏ゆえの卑屈さが皆無で、もう奇跡の領域のように映ります。本当にこんな奴いたらいいなと思わせるかどうかが鍵なんでしょうね。

国仲涼子さんは幼馴染みの役なんですが、設定はともかくこういう見守ると言うか自分の本当の想いを抑えてと言うか、一歩下がる(下がりそう)な役をよく見かけるイメージがあります。っていっても「そのときは彼によろしく」のイメージひきづってるだけなんですけどね。そのはかなさが早くも見え隠れするように映るのははたして眼の錯覚なんでしょうか。アリスがいなければ太郎といつか結ばれただろうなと思わせる空気感が漂います。どうなるんでしょうか。

ちと気になったのが、最初の出会いで差し伸べられた泥にまみれた作業軍手を「汚い」といってはねのけたお方が、卵掛けご飯を食べに来た際、気にせず部屋に上がり尚且つ食すことが出来たのはこの人の汚いという基準はどこにあるんだろうかと思ってしまいました。しかもあんだけがん見されて落ち着いて味わうことが出来るって。セレブってのは不可思議なものだと。私だったらあんだけ見られてたら味分かりませんて。古来女性は食べる際は手で口元を隠すのが作法だった筈。そういったものは引き継がれてはいないようです。まさにニュータイプという類なんでしょうか。それとも親は成り上がりでその2世ということなのか。いずれにせよ恒に誰かの視線を浴びて誰かが従者として付き従っているセレブという人種にとっては他人の視線なぞにいちいち構ってはいられない平民には計り知れないことのようでした。でも美味しそうに食されてましたね。食べてみたくなってしまいました。

で、この回の山というか味噌というか鶏(朝子)にまつわるお話しは、朝子を介した愛情とはと言うお話しでありました。貧乏なのにお金がとっても欲しいのに幾らでも出すから売ってくれと誘われても「家族だから。」とけんもほろろにあっさり断る太郎がさりげないけどかっこよかったです。

まあ真の見せ場はファッションショーなんでしょうけど朴念仁にはなんのこっちゃか分かりませんで。特に感想はございません。デザインの搾取と勘違いしてショーをぶち壊しに行く太郎に将来があるとは思えないと普通に考えれば後で詰問すべきでしょうに思い立ったが吉日とばかりに即公然と弾劾せしむるとはいやはや「おのこ」ですなあ馬鹿の付く。

ドラマらしい展開で華がありますが、あまり素っ頓狂が過ぎると疲れますんでそこはかとなく進んで欲しいとこでありました。まあとにかくの大団円で、これでお終いお終いでも十分成立するような展開でした。第1話ということでゴージャスなサービス展開でスペシャルであって以降はもう少し足が地に着いた感じで進んでくれたなら、下町っぽい人達も面白そうだし愉しいドラマになりそうな感じがしました。あまり期待感なかったんですが観たら結構面白そうでありました。

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