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まどかめら9/13の記事を読んで

なにはともあれ舞台無事終了にておめでとうございます。大きな経験値を積まれた様で今後の益々のご活躍を期待いたしますです。

ところで

「恥じにさらされることを恐れ」というフレーズにやけに引き付けられました。そういうものなのかと。

普段では決して他人には見えないもの見にくいもの見せないような人間が持つ内面とかのものを観てる側に明確に示すためにそれを隠そうとする防衛本能みたいな意識をとっぱらわなくてはならないのだという意図するところはそこはかとなく自分なりに解釈するのですが、「恥を知ること」が何事に於いても社会の中で根幹となるたしなみだと思って生きてきたつもりの私にとって、役者さんに必要とされる術(すべ)にそういう条件があるというのはやはり非日常的なものなのでしょうかお芝居(役者さん)というものは。

もちろん劇場と言う暗く閉ざされた空間で実際生きてる日常の世界から観衆は劇という異世界へトリップする訳ですから、日常から脱却することは不可欠な要素なのかもしれませんが、少なくとも物を演じるならいざ知らず人間を演ずるのですから根幹となる部分は存在していなければ人と認識できない(感情移入できない)んじゃないのかと思ってしまいますです。まあその加減の塩梅の問題なのでしょうけど。

舞台とか芝居でなくとも人前に出ると言う行為そのものが勇気のいることではありますが、だけれどその時に起こる鼓動の高鳴りは失敗への恐れとかで恥じに対する恐れとは異なるものだと。私は芝居なぞしたことがない(やろうという気も無い)ので体験上において理解するということが出来ないのですがそれはよくやるよなああんなことと思われることに限ったことなんでしょうか。

恥と知った上でそれをさらせというのか恥と思う概念を放棄せよというのか

そして恥をさらしてでも得たいものとはなんぞや。観てるだけ~の人間には理解できないことなのだなと。知る必要もないことなのかもしれませんがえらく惹かれ答えを知りたくなった言葉でありました。

そしてその感覚は舞台のみに限ったことなのか映画テレビにも共通するものなのか。問うてもせんなきことなのやもしれませぬが好奇心から知りたい気分になりましたであります。

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